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平成31年1月17日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成29年(ワ)第3572号職務発明対価請求事件
口頭弁論終結日平成30年9月21日
判決
原告P15
原告P2
原告ら訴訟代理人弁護士木下慎也
同蓮見和章
被告徳山積水工業株式会社
同訴訟代理人弁護士小松陽一郎10
同川端さとみ
同山崎道雄
同藤野睦子
同大住洋
同中原明子15
同原悠介
同三嶋隆子
主文
1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は,原告らの負担とする。20
事実及び理由
第1請求
1被告は,原告P1に対し,1億3500万円及びこれに対する平成29年4
月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告は,原告P2に対し,1500万円及びこれに対する平成29年4月225
0日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等
1事案の概要
本件は,原告らが,被告に対し,後記本件特許に関して,特許法35条(平成1
6年法律第79号による改正前のもの。以下同じ。)3項に基づき,特許を受ける
権利を被告に譲渡したことにより被告が受けるべき利益を基礎とする相当の対価15
億5000円(うち原告P1につき1億3500万円,原告P2につき1500万
円)及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成29年4月20日から支払済み
まで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を請求した事案である。
2前提事実(当事者間に争いがないか,後掲の証拠又は弁論の全趣旨により容
易に認められる事実。なお,本判決における書証の掲記は,枝番号の全てを含むと10
きはその記載を省略する。)
(1)当事者
ア原告らは,被告に入社し,被告のポリマー技術課に所属して,ポリマー
技術の研究開発に従事してきた。原告P2は平成30年3月31日付けで被告を退
職したが,原告P1は現在も被告の従業員である。15
イ被告は,塩化ビニル・その他各種合成樹脂及びその加工製品の製造加工
並びに売買,医薬品・医薬部外品及び医療機器の製造,輸入並びに売買を主な目的
とする会社である。
(2)本件特許の出願等
ア原告らは,遅くとも平成14年2月21日までに,被告の職務として,20
次の特許(以下「本件特許」という。)に係る発明(以下「本件発明」という。ま
た,本件特許の請求項1に係る発明を「本件発明1」といい,請求項2に係る発明
を「本件発明2」という。)をし,被告の後記発明考案取扱規程(乙2)に基づき,
その特許を受ける権利は被告に承継された。被告は,前同日,本件発明について特
許出願をし,平成18年4月14日,本件特許に係る特許権(以下「本件特許権」25
といい,その特許の出願の願書に添付された明細書及び図面をまとめて「本件明細
書」という。)の設定登録がされて,被告が特許権者となった(甲1)。
特許番号特許第3792582号
発明の名称塩素化塩化ビニル系樹脂の洗浄方法及びその装置
発明者原告ら
出願日平成14年2月21日5
登録日平成18年4月14日
特許請求の範囲(下線部は補正箇所である。)
【請求項1】塩素化塩化ビニル系樹脂スラリーを,濾過手段を有する洗
浄槽に供給・濾過してケーキ層を形成する第1工程,ケーキ層に,洗浄槽の上部か
ら洗浄水を供給し,洗浄・濾過し,再度ケーキ層を形成する第2工程及び洗浄され10
たケーキ層の下部であって,濾過手段の上部近傍に開口している塩素化塩化ビニル
系樹脂スラリー移送配管から水を供給してケーキ層下部の塩素化塩化ビニル系樹脂
をスラリー状にした後,洗浄槽上部から水を供給しながら洗浄された塩素化塩化ビ
ニル系樹脂スラリーを,該塩素化塩化ビニル系樹脂スラリー移送配管で洗浄槽から
抜き出す第3工程からなることを特徴とする塩素化塩化ビニル系樹脂の洗浄方法。15
【請求項2】上端部付近に塩素化塩化ビニル系樹脂スラリー供給配管と
洗浄水供給配管が設置され,下端部付近に洗浄水除去配管が設置されている洗浄槽
の,下部であって洗浄水除去配管より上方に濾過手段が設置されると共に濾過手段
の上部近傍に,塩素化塩化ビニル系樹脂ケーキ層の下部に該ケーキをスラリー化す
るための水を供給し,スラリー化された塩素化塩化ビニル系樹脂スラリーを移送す20
るための開口部を有する塩素化塩化ビニル系樹脂スラリー移送配管が設置されてお
り,塩素化塩化ビニル系樹脂スラリー移送配管には水供給配管が接続されているこ
とを特徴とする塩素化塩化ビニル系樹脂の洗浄装置。
イ本件発明は,塩素化塩化ビニル系樹脂(以下「HA樹脂」ということが
ある。)の洗浄方法及びその装置に関する発明である(本件明細書の【00025
1】)。
被告におけるHA樹脂の製造工程(以下「本件製造工程」という。)は,別紙
「塩素化塩化ビニル樹脂製造フロー図」記載のとおりであり,前半の重合工程と
後半の塩素化工程に大別されるところ,本件発明は,後半の塩素化工程のうちの洗
浄工程に関する発明である。本件製造工程には,被告又はその関係会社が保有する
多数の特許が使用されている(乙3,4)。5
ウ被告は,本件製造工程において,平成9年度まで,スクリューを用いた
遠心分離により,水とともに塩酸を排出する方式(以下「デカンタ方式」とい
う。)により塩素化塩化ビニル系樹脂の洗浄を行っていたところ,平成10年6月
以降,本件製造工程において,本件発明2の技術的範囲に属する洗浄装置を使用し,
本件発明1の洗浄方法(以下「本件洗浄方式」という。)を実施しているが,これ10
以外に,日本国内で,本件発明2の技術的範囲に属する装置を製造,販売等した事
実はなく,第三者に対し,本件特許の実施を許諾した事実もない。
(3)職務発明に関する社内規程等
ア被告では,本件特出願当時,「発明考案取扱規程」(昭和46年3月1
日施行,昭和57年4月1日最終改正)が施行されており,同規程には,要旨,役15
員もしくは従業員がその職務に関してなした発明等であって,それがその性質上会
社の業務範囲に属し,且つ発明等をなすに至った行為が役員もしくは従業員の現在
又は過去における職務に属するものを「職務発明等」ということ,会社が出願権を
承継することとなった職務発明等を「承継発明等」ということ,会社が出願権を承
継する必要がないと認めたものを除き,職務発明等については会社が出願権を承継20
すること,会社は,すべての承継発明等についての特許出願に対する対価として●
(略)●を支払うこと,会社が特許権等の設定登録を受けた場合は,対価として●
(略)●を支払い,特許法38条但書の要件をみたす発明は特許請求の範囲の発明
の数が1つ増すごとに●(略)●を加算すること,従業員が共同でなした職務発明
等に対する対価については,原則として金額を各人に等分して支払うこと等を定め25
ていた(乙2)。
イまた被告では,平成18年4月1日,「承継発明対価支給手続要項」
(全部改正されたもの)が施行され,同要項には,要旨,日本国内にて権利化され
た承継発明等につき,登録時およびそれ以降3年毎に実施の有無を部場長に問合せ
るものとし,当該期間内に日本国内での実施実績を証明できるものについては,そ
の都度,対価●(略)●を発明者等に支給すること,複数の従業員等が共同で職務5
発明等を行った場合,発明者等に対し本要項に基づいて支払うべき対価は,原則と
して当該職務発明等の承継時に発明者等が記載した持分比率に応じた金額とするこ
と等が定められた(乙12)。
(4)被告から原告らに対する出願時の対価等の支払
被告は,上記(3)アの規程に基づき,原告らに対し,出願時の対価●(略)●,10
設定登録時の対価●(略)●を支払ったほか,同イの要項に基づき,平成21年,
平成24年及び平成27年にそれぞれ●(略)●ずつ支払った。
3争点
(1)被告に本件発明による独占の利益が発生したか(争点1)
(2)本件発明に係る相当の対価の額(争点2)15
第3争点に関する当事者の主張
1争点1(被告に本件発明による独占の利益が発生したか)について
(原告らの主張)
(1)コスト削減の排他的利益
本件発明は,塩素化塩化ビニル系樹脂スラリーを,小型の装置で,少量の洗浄20
水で洗浄することのできる洗浄方法及び洗浄装置を提供するものである。
塩酸含有樹脂の上部から通水することにより塩酸を除去し,また洗浄後は塩素化
塩化ビニル系樹脂ケーキ層下部の塩素化塩化ビニル系樹脂をスラリー化し,そのス
ラリーを抜き出す過程において,上部から通水し,樹脂を抜き取ることにより,濾
過洗浄の導入が可能となり,本件特許の一般的な禁止効により,他社は,HA樹脂25
製造工程における塩酸洗浄の際,デカンタ方式を用いることを余儀なくされている。
被告においても,平成9年度まではデカンタ方式によっていたところ,本件洗浄
方式を導入したことによって,下記アないしカのコスト削減がなされた。近年のH
A樹脂の全体的な国内シェアは,被告を含む積水化学工業が40千t,訴外株式会
社カネカが30千tとかなり拮抗しているから,本件発明による被告内でのコスト
削減は,本件特許による一般的な禁止効によって,他社との関係においてもほぼ同5
等の効果をもたらすと考えられるから,以下のコスト削減はそのまま本件発明によ
る排他的利益として評価することができる。
ア初期投資額及びメンテナンス費用の削減効果について(甲5)
(ア)初期投資金額
●(略)●のHA樹脂生産を前提とした,デカンタ方式の洗浄設備の初期10
投資額は●(略)●であるのに対して,本件洗浄方式の初期投資額は高く見積もっ
ても●(略)●であり,両者には●(略)●もの差異が生じる。そして,被告の工
場では●(略)●の生産能力があることから,●(略)●が初期投資額としてのコ
スト削減効果となる。
(イ)メンテナンス費用15
デカンタ方式の洗浄設備の一時費用としては,以下のものが必要となる。
aデカンタの定期整備費用一基あたり1年で●(略)●
bデカンタの内筒更新費用一基あたり10年(耐用年数。以下同
じ。)で●(略)●
cスラリータンク補修・更新一基あたり10年で●(略)●20
仮に被告においてデカンタ方式の洗浄設備のまま,現在の洗浄塔導入を行った場
合,本件特許の存続期間満了までのメンテナンス費用は合計●(略)●と試算され
る。
これに対して,本件洗浄方式によるメンテナンス費用は,ろ布交換の一基あたり
1年で●(略)●のみであり,本件特許の存続期間満了までのメンテナンス費用は25
●(略)●と試算されるから,その差額は少なく見積もっても●(略)●となる。
イ電力の削減効果について(甲15)
(ア)定格電力の消費量
本件洗浄方式の場合,一番大きい電力消費量の差として,デカンタ方式で
必要となる脱水デカンタが不要であることが挙げられる。これだけで●(略)●の
消費電力に差がでるものとされ,これがほぼそのまま電力消費量の差,つまりコス5
ト削減効果になると計算される。
(イ)実電力消費量
少なくとも,デカンタ方式から本件洗浄方式に切り替わった前後の平成9
年の原単位●(略)●と平成10年の原単位●(略)●の差の●(略)●について
は,そのまま洗浄方法変更に伴う年単位のコスト削減効果として認められるべきで10
ある。
(ウ)小括
より小さいコスト削減効果である定格電力の計算数値から●(略)●を年
単位の電力削減量として,各年度の電力単価を掛け,それの和を求める形でコスト
削減効果を算出すると,本件特許の存続期間満了までの電力削減によるコスト削減15
効果は合計●(略)●となる。
ウ水道量の削減効果について
本件発明は,被告との関係でいえば,確かに主に,節水状況下における生産
調整回避において大きなコスト削減効果が生じる(減産を免れることができる。)も
のである(被告が厳しい節水を強いられた平成6年の使用水量を前提とすると,デ20
カンタ方式と本件洗浄方式とでは,生産量の差は年間●(略)●を下らず,これに
よって被告が得られる利益は年間●(略)●を下らない。)が,そもそも工業用水道
料金の料金体系は全国各地でまちまちであり,必ずしも定額な水道料金となってい
るわけではない。したがって,本件発明を被告が独占的に使用することにより,同
業他社はむしろ被告以上にコスト削減効果の恩恵を受けることができなかった蓋然25
性は高いのであり,排他的利益は被告が実際に享受した以上のものとなる可能性は
十分に認められる。
また,企業が受給水量を低減していることは,地球環境にやさしい企業であると
いうブランドイメージ構築に大きく寄与するものであり,低減に向けた企業努力自
体が,今や企業の社会的評価を得ることで,企業の営業ツールの一部となっている。
すなわち,本件発明によるコスト削減効果は,単に水道料金の削減効果だけでなく,5
企業のブランドイメージ構築や営業戦略にも寄与するものである。
具体的な排他的利益の数値について試算すると,全国の各工業用水道料金体系か
ら算出した基本料金の平均額は単純平均で1tあたり30円は下らず,HA樹脂1
トンの製造に必要な水道量は,デカンタ方式で●(略)●であるのに対し,本件洗
浄方式においては●(略)●であり,その差は●(略)●であって,被告が本件洗10
浄方式導入後から本件特許の存続期間満了までに生産するHA樹脂の製造トン数は,
●(略)●と想定されるから,他社が被告と同量のHA樹脂を生産すると仮定する
と,本件発明が使用できない分,水道料金として●(略)●を余分に費消すると試
算される。
以上より,本件発明による水道料金削減による排他的利益は少なくとも●(略)15
●を下らない。なお,この数値はあくまで基本料金のみでの試算であり,特定料金
や超過料金を考慮した場合はもとより,企業イメージの構築による営業活動にも鑑
みれば,現実にはより大きな排他的利益が見込まれることは明白である。
エ設備導入面積の縮小に関わる場内整備費の削減効果について
本件洗浄方式の導入に当たっては,従来のデカンタ方式用架台を利用するこ20
とで,特段従来の作業場レイアウトを変更することなく設置することができた。し
かしながら,従来のデカンタ方式のまま生産能力を●(略)●とした場合,デカン
タ方式用設備を余分に6系列も増設する必要が生じるため,これらの6系列分の設
置スペースを確保するためには従来のレイアウトを大幅に変更する必要があったこ
とは想像に難くない。すなわち,本件発明により,従来の作業場レイアウトを何ら25
変更することなくHA樹脂の生産能力を高めることができたことは,被告にとって
非常に大きなコスト削減効果となったのである。
オ現場オペレーターの作業工数の削減効果について
HA樹脂の生産工程では,基本的には操作室にてボタン操作を行うことにな
るが,デカンタ方式の場合,異音確認のため現場起動が必須であった。また,起動
初期においてはリーク品が発生するため●(略)●に送る塩酸廃液フィルターの洗5
浄が必要であり,さらに品種切替時の共洗い品の処理が必要であったため,結果と
して現場オペレーターは何度も操作室を離れ,現場に向かうことを余儀なくされ,
作業効率が非常に悪いことが問題となっていた。しかしながら,本件洗浄方式を導
入した後は,品種切替時も含め操作室のボタンのみですべての工程を遂行すること
ができるようになったため,被告の現場オペレーターの作業工数は大幅に減ること10
になった。
カ廃棄物の削減効果について
デカンタ方式では,初期リークなどが系外へ流出するし,●(略)●生産時
においては,●(略)●もの廃棄物が発生した。しかしながら,本件洗浄方式の洗
浄設備では,系外へ樹脂が流出することはないため,●(略)●生産時の洗浄工程15
での廃棄物量はゼロになった。すなわち,●(略)●の能力の現状では,●(略)
●もの廃棄物が削減されたことになり,本件発明による被告のコスト削減効果は非
常に大きいのである。
キ以上より,本件発明による独占の利益ないし超過利益が存在することは
明らかである。20
(2)被告の主張に対する反論
ア禁止権の範囲について
被告は本件特許による禁止権の範囲等について主張しているが,そもそも,
本件発明の特徴は本件明細書の【0031】ないし【0035】に記載されている
とおりであり,HA樹脂の塩酸の効率的な除去を目的としていることも本件明細書25
に記載されている。
本件発明は,水が流れ続けていて綺麗であり,残留塩酸の存在しない移送配管を
通じてスラリーの抜き出しを可能とした第3工程に大きな特徴があり,移送配管に
塩酸が残留することを防ぐことを目的として,移送配管に水の供給を継続すること
とした結果,スラリー抜き出しの過程で塩酸の混入を防げるようになったという点
で,従来のデカンタ方式より著しい効率化が図れたのである。5
これ以外にも本件発明は,洗浄効率を上げるためケーキ層中の水位がケーキ層の
表面から5㎝以下に低下してから洗浄水を供給し,濾過の際に加圧方式を採用する
という特徴を有しており,さらに本件発明の洗浄装置は,少量の水で1回で洗浄す
るためのものであるから,被告が公知濾過方式と主張する洗浄方法(以下「公知濾
過方式」という。)は明らかに異なるものである。10
以上より,本件発明は,デカンタ方式及び公知濾過方式よりも,洗浄効率の向上
が図られていることから,本件特許は進歩性を有するし,被告のその余の主張にも
理由がない。
イ公知濾過方式について
被告は本件発明以前から公知濾過方式が存在していた旨主張している。15
しかし,被告主張の公知濾過方式なるものは,そもそも塩酸の洗浄効率について
は一切考慮されておらず,設計上完全には塩酸の除去ができないことから,一度も
実用化されていない。
被告は●(略)●での洗浄方法を指摘しているが,●(略)●で取り扱っている
対象樹脂はHA樹脂ではなく,対象素材が異なる上に,その用途や洗浄工程等が本20
件発明とは全く異なるし,洗浄効率も極めて悪い。
また,被告は,従前の特許公報(乙6等)や●(略)●の工場での洗浄方法につ
いても指摘するが,例えば,乙6に記載された発明はあくまでも乾燥時に粒子の合
着を防止することなどによって製造効率を高めることを主眼としたものにすぎず,
HA樹脂の効率的洗浄を目的とした本件発明とは全く関係のないものである。25
現に,被告においても,従来の流動洗浄を廃止し,デカンタ方式を導入したのは
昭和60年であり,平成10年以前はデカンタ方式によっていたのであって,公知
濾過方式が実用化されたことはない。
なお,被告は公知濾過方式によってもスラリーの移送前等に移送配管に水を流し
ておけばよいと主張しているが,公知濾過方式では通水口を別に設けていないから,
被告主張のような通水ができるのか技術的に疑わしい。5
以上より,HA樹脂については,本件洗浄方式以前には,あくまでもデカンタ方
式しかなし得ていなかったところ,本件発明が濾過方式の洗浄効率の向上を図り,
本件洗浄方式を実用化したのである。したがって,原告らが主張するコスト削減は
公知濾過方式による成果ではなく,本件発明固有の効果である。
以上のことを踏まえると,本件発明によるコスト削減もデカンタ方式との比較で10
しか比べようがないから,原告らは,本件特許の禁止効による利益として,デカン
タ方式との比較を主張するものであり,公知濾過方式との比較によるコスト削減の
超過利益の予備的主張はしない。
ウ売上げへの寄与について
被告は,本件発明がHA樹脂の売上げに寄与していないと主張する。確かに,15
本件発明は商品の機能や品質等に関わるものではないものの,HA樹脂商品の製造
工程においてそれと同様の重要な役割を担っており,製造原価の低減や設備のイニ
シャルコストの削減が実現されることで,HA樹脂商品の組成物製品に係る技術と
並び,売上げに寄与していることは明らかである。
(被告の主張)20
(1)超過利益の不存在
ア特許法35条3項及び4項における職務発明承継に対する相当対価の算
定については,「超過利益」(あるいは「独占の利益」とも言われる。)が基準となり,
これをベースに,対象特許発明以外の寄与度や使用者の貢献度,共同発明者の貢献
度等を控除して算定される。本件では,本件発明を自己実施したことによる超過利25
益の有無等を検討することとなる。
しかしながら,濾過方式(濾過槽で樹脂を濾過して洗浄する方式)により塩素化
塩化ビニル系樹脂を洗浄する方法は従来から多数存在しており,被告においても特
開昭61-296004号公報(乙1の2の2)や特開昭53-128694号公
報(乙1の2の3)に記載の洗浄方法等に係る技術を保有していた。前者の公報記
載の洗浄方法と本件洗浄方式とでは,濾過及び洗浄に係る第1工程及び第2工程が5
全く同じであるし,後者の公報には,洗浄後の塩素化塩化ビニル系樹脂のケーキ層
に対して,洗浄槽の底部から水を供給して再スラリー化して抜き出す工程が開示さ
れている。
したがって,既に被告が保有していた公知濾過方式と本件洗浄方式とでは,わず
かに,第3工程における洗浄後の塩素化塩化ビニル系樹脂を再スラリー化して抜き10
出すに当たり(この工程も同じである。),水を供給する位置が洗浄槽の底部(ない
し上部)であるか洗浄槽の下部で濾過手段の上部近傍であるかという点に差異があ
るだけである(濾過方式による洗浄方法自体に新規性や進歩性を有する発明ではな
い。)。このように,本件発明は公知濾過方式にわずかな設計変更を加えたものでし
かなく,その効果も,その洗浄方法を用いた場合と異ならない。なお,原告らは第15
1工程及び第2工程が公知であることを否認しているが,出願経過における権利者
の主張と矛盾するものであり,発明者として権利行使する段階での主張としては信
義則に反する。
イ第3工程から生じる効果については,本件特許の特許請求の範囲や本件
明細書には記載がなく,わずかに審査段階で提出された意見書(乙1の4)に,少20
量の水で短時間にスラリーにすることができ,短時間でスラリーを抜き出すことが
できるとの記載があるのみである。他方,●(略)●,再スラリー化及びスラリー
の抜き出しに要する時間に有意な差が生じることはない。
ウ以上によれば,本件発明について,「超過利益」ないし「独占の利益」と
いったものを,観念することはできない。25
なお,原告らは本件特許の特許請求の範囲のどこにも記載されていない構成を本
件発明の技術的意義として主張しているが,そのようなものは本件発明の技術的範
囲に含まれず,他社に対する禁止権の対象にもならないから,それによって超過利
益は基礎付けられない。
(2)売上げへの寄与の不存在
本件発明は,HA樹脂商品の膨大な製造工程の中にあって,わずかに,塩素化5
塩化ビニル系樹脂の生産に伴い副成される余分な塩酸を洗浄する方法及びその装置
に係るものでしかなく,製品の機能や品質等,需要者の購買動機に影響するような
ものでは全くないから,そもそもHA樹脂商品の売上げへの寄与が認められない。
製品の機能や品質に関わるのはHA樹脂商品の組成物や成形品に係る技術であり,
ここに多数の特許等があり,それが売上げに寄与しているのである。10
したがって,本件発明とHA樹脂商品の売上高との因果関係は存在しないから,
そのような意味でも,本件発明について「超過利益」ないし「独占の利益」は全く
観念できない。
(3)原告らのその余の主張について
アコスト削減効果について15
原告らは本件発明にコスト削減効果があることを主張しているが,本件発明
はHA樹脂商品の歩留り率や生産量とは全く無関係であるし,原告ら主張のコスト
削減効果は,洗浄方法をデカンタ方式から濾過方式に変更したことによる効果でし
かなく,本件特許による禁止権の効果とはいえないから,超過利益を基礎付けるも
のではない。そもそも,原告らは被告にコスト削減効果が生じたと主張しているが,20
これによって直ちに超過利益が基礎付けられるわけでもない。
上述したとおり,本件発明と公知濾過方式とでは,濾過及び洗浄に係る第1工程
及び第2工程は全く同じであるから,濾過及び洗浄の過程で使用する水量等は異な
らないし,もとより濾過方式では遠心分離など行わないので,公知濾過方式と比較
した使用電力量の減少もない。原告らが主張するその他のコスト削減についても,25
本件特許の禁止権といかなる因果関係があるのか全く不明であるし,本件発明以外
の方法によって実現できないことも何ら立証されていない。
イ公知濾過方式の実用化について
原告らは公知濾過方式が実用化できなかったなどと主張しているが,上述の
とおり,●(略)●,特許第3423287号(乙6),特許第3739320号
(乙7),特許第2922802号(乙8)等の特許公報で,合成樹脂を本件発明の5
第1工程及び第2工程と同様の方法で濾過・洗浄する方法が開示されており,本件
特許の出願以前から,合成樹脂の洗浄方法として,このような技術が一般に実施さ
れていたことは明らかである。そして,以上の公知技術は,本件特許の出願前から,
●(略)●でも実用化され,現在も稼働している。
原告らはこれらの実用化例が本件洗浄方式と本質的に異なるなどと主張している10
が,第1工程及び第2工程は,単に樹脂スラリーを濾過して水洗いするだけの工程
であり,濾過して水洗いする工程は何ら異ならないことから,公知濾過方式は実用
化されていたといえる。
この点に関し,原告らは公知濾過方式によれば移送配管に塩酸が滞留し,それが
移送中にスラリーに混入すると主張しているが,そもそもバルブを閉めておけば再15
度の洗浄が必要なほど塩酸が滞留するなどということは通常起こらないし,仮に原
告ら主張のようなことが起こるのであれば,単に移送配管に水を流して手入れして
おけばよいだけであり,そのようなことは当業者であれば誰もが容易に想到できる
実施上の工夫であり,本件特許の禁止権の範囲外のことである。
ウ原告らのその余の主張について,場内整備費,現場オペレーター,廃棄20
物に関する原告らの主張は,本件特許の禁止効の問題とは無関係であり,否認し,
争う。
2争点2(本件発明に係る相当の対価の額)について
(原告らの主張)
(1)被告の利益25
被告は本件発明を利用して,平成20年から平成27年の間に●(略)●の売
上げを上げたのであり(甲2),本件発明が被告の売上げに大きく寄与していること
は明白である。
(2)発明者貢献度
本件発明は原告らが主導で被告を説得して企画し,考案したものであるから,
被告の設備等を利用していることを考慮して控えめにみても,原告ら発明者の貢献5
度は30%を下回るものではない。仮に,上記1の原告らの主張記載のコスト削減
効果が本件特許の一般的禁止効による排他的利益といえないとしても,被告におい
て大きなコスト削減効果を生み出したことは厳然たる事実であるから,これ及び中
和剤に係るコスト削減効果(甲12)を発明者である原告らの貢献を示す事情とし
て十分斟酌すべきである。10
(3)対価の算定
上記(1)及び(2)を踏まえると,職務発明の対価の金額は,次のとおりとなる。
●(略)●×1/2(通常実施権の控除)×5%(仮想実施料率)×30%(発
明者である原告らの全体の貢献割合)=●(略)●
もっとも,本件発明は主としてコスト削減による大幅な効率化を目指すものであ15
り,コストカット型の発明であるから,その排他的利益は,超過売上額ではなく,
削減されたコストによって得られた利益をベースに算定すべきである。そして,本
件発明の成果は上述のとおりであって,めざましいコスト削減の利益の恩恵をもた
らしており,これらのコスト削減の効果は今後も継続する見込みであることも勘案
すると,職務発明による相当の対価は1億5000万円と算定される。20
(4)請求
よって,原告らは,上記相当の対価を,発明に対する貢献度に応じて原告らの
間で9対1に分割し,被告に対し,原告P1において1億3500万円,原告P2
において1500万円及びそれぞれに対する訴状送達日の翌日である平成29年4
月20日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。25
(被告の主張)
原告らの主張は否認し,争う。
原告らが主張するHA樹脂商品の売上額は不正確であるし,そもそもその売上額
をベースにした対価算定の主張は,本件では何ら関係がない。被告の主張は前述の
とおりであり,コスト削減効果をベースにした主張は誤りである。
第4当裁判所の判断5
1認定事実
前記前提事実(第2の2),後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事
実を認定することができる。
(1)以前の被告の工程(甲1,21)
塩素化塩化ビニル系樹脂(HA樹脂)は,一般に塩化ビニル系樹脂を水懸濁状10
態で塩素化することにより製造され,塩素化する際に副成される塩酸については,
一般に水で洗浄除去される。
被告の本件製造工程においては,以前,スラリー(粘性流動物)状の塩素化塩化
ビニル系樹脂を洗浄槽に供給し,下部から洗浄水を通水し,攪拌して上部より塩酸
排水をオーバーフローさせる流動洗浄法が用いられていたが,昭和60年以降,デ15
カンタと呼ばれる洗浄槽に,塩素化塩化ビニル系樹脂スラリーを供給し,水洗浄と
デカンタを回転させる遠心分離を繰り返すデカンタ方式に切り替えられた。
(2)被告の従来技術
ア足立発明2
被告は,昭和52年4月14日,被告の元代表者足立輝文を発明者とし,名20
称を「塩素化塩化ビニル系重合体から未反応の塩素を除去する方法」とする発明
(以下「足立発明2」という。)について,特許出願し,出願公開がされた(特開昭
53-128694号公報,乙1の2の3)。
足立発明2の特許請求の範囲は,「塩素化塩化ビニル系重合体にケーキ層を形成さ
せ,そのケーキ層に水蒸気を直接流通して,水蒸気と共に未反応の塩素を除去する25
ことを特徴とする,塩素化塩化ビニル系重合体から未反応の塩素を除去する方法。」
というものであり,上記公開特許公報には,同発明は,塩素化塩化ビニル系重合体
から未反応の塩素を除去する方法に関するものであること,水性懸濁塩素化法又は
溶液塩素化法によって塩素化反応を行なった場合には,塩素化反応を行なった後の
スラリーを濾過器中で濾過して,ケーキ層を形成させるのが,一般的な方法である
こと,容器内に水蒸気を導入すると,ケーキ層に含まれる塩素は,水蒸気と共に排5
出管から混合ガスの形で排出されること,塩素が除去されると,送水管から濾過材
を経て容器内に水を送入し,ケーキ層をスラリー化して,スラリー排出管から容器
の外へ取り出すこと,この発明の方法は,塩素化塩化ビニル系重合体をケーキ層に
してから処理するので,装置が全体として小さいこと,この操作によって,塩素が
速やかに,水蒸気と共に系外にほぼ完全に除去されること等が記載されている。10
イ足立発明1
被告は,昭和60年6月25日,前記足立輝文らを発明者とし,名称を「塩
素化塩化ビニル系樹脂の後処理方法」とする発明(以下「足立発明1」という。)に
ついて,特許出願し,出願公開がされた(特開昭61-296004号公報,乙1
の2の2)。15
足立発明1の特許請求の範囲は,「塩化ビニル系樹脂を塩素化して塩素化塩化ビニ
ル系樹脂を作り,塩素化塩化ビニル系樹脂と共存する未反応塩素及び副生した塩酸
を除去するために,水洗し濾過して,塩素化塩化ビニル系樹脂をケーキとしたのち,
比抵抗が20KΩ以上の純水でケーキを洗浄し,乾燥することを特徴とする,塩素
化塩化ビニル系樹脂の後処理方法。」というものであり,上記公開特許公報には,同20
発明は,塩素化塩化ビニル系樹脂の後処理方法に関するものであること,PVC
(塩化ビニル系樹脂)の塩素化は,PVCを密閉容器に入れ,容器内を窒素ガスで
置換したのち,容器内に塩素ガスを導入し,容器内を適度の温度に保つことによっ
て行うことができること,容器内には残留塩素のほか,塩素化反応によって副生し
た塩化水素が存在するので,これを除くために生成したCPVC(塩素化塩化ビニ25
ル系樹脂)を水洗すること,水洗は,容器内に水を入れ,攪拌し,その後濾過して
水を除去することによって行われること,濾過は,普通の濾過のほか,遠心分離器
を用いて行うこともできること,脱水は,遠心分離,デカンタ-等いずれの方式を
用いてもよいこと,その後の乾燥は,静置乾燥,流動乾燥の何れの方式によっても
よいこと等が記載されている。
(3)原告らの職務(甲21)5
ア原告P1は,被告に入社した直後の平成3年より,塩素化塩化ビニル系
樹脂の生産性改善を担当し,実験室レベルでの反応スラリーの塩酸洗浄処理方法の
改善を試みるなどした。
イ原告らは,被告のポリマー技術課に所属し,ポリマー技術の研究開発に
従事していたものであるが,平成8年9月ころ,当時のデカンタ方式による塩素化10
塩化ビニル系樹脂の洗浄に代えて,新たな洗浄方式の現場導入を担当することとな
り,実験等の結果,加圧状態で上部から散水すればケーキがスラリー状態となって,
抜き出し配管より抜き出せること,抜き出し配管に塩酸が残留する問題は,抜き出
し配管側から通水することで解消されること等,本件発明の着想を得た。
ウ被告の本件製造工程においては,塩素化後の洗浄工程に,平成9年度ま15
でのデカンタ方式に代えて,平成10年6月以降,前記着想に基づく濾過方式(本
件洗浄方式)による洗浄工程が導入された。
(4)本件特許の出願経過
ア当初出願
被告は,平成14年2月21日,発明者を原告らとして,本件発明について20
特許出願した。
本件特許の出願時の特許請求の範囲は,前記第2の2(2)ア記載の特許請求の範囲
のうち,下線部がないものであった。
イ拒絶理由通知
特許庁審査官は,平成17年7月15日付け拒絶理由通知により,被告に対25
し,①足立発明1に係る公開特許公報(乙1の2の2。引用文献1)には,請求項
1に係る「第1工程」及び「第2工程」が記載されていること,②足立発明2に係
る公開特許公報(乙1の2の3。引用文献2)には,塩素化塩化ビニル系樹脂の洗
浄方法において,洗浄されたケーキ層に水を供給してスラリー状にして,該スラリ
ーを洗浄漕から抜き出すことが記載されていること,③濾過後のケーキ層に水を供
給する際に,濾過手段の上部近傍,洗浄槽の上部から行うことは,例えば特開205
00-062833号公報(乙1の2の4。引用文献3)に記載されるとおり,当
業者が通常採り得る手段であることを指摘し,請求項1に係る発明は,以上の引用
文献に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであ
るから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない旨を通知し,
請求項2についても,同じ引用文献に基づいて同様の指摘をした(乙1の2の1)。10
ウ手続補正書等
被告は,平成17年8月26日,特許庁長官に対し,特許請求の範囲を前記
第2の2(2)アの下線部のとおり補正する内容の手続補正書を提出した(乙1の3)。
また,被告は,同日,特許庁審査官に対し,請求項1記載の塩素化塩化ビニル系
樹脂の洗浄方法によると,少量の水で短時間にスラリーにすることができ,短時間15
で抜き出すことができること,請求項2記載の塩素化塩化ビニル系樹脂の洗浄装置
も,上述の効果を奏すること,引用文献1には,請求項1に係る「第1工程」及び
「第2工程」が記載され,引用文献2には,塩素化塩化ビニル系樹脂の洗浄方法に
おいて,「洗浄されたケーキ層に水を供給してスラリー状にして,該スラリーを洗浄
槽から抜き出す」ことが記載され,引用文献3には「最上部に洗浄ノズルが設置さ20
れた固液分離槽」が記載され,「濾過後のケーキ層に水を供給する際に,濾過手段の
上部であって,洗浄槽の上部から行う」ことは,当業者が通常採り得る手段である
が,引用文献2には,請求項1の構成要件である「洗浄されたケーキ層の下部であ
って,濾過手段の上部近傍に開口している塩素化塩化ビニル系樹脂スラリー移送配
管」についての記載及び示唆はないこと,引用文献3にも,請求項1の構成要件で25
ある「洗浄されたケーキ層の下部であって,濾過手段の上部近傍に開口している塩
素化塩化ビニル系樹脂スラリー移送配管」についての記載及び示唆はないこと,請
求項1記載の発明は,「少量の水で短時間にスラリーにすることができ,短時間で抜
き出すことができる」という,引用文献1~3記載の発明からは予期せぬ効果を奏
すること等を記載した意見書を提出した(乙1の4)。
エ特許登録5
本件発明は,平成18年4月14日,上記補正後の内容により,特許登録さ
れた(甲1)。
(5)対価の支払
被告は,原告2名に対する総計とし,特許出願時の対価●(略)●,特許登録
時の対価●(略)●,及び3年ごとの実施対価として平成21年,平成24年,平10
成27年に●(略)●ずつを支払った。
2争点1(被告に本件発明による独占の利益が発生したか)について
(1)問題の所在
原告らは,要旨,本件発明による被告の独占の利益は,本件製造工程における
洗浄方法を,デカンタ方式から本件洗浄方式に切り替えたことによる経費の削減額15
により計られるべきであると主張するのに対し,被告は,本件特許出願時に足立発
明1及び2といった公知濾過方式が存した以上,デカンタ方式ではなく,公知濾過
方式と本件洗浄方式の差を検討すべきであると主張する。
また,原告らは,公知濾過方式は実用化されておらず,競業者は,本件特許の禁
止的効力により,デカンタ方式の使用を余儀なくされるから,デカンタ方式と本件20
洗浄方式の差を検討すべきであると主張するのに対し,被告は,公知濾過方式と同
じ洗浄方法が●(略)●で実用化されており,原告らの主張は失当である旨を主張
する。
以上によれば,争点1を判断するに当たり,①本件発明の技術的範囲,②本件発
明と公知濾過方式の関係,③公知濾過方式の実用化の有無について検討する必要が25
ある。
(2)本件発明の技術的範囲
ア本件明細書の記載によれば,従来から採用されている流動洗浄法とデカ
ンタ方式については,洗浄装置が大きく設備費が非常に高く,洗浄する際には洗浄
水が大量に必要であるという欠点があったことから(【0005】),本件発明の目的
は,上記欠点に鑑み,塩素化塩化ビニル系樹脂スラリーを小型の装置で,少量の洗5
浄水で洗浄することのできる洗浄方法及び洗浄装置を提供することにあるとされる
(【0006】)。
そして,本件発明1は,請求項1記載の第1工程から第3工程からなることを特
徴とする塩素化塩化ビニル系樹脂の洗浄方法に関する発明である。また,本件発明
2は,洗浄装置に関する発明であり,この装置は請求項1記載の洗浄方法を実施す10
るのに好適な洗浄装置である(【0024】)。そこで,本件発明の技術的範囲を確定
するために,まず,本件発明1の構成要件である第1工程から第3工程の内容につ
いて検討することとする。
イ第1工程について
(ア)本件特許の特許請求の範囲の記載によれば,本件発明1の第1工程と15
は,「塩素化塩化ビニル系樹脂スラリーを,濾過手段を有する洗浄槽に供給・濾過し
てケーキ層を形成する」工程であり,本件明細書では,上記濾過手段としては,一
般に濾材が使用されるが,濾材としては上記塩素化塩化ビニル系樹脂を濾過しうる
ものであればよいこと(【0014】),上記洗浄槽は,濾過手段が洗浄槽の下部に設
けられているのが好ましく,スラリー中には塩酸が存在するので,耐酸性の材料で20
製造されているのが好ましいこと(【0015】),洗浄槽に塩素化塩化ビニル系樹脂
スラリーを供給すると,濾過手段により濾過されて,水及び塩酸は除去され,濾過
手段の上にケーキ層が形成され(【0016】),この時,塩酸水が水供給配管に入ら
ないようにバルブを少し開放して洗浄水を少量ずつ流し続けるのが好ましいこと
(【0031】)等が記載されており,本件発明2の洗浄槽の実施例として,内面か25
らチタンコーティングされている洗浄槽が挙げられている(【0025】,別紙「本
件発明の図面」の図1)。
(イ)第1工程の技術的範囲
特許請求の範囲では,「洗浄槽」や洗浄槽に設置される「濾過手段」の内容
及び「濾過」の具体的方法について特に限定はされていないし,ケーキ層が形成さ
れることは,濾過されて水分が除去されることの結果にすぎない。また,特許請求5
の範囲には,「塩素化塩化ビニル系樹脂スラリーを…洗浄槽に供給」するという記載
があるが,濾過の直前に洗浄槽にスラリーを供給することの技術的意義があるとは
考え難く,この記載は,第1工程の「濾過」の前提として,洗浄槽にスラリーが存
在している必要があるということを記載したものと解するのが相当である。さらに,
第1工程では,洗浄槽にスラリーが供給された後,洗浄槽に水を供給することは予10
定されていないから,ここでいう「濾過」とは,単に,一般に塩素化塩化ビニル系
樹脂と塩酸と水からなるスラリー(本件明細書の【0010】)から,塩酸及び水を
除去するものにすぎないと認められる。
したがって,洗浄槽が何らかの濾過手段を有しており,そのような洗浄槽に塩酸
と水を含んだ塩素化塩化ビニル系樹脂スラリーが存在しており,それが濾過されて15
塩酸と水が除去され,ケーキ層が形成される工程であれば,第1工程に当たると解
するのが相当である。
また,塩素化塩化ビニル系樹脂スラリーの濾過に関する工程であるが,濾過され
る樹脂が塩素化塩化ビニル系樹脂であることによる特有の構成はみられない。
(ウ)原告らの主張について20
原告らは,本件発明の特徴として,上記【0031】の記載を引用して,
移送配管に塩酸が残留することを防ぐことを目的として,移送配管に水の供給を継
続することとしたことを挙げている。
しかし,本件特許の特許請求の範囲には,洗浄槽に移送配管を設置することや,
第3工程においてケーキ層下部の樹脂をスラリー状にするための水を移送配管から25
供給すること等が明記されているにとどまり,第1工程の工程中に,その移送配管
に水の供給を継続することは明記されていない。原告らは上記【0031】の記載
を引用しているが,これは明細書の記載にとどまる上に,明細書にあるのは,「塩酸
水が水供給配管…に入らないように…洗浄水を少量ずつ流し続けるのが好ましい」
との記載にとどまる。
したがって,移送配管に水の供給を継続するとの構成が,本件発明の技術的範囲5
を画するということはできず,本件発明による独占の利益を基礎付けることもない
というべきである。
ウ第2工程について
(ア)本件特許の特許請求の範囲の記載によれば,本件発明1の第2工程と
は,「ケーキ層に,洗浄槽の上部から洗浄水を供給し,洗浄・濾過し,再度ケーキ層10
を形成する」工程であり,本件明細書では,濾過すると,ケーキ層中の水位は次第
に低下していくこと,ケーキ層の水位が高い時に洗浄水を供給するとケーキ層中の
塩酸が洗浄水中に拡散して洗浄効果が低下するので,ケーキ層中の水位がケーキ層
表面から5㎝以下に低下してから洗浄水を供給するのが好ましいこと(【0018】,
【0033】),この工程中も,塩酸水が水供給配管に入らないようにバルブを少し15
開放して洗浄水を少量ずつ流し続けるのが好ましいこと,また,濾過を速やかに行
うために,バルブを開放して窒素を供給し加圧してもよいこと(【0033】),この
工程はケーキ層中の塩酸が除去されるまで1回又は複数回行われること(【001
7】,【0032】)等が記載されている。
(イ)第2工程の技術的範囲20
特許請求の範囲に記載されているとおり,「洗浄・濾過」の前に,洗浄槽の
上部から洗浄水を供給する構成とすることは必須のものと認められるが,その後の
洗浄・濾過の具体的方法について特に限定はされていない。また,ケーキ層が形成
されることは,濾過されて水分が除去されることの結果にすぎない。したがって,
洗浄槽の上部から洗浄水を供給して洗浄する構成を有しており,濾過して再度ケー25
キ層が形成される工程であれば,第2工程に当たると解するのが相当である。
また,塩素化塩化ビニル系樹脂スラリーの洗浄・濾過に関する工程であるが,洗
浄・濾過される樹脂が塩素化塩化ビニル系樹脂であることによる特有の構成はみら
れない。
(ウ)原告らの主張について
原告らは本件発明の特徴として,上記【0018】や【0033】の記載5
を引用して,(a)ケーキ層中の水位がケーキ層の表面から5㎝以下に低下してから洗
浄水を供給することや,(b)濾過の際に加圧方式を採用していることを挙げている。
また,原告らは(c)本件発明の洗浄装置は少量の水で1回で洗浄するためのものであ
ると主張する。
しかし,本件特許の特許請求の範囲には,第2工程として「ケーキ層に,洗浄槽10
の上部から洗浄水を供給」することや「洗浄・濾過し,再度ケーキ層を形成する」
ことが明記されているにとどまり,それらに加えて原告らが主張する上記構成が明
記されているわけではない。
原告らは上記(a)及び(b)の構成に関し,本件明細書の記載を引用しているが,こ
れは明細書の記載にとどまる上に「好ましい」とか「してもよい」とされているに15
すぎず,上記特許請求の範囲の記載に照らせば,明細書の内容に照らして特許請求
の範囲の文言にない構成を補充して解釈する余地はない。また,上記(c)の構成に関
し,本件明細書の【0017】には,「この工程(注:第2工程)はケーキ層中の塩
酸が除去されるまで1回又は複数回行われる」と明記されているところ,この記載
は原告らの主張と整合せず,このような明細書の記載に反し,第2工程の「洗浄」20
が1回のみで行われると解釈すべき理由は見当たらない。
以上より,原告らが主張する上記構成が本件発明の技術的範囲を画するというこ
とはできず,本件発明による独占の利益を基礎付けることもないというべきである。
なお,本件明細書の【0033】には,第2工程の工程中にも水供給配管に洗浄
水を流し続けるのが好ましいことが記載されているが,これが本件発明の技術的範25
囲を画するものではなく,本件発明による独占の利益を基礎付けるものでないこと
は上記イ(ウ)で述べたところと同じである。
エ第3工程について
(ア)本件特許の特許請求の範囲の記載によれば,本件発明1の第3工程と
は,「洗浄されたケーキ層の下部であって,濾過手段の上部近傍に開口している塩素
化塩化ビニル系樹脂スラリー移送配管から水を供給してケーキ層下部の塩素化塩化5
ビニル系樹脂をスラリー状にした後,洗浄槽上部から水を供給しながら洗浄された
塩素化塩化ビニル系樹脂スラリーを,該塩素化塩化ビニル系樹脂スラリー移送配管
で洗浄槽から抜き出す」工程であり,この工程を細分化すると,①ケーキになった
塩素化塩化ビニル系樹脂をスラリー状にする工程(以下「第3-1工程」という。)
と,②スラリー状になった塩素化塩化ビニル系樹脂(スラリー)を移送配管で洗浄10
槽から抜き出す工程(以下「第3-2工程」という。)に分けられる。
本件明細書では,第3-1工程に関し,洗浄された塩素化塩化ビニル系樹脂は抜
き出して乾燥する必要があるが,ケーキになった塩素化塩化ビニル系樹脂は容易に
抜き出すことができないので,再度スラリー状にして抜き出すこと(【0020】),
ケーキになった塩素化塩化ビニル系樹脂に上部から水を供給したのでは,スラリー15
化に時間がかかり抜き出しにくいので,ケーキ層の下部であって,濾過手段の上部
近傍に開口している塩素化塩化ビニル系樹脂スラリー移送配管から水を供給してケ
ーキ層下部の塩素化塩化ビニル系樹脂(移送配管の開口部付近のケーキ)をスラリ
ー状にした後,洗浄槽上部から水を供給して残りのケーキ層(ケーキ層全体)をス
ラリー状にして抜き出すこと(【0021】,【0034】,【0035】)等が記載さ20
れている。
また,本件明細書では,第3-2工程に関し,濾過手段の上部近傍に開口した塩
素化塩化ビニル系樹脂スラリー移送配管によって,塩素化塩化ビニル系樹脂スラリ
ー移送配管から供給された水によってスラリー化されたケーキ層下部の塩素化塩化
ビニル系樹脂スラリーを抜き出し,次いで,洗浄槽上部から供給された水で残りの25
ケーキ層をスラリー状にして抜き出すこと(【0022】,【0036】)等が記載さ
れている。
なお,本件発明2の洗浄槽の実施例として,塩素化塩化ビニル系樹脂スラリー移
送配管が洗浄槽の中心部まで延ばされた例が掲げられている(別紙「本件発明の図
面」の図1の6)。
(イ)第3工程の技術的範囲5
a第3-1工程について
その具体的方法については,特許請求の範囲に記載されているとおり,
「塩素化塩化ビニル系樹脂スラリー移送配管」から水を供給する構成とすることが
必須のものであり,また当該移送配管は「洗浄されたケーキ層の下部であって,濾
過手段の上部近傍に開口している」ものであることが必須のものであると認められ10
る。そして,そのような移送配管の設置場所等に照らせば,ケーキ層下部の樹脂が
スラリー状になることは,移送配管から水が供給されることの結果であると認めら
れる。
したがって,移送配管を「洗浄されたケーキ層の下部であって,濾過手段の上部
近傍に開口している」ものとした上で,そこから水を供給してケーキ層下部の樹脂15
がスラリー状になる工程であれば,第3-1工程に当たると解するのが相当である。
また,上記【0020】には,ケーキになった樹脂は容易に抜き出すことができ
ないとの記載があり,【0021】には,ケーキになった樹脂に上部から水を供給し
たのでは,スラリー化に時間がかかり抜き出しにくいとの記載があるが,その記載
内容等に照らせば,これらの記載は,塩素化塩化ビニル系樹脂の流動性が低いこと20
(弁論の全趣旨)を踏まえた記載であるということはできるが,塩素化塩化ビニル
系樹脂でなければ妥当しない記載であるとまでは認められない。
b第3-2工程について
その具体的方法について,特許請求の範囲では,「洗浄槽上部から水を供
給しながら」洗浄されたスラリーを,移送配管で洗浄槽から抜き出すと記載されて25
いる。したがって,洗浄されたスラリーを抜き出すに当たり,洗浄槽上部から水を
供給することは,必須の構成と認められる(上記aの構成及び第2工程の構成と併
せると,本件発明1で使用される洗浄槽における水の供給手段は,移送配管に加え,
洗浄槽上部にも設置されることを必須の構成とするものと認められる。)。
もっとも,上記【0021】,【0034】及び【0035】の記載によれば,第
3-1工程における水の供給は,ケーキ層下部,特に移送配管の開口部付近の樹脂5
をスラリー状にすることを目的としているのに対し,第3-2工程における水の供
給は,残りのケーキ層(ケーキ層全体)をスラリー状にすることを目的としている
ものと認められるから,スラリーを移送配管で抜き出す最中に洗浄槽上部から水を
供給しておくという点に技術的意義があるものとは認められず,その技術的な意義
は,スラリーを移送配管で抜き出すに当たり,ケーキ層下部以外の部分の樹脂もス10
ラリー状になるよう水を供給するという点にあると認めるのが相当である。
以上より,スラリーを移送配管で抜き出すに当たり,洗浄槽上部から水を供給す
ることによってケーキ層全体をスラリー状にし,スラリーを移送配管で洗浄槽から
抜き出す工程であれば,第3-2工程に当たると解するのが相当である。
また,上記aと同じく,本件明細書の記載は,抜き出されるスラリーを構成する15
樹脂が塩素化塩化ビニル系樹脂でなければ妥当しない記載であるとまでは認められ
ない。
(ウ)原告らの主張について
原告らは,第3工程が,水が流れ続けていて綺麗であり,残留塩酸の存在
しない移送配管を通じてスラリーの抜き出しを可能としたもので,そこに本件発明20
の大きな特徴があるなどと主張する。
しかし,上記イ(ウ)及びウ(ウ)で判示したとおり,第1工程及び第2工程の工程中,
塩酸水が水供給配管に入らないように洗浄水を流し続け,その結果,移送配管にも
水が流し続けられるという構成は本件発明の必須のものとは認められず,その構成
が本件発明の技術的範囲を画するということはできないから,それらの構成を前提25
として第3工程の技術的範囲を論ずる原告らの主張は失当である。
したがって,この点をデカンタ方式と濾過方式との相違点と位置付けることは相
当でなく,原告らがデカンタ方式との比較により基礎付けようとしている本件発明
による独占の利益の根拠になるということもできない。
また,原告らは,この点を本件発明の特徴として主張したり,デカンタ方式より
も洗浄効率が図られていることの根拠として主張したりしているが,これらの主張5
はいずれも採用できない。
オ以上より,本件発明1の技術的範囲は,以上認定したとおりの第1工程,
第2工程及び第3工程からなることを特徴とする塩素化塩化ビニル系樹脂の洗浄方
法にのみ及ぶのであり,前記イないしエの各(ウ)で検討した原告ら主張の各構成が,
その内容に含まれるものとは認められない。したがって,本件発明1による独占の10
利益の発生の有無を検討する前提となる本件発明1に係る特許による禁止権の範囲
もそれに対応したもののみになる。
また,本件発明2は塩素化塩化ビニル系樹脂の洗浄装置に関する発明であるとこ
ろ,その特許請求の範囲の内容は本件発明1に係る特許請求の範囲と内容を同じく
しているから,本件発明2の技術的範囲やこれに係る特許の禁止権の範囲について15
も,基本的に,本件発明1に係る上記イないしエの認定・判示が妥当するというべ
きである。
(3)本件発明と公知濾過方式(足立発明1及び2)との対比
ア本件明細書の「従来の技術」の項(【0002】ないし【0004】)に
は,塩素化塩化ビニル系樹脂の洗浄方法に関する従来の技術として,流動洗浄法と20
デカンタ洗浄法があったことしか記載されていない。そして,本件明細書には,こ
れらの洗浄方法には洗浄装置が大きく設備費が非常に高く,洗浄する際には洗浄水
が大量に必要であるという欠点(課題)があったことが記載されている(【000
5】)。
イ被告は,公知濾過方式として足立発明1及び2が存在していたとして,25
本件発明による独占の利益の発生を争っているが,この主張は,本件明細書の「従
来の技術」等として記載されていることが,本件特許の出願時の従来技術に照らし
て客観的に不十分であったとの趣旨と解される。そこで,以下,前記認定の足立発
明1及び2の内容を踏まえ,この被告の主張について検討する(なお,本件特許の
出願をしたのは原告らではないから,原告らが本件特許の出願経過における意見等
と異なる主張をすることが信義則に反するとはいえない。)。5
(ア)足立発明1について
a前記1(2)イ認定の足立発明1に係る公開特許公報(乙1の2の2)
において,塩素化塩化ビニル系樹脂の後処理の方法として,①PVCの塩素化を行
う密閉容器内に存在する残留塩素及び塩素化反応によって副生した塩酸(塩化水
素)を除くために,容器内に水を入れ,撹拌し,その後濾過して水を除去すること10
によってCPVCを水洗すること,②その後,上記①によって得られたケーキに所
定の純水を加え,ケーキを水中に分散させ,よく撹拌し,その後に濾過することに
よってケーキを洗浄すること,③その後,これを脱水の上,乾燥させることが開示
されている。
そして,足立発明1が対象としているのは,本件発明でも洗浄の対象とされてい15
る塩素化塩化ビニル系樹脂であり,足立発明1の目的は,残留塩素及び塩素化反応
によって副生した塩酸(塩化水素)を除くこととされ,塩素化する際に副生される
塩酸の除去を目的とする本件発明と同じである。
bまず,足立発明1における上記①のCPVC(塩素化塩化ビニル系
樹脂)の水洗は,濾過して水を除去することによって行われるから,足立発明1の20
容器は何らかの濾過手段を有していると認めることができ,本件発明1の「濾過手
段を有する洗浄槽」に相当すると認められる。
また,足立発明1では,塩素化反応とCPVCの水洗等を同一の容器内で行うこ
ととされているため,濾過の前に,塩素化塩化ビニル系樹脂スラリーを洗浄槽に供
給するという工程は予定されていないが,上記①の工程は,その内容からすると,25
容器内に存するCPVCと水,残留塩素,副生した塩酸(塩化水素)から,濾過に
よって残量塩素と副生した塩酸(塩化水素)と水を除去することを目的とした工程
であると認められるから,上記①の工程は,本件発明1の第1工程に相当するもの
といえる。
cさらに,足立発明1の上記②の工程は,上記①の水洗によって得ら
れたケーキに所定の純水(本件発明の「洗浄水」に相当する。)を加え,ケーキを水5
中に分散させ,よく撹拌し,その後に濾過することによってケーキを洗浄するとい
うものであるところ,これは容器(洗浄槽)に洗浄水を供給して洗浄して濾過する
ものであり,濾過の結果,水分が除去されて再度ケーキ層が形成されるものと認め
られる。そして,足立発明1に係る公開特許公報には,洗浄水を供給するのが容器
(洗浄槽)の上部であることは記載されていないものの,合成樹脂等の洗浄又は固10
液分離に当たっての洗浄の際に,洗浄槽の上部から洗浄水を供給することは,当業
者が適宜設計し得る事項ということができる(乙1の2の4の図1,乙6の図1,
乙7の図1,乙8の図1等)。
以上によれば,足立発明1の上記②の工程は,本件発明1の第2工程(ただし,
洗浄槽の上部から洗浄水を供給するという点を除く。)に相当するものといえ,洗浄15
槽の上部から洗浄水を供給するという点については設計事項であると認められる。
d以上より,本件発明1の第1工程及び第2工程に係る構成について
は,その大半が足立発明1によって本件特許の出願前から公知であり,その余は設
計事項にすぎなかったと認められる。
(イ)足立発明2について20
a前記1(2)ア認定の足立発明2に係る公開特許公報(乙1の2の3)
において,塩素化塩化ビニル系重合体から未反応の塩素を除去する方法として,①
塩素化反応を行って得られたスラリーを容器内に送入し,濾過し,濾過材の上に適
当な厚みのケーキ層を形成すること,②上記容器内に水蒸気を導入し,ケーキ層に
含まれる塩素を排出させて除去することが開示され,実施例として,さらに③その25
後,容器内に濾過材を経て水を送入し,ケーキ層をスラリー化すること,④これを
スラリー排出管から容器の外へ取り出すこと,⑤その後,取り出したスラリーをさ
らに洗浄,中和,乾燥させることが開示されている。
足立発明2が対象としているのは,本件発明でも洗浄の対象とされている塩素化
塩化ビニル系重合体であり,本件発明の塩素化塩化ビニル系樹脂に相当する(本件
明細書の【0011】参照)。また,足立発明2の目的は,塩素化反応後に残存した5
未反応の塩素を除去するというものとされ,塩素化する際に副生される塩酸の除去
を直接の目的としているわけではないが,少なくとも本件発明と同種の目的を有す
るということはできる。
bまず,足立発明2の上記①の工程は,その内容に照らせば,本件発
明1の第1工程に相当すると認められる。この点に関連して,足立発明2に係る公10
開特許公報(乙1の2の3)には,従来技術による方法の1つとして,「塩素化反応
を行なった後のスラリーを濾過し,水洗する方法」が挙げられ,またケーキ層の形
成方法について,「塩素化反応を行なった後のスラリーを濾過器中で濾過して,ケー
キ層を形成させるのが,一般的な方法である」とも記載されており,これらは本件
発明1の第1工程と同じものと認められる。15
c次に,足立発明2の上記③の工程は,ケーキ層に含まれる塩素を除
去した後,容器内に濾過材を経て水を送入し,ケーキ層をスラリー化するというも
のであるところ,本件発明1とケーキ層への水の供給方法は異なるものの,ケーキ
層の下側から水を供給してケーキ層下部の樹脂を含めスラリー状とするものである
から,本件発明1の第3-1工程の一部(ケーキ層の下側からの水の供給方法に関20
する部分を除くもの)に相当するものと認められる。
dまた,足立発明2の上記④の工程は,スラリーをスラリー排出管か
ら容器の外へ取り出すというものであるところ,この「スラリー排出管」は本件発
明の「移送配管」に相当する。また,足立発明2に係る公開特許公報の図1では,
このスラリー排出管がケーキ層9の下部であって,洗浄槽の下側の側面(濾過材125
の近く)に設けられる構成が開示されている。
もっとも,上記④それ自体には,上記③の工程の後,スラリーを取り出す際に,
容器(洗浄槽)上部から水を供給しながらスラリーを抜き出すことは開示されてい
ない。とはいえ,本件発明1では特許請求の範囲で「移送配管から水を供給してケ
ーキ層下部の塩素化塩化ビニル系樹脂をスラリー状にした後」と記載されているの
に対し,足立発明2に係る公開特許公報には「ケーキ層9をスラリー化して」(乙15
の2の3の3頁の左下欄2行目)と記載してあることからすると,足立発明2の上
記③の工程では,ケーキ層の全体がスラリー化される程度の量の水が濾過材を経て
容器内に送入されるものと認められる。そうすると,上記④の工程においてスラリ
ーが取り出される際には,既に少なくとも取り出される部分の樹脂はスラリー化さ
れる程度の水が供給されていることが前提となっているものと認められる。10
したがって,足立発明2には,スラリーをスラリー排出管(移送配管)から取り
出すことに加え,その取り出しに当たり,容器(洗浄槽)に水を供給することによ
ってケーキ層全体がスラリー化されていることも開示されていると認められる。
以上より,足立発明2の上記③及び④の工程は,本件発明1の第3-2工程の一
部(移送配管の設置場所及び洗浄槽に水を供給する場所に関する部分を除くもの)15
に相当するものと認められる。
e原告らの主張について
原告らは,足立発明2では取り出されたスラリーがさらに洗浄,中和さ
れることから,塩酸効率について全く着眼できていないと主張する。
しかし,上記判示のとおり,足立発明2は本件発明と同種の目的を有していると20
いうことができるし,足立発明2の容器と本件発明1の洗浄槽とは類似し,濾過や
スリラー化等に係る工程の内容が共通している。
また,そもそも本件発明1自体,最も重要な洗浄工程は「ケーキ層の塩酸が除去
されるまで1回又は複数回行われる」(本件明細書の【0017】)というものにす
ぎず,塩酸が除去されるまで洗浄し続けることを前提としており,本件明細書の記25
載によっても,一般の濾過方式では中和の工程が必要だが,本件発明1がその課題
を解決し,中和を不要としたものとまで認めることはできない。そして,足立発明
2の容器と本件発明1の洗浄槽の類似性やその使用目的の共通性等に照らせば,本
件洗浄方式によって塩酸が除去されるのであれば,足立発明2によっても塩酸を除
去することができると認められる。
したがって,足立発明2のうち,濾過を内容とする部分(本件発明の第1工程に5
相当する部分)及びケーキのスラリー化及びスラリーの取り出しを内容とする部分
(本件発明の第3工程の一部に相当する部分)については,本件発明1に関係する
発明ということができ,本件発明1についての従来技術の有無等を判断するに当た
り,足立発明2を参酌することに問題はないと考えられる。
f以上より,本件発明1の第1工程に係る構成については,足立発明10
2によっても,本件特許の出願前から公知であったと認められる。また,本件発明
1の第3工程に係る構成のうち,第3-1工程のうちケーキ層の下側からの水の供
給方法に関する部分及び第3-2工程のうち移送配管の設置場所及び洗浄槽に水を
供給する場所に関する部分は,足立発明2によって開示されていたとは認められな
いものの,その余の構成は開示されていて,本件特許の出願前から公知であったと15
認められる。この点は,本件特許の出願経過において,特許庁審査官が示した判断
と同旨である(前記1(4)イ)。
(4)公知濾過方式の実用化の有無
ア既に認定したところによれば,被告は,本件製造工程において,まず流
動洗浄法を,次にデカンタ方式を実施し,現在は本件洗浄方式を実施しているもの20
であるが,公知濾過方式については,これを実施した時期があったとは認められず,
原告らは公知濾過方式には実用可能性がなく,したがって,本件発明の独占の利益
を論じるに当たって,公知濾過方式と対比すべきではないと主張する。
イ後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(ア)●(略)●の例(乙5)25
●(略)●
(イ)●(略)●の例(乙10)
●(略)●ウ上記イ記載の洗浄方法と公知濾過方式との対比
(ア)●(略)●の例について
●(略)●での洗浄方法のうち前記a及びbの工程は,その内容としては,
本件発明1の第1工程及び第2工程に相当するものであると共に,足立発明1の①5
及び②の工程(前記(3)イ(ア)a)並びに足立発明2の①の工程(前記(3)イ(イ)a)
と同じと認められる。
また,前記cの工程は,その内容としては,足立発明2の③及び④の工程(前記
(3)イ(イ)a)と同じであり,本件発明1の第3工程との共通点・相違点は,前記(3)
イ(イ)c及びdに記載したところと同じと認められる。10
●(略)●の洗浄設備によって洗浄されているのは●(略)●であって,本件発
明が対象としている塩素化塩化ビニル系樹脂ではないが,本件発明1は,塩化ビニ
ル系樹脂を塩素化する際に副生される塩酸を除去するために洗浄・濾過するもので
あるところ,前記判示のとおり,その第1工程及び第2工程には,洗浄・濾過され
る樹脂が塩素化塩化ビニル系樹脂であることによる特有の構成はみられないし,第15
3工程に関する記載も,塩素化塩化ビニル系樹脂でなければ妥当しない記載である
とまで認めることはできない。
したがって,洗浄・濾過等される樹脂が異なっていたとしても,樹脂とともに塩
酸及び水が含まれるスラリーを洗浄・濾過等するための洗浄方法であれば,特段の
事情のない限り,塩素化塩化ビニル系樹脂の洗浄・濾過等にも用いることが可能と20
いうべきである。
そして,本件洗浄方式の洗浄装置と,●(略)●の洗浄装置を対比すると,両方
とも機能樹脂製品の生産工程で使用された塩酸を水によって洗浄することによって
除去する洗浄装置であり,その使用目的等は共通している。
以上によれば,●(略)●の洗浄装置によっては塩素化塩化ビニル系樹脂を洗25
浄・濾過等することができないとすべき特段の事情があるとは認められないから,
●(略)●の例は,本件発明1の第1工程及び第2工程並びに第3工程の一部の実
用化例とみることができるし,公知濾過方式の実用化例とみることもできる。
(イ)●(略)●の例について
●(略)●での洗浄方法のうち前記a及bの工程は,その内容としては,
本件発明1の第1工程及び第2工程に相当するものであると共に,足立発明1の①5
及び②の工程並びに足立発明2の①の工程とも同じであると認められる。
●(略)●で洗浄の対象とされているのは●(略)●という樹脂微粒子であり,
塩素化塩化ビニル系樹脂ではないが,同工場で実施されている発明(乙6)は,重
量分布平均粒子径で1~100μmが好ましいとされる「微粒子状合成樹脂」を対
象とし,その材質は特に限定されるものではないとされているから(乙6の【0010
33】),同工場での洗浄方法は,●(略)●以外の「微粒子状合成樹脂」の洗浄に
も使用することができると認められる。
他方,本件発明1は,塩化ビニル系樹脂を塩素化する際に副生される塩酸を除去
するために洗浄・濾過するものであるところ,前記判示のとおり,その第1工程及
び第2工程には,洗浄・濾過される樹脂が塩素化塩化ビニル系樹脂であることによ15
る特有の構成はみられない。
そして,本件洗浄方式の洗浄装置と,●(略)●の洗浄装置を対比すると,両方
とも合成樹脂製品の生産工程で使用された強酸を水によって洗浄することによって
除去する洗浄装置であり,その使用目的等は共通している。
したがって,●(略)●の例は,本件発明1の第1工程及び第2工程の実用化例20
とみることができるし,公知濾過方式の実用化例とみることもできる。
エ以上より,公知濾過方式(足立発明1及び2)は実用化されていたもの
と認められ,これに反する原告らの主張は採用できない。
(5)争点1についての判断
ア本件特許の禁止権の範囲25
以上認定したところによれば,本件発明1の第1工程及び第2工程に係る構
成については,本件特許の出願前から公知であるか,設計事項にすぎなかったので
あり,本件発明1の第3-1工程に係る構成のうちケーキ層の下側からの水の供給
方法に関する部分及び,第3-2工程に係る構成のうち移送配管の設置場所及び洗
浄槽に水を供給する場所に関する部分を除く部分については,足立発明2によって
本件特許の出願前から公知であったと認められるが,第3-1工程のうちケーキ層5
の下側からの水の供給方法に関する部分,及び第3-2工程のうち移送配管の設置
場所及び洗浄槽上部から水を供給する部分については,足立発明1及び2によって
公知であったとはいえない。
そうすると,塩素化塩化ビニル系樹脂の洗浄方法又はその装置として,より効率
的な方式を導入して経費の削減を図ろうとする競業者は,本件特許の禁止的効力に10
より,第1工程から第3-2工程までの本件発明の全体を実施することはできない
が,公知濾過方式(前記(3)イ(ア)cの設計事項と認められる範囲を含む。以下同
じ。)については,自由に実施できることになる。
イ被告の実施権
前記認定のとおり,原告らは塩素化塩素ビニル系樹脂の生産性を改善するこ15
と及び従来行われていたデカンタ方式に代えて新たな洗浄方式を導入することを被
告において担当していたのであるから,本件洗浄方式を考案し,これを現場に導入
して費用を削減し,生産性の向上を図ることは,原告らの職務の内容そのものであ
ったと認められる。
そして,仮に原告らが本件発明について特許を受けた場合であっても,被告はこ20
れについて法定の実施権を取得するのであるから(特許法35条1項),被告の名で
特許を取得した本件においては,被告は当然に,デカンタ方式に代えて本件洗浄方
式を導入し,本件発明を実施することができたことになる。
ウ被告の排他的利益
本件発明は,前述のとおり,塩素化塩化ビニル系樹脂の洗浄方法について,25
装置の小型化や使用水量の削減といった生産性の向上を図ろうとするものであると
ころ,原告らがこれについて特許を受ける権利を被告に承継したことによる相当の
対価を検討するに当たっては,前記イで述べたような,被告において単にこれを実
施し得ることによる利益を考えるのではなく,本件発明が特許として登録され,そ
の禁止的効力によって,競業者は本件発明を実施することができなくなり,被告が
競争上優位な立場に立つことによって得られる利益をもって,算定の基礎とすべき5
ことになる。
そして,既に検討したとおり,本件特許の登録後,競業者は,本件発明を実施す
ることはできないが,公知濾過方式については実施することができるのであるから,
両者にコストや生産性の面で差があり,競業者が本件発明を実施できないことによ
って被告が競争上優位な立場に立つのであれば,これによって得られる利益を,相10
当の対価算定の基礎とすることができる。
エ原告らの主張,立証について
原告らは,公知濾過方式は実用化されておらず,競業者は,本件発明が実施
できなければデカンタ方式によることを余儀なくされるとして,デカンタ方式から
本件洗浄方式に切り替えたことによるコストの削減が,被告の排他的利益の内容で15
あると主張する。
しかしながら,公知濾過方式が実用化されていることは既に検討したとおりであ
るし,本件発明の排他的利益を検討するに当たっては,前述のとおり,本件発明と
構成として共通する面の多い公知濾過方式と対比するのが相当であるから,原告ら
の主張は失当である。20
また,原告らは,前記ウで述べたような形での,公知濾過方式と対比する形での
本件発明による排他的利益については,予備的にも主張しない旨を明示している。
以上によれば,特許法35条3項の相当の対価が存すると認めるに足りる主張,
立証はないといわざるを得ない。
第5結論25
以上によれば,その余の争点について判断するまでもなく,原告らの請求はいず
れも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官
谷有恒10
裁判官
野上誠一
裁判官
島村陽子

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