弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

     主    文
   本件控訴を棄却する。
     理    由
 本件控訴の趣意は検察官落合俊和作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は弁護
人黒田宏二作成の答弁書に,それぞれ記載されたとおりであるから,これらを引用
する。
 論旨は,要するに,原判決は平成10年6月11日付起訴状記載の公訴事実(覚
せい剤の使用及び所持)につき犯罪の証明がないとして無罪としたが,原判決は逮
捕状呈示に関する証拠の評価を誤ると共に,検察官の追加証拠調べの請求を却下し
て審理を尽くさず,さらに違法収集証拠の証拠能力に関する判例を誤解し憲法及び
刑訴法の解釈適用を誤り証拠を排除したのであるから,原判決には判決に影響を及
ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである。
 そこで,所論にかんがみ,記録を調査し,当審における事実取調べの結果をもあ
わせて検討するに,原判決が「一部無罪の理由」の項で認定説示するところは相当
として是認することができ,当審における事実取調べの結果によってもその判断は
左右されない。以下所論に即して補足する。
1 逮捕状呈示の有無について
 (一) A証言について
 所論は,Aは本件逮捕状況の一部始終を目撃しておらず,その証言内容は正確性
に乏しく極めて曖昧である,またAは被告人と利害関係のない中立的立場にあった
とは到底いえないから,同証言の信用性を過大に評価できないと主張する。
 そこで検討すると,A証言中には,①被告人を2人の男が追いかけてA宅の方向
に来た場面及び被告人が捕まって紐で巻かれた場面は見たが,その間に家の中に入
ったので目撃は中断した旨述べる部分と,②電柱のあたりで被告人がこけたのでそ
こで捕まり紐で巻かれていたと逮捕状況の全容をほぼ目撃していた旨を述べる部分
とがあり,これらを整合的に解釈することは困難といわざるを得ないところ,①に
ついて近所付き合いをしている被告人が助けを求めてきたという緊迫した場面のさ
なかに家の中に入るというのも不自然な話であるし,②については同人の検察官調
書(原審検甲85)とも符合していること,警察官らも述べる制圧状況と整合して
いることから信用性を否定し難いから,①の供述は虚偽である可能性が高く,その
意味でA証言には誠実さに欠ける点があるといわれてもいたしかたない。そして,
Aが原審証言をするまでの手続経過には同人が証言を回避したいという心理状態に
あったことが表われている上,Aが被告人と長年近所付き合いをしてきたこと,本
件後被告人から逮捕状の呈示がなかった旨を証言してくれるよう手紙で再三にわた
り依頼を受けたことに加え,被告人の姉や内妻の訪問を受け同趣旨の供述を求めら
れたことなどを考えると,所論が指摘するとおり,真実は警察官による逮捕状呈示
を目撃したAが,逮捕状呈示がなかったという積極的な虚偽供述まではしたくない
ものの,被告人に不利な供述もしたくないという心理から上記①②のような矛盾す
る証言をしたと解する余地も全くないではない。
 しかし,ごく普通の主婦であるAの立場にたってみると,自己の証言が警察官が
違法行為をしたとの決定的証拠となることへの恐れを感じていた可能性もまた十分
考えられるところであって,このことが上記証言回避的態度をとらせ,所論とは逆
に,上記の心情と真実を証言すべき義務観念との相克から当初は制圧状況は目撃し
ていない(①)と証言していたが,その後の尋問の中で被告人が制圧された後紐で
巻かれるまでの状況を継続して目撃していたことを思わず吐露してしまった(②)
と解する余地もあるというべきである。
 以上要するに,A証言には,それ自体の中に矛盾があるからその証拠価値が高い
とまでいうことはいささか危険であるものの,その矛盾を来した理由については上
記の二通りの理解の仕方が可能であり,被告人をかばうために虚偽供述をしたと断
ずることはできないから,少なくとも逮捕状を呈示したとの警察官証言に疑いを生
じさせる限度での証拠価値は否定されないと解するのが相当である。よって,所論
は採用できない。
 (二) 警察官証言について
 (1) 逮捕状の折り目がないこと
 所論は,B警察官が本件逮捕状を携行した状況につき証言を変遷させたことは事
実であるにしても,同人にとって本件逮捕状をどこに入れていたかは枝葉末節にわ
たる部分であって記憶の低下や他事件との混同が生じたとしても不合理ではないな
どと主張する。
 しかし,本件逮捕時の状況は,B自身が被告人を制圧することで手一杯だったた
め,逮捕状をC警察官に手渡して呈示読み聞けさせたというかなり特異なものであ
り,Bがどこにどのようにして逮捕状を携行していたかという点はCに手渡した点
と結びつけて記憶に残りやすい事柄といえるから,記憶の混乱低下が生じたとは考
え難い。そしてBは逮捕状の呈示が争点となった本件の証人として出廷するに当た
り,その職責上逮捕状を呈示した前後の状況をできる限り記憶喚起したと考えられ
るから,その上での変遷を枝葉末節にわたる部分であるとして過少評価することは
できない。よって所論は採用できない。
 なお,仮にBが逮捕状を柔らかく折って上着内ポケットに入れていたことを前提
としても,Bは,呈示の前後において被告人とかなりの揉み合いになったことがB
自身の証言によっても認められ,そうした際に内ポケットに入れていた逮捕状に折
り目やしわが全くつかなかったというのもやはり不自然であることは否定し難く,
ひいては原審公判調書中の検証調書に現れた本件逮捕状の状況が逮捕状不携行の疑
いを生じさせることは否定できないというべきである。
 (2) 捜索差押令状の不持参
 所論は,本件逮捕当日に捜索差押令状を持参しなかったのは捜索差押要員が確保
できなかったためであり,被告人の身柄確保のため被告人方に赴いたBらが逮捕状
を携行しないことはあり得ないなどと主張する。
 しかし,3名の警察官が滋賀県大津警察署から三重県a市所在の被告人方まで赴
くというそれなりの手間をかけた捜査手続を実施するのであるから,その際に捜索
差押を実施して証拠品を確保できればそれが望ましいことはいうまでもなく,かつ
捜索に当たって被告人に抵抗がなく立会人が確保できる可能性もないとはいえない
から,特に携行に支障があるはずのない発付済みの捜索差押令状を持参しなかった
ことは,やはり不自然というべきである。そうすると,警察官が犯人の身柄確保を
する際,逮捕状を携行していた場合でもできる限り任意同行を求めることが捜査の
常道であるとの所論(この点も,現に逮捕状が出ている事実を明らかにして犯人を
説得する方が犯人を観念せしめる効果があるから,より有効な場合が多いのではな
いかとも考えられる
ので,全面的には賛同し難い。)を前提としても,捜索差押令状の不持参の事実を
根拠として逮捕状の準備を失念した可能性を指摘する原判決の認定に誤りがあると
はいえない。よって所論は採用できない。
 (3) その他の事情
 その他,原審において,①Bが被告人を捕縛後念のために再度逮捕状を呈示した
と証言する点は,2度目の呈示を行う必要性が乏しいことは明らかである上,車両
を取りに行ったD警察官はともかくとして,かなり異例なことと思われる2度目の
呈示について,同じ場所に居たCが覚えていないというのも不自然であること,②
Dが,自分が電柱にしがみついている被告人の手を離そうとしている時に,Bが大
津警察署に逮捕状執行の許可を携帯電話で求めたと証言しながら,後でその電話は
逮捕したという報告であったと訂正する証言をした点は,どちらにしても同僚警察
官が身柄確保に奮闘しているすぐ横で電話するほどの必要性があることとは到底考
えられず,極めて不自然な証言といわざるを得ないことなどの事情が認められる。
 また,当審における事実取調べの結果によれば,Cが逮捕状の呈示をした状況が
具体的に記載されたB作成の本件逮捕当日付けの捜査報告書(当審検2)が存在す
ることが認められるが,被告人の言動から逮捕状の呈示の有無が将来の公判審理の
争点となることは容易に想像できたと考えられ,本件証拠関係に照らすと,逮捕状
の持参し忘れという不始末を糊塗するために同報告書を作成した可能性すら否定し
得ないから,同報告書の存在によっても上記の認定を覆すに足りないというべきで
ある。
 (4) 小括
 以上を総合すれば,所論がそのほか種々主張することを含めて検討しても,逮捕
状を呈示したとの警察官らの証言は信用できないというべきであり,この判断は,
一方において,被告人が本件窃盗事実につき明らかに不合理な弁解に終始するほ
か,覚せい剤の所持や採尿の状況に関して不自然不合理な供述をするなど,その供
述態度の真摯性が認められないことによっても左右されない。
 (三) 証拠請求却下について
 原審はB及びCの再度の証人尋問請求を却下し,これに対する検察官の異議申立
ても棄却しているが,両名は既に逮捕時の状況を具体的かつ詳細に証言しており,
検察官の証人尋問請求書によっても再度の証言の必要性が疎明されているとは到底
認められず,かえって同請求書は,立証が必要な事実として,Cは逮捕状を呈示し
たが被告人がこれを認識し得なかった可能性もあるなどと極めて不合理な内容にも
言及しているのであるから,この請求を却下した原審の判断に誤りはない。
 (四) 以上のとおり,結論として,警察官が被告人に逮捕状を呈示しなかった疑
い が残るとした原判決に証拠評価の誤り及び審理不尽の違法はない。
2 証拠排除の当否について
(一) 原判決は,逮捕状の呈示は令状主義の基本に関わるものであり,特に本件
逮 捕は被告人を実力で制圧したのであるから呈示が不可欠な態様であったとした
上で,本件逮捕に当たった警察官が逮捕状の緊急執行(刑訴法201条2項,73
条3項)の手続を知りながら,そうではなく逮捕状を呈示したと不自然な供述を一
致して続けている以上,将来の違法捜査抑制の見地からみても,事後的に救済的解
釈をすることは相当でなく,本件逮捕状の不呈示の疑いは,令状主義の精神を没却
すると認め,その違法な逮捕状態を利用して獲得されたと認められる証拠を違法収
集証拠として証拠排除した。
 (二) これに対し,所論は,本件逮捕に際し被告人に逮捕状が呈示されなかった
と しても,本件逮捕には原判決が説示するような違法はないとして,i本件逮捕状
が携行されていなかったため呈示されなかったとしても,逮捕状の緊急執行として
当然に許容される,ii本件逮捕状が携行されていながら呈示されなかったとして
も,逮捕状の緊急執行と同様に,緊急性及び相当性が認められると共に,被疑事実
の要旨が告知されているから違法性は認められず,iiiさらにいずれの場合も,適正
な逮捕状が発付されている本件窃盗につき被告人を逮捕したもので,令状主義を潜
脱する意図は有しておらず,およそ令状主義の精神を没却するような重大な違法は
ないと主張する。
(三) そこで検討するに,まず前記1のとおり警察官らの原審公判供述は信用で
き ないから,逮捕状が発付されている事実及び被疑事実の要旨が告知されたこと
を認めるに足りる証拠はなく,この緊急執行の手続要件が具備されたとはいえな
い。もっとも,逮捕状が発付されていたのであるから実体的な逮捕の要件には問題
がない上,そこで執行しなければ以後逮捕することが不可能ないし著しく困難にな
るという緊急性の要件もないとはいえないから,手続要件に瑕疵があるにすぎない
と解することができ,逮捕の場面だけをみる限り,逮捕状不呈示の違法は証拠排除
をもたらすような重大なものとはいえないという救済的解釈をする余地がないでも
ない。
しかしながら,逮捕状の不呈示という明白な違法(刑訴法201条1項違反)を
救済するのであるから,それにはあくまでそれ相応の実質的な根拠がなければなら
ず,違法を犯した原因,帰責性の程度,事後の対応なども含めて総合考察した上
で,将来同様の違法が繰り返されることを抑制するような解釈が求められることも
また当然といわなければならない。このような見地から本件を検討すると,原判決
は前記のとおり「本件逮捕に当たった警察官が逮捕状の緊急執行の手続を知りなが
ら,そうではなく逮捕状を呈示したと不自然な供述を一致して続けている」旨判示
しているのであるが,その趣旨は,端的にいえば,警察官らが逮捕状の点検を怠っ
て携行をし忘れたのに,逮捕状を呈示したという明らかに証拠に反する事実に固執
し,原審公判においても揃って不自然不合理な供述をしている旨を判示しているこ
とに他ならないと解するのが相当である。そして,本件全証拠を素直にみる限り,
原判決の認定はまことに無理からぬ認定というべく,所論がその誤りを主張して縷
々指摘する点は上記事実認定を左右するものではない。
 そこで,原判決の上記事実認定を前提に以下考察する。確かに,逮捕状の携行し
忘れはある意味で単純な過失であって帰責性の程度が大きいとはいえない。しか
し,逮捕状を呈示して通常の執行をするということと,逮捕状を呈示しないで緊急
執行をするということは紛れようもない明らかに別個の事実であるから,本件にお
いては逮捕状を携行していない事実を素直に認めて緊急執行をするしかなく,かつ
その方途を採ることに障害があったとは考えられないのに(前記のとおりDの原審
証言の中で,Bが逮捕現場で大津警察署に電話をかけたというのも,その点を問い
合わせたと解するのが自然である。),前記のとおり緊急執行は行わず上記のよう
な事後の対応をしたことは,自らの過誤を隠すことに汲々とするばかりでその職責
の重大さに対する謙虚な姿勢が感じられず,緊急執行ができたのであるから違法性
が小さいとして証拠排除をしなかったとすれば,結局,過誤は隠ぺいすればよいと
の認識を許容することになってしまい,これが将来の違法捜査の抑制の見地から相
当でないことは多言を要しない。換言すれば,逮捕の現場など緊迫した場面で判断
ミスを犯したこと自体については救済する余地はあるが,そのミスを糊塗しようと
して虚偽といわれてもいたしかたのない証拠(逮捕手続に関する捜査報告書を含
む)を作出するがごとき行為を救済することはできないのである。したがってこれ
らの点をも総合考察すると,本件逮捕状不呈示の違法は証拠排除をするのを相当と
する程度に重大であるというべきであり,原判決の判断に誤りは認められず,論旨
は理由がない。
 よって,刑訴法396条,181条3項本文を適用して,主文のとおり判決す
る。
(裁判長裁判官 河上元康 裁判官 細井正弘 裁判官 水野智幸)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛