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裁判例


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       主   文
1 乙事件原告らの訴えをいずれも却下する。
2 甲事件被告らは,神奈川県座間市に対し,連帯して149万1000円及びこ
れに対する平成10年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
3 甲事件原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,これを6分し,その1を甲事件被告ら及び乙事件被告らの,その
余を甲事件原告及び乙事件原告らの負担とする。
       事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 甲事件
(1) 請求の趣旨
ア 甲事件被告らは,神奈川県座間市(以下「座間市」という。)に対し,連帯し
て872万5500円及びこれに対する平成9年7月25日から支払済みまで年5
分の割合による金員を支払え。
イ 訴訟費用は甲事件被告らの負担とする。
ウ 仮執行の宣言
(2) 請求の趣旨に対する答弁
ア 甲事件原告の請求をいずれも棄却する。
イ 訴訟費用は甲事件原告の負担とする。
2 乙事件
(1) 請求の趣旨
ア 主位的請求
(ア)①乙事件被告有限会社浅沼組(甲事件被告としての場合を含め,以下「被告
浅沼組」という。甲乙両事件の被告については,同様に単に「被告…」とい
う。),
②同株式会社前里興業(以下「被告前里興業」という。),
③同株式会社高原組(以下「被告高原組」という。),
④同大臣建設株式会社,
⑤同亀井建設株式会社(以下「被告亀井建設」という。),
⑥同有限会社加藤土建,
⑦同新本建設株式会社,
⑧同株式会社廣美建設(以下「被告廣美建設」という。),
⑨同鈴商建設株式会社(以下「被告鈴商建設」という。),
⑩同草光建設株式会社(以下「被告草光建設」という。),
⑪同有限会社小池土建,
⑫同大勇建設株式会社及び
⑬同株式会社協和工業は,
座間市に対し,連帯して11億1416万2776円(ただし,内金10億684
6万1461円は後記(イ)の被告石井建設株式会社と連帯)及びこれに対する平
成10年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(イ) 乙事件被告石井建設株式会社(以下「被告石井建設」という。)は,座間
市に対し,10億6846万1461円(この限度で前記(ア)と連帯)及びこれ
に対する平成10年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
イ 予備的請求
 別紙1「乙事件被告別請求(予備的請求)金額一覧表」の左覧記載の各乙事件被
告らは,座間市に対し,同一覧表の右欄記載の各金員及びこれに対する平成10年
4月1日から支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。
ウ 訴訟費用は乙事件被告らの負担とする。
(2) 請求の趣旨に対する答弁
ア 本案前の答弁
 乙事件原告らの主位的請求に係る訴えをいずれも却下する。
イ 本案の答弁
 乙事件原告らの主位的請求及び予備的請求をいずれも棄却する。
ウ 訴訟費用は乙事件原告らの負担とする。
第2 事案の内容
1 概要
 本件甲乙事件は,被告らが座間市発注の下水道管布設工事及び道路改良工事等に
おいていわゆる入札談合により座間市に損害を与えたとして,座間市の住民である
原告らが,地方自治法(以下「地自法」という。)242条の2第1項4号後段に
基づき,座間市に代位して,被告らに対し,損害賠償を求めた事案である。
2 前提事実(証拠の記載のない事実は争いがない。証拠の記載のある事実は当該
証拠により認められる事実である。認定に用いた書証の成立は弁論の全趣旨により
認められる。)
(1) 当事者等
ア 原告ら
 甲事件原告及び乙事件原告らは,いずれも座間市の住民である。
イ 被告ら
 乙事件被告ら(14社。うち8社が甲事件被告でもある。)は,いずれも座間市
(被告前里興業以外の被告ら)あるいは厚木市(被告前里興業)に本店を置き,座
間市の入札参加資格者名簿に登録され,座間市建設業協会(以下「本件協会」とい
う。)の現在の会員であるか,かつて会員であったものである。
ウ 大東建設及び大山土木
 大東建設株式会社(以下「大東建設」という。)は,当初は甲事件・乙事件双方
の,株式会社大山土木(以下「大山土木」という。)は乙事件の各被告とされてい
たが,本件甲乙事件提起後に破産宣告を受けたことに伴い,両社に対する訴えは,
いずれも取下げられた。
(2) 市道α線道路改良工事の指名競争入札に関する事前合意と請負契約(甲事
件に係る財務会計行為)
ア 市道α線道路改良工事
 座間市においては,平成6年度から,市道α線道路改良工事(以下「α線工事」
という。)が行われており,その工事請負業者は,各年度ごとに,入札等を行うこ
とにより,決められてきた。平成6年度及び平成7年度は被告高原組が,平成8年
度は被告前里興業が受注した。(甲11の16,12の27,49)
イ 平成9年度α線工事・分割その1
 座間市は,平成9年度のα線工事を発注することとし,それを3つに分割し,そ
の第1回分であるα線工事・分割その1(以下「本件工事」という。)の請負人を
指名競争入札の方式により決定することとし,その入札(以下「本件入札」とい
う。)を平成9年7月18日午前9時30分に実施することとした。
 そこで,座間市長は,同入札に参加することのできる業者として,甲事件被告ら
及び大東建設(以下「被告ら9社」ということがある。)を指名して,その旨を入
札に先立つ同月2日,被告ら9社に通知した。
ウ 本件工事に関する現場説明会と被告ら9社の話合い
 本件工事に関する現場説明会(以下「本件現場説明会」という。)は,平成9年
7月3日午前9時過ぎから座間市役所内において行われた。
 本件現場説明会における被告ら9社の出席者は次のとおりであった。(甲18,
19,24の2,49)
(ア) 被告浅沼組 代表取締役P1
(イ) 被告前里興業 営業担当者P2
(ウ) 被告高原組 代表取締役P3
(エ) 被告亀井建設 専務取締役P4
(オ) 被告石井建設 代表取締役P5
(カ) 被告廣美建設 専務取締役P6
(キ) 被告鈴商建設 代表取締役P7
(ク) 被告草光建設 代表取締役P8
(ケ) 大東建設 営業担当者P9
エ 本件会議
 本件現場説明会終了後,被告ら9社は,本件協会事務所に集合し,本件協会会長
P1の司会により,落札予定者をあらかじめ決定するための会議(以下「本件会
議」という。)を開いた(なお,このような落札者を決定するための入札参加者間
の事前の合意を「談合」ともいう。)。
 本件会議において,α線工事の前年度からの継続工事として本件工事を受注した
い被告前里興業と,前年度も希望しながら工事を受注することを譲った被告鈴商建
設の2社が落札予定者となることを主張した。他方,被告ら9社のうち,前記2社
以外の7社(以下「被告ら7社」という。)は,いずれも本件工事を受注する意思
がない旨を表明した。その後,被告前里興業と同鈴商建設は,いずれが落札予定者
となるか話し合ったが結論は出なかった。(甲18〔p38から53〕)
オ 落札予定者に関する事前合意
 本件協会の会長は,その後の平成9年7月17日ころに,本件工事の落札予定者
を被告前里興業とする旨の裁定をした。その結果,被告ら9社は,同日までに,本
件工事の落札予定者を被告前里興業とすることを合意した。(甲18〔p38から
53〕)
カ 価格に関する事前合意
 被告前里興業のP2は,平成9年7月17日夕刻までに,被告ら9社のうち被告
前里興業を除いた8社に対し,本件入札において各社が入札書に記入すべき金額,
入札書とともに提出を義務づけられている内訳書に記入すべき金額を電話やファッ
クスにより連絡した(以下「本件指示」という。)。(甲20〔18項〕,甲25
〔p20,21〕等)
キ 入札状況
 前記ウ記載の被告ら9社の各代表者ないし各担当者は,平成9年7月18日,本
件入札に先立ち,本件協会事務所に集合して,提出予定の入札書と内訳書の内容が
本件指示と同じ内容となっていることを確認した。
 同日午前9時30分,本件入札が実施され,その結果,被告前里興業が5700
万円(消費税抜き)で,本件工事を落札した。
 なお,入札予定価格(入札が成立する上限の価格)は5729万円(消費税込み
で6015万4500円),最低制限価格(入札が成立する下限の価格)は486
9万円(消費税込みで5112万4500円)であり,被告ら9社の各入札価格
(消費税を抜いた価格。以下,特に明示しない場合はすべて消費税抜き価格をい
う。)は次のとおりであった。(甲2,13の13,49)
被告浅沼組 5850万円
被告前里興業 5700万円
被告高原組 5730万円
披告亀井建設 5760万円
被告石井建設 5840万円
被告廣美建設 5765万円
被告鈴商建設 5880万円
被告草光建設 5910万円
大東建設 5815万円
ク 本件請負契約
 座間市は,平成9年7月24日,被告前里興業との間で,代金5985万円(消
費税込み)で,本件工事についての請負工事契約(以下「本件請負契約」とい
う。)を締結した(甲3)。
ケ その後のα線工事に関する契約
 平成9年度発注のα線工事の「分割その2」「分割その3」の各工事請負契約
は,座間市と被告前里興業との間で随意契約の方式で締結された。
(3) 入札に関する刑事事件及び勧告事件
ア 競争入札妨害罪(甲事件関係)
 神奈川県警察本部捜査二課は,本件工事に関するいわゆる談合事件の捜査に着手
し,平成10年4月22日ころから,被告ら9社の各代表者等に対する事情聴取を
開始し,同年5月2日,被告前里興業の当時の代表取締役のP10と被告浅沼組の
代表者P1が逮捕され,この2名及び被告ら9社のうちの残りの6社の代表者は,
同月22日,略式命令により罰金40万円から50万円の刑に処せられた(甲4の
1から4)。
イ 排除勧告等(甲乙両事件関係)
(ア) 排除勧告
 公正取引委員会(以下「公取委」という。)は,座間市が発注する公共工事につ
き,平成7年4月1日から平成10年3月3日まで,座間市建設業協会(本件協
会)の会員たる土木工事業者の間で,私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する
法律(独禁法)3条の不当取引制限の禁止違反が行われてきたとして,平成10年
7月17日,乙事件被告ら14社,大東建設,大山土木,株式会社福司建設及び東
洋産業株式会社(以下,これらの会社を併せて「被告ら18社」という。)に対
し,同年(勧)第19号の勧告書(甲10。以下「本件勧告書」という。)をもっ
て排除勧告を発した(以下「本件排除勧告」という。)。その際の新聞報道では,
316件(320件という報道もある。),約85億円の工事につき,継続的にい
わゆる入札談合が行われてきたと記載された。(甲4の6,甲9,10)
 ちなみに,(2)の本件工事に係る談合行為も勧告対象に含まれていた。また,
被告ら18社のうち,被告とされていない株式会社福司建設及び東洋産業株式会社
はいずれも乙事件訴え提起時(平成11年1月11日)に解散していた。
(イ) 勧告審決
 被告ら18社はいずれも同勧告を応諾したので,公取委は,平成10年8月21
日,被告ら18社に対し,勧告審決を行った(甲4の6・7,甲9,10,30,
弁論の全趣旨)。
(ウ) 課徴金納付命令
 公取委は,平成11年9月28日,被告ら18社のうち株式会社福司建設を除い
た17社に対し納付期限を同年11月29日とする課徴金納付命令を発した(甲3
0)。
(4) 監査請求と監査結果(甲事件関係)
ア 監査請求
 甲事件原告は,平成10年7月23日,座間市監査委員に対し,被告ら9社が落
札予定者及び入札書に記入する価格等につき本件入札に先立ち事前に合意すること
により,座間市に損害を与えたとして,座間市長が被告ら9社に対し同損害につい
ての賠償を請求すべきことを勧告するよう求める旨の措置請求をした(甲1,甲5
の1)。
イ 監査結果
 座間市監査委員は,前記アの請求を棄却する旨の決定をし,平成10年9月22
日付けの通知書をもって,甲事件原告に対し,同監査結果を通知した(甲1)。甲
事件原告は,同年10月19日,甲事件の訴えを提起した。
(5) 監査請求と監査結果(乙事件関係)
ア 監査請求
 乙事件原告らは,平成10年10月13日,座間市監査委員に対し,「少なくと
も平成7年度以降,本年3月3日までの間に実施された土木工事一式及び舗装工事
(316件,入札価格累計約85億円)のうち,その約90%について談合が行わ
れて来た」として,座間市長が被告ら18社に対し上記談合により座間市に生じた
損害の賠償請求をすべきことを勧告するよう求める旨の措置請求(ただし,本件工
事に関するものは除く。以下「本件監査請求」という。)を行った(甲5の2から
4,甲8の1から3)。
イ 監査結果
 座間市監査委員は,平成10年12月11日付けをもって,前記アの請求を却下
する旨の決定をし,乙事件原告らに通知した(甲8の1から3)。乙事件原告ら
は,平成11年1月11日,乙事件の訴えを提起した。
3 争点
(1) 乙事件関係
ア 乙事件における監査請求の特定の有無(争点(1))
イ 乙事件に係る監査請求期間徒過の有無(争点(2))
ウ 乙事件に係る財務会計行為とその違法の有無(争点(3))
エ 乙事件に係る予備的主張(参加工事別請求)の当否(争点(4))
(2) 甲事件関係
 本件工事に関する事前合意による座間市に対する損害賠償責任の有無及び範囲
(争点(5))
4 争点に関する当事者の主張
(1) 乙事件における監査請求の特定の有無
〈乙事件被告らの主張〉
ア 本件監査請求の趣旨
 本件監査請求の趣旨は,「少なくとも平成7年度以降,平成10年3月3日まで
に実施された土木工事一式及び舗装工事のうちの約90パーセント(以下「%」と
記載する。)について談合が行われてきたので,現実の落札価格と推定価格との差
額を損害賠償として業者に填補させることを求める」というものと思われる。
イ 監査の対象の特定性の欠如
 しかし,アの内容では,監査の対象として特定性を欠いている。
 すなわち談合の行われたとされる工事が,4予算年度と長期にわたり,個々の支
出について日時,支出金額,支出先,支出目的が明らかにされていない。
 また,監査請求に添付された新聞記事においても単に「1995年4月1日から
98年3月3日までに受注件数316件,入札価格計85億円の公共工事の約90
%を談合した」としか記載されておらず,90%も何を基準として区別されるのか
不明で,この記事によっても,本件に関する公金の支出が他の支出と区別して特定
認識できる程度に個別的具体的に摘示されているとはいえない。
 そして,各工事についての各損害,各工事における談合をした者,違法行為が特
定されていない。また,座間市の入札では,入札指名の基準がAからDの4段階に
分かれており,発注工事額等により指名基準に合致すると認定された業者の中から
さらに数社に絞って指名業者が定められるのであり,指名から漏れた業者は応札す
ることができないし,当然談合することもできないので,本件監査請求は,損害の
填補を求める相手方との関係においても特定されていない。
ウ 結論
 したがって,座間市監査委員が,本件監査請求を却下したのは妥当であり,乙事
件に係る訴えは適法な監査請求を経ていないので不適法である。
エ 乙事件原告らの主張に対する反論
 乙事件原告らは,入札経過調書等を参照すれば,各工事及び各入札の参加者を特
定することができると主張するが,監査対象の特定は,監査請求書及びこれに添付
された資料によりなされていることが必要であり,それ以外の資料を参照しなけれ
ば特定できないとすれば,監査の端緒を与えているにすぎないのであって,監査請
求は特定性に欠ける。
 また,乙事件原告らは,事案の性質によっては,当該普通地方公共団体の執行機
関又は職員による一定の具体的な財務会計上の行為又は怠る事実(以下「当該行為
等」という。)の個別具体的な摘示は不要であると主張するが,乙事件の各工事に
関する入札における談合は,一つの事業に関する複数の経費支出行為のように,各
債務負担行為が同一の違法評価を可能とする同一の基礎事実に基づき行われている
ようなものではないから,一体的にその違法性又は不当性を判断するのは相当では
ない。
〈乙事件原告らの主張〉
ア 本件監査請求の対象
 本件監査請求の対象は,本件排除勧告において独禁法違反行為として特定されて
いる行為と同一である。
 そして,本件勧告書は,本件監査請求における事実証明書として同請求書に添付
され,座間市監査委員に提出されている。また,本件勧告書には,被告ら18社の
独禁法違反行為が,①座間市の発注する「特定建設工事」に関し,「受注予定者を
決定し,受注予定者が受注できるようにしていた行為」であること,②上記①の
「特定建設工事」とは,座間市が「指名競争入札,意向尊重型指名競争入札又は競
争見積もり合わせの方法により発注する,土木一式工事(送配水管布設工事を除
く。)及び舗装工事」であること,③上記①の違反行為が行われていた期間の始期
は「遅くとも平成7年4月1日」であり,終期は平成10年3月3日であること
(なお,被告石井建設は平成9年11月4日ころ談合グループから離脱したこと)
が明記されている。
 座間市総務部契約検査課契約係において保管されている入札経過調書又は見積書
の記載を見れば,公取委が挙げた前記3要件に合致する具体的な工事は容易に特定
することができるし,監査委員は監査に必要な場合は関係人等に書類の提出等を求
めることができるので,各工事における入札参加者はおのずと明らかになる。
 なお,監査委員は,必ずしも勧告権を行使するのに先立って関係工事名を具体的
に把握する必要はなく,公取委と同様,当該工事の要件のみを明示した包括的な勧
告を行い,そのあてはめは市長部局に委ねれば足りる。
イ 乙事件被告らの主張に対する反論
 乙事件被告らは,90%の基準が不明であることから特定性に欠けると主張する
が,公取委が問題とした工事は,土木工事一式のうち送配水管布設工事が除外さ
れ,指名競争入札,意向尊重型指名競争入札又は競争見積もり合わせの発注方式に
よるものに限定しているため,同期間における同種工事の約90%に相当すること
になるのであり,あくまで公取委が問題とした工事すべてを対象としているから,
監査請求の特定性に欠けることはない。
 また,乙事件被告らは,当該行為等を個別的具体的に摘示しなければ特定されて
いないと主張するが,最高裁平成2年6月5日第三小法廷判決・民集44巻4号7
19頁は,事案の性質によっては個別的具体的摘示は必要としていないことを前提
としている。監査請求それ自体の中で個々の当該行為等を直接摘示しなくとも,監
査請求書記載の要件から当該行為等が客観的に特定されており,監査委員において
容易に当該行為等を把握できる場合には,監査請求の特定性に欠けるところはな
い。
(2) 乙事件に係る監査請求期間徒過の有無
〈乙事件被告らの主張〉
 本件監査請求にかかる行為は,平成7年度以降平成10年3月3日までに実施さ
れた土木工事等であり,監査請求は,同年10月13日に行われているので,少な
くとも平成9年10月12日以前に入札された工事については,監査請求期間を徒
過している。仮に,当該行為等を知ることができた時点が平成10年7月17日で
あったとしても,同日から監査請求までに約3か月が徒過しているので相当な期間
内の監査請求ということはできない。また,期間を徒過していることにつき正当な
理由はない。
〈乙事件原告らの主張〉
 争う。
(3) 乙事件に係る財務会計行為の違法の有無,損害の有無・程度
〈乙事件原告らの主張〉
ア 違法行為(基本合意)
 被告ら18社は,座間市が指名競争入札,意向尊重型指名競争入札及び競争見積
もり合わせの方法により発注する土木工事一式(水道事業にかかわる送配水管布設
工事を除く。)及び舗装工事について,遅くとも平成9年3月6日ころまでに,次
のとおりの合意をした。
(ア) 指名業者のうち,受注希望者が1社のときは,その会社を受注予定者とす
る。
(イ) 受注希望者が複数のときは希望者間の話し合いにより受注予定者を決定す
る。
(ウ) (イ)の話し合いにより受注予定者を決定できないときは,受注希望者を
除く他の指名業者間の話し合いにより(平成9年3月6日ころまで),又は本件協
会の会長及び副会長の裁定により(同日ころ以降),受注予定者を決定する。
(エ) 受注すべき価格は受注予定者が定め,受注予定者以外の者は,受注予定者
がその定めた価格で受注できるように協力する。
イ 被告ら18社は,アの合意に基づき,遅くとも平成7年4月1日から平成10
年3月3日までの間,受注予定者に競争のない状態で決めた価格で受注できるよう
に相互に協力することを反復継続的に行ってきた。
 その合意と実行の対象となった工事は,別表1ないし4(枝番を含む。)に記載
の263件である。なお,別表4-1の番号67は欠番であり,別表3-1の番号
13の工事は甲事件に係る本件工事である。
 そして,上記合意については,前記2(3)イのとおり公取委から勧告がされ
た。
ウ 座間市の損害
(ア) 座間市においては,予定価格が1000万円以上の工事については最低制
限価格が設けられている。そして,自由競争が成立したとすれば形成させたはずの
価格(以下「想定競争価格」という。)は最低制限価格のレベルである。
 乙事件被告らは,競争が成立しているかのように座間市を欺罔し,不正な利益を
順送りに獲得してきた。これに対応して,座間市は,想定競争価格と現実の落札価
格との差額に相当する損害を被った。その金額は,別表1ないし4の「市の受けた
損害」欄記載のとおりであり,消費税を除くと,別表4-2末尾の②欄の右端の9
億8144万8050円から,同表4-1の番号67に係る分を差し引いた金額で
ある。これに消費税を加算することになる。消費税は,平成7年度及び8年度は3
%であり,平成9年度は5%である。
(イ) なお,被告石井建設は,別表4の平成9年度後期分から談合体制から脱落
したから,平成9年度前期分までの金額である9億3868万5050円(消費税
抜き。消費税込みでは9億7132万8601円)につき賠償責任を負うべきであ
る。
(ウ) さらに,座間市は,本訴を通じて乙事件被告らから損害の補填を受けた場
合には原告ら訴訟代理人に報酬を支払う義務を負担している(地自法242条の2
第7項)ところ,その額は実損額の10%である。
(エ) よって,被告石井建設を除く乙事件被告らは11億1416万2776円
(訴状における請求金額11億1785万2726円から平成11年6月21日付
け準備書面による減額金額368万9950円を差し引いた金額である。)の,被
告石井建設は,(イ)の9億7132万8601円に10%を加算した10億68
46万1461円の各責任(10億6846万1461円の限度で連帯)を負うべ
きである。
〈乙事件被告らの主張〉
 争う。
(4) 乙事件の予備的主張(入札参加を要件とする責任)の当否
〈乙事件原告らの主張〉
ア 乙事件被告らは,乙事件に係る各工事について(3)のとおり談合したが,仮
にそれだけでは責任を負わないということとされても,談合しかつ自ら入札に参加
した工事については,責任を負うべきである。落札予定者以外の被告でも,入札に
参加した以上,座間市からの指名を辞退しないことで,談合の完成に協力すること
になるからである。
 そして,被告らが入札に参加した工事の特定については,次のような方法により
可能である。
(ア) 座間市では工事の規模に応じて,入札を指名する業者に制限が設けられて
いる。土木工事(送配水管布設工事を除く。)の場合は,次のとおりである。
A等級の業者は設計金額3000万円以上
B等級の業者は設計金額500万円以上1億9000万円未満
C等級の業者は設計金額100万円以上6000万円未満
D等級の業者は設計金額1500万円未満
の工事の指名を受け得る。
 また,座間市では,工事の設計金額に応じて,指名する業者の数を定めている。
(イ) その結果,別表1ないし4の各工事において指名を受け現に入札に参加し
た乙事件被告ら別の各工事金額をまとめると,別紙2のとおりとなる。そのR欄記
載の各被告別金額に弁護士費用相当額の10%を加算した金額が各被告らに対する
予備的請求の趣旨記載の請求額であり,別紙1記載の金額である。
イ 乙事件被告らは,いずれも基本合意に参加はしているので,その後入札に参加
した工事については,自身が落札予定者とされ落札したかどうかにかかわらず,談
合を完成させた違法により責任を負うべきである。その損害額は,各工事ごとに想
定競争価格と現実の落札価格との差額に相当する額となるので,被告別に入札に参
加した各工事の上記の差額を合計した金額について損害賠償責任を負う。なお,同
一工事の入札に参加した各被告は,その工事についての上記の差額につき連帯責任
関係となる。
〈乙事件被告らの主張〉
 争う。
(5) 本件工事に関する事前合意による甲事件被告らの座間市に対する損害賠償
責任の有無及び範囲
〈甲事件原告の主張〉
ア 責任の有無
 前提事実のとおりの平成9年7月3日の本件会議における被告ら9社の合意とそ
の後における調整を経て,被告前里興業以外の甲事件被告各社が本件工事の入札に
つき競争の意思を放棄しながらあえて入札を辞退せず,かつ被告前里興業の本件指
示どおりの金額により入札に参加した一連の行為は,競争の成立を装うことにより
発注者を欺罔しながら,実は競争の排除の上に立つ独占価格により契約を締結させ
る行為であり,民事上は不法行為に該当する。
イ 損害額
(ア) 談合による損害は,自由競争が成立したとすれば形成されたはずの入札価
格(想定競争価格)と現実の落札価格との差額である。
 そして,一般に公共工事の価格は民間発注の工事よりも割高に設定されており,
公共工事は採算限度いっぱいまで下げても受注することにそれなりの合理性がある
ので,想定競争価格は,最低制限価格のレベルに収れんする。
 ところで,座間市においては最低制限価格は予定価格の約85%に設定されてい
ることは業者間で知られている。現に,座間市長は,本件入札について最低制限価
格を入札予定価格の約85%にあたる4869万円に設定した。したがって,本件
の想定競争価格はこの金額に収れんする。
(イ) また,座間市が本件工事における談合後の平成10年度に入札により発注
した下水道工事及び道路工事の入札予定価格,落札価格,最低制限価格の関係をま
とめると,平均落札率(入札予定価格に対する落札価格の比率の平均)は80%以
下であり,その中央値は70%以上75%未満又は75%以上80%未満のゾーン
にある。ただ,平成9年度以前は最低制限価格がたまたま「入札予定価格の85
%」というレベルで設定されており,85%以下では入札は失格と扱われていたか
ら,想定競争価格は入札予定価格の85%と同じ価格になるといえる。
(ウ) したがって,本件工事についての被告ら9社の談合行為により,座間市に
は,実際の落札価格5700万円(税抜き)と想定競争価格に等しいと考えられる
最低制限価格4869万円との差額にあたる831万円に消費税相当額の5%を加
算した872万5500円の損害が生じている。
ウ 請求の内容
 よって,座間市は,甲事件被告らに対し,不法行為に基づき872万5500円
及びこれに対する損害発生日である平成9年7月24日(本件請負契約締結日)の
翌日から支払済みまで民法所定の遅延損害金の請求権を有している。そこで,甲事
件原告は,地自法242条の2第1項4号後段に基づき,座間市に代位して上記請
求を行う。
〈甲事件被告らの主張〉
ア 本件工事の特殊性
 本件工事は,道幅の狭い在来の舗装道路の拡幅と片側が崖である現場に擁壁を設
置するというものであった。そのため,特殊な建設機械の使用,交通を通行止めに
しないようにするための工事用車両の仮設構台の設置,崖側の土砂の防護壁や直近
家屋に対する措置が必要であり,技術的にも困難を伴った。したがって,本件工事
を落札しても,被告ら9社の場合は独自で工事を完成させることはできず,大手の
道路工事専門業者に本件工事の大部分を代わってしてもらわなければならず(便宜
「下請け」という。),利益率の極めて低い工事であった。
 また,現場が狭くて大型建設機械は使用できず,工事現場の長さも40メートル
しかなく(うち10メートルは擁壁工事),利益の出にくい工事であった。
イ 被告前里興業の利益の不存在
 被告前里興業は,本件入札にあたり,平成8年から取引のあった住建道路株式会
社(以下「住建道路」という。)に下請価格を打診し,一般管理費の一部でもカバ
ーできればよいという考えで,本件工事につき5700万円で入札した。
 座間市と被告前里興業との間の本件請負契約の代金額は,5700万円から後に
6239万3000円に変更されたが,これは工事箇所の地質を調査したところ,
支持基盤となる想定ラインが当初想定されたものと相違したためである。被告前里
興業が随意契約により締結した本件工事の分割その2及びその3でも請負代金額は
増額されている。
 さらに,一般管理費は請負金額の11%を計上するのが通常であるところ,本件
工事においては8%しか計上していないのに,被告前里興業の収支は,本件工事の
分割その1からその3の合計で579万0235円(消費税込み)の赤字となっ
た。
 結局,請負代金が後に増額されなければ,被告前里興業の粗利益は数百万円のマ
イナスになるところであったのであり,被告前里興業が,談合により5700万円
で落札したからといって不当な利益を得ているわけではない。
ウ 検面調書・員面調書の信用性の欠如
 被告ら9社の各代表者等の検察官面前調書(以下「検面調書」という。)は,当
該被告が受注した別の工事についても談合があったものとして立件すると示唆され
たり,捜査官から一方的に入札価格等の数字を押しつけられるなどして,捜査機関
の誘導により作成されたもので,任意性に欠けるし,その内容もパソコンソフトで
機械的に算出された金額を基に一般論を述べたもので,前記アのような本件工事の
特殊性を考慮したものではなく,実際,検面調書に記載されている数字も不自然な
ものであるから,信用性を欠く。
 本件工事は,前記アで述べたとおり困難な工事であり,経費がかかって利益が期
待できなかったことから,被告草光建設,同浅沼組は,そもそも受注を希望せず,
入札のための見積もりも行わず,被告前里興業からの本件指示に基づいて入札額を
記入した。したがって,後に代表者が取り調べられた際,新規に見積書を作成しな
ければならず,警察の指示,マニュアルに従い,警察の取り調べに迎合する形で警
察官面前調書(以下「員面調書」という。)の作成に応じた。
 ましてや本件工事においては,被告前里興業は請負代金を増額してもらっている
のであり,他の被告会社が落札したとしても,本件工事においては追加支出を余儀
なくされて,検面調書等に記載された入札予定価格で施工することはできなかった
蓋然性は高い。このように追加代金が予想される以上,検面調書等の金額どおりの
入札予定価格とはならない。
エ 最低制限価格
 入札予定価格と最低制限価格の幅は,その範囲内であれば当該工事が可能である
という見込みの金額であり,最低制限価格の設定は,手抜工事やずさんな工事を防
止するためである。したがって,入札予定価格と最低制限価格の差額の15%にあ
たる金額が業者にとって完全な利益となることはない。
 本件工事は,前記アのとおり特殊な工事であったが,入札予定価格はそのような
特殊性を考慮したものではないから,本件の場合は,談合がなかった場合を想定し
ても,単純に入札予定価格の85%である最低制限価格で落札されるとはいえな
い。
 そして,前記イのとおり,被告前里興業は5700万円で落札しているが,後に
請負代金を566万2650円増額してもらっており,最終的な価格は入札予定価
格の5729万円を超過しているので,事後的な追加代金を考慮すれば,座間市に
損害が発生しているとはいえない。
オ その他の事情が考慮されていないこと
 捜査段階における想定競争価格のシュミレーションは,もし自社が落札したい場
合の入札額はいくらかという前提で行われている。しかし,実際の入札において
は,談合がなかったとしても,当該工事に対する得意・不得意,当該工事を取得し
たい希望の程度等の各指名業者の意向があり,それが入札価格に反映されるのであ
り,このような事情を一切無視してされた捜査段階の想定競争価格のシュミレーシ
ョンは現実の入札額とは異なる。前記アのとおり,本件工事は技術的に困難で利益
の出にくい工事であったことから,本件における入札希望者は被告前里興業と被告
鈴商建設しかなかった。
〈甲事件被告らの主張に対する原告の反論〉
ア 道路工事の施工能力の有無
 座間市が平成5年度から平成9年度までの間に発注した土木工事の指名状況から
すれば,大東建設や被告亀井建設の方が被告前里興業よりも実績があり,市道α線
改良工事の平成6年度及び平成7年度分は被告高原組が受注していた。したがっ
て,本件工事が被告前里興業以外の者が受注できない工事であったとはいえない。
 被告ら9社は,道路工事を受注する際,ごく小規模の工事以外は自ら施工せず,
能力のある専門工事業者にいわゆる丸投げをしていた。一般的に,官公需法(官公
需についての中小企業者の受注の確保に関する法律)により,地元業者に一定の公
共工事受注の機会が保障されるようになったため,これらの地元業者は,専門工事
業者に丸投げすることにより請負代金額の1から3割をマージンとして得ていると
いう状況があった。したがって,被告ら9社が,道路舗装の施工能力を有していな
いという事実は,談合の成立を否定するものとはならない。
 被告前里興業が,本件工事の請負代金の93%を住建道路に支払わざるを得なか
ったとしても,住建道路の請負価格自体が競争の結果決まったものではないから,
特に考慮されるべき事情ではない。
イ 刑事事件の各調書の信用性
 刑事事件において,被疑者の供述が任意に行われたものではない場合は,その供
述を録取した書面には証拠能力は与えられない(刑事訴訟法322条)。本件に関
連する刑事事件において,被告人ら及びその弁護人らはいずれも各検面調書,員面
調書の証拠能力を争っていないので,その供述内容は信用できる。
第3 争点についての当裁判所の判断(証拠を記載した事実は,主に当該証拠によ
り認定した事実である。既に説示した事実は,原則としてその旨を断らない。証人
及び代表者の証拠調調書については,例えば被告前里興業代表者P10の証拠調調
書44頁は,「P1044」のように表す。また,2期日にまたがってされた被告
鈴商建設代表者P7の第16回口頭弁論期日における証拠調調書21頁は,「P7
16回21」のように表す。)
1 乙事件における監査請求前置の有無(争点(1))について
(1) 乙事件被告らの主張の趣旨
 乙事件被告らは,「本件監査請求の趣旨は,少なくとも平成7年度以降,平成1
0年3月3日までに実施された土木工事一式及び舗装工事のうちの約90%につい
て談合が行われてきたので,現実の落札価格と推定価格との差額を損害賠償として
業者に填補させることを求めるというものであるところ,これでは,監査の対象と
して特定性を欠いている。」旨を主張する。そこで,この点を検討する。
(2) 監査請求の特定の程度
 地自法242条1項の規定は,住民に対し,当該普通地方公共団体の執行機関又
は職員による一定の具体的な財務会計上の行為又は怠る事実(当該行為等)に限っ
て,その監査と非違の防止,是正の措置とを監査委員に請求する権能を認めたもの
で,有権者の50分の1以上の連署という厳しい要件の下に地方公共団体の事務等
の執行の適否に関する監査を認めている同法75条に基づく監査請求とは異なり,
住民一人でも請求できるが,地方公共団体の長その他の財務会計職員の一定の具体
的な違法若しくは不当な当該行為等に限って監査委員にその監査及び是正等を請求
する権能を認めたものと解すべきである。
 したがって,住民監査請求においては,その対象とする当該行為等を監査委員が
行うべき監査の端緒を与えるような程度に特定すれば足りるというものではなく,
当該行為等を他の事項から区別して特定認識できるように個別的,具体的に摘示す
ることが必要であり,当該行為等が複数である場合には,当該行為等の性質,目的
等に照らし,これらを一体とみてその違法又は不当性を判断するのを相当とする場
合を除いて,各行為等を他の行為等と区別して特定認識できるように個別的,具体
的に摘示することを要するものであり,当該行為等の特定の有無は,監査請求書及
びこれに添付された事実を証する書面の各記載,監査請求人が提出したその他の資
料等を総合斟酌して判断すべきものと解される(最高裁平成2年6月5日第三小法
廷判決・民集44巻4号719頁参照)。
(3) 本件監査請求における特定の有無・程度
ア 本件監査請求の内容
(ア) 監査請求書自体の内容
 そこで,これを本件について見ると,乙事件原告らの本件監査請求書(甲5の2
から4)は,前記第2,2の前提事実(5)で述べたとおり,乙事件原告らに共通
であり,その監査請求の趣旨は,監査委員がまとめているように,要するに「少な
くとも平成7年度以降,平成10年3月3日までの間に実施された土木工事一式及
び舗装工事(316件,入札価格累計約85億円)のうち,その約90%について
談合が行われて来た」ということを前提に,座間市長に対して,談合が排除されて
公正な競争が実現していたなら,落札価格が予定価格の85%程度の水準に下がっ
たであろうと推定できるとして,現実の落札価格と右推定価格との差額(85億円
×90%×15%で約11億円となる。)の損害賠償を請求して業者(被告ら18
社)に補填させることを求める(ただし,市道α線道路改良工事・分割その1〔契
約日平成9年7月24日〕の甲事件に係る分を除く。)というものである。
(イ) 添付の本件勧告書等の内容
 ところで,本件監査請求書には,①「神奈川県座間市所在の建設業者に対する勧
告について」(平成10年7月17日付け公取委作成,甲9),②「平成10年
(勧)第19号勧告書」(同日付け公取委作成,甲10)が添付されている(この
両文書を以下「本件勧告書等」という。)。
 本件勧告書等には,関係人として被告ら18社の法人名を挙げ,違反行為の対象
工事として「座間市が指名競争入札,意向尊重型指名競争入札及び競争見積もり合
わせ(以下「指名競争入札等」という。)の方法により発注する土木一式工事(送
配水管布設工事を除く。以下同じ。)及び舗装工事。」とは記載されているが,そ
れ以上の工事名,工事日時,参加各社を特定した記載はされていない。そして,本
件勧告書等には,違反事実に関しては,「基本合意があり,それに基づいて,少な
くとも平成7年4月1日以降平成10年3月3日までの間,座間市が指名競争入札
等の方法により発注する土木一式工事及び舗装工事の大部分を受注していた。」旨
が記載されている。
(ウ) 添付の新聞記事の内容
 また,本件監査請求書には新聞記事が添付されていたが,そこでは,乙事件に関
しては内容的には「1995年4月1日から98年3月3日までに受注件数316
件,入札価格計85億円の公共工事の約90%を談合した」と記載されているとい
うに止まる(甲4の1・2・5から7,甲5の2)。
(エ) まとめ
 (ア)から(ウ)によれば,本件監査請求は,座間市発注工事における談合によ
る損害の補填を求めるというものであるところ,その請求書並びに添付の本件勧告
書等及び新聞記事とを総合すると,その対象工事は,発注の方法(指名競争入札
等),工事の種類(土木一式工事及び舗装工事),工事の時期(平成7年4月1日
から平成10年3月3日),入札価格累計(約85億円)によって抽象的に識別す
ることのできる工事のうちの一定割合(約90%)という特定の仕方である。ま
た,本件監査請求における談合行為は,被告ら18社に関係する事前の基本合意に
基づく受注というものである。しかも,座間市の入札では,入札指名の基準がAか
らDの4段階に分かれており,発注工事額等により指名基準に合致すると認定され
た業者の中からさらに数社に絞って指名業者が定められるところ(甲32の1,弁
論の全趣旨),被告ら18社のうち,どの会社がどの工事に参加したかが明らかに
なっていない。
 そうすると,本件監査対象は,座間市発注の工事にからむ違法な財務会計行為と
いうものであるものの,まずその対象工事自体が,その工事名,時期,具体的な工
事件数によって,正面から直接明示されているものではない。また,本件監査請求
においては,工事毎の談合行為者が一覧表の形式で明示されているわけではない。
イ 特定の有無
(ア) (2)のとおり,監査請求においては,対象となる各財務会計行為を他の
事項から区別して特定認識できるように個別的,具体的に摘示することが必要であ
るところ,公共工事の入札の際に入札業者間で談合があり,不当な価格により落札
され,請負契約が締結された場合において,これに関する財務会計行為について住
民が監査請求を求める際に監査の対象となるのは,入札ごとの工事名についての個
々の請負契約ないしこれに基づく支出及びその違法をもたらす談合行為である。
 そうすると,アのように対象工事及び談合行為者が抽象的に識別されるに止まる
ということでは,「当該行為等」である各請負契約及びその違法をもたらす談合行
為を他の入札・請負契約及び談合行為から区別して特定認識することはできない。
したがって,本件監査請求は,監査請求における個別の財務会計行為について要求
される特定の程度を満たさない。
(イ) 次に,(2)の一般論において,「当該行為等が複数である場合には,当
該行為等の性質,目的等に照らし,これらを一体とみてその違法又は不当性を判断
するのを相当とする場合を除いて,各行為等を他の行為等と区別して特定認識でき
るように個別的,具体的に摘示することを要するものであり」とされ,本件は当該
行為等が複数であるので,「当該行為等の性質,目的等に照らし,これらを一体と
みてその違法又は不当性を判断するのを相当とする場合」に該当するかどうかを検
討する。
 (2)において上記のように解されるのは,複数の当該行為等(本件では談合を
伴う工事に関する請負契約及び支出)につき一体的な共通の評価が可能であるな
ら,それをもって監査請求における特定があると判断しても実質的な不都合が生じ
ないということである。したがって,まず複数の当該行為等が抽象的にでも識別さ
れることが前提である。本件監査請求における対象工事は,発注の方法(指名競争
入札等),工事の種類(土木一式工事及び舗装工事),工事の時期(平成7年4月
1日から平成10年3月3日),入札価格累計(約85億円)によって抽象的に識
別することのできる工事のうちの一定割合(約90%)というものである。原告主
張によれば,①工事の種類が送配水管布設工事であるもの,又は②発注の方法が一
般競争入札・特命随意契約によるものは,本件勧告書で勧告対象から除かれている
ところ,上記の約90%は,この①又は②を除いたものであり,そのような意味で
上記の約90%の工事は特定している旨を主張する。約90%の意味がこのような
ものであることの証明があるかについては疑義もあるが,仮にこのようなものであ
るとすると,対象工事を性質で識別することが可能ということになる。しかし,そ
れでも,被告ら18社のうちのどの会社がどの工事の入札に参加したかは明らかで
ない。そこで,このような性質で識別される工事で,被告ら18社の入札への参加
具合が明確ではないものにつき,それらをまとめて一体的に評価することが可能か
を検討する。
 監査請求は,不当又は違法の当該行為等につき,監査を求め,措置を請求するの
であるから,対象工事が抽象的に性質上識別されるだけで具体的に特定されず,参
加者が特定されないまま,談合の有無だけが判断されても,監査及び措置を講ずる
ことにまでは至らないのが通例であろう。不当又は違法の有無に加え,その程度及
びこの場合の発注者である公共団体の被る損害の大きさ及び対処方法を判断するた
めには,談合参加者の特定,談合の態様,談合によって生じた落札価格と談合がな
ければ定まったであろう落札価格(想定競争価格又は想定上の落札価格)との差額
の大きさ等を判断する必要がある。そのうち,想定競争価格の大きさを判断するた
めには,上記の項目の他,その決定要素である対象工事の種類,現に入札に参加し
た業者の受注意欲の有無・程度を考慮する必要があり,これらを区別せずに抽象的
に識別できる対象工事をまとめて共通に判断するだけでは,所詮,やや抽象的に談
合一般が違法であるといった宣言的な判断がされるにとどまり,監査の目的を果た
すことができないといわざるを得ない。
 そうすると,本件監査請求は,(2)の一般論において,例外的に許容される
「当該行為等の性質,目的等に照らし,これらを一体とみてその違法又は不当性を
判断するのを相当とする場合」ということもできない。
(ウ) したがって,本件監査請求は,対象工事を各別に見ようとした場合には特
定がされていないし,対象工事を複数まとめて評価しようとする場合にはそれが性
質上不可能であることから,結局のところ,監査請求書提出の段階では,対象が特
定していないといわざるを得ない。
ウ 監査請求書提出後の事情
(ア) 監査委員の対応(補正の要請)
 ところで,座間市監査委員は,請求対象の特定等が不十分であると判断し,平成
10年10月21日付け座監初第36号により下記のとおり補正を求めた。
       記
 「地自法第242条の住民監査請求を行うためには,監査対象とする違反又は,
不当な財務会計上の行為があることを具体的に証する書面の添付が必要です。本請
求の中で『少なくとも平成7年度以降,本年3月3日までの間に実施された土木工
事一式及び舗装工事(316件,入札価格累計約85億円)のうち,その約90%
について談合が行われてきたことが,公正取引委員会の本年7月17日付勧告書を
契機として客観的に明らかになった。(~後段省略)』と記述されています。
 監査対象工事名,損害額等を特定することについて,提出されている事実証明で
は不備でありこの内訳,年度別の工事名,契約金額,想定される損害額等これを証
する事実証明について書面で平成10年11月4日までに提出してください。」
(甲8の1から3)
(イ) 原告らの態度と特定の有無
 これに対し,乙事件原告らは,「座間市監査委員が乙事件原告らに求めている
『年度別工事名,契約金額,想定される損害額等』は,独禁法25条による損害賠
償に関する訴訟が提起されれば,裁判所の求めに応じて公取委から損害額について
の意見が提出されて明らかになる。市道α線の改良工事に関わる談合事件の刑事事
件の調書には,談合により生じた損害について供述されているが,同調書は損害賠
償請求訴訟を提起しなければ,その複写を入手できない。よって,座間市監査委員
が乙事件原告らに求めている事実証明の書面の提出は現時点では不可能である。」
旨の回答をした。(甲8の1から3)
(ウ) 補正の有無
 以上によれば,結局のところ,本件監査請求は,補正の機会を得たものの,特定
性を満たすものとはならなかったというべきである。
(4) まとめ(事後事情も含めた結論)
 以上のとおりであり,本件監査請求は,その求める監査の対象が特定されていな
いものとして不適法であるといわざるを得ず,そのことを理由にして本件監査請求
を却下した本件監査結果に誤りはない。
 そうすると,本訴乙事件の訴えは,適法な監査請求を欠くものであり,不適法と
いうべきである。
(5) 乙事件原告らの主張について
ア 乙事件原告らは,「本件監査請求の対象は,本件勧告書に独禁法違反として特
定されている行為と同一であり,工事の種類(送配水管布設工事を除く土木一式工
事及び舗装工事),入札の方法(指名競争入札及び競争見積もり合わせ),談合が
あったとされる期間の始期と終期(平成7年4月1日から平成10年3月3日ま
で)は,本件勧告書により上記の各かっこ内の内容のとおり限定されている。そし
て,この3要件に合致するということで特定される個々の工事の具体的な内容,入
札参加者については,監査委員が座間市総務部契約検査課に保管されている入札経
過調書及び見積書の提出を求めて記載内容を見れば容易に特定できる。したがっ
て,本件監査請求は,特定の程度は足りている。」旨を主張する。
 しかし,前記のとおり,住民監査請求においては,監査の対象は個別具体的に特
定されていることが必要であるところ,監査委員が自ら資料を調査しなければ監査
の対象を特定することができないとすれば,そのような監査請求は監査委員の調査
を待って初めて監査の対象が特定するのであるから,監査の端緒を与えるものにす
ぎないというべきであって,監査の対象の特定としては不十分である。
 原告は,座間市総務部契約検査課に保管されている入札経過調書及び見積書を見
れば,個々の工事の具体的な内容,入札参加者が判明すると主張するが,仮にそれ
が容易に実現するとしても,本件監査請求自体で判明しない以上,本件監査請求
は,監査の端緒を与えたに過ぎず,対象の特定が不十分である。
 乙事件原告らの上記の主張は採用できない。
イ また,乙事件原告らは,監査委員は,必ずしも勧告権を行使するのに先立って
各工事名を具体的に把握する必要はなく,公取委と同様,包括的な勧告を行い,そ
のあてはめは市長部局に委ねれば足りるとも主張する。
 しかし,公取委の勧告が包括的なものでもよいからといって,住民監査請求にお
ける監査委員の勧告も包括的なものでよいということにはならない。包括的な監査
の制度としては,事務監査請求の制度が設けられているから,この事務監査請求に
よるのではなく,あえて住民監査請求を選択した本件の場合は,監査の対象となる
行為等について個別具体的に摘示すべきである。この点に関する乙事件原告らの主
張は理由がない。
ウ さらに,乙事件原告らは,事案の性質によっては,必ずしも当該行為等の個別
的具体的摘示は不要であり,本件は,そのような場合に当たると主張する。
 しかしながら,前記(3)イ(イ)で述べたとおり,談合を伴う公共工事の発注
に関する監査請求について,監査委員が監査及び措置をするためには,談合参加
者,談合の態様,想定競争価格と談合による落札価格との差額の大きさ等を判断す
る必要があり,それが明らかにならない以上,抽象的に識別できる対象工事をまと
めて共通に判断するだけでは,所詮,やや抽象的に談合一般が違法であるといった
宣言的な判断がされるにとどまり,監査の目的を果たすことができない。よって,
上記の原告らの主張は採用できない。
2 本件工事に関する事前合意による座間市に対する損害賠償責任の有無及び範囲
(争点(5))
(1) 問題の整理
 1のとおり,乙事件は本案の問題に入るまでもなく,訴えが不適法となる。これ
に対し,甲事件の監査請求の対象は,前提事実のとおり,α線工事のうちの分割そ
の1(本件工事)であるとされ,対象が明確にされており,監査委員も特定の点は
問題とせず,甲事件被告らに談合があるものの座間市に対する損害の有無が確認で
きないとして監査請求を棄却している(甲1)。
 そこで,甲事件については本案の判断に入るが,前提事実のとおり,甲事件に係
る本件工事について,被告ら9社が平成9年7月3日の座間市による本件現場説明
会後に本件協会事務所において協議(本件会議)をしたが,受注希望が被告前里興
業と同鈴商建設との2社から出され,その余の参加者(被告ら7社)からは出され
なかった。そこで,基本合意の定めに従い,被告前里興業と同鈴商建設で協議した
が,入札予定の前々日の同月16日に至っても,協議が整わなかった。このような
場合の受注予定者の決定方法について基本合意に定められているので,これに従
い,本件協会の会長が受注予定者を被告前里興業とする裁定をした。被告前里興業
は,同月17日に他の被告らにその入札すべき額を指示(本件指示)した。入札当
日の同月18日には,被告前里興業が5700万円で入札し,他の被告らは被告前
里興業から指示された価格で入札した。座間市が定めた入札予定価格は5729万
円,最低制限価格は4869万円であった。その結果,被告前里興業が本件工事を
落札した。
 以上の前提事実のとおり,本件工事についての入札においては,談合があったと
ころ,そのことにより甲事件被告らに座間市に対する不法行為責任が生ずるか,生
ずるとしてその賠償金額がいくらかが問題となる。そこで,以下ではこれらの争点
について検討する。
(2) 入札における談合と不法行為責任の有無
ア 入札制度の仕組みと制度の趣旨
 地方公共団体が工事請負契約をする場合は,指名競争入札によることができる
(地自法234条1,2項,地方自治法施行令〔以下「地自法施行令」という。〕
167条1号)。指名競争入札とは,地方公共団体の長があらかじめ競争の参加者
の範囲を資格のある業者の中から指名して,指名業者のみを参加させて入札を行う
方式である(地自法234条6項,地自法施行令167条の11,167条の4及
び5,167条の12)。請負工事の入札においては,予定価格の制限の範囲内で
最低の価格をもって申し込みをした者を契約の相手方とするものとされている(地
自法234条3項)。ただし,当該契約の内容に適合した履行を確保するため,あ
らかじめ最低制限価格を設けて,予定価格と最低制限価格との範囲内のうちで,最
も地方公共団体に有利な価格をもって申込みをした者を落札者とすることができる
(地自法施行令167条の10第2項)。
 このような制度が設けられているのは,指名競争入札を実施すれば,競争により
形成された最低価格すなわち発注者たる地方公共団体にとって最も有利な価格で契
約を締結することにより,地方公共団体の財源を最も効率的に使用する契約を締結
することができると考えられるからである(地自法2条14項,地方財政法4
条)。
イ 談合があった場合の落札価格
 しかし,競争をすべき参加者の間で談合が行われ,指名競争入札前にあらかじめ
受注予定者を決定し,その者が落札できるように他の入札者は受注予定者よりも不
利な価格で入札するよう調整し,受注予定者に希望した価格で落札させるようにし
た場合は,もはや公正な競争による価格形成は行われなくなる。そして,このよう
な場合には,競争原理が働かなくなるから,落札価格は,談合が行われなかった場
合に形成されたであろう公正な落札価格よりも,例外なく高額な価格となるといっ
て過言ではないであろう。実際,入札参加者の間で談合が行われるのは,競争を排
除し,他の入札者が受注予定者に協力することにより,受注予定者に競争をした場
合よりも有利な価格で落札させることを目的とするものであり,予め入札価格を調
整することにより受注予定者が有利な価格により落札することが可能となるからで
ある。
 そして,談合があった場合には,発注者である当該地方公共団体は,自由競争が
成立した場合に形成されたはずの落札価格(想定競争価格)よりも高額の落札価格
で発注させられるので,差額につき損害を被ることになる。
ウ 談合と不法行為
 そうすると,談合は,不正な価格による落札をもたらし,これにより発注者に対
して例外なく損害をもたらすものであるから,不法行為に該当するということがで
きる。例外があるとすれば,競争原理が働かないような異常な状況が生じたときで
あろう。そして,談合により受注予定者となり,現実に落札して契約を締結するに
至った者は,不正な受益者として不法行為責任の中心的な者となる。他方,落札者
以外の談合参加者は,不正な落札を実現させることに協力するものであり,落札者
以外の談合参加者の談合と入札行為がなければ不正な落札結果を生じないから,こ
の入札行為も不法行為に該当し,参加者は入札自体による受益はないものの,不法
行為責任を負うことになるというべきである。
(3) 入札価格の決定要素
ア 談合がある場合における受注予定者の入札価格の決定要素
(ア) 談合が成立する場合には,受注予定者は自己及び入札参加者の入札価格を
自由に決定できるから,当然のことながら最も利益が大きくなるようにこれを定め
るものと予想される。ただし,発注者において,予定価格及び最低制限価格(本件
に則して予定価格及び最低制限価格を定めている場合を念頭に置く。)を定めてい
るところ,入札価格がその両価格の間に入るものでなければ落札できないという制
約があり,かつ,両価格とも受注予定者を含む入札参加者には不明であるから,談
合をするといっても,受注予定者が自身に都合の良い入札価格を決定することはそ
れほど容易ではない面がある。
(イ) そのような事情を背景にして,受注予定者は,工事価格を積算する。そし
て,積算した工事価格をもって,発注者その他から情報を得ることにより発注者の
入札予定価格と最低制限価格とを予測し,予測した両価格の間に入る金額で最大利
益の見込まれる価格,すなわち入札予定価格に最も近い金額をもって自己の入札価
格とすることになる。そして,他の入札参加者に対しては,例えば受注予定者の入
札価格より高い金額とするように指示する。したがって,入札予定価格についての
予測がどの程度正確かが談合の成果を決定づける面があると思われる。
(ウ) ちなみに,積算の内訳と各経費の算出方法は,次のとおりである。
 積算単価は,建設省(当時。以下,同じ)の土木工事積算基準,建物物価,諸経
費率早見表等を利用して計算される(甲32の2),次の4つの項目に分けられ
る。
①直接工事費
②共通仮設費(①+②=純工事費)
③現場管理費(①+②+③=工事原価)
④一般管理費(①+②+③+④=工事価格)
a 直接工事費
 直接工事費とは,一般的には工事に必要な材料費や従業員の賃金,機会のリース
代金や燃料費等をいう。
 直接工事費は,工事に直接必要な経費として積算する。
b 共通仮設費
 共通仮設費とは,機械機器及び器材の運搬費,準備・後片付け・調査・測量・整
地・除草等に要する費用である準備費,機械設備,用水・電力等の供給設備,仮
道・仮橋・現場補修等に要する費用である仮設費,騒音・地盤沈下・地下水断絶等
の事業損失を未然に防止するための費用である設置費,バリケードや看板,仮設電
灯等の安全費,品質管理・出来高管理・工程管理に要する技術管理費,土地の借上
げ,電力・用水の基本料金等の役務費,現場事務所・労務員宿舎・倉庫・材料保管
場の営繕に要する費用である営繕費等をいう。
 なお,積算方法が積上げによるものと率により算出するものがある。
 共通仮設費は,直接工事費の金額に建設省の土木工事積算基準により設定された
共通仮設費率を適用して算出する。
c 現場管理費
 現場管理費とは,共通仮設費以外で,当該工事の施工管理に必要な経費をいい,
現場監督・現場作業員の賃金・食事代・通勤費,器機リース代金,現場写真代,外
注費等の経費をいう。
 現場管理費は,直接工事費と共通仮設費合計を加算したものに現場管理費率を適
用して算出する。
d 一般管理費
 一般管理費とは,当該工事にかかった経費以外で,会社がその年度に得る収益全
体の中から負担すべき経費にあてる分であり,純利益も含まれる。具体的には,会
社の事務員の賃金,役員報酬,通信費,交際費,労務保険費,租税公課,各種書類
の印刷代金,宣伝広告費等の会社経費をいう。
 一般管理費は,直接工事費,共通仮設費,現場管理費の合計額に一般管理費率を
適用して算出する。
e なお,採算限度額を算出するには,主に現場管理費と一般管理費とを縮減する
ことが多かった。特に,一般管理費は他の工事で回収することも可能な項目であっ
たことから,縮減の対象とし易かった。
(甲18,19,24の2,32の2,39の3)
イ 談合がある場合における入札参加者の入札金額
 標記の金額は,受注予定者から入札参加者に指示されるものであるが,その指示
価格(参加者の入札価格)は,入札予定価格より高いか,最低制限価格よりも低い
か,受注予定者の入札額よりも高くされることとなると思われる。前2者であれば
落札の可能性がないし,第3の金額なら,受注予定者を押しのけて落札することが
ないからである。ただし,発注者の入札予定価格と最低制限価格とが正確に把握で
きないので,前2者の方法は,実際上は利用するのが難しい面がある。これに対
し,第3の方法は簡単であり,本件指示においても利用された。
 このようにすることにより,受注予定者が落札者となり,受注予定者の入札価格
が落札価格となる。
ウ 想定競争価格の決定要素
 次に,談合がないときの落札価格がどのようにしてどの位の金額で定まるかを検
討する。
 談合がないときには,入札参加者がまずそれぞれ自己の積算により工事代金を算
出し,これを基礎にして,落札をする可能性を求めながら併せて利益を得るための
各自の入札価格を模索することになる。受注意欲が強い複数の参加者が激しい競争
をする場合には,落札の可能性の最も高い入札価格は,最低制限価格に近い金額と
なるが,これはそれだけ利益が少ない金額となる。しかも,アと同様に発注者の入
札予定価格も最低制限価格も判明していないので,入札参加者は,予測される両金
額を睨みながら,落札可能性を追求することになる。
 そして,ある入札参加者が自己の入札価格をどの程度にするかは,自己の積算し
た工事金額により落札した場合における利益の有無・程度,その積算額で入札した
場合に落札する可能性の程度の判断,その判断についての自信の程度,受注意欲の
程度及びこれに応じて落札する可能性を高めるために他の入札参加者の入札額を予
測して自己の積算額を下げて入札するかどうか等の判断に左右されることになる。
したがって,ある入札参加者の入札額が,当然にその者の積算額と一致するとは限
らないし,最低制限価格に近い価格となるとも限られないというべきである。
(4) 本件工事における落札価格び想定競争価格
ア 被告前里興業による落札価格
 本件工事においては,被告前里興業は,座間市の予定価格が5729万円という
ことを事前に知っていたわけではもちろんないが,受注希望のあった被告鈴商建設
と同様,入札の準備のために工事代金を積算して座間市の担当部局に赴き,質問を
したりしながら入札予定価格がどの辺にあるかについて,おおよそ見当をつけた。
また,工事価格積算用の市販のソフトを導入して積算を行うことから,市の設計担
当者が出した工事価格に近い価格を算定することができた。そして,被告前里興業
は,予測した入札予定価格よりはいくらか低めの価格(5700万円)を自己の入
札価格とし,他社にはこれより多い金額を入札価格とするように指示した。この予
測が正しかったため,被告前里興業はその入札額で落札した。
 また,予定価格の85%にあたる価格が最低制限価格であることは各業者間で知
られていたし,現に座間市は本件工事について85%を最低制限価格としていた。
 なお,本件工事は,本件現場説明の際に設計図書と共に内訳書が配布されたこと
から,座間市の積算が5000万円以上であることが予想できた。(甲18,1
9,24の2,33の2,P10〔6から8〕,P716回27)
イ 想定競争価格の考慮要素
 本件においては,談合がなかったならば,入札参加者はどのような価格で入札
し,いかなる価格で落札されたかを予測する必要がある。そのための考慮要素を検
討する。
(ア) 赤字ででも公共工事を受注する一般的な可能性・動機の有無
 入札参加者において,民間工事の受注が少ないときは,公共工事を受注するメリ
ットはある。利益が上がらなくても,人を遊ばせずに済み,当座の支払等の収支を
維持できるし,工事のための技術を磨く機会を確保することができるからである。
特に,年度初めの仕事が少ない時期であれば,機械や人材を遊ばせずに済むという
メリットは大きかった。
 経営者の立場からしても,赤字となることがわかっていても,会社の売上げが少
ない場合は受注すべきという判断となる場合がある。しばらく入札に参加していな
いと,座間市の指名業者から外されてしまうというおそれもあった。(甲19,P
1133,34,44,48,P1041,42,49,52,53,P7第16
回30)
 さらに,民間工事の受注が多いときでも,公共工事においては,厳しい検査に合
格するため技術力を向上させることができ,技術面での会社の信用度が民間大手企
業に対しても上昇する。赤字の会社は公共工事の指名を受けないので,会社が指名
を受けていることは,財務的な信用度があることを意味する。そのため,会社は指
名を受けることにより民間大手企業からの信用を得られる。公共工事の場合には,
工事代金の支払が確実で,前渡金も支払われ,工事着手後の事情変更に応じて工事
内容を変更せざるを得なくなっても,根拠を説明できれば増額に応じてもらえる可
能性が高い。そのため,公共工事には受注するだけの考慮要素がある。(甲18,
19,32の2,P161,62)
(イ) 本件工事の特徴(作業上の難易からくる受注意欲の程度)
 本件工事は,道幅の狭い在来の舗装道路の拡幅と片側の崖部分に鉄骨の杭を打ち
込んで擁壁を設置して施工する道路改良工事であり,交通を通行止めにしないよう
に,工事用の重機や工事車両を置くための仮設構台を設置する必要があった。仮設
構台とは,工事作業用車両専用スペースを作り,公道を使用しないで工事を進め,
工事が終了すれば取りはずすものである。
 また,崖側に土砂の防護壁を設置すること及び直近家屋に対する措置を講ずるこ
とが必要だった。直近家屋に対する措置とは,工事着手前に工事現場に近接する家
屋の状況を事前に調査確認し,工事により損傷が生じた場合の保障等について検討
することである。
 また,現場は,道路の長さが短く,高低差も大きかったので,稼働率が通常なら
8,9割のところを7割くらいでしかできないような作業効率の悪いところであっ
た。(甲32の2,乙A6,P1030から32)
(ウ) 平成9年度α線工事の分割その2・3との関係
 平成9年度α線工事・分割その1である本件工事を受注すると,同工事・分割そ
の2及びその3を随意契約で受注できることとされていた(甲49)。したがっ
て,本件工事を受注することは,α線工事の平成9年度分全体を受注することにな
るという面があった。
 ちなみに,被告前里興業の平成8年度α線工事の請負代金は,分割その1から3
の合計で6360万2500円で(甲19〔p24以下〕),粗利益(直接工事費
及び共通仮設費といった純工事費を除いた残りで,現場管理費及び一般管理費に匹
敵する部分。一般管理費の中には純利益を含む。)は約5%であった。平成9年度
のα線工事についても粗利益は5から6%で一般管理費は出ない状態であった。
(P1044)
 平成9年度においても,被告前里興業は,本件工事及び分割その2及び3を合わ
せたα線工事の全体の93%を住建道路に施工させて(P1122),被告前里興
業自身は現場監督の派遣程度のことしかしていなかったので,請負代金から住建道
路に支払った下請代金を差し引いた金額が粗利益となった。利益率が談合により落
札した割に低いのは,工事内容が難しいものであったことと住建道路にほぼ一括の
下請けをさせていたことによる。(甲19)
(エ) 被告前里興業の受注意向の程度
a 被告前里興業は,平成8年度のα線工事を受注していた(甲49)ことから平
成9年度も続けて受注することに意義があった。
 そして,被告前里興業は,平成8年度α線工事を住建道路に下請けさせていたた
め,平成8年度からの工事の継続として,工事の要領を掴んでいる住建道路に下請
けさせることにより,平成9年度の本件工事の経費を浮かすことができると予想さ
れた。また,被告前里興業の担当者のP11はかつて住建道路の従業員であったか
ら,住建道路に対する下請代金についてある程度交渉することができると思われ
た。さらに,材料費等については被告前里興業が独自で購入するよりも住建道路を
通じて購入する方が安価にすることができた。
 以上のような事情から,被告前里興業としては,住建道路への下請代金を支払っ
た後に赤字にならなければよいとして本件工事の入札価格を定めることができた。
(甲19,P1018から20)
b さらに,本店を厚木市に置く被告前里興業としては,利益があまり出ないとし
ても,支店のある座間市内で公共工事を一つくらいは受注しておきたいという意味
もあった(P1047,48)。
c そして,本件入札の当時,被告前里興業では比較的工事件数が少なく,従業員
が遊んでいるような状態であった(P1065)。
d なお,P10は,代表者本人尋問においては,本件工事は受注しても赤字とな
ることがあらかじめ分かっており,誰も受注したくなかったが,座間市に対する義
理から予定価格より低い額で入札をして受注者となったと述べるが(P1042か
ら46),P10自身が積算をして本件入札前に本件工事が利益がないと認識して
いたとは認めることができないうえに,被告鈴商建設と最後まで争って入札予定者
を決定したという経緯があり,座間市に損害を及ぼすことを熟知のうえ,談合を継
続的に行っていたのであるから,自社の利益を犠牲にして座間市の利益のみのため
に入札するとは考えられず,この点に関するP10の供述は信用できない。
 また,平成8年度のα線工事を引き受けていたので,関連工事として本件工事も
受注すべき立場にあったと述べる(P1046)。しかし,平成7年度は被告高原
組が受注していたのであり,同じ年度内では分割その1から3については同じ業者
が受注する習わしがあったとはいえ,座間市においては,年度が異なれば,入札を
実施して別の業者に受注させる可能性を認めていたことからすれば,前記のP10
の供述は信用できない。むしろ,仮に赤字となると分かっていたとしても,公共工
事を受注することには前記のとおりのメリットがあることから,被告鈴商建設と入
札期日の前日ぎりぎりまで争って,落札予定者となったと認めることができる。
(オ) 被告鈴商建設の受注意向の程度
a 被告鈴商建設は,従業員約20名,年商約7億円の株式会社であり,昭和53
年ころ砂利関係の工事につき,平成3年ころ土木工事につき座間市の指名業者に登
録され,平成5年ころから本件協会に加盟したが,平成10年に脱退した。
b 被告鈴商建設は,下水道工事の実績はあったものの,道路工事の実績はなかっ
たため,実績をつくることを目的に本件工事を受注したいと考えていた。というの
は,被告鈴商建設においては,大部分が民間工事の受注だった(民間工事と公共工
事の受注の割合が95対5くらい)からであった。
c 被告鈴商建設は,平成5年に本件協会に加盟してから2,3年は談合により落
札予定者となって公共工事を受注することができなかった。また,同被告は,平成
7年には本件協会の会長に頼んでα線工事を希望したが,被告高原組も希望し,同
被告が落札予定者となった。さらに,平成8年度は,被告高原組,同前里興業及び
同鈴商建設の3社が希望して,被告前里興業が落札予定者となる旨の合意がされて
いた。
 なお,被告鈴商建設は,平成7年度と平成8年度にそれぞれ1回ずつ約3000
万円の座間市の工事を落札している。被告鈴商建設は,これらの入札価格を決める
際は,座間市内の同業者2社に相談して決めていた。
(aからcにつき,P715回1から4,12,13,16回1から6,8,1
0)
(カ) 被告浅沼組他の動向
 被告浅沼組は,本件工事の現場が本店事務所から離れていて,採算がよくないこ
と,α線工事は以前から他社が受注していたこと,そのため,当初から落札の希望
をせず,積算自体も行わなかった。入札時に記入した入札金額5850万円は被告
前里興業の担当者から指示された数字であった。設計価格5000万円以上の工事
につき入札時に提出が要求される積算の内訳書に記載すべき数字についても,被告
前里興業から指示されたものを記載した。(甲32の2)
 他の甲事件被告らも,本件工事に対する受注意欲は被告浅沼組と同様に弱かった
(甲18〔p40から43〕)。
ウ 想定競争価格
(ア) イによると,本件工事は利益率が低いので,入札参加者各社の受注意欲は
全体として強くはなかったということができる。したがって,談合がなくて,入札
をするとすれば,受注意欲の強くない参加者は,確実に受注するということより
も,確率は低いながらも落札することになった場合に備えて,高めの価格で入札し
たと予想される。
(イ) その中で被告前里興業及び同鈴商建設は,事情があって受注意欲が強かっ
たといえる。したがって,同被告らは,利益を少なくしても確実に受注をしたいの
で,自ずと入札価格を低めにして落札を図ろうとしたものと考えられる。のみなら
ず,この両被告以外の参加者(被告ら7社)が前記のとおり客観的には受注意欲が
強くはなかったことを被告前里興業と同鈴商建設とが認識し得るかという問題点が
ある。近隣の同業者であり,ある程度相互に業況を知っている点もあろうが,具体
的な本件工事の入札に当たっての受注意欲の程度,入札額の多寡まで,入札参加者
の事情を事細かに正確に知っているとはいえない。そうすると,受注意欲の強い被
告前里興業と同鈴商建設とは,被告ら7社との関係でも,入札額を低めにして受注
を確実にしようとしたと思われる。
 なにぶん,想定のことであるから,不確定要素が多いが,以上のような要素を前
提として,落札者及び想定競争価格を推測する。そうすると,被告前里興業は,平
成8年度のα線工事を受注し,性質上,本件工事の相当部分を委託しなければなら
ない住建道路ともそのときからの取引関係があることから,利益を少しは出しなが
ら受注することが可能な参加者であったということができる。他方,受注意欲の強
いもう一方の会社である被告鈴商建設は,α線工事の受注経験を得たいという受注
意欲は強いものの,過去にα線工事を担当したというわけではないこともあって,
最終的な入札額を思い切って低めにすることは採算上躊躇されたと推測するのが相
当である。
 そうすると,被告前里興業の入札価格が被告鈴商建設のそれよりもいくらか低
く,被告ら7社の分よりももちろん低いので,落札価格となる可能性が最も高かっ
たということができる。
(ウ) さらに,アのとおり,従前の経過から,被告前里興業及び同鈴商建設を含
め,入札参加者は,入札の準備のために工事価格積算用の市販のソフトにより工事
代金を積算して座間市の担当部局に赴き,同様のソフトで計算をしている市の担当
者に質問をしたりしながら入札予定価格がどの辺にあるかについて,おおよそ見当
をつけることができた。座間市の入札予定価格は,このような事前の交渉からどの
参加者にも相当程度正確に予測することができた。
(エ) 以上によれば,被告ら7社は入札予定価格につき客観的な5729万円近
辺と予測してそれに近い金額で入札し,被告前里興業はこの金額より何%か低い金
額で入札し,被告鈴商建設は5729万円よりは低いものの被告前里興業の入札額
よりは高い金額で入札したであろうと想定することができる。その結果,談合がな
い場合に被告前里興業が入札したであろう想定上の入札価格が想定上の落札価格と
なる。
(5) 座間市の損害額
 そうすると,座間市は,被告ら9社の談合により,現実の落札価格5700万円
と想定競争価格(想定落札価格)との差額の損害を被ったことになるところ,想定
競争価格が算定できないことから,この損害額を算定することは極めて困難である
といわざるを得ない。このような場合に民訴法248条により相当な額を損害とし
て算定することができるとされているところ,相当な額を認定するための要素とし
ては,次のような事情を考慮する必要があると認められる。すなわち,入札予定価
格自体が不明であるので,入札参加者はこれを予測せざるを得ないところ,入札予
定価格を超えた入札価格で落札することはできないので,入札予定価格については
手堅くやや低めに見込むであろうと予想されること,想定競争価格はもちろん入札
予定価格より低額とはなるが,本件では競争がそれほど熾烈ではないと参加者にも
多少は予想される等,想定競争価格はそれほどは下がらない特殊事情があること,
正確には損害額が算定できない中で賠償責任を負わせる以上,責任を負う者に対
し,まず間違いがないと思われる程度の金額を賠償させるのが適当であること,同
様に不確定要素の多い中での賠償金額の算定であるから,賠償請求権者にとって社
会通念上相当と考えられる額とすべきであること,以上のような諸般の事情を考慮
することが必要であると思われる。そうすると,想定競争価格は,入札予定価格よ
り3%低い5558万円であると認め,座間市の被る損害額は,現実落札価格57
00万円から5558万円を引いた142万円(消費税5%を加えると,149万
1000円)と認めるのが相当である。
 これについての遅延損害金の起算日は,不法行為により損害が発生した日となる
ところ,起算日は原告主張の本件請負契約締結日(平成9年7月24日)の翌日で
はなく,請負代金の支払が完了した日の後であることが証拠上うかがえる平成10
年4月1日とするのが相当である(甲3,弁論の全趣旨)。
(6) 当事者の主張について
ア 甲事件原告の主張について
(ア) 原告は,想定競争価格は最低制限価格に収れんする旨を主張する。
 しかし,最低制限価格の設定がある入札において,工事の種類,入札予定価格に
対する最低制限価格の設定の程度等の個別の事情を問わず,一般的に最低制限価格
をもって落札されるという現象があるとまでの証拠はない。とりわけ本件工事にお
ける最低制限価格は入札予定価格の15%減の価格とされていたところ,本件工事
は利益率の低い工事と見込まれ,受注希望の多くない工事であったから,入札予定
価格付近の価格を入札価格とする入札はあっても,それから相当程度低めに下がっ
た価格での入札は見込まれないとうかがわれる。したがって,本件工事についての
入札参加者による入札価格が最低制限価格付近の額に収れんするとの原告の上記主
張は認められない。
(イ) なお,被告らの担当者の員面調書及び検面調書には,談合がないとした場
合の落札価格(想定競争価格)は入札予定価格の85%程度となるとの記載が見ら
れる。
 しかし,これに対しては,取調警察官の意向を受けてやむを得ず記載したとの供
述や陳述書の記載が多く存在する。しかも,上記の85%の記載は,被告ら7社が
真実は入札意思がないこともあり得るのに,そのことを度外視して入札すると仮定
して入札価格を述べさせたものであり,通常は入札価格の85%程度が最低制限価
格となるとの一般論から導かれたものであって,具体的実証的な証明があるわけで
はない。したがって,直ちに想定競争価格が入札予定価格の85%程度となると認
定するのは少なくとも本件では適切ではない。
(ウ) 原告は,本件排除勧告や本件工事に係る刑事事件後には談合状態が解消し
たところ,そこでは平均落札率が80%を超えることがないと指摘する。
 指摘の入札において最低制限価格と入札予定価格との金額の関係がどの程度であ
ったか等の詳細が不明であり,そもそも最低制限価格が設定された入札か定かでな
い点もある。本件排除勧告後の平均落札率が80%を超えることがないことを理由
にするにしろ,個別性を抜きに,一般的に予定価格の85%程度が想定競争価格で
あるというのは,やはり,多少無理があり,採用することができない。
イ 甲事件被告らの主張について
(ア) 甲事件被告らは,本件工事については,工事の特殊性,利益が出にくいこ
と,入札希望者がそもそも二人であることから,談合がなかったとした場合におけ
る想定競争価格は,現実の落札価格と変わらない旨を主張する。
 しかし,談合がない以上,競争があり,少なくとも受注したいとの意向をもって
入札に望む競争相手がいるであろうと認識する中で,自社において受注したいとの
意向を有する参加者がいる限り,想定競争価格が談合によってもたらされた現実の
落札価格より多少とも低下するのは動かし難い経験則であると考えられる。被告ら
指摘の上記の事由(工事の特殊性,利益が出にくいこと,入札希望者がそもそも二
人であること)は,想定競争価格がそれほど低額にはならない旨の主張の根拠とは
なると思われるが,談合があった場合の落札価格と想定競争価格とが同じであると
いう異例の事態をもたらす極めて特殊な事由ではない。被告ら指摘の事由とそれに
よる想定競争価格の低下の有無・程度については,前記の判断において考慮してお
り,そのような事情があるために想定競争価格が極端(入札予定価格の15%)に
は下がらず,入札予定価格の3%程度下がった価格であると判断したものである。
(イ) 甲事件被告らは,本件工事の特殊性から住建道路その他の専門業者に下請
けさせることになるので,大きな利益が見込まれず,想定競争価格は談合があった
場合の落札価格を下回らない旨を主張する。
 しかし,住建道路の請負価格自体が競争の結果決まったものではないから,談合
がない場合の入札においては,住建道路その他の専門業者にどの程度の価格で下請
けさせるかも含めて,競争をすることになる。したがって,住建道路に下請けさせ
ることの一事で想定競争価格が談合があった場合の落札価格を下回らないとまでは
いえない。
(ウ) 被告前里興業は,本件工事においては,受注後に工事代金の増額があった
ところ,これを考慮しないと粗利益は赤字で,利益を受けていないから,同被告は
座間市に対し損害を与えていない旨を主張する。
 しかし,仮にこのように赤字となると想定した場合でも,談合がなければ競争原
理が働くために,想定競争価格は談合がある場合より低額になる可能性が高い。そ
うすると,仮に談合があったにもかかわらず被告前里興業に利益が出ないとして
も,座間市にとっては談合がある場合の方がない場合よりも本件工事の注文金額が
高くなるので,談合がない場合の想定競争価格と談合があった現実の落札価格との
差額が談合によりもたらされる損害となるのである。なお,粗利益が赤字でも,受
注したい入札参加者は,そのような状態でも受注するものである。これには,もろ
もろの理由があり,経費分だけでも出ればよいという場合,後の公共事業を取得す
るための実績づくりをする場合等がある。
(エ) 甲事件被告らは,被告前里興業が受注後に座間市との間で契約金額を増額
したから,想定競争価格は現実の落札価格を下回らない旨を主張する。
 しかし,増額事由は本件入札時及び本件請負契約時には分からなかったものであ
る。また,事後の増額の事実は想定競争価格が現実の落札価格と同じであることを
示す理由とはならない。
(7) まとめ
 よって,甲事件の請求は,2(5)の限度で理由がある。
第4 結論
 以上のとおりであり,乙事件の訴えは適法な監査請求を経ていないから不適法で
あり,これを却下すべきである。他方,甲事件の請求は,第3の2(5)の限度で
認容し,その余は理由がないから棄却する。そして,訴訟費用の負担につき行政事
件訴訟法7条,民事訴訟法61条,64条,65条を適用して,主文のとおり判決
する。なお,甲事件の勝訴部分についての仮執行宣言はその必要がないと判断す
る。
横浜地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官 岡光民雄
裁判官 窪木稔
裁判官 村上誠子

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