弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     1 原判決を取り消す。
     2 原告の請求を棄却する。
     3 訴訟費用は一、二審とも原告の負担とする。
         事    実
 (原判決の主文)
 1 別紙目録(1)の土地(以下本件(1)土地という。)につき
 (一) 被告Aと原告との間において、同被告と原告が各二分の一の共有持分を
有することを確認する。
 (二) 被告Aは原告に対し、大阪法務局八尾出張所昭和(以下略)四六年二月
一日受付第二一八五号の所有権移転登記を、Bの共有持分二分の一についての共有
持分移転登記に改める更正登記手続をせよ。
 2 同目録(2)の土地(以下本件(2)土地という。)につき
 (一) 被告Cと原告との間において、同被告と原告が各二分の一の共有持分を
有することを確認する。
 (二) 被告Cは原告に対し、同出張所同日受付第二一八六号の所有権移転登記
を、Bの共有持分二分の一についての共有持分移転登記に改める更正登記手続をせ
よ。
 3 訴訟費用は被告らの負担とする。
 (請求の趣旨)
 原判決主文1、2項と同旨
 (不服の範囲)
 原判決全部
 (当事者の主張)
 一 請求原因
 1 本件各土地はDの所有に属していたところ、同女は四四年八月二八日死亡し
た。同女には原告、E及びBの三人の子があつて、そのうちBはDとの養子縁組届
を経ており、他の二人は婚外子のままの身分関係にあつたため、その遺産は原告四
分の一、E四分の一、B二分の一の割合で共同相続したが、Eは四六年四月一二日
原告に対し自己の相続分を譲渡したので、原告とBの相続分は各二分の一となつ
た。
 2 Bは、他の相続人に無断で、本件各土地につき自己が単独相続により所有権
を取得した旨の登記手続をしたうえ、
 (一) 四五年一二月一四日被告Aに本件(1)土地を売渡して、原判決主文1
項(二)どおりの所有権移転登記手続をし、
 (二) 同日被告Cに本件(2)土地を売渡して、原判決主文2項(二)どおり
の所有権移転登記手続をしている。
 3 しかし、右売買は原告の有する二分の一の持分については無権限者による無
効な処分であるから、原告は被告らに対し、相続回復請求ないし所有権に基づく妨
害排除請求として、原判決主文1、2項どおり共有持分の確認並びに更正登記手続
を求める。
 二 請求原因に対する被告らの認否
 1項は、相続分の譲渡の点は不知、その余は認める。
 2項は、「他の相続人に無断で」とある点は不知、その余は認める。
 三 被告らの主張
 1 原告と亡Dとの母子関係は、四七年一月一九日大阪地裁における判決で確認
されたものであり、その効力は出生の時にさかのぼるとしても、このような場合は
民法七八四条を類推適用して、第三者たる被告らの右判決前に取得した権利を害す
ることはできないと解すべきである。
 2 仮に右主張が認められないとしても、原告は戸籍上、Fと同Gの四女とさ
れ、その後Hと同Iとの養女とされている。原告はこの虚偽の身分関係の作出に直
接の責任はないが、戸籍上の記載が不実であると知つた後も戸籍訂正の手続をせず
放置したことは、D死亡の際には同女の相続財産が戸籍上の相続人名義に登記され
ることがあることを容認していたものであつて、右登記の作出に重大な責任があ
る。
 右相続登記は、真実の身分関係から見れば虚偽登記が作出されたということにな
るかもしれないが、BはD死亡の際には戸籍上の唯一の相続人であつて、亡D名義
の本件各土地につきB名義に所有権移転登記手続をしたことに書類偽造等の不正が
あつたわけではない。
 他方被告らは、登記上の所有名義人であるBから、その登記名義を信じて本件各
土地を買受けたものであるが、原告がまさか戸籍上虚偽の身分関係を表示しており
右売買後に相続人として名乗り出るなど夢にも思わなかつたから、B名義の虚偽登
記を信じるについて善意無過失である。したがつて、右登記名義に対する被告らの
信頼は保護さるべきである。
 3 仮に右主張が認められないとしても、本件はBと原告が共同相続登記をすべ
きであつたのに、Bが単独相続登記をした場合である。共有とは、共有者が互いに
一個の所有権を持ち、各所有権が一定の割合で制限し合つて、その内容の総和が一
個の所有権の内容と等しくなつた状態をいうのであるから、一旦共有者の一人が単
独登記をしてしまうと、右にいう制限のない登記をしたことになり、その登記の効
力は所有権全体に及んで不実の登記でなくなる。したがつて、この登記を信じて所
有権移転登記を受けたものは、全体について対抗要件を備えた完全な所有権を取得
するものである。
 四 右主張に対する原告の反論
 1 認知の遡及効制限規定を類推適用すべきであるとの主張は、母子関係存在確
認判決が、分娩による出生の事実に基づき当然発生ずみの母子関係の存在を確認す
るにすぎないものであることを無視した理論であつて、遡及効を問題とする余地も
なく、明らかに失当である。
 2 被告らの主張するように、戸籍上の虚偽の出生届を経ていたことが、他の戸
籍上の相続人名義による虚偽登記を容認していたことになるとの点は否認する。戸
籍簿と不動産登記簿との間にこのような関連を認める余地はない。
 3 Bが二分の一の持分を有するにすぎないのに、全部所有権取得の登記をした
のは、原告の持分については無効の登記に帰するものであり、原告は登記なくして
自己の持分を被告らに対抗することができるのである。
 (証拠)(省略)
         理    由
 一 Dが本件各土地を所有していたところ、四四年八月二八日死亡し、原告、E
及びBの三人が子としてその遺産を共同相続したこと(相続分はBが二分の一、原
告とEが各四分の一)、Bが本件各土地につき単独相続登記を経たうえ、原告主張
のように被告らにこれを売渡し、原告主張の各所有権移転登記手続をしたことは、
当事者間に争いがない。
 なお、原告本人尋問の結果及びこれによつて成立を認める甲二〇号証の一によれ
ば、Eは原告主張の日にその相続分を原告に譲渡したことが認められる。
 二 前項の争いのない事実に、いずれも成立に争いのない甲一ないし九号証、一
五ないし一八号証、二一ないし二四号証、証人Jの証言、原告及び被告A各本人尋
問の結果並びに弁論の全趣旨をあわせると、次の事実を認めることができる。
 (1) Dは、明治の終りごろからKと情を通じるようになり、大正二年四月二
八日にE、同六年一月五日に原告、同八年三月三〇日にBをそれぞれ出産したが、
Kには妻Lがいたため、Eと原告についてはFとその妻Gの三女及び四女として出
生届をし、BについてはMとその妻Nの長女として出生届をした。その後戸籍上の
父母の代諾の下に、Eは大正八年七月二三日にOとその妻Pと、原告は同一一年二
月三日にHとその妻Iと、Bは同一五年四月八日に実母のDと、それぞれ養子縁組
をした。右のようにBは戸籍上Dの養女と記載され、同女と親子関係にあることが
表示されているが、Eと原告とは戸籍上Dと他人であり、戸籍の記載からは右両名
とDとの親子関係をうかがい知ることはできない。
 (2) 原告は、養父母であるH、同Iの死亡後同人らの遺産を相続したが、幼
時及び青春時代は母Dと共に暮し、D死亡の当時も同女と同居してその世話をして
いた。Bは、母を同じくする姉のEと原告のいることを十分承知しながら、戸籍上
では自己が唯一の相続人になつているため、原告とEの了解を得ることなく、母D
の遺産である不動産について自己単独の相続登記を経たうえ(本件各土地について
は四五年六月三日相続登記経由)、これを他に処分し始めた。そこで原告は、検察
官を被告として、四五年大阪地裁にDとの母子関係存在確認の訴を提起し、四七年
一月一九日原告勝訴の判決を得た。これに対し、Bが被告に補助参加して控訴上告
したが、四九年九月二〇日右判決は確定した。
 しかし、原告はDの遺産の一部である本件各土地について処分禁止の仮処分等の
保全手続をしてはいなかつた。
 (3) 被告らは、それぞれ自宅の敷地である本件各土地を亡Dから賃借してい
たが、四五年にBから売渡しの申込みを受け、亡Dの相続人が他にもいることを全
く知らず、Bが登記簿の記載どおり本件各土地を単独相続したものと信じて、同年
一二月一四日これを買受けるに至つた。
 以上の事実が認められる。
 三 右のように、原告とEは戸籍上亡Dとの親子関係の表示がなかつたのである
から、被告らが戸籍簿によつて原告とEの相続権を知ることは絶対に不可能であつ
たものといえる。もとより戸籍上の記載がどうであれ、母子の法律関係は出生によ
り当然に生じ原告とEが亡Dの分娩した子である以上出生届の有無に拘らず子とし
て相続人となるのであるから、その相続権は尊重されなければならない。しかしな
がら、戸籍上他に相続人がいることを覚知する方法もなく、戸籍上の相続人から不
動産登記簿の相続登記の記載を信じて遺産の譲渡を受けた第三者の保護もまた、無
視さるべきではない。要は、そのいずれの利益を優先させるのが正義公平の理念に
合致するかにある。
 ところで、民法七八四条は認知の効力は出生の時にさかのぼるとしながら、その
反面第三者がすでに取得した権利を害することはできないと規定している。そして
死後認知等の場合被認知者の相続権が有名無実になることを防ぐため、同法九一〇
条によつて、相続開始後に認知によつて相続人となつた者は遺産の分割の請求をす
ることができることにし、他の共同相続人がすでに遺産分割その他の処分をしたと
きは、これらの者に対して価額償還請求をすることができる旨規定する。これらの
規定は、相続開始当時存在していなかつた相続人(被認知者)の後日の出現によつ
ても、共同相続人以外の第三者の権利はあくまで保護さるべきことを前提とし、そ
の権利を侵害しない限度で被認知者の相続権を保護する趣旨に出たものであること
が明らかである。
 いうまでもなく、親子関係存在確認の判決により確認される親子の関係は、すで
に発生し客観的に存在していた親子関係を明確にするものにすぎず、届出又は裁判
によつて初めて親子関係が形成される認知とは異なるが、第三者の側から見れば、
後日被認知者が出現することと、戸籍上覚知することの不可能な相続人が後日出現
して相続権を主張することとの間に、不測の損害を受ける度合においてなんらの差
異はないものというべきである。また、戸籍上の相続人が遺産を処分するおそれが
ある場合、戸籍上に表示されていない他の共同相続人は民訴法上の保全処分等の手
続によつてこれを防止する方法が残されているのに反し、戸籍上の相続人から遺産
の譲渡を受ける善意の第三者は、戸籍に表示されていない他の相続人の出現による
自己の損害を防止する
 <要旨>手段が全くない。これらのことを考えれば、戸籍上に表示されていない相
続人の存在が後日明らかとなつた場合も、認知の場合と同様に第三者の利益
を保護すべき必要がある。(なお、大審院時代の判例のように母子関係の成立にも
認知が必要であるとの見解に立てば、本件のような場合も民法七八四条但書自体の
問題になつていたことが想起さるべきである。)したがつて、右の場合には第三者
の利益を優先させるとともに、戸籍上表示されていない相続人に対しては、戸籍上
の相続人に価額償還請求をさせることによつてその救済を図ることが、公平の理念
に合致するものというべきである。
 以上要するに、戸籍上の相続人から遺産の譲渡を受けた善意の第三者は、被認知
者以外でその当時戸籍上覚知することの不能であつた他の相続人の存在が後日明ら
かになつたとしても、民法七八四条但書九一〇条の法意の類推適用により保護さる
べきであつて、第三者に対し当該他の相続人はその持分についての権利取得の無効
を主張することができないものと解すべきである。
 四 そうすると、原告は被告らに対し本件各土地のうち自己の持分についての取
得の無効を主張することができないから、原告の本訴請求は失当である。
 よつて、これと異なる原判決を取り消して原告の請求を棄却し、民訴法九六条八
九条を適用して、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 前田覚郎 裁判官 藤野岩雄 裁判官 中川敏男)
(別 紙)
       目  録
 (1)八尾市a町b丁目c番のd
       宅 地  八四・二六平方メ―トル
 (2)同所同番のe
       宅 地  八二・六四平方メ―トル

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