弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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            主     文
       本件上告を棄却する。
       上告費用は上告人の負担とする。
            理     由
 上告代理人河野浩,同千野博之の上告受理申立て理由1について
 1 原審の適法に確定した事実関係の概要等は,次のとおりである。
 (1) 上告人は,平成7年3月にその所有する土地を大分県土地開発公社の仲介
により日本道路公団に売却した際,同公社の職員である甲と知り合った。
 (2) 上告人は,平成8年1月11日ころ,甲の紹介により,Dから,第1審判
決別紙物件目録記載1の土地及び同目録記載2の建物(以下,これらを併せて「本
件不動産」という。)を代金7300万円で買い受け,同月25日,Dから上告人
に対する所有権移転登記がされた。
 (3) 上告人は,甲に対し,本件不動産を第三者に賃貸するよう取り計らってほ
しいと依頼し,平成8年2月,言われるままに,業者に本件不動産の管理を委託す
るための諸経費の名目で240万円を甲に交付した。上告人は,甲の紹介により,
同年7月以降,本件不動産を第三者に賃貸したが,その際の賃借人との交渉,賃貸
借契約書の作成及び敷金等の授受は,すべて甲を介して行われた。
 (4) 上告人は,平成11年9月21日,甲から,上記240万円を返還する手
続をするので本件不動産の登記済証を預からせてほしいと言われ,これを甲に預け
た。
 また,上告人は,以前に購入し上告人への所有権移転登記がされないままになっ
ていた大分市大字a字b)c番dの土地(以下「c番dの土地」という。)につい
ても,甲に対し,所有権移転登記手続及び隣接地との合筆登記手続を依頼していた
が,甲から,c番dの土地の登記手続に必要であると言われ,平成11年11月3
0日及び平成12年1月28日の2回にわたり,上告人の印鑑登録証明書各2通(
合計4通)を甲に交付した。
 なお,上告人が甲に本件不動産を代金4300万円で売り渡す旨の平成11年1
1月7日付け売買契約書(以下「本件売買契約書」という。)が存在するが,これ
は,時期は明らかでないが,上告人が,その内容及び使途を確認することなく,本
件不動産を売却する意思がないのに甲から言われるままに署名押印して作成したも
のである。
 (5) 上告人は,平成12年2月1日,甲からc番dの土地の登記手続に必要で
あると言われて実印を渡し,甲がその場で所持していた本件不動産の登記申請書に
押印するのを漫然と見ていた。甲は,上告人から預かっていた本件不動産の登記済
証及び印鑑登録証明書並びに上記登記申請書を用いて,同日,本件不動産につき,
上告人から甲に対する同年1月31日売買を原因とする所有権移転登記手続をした
(以下,この登記を「本件登記」という。)。
 (6) 甲は,平成12年3月23日,被上告人との間で,本件不動産を代金35
00万円で売り渡す旨の契約を締結し,これに基づき,同年4月5日,甲から被上
告人に対する所有権移転登記がされた。被上告人は,本件登記等から甲が本件不動
産の所有者であると信じ,かつ,そのように信ずることについて過失がなかった。
 2 本件は,上告人が,被上告人に対し,本件不動産の所有権に基づき,甲から
被上告人に対する所有権移転登記の抹消登記手続を求める事案であり,原審は,民
法110条の類推適用により,被上告人が本件不動産の所有権を取得したと判断し
て,上告人の請求を棄却すべきものとした。
 3 前記確定事実によれば,上告人は,甲に対し,本件不動産の賃貸に係る事務
及びc番dの土地についての所有権移転登記等の手続を任せていたのであるが,そ
のために必要であるとは考えられない本件不動産の登記済証を合理的な理由もない
のに甲に預けて数か月間にわたってこれを放置し,甲からc番dの土地の登記手続
に必要と言われて2回にわたって印鑑登録証明書4通を甲に交付し,本件不動産を
売却する意思がないのに甲の言うままに本件売買契約書に署名押印するなど,甲に
よって本件不動産がほしいままに処分されかねない状況を生じさせていたにもかか
わらず,これを顧みることなく,さらに,本件登記がされた平成12年2月1日に
は,甲の言うままに実印を渡し,甲が上告人の面前でこれを本件不動産の登記申請
書に押捺したのに,その内容を確認したり使途を問いただしたりすることもなく漫
然とこれを見ていたというのである。【要旨】そうすると,甲が本件不動産の登記
済証,上告人の印鑑登録証明書及び上告人を申請者とする登記申請書を用いて本件
登記手続をすることができたのは,上記のような上告人の余りにも不注意な行為に
よるものであり,甲によって虚偽の外観(不実の登記)が作出されたことについて
の上告人の帰責性の程度は,自ら外観の作出に積極的に関与した場合やこれを知り
ながらあえて放置した場合と同視し得るほど重いものというべきである。そして,
前記確定事実によれば,被上告人は,甲が所有者であるとの外観を信じ,また,そ
のように信ずることについて過失がなかったというのであるから,民法94条2項
,110条の類推適用により,上告人は,甲が本件不動産の所有権を取得していな
いことを被上告人に対し主張することができないものと解するのが相当である。上
告人の請求を棄却すべきものとした原審の判断は,結論において正当であり,論旨
は理由がない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 島田仁郎裁判官 横尾和子裁判官 甲斐中辰夫
裁判官 泉 徳治裁判官 才口千晴)

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