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平成30年1月15日判決言渡
平成28年(行ケ)第10278号特許取消決定取消請求事件
口頭弁論終結日平成29年11月28日
判決
原告日産化学工業株式会社
同訴訟代理人弁護士増井和夫
橋口尚幸
齋藤誠二郎
被告特許庁長官
同指定代理人中田とし子
木村敏康
真鍋伸行
守安智
藤原浩子
主文
1特許庁が異議2015-700094号事件について平成28
年11月18日にした決定のうち,特許第5702494号の請
求項2,4,6及び9に係る部分を取り消す。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は,これを3分し,その1を被告の負担とし,その余
は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が異議2015-700094号事件について平成28年11月18日に
した決定のうち,特許第5702494号の請求項1ないし7,9ないし13に係
る部分を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯等
(1)原告は,平成26年7月30日,発明の名称を「ピタバスタチンカルシウム
の新規な結晶質形態」とする特許出願(特願2014-155001号)をした(以
下「本件出願」といい,本件出願当初の明細書,特許請求の範囲及び図面(甲2)
を「本件出願当初明細書等」という。甲2)。
本件出願は,平成16年2月2日(優先権主張:平成15年2月12日,欧州特
許庁)にした特許出願(特願2006-501997号)の一部についてした特許
出願(特願2011-127696号)の一部についてした特許出願(特願201
3-264348号)の一部についてした特許出願である(以下,順に「第1出願」
「第2出願」「第3出願」といい,第3出願当初の明細書,特許請求の範囲及び図
面(甲48)を「第3出願当初明細書等」という。甲6,48)。
(2)原告は,平成26年12月26日,本件出願の願書に添付した明細書及び特
許請求の範囲について補正した(以下「本件補正」という。甲5)。
(3)原告は,本件出願について特許をすべき旨の査定を受け,平成27年2月2
7日,設定の登録(特許第5702494号)を受け,同年4月15日,特許掲載
公報が発行された(請求項の数13。以下,この特許を「本件特許」という。甲1。)。
(4)本件特許について,平成27年10月15日,特許異議の申立てがされ,特
許庁は,これを異議2015-700094号事件として審理した。
(5)原告は,平成28年10月25日,本件特許の明細書及び特許請求の範囲に
ついて訂正を請求した(以下「本件訂正」という。甲40)。
(6)特許庁は,平成28年11月18日,本件訂正を認めるとともに,請求項1
ないし7,9ないし13に係る本件特許を取り消し,請求項8に係る本件特許を維
持するとの別紙異議の決定書(写し)記載の決定(以下「本件決定」という。)を
し,その謄本は,同月29日,原告に送達された。
(7)原告は,平成28年12月28日,本件決定のうち本件特許の請求項1ない
し7,9ないし13に係る部分の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2特許請求の範囲の記載
(1)本件補正で補正され,さらに本件訂正によって訂正された特許請求の範囲の
記載は,次のとおりである(「/」は,原文の改行部分を示す(以下同じ。)。甲
1,5,40)。以下,本件訂正後の請求項1ないし13に係る発明を「本件発明
1」などといい,本件発明1ないし7及び9ないし13を併せて「本件各発明」と
いう。また,本件訂正後の明細書(甲40)を,図面(甲1)を含めて「本件明細
書」という。
【請求項1】2θで表して,5.0±0.2°,6.8±0.2°,9.1±0.
2°,13.7±0.2°,20.8±0.2°,24.2±0.2°に特徴的な
ピークを有し,20.2±0.2°に特徴的なピークを有しない,特徴的なX線粉
末回折図形を示し,FT-IR分光法と結合した熱重量法により測定した含水量が
9~15%である(但し,10.5~10.7%(w/w)の水を含むものを除く),
(3R,5S)-7-[2-シクロプロピル-4-(4-フルオロフェニル)キノ
リン-3-イル]-3,5-ジヒドロキシ-6(E)-ヘプテン酸ヘミカルシウム
塩の結晶多形A。/但し,2θで表して,5.0±0.2°(s),6.8±0.
2°(s),9.1±0.2°(s),10.0±0.2°(w),10.5±0.
2°(m),11.0±0.2°(m),13.3±0.2°(vw),13.7
±0.2°(s),14.0±0.2°(w),14.7±0.2°(w),15.
9±0.2°(vw),16.9±0.2°(w),17.1±0.2°(vw),
18.4±0.2°(m),19.1±0.2°(w),20.8±0.2°(v
s),21.1±0.2°(m),21.6±0.2°(m),22.9±0.2°
(m),23.7±0.2°(m),24.2±0.2°(s),25.2±0.
2°(w),27.1±0.2°(m),29.6±0.2°(vw),30.2
±0.2°(w),34.0±0.2°(w)[ここで,(vs)は,非常に強い
強度を意味し,(s)は,強い強度を意味し,(m)は,中間の強度を意味し,(w)
は,弱い強度を意味し,(vw)は,非常に弱い強度を意味する]に特徴的なピー
クを有する特徴的なX線粉末回折図形を示し,FT-IR分光法と結合した熱重量
法により測定した含水量が3~15%であるものを除く。
【請求項2】2θで表して,5.0±0.2°(s),6.8±0.2°(s),
9.1±0.2°(s),13.7±0.2°(s),20.8±0.2°(vs),
24.2±0.2°(s)[ここで,(vs)は非常に強い強度を意味し,(s)
は強い強度を意味する]に特徴的なピークを有する特徴的なX線粉末回折図形を示
す,請求項1に記載の結晶多形A。
【請求項3】2θで表して,さらに,10.5±0.2°,11.0±0.2°,
18.4±0.2°,21.1±0.2°,21.6±0.2°,22.9±0.
2°,23.7±0.2°,27.1±0.2°に特徴的なピークを有する特徴的
なX線粉末回折図形を示す,請求項1に記載の結晶多形A。
【請求項4】2θで表して,さらに,10.5±0.2°(m),11.0±0.
2°(m),18.4±0.2°(m),21.1±0.2°(m),21.6±
0.2°(m),22.9±0.2°(m),23.7±0.2°(m),27.
1±0.2°(m)に特徴的なピークを有する特徴的なX線粉末回折図形を示す,
請求項2に記載の結晶多形A。
【請求項5】2θで表して,さらに,10.0±0.2°,14.0±0.2°,
14.7±0.2°,16.9±0.2°,19.1±0.2°,25.2±0.
2°,30.2±0.2°,34.0±0.2°に特徴的なピークを有する特徴的
なX線粉末回折図形を示す,請求項3に記載の結晶多形A。
【請求項6】2θで表して,さらに,10.0±0.2°(w),14.0±0.
2°(w),14.7±0.2°(w),16.9±0.2°(w),19.1±
0.2°(w),25.2±0.2°(w),30.2±0.2°(w),34.
0±0.2°(w)に特徴的なピークを有する特徴的なX線粉末回折図形を示す,
請求項4に記載の結晶多形A。
【請求項7】2θで表して,さらに,13.3±0.2°,15.9±0.2°,
17.1±0.2,29.6±0.2°に特徴的なピークを有する特徴的なX線粉
末回折図形を示す,請求項5に記載の結晶多形A。
【請求項9】示差走査熱量測定により測定した融点が95℃である,請求項1乃
至8のいずれか1項に記載の結晶多形A。
【請求項10】(3R,5S)-7-[2-シクロプロピル-4-(4-フルオ
ロフェニル)キノリン-3-イル]-3,5-ジヒドロキシ-6(E)-ヘプテン
酸ヘミカルシウム塩の総量を基準にして,75~100重量%の請求項1乃至9の
いずれか1項に記載の結晶多形Aを含む前記ヘミカルシウム塩。
【請求項11】(3R,5S)-7-[2-シクロプロピル-4-(4-フルオ
ロフェニル)キノリン-3-イル]-3,5-ジヒドロキシ-6(E)-ヘプテン
酸ヘミカルシウム塩の総量を基準にして,95~100重量%の請求項1乃至9の
いずれか1項に記載の結晶多形Aを含む前記ヘミカルシウム塩。
【請求項12】請求項1乃至11のいずれか1項に記載の結晶多形Aの有効量と,
薬学的に許容され得る担体とを含む医薬組成物。
【請求項13】請求項1乃至11のいずれか1項に記載の結晶多形Aの有効量と,
薬学的に許容され得る担体とを用いた医薬組成物。
(2)特許請求の範囲【請求項1】及び本件明細書の記載の略称
ア本件訂正後の特許請求の範囲【請求項1】記載の発明特定事項を,次のとお
り分説し,それぞれの記号に従い「構成要件A」などということがある。
A2θで表して,5.0±0.2°,6.8±0.2°,9.1±0.2°,
13.7±0.2°,20.8±0.2°,24.2±0.2°に特徴的なピーク
を有し,20.2±0.2°に特徴的なピークを有しない,特徴的なX線粉末回折
図形を示し,
BFT-IR分光法と結合した熱重量法により測定した含水量が9~15%で
ある(但し,10.5~10.7%(w/w)の水を含むものを除く),
C(3R,5S)-7-[2-シクロプロピル-4-(4-フルオロフェニル)
キノリン-3-イル]-3,5-ジヒドロキシ-6(E)-ヘプテン酸ヘミカルシ
ウム塩の
D結晶多形A。
E但し,2θで表して,5.0±0.2°(s),6.8±0.2°(s),
9.1±0.2°(s),10.0±0.2°(w),10.5±0.2°(m),
11.0±0.2°(m),13.3±0.2°(vw),13.7±0.2°(s),
14.0±0.2°(w),14.7±0.2°(w),15.9±0.2°(v
w),16.9±0.2°(w),17.1±0.2°(vw),18.4±0.
2°(m),19.1±0.2°(w),20.8±0.2°(vs),21.1
±0.2°(m),21.6±0.2°(m),22.9±0.2°(m),23.
7±0.2°(m),24.2±0.2°(s),25.2±0.2°(w),2
7.1±0.2°(m),29.6±0.2°(vw),30.2±0.2°(w),
34.0±0.2°(w)[ここで,(vs)は,非常に強い強度を意味し,(s)
は,強い強度を意味し,(m)は,中間の強度を意味し,(w)は,弱い強度を意
味し,(vw)は,非常に弱い強度を意味する]に特徴的なピークを有する特徴的
なX線粉末回折図形を示し,FT-IR分光法と結合した熱重量法により測定した
含水量が3~15%であるものを除く。
イ構成要件Cで特定されるカルシウム塩を,「ピタバスタチンカルシウム」と
いうことがある。
ウ構成要件Eに係る特許請求の範囲の記載のうち,「2θで表して…に特徴的
なピークを有する特徴的なX線粉末回析図形」を,「26個偏差内相対強度図形」
ということがある。また,2θで表して,本件明細書【表1】に記載された角度に
おいて,同記載のとおりの相対強度でピークを有する特徴的なX線粉末回析図形を,
「26個無偏差相対強度図形」ということがある。
3本件決定の理由の要旨
(1)本件決定の理由は,別紙異議の決定書(写し)のとおりである。要するに,
①本件各発明に係る特許は,特許法17条の2第3項に規定する要件(新規事項の
追加の禁止)を満たしていない本件補正をした本件出願に対してされたものであり,
同法113条1号に該当する,②本件各発明に係る特許は,同法36条6項1号の
規定(サポート要件)を満たしておらず,同法113条4号に該当する,③本件各
発明に係る特許は,同法36条4項1号に規定する要件(実施可能要件)を満たし
ておらず,同法113条4号に該当する,④本件出願は,第3出願の一部を新たに
特許出願とするものではないから,もとの特許出願の時にしたものとはみなされず,
その出願日は平成26年7月30日となるところ,本件発明1,10及び11は,
下記アの引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。)であり,本件
発明12及び13は,引用例1に記載された医薬組成物の発明(以下「引用発明1’」
という。)であるから,本件発明1及び10ないし13に係る特許は,同法29条
1項3号の規定に違反してされたものであり,同法113条2号に該当する,⑤ⅰ)
本件出願の出願日は平成26年7月30日となるところ,本件発明1,3,5,7,
10及び11は,下記イの引用例2に記載された発明(以下「引用発明2」という。)
及び技術常識に基づいて,本件発明12及び13は,引用例2に記載された薬剤の
発明(以下「引用発明2’」という。)及び技術常識に基づいて,それぞれ当業者
が容易に発明をすることができたものである,ⅱ)なお,仮に本件出願が,もとの
特許出願の時にしたものとみなされたとしても,本件発明1,3,5,7及び10
ないし13は,下記ウの引用例3に記載された発明(以下「引用発明3」という。)
及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,
本件発明1,3,5,7及び10ないし13に係る特許は,同法29条2項の規定
に違反してされたものであり,同法113条2号に該当する,などというものであ
る。
ア引用例1:特表2007-516952号公報(甲26)
イ引用例2:特表2005-520814号公報(甲11)
ウ引用例3:特開平5-148237号公報(甲27)
(2)本件各発明と各引用発明との対比
本件決定は,各引用発明並びに本件各発明と各引用発明との一致点及び相違点(実
質的相違点ではないと判断されたものを含む。)を以下のとおり認定した。
ア引用例1
(ア)引用発明1

(1)
で表される化合物(ピタバスタチンカルシウム塩)であって,CuKα放射線を
使用して測定するX線粉末回析において,以下の粉末X線回折パターンによって特
徴付けられ,水分値10%である結晶
───────────────────
回折角(2θ)相対強度
(°)(>25%)
───────────────────
4.9635.9
6.7255.1
9.0833.3
10.4034.8
10.8827.3
13.2027.8
13.6048.8
13.9660.0
18.3256.7
20.68100.0
21.5257.4
23.6441.3
24.1245.0
27.0028.5
30.1630.6
───────────────────
(イ)引用発明1’
引用発明1と医薬的に許容し得る担体を含有する医薬組成物
(ウ)本件発明1と引用発明1との一致点
「2θで表して,5.0±0.2°,6.8±0.2°,9.1±0.2°,1
3.7±0.2°,20.8±0.2°,24.2±0.2°に特徴的なピークを
有し,20.2±0.2°に特徴的なピークを有しない,特徴的なX線粉末回折図
形を示」す「(3R,5S)-7-[2-シクロプロピル-4-(4-フルオロフ
ェニル)キノリン-3-イル]-3,5-ジヒドロキシ-6(E)-ヘプテン酸ヘ
ミカルシウム塩の結晶多形A」であって,/「2θで表して,5.0±0.2°(s),
6.8±0.2°(s),9.1±0.2°(s),10.0±0.2°(w),
10.5±0.2°(m),11.0±0.2°(m),13.3±0.2°(v
w),13.7±0.2°(s),14.0±0.2°(w),14.7±0.2°
(w),15.9±0.2°(vw),16.9±0.2°(w),17.1±0.
2°(vw),18.4±0.2°(m),19.1±0.2°(w),20.8
±0.2°(vs),21.1±0.2°(m),21.6±0.2°(m),2
2.9±0.2°(m),23.7±0.2°(m),24.2±0.2°(s),
25.2±0.2°(w),27.1±0.2°(m),29.6±0.2°(v
w),30.2±0.2°(w),34.0±0.2°(w)[ここで,(vs)
は,非常に強い強度を意味し,(s)は,強い強度を意味し,(m)は,中間の強
度を意味し,(w)は,弱い強度を意味し,(vw)は,非常に弱い強度を意味す
る]に特徴的なピークを有する特徴的なX線粉末回折図形を示し,FT-IR分光
法と結合した熱重量法により測定した含水量が3~15%であるもの」である点
(エ)本件発明1と引用発明1との相違点
本件発明1が「FT-IR分光法と結合した熱重量法により測定した含水量が9
~15%である(但し,10.5~10.7%(w/w)の水を含むものを除く)」
のに対して,引用発明1が「10%の水分値」のものである点
イ引用例2
(ア)引用発明2
(E)-(3R,5S)-7-[2-シクロプロピル-4-(4-フルオロフェ
ニル)キノリン-3-イル]-3,5-ジヒドロキシ-6-ヘプテン酸を水に懸濁
し,水酸化ナトリウムを加えて,相当するナトリウム塩の溶液を得,水中塩化カル
シウムの溶液(塩化カルシウム水溶液)を,前記ナトリウム塩の溶液に滴下し,形
成された懸濁液を20~25℃で4時間,15~17℃で2時間撹拌し,生成物を
濾過単離し,濾過ケーキを冷水で洗い,20~25℃で減圧下乾燥して得られた,
(E)-(3R,5S)-7-[2-シクロプロピル-4-(4-フルオロフェニ
ル)キノリン-3-イル]-3,5-ジヒドロキシ-6-ヘプテン酸カルシウム塩
の10.6%(w/w)の水を含む白色結晶性粉末
(イ)引用発明2’
引用発明2を有効成分として含む薬剤
(ウ)本件発明1と引用発明2との一致点
「(3R,5S)-7-[2-シクロプロピル-4-(4-フルオロフェニル)
キノリン-3-イル]-3,5-ジヒドロキシ-6(E)-ヘプタン酸ヘミカルシ
ウム塩」である点
(エ)本件発明1と引用発明2との相違点
a本件発明1は,「2θで表して,5.0±0.2°,6.8±0.2°,9.
1±0.2°,13.7±0.2°,20.8±0.2°,24.2±0.2°に
特徴的なピークを有し,20.2±0.2°に特徴的なピークを有しない,特徴的
なX線粉末回折図形を示」す「結晶多形A」であって,/「但し,2θで表して,
5.0±0.2°(s),6.8±0.2°(s),9.1±0.2°(s),1
0.0±0.2°(w),10.5±0.2°(m),11.0±0.2°(m),
13.3±0.2°(vw),13.7±0.2°(s),14.0±0.2°(w),
14.7±0.2°(w),15.9±0.2°(vw),16.9±0.2°(w),
17.1±0.2°(vw),18.4±0.2°(m),19.1±0.2°(w),
20.8±0.2°(vs),21.1±0.2°(m),21.6±0.2°(m),
22.9±0.2°(m),23.7±0.2°(m),24.2±0.2°(s),
25.2±0.2°(w),27.1±0.2°(m),29.6±0.2°(v
w),30.2±0.2°(w),34.0±0.2°(w)[ここで,(vs)
は,非常に強い強度を意味し,(s)は,強い強度を意味し,(m)は,中間の強
度を意味し,(w)は,弱い強度を意味し,(vw)は,非常に弱い強度を意味す
る]に特徴的なピークを有する特徴的なX線粉末回折図形を示し,FT-IR分光
法と結合した熱重量法により測定した含水量が3~15%であるものを除く。」も
のであるのに対して,/引用発明2は,X線粉末回折図形において,どのような回
折角(2θ)にピークを有するものであるかが明確でない「結晶性粉末」である点
(以下「相違点2a」という。)
b本件発明1が「FT-IR分光法と結合した熱重量法により測定した含水量
が9~15%である(但し,10.5~10.7%(w/w)の水を含むものを除
く)」のに対して,引用発明2が「10.6%(w/w)の水を含む」ものである
点(以下「相違点2b」という。)
(オ)本件発明3,5,7と引用発明2との相違点
相違点2a,2bのほか,それぞれの請求項で限定された発明特定事項の点にお
いて相違する。
(カ)本件発明10と引用発明2との相違点
相違点2a,2bのほか,本件発明10は,「(3R,5S)-7-[2-シク
ロプロピル-4-(4-フルオロフェニル)キノリン-3-イル]-3,5-ジヒ
ドロキシ-6(E)-ヘプテン酸ヘミカルシウム塩の総量を基準にして,75~1
00重量%の」本件発明1~9のいずれかの「結晶多形Aを含む前記ヘミカルシウ
ム塩」であるのに対して,引用発明2は,含まれる結晶の割合が特定されていない
点(以下「相違点2c」という。)において相違する。
(キ)本件発明12と引用発明2’との相違点
相違点2a,2bのほか,本件発明12が「薬学的に許容され得る担体を含む」
ものであるのに対して,引用発明2’はその点が明確でない点(以下「相違点2d」
という。)において相違する。
ウ引用例3
(ア)引用発明3
(E)-3(R)-5(S)-ジヒドロキシ-7-[4’-(4”-フルオロフ
ェニル)-2’-シクロプロピルキノリン-3’-イル]ヘプト-6・エン酸・D
(+)フェネチルアミン塩化合物[(-)I・(+)II]に,水酸化ナトリウム
水溶液,水を加え,撹拌溶解させ,この溶液中に,水に無水塩化カルシウムを溶解
させた塩化カルシウム水溶液を滴下し,この反応液を一晩撹拌後,生じた白色沈殿
をろ過して得られた(E)-3(R)-5(S)-ジヒドロキシ-7-[4’-(4”
-フルオロフェニル)-2’-シクロプロピルキノリン-3’-イル]ヘプト-6・
エン酸・1/2カルシウム塩の白色結晶
(イ)本件発明1と引用発明3との一致点
「(3R,5S)-7-[2-シクロプロピル-4-(4-フルオロフェニル)
キノリン-3-イル]-3,5-ジヒドロキシ-6(E)-ヘプタン酸ヘミカルシ
ウム塩」である点
(ウ)本件発明1と引用発明3との相違点
a本件発明1は,「2θで表して,5.0±0.2°,6.8±0.2°,9.
1±0.2°,13.7±0.2°,20.8±0.2°,24.2±0.2°に
特徴的なピークを有し,20.2±0.2°に特徴的なピークを有しない特徴的な
X線粉末回折図形を示す」「結晶多形A」であって,/「但し,2θで表して,5.
0±0.2°(s),6.8±0.2°(s),9.1±0.2°(s),10.
0±0.2°(w),10.5±0.2°(m),11.0±0.2°(m),1
3.3±0.2°(vw),13.7±0.2°(s),14.0±0.2°(w),
14.7±0.2°(w),15.9±0.2°(vw),16.9±0.2°(w),
17.1±0.2°(vw),18.4±0.2°(m),19.1±0.2°(w),
20.8±0.2°(vs),21.1±0.2°(m),21.6±0.2°(m),
22.9±0.2°(m),23.7±0.2°(m),24.2±0.2°(s),
25.2±0.2°(w),27.1±0.2°(m),29.6±0.2°(v
w),30.2±0.2°(w),34.0±0.2°(w)[ここで,(vs)
は,非常に強い強度を意味し,(s)は,強い強度を意味し,(m)は,中間の強
度を意味し,(w)は,弱い強度を意味し,(vw)は,非常に弱い強度を意味す
る]に特徴的なピークを有する特徴的なX線粉末回折図形を示し,FT-IR分光
法と結合した熱重量法により測定した含水量が3~15%であるものを除く。」も
のであるのに対して,/引用発明3は,X線粉末回折図形において,どのような回
折角(2θ)にピークを有するものであるかが明確でない「白色結晶」である点(以
下「相違点3a」という。)
b本件発明1は,「FT-IR分光法と結合した熱重量法により測定した含水
量が9~15%である(但し,10.5~10.7%(w/w)の水を含むものを
除く)」のに対して,引用発明3の含水量が明確でない点(以下「相違点3b」と
いう。)
(エ)本件発明10と引用発明3との相違点
相違点3a,3bのほか,本件発明10は,「(3R,5S)-7-[2-シク
ロプロピル-4-(4-フルオロフェニル)キノリン-3-イル]-3,5-ジヒ
ドロキシ-6(E)-ヘプテン酸ヘミカルシウム塩の総量を基準にして,75~1
00重量%の」本件発明1~9のいずれかの「結晶多形Aを含む前記ヘミカルシウ
ム塩」であるのに対して,引用発明3は,含まれる結晶の割合が特定されていない
点において相違する。
(オ)本件発明12と引用発明3との相違点
相違点3a,3bのほか,本件発明12が,本件発明1~11のいずれかの「結
晶多形Aの有効量と,薬学的に許容され得る担体とを含む医薬組成物」であるのに
対して,引用発明3は,単なる「白色結晶」である点において相違する。
4取消事由
(1)本件補正が新規事項の追加に当たるとした判断の誤り(取消事由1)
(2)サポート要件の判断の誤り(取消事由2)
(3)実施可能要件の判断の誤り(取消事由3)
(4)引用発明1又は1’に基づく新規性の判断の誤り(取消事由4)
(5)引用発明2又は2’に基づく進歩性の判断の誤り(取消事由5)
(6)引用発明3に基づく進歩性の判断の誤り(取消事由6)
第3当事者の主張
1取消事由1(本件補正が新規事項の追加に当たるとした判断の誤り)
〔原告の主張〕
本件決定は,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】(後記第4の2(3)ア【請
求項1】参照)に,構成要件Eを追加する本件補正は,新たな技術的事項を導入す
るものであると判断した。
しかし,本件出願当初明細書等には,具体的な結晶多形Aとして,26個無偏差
相対強度図形を示す結晶多形Aが記載されているところ,後記4〔原告の主張〕(1)
イのとおり,当業者であれば,粉末X線回折法によって結晶多形Aを特定するため
に,この26個のピークの全てが必要になるとは理解しない。結晶多形Aを特定す
るためには,【表1】の中の強いピーク,具体的には構成要件Aのピークで十分で
あると理解する。
したがって,本件出願当初明細書等には,当業者の技術常識を前提とした場合,
構成要件Aで特定される結晶多形Aが,開示されていると理解できるから,本件補
正は,新たな技術的事項を導入するものではない。
よって,本件補正は,補正要件を充足する。
〔被告の主張〕
後記4〔被告の主張〕(1)イと同様に,本件出願当初明細書等に記載された結晶多
形Aを,26個のピークの回折角2θ及びその相対強度で特定しなくても,6個の
ピークの回析角2θ等によって特定し得るということは技術常識ではない。本件出
願当初明細書等に,構成要件Aで特定される結晶多形Aは,開示されていない。
また,本件決定は,本件出願当初明細書等には,「結晶多形A」として,26個
のピークで特定される「結晶多形A」と,その上位概念に当たる6個のピーク及び
1個のピークの不存在で特定される「結晶多形A」の双方が記載されていることは
認めた上で,本件出願当初明細書等には,上位概念に含まれる結晶多形Aとして,
26個のピークで特定される結晶多形A以外のものが一切記載されていないから,
補正後の「結晶多形A」は,実体のない「結晶多形A」が残ることになり,結晶多
形Aの技術的意義が変わると判断したものである。
したがって,本件補正は,新たな技術的事項を導入するものである。
よって,本件補正は,補正要件を充足しない。
2取消事由2(サポート要件の判断の誤り)
〔原告の主張〕
本件決定は,本件明細書には,26個無偏差相対強度図形を示すもの以外の結晶
多形Aが記載されているとはいえないし,そのような結晶多形Aをどのようにして
製造することができるかも記載されていないから,本件各発明の特許請求の範囲の
記載は,サポート要件に適合しないと判断した。
しかし,前記1〔原告の主張〕と同様に,本件明細書には,当業者の技術常識を
前提とした場合,構成要件Aで特定される結晶多形Aが,記載されている。本件明
細書【0009】では,26個無偏差相対強度図形を示す結晶多形Aを,「一つの
具体的形態」として説明しているにすぎない。また,その製造方法は,【0047】
に記載されている。
よって,本件各発明の特許請求の範囲の記載は,サポート要件に適合する。
〔被告の主張〕
前記1〔被告の主張〕と同様に,本件明細書に,構成要件Aで特定される結晶多
形Aは,記載されていない。また,【表1】で示される26個の2θと相対強度の
要件を満たしていない結晶多形Aがどのようにして得られるかについては,一切記
載されていない。
よって,本件各発明の特許請求の範囲の記載は,サポート要件に適合しない。
3取消事由3(実施可能要件の判断の誤り)
〔原告の主張〕
本件決定は,本件明細書には,26個無偏差相対強度図形を示すもの以外の結晶
多形Aの製造方法は記載されていないから,本件各発明に係る本件明細書の発明の
詳細な説明の記載は,実施可能要件に適合しないと判断した。
しかし,前記1〔原告の主張〕と同様に,本件明細書には,当業者の技術常識を
前提とした場合,構成要件Aで特定される結晶多形Aが記載されており,その製造
方法も【0047】に記載されている。
よって,本件各発明の特許請求の範囲の記載は,実施可能要件に適合する。
〔被告の主張〕
前記1〔被告の主張〕と同様に,本件明細書には,構成要件Aで特定される結晶
多形Aが記載されておらず,【表1】で示される2θと相対強度の要件を満たさな
い結晶多形Aについて,【表1】に示される2θと相対強度を満たす結晶多形Aの
実施例の製造条件をどのように変更することで,別に作り分けることができるのか
は,当業者といえども過度の試行錯誤を要する。
よって,本件各発明の特許請求の範囲の記載は,実施可能要件に適合しない。
4取消事由4(引用発明1又は1’に基づく新規性の判断の誤り)
〔原告の主張〕
(1)引用例1の公知性(分割要件の充足の有無)
ア本件決定は,第3出願当初明細書等には,X線粉末回析において26個偏差
内相対強度図形を示す結晶多形Aしか記載されていなかったから,6個のピーク及
び1個のピークの不存在で結晶多形Aを特定する本件発明1は,第3出願当初明細
書等に記載された事項の範囲を拡大するものであるとして,出願日が遡及しないと
判断し,引用例1が公知の刊行物であるとした。
しかし,本件発明1は,第3出願当初明細書等に記載された事項の範囲内のもの
である。
イX線粉末回析法によって結晶多形Aを特定するためには,回折図形における
26個のピークの,全てが必要になるものではない。当業者であれば,第3出願当
初明細書等に,6個のピークを有し,1個のピークを有しないという構成要件Aに
より特定される結晶多形Aが記載されていると理解できる。
なぜなら,同じ結晶多形Aでも,①測定条件や結晶の状態によって,相対強度の
弱いピークは測定できないこともあり,また,②相対強度は相当に変動するため,
ピーク間の相対強度の順位が入れ替わることもある。そして,【表1】の中で,比
較的相対強度の強い,vs及びsの6個のピーク(構成要件Aの6個のピーク)が
確認できれば,それは結晶多形Aであると確認できるのというのが,当業者の技術
常識であったからである。
このことは,ピークの数について,医薬品の基準書である第十六改正日本薬局方
(甲16)において,回折パターンによって,結晶の同一性を判断する場合,必ず
しもチャート上の全部のピークを比較する必要はなく,同一のピークと判断される
ものが10本あれば十分であり,場合によっては,より少ないピークでも同一性が
確認できることが説明されていることからも裏付けられる。また,寺田勝英教授の
鑑定書(甲18)においても,粉末X線回折法による結晶形の同定は,10本の強
いピークが確認できれば十分であり,7本のピークでも同定は可能であるとされて
いる。粉末X線回折法の技術的な原理に関する説明(甲15)は,結晶形を同定す
るために,回折パターンをどのような条件で比較すればよいかについて説明するも
のではない。なお,本件明細書における各結晶形は,再結晶操作により得られたも
のであって,単一相であるから,多数の相からなる試料が同定されているものでは
ない。
また,ピークの相対強度についても,第十六改正日本薬局方(甲16)において,
「試料と基準となる物質間の相対的強度は選択配向効果のためかなり変動すること
がある」旨説明されている。また,粉末X線回折法の回折図形上の各ピークの相対
強度は,化合物による配向の性質・程度の相違,再結晶化・粉砕の条件の相違,測
定装置の相違,晶癖の相違からも大きく影響を受けるものである。
さらに,明細書の発明の詳細な説明において,結晶多形のX線粉末回折図形にお
ける多数のピークの存在が説明されていても,請求項においては,それらのピーク
の一部分のみによって結晶多形を定義する結晶形の特許は,多数存在する。本件決
定の分割要件に関する前記判断は,従前の特許査定実務に明らかに反するものであ
る。
ウそして,第3出願当初明細書等に記載された結晶多形Aについての当業者の
理解は前記のとおりであり,これは,第3出願当初明細書等の記載から離れて,第
3出願当初明細書等に記載されていた結晶多形Aの意味を解釈するものではない。
エよって,本件出願は,第3出願の一部を新たに特許出願とするものであって,
分割要件を充足するから,もとの特許出願の時にしたものとみなされ,その出願日
は第1出願の優先日である平成15年2月12日になる。
(2)小括
以上によれば,引用例1は,本件出願の出願日前に頒布された刊行物ではないか
ら,引用発明1又は1’に基づいて,本件発明1及び10ないし13の新規性を否
定することはできない。
〔被告の主張〕
(1)引用例1の公知性(分割要件の充足の有無)
ア分割要件の充足の有無を判断するに当たり,原出願の出願当初明細書等の全
ての記載を総合することにより導かれる技術的事項について,技術常識であるから
といって同記載から離れて別の意味として解釈することは許容されない。
そして,第3出願当初明細書等には,26個のピークの回折角2θ及びその相対
強度で特定された結晶多形Aが記載されている。
これに対し,本件発明1の結晶多形Aは,6個のピークの回折角2θ等に反映さ
れた結晶の格子定数を有する結晶構造(ただし,結晶多形Eは除かれる)であれば
よく,構成原子の配列(座標)はどのようなものでもよくなったのであるから,そ
の結晶多形Aの技術的意味は異なったものとなり,その範囲が拡大したことは明ら
かである。
イ以上の点を措くとしても,原告は,同じ結晶多形Aでも,①測定条件や結晶
の状態によって,相対強度の弱いピークは測定できないこともあり,②相対強度は
相当に変動するため,ピーク間の相対強度の順位が入れ替わることもあるから,粉
末X線回折法によって結晶多形Aを特定するために,構成要件Aの6個のピーク及
び1個のピークの不存在で十分である旨主張する。
しかし,粉末X線回折法で測定される結晶の回折図形上の回線角2θの位置及び
回折強度は,結晶構造の単位格子における原子の種類及びその配列(原子座標)に
よって決まるものであるから,結晶構造の同定に必要なものである(甲15)。
ピークの数(回線角2θの位置)について,第十六改正日本薬局方(甲16)は,
データベースに収載されている「単一相試料」の回折パターンにおける10本以上
の強度の大きなピークの回折角と強度を,測定試料のそれらと対比することで,結
晶を同定することが十分できると説明するにとどまる。試料が多数の相からなる場
合は,X線粉末回析法による結晶法の同定は困難又は不可能となることがある。
また,ピークの相対強度(回折強度)について,選択配向効果,「晶癖」の違い,
測定する試料の粉砕の有無によって相対強度が変化することはある。しかし,粉末
X線回折法では,これらの要因による相対強度の変動が結晶形の同定という目的に
適合する許容範囲となるように試料を調製して測定することを前提としている。
なお,従前の特許査定実務をもって,当業者の技術常識を認定することはできな
い。
したがって,第3出願当初明細書等に記載された結晶多形Aを,26個のピーク
の回折角2θ及びその相対強度で特定しなくても,6個のピークの回析角2θ等に
よって特定し得るということは技術常識ではない。
ウよって,本件出願は,第3出願の一部を新たに特許出願とするものではない
から,その出願日は平成26年7月30日になる。
(2)小括
以上によれば,原告の主張は失当であり,本件決定のとおり,引用発明1又は1’
に基づき,本件発明1及び10ないし13は,新規性がない。
5取消事由5(引用発明2又は2’に基づく進歩性の判断の誤り)
〔原告の主張〕
前記4〔原告の主張〕のとおり,本件出願の出願日は,第1出願の優先日である
平成15年2月12日となり,引用例2は,本件出願の出願日前に頒布された刊行
物ではないから,引用発明2又は2’に基づいて,本件発明1,3,5,7及び1
0ないし13の進歩性を否定することはできない。
〔被告の主張〕
前記4〔被告の主張〕のとおり,本件出願の出願日は平成26年7月30日にな
るから,原告の主張は失当であり,本件決定のとおり,引用発明2又は2’及び技
術常識に基づき,本件発明1,3,5,7及び10ないし13は,進歩性がない。
6取消事由6(引用発明3に基づく進歩性の判断の誤り)
〔原告の主張〕
(1)本件発明1の容易想到性
本件決定は,引用発明3(引用例3の実施例3の記載に基づくもの)について,
引用例3の実施例3を基に追試実験(甲38)を行えば,本件発明1の結晶多形A
を得ることができるから,当業者は,引用発明3から本件発明1を容易に想到し得
ると判断した。
しかし,引用例3の実施例3の開示から,上記追試実験(甲38)を行うのは,
当業者にとって容易に想到可能なものではない。すなわち,結晶多形Aを得るため
には,室温減圧乾燥という,最も温和な乾燥条件においてすら,なお水分量が安定
せず,乾燥が進行中と考えざるを得ない水分約10%の状態の化合物について,恒
量乾燥せずにその水分量で乾燥を止めた上で,その安定性を検討する必要があるが,
引用発明3について,このようなことを行う動機付けは存しない。引用発明3は,
単に白色の粉末状の物質(恒量になるまで乾燥させたアモルファス)である。
そして,より安定な結晶多形を探索する動機付けを開示する各文献は存するもの
の,これらは,結晶多形Aのように水分量が容易に減少してアモルファス化するよ
うな不安定な結晶多形を,探索の対象とするものではない。
このように,上記追試実験が適用した実験条件(特に乾燥条件)は,結晶多形A
の性質(水分量は10%程度だが,容易に乾燥して水分量が4%以下になるとアモ
ルファス化する)を知らずに容易に設定し得たものではない。
なお,上記追試実験における,100mlを30分かけて滴下するという滴下時
間は,非常に遅く,通常選択される条件ではない。
(2)小括
よって,本件発明1,3,5,7及び10ないし13は,引用発明3及び技術常
識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではない。
〔被告の主張〕
(1)本件発明1の容易想到性
引用発明3(引用例3の実施例3の記載に基づくもの)について,引用例3の実
施例3を基に追試実験(甲38)を行えば,本件発明1の結晶多形Aを得ることが
できる。
すなわち,引用発明3の白色結晶を得るために,引用例3に明示されていない実
験条件について技術常識等を参酌して必要な試行錯誤によって適宜設定することは
通常の追試の手法といえる。そして,引用例3の実施例3は水溶液中で反応が実施
されていることからすれば,水和物結晶となり得る条件で実施されているといえ,
当業者が乾燥状態を適宜設定して結晶の水分量を調整し,水和物結晶の存在を調査
する。そうすると,上記追試実験のように,乾燥条件を適宜設定し,水分量を変化
させて,水和物結晶が得られる範囲を探索してみることは,これらの乾燥条件が特
殊であるといえない以上,引用発明3の結晶化の検討において,当業者が通常行う
試行錯誤の範囲内で得ることができたものである。
これに対し,水から析出させた粉体を乾燥する場合,生成物の重量が恒量に達す
るまで乾燥して生成物を評価するのが当業者の技術常識であるということはできな
い。また,引用例3の実施例3には「白色結晶」が得られたことが明記され,実施
例1,2にも具体的に結晶化されることが記載されているから,実施例3も結晶を
得ることを前提として記載されていると考えるのが自然である。
(2)小括
よって,本件発明1,3,5,7及び10ないし13は,引用発明3及び技術常
識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
第4当裁判所の判断
1本件発明1について
本件発明1に係る特許請求の範囲は,前記第2の2(1)【請求項1】のとおりであ
るところ,本件明細書によれば,本件発明1の特徴は,以下のとおりである。なお,
本件明細書には,別紙本件明細書図表目録のとおり,【表1】【図1】が記載され
ている。
(1)本件発明1は,高コレステロール血症の患者の処置に用いられるピタバスタ
チンカルシウムの新規な結晶多形に関するものである(【0001】【0004】)。
(2)薬学的物質は,異なる二つ以上の結晶構造を有し得るところ,異なる多形は
物理的特性が異なり,薬学的特性にも影響を与える(【0006】)。
本件発明1は,ピタバスタチンカルシウムの新規な結晶多形,すなわち構成要件
AないしEで特定されるピタバスタチンカルシウムの結晶多形を見いだしたもので
ある(【請求項1】【0007】【0008】)。
(3)本件発明1の一つの具体的形態は,2θで表して,【表1】に記載された角
度において,同記載のとおりの相対強度でピークを有する特徴的なX線粉末回析図
形を示す(【0009】【0010】)。
ピタバスタチンtert-ブチルエステルから製造した生成物である本件発明1
は,【図1】で示すX線粉末回折図形を特徴とする(【0047】)。
2取消事由1(本件補正が新規事項の追加に当たるとした判断の誤り)につい

(1)明細書,特許請求の範囲又は図面について補正をするときは,願書に最初に
添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内においてしなけ
ればならないところ(特許法17条の2第3項),補正が,当業者によって,願書
に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することに
より導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないもので
あるときは,当該補正は,願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面
に記載した事項の範囲内においてしたものということができる。
(2)本件決定は,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】に,構成要件Eを追
加する本件補正は,新たな技術的事項を導入するものであると判断した。
構成要件Eを追加する本件補正は,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で
特定される結晶多形Aから,構成要件Eで特定される結晶多形Aを除くものである。
そこで,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される結晶多形Aから,
構成要件Eで特定される結晶多形Aを除くものが,本件出願当初明細書等の全ての
記載を総合することにより導かれるかについて,検討する。
(3)本件出願当初明細書等から導かれる技術的事項
ア本件出願当初明細書等の記載
結晶多形Aについて,本件出願当初明細書等には,おおむね,次のとおり記載が
ある。
【請求項1】2θで表して,5.0±0.2°,6.8±0.2°,9.1±0.
2°,13.7±0.2°,20.8±0.2°,24.2±0.2°に特徴的な
ピークを有する特徴的なX線粉末回折図形を示し,FT-IR分光法と結合した熱
重量法により測定した含水量が3~15%であるピタバスタチンカルシウムの結晶
多形A
【0007】…本発明者らは,ピタバスタチンカルシウムの,本明細書では形態
A,B,C,D,EおよびFと名付けた新規な結晶質形態…を,驚異的にも見出し
た。
【0008】本発明は,ピタバスタチンカルシウム塩(2:1)の結晶多形を対
象とし,下記の(1)~(10)に記載の本明細書で形態Aと名付けた結晶多形A…にある。
(1)2θで表して,5.0±0.2°,6.8±0.2°,9.1±0.2°,
13.7±0.2°,20.8±0.2°,24.2±0.2°に特徴的なピーク
を有する特徴的なX線粉末回折図形を示し,FT-IR分光法と結合した熱重量法
により測定した含水量が3~15%であるピタバスタチンカルシウムの結晶多形A。

(5)2θで表して,5.0±0.2°,6.8±0.2°,9.1±0.2°,
10.0±0.2°,10.5±0.2°,11.0±0.2°,13.3±0.
2°,13.7±0.2°,14.0±0.2°,14.7±0.2°,15.9
±0.2°,16.9±0.2°,17.1±0.2°,18.4±0.2°,1
9.1±0.2°,20.8±0.2°,21.1±0.2°,21.6±0.2°,
22.9±0.2°,23.7±0.2°,24.2±0.2°,25.2±0.
2°,27.1±0.2°,29.6±0.2°,30.2±0.2°,34.0
±0.2°に特徴的なピークを有する特徴的なX線粉末回折図形を示し,FT-I
R分光法と結合した熱重量法により測定した含水量が3~15%であるピタバスタ
チンカルシウムの結晶多形A。…
【0009】上記結晶多形Aの一つの具体的形態は,例1に示されるピタバスタ
チンカルシウムの結晶多形Aであり,d間隔値(Å)および2θ角度値,について,
表1(判決注:別紙【表1】に同じ。)に示したとおりの特徴的なピークを有する
X線粉末回折図形を有するものである。なお,表1において,vs=非常に強い強
度,s=強い強度,m=中間の強度,w=弱い強度,vw=非常に弱い強度を表す。
【0021】実験的詳細中の少々の変更は,X線粉末回折図形の特徴的なピーク
のd値および2θに小さな偏差を生じる可能性がある。
【0023】粉末X線回折は,Cuのk(α1)放射線(1.54060Å)を
用いて,Philips1710という粉末X線回折計で実施し,2θの角度が
±0.1~0.2°の実験誤差で記録される。…
【0047】形態Aの製造/(3R,5S)-7-[2-シクロプロピル-4-
(4-フルオロフェニル)キノリン-3-イル]-3,5-ジヒドロキシ-6(E)
-ヘプテン酸tert-ブチルエステル(ピタバスタチンtert-ブチルエステ
ル)4.15gを,メチルtert-ブチルエーテルおよびメタノールの混合物(1
0:3)52mlに懸濁させた。…約16時間乾燥した。得られた生成物は結晶形
態Aであって,図1(判決注:別紙【図1】に同じ。)に示したようなX線粉末回
折図形を特徴とする。得られた形態AのFT-IR分光法と結合した熱重量法によ
る更なる特徴付けは,約10%の含水量を明らかにした。示差走査熱量測定は,9
5℃の融点を明らかにした。…
イ本件出願当初明細書等に開示された結晶多形Aに関する技術的事項
(ア)本件出願当初明細書等にいう結晶多形Aは,本件出願当初明細書等におい
て名付けられたものである(【0007】)。
(イ)そして,本件出願当初明細書等【0008】には,結晶多形Aに該当する
具体的な結晶多形として,【0008】(1)は,本件出願時の特許請求の範囲【請求
項1】で特定される結晶多形を挙げるほか,【0008】(5)は,2θで表して,構
成要件Eで特定されるのと同様の26個の角度において,ピークを有する特徴的な
X線回析図形を示し,FT-IR分光法と結合した熱重量法により測定した含水量
が3~15%であるピタバスタチンカルシウムの結晶多形を挙げており,後者の結
晶多形は,構成要件Eで特定される結晶多形を含むものである。このように,本件
出願当初明細書等【0008】の記載は,結晶多形Aには,構成要件Eで特定され
る結晶多形だけではなく,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される
結晶多形も,該当する旨説明するものである。
(ウ)また,本件出願当初明細書等【0009】は,「結晶多形Aの一つの具体
的形態」として,2θで表して,構成要件Eで特定されるのと同様の26個無偏差
相対強度図形を示す結晶多形を例示しており,この結晶多形は,構成要件Eで特定
される結晶多形を含むものである。そうすると,本件出願当初明細書等【0009】
の記載は,構成要件Eで特定される結晶多形は,結晶多形Aの具体的な態様の一つ
である旨説明するものである。
(エ)さらに,本願出願当初明細書等【0047】には,【0047】に記載さ
れた製造方法によって,結晶多形Aが得られること,当該結晶多形AのX線粉末回
析図形は,構成要件Eと同様の26個無偏差相対強度図形を示したことが記載され
ている。本件出願当初明細書等【0047】の記載は,特定の製造方法によって生
成された結晶多形AのX線粉末回析図形を説明するにとどまり,構成要件Eで特定
される結晶多形のみが結晶多形Aである旨説明するものではない。
(オ)したがって,本件出願当初明細書等の記載を総合すれば,構成要件Eで特
定される結晶多形Aだけではなく,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特
定される結晶多形Aも,導くことができる。
(4)新規事項の追加の有無
本件出願当初明細書等の記載を総合すれば,構成要件Eで特定される結晶多形A
だけではなく,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定される結晶多形A
も,導くことができるから,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】で特定され
る結晶多形Aから,構成要件Eで特定される結晶多形Aを除くものを,本件出願当
初明細書等の全ての記載を総合することにより導くことができるというべきである。
したがって,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】に,構成要件Eを追加す
る本件補正は,新たな技術的事項を導入するものではなく,本件出願当初明細書等
に記載した事項の範囲内においてしたものというべきである。
(5)被告の主張について
被告は,本件出願当初明細書等に記載された結晶多形Aを,26個のピークの回
折角2θ及びその相対強度で特定しなくても,6個のピークの回析角2θ等によっ
て特定し得るということは技術常識ではないと主張する。
しかし,本件出願当初明細書等の記載を総合すれば,26個のピークの回折角2
θ及びその相対強度で特定される結晶多形Aだけではなく,6個のピークの回析角
2θ等によって特定される結晶多形Aも導くことができる。本件補正は,26個の
ピークの回折角2θ及びその相対強度で特定される結晶多形を,6個のピークの回
析角2θ等によって特定することを前提としてなされたものではないから,被告の
上記主張は,前提を欠く。
(6)小括
以上のとおり,本件出願時の特許請求の範囲【請求項1】に,構成要件Eを追加
する本件補正は,新たな技術的事項を導入するものではない。そして,本件補正の
その余の部分について,被告は,新たな技術的事項を導入するものではなく,本件
出願当初明細書等に記載した範囲内においてしたものであることを争わない。した
がって,本件補正は,特許法17条の2第3項に規定する要件を満たす。
よって,取消事由1は理由がある。
3取消事由2(サポート要件の判断の誤り)について
(1)特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲
の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,
発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当
該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載
や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できる
と認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
(2)本件明細書の記載
本件明細書には,おおむね,次のとおり記載がある。
【0007】本件出願当初明細書等【0007】に同じ。
【0008】本発明は,ピタバスタチンカルシウム塩(2:1)の結晶多形を対
象とし,下記の(1)~(13)に記載の結晶多形A…にある。
(1)2θで表して,5.0±0.2°,6.8±0.2°,9.1±0.2°,
13.7±0.2°,20.8±0.2°,24.2±0.2°に特徴的なピーク
を有し,20.2±0.2°に特徴的なピークを有しない,特徴的なX線粉末回折
図形を示し,FT-IR分光法と結合した熱重量法により測定した含水量が9~1
5%である(但し,FT-IR分光法と結合した熱重量法により測定した含水量が
10.5~10.7%(w/w)の水を含むものを除く),ピタバスタチンカルシ
ウムの結晶多形A。
但し,26個偏差内相対強度図形を示し,FT-IR分光法と結合した熱重量法
により測定した含水量が3~15%であるものを除く。
(2)2θで表して,5.0±0.2°(s),6.8±0.2°(s),9.1
±0.2°(s),13.7±0.2°(s),20.8±0.2°(vs),2
4.2±0.2°(s)[ここで,(vs)は非常に強い強度を意味し,(s)は
強い強度を意味する]に特徴的なピークを有する特徴的なX線粉末回折図形を示す,
上記(1)に記載の結晶多形A。…
(4)2θで表して,さらに,10.5±0.2°(m),11.0±0.2°(m),
18.4±0.2°(m),21.1±0.2°(m),21.6±0.2°(m),
22.9±0.2°(m),23.7±0.2°(m),27.1±0.2°(m)
に特徴的なピークを有する特徴的なX線粉末回折図形を示す,上記(2)に記載の結晶
多形A。…
(6)2θで表して,さらに,10.0±0.2°(w),14.0±0.2°(w),
14,7±0.2°(w),16.9±0.2°(w),19.1±0.2°(w),
25.2±0.2°(w),30.2±0.2°(w),34.0±0.2°(w)
に特徴的なピークを有する特徴的なX線粉末回折図形を示す,上記(4)に記載の結晶
多形A。…
(8)2θで表して,さらに,13.3±0.2°(vw),15.9±0.2°
(vw),17.1±0.2°(vw),29.6±0.2°(vw)に特徴的な
ピークを有する特徴的なX線粉末回折図形を示す,上記(6)に記載の結晶多形A。…
【0009】,【0021】,【0023】及び【0047】は,本件出願当初
明細書等【0009】,【0021】,【0023】及び【0047】と同じであ
る。
(3)本件明細書に記載された発明
本件明細書にいう結晶多形Aは,本件明細書において名付けられたものである(【0
007】)。そして,本件明細書【0008】の記載は,結晶多形Aには,構成要
件Eで特定される結晶多形(【0008】(1)(2)(4)(6)(8))だけではなく,構成要
件AないしEで特定される結晶多形(【0008】(1))も,該当する旨説明するも
のである。また,本件明細書【0009】の記載は,構成要件Eで特定される結晶
多形は,結晶多形Aの具体的な態様の一つである旨説明するものである。さらに,
本件明細書【0047】の記載は,特定の製造方法によって生成された結晶多形A
のX線粉末回析図形を説明するにとどまり,構成要件Eで特定される結晶多形のみ
が結晶多形Aである旨説明するものではない。
したがって,本件明細書には,構成要件Eで特定される結晶多形Aだけではなく,
構成要件AないしEで特定される結晶多形Aも記載されている。よって,本件発明
1は,本件明細書に記載された発明である。
(4)課題の解決
ア本件発明1の課題
前記1のとおり,本件明細書には,ピタバスタチンカルシウムは高コレステロー
ル血症の患者の処置に用いられ,その異なる多形は,薬学的特性に影響を与えると
ころ,本件発明1は,構成要件AないしEで特定されるピタバスタチンカルシウム
の新規な結晶多形を見出したものであると説明されている。
したがって,本件発明1の課題は,構成要件AないしEで特定されるピタバスタ
チンカルシウムの結晶多形を提供するものということができる。
イ課題解決手段
本件明細書【0047】には,【0047】に記載された製造方法によって,2
6個無偏差相対強度図形を示し,FT-IR分光法と結合した熱重量法により測定
した含水量が約10%であるピタバスタチンカルシウムの結晶多形を製造した旨記
載されている。そして,本件明細書【0021】【0023】には偏差に関する記
載がある。
そうすると,当業者は,本件明細書の記載から,26個偏差内相対強度図形を示
し(構成要件Aに相当),FT-IR分光法と結合した熱重量法により測定した含
水量が約10%(構成要件Bに近似)であるピタバスタチンカルシウム(構成要件
Cに相当)の結晶多形(構成要件Dに相当)を製造できると認識することができる。
そして,【0047】に記載された製造方法の乾燥条件を変更することで,含水
量が約10%の上記結晶多形ではなく,10.5%(w/w)を下回る結晶多形や,
10.7%(w/w)を上回る結晶多形を製造できることを,当業者は,技術常識
に照らして認識することができる。
また,粉末X線回折法において,各ピークの相対強度の変動幅が比較的大きく,
このため,相対強度が比較的小さいピークについては明確には測定できない場合も
あり得ることは,本件出願当時の当業者の技術常識である(甲16,45)。した
がって,当業者は,X線粉末回析図形について,【0047】に記載された製造方
法によっても,構成要件Eの26個偏差内相対強度図形を示すとは限らないことを,
技術常識に照らして認識することができる。
したがって,本件明細書の記載及び技術常識に照らし,当業者は,構成要件Aな
いしEで特定されるピタバスタチンカルシウムの結晶多形を製造できると認識する
ことができる。
ウよって,当業者は,本件明細書の記載及び技術常識に照らし,構成要件Aな
いしEで特定されるピタバスタチンカルシウムの結晶多形を提供するという本件発
明1の課題を解決できると認識できるというべきである。
(5)小括
以上によれば,本件発明1は,本件明細書に記載された発明で,本件明細書の記
載及び技術常識に照らし,本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のもの
であるから,本件発明1の特許請求の範囲の記載は,サポート要件に適合するもの
である。そして,本件発明2ないし7,9ないし13の特許請求の範囲のうち,本
件発明1の特許請求の範囲で特定される部分を除く発明特定事項の記載について,
被告は,サポート要件に適合することを争わない。したがって,本件各発明の特許
請求の範囲の記載は,サポート要件に適合する。
よって,取消事由2は理由がある。
4取消事由3(実施可能要件の判断の誤り)について
(1)物の発明について実施可能要件を充足するためには,明細書の発明の詳細な
説明に,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識とに
基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,その物を製造し,使用することがで
きる程度の記載があることを要する。
(2)実施可能要件の適合
前記3(4)イのとおり,本件明細書の記載及び技術常識に照らし,当業者は,構成
要件AないしEで特定されるピタバスタチンカルシウムの結晶多形を製造できると
認識できる。したがって,当業者は,本件明細書の記載及び技術常識とに基づいて,
構成要件AないしEで特定されるピタバスタチンカルシウムの結晶多形を,過度の
試行錯誤を要することなく,製造することができる。
また,本件明細書【0004】には,ピタバスタチンカルシウムは「安全であり,
高コレステロール血症の患者の処置に充分に許容される」と記載されており,本件
発明1は,その新規な結晶形態であるから,当業者は,本件明細書の記載及び技術
常識とに基づいて,本件発明1を,過度の試行錯誤を要することなく,使用するこ
とができる。
(3)小括
以上によれば,本件発明1に係る本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本
件発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているものであ
るから,実施可能要件を満たす。そして,本件発明2ないし7,9ないし13の特
許請求の範囲のうち,本件発明1の特許請求の範囲で特定される部分を除く発明特
定事項に係る本件明細書の発明の詳細な説明の記載について,被告は,実施可能要
件に適合することを争わない。したがって,本件各発明に係る本件明細書の発明の
詳細な説明の記載は,実施可能要件に適合する。
よって,取消事由3は理由がある。
5取消事由5(引用発明2又は2’に基づく進歩性の判断の誤り)について
(1)引用例2の公知性(分割要件の充足の有無)について
ア分割出願が適法であるための実体的要件としては,①もとの出願の明細書,
特許請求の範囲の記載又は図面に二以上の発明が包含されていたこと,②新たな出
願に係る発明はもとの出願の明細書,特許請求の範囲の記載又は図面に記載された
発明の一部であること,③新たな出願に係る発明は,もとの出願の当初明細書等に
記載された事項の範囲内であることを要する。なお,本件出願が第1出願の出願時
にしたものとみなされるためには,本件出願,第3出願及び第2出願が,それぞれ,
もとの出願との関係で,上記分割の要件①ないし③を満たさなければならない。
イ本件決定は,第3出願当初明細書等には,X線粉末回析において26個偏差
内相対強度図形を示す結晶多形Aしか記載されていなかったから,6個のピーク及
び1個のピークの不存在で結晶多形Aを特定する本件発明1は,第3出願当初明細
書等に記載された事項の範囲を拡大するものであると判断した。
そこで,本件発明1は,第3出願当初明細書等に記載された事項の範囲内にあり,
上記分割の要件③を満たすかについて検討する。
ウ第3出願当初明細書等に記載された事項
(ア)第3出願当初明細書等の記載
結晶多形Aについて,第3出願当初明細書等には,おおむね,次のとおり記載が
ある。
【0009】…本発明者らは,ピタバスタチンカルシウムの,本明細書では形態
A,B,C,D,EおよびFと名付けた新規な結晶質形態…を,驚異的にも見出し
た。/本発明は,ピタバスタチンカルシウム塩(2:1)のアモルファス形態を対
象とし,下記と特徴とする要旨を有するものである。
【0010】(1)2θで表して,5.0(s),6.8(s),9.1(s),1
0.0(w),10.5(m),11.0(m),13.3(vw),13.7(s),
14.0(w),14.7(w),15.9(vw),16.9(w),17.1
(vw),18.4(m),19.1(w),20.8(vs),21.1(m),
21.6(m),22.9(m),23.7(m),24.2(s),25.2(w),
27.1(m),29.6(vw),30.2(w),34.0(w)[ここで,
(vs)は,非常に強い強度を意味し,(s)は,強い強度を意味し,(m)は,
中間の強度を意味し,(w)は,弱い強度を意味し,(vw)は,非常に弱い強度
を意味する]に特徴的なピークを有する特徴的なX線粉末回折図形を示す,ピタバ
スタチンカルシウムの結晶多形A。
(2)実質的に図1(判決注:別紙【図1】に同じ。)に示したとおりのX線粉末
回折図形を有する,ピタバスタチンカルシウムの結晶多形A。…
【0013】粉末X線回折は,Cuのk(α1)放射線(1.54060Å)を
用いて,Philips1710という粉末X線回折計で実施し;2θの角度が
±0.1~0.2°の実験誤差で記録される。…
【0014】なお,本発明のピタバスタチンカルシウムのアモルファス形態では
ない,かかる化合物の結晶形態としては,以下のA,B,C,D,EおよびFと名
付けた結晶形態がある。/形態A:ピタバスタチンカルシウムの,本明細書で形態
Aと名付けた結晶多形であって,d値(Å)および2θで表して,表1(判決注:
別紙【表1】に同じ。)に示したとおりの特徴的なピークを有する特徴的なX線粉
末回折図形を示す(vs=非常に強い強度,s=強い強度,m=中間の強度,w=
弱い強度,vw=非常に弱い強度)。
【0025】…実験的詳細中の少々の変更は,X線粉末回折図形の特徴的なピー
クのd値および2θに小さな偏差を生じる可能性がある。
【0026】次に,ピタバスタチンナトリウムの形態A,B,C,D,Eおよび
Fとともに,本発明のアモルファス形態の製造方法について説明する。
【0027】形態Aは,一般的には,ピタバスタチンナトリウムから,水性反応
媒体中でCaCl2と反応させて製造することができる。これに代えて,本発明の
形態Aは,好都合にはやはり水性反応媒体中で,遊離酸((3R,5S)-7-[2
-シクロプロピル-4-(4-フルオロフェニル)キノリン-3-イル]-3,5
-ジヒドロキシ-6(E)-ヘプテン酸)または対応するラクトンとCa(OH)
2から,in-situで得てもよい。
【0049】[例1](参考例)/形態Aの製造/(3R,5S)-7-[2-
シクロプロピル-4-(4-フルオロフェニル)キノリン-3-イル]-3,5-
ジヒドロキシ-6(E)-ヘプテン酸tert-ブチルエステル(ピタバスタチン
tert-ブチルエステル)4.15gを,メチルtert-ブチルエーテルおよ
びメタノールの混合物(10:3)52mlに懸濁させた。…得られた生成物は結
晶形態Aであって,図1(判決注:別紙【図1】に同じ。)に示したようなX線粉
末回折図形を特徴とする。得られた形態AのFT-IR分光法と結合した熱重量法
による更なる特徴付けは,約10%の含水量を明らかにした。示差走査熱量測定は,
95℃の融点を明らかにした。
(イ)第3出願当初明細書等に記載された結晶多形Aに関する事項
a第3出願当初明細書等にいう結晶多形Aは,第3出願当初明細書等において
名付けられたものである(【0009】【0014】)。
bそして,第3出願当初明細書等【0010】は,結晶多形Aに該当する具体
的な結晶多形として,【0010】(1)は,26個無偏差相対強度図形を示す,ピタ
バスタチンカルシウムの結晶多形を挙げ,また,【0010】(2)は,「実質的」に
別紙【図1】に示したとおりのX線粉末回析図形を有する,ピタバスタチンカルシ
ウムの結晶多形を挙げるにとどまる。
ここで,【0010】(2)に挙げられた結晶多形は,「実質的」に別紙【図1】で
示したとおりのX線粉末回析図形を示すピタバスタチンカルシウムの結晶多形であ
るところ,「実質的」とは,対象をより抽象化する場合に用いられる表現であるこ
と,第3出願当初明細書等【0013】【0025】には偏差に関する記載がある
ことからすれば,【0010】(2)に挙げられた結晶多形は,別紙【図1】で示した
とおりのX線粉末回析図形を示すピタバスタチンカルシウムの結晶多形及び別紙【図
1】に若干の偏差を有するX線粉末回析図形を示すピタバスタチンカルシウムの結
晶多形を意味するというべきである。
そうすると,第3出願当初明細書等【0010】の記載は,結晶多形Aに該当す
る具体的な結晶多形として,26個無偏差相対強度図形,別紙【図1】で示したと
おりのX線粉末回析図形又は別紙【図1】に若干の偏差を有するX線粉末回析図形
を示すピタバスタチンカルシウムの結晶多形を説明するにとどまるということがで
きる。
cまた,第3出願当初明細書等【0014】の記載は,結晶多形Aの具体的な
形態として,26個無偏差相対強度図形を示すピタバスタチンカルシウムの結晶多
形を特定して説明するものである。
dさらに,第3出願当初明細書等には,本件出願当初明細書【0009】や本
件明細書【0009】のように,26個無偏差相対強度図形等を示すピタバスタチ
ンカルシウムの結晶多形が,第3出願当初明細書等において規定される結晶多形A
の具体的な態様の一つであることを窺わせる記載はない。
eしたがって,第3出願当初明細書等には,結晶多形Aとして,26個無偏差
相対強度図形,別紙【図1】又はそれに若干の偏差を有するX線粉末回析図形を示
すピタバスタチンカルシウムの結晶多形しか記載されていないというべきである。
エ前記分割の要件③の充足の有無
本件発明1は,2θで表して,5.0±0.2°,6.8±0.2°,9.1±
0.2°,13.7±0.2°,20.8±0.2°,24.2±0.2°に特徴
的なピークを有し,20.2±0.2°に特徴的なピークを有しない,特徴的なX
線粉末回折図形を示すこと等により特定されるピタバスタチンカルシウムの結晶多
形であるところ,第3出願当初明細書等には,結晶多形Aとして,このような結晶
多形は記載されておらず,結晶多形Aと名付けられた結晶多形以外の結晶多形とし
ても,このような結晶多形が記載されているということはできない。
したがって,本件発明1は,第3出願当初明細書等に記載された事項の範囲内に
あるということはできず,前記分割の要件③は満たさない。
オ原告の主張について
原告は,当業者であれば,第3出願当初明細書等に,6個のピークを有し,1個
のピークを有しないという構成要件Aにより特定される結晶多形Aが記載されてい
ると理解できる旨主張する。
しかし,第3出願当初明細書等にいう結晶多形Aは,第3出願当初明細書等にお
いて名付けられたものであって,第3出願当初明細書等に結晶多形Aとして説明さ
れる結晶多形は,26個無偏差相対強度図形等を示すピタバスタチンカルシウムの
結晶多形である。26個無偏差相対強度図形のうち,比較的相対強度の強い6個に
おいてピークを確認できる結晶多形が,第3出願当初明細書等に開示された結晶多
形Aであると同定できたとしても,第3出願当初明細書等において開示された結晶
多形Aは,26個無偏差相対強度図形のうち,比較的相対強度の強い6個において
ピークを確認できる結晶多形ではない。原告の主張は,第3出願当初明細書等の記
載に基づくものではなく,採用できない。
カ小括
以上によれば,本件発明1は,第3出願当初明細書等に記載された事項の範囲内
であるということはできず,前記分割の要件③を満たさない。したがって,本件発
明1に係る本件出願は,第3出願の一部を新たに特許出願とするものではないから,
その出願日は平成26年7月30日となる。
したがって,引用例2は,本件出願の出願日前に頒布された刊行物である。原告
は,引用発明2及び2’に基づく進歩性欠如について具体的に取消事由を主張しな
いが,念のため,以下において検討する。
(2)引用発明2について
引用例2には,おおむね,次のとおり,記載がある。
【0001】本発明はエナンチオマーとして純粋なHMG-CoA還元酵素阻害
剤の製造法,製造工程,および新規中間体に関する。
【0004】好適なHMG-CoA還元酵素阻害剤はすでに市場に出された薬剤
であり,最も好ましいのはフルバスタチン,アトルバスタチン,ピタバスタチン,
とりわけそのカルシウム塩,またはシンバスタチンまたはその医薬上許容される塩
である。
【0135】…(E)-(3R,5S)-7-[2-シクロプロピル-4-(4
-フルオロフェニル)キノリン-3-イル]-3,5-ジヒドロキシ-6-ヘプテ
ン酸およびそのカルシウム塩は,それぞれ,以下のようにして製造し得る:…(E)
-(3R,5S)-7-[2-シクロプロピル-4-(4-フルオロフェニル)キ
ノリン-3-イル]-3,5-ジヒドロキシ-6-ヘプテン酸を白色固体として得
る。
【0136】カルシウム塩形成のために,該酸(2.55g,6.05ミリモル)
を水(40.5mL)に懸濁し,水酸化ナトリウム(0.260g,6.5ミリモ
ル)を加えて,相当するナトリウム塩の澄明な溶液を得る。水(2mL)中塩化カ
ルシウム(0.399g,3.49ミリモル)の溶液をナトリウム塩の溶液に滴下
する。塩化カルシウムの添加後,直ちに懸濁液が形成される。懸濁液は20~25℃
で4時間,15~17℃で2時間,攪拌する。生成物を濾過単離し,濾過ケーキを
冷水で洗い,20~25℃で減圧下乾燥して(E)-(3R,5S)-7-[2-
シクロプロピル-4-(4-フルオロフェニル)キノリン-3-イル]-3,5-
ジヒドロキシ-6-ヘプテン酸カルシウム塩を,10.6%(w/w)の水を含む
白色結晶性粉末として得る。…
(3)引用発明2の認定及び本件発明1と引用発明2との対比
引用例2に,前記第2の3(2)イ(ア)のとおり引用発明2が記載されていることは
当事者間に争いがない。また,本件明細書及び引用例2の記載によれば,本件発明
1と引用発明2との一致点及び相違点は,前記第2の3(2)イ(ウ),(エ)のとおりで
あると認められる。相違点2aは,本件発明1の構成要件A,D及びEに係る相違
点であり,相違点2bは,本件発明1の構成要件Bに係る相違点である。
(4)相違点2aの容易想到性
ア引用発明2は,引用例2【0136】に記載された白色結晶性粉末であると
ころ,当該段落には,当該白色結晶性粉末の製造方法が記載されているから,当業
者であれば,引用例2【0136】に記載された白色結晶性粉末の製造方法に基づ
く追試を行うことは容易に想到し得るものである。そして,同記載の条件を基に夏
苅英昭博士が行った実験(以下「本件実験」という。)により得られた白色粉末は,
本件発明1の構成要件A,D及びEに含まれるものであったと認められる(甲36,
37)。
イ引用例2【0136】記載の条件と本件実験の条件の相違
(ア)引用例2【0136】記載の条件と本件実験の条件(ただし,実験工程1
回目のもの。甲36の2・4頁)を比較するに,前者における(E)-(3R,5
S)-7-[2-シクロプロピル-4-(4-フルオロフェニル)キノリン-3-
イル]-3,5-ジヒドロキシ-6-ヘプテン酸は,後者におけるピタバスタチン
フリー体に相当する。そして,引用例2【0136】記載の条件は,①水中塩化カ
ルシウムの溶液(塩化カルシウム水溶液)の滴下時間が不明であり,②減圧下乾燥
を,どのように行うのか不明であるのに対し,本件実験の条件は,①塩化カルシウ
ム水溶液の滴下時間を10分とする点,②減圧下乾燥を,生成物の一部を抜き取っ
て水分量をモニタリングしながら,水分量10.7%になるまで合計140分かけ
て行う点で相違する。
(イ)滴下条件
芦澤一英編「医薬品の多形現象と晶析の科学」と題する文献(甲35の435頁。
平成14年発行)に,「結晶化においては溶媒の滴下時間…を検討する。」と記載
されていることからすれば,滴下時間は,結晶化において当業者が当然に検討する
事項であるといえる。したがって,引用例2【0136】に記載された製造方法の
追試を行う場合,滴下時間を設定することは,当業者が通常行うことであるといえ
る。
そして,本件実験のように,滴下時間を10分と設定することは,その余の反応
時間と比較して短く,かつ懸濁液を形成するための相当の時間を設定することを考
慮すれば,不自然なものとはいえない。
よって,引用例2【0136】に記載された製造方法の追試を行うに当たり,本
件実験のように滴下時間を10分と設定することは,当業者が,滴下時間として適
宜設定する範囲内のものということができる。
(ウ)乾燥条件
上記文献(甲35の435頁)に,「結晶化の検討に際して,結晶水と付着水,
溶媒和と残留溶媒…等基礎的検討を実施する。」と記載されていることからすれば,
水分量は,結晶化において当業者が当然に検討する事項であるといえる。したがっ
て,引用例2【0136】に記載された製造方法の追試を行う場合,乾燥条件を設
定することは,当業者が通常行うことであるといえる。
そして,引用例2【0136】には,水分量10.6%の結晶性粉末を得る旨記
載されているところ,生成物の一部を抜き取って水分量をモニタリングしながら乾
燥させることは普通の乾燥方法であって,本件実験のように,減圧下乾燥を,生成
物の一部を抜き取って水分量をモニタリングしながら,水分量10.7%になるま
で合計140分かけて行うことは,不自然なものとはいえない。
よって,引用例2【0136】に記載された製造方法の追試を行うに当たり,本
件実験のように減圧下乾燥を,生成物の一部を抜き取って水分量をモニタリングし
ながら,水分量10.7%になるまで合計140分かけて行うよう設定することは,
当業者が,乾燥条件として適宜設定する範囲内のものということができる。
(エ)したがって,本件実験の実験条件は,当業者が,引用例2【0136】に
記載された白色結晶性粉末の製造方法に基づく追試を行う際に,技術常識を参酌す
ることにより適宜設定可能なものであったといえる。
ウ以上のとおり,引用発明2に接した当業者であれば,引用例2【0136】
に記載された白色結晶性粉末の製造方法に基づく追試を,技術常識を参酌すること
により適宜設定可能な範囲で実験条件を加えて行うことは,容易に想到し得るもの
であり,その結果得られた白色粉末は,本件発明1の構成要件A,D及びEに含ま
れる。
したがって,相違点2aに係る本件発明1の構成(構成要件A,D及びE)は,
引用発明2及び技術常識に基づき当業者が容易に想到し得たものというべきである。
(5)相違点2bの容易想到性
厚生労働省が平成13年5月1日に発出した通知(甲39)には,「新原薬が吸
湿性である場合,水分により分解される場合あるいは原薬が化学量論的な水和物で
ある場合には,水分含量の試験が重要である。その判定基準については,水和や水
分の吸収が原薬に及ぼす影響を考慮して,妥当なレベルに設定するとよい。」と記
載されていることからすれば,医薬品の水分含量について,水和や水分の吸収が原
薬に及ぼす影響を考慮して決定することは,当業者の技術常識であったといえる。
そうすると,引用例2【0136】に記載された製造方法によって得られた結晶
の含水量を10.6%から多少変化させて,その影響を調べることは,当業者が当
然に行うことであるといえる。そして,乾燥条件を適宜設定することにより,含水
量を10.5~10.7%の範囲を超えて含水量を変化させることは当業者が容易
になし得たことといえる。また,「FT-IR分光法と結合した熱重量法」により
測定した場合と,それ以外の方法で測定した場合とで,含水量の値が実質的に異な
ることは考え難いことから,引用発明2の含水量は,「FT-IR分光法と結合し
た熱重量法」により測定した場合であっても同様の値を採るものと解される。
以上によれば,引用発明2に接した当業者であれば,引用例2【0136】に記
載された白色結晶性粉末の製造方法において,乾燥条件を適宜設定することにより,
引用発明2の含水量を,構成要件Bの範囲内の含水量とすることは容易に想到し得
る。
したがって,相違点2bに係る本件発明1の構成(構成要件B)は,引用発明2
及び技術常識に基づき当業者が容易に想到し得たものというべきである。
(6)本件発明1の進歩性について
以上によれば,本件発明1は,引用発明2及び技術常識に基づき,当業者が容易
に発明をすることができたものである。
(7)本件発明3,5及び7の進歩性について
本件明細書及び引用例2の記載によれば,本件発明3と引用発明2との相違点は,
相違点2a及び2bのほか,本件発明3が,さらに,2θで表して8個の角度にお
いて特徴的なピークを有する特徴的なX線粉末回析図形を示すのに対し,引用発明
2は,X線粉末回析図形において,そのような回析角(2θ)にピークを有するも
のであるかが明確でない点(以下「相違点2e」という。)であると認められる。
また,本件明細書及び引用例2の記載によれば,本件発明5と引用発明2との相
違点は,相違点2a,2b及び2eのほか,本件発明5は,さらに,2θで表して
8個の角度において特徴的なピークを有する特徴的なX線粉末回析図形を示すのに
対し,引用発明2は,X線粉末回析図形において,そのような回析角(2θ)にピ
ークを有するものであるかが明確でない点(以下「相違点2f」という。)である
と認められる。
さらに,本件明細書及び引用例2の記載によれば,本件発明7と引用発明2との
相違点は,相違点2a,2b,2e及び2fのほか,本件発明7は,さらに,2θ
で表して4個の角度において特徴的なピークを有する特徴的なX線粉末回析図形を
示す結晶多形であるのに対し,引用発明2は,X線粉末回析図形において,そのよ
うな回析角(2θ)にピークを有するものであるかが明確でない点(以下「相違点
2g」という。)であると認められる。
これに対し,本件実験により得られた白色粉末は,相違点2e,2f及び2gに
係る本件発明3,5及び7の各構成を有するものと認められるところ(甲36,3
7),前記(4)イのとおり,本件実験の実験条件は,当業者が,引用例2【0136】
に記載された白色結晶性粉末の製造方法に基づく追試を行う際に,技術常識を参酌
することにより適宜設定可能なものであったといえる。
そうすると,相違点2eに係る本件発明3の構成,相違点2fに係る本件発明5
の構成及び相違点2gに係る本件発明7の構成は,いずれも引用発明2及び技術常
識に基づき当業者が容易に想到し得たものというべきである。
以上によれば,本件発明3,5及び7は,いずれも引用発明2及び技術常識に基
づき,当業者が容易に発明をすることができたものである。
(8)本件発明10及び11の進歩性について
本件明細書及び引用例2の記載によれば,本件発明10と引用発明2との相違点
は,前記第2の3(2)イ(カ)のとおりであると認められる。そして,特定の結晶多形
の純度を高めることは,本件出願の出願日前から当業者に周知の課題であり,また,
再結晶化等の手法によって特定の結晶多形の純度を高めることも当業者によく知ら
れた手段であったといえるから,相違点2cに係る本件発明10の構成は,引用発
明2及び技術常識に基づき当業者が容易に想到し得たものというべきである。
さらに,本件明細書及び引用例2の記載によれば,本件発明11と引用発明2と
の相違点は,相違点2a及び2bのほか,本件発明11は,ピタバスタチンカルシ
ウムの総量を基準にして,95~100重量%の本件発明1~9のいずれかの結晶
多形Aを含むピタバスタチンカルシウムであるのに対して,引用発明2は,含まれ
る結晶の割合が特定されていない点(以下「相違点2h」という。)であると認め
られる。もっとも,相違点2cと同様に,相違点2hに係る本件発明11の構成は,
引用発明2及び技術常識に基づき当業者が容易に想到し得たものというべきである。
以上によれば,本件発明10及び11は,いずれも引用発明2及び技術常識に基
づき,当業者が容易に発明をすることができたものである。
(9)本件発明12及び13の進歩性について
引用例2に,前記第2の3(2)イ(イ)のとおり引用発明2’が記載されていること
は当事者間に争いがない。また,本件明細書及び引用例2の記載によれば,本件発
明12と引用発明2’との相違点は,前記第2の3(2)イ(キ)のとおりであると認め
られる。そして,医薬品として使用する場合に,「薬学的に許容され得る担体を含」
ませることは技術常識であるといえるから,相違点2dに係る本件発明12の構成
は,引用発明2’及び技術常識に基づき当業者が容易に想到し得たものというべき
である。
また,本件明細書及び引用例2の記載によれば,本件発明13と引用発明2’と
の相違点は,相違点2a及び2bのほか,本件発明13が「薬学的に許容される得
る担体を用いた」ものであるのに対して,引用発明2’はその点が明確でない点(以
下「相違点2i」という。)であると認められる。もっとも,相違点2dと同様に,
相違点2iに係る本件発明13の構成は,引用発明2’及び技術常識に基づき当業
者が容易に想到し得たものというべきである。
以上によれば,本件発明12及び13は,いずれも引用発明2’及び技術常識に
基づき,当業者が容易に発明をすることができたものである。
(10)まとめ
以上のとおり,本件発明1,3,5,7及び10ないし13は,いずれも引用発
明2又は2’及び技術常識に基づき,当業者が容易に発明をすることができたもの
である。
よって,取消事由5は理由がない。
6結論
以上検討したとおり,取消事由1ないし3はいずれも理由があり,取消事由5は
理由がないから,取消事由4及び6を検討するまでもなく,本件決定のうち,請求
項1,3,5,7及び10ないし13に係る本件特許を取り消した部分に誤りはな
く,請求項2,4,6及び9に係る本件特許を取り消した部分は誤りである。
よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官髙部眞規子
裁判官山門優
裁判官片瀬亮
別紙
本件明細書図表目録
【表1】
【図1】

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