弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件抗告を棄却する。
         理    由
 一 本件抗告の趣意は、東京地方検察庁検察事務官がAに対する贈賄被疑事件に
ついて昭和六三年一一月一日申立人方においてしたビデオテープの差押処分が憲法
二一条に違反する旨主張するものであり、その主張の骨子は、(1) 報道の自由
の根幹をなす取材の自由は、報道機関が取材結果を報道目的以外には使用せず、ま
た公権力を含む第三者がこれをみだりに利用することもないという国民の信頼に支
えられて成り立つものであるから、報道機関の取材結果を捜査機関が押収して捜査
目的に供することは、将来における取材の自由を妨げるおそれがある、(2) い
わゆる博多駅事件決定(最高裁昭和四四年(し)第六八号同年一一月二六日大法廷
決定・刑集二三巻一一号一四九〇頁)は、憲法上の要請である公正な刑事裁判の実
現のために取材の自由が何らかの制約を受けることを肯認しているが、それも報道
の自由に関する憲法上の保障を制約してもやむを得ないと明らかに認められる高度
の必要性がある場合に限られるべきであり、しかも裁判所による提出命令に関する
同決定の基準を捜査機関による差押が問題となる本件に直ちに適用することは許さ
れない、(3) 同決定は、公正な刑事裁判の実現のために取材の自由が制約され
てもやむを得ないかどうかを判断するに当たつて諸要素を比較衡量すべきものとし
ているが、原決定はこの比較衡量を誤つている、というにある。
 二 報道機関の報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき重
要な判断の資料を提供し、国民の「知る権利」に奉仕するものであつて、表現の自
由を保障した憲法二一条の保障の下にあり、したがつて報道のための取材の自由も
また憲法二一条の趣旨に照らし、十分尊重されるべきものであること、しかし他方、
取材の自由も何らの制約をも受けないものではなく、例えば公正な裁判の実現とい
うような憲法上の要請がある場合には、ある程度の制約を受けることのあることも
否定できないことは、いずれも博多駅事件決定が判示するとおりである。もつとも
同決定は、付審判請求事件を審理する裁判所の提出命令に関する事案であるのに対
し、本件は、検察官の請求によつて発付された裁判官の差押許可状に基づき検察事
務官が行つた差押処分に関する事案であるが、国家の基本的要請である公正な刑事
裁判を実現するためには、適正迅速な捜査が不可欠の前提であり、報道の自由ない
し取材の自由に対する制約の許否に関しては両者の間に本質的な差異がないことは
多言を要しないところである。同決定の趣旨に徴し、取材の自由が適正迅速な捜査
のためにある程度の制約を受けることのあることも、またやむを得ないものという
べきである。そして、この場合においても、差押の可否を決するに当たつては、捜
査の対象である犯罪の性質、内容、軽重等及び差し押えるべき取材結果の証拠とし
ての価値、ひいては適正迅速な捜査を遂げるための必要性と、取材結果を証拠とし
て押収されることによつて報道機関の報道の自由が妨げられる程度及び将来の取材
の自由が受ける影響その他諸般の事情を比較衡量すべきであることはいうまでもな
い(同決定参照)。 右の見地から本件について検討すると、本件差押処分は、被
疑者Aがいわゆるリクルート疑惑に関する国政調査権の行使等に手心を加えてもら
いたいなどの趣旨で衆議院議員Bに対し三回にわたり多額の現金供与の申込をした
とされる贈賄被疑事件を搜査として行われたものである。同事件は、国民が関心を
寄せていた重大な事犯であるが、その被疑事実の存否、内容等の解明は、事案の性
質上当事者両名の供述に負う部分が大であるところ、本件差押前の段階においては、
Aは現金提供の趣旨等を争つて被疑事実を否認しており、またBも事実関係の記憶
が必ずしも明確ではないため、他に収集した証拠を合わせて検討してもなお事実認
定上疑点が残り、その解明のため更に的確な証拠の収集を期待することが困難な状
況にあつた。しかもAは、本件ビデオテープ中の未放映部分に自己の弁明を裏付け
る内容が存在する旨強く主張していた。そうしてみると、AとBの面談状況をあり
のままに収録した本件ビデオテープは、証拠上極めて重要な価値を有し、事件の全
容を解明し犯罪の成否を判断する上で、ほとんど不可欠のものであつたと認められ
る。他方、本件ビデオテープがすべて原本のいわゆるマザーテープであるとしても、
申立人は、差押当時においては放映のための編集を了し、差押当日までにこれを放
映しているのであつて、本件差押処分により申立人の受ける不利益は、本件ビデオ
テープの放映が不可能となり報道の機会が奪われるという不利益ではなく、将来の
取材の自由が妨げられるおそれがあるという不利益にとどまる。右のほか、本件ビ
デオテープは、その取材経緯が証拠の保全を意図したBからの情報提供と依頼に基
づく特殊なものであること、当のBが本件贈賄被疑事件を告発するに当たり重要な
証拠資料として本件ビデオテープの存在を挙げていること、差押に先立ち検察官が
報道機関としての立場に配慮した事前折衝を申立人との間で行つていること、その
他諸般の事情を総合して考えれば、報道機関の報道の自由、取材の自由が十分これ
を尊重すべきものであるとしても、前記不利益は、適正迅速な捜査を遂げるために
なお忍受されなければならないものというべきであり、本件差押処分は、やむを得
ないものと認められる。
 以上のとおり、所論は、博多駅事件決定の趣旨に徴して理由がなく、これと同旨
の原決定は相当である。
 三 よつて、刑訴法四三四条、四二六条一項により、裁判官島谷六郎の反対意見
があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
 裁判官島谷六郎の反対意見は、次のとおりである。
 一 本件は、「公正な刑事裁判の実現」と「報道の自由」との接点における重要
な問題を提供する。この点については、先例として当審大法廷のいわゆる博多駅事
件決定(昭和四四年(し)第六八号同年一一月二六日大法廷決定・刑集二三巻一一
号一四九〇頁)が存在する。同決定の判示は今日なお踏襲すべきものであり、検察
事務官による差押が問題となる本件においても同決定の判示が基本的に妥当すると
考える点においては、私も、多数意見と立場を異にするものではない。しかし、多
数意見が本件ビデオテープの差押が許されるとの結論を導いている点については、
たやすく賛同することができない。
 二 博多駅事件決定は、取材結果を刑事裁判のために押収することの可否に関し、
「一面において、審判の対象とされている犯罪の性質、態様、軽重および取材した
ものの証拠としての価値、ひいては、公正な刑事裁判を実現するにあたつての必要
性の有無を考慮するとともに、他面において取材したものを証拠として提出させら
れることによつて報道機関の取材の自由が妨げられる程度およびこれが報道の自由
に及ぼす影響の度合その他諸般の事情を比較衡量して決せられるべきであり、これ
を刑事裁判の証拠として使用することがやむを得ないと認められる場合においても、
それによつて受ける報道機関の不利益が必要な限度をこえないように配慮されなけ
ればならない。」と判示し、一般的な判断基準を示している。そこで、以下「右の
基準に即して本件につき検討を加えることとする。
 三 まず、公正な刑事裁判を実現するための必要性の点であるが、博多駅事件決
定においては、事件当日同駅に集合した多数の学生と警備のための多数の警察官の
なかから、付審判請求事件の被疑者とされる警察官及び被害者である学生を特定す
ることすら困難であつたため、現場の模様を撮影したフイルムにつき提出命令を発
することが許容されたのであつて、右フイルムは、事案の解明のためにほとんど必
須のものであつたと考えられるが、これに対し、本件贈賄被疑事件においては、既
に金員の提供者とその相手方及び行為の日時、場所、態様は特定しており、ただ金
員提供の趣旨等について争いがあつたというのにすぎないのであつて、本件ビデオ
テープ差押の必要性は、博多駅事件決定の場合に比べ、格段の差異があるのである。
 次に、報道の自由、取材の自由に対する弊害の点であるが、報道機関が取材結果
を報道目的以外に使用するときは、将来における取材活動に他者の協力を得難くな
るおそれがあり、場合によつては妨害を受けるおそれさえなしとしないであろう。
取材結果が捜査機関によつて差し押えられ捜査目的に使用されることも、また同様
の契機をはらむものであり、将来の取材活動に支障を来すおそれを生ぜしめること
は、見やすい道理である。確かに、取材活動への支障は、将来の問題であつて眼前
に差し迫つた不利益ではないかもしれない。しかし、憲法二一条に基礎を置く取材
の自由の本質に照らし、この点を過小評価することは、相当ではないと思われる。
また、本件ビデオテープの取材経緯には、原決定指摘のような特殊な事情があるよ
うであるが、しかし、報道機関の取材結果を押収することによる弊害は、個々的な
事案の特殊性を超えたところに生ずるものであり、本件ビデオテープの押収がもた
らす弊害を取材経緯の特殊性のゆえに軽視することも、適当ではないように思われ
るのである。
 更に、本件ビデオテープには未放映部分が含まれているが、右部分は、記者の取
材メモに近い性格を帯びており、その押収が前記弊害をいつそう増幅する傾向を有
することにも十分留意する必要がある。
 とのように、本件における公正な刑事裁判の実現のための必要性と報道の自由に
対する弊害とを比較衡量するとき、博多駅事件の場合とは異なり、必ずしも前者を
優先せしめるべきであるとは考えられない。
 四 公正な刑事裁判の実現とそのための適正迅速な捜査処理が国家の基本的な要
請であることは、いうまでもない。しかし、その要請も、報道の自由、取材の自由
の保障との関係において、時には抑制されなければならない場合が存在するのであ
つて、本件は、まさにそのような場合である。博多駅事件決定が示した判断基準は、
厳格に運用すべきものと考える。
  平成元年一月三〇日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    奥   野   久   之
            裁判官    牧       圭   次
            裁判官    島   谷   六   郎
            裁判官    藤   島       昭
            裁判官    香   川   保   一

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