弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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 目次
 主文
 理由
 一 刑法一〇六条の規定は憲法三条、二一条に違反する旨の論旨について
 二 犯行状況等の現場写真の証拠能力に関する法令違反の論旨について
 三 騒擾罪の成否に関する事実誤認、法令違反の各論旨について
 1 学生運動諸組織における事前の方針確立及び国鉄F駅東口広場への集結に至
る経緯に関する事実誤認等の論旨について
 2 共同意思の事前確定に関する法令違反の論旨について
 3 東口広場における共同意思の形成に関する事実誤認等の論旨について
 4 集団の同一性の有無及び共同意思の個別的存否に関する法令違反の論旨につ
いて
 5 騒擾の始期及び終期の認定に関する法令違反の論旨について
 6 一地方における公共の平和・静謐の阻害に関する事実誤認等の論旨について
 四 被告人Sの騒擾指揮に関する事実誤認、法令違反の論旨について
 五 被告人Yの現住建造物放火に関する法令違反、事実誤認の論旨について
 六 正当行為等の違法性阻却事由に関する事実誤認、法令違反の論旨について
 七 量刑不当の論旨について
 訴訟費用負担一覧表
         主    文
     原判決中被告人A、同B、同Cに関する部分をいすれも破棄する。
     被告人A、同Bを各懲役三年に、被告人Cを懲役二年六月にそれぞれ処
する。
     原審における未決勾留日数中被告人A、同Bについては各三〇〇日を、
被告人Cについては二〇〇日をそれぞれ右各刑に算入する。
     被告人Cに対しこの裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
     その余の被告人ら七名の本件各控訴を棄却する。
     被告人ら一〇名に関する当審の訴訟費用は、これを一〇分しその一ずつ
を各被告人の負担とし、被告人A、同B、同Cに関する原審の訴訟費用は、別紙訴
訟費用負担一覧表に各記載のとおり当該各被告人らの負担とする。
         理    由
 本件控訴の趣意は、被告人ら一〇名の弁護人小泉征一郎、同木内俊夫、同庄司宏
連名提出の控訴趣意書及び被告人A、同B、同D、同C連名提出の控訴趣意書に、
これに対する答弁は、検察官増田豊作成名義の答弁書に各記載のとおりであるか
ら、ここにこれらを引用する。
 右各論旨につき、当裁判所は記録並びに当審及び原審取調べの各証拠により順次
判断を示すことにする(なお、本判決に掲記の「論旨」は、いすれも控訴趣意書記
載の関係箇所の要点を抄出したものである。また、学生運動諸組織の略称について
は、原判決と同じ表現を用いることにする)。
 一 刑法一〇六条の規定は憲法三一条、二一条に違反する旨の論旨(弁護人らの
控訴趣意第二及び被告人らの控訴趣意五)について
 論旨は、騒擾罪を規定した刑法一〇六条の構成要件はあいまい・不明確であり、
これを限定するために解釈上設けられている「共同意思」「一地方における公共の
平和・静謐の阻害」といつた要件も不明確かつ抽象的であるから、同条は罪刑法定
主義に悖るとして憲法三一条違反をいい、また、同条は憲法で保障された集団行動
の一部において暴行・脅迫か行われた場合に集団行動全体を犯罪視して規制するこ
とを許容するおそれがあり、ひいては一般人に正当な集会・集団行動を主宰しまた
はこれに参加することを萎縮させるものであつて、集会・集団示威運動等による表
現の自由を侵害するおそれが大であるから、憲法二一条にも違反するというのであ
る。
 しかし、刑法一〇六条の構成要件である「多衆聚合シテ暴行又ハ脅迫ヲ為シタ
ル」という規定が規範的要素を含み、ある程度の幅と拡がりを包含する文言で構成
されていることは否定できないけれども、それにより直ちに法文の不明確性をきた
すものではなく、とくに、騒擾罪の保護法益である「一地方の公共の平和・静謐」
を侵害するに足りる危険の有無という観点に則して右構成要件全体を考察するなら
ば、騒擾罪の成否につき一定の判断・行動基準を把握することができるから、その
文言上の明確性に欠けるところはない。周知のとおり、同条の犯罪構成要件が刑罰
法規としての法文上の明確性を具備するものであることは、平事件上告審判決(最
高裁昭和三三年(あ)第二〇八二号同三五年一二月八日第一小法廷判決・刑集一四
巻一三号一八一八頁)、メーデー事件控訴審判決(東京高裁昭和四五年(う)第三
一四三ないし三一四八号同四七年一一月二一日判決・高刑集二五巻五号四七九頁)
及び大須事件上告審決定(最高裁昭和五〇年(あ)第七八七号同五三年九月四日第
二小法廷決定・別集三二巻六号一〇七七頁)がこぞつて肯定するところであつて、
当審も累次の右判例と同じ見解をとるものである。そして、同条にいう騒擾罪につ
き解釈上とられている論旨指摘の限定要件についても、大審院、最高裁判所などに
おいて従来なされた多数の判例が具体的事案をふまえその意義を明確に示してお
り、騒擾罪の犯罪構成要件に関する判例の解釈はほぼ確立しているといつても過言
ではない。なお、論旨が解釈の不統一を示すという判例(最高裁昭和二六年(れ)
第九〇八号同二八年五月二一日第一小法廷判決・刑集七巻五号一〇五三頁)も、当
該事案に徴すれば、騒擾罪が成立するためには、多衆聚合による暴行・脅迫が群衆
の暴動に発展し社会の治安を動揺せしめる危険またはその事実が生じたという結果
の発生を必要としない旨を判示したにとどまるから、他の判例との間に矛盾はない
とみるべきである。
 また、論旨は憲法二一条違反をいうが、刑法一〇六条の規定自体が騒擾行為に加
担する意思のない正当な集団行動の構成員全体に対する刑事規制を容易にするおそ
れを招来するとか、一般人に対し正当な集団行動等による表現活動への参加に萎縮
効果を及ぼすといつた弊害を生ずるものではないから、論旨の違憲主張はいずれも
前提を欠くものであり、これに関する原判断に誤りはなく、論旨は理由がない。
 二 犯行状況等の現場写真(以下「現場写真」という。)の証拠能力に関する法
令違反の論旨(弁護人らの控訴趣意第五及び被告人らの控訴趣意四)について
 論旨は、現場写真の性格は本質的に供述証拠とみるべきであるとし、これを非供
述証拠とした原判断を論難するほか、(1)原判示アマチユアカメラマンの撮影に
係る写真に関しては、そのフイルム収集過程等の手続に重大な違法があるから、か
りに現場写真を非供述証拠とする見解に立つとしても、憲法三五条、三一条の趣旨
に照らし右写真の証拠能力は否定されるべきである、(2)同じく、警察官入手に
係る撮影者不詳の写真に関しては、刑訴法三二一条三項の類推適用を受ける書面と
して作成者による成立過程の真正の証明を必要と解すべきところ、証人として出廷
した警察官らは刑訴法一四四条にいう公務上の秘密を盾に右写真の撮影者はもとよ
り提供者の氏名をも一切秘匿しているのであるから、被告人らに右写真の撮影条件
などに関する証人尋問権の行使を封じたまま右写真の証拠能力を認めることは伝聞
証拠排除の法則に違反し、かつ、衡平の見地からも許されるべきではない、として
右(1)(2)の写真の証拠能力を肯定した原判断の法令違反をいうのである。
 そこで、まず、現場写真の証拠能力を検討するに、これらの写真は検証調書等の
説明的供述部分を補完する趣旨の添付写真とは異なり、独立の証拠としてまさに、
写真の映像自体が見る人に過去の犯行状況等の一場面を写実的に感得させる機能を
営むものであり、被写体を印画紙に映像するまでの全過程の基本部分は、通常、精
度の高い光学器械、感光材料、化学薬品などの自動的作用により行われるものであ
つて、その科学的正確性の点においては、証言などの供述証拠と対比し、質的に格
段の相異があり、右のような写真の科学的特性にかんがみれば、現場写真は非供述
証拠に属し、事件との関連性を認め得る限り証拠能力を具備するものであつて、必
ずしも撮影者らに現場写真の作成過程ないし事件との関連性を証言させることを要
するというものではないと解するのが相当である。たしかに、写真の撮影・現像・
焼付・仕上げといつた作成過程にはそれぞれ人間の意識的・技術的な関与があり、
芸術写真に限らず報道・記録等を目的とする実用写真の分野に属する現場写真につ
いても、合成・トリツク、修正などといつた写真技法を利用して現実の犯行状況等
と異なる情景を印画紙に映像させることは可能であるし、その危険性が全くないと
いうわけではない。したがつて、その種の作為が加えられた疑いのある写真につい
ては、現場の情景をありのままに映像するという現場写真の本質を損うものである
から、非供述証拠としての証拠能力はこれを否定すべきである。
 これに対し、写真の色彩、濃淡、遠近感などの面における客観的現実との差異
や、本件のように動的かつ広範な場面における撮影位置、角度、構図などの面にお
ける限定性及び連続性の欠如といつた現場写真の技術的限界の存在は、それが写真
を見る人によつて異なつた印象・認識を生む可能性は否定できないとしても、それ
らのことは現場写真の要証事実との関係における証明力の問題に止まるものと解す
べきである。
 次に、論旨(1)につき考察するに、原判示アマチユアカメラマンの撮影に係る
フイルムの差押・領置手続及びその現像・焼付といつた現場写真の収集手続過程に
憲法三五条等の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があつたわけ
ではないことは証拠上明らかであり、右手続を適法とした詳細な原判断は当審もこ
れを是認するものである。とくに、マスコミとは無縁の、写真短期大学などの学生
または社会人の立場にあつたEら一〇名が、当夜、F駅及びその周辺で卒業制作、
記録等を目的に学生・群衆らの動きに随伴し写真撮影を続けていたことは論旨指摘
のとおりであるけれども、その過程における原説示のような同人らの行動状況等に
徴すれば、警察官らがGを除く九名を騒擾助勢、附和随行、建造物侵入等の嫌疑に
より現行犯人として逮捕した事実があつたからといつて、これが論旨のいうような
撮影済のフイルムの獲得を意図しての違法・不当な逮捕であることを窺わせる具体
的な状況は見あたらず、また、右Gら四名がしたフイルムの任意提出及びその現
像・焼付の承諾が実態は捜査機関の偽計・強制などに基づくものであることを疑わ
せる証跡も認められない。
 論旨(2)については、現場写真が非供述証拠に属し伝聞証拠排除の法則の対象
となるものでないことは前述のとおりであるから、これを検証調書等に準ずる供述
証拠とする論旨の法令違反の主張は前提を欠くものである。なお、前述の現場写真
の技術的限界に徴すれば、現場の目撃者でもある写真の撮影者を証人尋問すること
によつてその証明力を増強することができるし、実体的真実発見の観点からも証言
と現場写真が相俟つて犯行状況等の現場の情景を浮彫りにすることがのぞましいと
いえるけれども、本件に見られるように、報道・出版関係者など現場写真の撮影者
側が、フイルムまたは写真自体の提供以上の協力を一切拒否したため、その証人尋
問を行わないということは、現場写真の証明力の点において証拠申請者側にも不利
益となるから、論旨のように衡平を失するということにはならない。
 以上の、右(1)(2)の現場写真が本事件との関連性を有するものであること
は原説示のとおりであるし、右写真の証拠能力を肯定した原判断に論旨のような法
令違反はないから、論旨はいずれも理由がない。
 三 騒擾罪の成否に関する事実誤認、法令違反の各論旨(弁護人らの控訴趣意第
三、第四及び被告人らの控訴趣意六、七)について
 論旨は、原判決が原判示第一の国鉄F駅騒擾罪関係につき詳細な事案を認定した
うえ右が刑法一〇六条にいう騒擾罪の構成要件に該当するものである旨の証拠説明
及び法律判断を示したことに関し、暴行・脅迫の共同意思及び一地方の公共の平
和・静謐の阻害ないしこれを阻害するに足りる集団行動の各不存在の主張を反論の
根幹に据え、多岐にわたる面から原判決の採証法則違反に基づく事実誤認、理由の
不備・くいちがい及び法令解釈・適用の誤りなどをいうのである。
 しかし、結論から先にいうならば、論旨のうち憲法三七条二項、二一条一項違反
をいう点の実質は刑訴法違反ないし事実誤認の主張に帰するものであるし、記録等
を精査しても、原判決に理由の不備・くいちがいはもとより判決に影響を及ぼすこ
との明らかな事実誤認、法令違反は見出すことができない。以下、主要な各論点に
つきその理由を示すことにするが、これに先立つて、刑法一〇六条の解釈・適用に
関しては、当審も原審と同じく累次判例、とくに、前述の平事件上告審判決及び大
須事件上告審決定の示す見解と同旨の見地に立つものであることを明らかにしてお
く。すなわち、群衆または組織的な団体あるいは両者の混合形態などといつた各種
態様の集団による犯罪である騒擾罪の構成要件が「多衆聚合シテ暴行又ハ脅迫ヲ為
シタル」ことであることは前述のとおりであるが、論旨に関連して本件事案の解明
に必要となる主な要件の解釈を抄出すると、
 (1) 多衆とは、一地方における公共の平和・静謐を害するに足りる暴行・脅
迫をなすに適当な多人数であることを要する(「一地方」の要件は後に検討す
る)。
 (2) 暴行・脅迫は広義のものであつて、暴行に関していえば、人に対するも
のはもとより物に対する有形力の行使も含まれ、建造物の不法侵入・占拠などもこ
れにあたる。
 (3) 暴行・脅迫は、集合した多衆の共同意思に出たもの、いわば、集団その
ものの暴行・脅迫と認められる場合であることを要するが、その多衆のすべての者
が現実に暴行・脅迫を行うことまでは必要でなく、集団として脅迫を加えるという
認識があれば足りる。
 (4) 右の共同意思は、集合した多衆が、多衆の合同力を恃んで自ら暴行・脅
迫をなす意思ないし多衆をしてこれをなさしめる意思(主動的意思)を有する者と
右の暴行・脅迫に同意を表しその合同力に加わる意思(受動的意思)を有する者と
によつて構成されているときには、多衆の全体に共同意思があるものとなる。
 (5) 共同意思は、共謀ないし通謀と同意義ではないから、多衆全部間におけ
る意思の連絡ないし相互認識の交換まては必ずしもこれを必要とするものではな
く、事前の謀議・計画や一定の目的があることも必要ではない。
 (6) 共同意思は、当初から存在することを必要とするものではなく、合法的
に集合した集団に中途から生じたものであつてもよい。
 (7) 共同意思は、多衆集合の結果惹起せられることのありうべき多衆の合同
力による暴行・脅迫の事態の発生を予見しながら、あえて、騒擾行為に加担すると
いう点において確定的な意思があれは足りるのであつて、必ずしも確定的に具体的
な個々の暴行・脅迫の認識を要するものではない、ということになる。
 1 学生運動諸組織における事前の方針確立及び国鉄F駅東口広場への集結に至
る経緯に関する事実誤認等の論旨について
 論旨は、原判決が「学生運動諸組織においては、遅くとも本件闘争の前日ごろま
でには、『当夜国鉄F駅周辺で集団示威運動を行つたうえ駅構内を占拠し列車等の
運行を妨害するなどして同駅内外を混乱に陥れる』との方針を確立した」ほか「被
告人らを含む指揮者において、当日都内各所に集結した多数の学生らに対して『騒
擾罪が発生する虞れがあるとして出動する警察部隊を打ち破り、F駅内外を混乱に
陥れ、同駅を経由して行われている米軍用ジエツト燃料の輸送を阻止するため、徹
底的に闘争を展開する』旨の演説及び同旨のシユプレヒコールの音頭をとるなどし
て右闘争方針を周知徹底せしめ、その指示のもとに示威行進をするなどして気勢を
高揚したのち、学生各派集団が逐次、当夜国鉄F駅東口広場に集結した」旨の事実
を認定・判示したことに関し、当夜国鉄F駅に集結した数万人のなかには大勢の一
般市民のほか各大学別グループや職場労働者グループなどが多数含まれているの
に、原判決はまちまちな意思の許に参加した各集団全体の一部にすぎない学生政治
団体のみをことさらに抽出して事前の方針確立及び同駅東口広場への集結に至る経
緯をとりあげるという偏頗な取扱いをしたほか、当日の警察部隊による弾圧を恐れ
ずに断固として抗議行動を展開する旨の被告人らを含む学生各派指揮者らの決意表
明ないしその呼びかけの言葉を断片的にとらえ騒擾のアジ演説などであるかのよう
に事実を歪曲して共同意思の成立を安易に認定するための布石としており、原判決
中の右事前の方針確立なるものも単にその結論のみが示されているだけでこれに至
る手続やその具体的内容などは一切明らかにされていないから理由不備のそしりを
免れるものではなく、また、原判示の事実を認定するに足りる証拠はないのであつ
て、とくに、全学連書記局の通達・ビラ及び学生運動諸組織の機関紙など(以下
「ビラ等」とも総称する。)には証拠能力がないのに原判決がこれを事前の方針確
立に関する事実認定の証拠に採用した点は刑訴法三二〇条一項、憲法三七条二項に
違反する、というのである。
 しかし、まず、事実の偏頗な抽出をいう論旨については、原判決が当夜国鉄F駅
周辺に集結した数万人に及ぶ一般市民・各種団体グループの全員につき本件騒擾事
件への関与を認めたものではなく、右の万余の衆人環視の許における被告人らを含
む多数の学生各派集団及びこれら集団の企図・行動に同調した群衆による騒擾罪を
認定したものであることは、原判文自体に徴し明らかである。そして、右学生各派
集団が事件の当初に果たした起爆剤的役割及びその後の広範かつ強力な集団暴力行
動における中心的な活動状況などに徴すれば、右事件の主要な原動力・推進力とな
つた学生運動諸組織におけるF闘争への事前の取組み及び事件に至るまでの経緯に
ついても適法な証拠に基づいて調査し、事件全体の真相解明に資する客観的な状況
事実を把握することはむしろ当然のことといえる。逆にいえは、当夜国鉄F駅に集
結しベトナム反戦等の同旨スローガンの許に集団示威運動を展開しながらも原判示
の集団暴力行動には加担しなかつた多くの職場労働者グループないし平和運動諸組
織に関しては、原判示の学生各派集団らによる騒擾事件とはかかわりがない以上、
右のグループ等につき事前の運動方針や右現場への集結に至る経緯などといつた状
況を詮索する必要は全くないのであるから、これを論旨のように偏頗な取扱いとみ
るのは、両者の間の犯罪事実の存否という決定的な差異を無視するものであつて失
当というほかない。
 また、理由不備をいう論旨については、原判決の前記「事前の方針確立」に関す
る認定・判示は、騒擾発生に至るまでの経緯の一部分に属するもので、本来、刑訴
法三三五条一項により必要とされている有罪判決に示すべき理由に当然含まれるも
のではないから、この点に関する理由不備の主張は採用の限りではない。また、右
「事前の方針確立」に関する原判示の内容は、関係各証拠を総合することにより推
認が可能であり、現に後刻これに沿つた騒擾事件が発生しているのであるから、論
旨指摘の学生運動諸組織内の方針決定に至る具体的手続過程等が欠けていることな
どはいまだ前述の基本方針の存在を肯定した原判断を誤りとする根拠になるもので
はない。
 さらに、事実の歪曲ないし誤認をいう各論旨については、原判決挙示の関係各証
拠を総合すれば、原判示の学生運動諸組織における本件F闘争への事前の基本方針
確立から当日の国鉄F駅東口広場集結に至るまでの詳細な経緯はすべて肯認できる
ものであるから、論旨はいずれも理由がない。たとえば、論旨が事実の歪曲として
問題視するH大学旧学生会館前付近における原判示の演説及びシユプレヒコールの
音頭の件を検討すると、警視庁公安第一課から同所に赴き採証活動に従事していた
原審証人I、同Jの各供述によれば、同所の集会の過程で数百本の角材が配られた
り、同所に集結した学生らの集団が付近の路上でデモ行進に移つた際に角材を構え
突撃訓練類似の場面まで演じたことが窺われ、その後の国鉄F駅に向う途上の国鉄
K駅及びその付近における原判示第二の威力業務妨害行為が端的に示しているとお
り、前述の演説などか論旨のいうような単なる抗議行動展開の決意表明などといつ
た生ぬるいものではなかつたことが明らかである。
 そして、論旨が強調するビラ等の証拠能力をめぐる問題に関しては、ビラ等の立
証趣旨及びその採否が原審で重要な論点となつたことは記録上認められるところで
あり、本件のF闘争を事前にとりあげている全学連書記局の通達・ビラ、全学連拡
大中央委員会議案書及び学生運動諸組織の機関紙などは、その形式内容及び押収手
続の過程に徴し、右ビラ等が学生運動諸組織の正規の文書として作成・公表される
などしたものであることが窺われ、この種のビラ等の記載内容そのものの真実性を
立証趣旨とする必要のある場合には、右ビラ等が刑訴法三二〇条一項にいう伝聞証
拠にすぎないことは論旨指摘のとおりである。しかし、前述の本件ビラ等は、その
存在自体(異なつた複数の場所から押収されているという事実をも含む)でも間接
証拠としての価値を有し、学生運動諸組織において事前に本件当日のF闘争に向け
た取組みの基本方針を検討・総括しこれを外部に発表したという状況事実を推認さ
せるものであることは否定できず、事件との関連性を有することも明らかであるか
ら、原審が「右ビラ等の存在」を立証趣旨としてこれを非供述証拠として採用した
ことに刑訴法三二〇条一項、憲法三七条二項違反を容れる余地はない。しかも、前
述のように、後刻右の基本方針に沿つた学生各派集団による騒擾事件か現実に発生
したにとどまらず、関係各供述証拠、とくに、学生運動諸組織に関係していたL、
M、N及びOらの検察官に対する各供述調書によれば、学生運動諸組織が所属構成
員らないしその同調者らに向けて本件のビラ等を配布しあるいは集会を開くなどし
て原判示基本方針の周知徹底を図つていたことが認められ、その他の関係各証拠を
も総合考察すれば、原判示の前記「事前の方針確立」に関する事実は優に肯認でき
るところである。
 以上説示のとおり、論旨はいずれも理由がない。
 2 共同意思の事前確定に関する法令違反の論旨について
 論旨は、共同意思とは暴行・脅迫の行為時において初めてその存否が問題となる
概念であつて、暴行・脅迫の行為以前の時点で共同意思が存在するということは論
理的にありえないのに、原判決が国鉄F駅東口広場における暴行以前の集会の段階
で共同意思の形成を認定したことは刑法一〇六条の解釈適用を誤るものである、と
いうのである。
 しかし、共同意思の概念が当該暴行・脅迫を行為者を含む集団そのものの暴行・
脅迫と認めうるか否かの点についての判定機能を営むものであることは論旨指摘の
とおりであるけれども、そのことは、暴行・脅迫の行為以前の時点・段階における
共同意思の形成を否定するものではない。この点は、前述の共同意思に関する解
釈、とくに、「共同意思は、多衆集合の結果惹起せられることのありうべき多衆の
合同力による暴行・脅迫の事態の発生を予見しながら、あえて、騒擾行為に加担す
るという点において確定的な意思があれば足りるのであつて、必ずしも確定的に具
体的な個々の暴行・脅迫の認識を要するものではない」旨の解釈にてらしても明白
である。なお、前述の大須事件上告審決定においても、事前の「共同暴行意思」を
認定した控訴審の判断が是認されており、当審も本件について同旨の見解をとるも
のである。
 3 東口広場における共同意思の形成に関する事実誤認等の論旨について
 論旨は、当夜、東口広場では学生運動諸組織、大学別グループ、地区・職場別反
戦グループなどの諸団体がそれぞれ独自に集会・デモ行進をおこない、同広場に蝟
集した数万の一般市民の大部分も学生各派集団のF闘争に共感・好意を示しその多
数が右デモ行進に参加するなど、警察部隊の規制がなかつたこともあつて、同広場
は一種の解放・自由広場の観を呈し全員がお祭り的なごやかな雰囲気を満喫してい
たにすぎないのに、原判決が、(1)集会における演説内容、シユプレヒコールの
唱和及び集団示威行進といつた事実関係に依拠して各派学生ら及び多数の群衆の全
体について共同意思の形成を認めたことには論理の飛躍があり、右のような認定
は、集会・目論など表現の自由を侵害するものとして、単なる事実誤認にとどまら
ず憲法二一条一項に違反する、(2)当日午後八後四五分ごろの集団の行動をとつ
て同時刻ごろの共同意思形成の証左とするならともかく、同時刻から翌日午前一時
ごろまでの長時間にわたる場所及び参加者の構成を異にして続発した多くの事象を
羅列し遡及的に右八時四五分ごろの共同意思の形成を認定したことは、論理的に不
合理で理由の不備・くいちがいにあたる、(3)共同意思の形成を認定した集団
(主動的意思ないし受動的意思を有する各集団)の範囲がそれぞれ不明確であり、
原判示の中核派・ML派学生らによる合同の集会には参加していなかつた国際主義
派、P軍団などに所属する学生らの集団についても唐突に右中核派らの学生集団と
の共同意思の形成を認めるなど、理由の不備・くいちがいがある、というのであ
る。
 しかし、原判決の騒擾発生に至るまでの経緯に関する判示及び共同意思の存否に
関する説示の全体を関係各証拠に照らして総合考察すれば、以下に述べるとおり、
各論旨はいずれも失当といわざるをえない。
 (1) 原判決は、論旨指摘の事実関係のみではなく、前述の被告人らを含む多
数の学生各派集団におけるF闘争への事前の取組み及び国鉄F駅東口広場への集結
に至る経緯、同広場における集会・群衆の一部をも交えたデモ行進・シユプレヒコ
ールの唱和並びにこれに引き続き発生した同駅東口側障壁の大規標な破壊行為の開
始といつた騒擾の始期に至るまでの一連の動きをとらえて、当日午後八時四五分ご
ろの時点における同広場に結集した各派学生らの集団と同所に蝟集する群衆中の多
数との間における共同意思の形成を認めたものであることは、判文上も明らかであ
る。そして、論旨が問題とする集会等の状況についても、原判示のようなアジ演説
の内容、これに呼応する多数学生ら及び群衆の一部による大喚声など、とくに、原
判決の証拠標目挙示のビデオテープ、一六ミリフイルム中の同日午後六時ごろから
同八時四五分ごろまでの同広場における各派学生ら及び群衆の動き、集団の一部の
者らが先行した同所西側の線路に接するQ組作業事務所の塀への破壊行為などに徴
すれば、前記時点における同広場の状況は、もはや論旨のいう憲法上保障される言
論・集会・デモ行進といつた集団的な表現・行動の自由の域をはるかに超え、多数
の合同力をたのみとする国鉄F駅構内への侵入・占拠などに向けた違法な実力行使
の呼びかけ及びこれへの同感・同調の意思固めといつた多衆による集団暴行への興
奮と熱気の頂点を示すものであつたことが明らかで、もし、論旨のいうような解
放・自由広場といつたなごやかな雰囲気を満喫していたにすぎないものであるなら
ば、何故その直後に、警察部隊の規制等の刺激材料がなかつたのに学生各派集団に
よる大規標な同駅東口側障壁の破壊行為が開始されたのか、全く不可解となり、し
てみれば、「各派学生らの間に多衆共同して警備の警察部隊を暴力で排除してでも
同駅構内を占拠して列車等の運行を妨害すべしとの意思が確定的に形成され、蝟集
した群衆間にも広く右意図が浸透するに至つた」旨の原判示は、同広場における学
生各派集団及び群衆の動きを全体的に考察しその共同意思を認定したものとして是
認されるべきものである。
 (2) 共同意思の存否に関する原判決の説示(一〇九丁裏ないし一一〇丁裏の
部分)は、原認定の騒擾の事実(一一丁ないし二〇丁)と対応して考察すれば、論
旨のように単なる事前の共同意思の形成に関する説示とみるよりも、むしろ、同日
午後八時四五分ごろから翌日午前一時ころまでの間の同駅構内及び同駅周辺におけ
る大規模かつ広範な集団暴力行動が、これに加担した学生各派集団と群衆につき、
その構成及び動きにおいて時間的・場所的な流動性・混淆性を帯びながら展開され
たことを肯定しつつも、これらが被告人らを含む学生各派集団と群衆のうちの多数
による同一の共同意思の範囲内にあることを認める趣旨の説示であることが明らか
であり、もとより、共同意思の形成という集団による暴行の主観的要件の存否を共
同意思形成の前後における集団の具体的な動き・推移から把握することは、論理的
にはもとより証拠法上も許容できるものであつて、理由不備等の問題になるもので
はない。
 (3) 原判決が共同意思の形成を肯定した学生各派集団の範囲は、中核派・M
L派のみならず同時刻ごろ同駅東口広場ないしF通りに集結していた国際主義派・
P軍団をも含むものであることは原判決の記載(七丁表ないし一一丁表)により明
らかであり、右の国際主義派・P軍団所属の各学生集団についても、いわゆるF闘
争への実力参加の底流があつたにとどまらず原判示騒擾開始時の共同暴行(一一丁
裏)の際には中核派・ML派所属の学生らに同調して大規模な障壁破壊作業に加わ
り、国際主義派学生集団を先頭に中核派・ML派学生集団などが続々と駅構内に侵
入している事実に徴すれば、国際主義派・P軍団所属の各学生集団が論旨のいう合
同集会には参加していなくても、順次、現場において中核派らの学生集団との共同
意思を形成したものであることは優に肯認できるところであつて、これを唐突な認
定とする非難はあたらない。また、そのころ同広場に蝟集する群衆のうち、どの範
囲ないし人数の者について共同意思が形成されたものであるかの点につき、原判決
中に具体的判示がないことは論旨指摘のとおりであるが、「事案の性質から、蝟集
した群衆の中には、終始傍観者としての立場を持するものも少なくなかつたことが
考えられること」(原判決説示一一一丁・要旨)や「当日午後九時すぎころ、駅構
内に侵入した者の数は、各派学生、群衆を合わせて三〇〇〇人を超えるに至つたこ
と」(同説示一〇九丁裏)といつた当時の状況及び騒擾の推移に徴すれば、集団の
範囲につき「群衆中の多数の者」といつた程度の抽象的な認定・説示はやむをえな
いものであつて、もとより前記の学生各派集団に合流した形態においての「多衆」
の要件に影響を及ぼすものではないし、証拠によれば群衆中から騒擾行為への参加
態様の主流をなすものは附和随行にあつたことが看取できるから、右の人数等の特
定が具体的にできなかつたことは、いまだ理由不備等の違法をきたすものにはなら
ない。
 4 集団の同一性の有無及び共同意思の個別的存否に関する法令違反の論旨につ
いて
 論旨は、本件の騒擾罪に問われた国鉄F駅構内及び同駅周辺における集団による
暴行の実態が、(イ)同駅東口広場で集会をしていた集団による同駅東口側障壁の
破壊行為、(ロ)同駅構内の線路・ホーム上で警察部隊と衝突した集団による投石
等の行為、(ハ)同駅南口陸橋上にいた集団による警察部隊への投石等の行為、
(ニ)同駅第二・第三ホームの各南口階段におけるバリケード構築及び放火行為、
(ホ)同駅中央口における警視庁無線テレビ中継車への放火行為、等々といつた時
間、場所及び構成を異にする複数の集団による各場面ごとの暴行に個別化されるべ
きものであることを前提とし、原判決が、右各場面における集団相互の同一性の有
無及び右の各暴行に関する共同意思の個別的存否の問題に一切言及することなく、
事前の集会段階における共同意思の形成を認定したうえ、「前記のような各派学生
運動諸組織の企画、現実に本件集団行動が発生するに至つた経緯、集団行動が行わ
れた時間的、場所的範囲、集団の人的構成、暴行、脅迫の態様等を総合勘案する
と、判示多数の学生、群衆らにより構成される集団及びこの集団による一連の暴
行、脅迫行為は、いずれもこれを包括して一個の社会的事象として把握したうえ、
これに対する法的評価を行うのか相当であ(る)」(一一一丁裏・一一二丁表)と
したことは、刑法一〇六条の解釈適用を誤るものである、というのである。
 この問題は、本件騒擾罪の成否に関連する重要な論点にあたるので、以下、主要
事項につき当審の見解を示すことにする。
 たしかに、騒擾罪の成否及びその範囲が問題となる大規模な集団行動の事件にお
いて、同一地域内であつでも同罪の主体である「多衆」が複数の形態で存在するこ
とは、論理的にはもとより事実上も起こりうることであるから、連続して生じた一
個の社会的事象であるという理由のみによつては、直ちに、異なつた他の集団の構
成員らによる暴行・脅迫についてまで騒擾罪としての刑責を問われるいわれはな
く、もし、論旨のいう各場面の暴行が相互に何の関連性をもたない別個の集団によ
り偶発的、同時多発的に敢行されたにすぎないものであるならば、各場面毎の、共
同意思の個別的存否の点をも含めた騒擾罪の成否が検討されるべきことはいうまで
もないところである。
 <要旨第一>けれども、元来、右のような事件に際しての集団による暴行・脅迫
は、群衆心理に基づく連鎖反応・波及効果の高まりに影響されて時間的
な継続性、場所的な拡大・発展性及び人的構成における増減・移動などといつた激
しい推移・変化を示す傾向のあることは周知のとおりであるばかりでなく、共同意
思は、集団の構成員の全部がこれを有することまでは必要でないと解されているの
で、その存否は、構成員個人の意思内容の詮索よりもむしろ集団全体の具体的な行
動に則して総合判断されるべきであることなどにかんがみると、同一地域内におけ
る複数の集団による暴行・脅迫が社会的事象として時間的・場所的に互いに密接的
関連を有しつつ流動的に推移した場合、換言すれば、構成を異にする各種規模の団
体構成員及び群衆についても、他の集団による暴行・脅迫に触発・刺激され、右の
事実を認識・認容しつつ、これを順次承認する形態において、当初の集団による暴
行・脅迫と時間的・場所的に繋がりを有する状況のもとに、後の集団による暴行・
脅迫が継続的に展開された場合には、各集団による暴行・脅迫は全体として同一の
共同意思によるものと認められるべきであつて、これらを包括して一個の騒擾罪の
成立を肯定するのが相当である。
 これを本件についてみると、原判決は論旨のいう前記の各場面における集団によ
る各暴行が結局において同一の共同意思の範囲内にあるものと認定・説示している
ことは前述のとおりであり、前記(イ)・(ロ)の各場面における学生各派集団の
構成員らが大筋において協同歩調を示す同種の行動をとつていたことも証拠に則し
た原認定の事実により明らかで、同(ハ)ないし(ホ)の各場面における集団の行
動に関しても、右(イ)・(ロ)の各場面における集団の騒擾行為に触発・刺激さ
れた群衆及び学生らの一部の者らに、順次、当初の集団の共同意思が伝播・継承さ
れて各場面における投石・放火などの行為として顕在化したものであることが犯行
の経緯・状況により窺うことができるし、とくに、適正な集団行動の観念を容れる
余地のない国鉄F駅構内の線路・ホーム上における前述の集団暴力行動を中心とし
てその前後に展開された右(イ)ないし(ホ)の各場面における集団による暴行の
実態に徴すれば、これらが事実上全く相互の関連性を欠く集団による偶発的・同時
多発的な暴行であることを疑わせる状況は見出せず、これらの暴行が全体として同
一の共同意思の範囲内にある旨の原説示は是認することができる。
 なお、論旨が非難する前記原判示部分も、その前後の説示とあわせ考えると、原
判決は結局において、本件集団行動を時間的・場所的に分断して個別に評価すべき
であるという弁護人の主張を排斥し、右(イ)ないし(ホ)の各場面における一連
の集団行動に加担した者の間に同一の共同意思の存在を肯定した趣旨であることを
看取できるから、所論は失当である。
 <要旨第二>そして、騒擾罪の性格とくに前記三の冒頭に抄出した同罪の構成要件
に関する解釈(3)ないし(7)のように、共同意思が共犯における共
謀ないし通謀や一般犯罪における責任要素としての故意とは異なるものであること
にかんがみれば、本件のように、複数の集団による一連の暴行・脅迫行為が、全体
として同一の共同意思に基づくものとして一個の騒擾罪を構成する場合は、集団の
一員としてその一部に加担した者については、その加担部分を含む右暴行・脅迫行
為の全部が刑法一〇六条本文の適用の対象となるが、同人の刑責は、同条各号によ
り、その故意及び加担行為の範囲内に限定されるものと解するのが相当である。こ
のように、集団犯罪である騒擾罪においても、窮極的には個人の責任要素としての
故意に基づき、刑法一〇六条各号の区分に従い具体的な刑責が決められるものであ
つて、当該騒擾事件における同一の共同意思に基づく集団の暴行・脅迫であつて
も、本件被告人らのような騒擾指揮・助勢に該当する者に関しては、当該個人の故
意の内容を超える、時間・場所を異にする場面での他の集団による暴行・脅迫の事
実を(犯情として考慮するのはともかく)当該個人に対する具体的帰責事由とする
ことは許されないという制約を受けるものであり、そうすることが刑法における責
任主義の原則に合致するものといえよう。
 したがつて、たとえば、前記(イ)の場面における暴行に関与した集団の構成員
らが同(ニ)・(ホ)の各場面における放火などの事実を全く知らなかつたとすれ
ば、同人らの故意の及ばない他の集団構成員による放火などの行為に対する具体的
な刑責まで負担させることは許されない筋合である。そして、原判決も、同一の共
同意思の及ぶ範囲内における全体としての騒擾罪に関する事実認定・判断と本件騒
擾罪における各被告人の所為すなわち当該個人の故意に則した個別的な事実認定・
判断及び適条を区別していることは判文により明らかである。
 以上説示のとおり、刑法一〇六条の解釈適用の誤りをいう各論旨は、いずれも理
由がない。
 5 騒擾の始期及び終期の認定に関する法令違反の論旨について
 論旨は、原判決は集団による最初の暴行の行われた時点を騒擾の始期とし、一切
の暴行が終了した時点すなわち国鉄F駅及びその周辺が警察部隊により完全に制圧
された時点をもつて騒擾の終期と認定しているが、騒擾罪における暴行・脅迫は判
例により「一地方における公共の平和・静謐を害するに足りる程度のもの」である
ことを要するとされているから、原判決は時間、場所及び行為類型を異にして展開
された右集団による暴行の全体を包括し一個の社会的事象として把握し騒擾罪の成
立を認めた点で法的に誤りがあるばかりでなく、前記判例上の要件をみたす以前の
段階における集団の当初の暴行の時点で直ちに騒擾罪の既遂を肯定するとともに、
警察部隊に制圧されて集団による暴行・脅迫の程度が右の要件以下に減弱した騒擾
終結以後の時点まで騒擾の継続を認めている点において、前記判例を無視し刑法一
〇六条の解釈適用を誤るものである、というのである。
 しかし、まず、論旨の前段が理由のないものであることは前述のとおりであつ
て、原認定の多数の学生・群衆らにより構成される複数の集団による一連の暴行・
脅迫が同一の共同意思の範囲内において順次行われたものと認められる以上、これ
らを包括し、全体として一個の騒擾罪と認めるのが相当である。次に、原判決が当
日午後八時四五分ごろから翌日午前一時ごろまでの間の国鉄F駅構内及び同駅周辺
における原判示一連の集団暴力行動をもつて騒擾罪に該当するものと認めているこ
とは判文により明らかであるが、この点に関する論旨は、原認定と異なる事実関係
を前提として法令違反をいうものであつて、失当といわざるをえない。たしかに、
騒擾罪の成否が問題となる多衆による暴行・脅迫の内容は、騒動の初期、最盛期及
び終熄期といつた各段階に応じて異なつた発現態様ないし推移を示し、これに対応
し公共の平和・静謐を害する危険性の強弱や現実の阻害の程度も変化することは当
然のことであつて、とくに、暴行・脅迫の初期の段階における騒擾罪成否の判定の
難しさは講学上も指摘されているところであり、集団中の一部の者らによる偶発
的・個別的・散発的な暴行・脅迫をとらえて直ちに騒擾罪の既遂を認めるようなこ
とは法的に許されるものではない。けれども、原判決が同罪にいう暴行・脅迫の要
件(程度)につき論旨のいう判例と同様の解釈をしていることはその説示により明
らかであり(一〇五丁裏・一〇六丁表)、また、騒擾の始期を認めた二一日午後八
時四五分ころの時点の集団による暴行の要旨は、「国鉄F駅東口側にめぐらされた
鉄塀による障壁(長さ約七八メートル)及びこれに続く映画看板による障壁に向つ
て各派学生ら合計約四~五〇〇名の集団が角材や角柱などで激しく叩き、あるいは
突くなどして大規模な破壊作業に従事した」(原判決一一丁・要旨)というのであ
り、また警察部隊による検挙活動開始後の騒擾の終期を認めた翌二二日午前一時こ
ろの時点における集団による暴行の要旨は、「各派集団の主力が同駅構外に退去し
たのちも引き続き構内に滞留していた多数の各派集団及び群衆のうちの千数百名
が、同日午前零時すぎごろから同午前一時ごろまでの間、検挙活動を開始した各警
察部隊に対し激しい投石を行い、同駅東口広場に蝟集していた学生・群衆らもこれ
に相呼応して構内の警察部隊に対し同種の行為に及び、警察部隊との間に一進一退
を繰り返していた」(同一八丁裏・一九丁)というものであるから、いずれも騒擾
罪にいう前記暴行・脅迫の要件をみたすものであることに疑いは存しないものであ
る。
 6 一地方における公共の平和・静謐の阻害に関する事実誤認等の論旨について
 論旨は、学生・群集らの集団と警察部隊との衝突が生じた時点における国鉄F駅
構内は騒擾罪の保護法益である「一地方の公共の平和・静謐」にいう「一地方」の
概念に含まれるものではなく、また、電車・列車の運行阻害は交通労働者のストラ
イキ等によつても生ずる類いのもので、如何に広範囲なものであつても右にいわゆ
る「一地方の公共の平和・静謐の阻害」とは異質のものであるから、これを同一内
容の如く扱う原判決の認定は妥当性を欠き、更に、右の「一地方」の概念にあては
まる国鉄F駅東口広場周辺、同駅西口周辺及び同駅南口を中心とするR街道沿いの
各ビル商店街、住宅地域などについては、いずれも物的被害が少なかつたのである
から、右各地域ごとに個別的にみる限り一地方の公共の平和・静謐を阻害するに足
りるような集団暴力行動はなかつた、というのである。
 そこで、まず、騒擾罪の保護法益である「一地方の公共の平和・静謐」にいわゆ
る「一地方」に該当するか否かは、当該地域の広狭などの地理的条件や居住者の多
寡などといつた静的・固定的要素のみによつて決めるべきものではなく、当該地域
(同所にある建物・諸施設、事業所などをも含む)が社会生活において占める重要
性や同所を利用する一般市民の動き、同所を職域とする勤務者らの活動状況などと
いつた動的・機能的要素をも総合し、さらに、当該騒動の様相が個人的法益ないし
狭い範囲内の社会的法益侵害の域を超え、右地域及び周辺地域の人心に強い不安、
動揺を与えるに足りる程度のものであつたか否かといつた観点からの考察も併せて
行うべきである。これを本件に則してみるに、原判決が詳細に説示するとおり、交
通の一大要衝である国鉄F駅が社会生活上営んでいる重要な機能及び同所における
学生・群衆らの集団暴力行動の規模・態様などを総合考察すれば、同駅構内が右の
「一地方」に該当することは明らかというべきである。右の点につき、論、旨は前
述のメーデー事件控訴審判決中の「一般人の往来か比較的少ない桜田濠沿い砂利敷
道路及び二重橋前砂利敷十字路という極めて限定された場所であつて、一般住民の
生命、身体、財産に対し直接危害の及ぶ虞れの少ない場所であつたばかりでなく、
その暴行、脅迫は、専ら集団員に対する警官隊の規制措置に対抗するためにのみな
されたものであつて、一般住民を対象とするものでなかつたことを併せ考えれば、
前示集団員のした暴行、脅迫の程度は、(中略)一地方の静謐を害するに足りる程
度のものとはいい難い」旨の判示部分を引用したうえ、国鉄F駅は公共の施設でそ
の構内には一般市民の財産が殆んどないこと、学生・群衆らの集団と警察部隊との
衡突開始前すでに電車・列車の運行は停止しており乗降客らもいなくなつているこ
と等を前提として、国鉄F駅構内が「一地方」に含まれない旨主張するが、メーデ
ー事件は本件と事案を異にするばかりでなく、同駅構内は警察部隊との衝突以前の
段階で既に発生・群衆らの原判示初期の集団行動の影響により電車・列車の運行が
阻害される事態に陥り、大勢の乗降客らも余儀なく駅員らによる誘導待避や入構規
制に服していたという特殊事情を看過するものであり、論旨は失当というほかな
い。
 次に、原判決が国鉄F駅における電車・列車の運行阻害及びその影響の大きさを
とりあげた趣旨を検討するに、原判決の「一地方における公共の平和、静謐阻害の
程度につき」と題する説示(一一二丁以下)の全体をみるならば、原判決は右の電
車・列車の運行阻害等の結果のみをとらえて右公共の平和・静謐の阻害に結びつけ
たものではなく、当夜の学生・群衆らの集団暴力行動の激しさ及びその結果の広
範・重大性を示す多くの事実のうちの一つとして翌日までにも及んだ電車・列車の
全面的運休の事態をとりあげ、結論として、国鉄F駅の警備に出向いた多数の警察
官、同駅職員、乗降客、同駅周辺の住民及び商店街の従業員らに対し極度の不安感
と恐怖を生ぜしめた事実を認定したうえで、一地方における公共の平和・静謐の現
実の阻害を肯定したものであることが明らかである。元来、陸上の大量輸送機関で
ある電車・列車の交通安全が現代の社会生活において重要な意義を有することは論
を待たないところであるし、本件のような大都会の動脈ともいえる右交通機関の運
行を集団の暴力行動で広範囲・長時間にわたつて阻害するようなことは、単なる往
来妨害の域を超え、足留めを余儀なくされた大勢の交通機関利用者ら及び周辺地域
の一般市民らに強い不安・動揺を及ぼすに至ることが容易に推認できるところであ
るから、公共の平和・静謐の阻害とも密接な関連を有するといえるものであつて、
これを、論旨のように交通労働者らの争議行為による電車・列車の運行阻害の場合
と同視することは失当といわざるをえない。
 さらに、国鉄F駅周辺の市街地を前記の三地域に分け各地域ごとの公共の平和・
静謐を阻害するに足りる集団の暴力行動はなかつたという論旨に対しては、すでに
前述の共同意思に関する項などで検討したように、学生・群衆らによる本件一連の
集団暴力行動は、国鉄F駅構内及び同駅周辺地域などの全域にわたる学生・群衆ら
の間に、順次、伝播・継承された同一の共同意思の範囲内で続行されたものであ
り、これらは包括し全体として一個の騒擾罪を構成すると認めるべきであるから、
右一連の集団暴力行動を特定の時間的、場所的範囲に分断して個別的に評価し、各
地域ごとの公共の平和・静謐の阻害の有無を論ずることは、その前提自体が失当で
あるといわなければならない。すなわち、本件は、国鉄F駅構内及び同駅周辺地域
の全体における当夜の集団暴力行動の規模・態様並びにこれに基づく公共の平和・
静謐阻害の有無の検討がなされるべきものであることは原判決が詳細に説示すると
おりであつて、当審もこれを支持するものである。したがつて、国鉄F駅関係の建
物・電車・列車及び電気・通信諸施設などの大量破壊による直接の物的損害が合計
約三一〇六万余円に達していることと対比し、同駅周辺のビル・商店街関係の窓ガ
ラス、シヤツター、ネオンサイン、看板などの破壊による直接の物的損害が同駅東
口側の映画看板及びFステーシヨンビルの窓ガラスなどの約二三一万余円を除くと
合計約五九万余円にとどまつていたからといつて、原判示のような国鉄F駅東口側
障壁の破壊により開始され展開・拡大した同駅構内を中心とする学生・群衆らの集
団暴力行動の規模・態様及びその経緯に徴すれば、当夜の騒動の様相が同駅構内に
限らず同駅周辺地域の一般市民らにも強い不安・動揺を抱かせたことは容易に推認
できるところであつて、現に右地域の商店などか長期間にわたりシヤツターをおろ
し営業できない状態に置かれていたなどということはこの間の事情を物語るもので
あり、同駅周辺地域についても公共の平和・静謐の現実の阻害が及んでいることを
肯定した原判決に事実誤認等の誤りはない。
 四 被告人Sの騒擾指揮に関する事実誤認、法令違反の論旨(弁護人らの控訴趣
意第六)について
 論旨は、(1)同被告人がT工業大学学生Uらの学生(国際主義派ないしその同
調者約一〇~二〇名)に対し原判示のような事前の騒擾指揮に該当する指示・命令
等をした事実はなく、原判決には信用性のないUの検察官に対する昭和四四年二月
二七日付供述調書、Mの検察官に対する同年三月四日付供述調書に依拠して一〇月
二〇日、二一両日のT工大V校舎及びW大学学生会館における同被告人の一連の単
純な行為を騒擾指揮の構成要件に適合するようにこじつけた事実誤認がある、
(2)騒擾指揮は騒擾の現場においてなされることを要すると解すべきであるの
に、現場性を欠く事前の騒擾指揮を肯定する原判決の解釈には疑問があり、かりに
これを認める判例の立場を容れるとしても、事前の騒擾指揮における「指揮」とい
えるためには騒擾の現場における多衆の行動についての具体的な指示がなくてはな
らないのに、本件ではその具体性に乏しく、かつ、指揮の段階においてすでに多衆
が共同意思を形成していることを要するのに、本件ではこれが欠けているのである
から、いずれにしても同被告人の行為につき騒擾指揮罪を適用することは誤りであ
る、というのである。
 (1) しかし、原判決挙示の関係各証拠を総合すれば、同被告人が一〇月二〇
日午後六時ころT工大V校舎自治室において、他大学の国際主義派基幹部関与のう
え、Uら約一〇名の学生に対し、(イ)翌二一日に国鉄F駅東口広場付近の映画看
板を破壊して駅構内に入り同駅を人民管理して米軍用ジエツト燃料輸送を実力で阻
止する、(ロ)官憲は騒乱罪を適用してくるだろうが我々を恫喝するのが目的であ
る、(ハ)同被告人は現場に行けないのでU及びXか同大学グループの指揮をとる
旨の指示・命令等を伝えたのち、翌日の機動隊との衝突を想定し前記某幹部指導の
許に校庭でUらにいわゆるゲバ棒を用いての突撃訓練をさせたこと、翌二一日午後
には、(ニ)同校の学内総決起集会で同大学の学生ら(一五〇~二〇〇名位)に対
しF駅占拠・米軍用ジエツト燃料輸送阻止闘争への参加を呼びかけるアジ演説を
し、これに呼応した学生ら(約二〇名・ヘルメツト着用)の先頭に立ち同校よりデ
モ行進するなどして国鉄東大宮駅から右学生らを引率・上京したこと、(ホ)W大
学学生会館においては、右学生らを約一〇名ずつの二班に編成し当日の行動、とく
に、機動隊との衡突時には終始同一行動をとるべきこと及び逮捕された際の注意事
項などを指示・伝達して右学生らの定期乗車券、身分証明書を預かり、同じ目的で
同大学に続々と集結した国際主義派ないしその同調者による学生らの集団(約一八
〇名)に右学生らを合流させ国鉄F駅に向わせたこと、をそれぞれ認めることがで
きる。
 右のように、同被告人の指示・命令を受けた約二〇名の学生が同じ目的・行動に
向う同一組織の多数学生らの集団とともに現場で騒擾に参加することを当然に予期
しながら現場において執るべき行動及び心構えを具体的に指示し、これに基づいて
右学生らが原判示のとおり本件騒擾の実行行為に及んでいる以上、現場に赴かなか
つた同被告人に対し事前の騒擾指揮の事実を認めた原認定は正当である。とくに、
論旨が問題とするU、Mの検察官に対する各供述調書の信用性については、Uの供
述調書中に被告人Sの現場存在をも明言する等の錯覚があることは論旨指摘のとお
りであるけれども、原認定に沿う限度においては右各供述調書の証明力に疑念を容
れるべき具体的状況は見あたらない。すなわち、Uの原審第一〇三回・第一三六回
各公判供述によれば、同人は被告人Sが国鉄F駅付近の現場にいた事実はない旨自
己の供述調書中の当該供述記載が誤りであることを明確に指摘しながら、前記T工
大V校舎及びW大学学生会館における(イ)ないし(ホ)の各事実に関してはその
存在を窺わせる部分的肯定の供述を重ねており、前記供述調書との整合性を保持し
ている。また、証人Mの原審第一一四回公判供述では、被告人Sが一〇月二〇日午
後六時ころ前記自治会室において国鉄F駅構内への侵入箇所検討の総括をしたこと
が肯定されており、前記(イ)の事実の存在を窺わせている。なお、同被告人の検
察官に対する供述調書中には、一〇月二〇日に出向いて来た他大学の某幹部が、T
工大の一年生らにゲバ棒約五〇本位を作らせ、同自治会室でUらに対し略図に基づ
き国鉄F駅構内への侵入予定箇所を説明し、突撃訓練をさせたことを認め、上部機
関の決定なのでT工大生をそのように行動させようと思つたとして、前記(ハ)の
事実をほぼ肯定する具体的な供述記載があるほか、同被告人は原審第九回公判にお
いて前記(ニ)、(ホ)の各事実の一部(約二〇名位のヘルメットを着用した学生
らとT工大V校舎からW大学学生会館に向つたこと、同所で学生らに逮捕された際
の注意事項を説明しその身分証明書を預つたこと等)を認めている。したがつて、
原判決には証拠の評価等の誤りに起因する事実誤認の疑いはないというべきであ
る。
 (2) 次に、騒擾指揮の現場性及び具体性の点につき考察するに、原判決引用
の判例(大審院昭和五年(れ)第三一七号同年四月二四日判決・刑集九巻四号二六
五頁)は、刑法一〇六条二号前段につき「他人を指揮したる者とは、多衆聚合して
暴行又は脅迫を為すに際し、多衆の一部若は全部に対し指揮を司る者を指称するも
のにして、之が指揮を司る行為は、多衆暴行又は脅迫の決行中現場に於てすると、
将た其の事前他の場所に於てするとに依りその効果を異にすべきものに非ず」との
見解を示し、騒擾の謀議に議長として参与し自ら多衆各班の編成替の衝に当たり班
長を指名するなどした者につき騒擾指揮罪を肯定している。また、同種の論点を含
む「事前の騒擾助勢」の成否については、これを肯定する累次の判例があり、近時
の大須事件上告審決定もこれを是認している。したがつて、現に多衆の全部または
一部の構成員らに具体的な指示・命令を与えて騒擾の現場に赴かせ多衆の共同意思
に基づく暴行・脅迫を為すに至らせた者は、単なる暴行罪等の共犯者ではなく騒擾
罪そのものに加担した者として位置づけられるべきであつて、たとえ当人が後方に
とどまるなどして現場に臨んでの具体的な指揮には及ばなかつたとしても、騒擾指
揮者としての処罰を免れるものではないと解するのが相当である。そして、被告人
Sについて認定した前記(1)の行為が本件騒擾事件における多衆の一部を構成す
るT工大学生らに対するF闘争への具体的な指示・命令を含むものであることは明
らかであり、「騒擾の率先助勢行為のときにすでに多衆が集合して共同して暴行・
脅迫を行うべく共同意思を形成していることを必要としない」ことを是認する前記
大須事件上告審決定の趣旨に徴すれば、被告人Sの原判示指揮の時点においてはい
まだT工大学生らが共同意思を形成するには至つていなかつたとしても、前述のと
おり右指揮を体した右学生らが同じ組織の学生集団に合流して国鉄F駅に赴き同所
に集合した多衆との共同意思の許に原判示の集団暴力行動に及んだことは否定でき
ないのであるから、同被告人を騒擾指揮罪に問擬した原判決は正当といわなければ
ならない。
 以上説示のとおり、原判決に論旨のような事実誤認、法令違反はないから、論旨
はいずれも理由がない。
 五 被告人Yの現住建造物放火に関する法令違反、事実誤認の論旨(弁護人らの
控訴趣意第七)について
 論旨は、同被告人が国鉄F駅第二ホーム南口階段踊り場付近において学生・群衆
らの現住建造物放火の意図に同調し炎上中のバリケードからはみ出していた座席シ
ートを火中に蹴り入れるなどして火勢を強めるような行為をしたことはないとし
て、原判決には証拠能力のない現場写真及びこれに基づく同被告人の供述部分を含
む捜査官に対する各供述調書並びに公訴提起後の違法な取調に基づく同被告人の司
法警察員に対する各供述調書をいずれも証拠排除することなく採用し、これに依拠
して犯罪事実を認定した訴訟手続の法令違反があり、かりにそれが違法ではないと
しても、被告人の捜査過程における自白は捜査官の誤導・誘導尋問等に基づくもの
で信用性がないのに、原判決はその評価を誤り事実を誤認している、というのであ
る。
 しかし、本件の現場写真が証拠能力を有するものであることは前記二の現場写真
の証拠能力を争う論旨に対する説示のとおりであるから、被告人の捜査官に対する
供述内容が右写真に依拠し、かつ、各供述調書に右写真が添付されていたからとい
つて、右各供述調書が証拠能力を欠くことになるものではない。また、公訴提起後
における被告人の取調の違法性をいう点については、たしかに捜査の構造に由来す
る被疑者・被告人の取調の法的性格をどのように理解するかに関連して厳しい論議
の分かれるところであり、受動的ながら当事者の地位を有する被告人の取調を無制
限に許容することには問題があるけれども、判例(昭和三六年(あ)第一七七六号
同年一一月二一日第三小法廷決定・刑集一五巻一〇号一七六四頁及び前掲大須事件
上告審決定)は、刑訴法一九七条により捜査官はその目的を達するため必要な取調
をすることができるのであるから同法一九八条の「被疑者」という文言にかかわり
なく任意捜査にとどまる限り起訴後においても当該事件につき被告人の取調ができ
ること、右のような取調は被告人の当事者としての地位にかんがみなるべく避ける
べきであるが、これによつて直ちにその取調を違法とし当該供述調書の証拠能力が
否定されるものではない、として合理的な枠内における被告人の取調を是認してお
り、当審も同じ見解を採るものである。そして、論旨が問題とする各供述調書はい
ずれも原審第一回公判期日前の、起訴後間もない時点における任意の取調により作
成されたものであること、同被告人に対する右のような補充捜査は本件の罪質、規
模・態様等に徴し公判準備のため必要かつやむをえないものであつたこと及び起訴
後の右取調が同被告人の防禦権を不当に侵害したような形跡はないこと、が記録等
により認められるので、原判決が右各供述調書の証拠能力を肯定しこれを証拠に採
用したことに訴訟手続の法令違反はないというべきである。また、同被告人の司法
警察員・検察官に対する各供述調書の任意性及び信用性が肯認できることについて
は原判決が詳細に説示するとおりであつて、記録等を精査しても、その自白が捜査
官の誤導・誘導尋問等に基づくことを疑わせる証跡は見あたらない。そして、これ
らの関係証拠により原判示放火の事実は十分に肯認できるのである。
 以上説示のとおり、原判決に論旨のような訴訟手続・採証法則違反及び事実誤認
はないので、論旨はいずれも理由がない。
 六 正当行為等の違法性阻却事由に関する事実誤認、法令違反の論旨(弁護人ら
の控訴趣意第一及び被告人らの控訴趣意一ないし三)について
 論旨は、かりに被告人らの原判示各所為が何らかの犯罪構成要件に該当するとし
ても、当時、被告人らは国際的規模の高まりを示していたベトナム反戦運動に共鳴
し、とくに、国鉄がF駅経由のタンク車で在日米軍基地向けの軍用ジエツト燃料輸
送を継続していたことに強い危機感を抱き本件抗議行動に及んだものであり、原判
示の衝突、被害等は警察部隊の不当な規制により生じたものであるから、原判示各
行為は正当行為ないし正当防衛にあたるとして、原判決が右各所為の違法性を肯定
した点の事実誤認等をいうのである。
 しかし、原判示の事実が全体として被告人らを含む学生ら集団の法秩序を無視し
た積極的かつ強烈な実力行使に起因するものであることは証拠上明らかで、記録等
を精査しても、警察部隊の規制が違法・不当であつたというような疑いは見あたら
ない。たしかに、当時のベトナム戦争に対する内外の厳しい批判の高まり及び恒常
的、広範な抗議運動の存在並びに前年八月ごろF駅構内でジエツト燃料輸送用タン
ク車が普通貨物列車に衝突され、爆発・炎上する事故を生み周辺住民に強い不安
感・畏怖心を抱かせたことなどといつた社会状勢に依拠すれば、被告人らの本件抗
議行動に一部世人の心情的な共感を呼ぶ面があつたことは否めない。けれども、如
何に動機・目的が純粋・正当なものであつても、それを社会に訴えその実現を期す
るための表現行動が合法的枠内で行われるべきものであることは今更いうまでもな
く、多数集団による本件犯行の規模、手段・態様及び法益侵害の重大性などに徴す
れば、被告人らの原判示各所為を正当行為ないし正当防衛とみるのは到底困難で、
法秩序全体の見地から考察しその違法評価を免れるものではない。
 右のとおり、原判決に論旨のような事実誤認等の誤りはないから、論旨はいずれ
も理由がない。
 七 量刑不当の論旨(被告人らの控訴趣意八)について
 論旨は、原判決の被告人ら(A、B、D、C)に対する量刑、とくに、被告人A
ら三名に実刑を科した点は、重きに失し失当である、というのである。
 ところで、本件は、学生運動諸組織に所属する学生らが中心となつて、いわゆる
一〇・二一国際反戦統一行動日を期しべトナム反戦運動の一環として国鉄F駅に焦
点を合わせ米軍用ジエツト燃料輸送の実力阻止を図り、夜間主として同駅構内にお
いて、学生各派集団ら(群衆を含む)が最高潮時には約三〇〇〇名余に達するとい
う広範・強力な集団暴力行動を展開するなどして騒擾行動に及んだものである。も
とより、被告人らがべトナム反戦という政治目的を掲げて米国の軍事介入に反対す
る意思表明を集団行動で示そうとしたこと自体は何ら非難されるべきいわれのない
ことはいうまでもないが、それが社会に対する平和的合法的な行動の域を超え法秩
序への明らかな挑戦・抵抗の様相を呈する犯罪行為にまで及んだ以上、これに加担
した被告人らにおいて各自の行動に相応する刑責を問われることは当然である。学
生各派集団にみられる犯行の計画性・組織性は否定できないところであるし、現場
に蝟集した多数の群衆(一般学生・市民らを含む。)の一部をも右騒擾に巻きこむ
など、異常な興奮・喧噪状態に触発・伝播して敢行された本件騒擾全体の規模の大
きさは特筆に値し、原判示のような学生集団らが漸次合同して大勢力を形成し副都
心中枢部の交通の要衝にあたる国鉄F駅を舞台に長時間荒れ狂い、同所を無法状態
の大混乱に陥れて原判示のように甚大な人的・物的損害を与え、交通の大動脈を完
全に麻痺させ、当該地域の人心に強い不安・動揺を及ぼしたことは、許し難い暴挙
として厳しく咎められなければならず、原判決の被告人らに対する各量刑は当審も
基本的にはこれを首肯しうると考えるものである。
 しかしながら、実刑を科せられた被告人Aら三名に関しては、なお、左記の諸事
情を斟酌する余地がある。すなわち、まず、本件騒擾全体の規模・態様及び結果は
原判示のとおり重大なものではあるけれども、本件には首魁に相当する者は見出せ
ず、駅舎の一部及び警視庁無線テレビ中継車への各放火事件に現われているように
興奮した学生・群衆の一部過激分子らの暴走行為が騒ぎをより深刻・拡大化した一
面が介在しており、被告人A、同Bが一部の学生集団の構成員らに向けて主動的か
つ積極的な騒擾指揮に及んだ事実は否定できないにせよ、右両名の具体的な刑責が
責任要素としての故意の限度において原判示の当該各所為をふまえ個別的に量定さ
れるべきものであることはいうまでもない。次に、犯行態様に関して、他の大規模
な集団暴力事犯でみられるような火炎びん、鉄パイプなどといつた人命への危険
性、物的施設などへの破壊力が高度な兇器類は用いられておらず、主として角材、
投石を武器とする駅構内諸施設、無人車両及び警察部隊に向けた集団暴力行動が展
開されていたことに留意すべきである。とくに、本件事犯の規模の大きさ及び真相
解明の複雑・困難性などからのやむをえない理由があつてのこととはいえ、原審・
当審を通じて結果的に審理が長期化し、事件発生後現在まで既に一四年近い歳月が
経過したという事実は軽視することができず、被告人Aら三名において相当期間に
わたり種々の社会的不利益を受けていることは量刑面で配慮されるべきである。ま
た、被告人Cに関しては、原審の本件審理中に言い渡された別件の公務執行妨害、
兇器準備集合の罪による懲役八月の確定裁判(昭和四八年五月一八日刑終了)との
関係において、原判決当時には法律上刑の執行猶予の余地はなかつたものであるけ
れども、同被告人には他に前科がなく、同被告人の原判示所為は刑の執行猶予を許
された他の騒擾指揮・助勢などの罪に問われた被告人らの所為と対比しても格段の
差異は見出せないし、被告人Cが、原判決後に公然わいせつ罪で罰金刑(一回)を
受けた以外には、前記の刑終了後九年有余にわたり同種犯行に走ることなく真面目
に定職に励み妻子ともども平穏な社会生活を営んでいることも無視できない事情で
ある。
 これらの諸事情を総合勘案するならば、現時点においては、懲役四年六月に各処
せられた被告人A、同Bについては刑期の点において、懲役二年六月に処せられた
被告人Cについては刑の執行を猶予しなかつた点において、原判決の各量刑は重き
に失するに至つたものといわざるをえない。論旨は右の限度において理由がある。
 よつて、刑訴法三九七条、三八一条により原判決中被告人Aら三名に関する部分
をいずれも破棄し、同法四〇〇条但書により各被告事件について更に判決すること
とするが、原判決が適法に確定した被告人A、同B、同Cに関する各事実に原判決
と同一の法令のほか被告人Cにつき刑法二五条一項を各適用して、主文第二項ない
し第四項のとおり判決する。
 その余の被告人ら七名の本件各控訴は、いずれも理由がないから、刑訴法三九六
条により主文第五項のとおり判決する。
 被告人ら一〇名に関する当審における訴訟費用及び被告人A、同B、同Cに関す
る原審における訴訟費用は、いずれも同法一八一条一項本文を各適用して、主文第
六項のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 菅間英男 裁判官 高木典雄 裁判官 松本光雄)
 別 紙
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