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判決言渡平成20年5月26日
平成19年(行ケ)第10390号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成20年4月14日
判決
原告ベクトリックス株式会社
訴訟代理人弁理士大滝均
訴訟代理人弁護士小長井雅晴
同越前谷元紀
被告株式会社フカサワ
訴訟代理人弁理士大森泉
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2007−880011号事件について平成19年10月16
日にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1原告は,別添審決写しの本件登録意匠(意匠に係る物品「木ねじ」,出願
平成13年5月21日,登録平成14年3月22日,登録第1141607
号。ただし,部分意匠)の意匠権者である。
本件は,被告が本件登録意匠について意匠登録無効審判を請求したところ,
特許庁がこれを無効とする旨の審決をしたことから,原告がその取消しを求め
た事案である。
2争点は,本件登録意匠が,特開平10−37925号公報(発明の名称「ね
じ,タッピンねじ及びドリルねじ」,出願人A及びB,公開日平成10年2
月13日。以下,この文献を「引用文献」と,その図1に記載された意匠を
「引用意匠」という。甲1)に類似するか(意匠法3条1項3号),である。
第3当事者の主張
1請求原因
(1)特許庁における手続の経緯
原告は,平成13年5月21日,意匠登録出願(意願2001−1442
5号)をしたところ,平成14年3月22日,特許庁から本件登録意匠(部
分意匠)について登録第1141607号として設定登録を受けた(甲
5)。
これに対し,被告から,意匠登録無効審判請求(甲8)がなされたので,
特許庁は,これを無効2007−880011号事件として審理した上,平
成19年10月16日,「登録第1141607号の登録を無効とする。」
旨の審決をし,その謄本は同年10月26日原告に送達された。
(2)登録意匠の内容
本件登録意匠の内容は,別添審決写しのとおりであるが,そのうち正面
図,左側面図,平面図は,以下のとおりである(実線部分)。
【正面図】【左側面図】
【平面図】
(3)審決の内容
ア審決の内容は,別添審決写しのとおりである。
その理由の要点は,本件登録意匠は前記引用意匠(図1の形状は下記の
とおり)に類似するから,意匠法3条1項3号の規定に違反して登録され
たものであるというものである。

イなお,審決が認定した,本件登録意匠と引用意匠のこれに相当する箇所
(以下「当該部分」という。)の共通点及び差異点は,それぞれ次のとお
りである。
<共通点>
(a)全体形状について,下端が円柱面に外接する概略倒正六角錐台状と
し,上面中央に駆動穴(リセス)を設けたものである点
(b)全体の概略寸法比について,底面視下端の直径を基準とすると,高
さは概ね1.5倍程,上面の向かい合う辺の間の長さ(内接円の直
径)を概ね2.5倍程とし,斜め下方を向いた周側面の相互反対側の
面が形成する角度については,概ね60度としている点
(c)上端周囲について,上面に対して垂直状の僅かの幅の面取り部を設
けた点
<差異点>
(ア)上面中央の駆動穴について,引用意匠は十字状としているのに対し
て,本件登録意匠は,平面視正方形状としている点
(イ)上面について,引用意匠は,駆動穴部分以外は平面状としているの
に対して,本件登録意匠は,駆動穴と中心を同じとする極く浅い円形
凹陥部を設けている点
(ウ)上面に対する下端の相対的大きさについて,本件登録意匠は,引用
意匠よりも僅かに大きくしている点
(エ)上端周囲の面取り部の幅について,本件登録意匠は,引用意匠より
も狭くしている点
(4)審決の取消事由
しかしながら,審決には,以下に述べるとおり誤りがあるから,違法とし
て取り消されるべきである。
ア取消事由1(意匠に係る物品の共通性に関する認定の誤り)
審決は,本件登録意匠と引用意匠を対比すると,「両意匠は意匠に係る
物品が共通」(8頁2行∼3行)すると認定したが,誤りである。
(ア)本件登録意匠に係る物品である木ねじは,「木材にねじ込むのに適し
た先端とねじ山とを持つねじ」であり,引用意匠に係る物品であるタッ
ピンねじは,「ねじ自身でねじ立てができるねじの総称」である(「J
ISハンドブック4−1ねじI」2007年7月財団法人日本規格
協会発行,甲11)。両者は,「ねじ」としては共通であるものの,使
用目的,方法及び態様(接合する相手材の材質,相手材との接合機能
等)の相違から社会的にも区別して認識されており,同じものとはいえ
ない。
(イ)また,本件登録意匠は部分意匠であるから,引用意匠との類否判断に
際しては,本件登録意匠と引用意匠の当該部分の用途及び機能が同一又
は類似であることの検討がされるべきであるのに,審決は,この点につ
いて全く検討することなく両意匠の物品が共通する旨認定しており,か
かる認定手法は誤りである。
すなわち,特許庁の意匠登録審査基準(第1版,平成14年1月。甲
10)によれば,部分意匠と公知の意匠との類否判断について,次のと
おり記載されている(71.4.2.2.1)。
「部分意匠と公知の意匠とが以下のすべてに該当する場合,両意匠は類似す
る。
①部分意匠の意匠に係る物品と公知の意匠の意匠に係る物品とが同一又は類似
であること
②部分意匠の意匠登録出願の『意匠登録を受けようとする部分』と公知の意匠
における『意匠登録を受けようとする部分』に相当する箇所との用途及び機
能が同一又は類似であること
③部分意匠の意匠登録出願の『意匠登録を受けようとする部分』と公知の意匠
における『意匠登録を受けようとする部分』に相当する箇所との形態が同一
又は類似であること
④部分意匠の意匠登録出願の『意匠登録を受けようとする部分』の当該物品全
体の形態の中での位置,大きさ,範囲と公知の意匠における『意匠登録を受
けようとする部分』に相当する箇所の当該物品全体の形態の中での位置,大
きさ,範囲とが同一又は当該意匠の属する分野においてありふれた範囲内の
ものであること」
上記審査基準に従えば,本件登録意匠と引用意匠の当該部分のそれぞ
れの用途及び機能について共通点及び差異点を認定した上でその類否判
断をしなければならないところ,審決は,これらの認定判断をせずに両
意匠の物品の共通性について判断しているのである(なお,原告は,審
決が上記審査基準に違反しているから審決が違法であると主張している
ものではなく,あくまでも本件登録意匠の登録の可否という実体的判断
について争っているのである。その判断の一助として上記審査基準があ
り,部分意匠の類否判断について特許庁が上記のような基準を示してい
ることは,それなりに尊重されるべきである。)。
(ウ)ところで,本件登録意匠は,ねじの頭部について意匠登録を受けたも
のであるところ,その上面に設けられた駆動穴は,本件登録意匠では平
面視正方形状穴であり,引用意匠では十字状穴である。
ねじの頭部の上面に設けられる駆動穴の機能として,ねじ締めのトル
ク(物体を回転させる力)伝達に関しては,平面視正方形状穴の方が十
字状穴に比べて遙かに優れている。また,十字状穴ではリームアウト
(ねじ穴の崩れ)やカムアウト(ねじを締める際,上から押さえつける
力が小さい場合に,駆動穴からドライバが手元に浮き上がってくる現
象)が生じやすいのに対し,平面視正方形状穴ではこのような現象が生
じにくいという機能上の相違がある。その反面,平面視正方形状穴はこ
れに対応するドライバが市場から調達しづらいという側面もあり,十字
状穴のねじと平面視正方形状穴のねじとでは対象となる需要者層も異な
るのである。
換言すれば,本件登録意匠に係るねじは高度に強固なねじ締めが要求
される特殊な接合に使用されるのに対して,引用意匠に係るねじは,通
常の日曜大工作業において一般人が家庭にあるドライバを用いて使用す
ることができるものである。
したがって,本件登録意匠と引用意匠の当該部分における用途及び機
能は,明らかに異なるものである。
(エ)以上のとおり,本件登録意匠と引用意匠とは当該部分の用途及び機能
において異なり,意匠に係る物品が共通であるとはいえないから,この
点に関する審決の認定は誤りである。
イ取消事由2(共通点及び差異点の認定の誤り)
(ア)審決は,本件登録意匠と引用意匠の当該部分における形態の類否判断
に関し,その共通点として前記(3)イのとおり「b)全体の概略寸法比
について,底面視下端の直径を基準とすると,高さは概ね1.5倍程,
上面の向かい合う辺の間の長さ(内接円の直径)を概ね2.5倍程と…
している点」,「c)上端周囲について,上面に対して垂直状の僅かの
幅の面取り部を設けた点」(8頁10行∼15行)と認定したが,誤り
である。
まず,前記共通点(b)についてみると,全体の概略寸法比につき底面
視下端の直径を基準とすると本件登録意匠における高さは1.285倍
であるのに対し,引用意匠においては2倍である。また同様に,底面視
下端の直径を基準とすると,上面の向かい合う辺の間の長さ(内接円の
直径)は本件登録意匠では2.571倍であるのに対し,引用意匠では
3倍である。
次に,前記共通点(c)についてみると,本件登録意匠における上端周
囲の面取り部の幅は高さの0.1の割合であるのに対し,引用意匠にお
いては高さの0.22もの割合を占めるものであって,「僅かの幅」と
いいうるものではない。このように,両意匠における面取り部の幅の高
さに対する寸法比は,倍以上の違いがあり,両意匠の当該部分の形態は
もはや共通する範囲を超えている。
またこれを視覚的に捉えるならば,本件登録意匠は平べったい形状で
あるのに対して,引用意匠は縦長な形状であるということができ,両意
匠の当該部分の形態は明らかに異なるものである。
(イ)以上のような共通点についての認定の誤りは,差異点の認定において
も,同様に指摘することができる。
すなわち,審決は,本件登録意匠と引用意匠の当該部分の形態の差異
点として,前記(3)イのとおり「ウ)上面に対する下端の相対的大きさ
について,本件登録意匠は,引用意匠よりも僅かに大きくしている点」
(8頁23行∼24行)と認定したが,誤りである。
すなわち,本件登録意匠において上面は下端の2.42倍であるのに
対し,引用意匠においては3倍であって,本件登録意匠は引用意匠と比
べて上面に対する下端の相対的大きさが「僅かに大き」いのではなく,
両意匠の当該部分の形態は,見た目がまるで違うのである。
(ウ)以上のような共通点及び差異点に関する認定の誤りは,審決が,本件
登録意匠と引用意匠の当該部分の位置,大きさ,範囲の共通点及び差異
点を検討することなく,ねじ全体の形態にとらわれて検討してしまった
結果,「僅かの幅の面取り部」(共通点(c)に関し),「上面に対する
下端の相対的大きさについて,…僅かに大きく」(差異点(エ)に関し)
のような誤った認定をしてしまったものにほかならない。
つまるところ,審決がいうところの共通点は,「逆正六角錐台状の頭
部を有する」というに等しい。本件登録意匠と引用意匠の当該部分の形
態の類否判断においては,この「逆正六角錐台状の頭部」が具体的にど
のような基本的構成態様であるのかを示した上で両意匠の共通点及び差
異点を認定しなければならないところ,審決はねじ全体の形態にとらわ
れてしまったために,高さの22%もの割合を占める幅と10%の割合
しか占めない幅とを同一視する(共通点(c)に関し)ような混乱が生
じ,部分意匠に関する通常の類否判断とはかけ離れた認定がされてしま
ったものである。要するに,単に「逆正六角錐台状である」と認定した
にすぎないような共通点及び差異点の認定の仕方自体に誤りがあるので
ある。
ウ取消事由3(類否判断の誤り)
審決は,「a)及びb)の共通点に係る構成態様は,共通した基調を形
成し類否判断に大きな影響を及ぼすものであるのに対して,ア)及びイ)
の差異点については,視覚的に微弱であり,また,格別着目される程のも
のでないから類否判断に及ぼす影響は僅かにすぎず,ウ)及びエ)の差異
点については,類否判断に殆ど影響を及ぼすものではなく,また,これら
ア)ないしエ)の差異点の相まった効果を総合したとしても,共通すると
した基調を凌駕することができない」(10頁2行∼8行)として,本件
登録意匠の形態は引用意匠の当該部分の形態に類似すると判断したが,以
下のとおり誤りである。
(ア)審決は,上記判断の前提として,差異点(ア)(上面中央の駆動穴の形
状)に関し,「ねじ一般の駆動穴において,平面視正方形状角穴が本願
出願前周知であることは,甲第2号証「JISハンドブック3,ねじ,
1998」(1998年4月24日,財団法人日本規格協会発行)34
頁…により明らかである。また,甲第3号証,「ALC建築の仕上げ
集」(1995年4月20日,東伸企画社発行)の146頁及び198
頁には…十字状穴と,本件登録意匠に設けられた平面視正方形状穴とを
それぞれ設けた『木ねじ様』のねじ…が並載されており,これらの記載
内容は,『木ねじ様』のねじにおいても,両駆動穴は,本件登録意匠出
願前,既に,単なるバリエーションの範囲,すなわち,普通に行われる
置換の範囲にすぎないものに至っていることを伺わせるものであり,仮
に,それまでに至っていないとしても本件登録意匠特有の特徴に該当せ
ず,着目されるほどの差異でないことは明らかである」(8頁31行∼
9頁5行)としたが,誤りである。
a意匠の形態の類否判断は,両意匠の形態が取引者又は需要者に異な
った美感を与えるか否かによって判断すべきであり,駆動穴という機
能の要素を持ち出して,十字状穴も平面視正方形状穴も同じく駆動穴
であることで共通するといったように,機能的共通性から類否判断を
すべきではない。審決は要するに,本件登録意匠の駆動穴と引用意匠
の駆動穴とはいずれも駆動穴という機能を有するので,バリエーショ
ンの範囲にすぎない,又は着目されるほどの差異ではないというので
あって,意匠の形態を無視して機能の類似性から意匠の形態の類否を
判断しているものであり,かかる判断が不当であることは明らかであ
る。
本件登録意匠及び引用意匠の駆動穴は,いずれも上面中央に位置し
視認しやすい部位に存するものである上,上面中央に大きな割合を占
めて存在し,本件登録意匠及び引用意匠の当該部分の全体に占める割
合としても大きいものである。また,駆動穴の形状は,そのねじの能
力や利便性を決する上で重要な部分である(例えば平面視正方形状穴
であるか十字状穴であるかによって駆動穴としての性質・機能が大き
く異なることは,前記ア(ウ)において述べたとおりである。)ことか
ら,有意な形状の差として取引者又は需要者にとって注目すべき特徴
をなすものであって,駆動穴の形状が意匠の要部であることは明らか
である。
このように意匠の要部である駆動穴について,その一方が平面視正
方形状穴であるのに対し,他方が十字状穴であるのだから,両者の形
状の違いは誰の目にも明らかであり,両意匠を全体として観察したと
きに誰もがまずもって着目する差異である。
したがって,本件登録意匠と引用意匠の当該部分との間には,意匠
の要部である駆動穴の形状について平面視正方形状穴と十字状穴とい
う明らかな差異が存するのであるから,両意匠の当該部分の形態が類
似していないことは明らかである。
bまた,審決の前記判断は,甲2(「JISハンドブック3ね
じ」)及び甲3(「ALC建築の仕上げ集」)の記載をもって,ねじ
の駆動穴において平面視正方形状穴が周知の形状ないし形態処理方法
であるとした点においても誤りである。
意匠はいわば物品の外観であって,物品と不離一体に構成され,あ
る形状が知られているからといって直ちに形状を置換することが可能
となるものではない。十字状穴や平面視正方形状穴という形状が知ら
れているからといって,その置き換えが周知の形態処理方法であると
することはできないものである。
甲2及び甲3に記載されている十字状穴や平面視正方形状穴それ自
体は,ねじの頭部に設けられる駆動穴としてよく見受けられるもので
あるが,意匠としては,それらの駆動穴の形状とねじの頭部全体の形
状(逆正六角錐台状)とが組み合わされて,一つの意匠なり部分意匠
なりを構成するのである。これら複数の形状の組合せから派生する意
匠が他の意匠と類似するかどうかは,全体的観察において共通の美感
を生じさせるか否かという観点から検討されなければならないのであ
り,個々の構成要素の形状だけを取り上げ,置き換え可能であるとか
周知の形態処理であるとすることは誤りである。
また仮に,十字状穴と平面視正方形状穴が本件登録意匠の出願前に
周知の形状であったとしても,そのことをもって駆動穴の形状が本件
登録意匠特有の特徴に該当しないとするのは誤りである。意匠の類否
判断は,意匠を全体として観察してなされるべきであり,意匠の一部
分に周知性があるからといって,その部分を無視して意匠の類似比較
がなされるべきではない。
そもそも,個々の構成要素となる形状をそれぞれ単独でみれば,お
よそ形状としてはどこかに記載され,全く新しい形状はむしろ探し出
すことさえ難しい。しかし,それらの形状の組合せが一体に構成され
て,新しい意匠となるものである。
本件登録意匠の出願前には,「平面視正方形状穴を有する,頭部が
逆正六角錐台状のねじ」は公開されておらず,本件登録意匠はこのよ
うな構成要素の組合せが一体的に形成されたものとして新規性を有す
るものである。
(イ)また審決は,差異点(ウ)(上面に対する下端の相対的大きさ)につき,
「真横からよほど注視しなければ気が付かない程度の僅かなもので,類
否判断に殆ど影響を及ぼすものではない」(9頁23行∼24行),差
異点(エ)(上端周囲の面取り部の幅)につき,「元もと極めて狭い(細
い)部分の幅に関する差異であって,視覚的に微弱なものであり,…類
否判断に殆ど影響を及ぼすものではない。」(9頁25行∼28行)と
したが,誤りである。
本件登録意匠と引用意匠の当該部分の形態の類否判断をするに当たっ
ては,両意匠における当該部分の位置,大きさ,範囲に関する共通点及
び差異点を認定した上で両意匠の当該部分同士を比較して形態の類否判
断をしなければならないのに,審決は,これらの点を検討することなく
ねじ全体の形態にとらわれてしまったために,誤った判断をしたもので
ある。
既に前記イ(ア)及び(イ)において述べたように,上面に対する下端の相
対的大きさに関して本件登録意匠は引用意匠より「僅かに大き」いので
はなく,見た目がまるで違う。また,上端周囲の面取り部の幅は引用意
匠においては高さの2割以上もの割合を占めているのであるから,「極
めて狭い(細い)部分の幅に関する差異」であるとか「視覚的に微弱な
もの」ということはできないものである。
エまとめ
以上のような取消事由があるので,審決は違法として取り消されるべき
である。
なお,この点に関し,引用意匠に係る発明の特許出願人・発明者の欄
と,本件登録意匠の意匠権者・創作者の欄をみると,引用意匠の特許出願
人「A」と本件登録意匠の創作者「A」は同一人である。また,引用意匠
の発明者である「B」は,本件登録意匠の意匠権者であるベクトリックス
株式会社(原告)の元代表者である。
もちろん,同一人の創作に係る意匠であっても,出願拒絶や登録無効の
引例となりうることは当然であるが,このねじに関する開発の経緯はA,
B等の話によれば次のような事情である。
もともと,逆六角錐台状の頭部を有するねじは世の中に存在しなかった
ところ,平成7年頃からAらは強固な締め付けを可能とする新しいねじの
開発を始め,平成8年7月23日付けで引用意匠に係るねじを「タッピン
ねじ」として特許出願したところ,平成10年2月13日付けで特許出願
公開され,その後,平成12年7月18日付けで拒絶査定を受けたので,
出願代理人である弁理士に相談したところ,この特許出願を権利化するの
は諦めた方がよいと進言され,この種のものは意匠登録出願がよいと進め
られて意匠登録出願をしたのが本件登録意匠であるとのことである。もち
ろん,そのままでは新規性がないと考えたのであろう。また,当時,従来
のものよりも締め付けトルクに優れ,強固な締め付けが可能な平面視正方
形状の駆動穴を有するものを試作し,実際の使用に耐えうるものかどうか
試験を行って完成していたので,本件登録意匠を意匠登録出願として出願
し,登録になったものである。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)∼(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1)取消事由1に対し
ア原告は,意匠に係る物品の共通性に関する審決の認定は誤りであると主
張するが,以下のとおり原告の主張は理由がない。
(ア)すなわち,本件登録意匠に係る物品である木ねじと引用意匠に係る物
品であるタッピンねじとは,いずれも螺旋状のねじ山により物品を締結
する雄ねじであり,その用途及び機能は同一である。甲11(「JIS
ハンドブック4−1ねじⅠ」)を参照しても,タッピンねじとはねじ
自身でねじ立てができるねじの総称であるところ,木ねじもねじ自身で
ねじ立てができるねじであり,木材用タッピンねじともいうべきもので
ある。一般に木ねじをタッピンねじと呼ばない傾向があるのは,過去の
歴史的事情の名残りにすぎない。
(イ)また原告は,本件登録意匠は部分意匠であるのに,審決は本件登録意
匠と引用意匠の当該部分の用途及び機能が同一又は類似であることにつ
いて検討していないと主張する。
しかし,本件登録意匠は木ねじの頭部についての部分意匠であり,引
用意匠の当該部分もタッピンねじの頭部であるから,両者の用途及び機
能が同一であることはいうまでもない。駆動穴のみについてみても,両
意匠における駆動穴はいずれもねじの締め付け及び緩めのためにドライ
バを嵌合されるものであり,その用途及び機能は同一である。
これに対し原告は,駆動穴の機能として平面視正方形状穴の方が十字
状穴に比べねじ締めのトルク伝達等に関して優れており,本件登録意匠
と引用意匠の当該部分における用途及び機能は異なると主張する。
しかし,意匠が物品の形状,模様若しくは色彩又はこれらの結合であ
って視覚を通じて美感を起こさせるもの(意匠法2条)であることに照
らせば,意匠の類否判断に際して物品や当該部分の用途及び機能を比較
するに当たっては,トルク伝達の大小というような性能の優劣を斟酌す
べきではない。
なお,引用意匠に係るねじが通常の日曜大工作業等に使用されるねじ
であるとの原告の主張は,それ自体が誤りであり,引用文献の記載によ
れば,ALC(軽量気泡コンクリート)板と木材,又はALC板と鉄材
とを締結するために使用されることを主に想定されているものである。
(2)取消事由2に対し
原告は,共通点(b)(全体の概略寸法比),共通点(c)(上端周囲に僅かの
幅の面取り部を設けた点),差異点(ウ)(上面に対する下端の相対的大きさ
について本件登録意匠は引用意匠よりも僅かに大きくしている点)に関する
審決の認定は誤りである,と主張する。
しかし,審決は,意匠の類否判断という観点から,視覚を通じて起こさせ
る美感を基準として有効な程度に,あくまで概略の寸法比をいっているもの
であり,その認定に誤りはない。原告の主張は,視覚と関わりなく非常に細
かな数値を言い立てているにすぎず,現実に視覚を通じて両意匠を対比すれ
ば,審決の共通点(b)及び(c),差異点(ウ)の各認定に誤りがないことは明白
である。
また原告は,両意匠の当該部分の全体形状を比較すると,本件登録意匠は
平べったい形状であるのに対し引用意匠は縦長な形状であると主張するが,
本件登録意匠は引用意匠の当該部分に比べて平べったい形状であるとはいえ
ない。軸に対して垂直な方向から両意匠の当該部分を観察する場合,引用意
匠と対比すべき本件登録意匠の図は正面図であって,左側面図や右側面図で
はないことに注意すべきである。
(3)取消事由3に対し
ア原告は,本件登録意匠と引用意匠の当該部分の形態の類否判断に関し
て,審決が差異点(ア)(上面中央の駆動穴の形状)についてした判断は,
駆動穴という機能の共通性をもって形態の類否判断をしたものであって誤
りであると主張する。
しかし,審決は,単に十字状穴と平面視正方形状穴という駆動穴の機能
的共通性のみに着目して両意匠が類似していると判断したのではなく,平
面視正方形状穴が本件登録意匠の出願前に周知であることを考慮すれば,
本件登録意匠特有の特徴に該当せず,着目されるほどの差異ではないと判
断したのである。
これに対し原告は,本件登録意匠及び引用意匠の当該部分における駆動
穴がいずれも上面中央に位置し,視認しやすい部位に存することを主張す
るが,本件登録意匠の駆動穴は周知の平面視正方形状穴であるにすぎず,
かつ,駆動穴はその機能上どんなねじにおいても必ずねじ頭部の上面中央
に設けられるものであるから,駆動穴が意匠の要部とならないことは明白
である。
イまた原告は,審決が甲2(「JISハンドブック3ねじ」)及び甲3
(「ALC建築の仕上げ集」)の記載をもって,ねじの駆動穴において平
面視正方形状穴が周知の形状ないし形態処理方法であるとしたのは誤りで
あると主張する。
しかし,ねじの駆動穴として十字状穴が周知であることはいうまでもな
く,また平面視正方形状穴も甲2(「JISハンドブック3ねじ」)の
「ねじ用語」欄に記載されていることだけからしても,周知であることは
明白である。しかも平面視正方形状穴は,甲3(「ALC建築の仕上げ
集」)にも記載されているように,本件登録意匠の出願前から建築用の木
ねじ等においてよく用いられているのである。
そして,周知形状の駆動穴から適当なものを選択してねじの頭部に設け
ることには何の困難性もないことから,ねじの業界では,基本的な形状が
同一であるねじの頭部に対し必要に応じて異なる周知形状の駆動穴を適宜
採用することは,極めてありふれて行われていることである。
ウさらに原告は,差異点(ウ)(上面に対する下端の相対的大きさ),差異
点(エ)(上端周囲の面取り部の幅)に関して,審決の類否判断は誤りであ
ると主張する。
しかし,視覚を通じて両意匠の当該部分の形態を対比すれば,これらの
点に関する両意匠の差異は僅かなものであり,これらが類否判断に殆ど影
響を及ぼすものでないとした審決の判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(登録意匠の内容),(3)
(審決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
2取消事由1(意匠に係る物品の共通性に関する認定の誤り)について
(1)本件登録意匠の意匠に係る物品は木ねじであるのに対して,引用意匠の意
匠に係る物品はタッピンねじであることは,当事者間に争いがない(なお,
引用文献〔甲1〕の【発明の名称】欄には「ねじ,タッピンねじ及びドリル
ねじ」と記載されているが,引用意匠は引用文献の図1に示されたものであ
り,引用文献の発明の詳細な説明には「図1は…タッピンねじを例示してい
る」〔段落【0013】〕と記載されていることから,引用意匠の意匠に係
る物品はタッピンねじである。)。
そこで,本件登録意匠の意匠に係る物品である木ねじと引用意匠の意匠に
係る物品であるタッピンねじが物品としての共通性を有するか否かについて
検討するに,甲11(「JISハンドブック4−1ねじⅠ」)38頁に
は,木ねじにつき「木材にねじ込むのに適した先端とねじ山とをもつねじ」
(対応英語は「woodscrew」)と記載され,タッピンねじについては「ねじ
自身でねじ立てができるねじの総称」(対応英語は「selftappingscrew;
tappingscrew」)と記載されている。ここにいう「tap」とは,機械の分野
で雌ねじ切り,すなわちねじの溝を切る作業を意味し(ランダムハウス英和
大辞典第2版,広辞苑第6版参照),自らねじの溝を切る作業を行いながら
ねじ込まれるようなねじ部の構造を有するねじをタッピンねじというものと
解される(なお,甲2〔「JISハンドブック3ねじ」〕696頁には,
六角タッピンねじの典型的な構造を示す図面が記載されている。)。
ところで木ねじもまた,「木材にねじ込むのに適した先端とねじ山とをも
つねじ」という上記の定義から理解されるように,ねじ自身でねじ切り(ね
じ立て)ができるねじであり,本件登録意匠の正面図等をみても,破線で示
されたねじ部については典型的なタッピンねじと同様の構造を有している。
このように木ねじとタッピンねじとは,ねじ自身でねじ切り(ねじ立て)
ができるねじである点で共通し,ねじの構造及び機能においてほぼ同様のも
のであるということができ,対象となる締結部材が木ねじでは木材を対象と
している点において相違するにすぎないものであるから,物品としての共通
性を有するものである。
(2)次に,本件登録意匠と引用意匠の当該部分における用途及び機能の共通性
について検討する。
ア本件登録意匠はねじの頭部を対象とするものであり,引用意匠における
当該部分も同じくねじの頭部である。ねじの頭部は,その上面に駆動孔が
設けられている場合にはドライバ等に嵌合されて回転し,あるいはボルト
やナットの場合にはスパナ等に挟まれて回転して,ねじの締め付けや緩め
に用いられる部分であって,本件登録意匠と引用意匠の当該部分はいずれ
もねじの頭部であるという点で用途及び機能を共通にする。さらに,本件
登録意匠と引用意匠の当該部分は,いずれもその上面に駆動孔が設けられ
ているねじの頭部であって,その点においても用途及び機能を共通にす
る。
したがって,本件登録意匠と引用意匠の当該部分について,その用途及
び機能に共通性があるというべきである。
イこれに対し原告は,審決は本件登録意匠と引用意匠の当該部分の用途及
び機能の共通性について検討しておらず,認定手法に誤りがあると主張す
る。
しかし,審決が「両意匠は意匠に係る物品が共通」する(8頁2行∼3
行)と認定したのは,物品全体の用途及び機能の共通性にとどまらず,物
品の当該部分の用途及び機能についても,両意匠の当該部分が(その上面
に駆動穴を有する)ねじの頭部である以上その用途及び機能に共通性があ
るのは当然のこととして,物品全体の共通性と物品の当該部分の共通性を
一括して前記のとおり認定したものと解することができ,審決の上記認定
が誤りであるということはできない。
ウまた原告は,本件登録意匠の上面に設けられた駆動孔は平面視正方形状
穴であるのに対し,引用意匠の当該部分の上面に設けられた駆動孔は十字
状穴であって駆動穴としての機能を異にするから,本件登録意匠と引用意
匠の当該部分の用途及び機能は異なると主張する。
しかし,ねじの頭部の上面に設けられた駆動穴が平面視正方形状穴であ
るか十字状穴であるかという点については,本件登録意匠と引用意匠の当
該部分の形態の差異をあらわすものとして,両意匠の当該部分の形態を対
比し全体的に観察する中で類否判断にいかなる影響を及ぼすものであるか
が検討されるべき事項であって,物品の当該部分の用途及び機能が共通性
を有するか否かの判断において検討されるべきものではない。
なぜなら,物品としての共通性は,意匠同士を対比しそれぞれの物品に
表された形態が取引者又は需要者にいかなる美感を与えるのかを評価判断
する前提として,対比される意匠同士の物品の用途及び機能が同一又は類
似であることが必要とされるものであり,上記評価判断に必要十分な範囲
を超えて物品の用途及び機能の同一性又は類似性が要求されるならば,か
えって上記評価判断を正当に行うことが妨げられてしまうからである。そ
して,このことは物品全体についての用途及び機能の共通性にとどまら
ず,物品の当該部分についての用途及び機能の共通性に関しても同様であ
る。
上記において検討したとおり,本件登録意匠と引用意匠とは,意匠に係
る物品がそれぞれ木ねじとタッピンねじである点で物品全体としての用途
及び機能を共通にし,また物品の当該部分がいずれも(その上面に駆動穴
が設けられている)ねじの頭部である点で物品の当該部分についての用途
及び機能を共通にするものであるところ,かかる物品(当該部分)の共通
性は両意匠の形態を対比して類否判断をする前提として必要十分なもので
ある。
なお原告は,十字状穴の駆動穴を有するねじと平面視正方形状穴の駆動
穴を有するねじとでは対象となる取引者又は需要者が異なり,本件登録意
匠に係るねじは高度に強固なねじ締めが要求される特殊な接合に,引用意
匠に係るねじは通常の日曜大工作業等に使用されるものであると主張す
る。しかし,①甲3(「ALC建築の仕上げ集」)146頁には,ALC
(軽量気泡コンクリート)専用品として記載されている木下地用,鉄骨下
地用のねじのいずれについても十字状穴の駆動穴を有するねじと平面視正
方形状穴を有するねじとが併記されており,②また引用文献(甲1)の発
明の詳細な説明には,従来技術について「建築の外壁の組み付けにおい
て,ALC(軽量気泡コンクリート)板と木材,又はALC板と鉄材をね
じで締結する場合…」(段落【0002】)と記載され,引用意匠に係る
発明もこのような接合作業に用いることが想定されていることが認められ
る。したがって,十字状穴の駆動穴を有するねじと平面視正方形状穴の駆
動穴を有するねじとでは対象となる取引者又は需要者が異なるということ
はできず,また引用意匠に係るねじは通常の日曜大工作業等に使用される
ものであるとはいえないから,原告の前記主張は採用することができな
い。
(3)以上のとおりであるから,原告主張の取消事由1は理由がない。
2取消事由2(共通点及び差異点の認定の誤り)について
原告は,審決が本件登録意匠と引用意匠の当該部分の形態の共通点として
「b)全体の概略寸法比について,底面視下端の直径を基準とすると,高さは
概ね1.5倍程,上面の向かい合う辺の間の長さ(内接円の直径)を概ね2.
5倍程と…している点」,「c)上端周囲について,上面に対して垂直状の僅
かの幅の面取り部を設けた点」(8頁10行∼15行)と認定したこと,また
差異点として「ウ)上面に対する下端の相対的大きさについて,本件登録意匠
は,引用意匠よりも僅かに大きくしている点」(8頁23行∼24行)と認定
したことはいずれも誤りであると主張するので,これらの点について検討す
る。
(1)まず共通点(b)(全体の概略寸法比)の認定について,原告は,底面視下端
の直径を基準とした場合の高さは,本件登録意匠において1.285倍,引
用意匠においては2倍であり,上面の向かい合う辺の間の長さは,本件登録
意匠において2.571倍,引用意匠においては3倍であると主張する。
しかし,審決が示した上記数値(1.5又は2.5)は全体の概略寸法比
に関するものであって,おおよその割合を示したものにすぎない上,本件登
録意匠及び引用意匠のいずれについても拡大詳細図が存在せず,精密な計測
は困難であり,誤差が生じることはやむを得ないものである。また,意匠同
士の形態を対比するために上記のような概略寸法比を示した意味は,視覚を
通じて与えられる美感の共通又は差異をあらわす方法の一つとして,底面視
下端の直径,高さ,上面の向かい合う辺の間の長さのおおよその寸法比を用
いたものにすぎず,数値の比較そのものを目的としているものではない。
そして,本件登録意匠の正面図(実線部分)と,引用意匠の当該部分をそ
れぞれ拡大すると以下のとおりであって,底面視下端(下記各図形の下底辺
に相当),高さ,上面の向かい合う辺の間の長さ(下記各図形の上底辺に相
当)という各要素の構成によって視覚的に訴える全体の形状は,本件登録意
匠と引用意匠の当該部分とで大きく異なるものではなく,むしろ,ほぼ同様
の視覚的印象を与えるものということができる。
【本件登録意匠】【引用意匠】
以上によれば,審決が,本件登録意匠と引用意匠の当該部分における底面
視下端の直径を基準とした場合の高さの割合を「概ね1.5倍程」,上面の
向かい合う辺の間の長さの割合を「概ね2.5倍程」として,これを共通点
として認定したことが誤りであるということはできない。
(2)次に共通点(c)(上端周囲に僅かの幅の面取り部を設けた点)の認定に関し
て,原告は,本件登録意匠における上端周囲の面取り部の幅は高さの0.1
の割合であるのに対し,引用意匠における割合は0.22であり,審決がい
ずれの面取り部も「僅かの幅」であると認定したのは誤りであると主張す
る。
しかし,本件登録意匠及び引用意匠の当該部分において上端周囲に垂直状
に設けられた面取り部を視覚的に観察すれば,いずれの意匠においても面取
り部の幅は意匠の当該部分の全体の高さと比べて相対的に小さいものであ
り,これを審決が「僅かの幅の面取り部」と認定したことに誤りがあるとい
うことはできない。
これに対し原告は,引用意匠の当該部分における面取り部の幅は高さの
0.22の割合であるから僅かの幅とはいえないと主張するが,何をもって
僅かというかは,全体の形状との相対的な関係において視覚的に捉えた結果
によるものであり,全体の高さの0.22の割合の幅であっても,全体の高
さと比べて相対的に小さく,僅かな幅であるとの視覚的な印象を与えること
は否めないものである。
しかも,審決は差異点(エ)として上端周囲の面取り部の幅が本件登録意匠
においては引用意匠よりも狭いことを認定しており,両意匠における面取り
部の幅の相違については差異点として考慮し,全体的な類否判断の中で検討
しているのであるから,この点に照らしても審決の共通点(c)に関する認定
が誤りであるということはできない。
(3)また差異点(ウ)(上面に対する下端の相対的大きさについて本件登録意匠は
引用意匠よりも僅かに大きくしている点)の認定に関して,原告は,本件登
録意匠は引用意匠の当該部分と比べて上面に対する下端の相対的大きさが
「僅かに大き」いとはいえないと主張する。
しかし,前記(1)において検討したとおり,底面視下端の直径を基準とし
た場合の上面の向かい合う辺の間の長さの割合は,本件登録意匠と引用意匠
の当該部分とでほぼ同様の視覚的印象を与えるものであって,その中で敢え
て相違を指摘するとすれば,上面に対する下端の相対的大きさが若干異なる
点を挙げることができ,これを審決は差異点(ウ)として認定しているもので
あるから,審決が「上面に対する下端の相対的大きさについて,…僅かに大
きくしている」と認定したことに誤りはない。
(4)以上のとおりであるから,原告主張の取消事由2は理由がない。
3取消事由3(類否判断の誤り)について
(1)原告は,審決が差異点(ア)(上面中央の駆動穴の形状)について「両駆動孔
は,本件登録意匠出願前,既に,単なるバリエーションの範囲,すなわち,
普通に行われる置換の範囲にすぎないものに至っていることを伺わせるもの
であり,仮に,それまでに至っていないとしても本件登録意匠特有の特徴に
該当せず,着目されるほどの差異でないことは明らかである」(9頁2行∼
5行)と判断したことは誤りであると主張するので,この点について検討す
る。
ア甲2(「JISハンドブック3ねじ」)34頁には,一般に用いるね
じの用語として,ねじの頭部の上面に設けられる駆動穴に関し,「十字
穴」「六角穴」「四角穴」の3種類の駆動穴が記載されている。そのうち
「十字穴」については「ねじ回しの先端を差し込んでねじ部品を回転する
ために設けた十字形のくぼみ」,「四角穴」については「断面が四角形の
棒スパナを差し込んでねじ部品を回転するために設けた四角断面形のくぼ
み(付図2117)」をそれぞれ意味するものと記載され,同文献の49
頁には,付図2117として,平面視正方形状の四角穴の図が記載されて
いる。
また甲3(「ALC建築の仕上げ集」)146頁には,「セルフドリル
スクリュー木下地用」の「ARSタイプ」として,ねじの頭部の上面に平
面視正方形状の駆動穴を有するねじの平面図及び側面図が記載され,また
「ALSタイプ」として,十字状の駆動穴を有するねじの平面図及び側面
図が記載されている。
上記の各記載によれば,ねじの頭部の上面に設けられる駆動穴としての
平面視正方形状穴と十字状穴は,いずれも本件登録意匠の出願前に周知の
形状であると認められる。そして,甲2(「JISハンドブック3ね
じ」)に「十字穴」「六角穴」「四角穴」の3種類の駆動穴が記載されて
いることからもうかがわれるように,ねじの頭部の上面に設けられる駆動
穴としては,通常,上記3種類のうちのいずれかが採用されるのであっ
て,いずれの形状も,上面に駆動穴が設けられているねじの性質上極めて
ありふれた形状であるというほかなく,取引者又は需要者の注意を惹く部
分とはいえないものである。
イこれに対し原告は,十字状穴や平面視正方形状穴がねじの頭部の上面に
設けられる駆動穴として周知であるとしても,本件登録意匠は,逆正六角
錐台状という頭部全体の形状と駆動穴の形状とが組み合わされて新しい意
匠を構成したものであり,意匠全体としての新規性は肯定されるべきであ
ると主張する。
しかし,周知の形状を組み合わせることにより全体として新規な美感を
もたらす形態が新たに形成されることが一般論としてあり得るとしても,
ねじの頭部の上面に設けられた駆動穴については,ドライバ等に嵌合され
る駆動穴の形状として取引者及び需要者に認識されるのであり,これがね
じの頭部全体の形状と相まって一つのまとまった独特の美感を引き起こす
ことは通常の場合想定し難いものである。少なくとも本件登録意匠及び引
用意匠の当該部分のように駆動穴の形状が極めてありふれた形状である場
合には,駆動穴の形状は取引者又は需要者の注意を惹かず,ねじの頭部全
体の形状などの駆動穴以外の部分が独特の美感をもたらすものとして取引
者又は需要者の注意を惹くものとなるというべきである。
したがって,本件登録意匠においてねじの頭部全体の形状と駆動穴の形
状とが組み合わされたことによって引用意匠の当該部分とは異なる格別の
美感が引き起こされたということはできず,原告の前記主張は採用するこ
とができない。
ウまた原告は,平面視正方形状穴と十字状穴とでは明らかに異なった美感
を与えるにもかかわらず,これが着目されるほどの差異でないとされるの
は,駆動穴という機能的共通性から類否判断をしたものであって駆動穴の
形状の相違がもたらす美感の相違を無視していると主張する。
しかし,前記アにおいて検討したように,本件登録意匠における平面視
正方形状穴と引用意匠の当該部分における十字状穴はいずれもねじの頭部
の上面に設けられる駆動穴の形状として極めてありふれたものであり,取
引者又は需要者の注意を惹かないものであることから,審決は,これを着
目されるほどの差異でないとしたものであって,駆動穴の有する機能的共
通性に着目して類否判断をしたものではないのであるから,原告の前記主
張は採用することができない。
(2)また原告は,差異点(ウ)(上面に対する下端の相対的大きさ)及び(エ)(上
端周囲の面取り部の幅)が意匠全体の類否判断に及ぼす影響について審決の
判断は誤りであると主張するので,この点につき検討する。
まず差異点(ウ)に関しては,前記2(1)に掲示した本件登録意匠と引用意匠
の当該部分の拡大図をみても,両意匠における上面に対する下端の相対的大
きさの差異は,よく注視すれば気が付くという程度の差異であって,意匠全
体の類否判断に殆ど影響を及ぼさないものである。
次に差異点(エ)に関しては,たしかに本件登録意匠と引用意匠の当該部分
における上面周囲の面取り部の幅の相違は,前記拡大図によれば一見して看
て取ることができる。しかし,共通点(a)∼(c)及び差異点(ア)∼(エ)を総合的
に評価する中で,差異点(エ)が意匠全体の類否判断にいかなる影響を及ぼす
かという観点からみると,ねじの頭部の形状として視覚的に最も強く訴える
のは,その全体的形状(概略倒正六角錐台状であることのほか,底面視下
端,高さ,上面の向かい合う辺の間の長さ等の各要素により構成される全体
の形状を意味する。)であり,共通点(a)及び(b)がこれに相当する。これに
対して,差異点(エ)は,もともと両意匠の当該部分における上面周囲の面取
り部の幅が全体の高さに比べて相対的に小さいものである(共通点(c))と
いう前提において,その幅の相違が差異点(エ)として認定されたものであっ
て,その差異によって引き起こされる美感の相違は,共通点(a)及び(b)によ
って与えられる一つのまとまった独特の共通の美感と比較すれば,僅かなも
のである。
(3)以上から,審決が,「a)及びb)の共通点に係る構成態様は,全体に係
わる特徴的構成態様を構成すると認められ,両意匠それぞれにおいて訴求力
の強い共通した視覚的まとまりを生じさせるものであり,この共通する視覚
的まとまりは,ア)ないしエ)の差異点が生じさせる視覚的効果を大きく凌
駕し,意匠全体として共通した基調を形成するものである」(9頁31行∼
35行)と判断したことは正当であり,原告主張の取消事由3は理由がな
い。
4結語
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官今井弘晃
裁判官清水知恵子

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