弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件再上告を棄却する。
         理    由
 被告人等五名の弁護人青柳盛雄、同小沢茂の上告趣意について。
 憲法及び労働組合法において、動労者に団結権及び団体交渉権その他の団体行動
権が認められている以上、これらの団体交渉権等の正当な行使のために、他の個人
の自由権その他の基本的人権が、或る程度の制限を受けるに至ることがあることは
当然である。 その制限は、団体交渉権等が正当に行使される場合において、そし
て正当に行使されている限りにおいては、法律上許さるべきものであつて何人もこ
れを甘受すべきものと言わなければならぬ。しかし、ひとたびこの正当な行使の範
囲を逸脱する場合においては、その限りにおいて、それは団体交渉権等の濫用とな
るのであつて、もはや法律上の権利としてまたは憲法上の権利として保護さるべき
価値を有しないのである。だから、勤労者がこの団体交渉権等を行使するに当つて
は、憲法上の権利だからといつて野放しの行使が許されないのは当然であつて、常
に正当行使の限界を厳守することを忘れてはならないし、いやしくも権利の濫用に
陥ることのないように十分戒心することを要する。そして、この種の事案を裁判す
るに当つては、団体交渉権等が憲法上勤労者に基本的人権として保障されている意
義及び価値を深く認識すると共に、当該事案において認定された行動内容が、団体
交渉権等の正当な行使の範囲に属するや否やを、社会通念に従つて妥当に判断する
ことを要する。これが憲法の要請するところである。
 そこで、本件の事実審である第二審判決の確定したところによれば、被告人等の
属するA時計株式会社B工場従業員組合においては、従業員の賃料値上の即時断行
を会社側に要求すべきであるとの議が起きたが、従業員の一部はこれに反対し、右
組合から分裂して同会社内にC同志会なる第二組合を結成し、同志獲得に努め出し
たので、被告人等は、これを説得して解散させようとし、昭和二一年一一月五日数
百名で示威行進を行い、C同志会の事務所たるD院に押かけ、これを包囲し、C同
志会員E外十数名を殴打し又は蹴飛し或は貨物自動車に乗せて同人等を同会社工場
内女子寮食堂に連行し、争議団大衆の面前で同人等に対し、夜を徹して順次詰問し、
その間被告人等は夫々多衆の威力を示して右E外数名に対し暴行を加え、右Eに対
しては傷害を与えたというのであるから、被告人等の右行為は、社会通念上団体交
渉権等の正当な行使の範囲を逸脱した権利の濫用と認むべきものであることは明白
である。従つて被告人等の右所為が傷害罪又は暴力行為等処罰に関する法律一条一
項の罪を構成することは論をまたない。それ故、被告人等の上告を棄却した原判決
は結局正当であつて、論旨前段は採ることを得ない。
 次に、憲法二八条の保障する団結権、団体行動権といえども一定の限界を有し、
これを超えるものまでをも認容する趣旨でないことは前述したとおりである。そし
て、本件におけるが如く他人に暴行を加え又は他人を脅迫するがごとき行為は右限
界を超えたものであつて団結権、団体行動権の正当な行使ということはできない違
法な行為であることは論のないところである。そして、右のような違法な暴行、脅
迫等が行われる場合に、それが一人によつて行われるのと、団体若くは多衆の威力
を示して行われるのとでは、個人並に社会に与える影響には差があることは当然で
あるから、暴力行為等処罰に関する法律一条一項が、団体若くは多衆の威力を示し
て暴行、脅迫等をした場合を、そうでない場合に比して重く処罰する旨を規定した
ことは合理的な根拠があることであり、また同法条は、勤労者の団結権、団体行動
権の正当な行使自体を処罰しているものではなく、団結権、団体行動権の行使でも
その正当なものについては、同法一条一項の適用される余地はないのであるから、
同法条が憲法二八条に違反するとはいえない(昭和二五年(れ)第九八号事件大法
廷判決判例集五巻八号一四九一頁参照)。さらに、所論一九四五年一〇月四日附連
合国最高司令官の「政治的、公民的及び宗教的自由の制限除去に関する覚書」は、
国民の政治的、公民的、宗教的自由に対する制限及び人種、国籍、信仰、又は政見
を理由とする差別的待遇を撤廃することを目的として、これら制限乃至差別待遇を
是認するような法律、命令、規則を廃止すべきこと等を命令したものであつて、社
会秩序維持のために集団的暴行脅迫等を禁止した法律、命令の廃止を命じたもので
はないから、暴力行為等処罰に関する法律は右覚書とは何等関係ないものである。
従つて同法は右覚書により廃止されたという主張も採るを得ない。よつて論旨はす
べて理由がない。
 被告人等五名の弁護人森長英三郎の上告趣意第一点について。
 勤労者が団結権又は団体行動権の行使として行動する際に、他人から急迫不正な
侵害その他の挑発を受けたため他人の権利を侵害する行為をした場合に、その動労
者の行為が正当防衛行為又は緊急避難行為となる要件を満たしていたときは、その
勤労者は右の権利侵害の行為について刑法三六条三七条の規定により刑事責任を問
われないことは当然である。しかし、本件被告人等の行為が仮りにC同志会員の挑
発によるものとしても、やむを得ずして為したものであるとは到底認められないし、
また団体行動権の正当な行使を逸脱した権利の濫用と認められることは青柳、小沢
両弁護人の論旨に対し前述したとおりであるから、論旨は理由がない。
 同第二点について。
 ポツダム宣言は暴力行為等処罰に関する法律とは何等関係なく、同法はポツダム
宣言の受諾により無効に帰したものということはできない。その余の論旨はすべて
理由のないこと弁護人青柳盛雄、同小沢茂の上告趣意について説明したとおりであ
る。
 被告人等五名の弁護人高橋正義の上告趣意について。
 その論旨第一点の理由のないことは、弁護人青柳盛雄同小沢茂の上告趣意に対す
る説明のとおりであり、第二点の理由のないこと亦弁護人森長英三郎の上告趣意第
一点に説明したとおりである。同第三点は、原判決は民主主義に反し憲法に違反す
るというだけで、原判決の如何なる点が憲法の如何なる条規に違反するかを明に主
張しないものであるから、再上告適法の理由に該当しない。
 被告人等五名の弁護人為成養之助の上告趣意について。
 論旨第一、二点共に理由のないことは、弁護人青柳盛雄、同小沢茂の上告趣意及
び弁護人森長英三郎の上告趣意に対し説明したとおりである。
 なお弁護人為成養之助の再上告趣意補充書は適法な期間を経過した後、提出され
たものであるから、これに対しては判断を与えない。
 よつて、旧刑訴四四六条により主文のとおり判決する。
 この裁判は裁判官全員の一致した意見によるものである。
 裁判官塚崎直義、同長谷川太一郎は退官、裁判官穂積重遠は死亡のためいずれも
合議に関与しない。検察官 十蔵寺宗雄関与
  昭和二九年四月七日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    井   上       登
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介
 裁判官 沢田竹治郎は退官につき署名捺印することができない。
         裁判長裁判官    霜   山   精   一

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