弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決中、被告人両名に関する各有罪部分を破棄する。
     本件公訴事実中、被告人両名がA外数名と共謀のうえ、昭和三九年一二
月一四日午後七時ごろ、大阪市a区b町cのd番地A1株式会社A2支店構内に駐
車してあつた同会社所有の営業用大型貨物自動車二台を搬出運行して窃取し、もつ
て威力を用いて同会社の右自動車の管理使用を妨げて同会社の業務を妨害したとの
点について、被告人両名は無罪。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人徳永豪男、同前川信男、同井関和彦、同北条雅英共同
作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は大阪高等検察庁検察官
検事田中義雄作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。
 控訴趣意第二、刑法二三五条の解釈適用の誤りの主張について
 所論は、要するに、原判決は、被告人Bほか五名の自動車二台を乗り出し運行し
た所為が窃取にあたるとして窃盗罪の成立を認めたが、右認定判断は窃取の要件で
ある「占有の侵奪」および「不法領得の意思」についての解釈を誤り、その結果刑
法二三五条を誤つて適用したものであつて、その誤りが判決に影響を及ぼすことは
明らかである、というのである。
 そこで、記録および原審で取り調べた証拠ならびに当審における事実取調べの結
果を検討するに、関係証拠によれば次の事実を認めることができる。
 一、 被告人両名は、昭和三九年一二月当時、いずれも静岡市e町f番地に本店
を置くA1株式会社(以下、会社と略称する。)の従業員で、大阪市a区b町cの
d番地所在の会社A2支店に勤務し、かつ、会社の従業員によつて組織されるA3
労働組合A4支部(以下、組合または第一組合という。)の組合員で、A2支店勤
務の組合員で組織される組合のA5分会に所属し、被告人B1は組合の執行委員兼
A5分会長を、被告人BはA5分会の執行委員をしていたものである。
 二、 当時、会社は、本店のほかA6、A7、A8、A9、大阪の各支店と七つ
の営業所を置き、営業用貨物自動車二三二両を保有して、東京・大阪間の一般路線
貨物自動車運送事業および静岡県を事業区域とする一般区域貨物自動車運送事業を
行つていた。会社は、東京都に本社を置くA10株式会社のいわゆる子会社であ
り、その株式は、A10および同社役員によりすべて所有され、代表取締役はA1
0の取締役が兼務するほか役員はすべて同社からの出向社員によつて占められ、そ
の経営の実権はA10にある状態であつた。組合とA10とは、直接表立つて労働
条件などにつき交渉したことはなかつたが、内々では時折接触していた。
 三、 組合は、昭和三九年一一月中旬ごろ、会社に対し、同年の年末一時金とし
てA3労働組合A11地方本部傘下各組合の統一要求額である一人当り五万五、〇
〇〇円の支給を要求し、同地方本部傘下の他組合とともに交渉を続けていたとこ
ろ、会社は、同月三〇日に第一次回答として二万八、〇〇〇円を、さらに同年一二
月三日に第二次回答として二万九、一〇〇円を提示したが、右二万九、一〇〇円の
金額は同年の夏期一時金より一〇〇円増にすぎず、前年の年末一時金より一万二、
〇〇〇円余り低額であり、集合交渉を行つていた他社の回答額と比較しても相当低
額であつたため、組合としては、会社の経営不振を理由とする右低額回答に納得で
きず、同月四日に二四時間のストを行い、その後なお交渉に進展がなかつたため、
同月一〇日から二四時間のストを連続し、事実上無期限ストの状態にはいつた。
 四、 当時、A2支店においては営業用大型貨物自動車一一台、小型貨物自動車
一二、三台があり、第一組合の組合員約四〇名、同年六月に結成されたA12労働
組合A13労働組合(以下、第二組合という。)の組合員四名の運転手により運行
されていたが、第一組合は前記スト突入後、会社の右自動車を自らの手に確保して
これを会社側に運行させないことを第一の争議手段とし、第一組合の組合員らが構
内出入口にピケツトを張るなどして昼夜構内の自動車を監視し、また一部自動車の
キーおよび車体検査証を集めて保管するなどして、会社側によるスト破りを警戒し
ていた。一方、会社側では、右のような第一組合員らの抵抗を実力によつて排除す
るのでなければ自動車を搬出できない状態にあつたため、一二月一一日以降は、第
二組合員をして大型貨物自動車と小型貨物自動車各一台をA10の大阪にある支店
を本拠として運行させていたほかは、各自動車をA2支店構内に置いたままでこれ
らを用いての運行業務は行つていなかつたが、同支店作業課長心得兼車両係長A1
4において第一組合のスト突入と同時にできる限り各自動車のキーおよび車体検査
証を回収して保管したほか、支店長以下管理職の者らは平常どおり毎日出勤し、構
内の自動車につき監視していた。
 五、 組合の執行部は、前記スト突入後も会社側と賃上げの交渉を重ねていた
が、会社側の態度に一向に進展がみられないため、いわゆる親会社であるA10の
経営者と直接交渉する必要があるとし、その方法として示威のため会社の営業用貨
物自動車一台に各三名ずつ乗車して大阪から二台、名古屋から三台、浜松から二
台、沼津から二台、静岡から一〇台をそれぞれ乗り出し、これらを連ねて東京都に
あるA10の本社に乗り付けることを決定し、一二日一三日の団体交渉の席上で、
会社側に対し、会社の営業用貨物自動車を連らねてA10の本社に行き、年末一時
金の要求を行う旨通告した。これに対し会社側は、その席で、そのような行動に出
ないよう要望し、さらに翌一四日には社長名義で組合執行委員長あての、会社の施
設、車両等を会社の許可なく無断で使用、管理することのないよう警告する旨の文
書を同委員長に交付した。
 六、 組合の副執行委員長A15は、右組合決定に従い、同月一三日午後六時ご
ろ、A5分会長の被告人B1に電話して「各支店、営業所から車を出してA10の
本社に抗議に行く。大阪からは車二台を出し、一五日午前七時三〇分までに東京の
A16営業所に集合してほしい。」旨指令し、被告人B1はA5分会役員らと協議
して人選し、最終的に会社の自動車運転手などをしている被告人B、A17、A1
8、A19、A20、A21の六名(以下、被告人Bらという。)の組合員をA2
支店構内にある営業用貨物自動車二台(登録番号「静○う○△×□」および「静○
う□○△×」で、いずれも東京・大阪間の運行の用に供されていたもの。以下、本
件自動車という。)に分乗させて東京に派遣することを決定し、被告人Bらもそれ
ぞれこれを承諾した。
 七、 そして、被告人Bらは、同月一四日、A2支店の管理職の者らが退社する
のを待つたのち、午後六時三〇分ごろ、A2支店構内から本件自動車に分乗して乗
り出し、東京に向つて運行した。ところが、組合は、会社が自動車乗り出しにつき
警察に申告し、警察が捜査を始めたとの情報を得たため、自動車によりA10の本
社へ乗り付ける行動は中止することとし、翌一五日午前三時すぎごろ被告人Bがそ
の運行途中で電話連絡してきたのに対し、右中止の指令を伝えた。そこで、被告人
Bらは組合の指示により、同日午前四時すぎごろ本件自動車を静岡市gh丁目i番
地の会社A7支店A22作業所構内に乗り入れて降車し、組合側にキーおよび車体
検査証を渡して本件自動車の保管をゆだねた。被告人Bらは、その後同日早朝鉄道
で東京に行き、A10の本社での団体交渉に参加したのち、同月一六日午前一時ご
ろ静岡の組合事務所へ帰つたが、本件自動車につき会社から盗難届が出され、警察
の捜査の手が及んでいたため、これを運行して帰ることを断念し、同日午前中静岡
を立つて鉄道で帰阪した。なお、本件自動車は同月一五日午前八時ごろにはすでに
A22作業所次長により会社側にその所在が確認されており、その後同作業所構内
に留め置かれていたが、争議の解決により同月二二日に会社側の指示でA2支店に
回送された。
 以上の事実関係に基づき、まず、被告人Bらの本件自動車の乗り出し運行の所為
が会社の占有を侵害したものであるかどうかを判断するに、A5分会の組合員ら
は、スト突入後、A2支店構内にあつた本件自動車を含む営業用貨物自動車が会社
側によつて搬出されないよう監視しており、その結果会社側ではこれら自動車を運
行の用に供することは事実上できない状況にあつたが、これら自動車は会社の支配
力が直接及びうるA2支店構内にあつたこと、および会社は、組合のスト突入と同
時にこれら自動車のキーと車体検査証をできる限り回収するなどしてその保管に努
力し、かつ、十分ではなかつたにしても組合側に持ち出されないよう監視し、いま
だこれら自動車に対する占有の意思を放棄していなかつたことなどに徴すると、会
社がA2支店構内において本件自動車を占有していたことは明らかであり、被告人
Bらが会社の意思に反してA2支店構内から本件自動車を乗り出し運行したこと
は、会社の本件自動車に対する占有を侵害したものであるといわなければならな
い。原判決のこの点に関する認定判断は結局正当である。
 そこで、次に、被告人Bらの本件自動車の乗り出し運行の所為が不法領得の意思
によるものであるかどう<要旨>かを判断する。およそ窃盗罪の成立に必要な不法領
得の意思とは、権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的
用法に従いこれを利用しまたは処分する意思をいい、永久的にその物の経済的利益
を保持する意思であることを必要としないとされ(最高裁判所昭和二六年(れ)第
三四七号同年七月一三日第二小法廷判決・刑集五巻八号一四三七頁参照)、他方、
単に一時使用のため他人の物を自己の所持に移すにすぎないときは不法領得の意思
を欠きいわゆる使用窃盗罪を構成しないとされている(大審院大正八年(れ)第二
八一五号同九年二月四日判決・刑録二六輯二七頁参照)ところ、使用窃盗が不可罰
とされるのは、使用後返還の意思があり、かつ、その使用が一時的であつて所有権
ないしこれに準ずる本権の権利者を完全に排除する意思によらない場合に限り、不
法領得の意思がないとされることによると解するのが相当である。そして、自動車
などの乗物の使用窃盗については、一般的には短時間、短距離の使用に限つて権利
者を排除する意思がないとされ、長時間、長距離の使用は、権利者を排除する意思
によるものとされるのであるが、その使用者が権利者に雇用されている者であり、
また平常は権利者から業務を行うため乗物の占有をゆだねられている者であるなど
権利者および乗物との間に特別の関係を有する場合には、使用時間、走行距離の長
短だけでなく、右のような特別の関係およびそれと当該使用との関連性などをも考
慮したうえで、その使用が権利者を完全に排除する意思によるものであるかどうか
を判断するのが相当である。このような見地に立つて本件についてみるに、被告人
Bらの意図した本件自動車の乗り出し運行は、大阪から東京までを往復しようとし
たもので、その使用時間、走行距離は決して短時間、短距離であるとはいえないの
であるが、次のような諸事情、すなわち、被告人Bらはいずれも会社の従業員で自
動車運転手などであつたところ、本件当時その所属する組合はストに入つていたこ
と、会社側は組合のストのためA2支店構内にあつた本件自動車を含む営業用貨物
自動車を運行させることは事実上できない状態にあつたこと、被告人Bらの本件自
動車の使用目的は、組合の指令により親会社に赴いて賃上げ要求をするにあたり示
威のため会社の自動車を連らねて乗り付けようとしたものであること、本件自動車
は平常は東京・大阪間の路線の運行の用に供せられているものであり、被告人Bら
が運行しようとした区間は右路線内であつて、その集合場所は会社のA16営業
所、行先きは東京の親会社A10本社であつたこと、組合はあらかじめ会社側に対
し、各支店、営業所から会社の営業用貨物自動車を乗り出してA10の本社に賃上
げ要求に行く旨を通告していたこと、被告人Bらは本件自動車を乗り出して運行
中、組合の指令によりその運行を中止することになつたが、会社のA7支店A22
作業所に乗り入れて留め置いており、その結果間もなく会社側にその所在が確認さ
れていることなどの事情を考慮すると、被告人Bらの本件自動車の乗り出し運行
は、会社の意思に反し、その本件自動車に対する占有を侵害したものではあるが、
いまだ会社の所有権を完全に排除する意思によるものであつたとまでは認められな
い。したがつて、右所為は、不法領得の意思を欠くため窃盗罪を構成しないものと
いわなければならない。なお、原判決は、被告人Bらが本件自動車の乗り出し運行
にあたり会社の給油券を使用してガソリンスタンドて給油したことを本件自動車に
対する不法領得の意思を認定する事情として説示しているが、その給油か不法な領
得行為であつたとしても、それは別個に評価されるべきことであつて、それを本件
自動車に対する不法領得の意思の有無を判断する事情とすることは正当でないと考
える。
 以上のとおりであつて、原判決が、被告人Bらの本件自動車の乗り出し運行につ
いて不法領得の意思を認定し、被告人両名を窃盗罪に問擬したことは、事実を誤認
し、ひいては法令の適用を誤つたものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすこと
は明らかであるから、論旨は結局理由がある。
 よつて、その余の控訴趣意に対する判断を省略し、刑事訴訟法三九七条一項、三
八二条により原判決中被告人両名に関する有罪部分を破棄し、同法四〇〇条但書に
より当裁判所において更に判決するに、当裁判所に係属する公訴事実の要旨は、
「被告人両名は、A外数名と共謀のうえ、昭和三九年一二月一四日午後七時ごろ、
大阪市a区b町cのd番地A1株式会社A2支店構内に駐車してあつた同会社所有
の営業用大型貨物自動車二台を搬出運行して窃取し、もつて戚力を用いて同会社の
右自動車の管理使用を妨げて同会社の業務を妨害したものである。」というのであ
るが、右のうち窃盗の点は、前記説示のとおり犯罪の証明がないものであり、ま
た、戚力業務妨害の点は窃盗と観念的競合の関係にあるものとして起訴され、原判
決が理由中において無罪とし、被告人両名から不服を申し立てる利益がなく、検察
官からの控訴申立てもなかつたので、当事者間の攻防の対象からはずされたもの
で、当審において職権調査を加えることは許されず、原判決の判断を維持するほか
ないものである(最高裁判所昭和四一年(あ)第二一〇一号同四六年三月二四日大
法廷決定・刑集二五巻二号二九三頁および同裁判所昭和四二年(あ)第五八二号同
四七年三月九日第一小法廷判決・刑集二六巻二号一〇二頁参照)から、結局刑事訴
訟法四〇四条、三三六条により被告人両名に対し右公訴事実全部につき無罪の言渡
しをすることとする。
 よつて主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 戸田勝 裁判官 梨岡輝彦 裁判官 野間洋之助)

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