弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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    主     文
被告人を懲役10年に処する。
未決勾留日数中180日をその刑に算入する。
押収してあるサバイバルナイフ1丁(平成13年押第28号の1)及びナイフ1丁(同号の
2)をいずれも没収する。
    理     由
(犯行に至る経緯)
1 被告人は,静岡県裾野市内にある自動車会社でトラックの運転手として稼働してき
たものであるが,平成13年2月16日午後6時ころから,会社の上司の退職慰労のた
めの送別会に出席した。被告人は,翌日は朝早く親戚の葬儀のために福島県白河市
へ向かわなければならなかったため,早めに帰宅するつもりであったが,同僚らに誘
われスナック,居酒屋などに行き,結局,翌17日午前零時半過ぎころ,軽四乗用自動
車(スズキ・ジムニー。以下「ジムニー」という。)を飲酒した状態で運転し,自宅に戻っ
た。ところが,静岡県御殿場市Cd番地のe所在の被告人宅付近の路上脇には,前々
日に降った雪が残り,路面も凍結していたため,被告人は,翌朝早い時間だと車庫前
の門扉が凍りついて開かなくなるかもしれないと考え,ジムニーを車庫に入れず,被告
人宅南側前の道路(市道3434号。幅員4.8メートル。以下,被告人宅南側前の道路
部分を「本件道路部分」という。)上に,被告人宅の塀から約30センチメートルほどまで
幅寄せして駐車し,同日午前1時過ぎに家の中に入った。
2 被害者乙は,御殿場市内の工場で寮に寄宿しながら工員として稼働していたもの
であるが,同日午前3時ころまで,同僚とスナック等で飲み歩いた後,同僚を送って行
こうと飲酒した状態で普通乗用自動車(ニッサン・シーマ。以下「シーマ」という。)を運
転し,同日午前3時30分ころ,市道3434号の別紙図面の被告人宅東方の南北に走
る道路部分を南下し,西方にほぼ直角に屈曲したカーブに差しかかったところ,路面が
凍結していたため同カーブ内で横滑りしながら回転し,同カーブから約20メートル余り
西方に駐車してあったジムニーの運転席側の車輪フェンダー部分に,シーマの前部バ
ンパーの助手席側部分が食い込むような形でシーマを衝突させ,シーマの後部バンパ
ーは被告人宅と反対側にあった道路脇の鉄製フェンス下部のコンクリート部分に乗り
上げてしまい,結局,この事故の結果,シーマは,北東方向に斜めに向いた状態で,
幅員約4.8メートルの本件道路部分を完全に塞ぐ形となってしまった(以下,乙が発生
させたこの事故を「本件事故」という。なお,本件事故現場付近の道路状況と双方の車
両の衝突後の状況の概要は,別紙図面のとおりである。)。
  乙は,本件事故発生後,シーマを動かそうと試みたが動かなかったため,シーマに
乗車していた同僚は,同所付近に住むシーマの所有者に連絡を取るためその場を離
れ,乙は,ジムニーは駐車してある場所の前の家の人の所有であろうと考え,ジムニ
ーの方を動かしてもらおうと思い,被告人宅の玄関チャイムを鳴らした。
3 被告人宅には,80歳になる被告人の母親丙子が,被告人と2人で居住していた
が,上記のとおり,玄関チャイムが鳴ったので,就寝中だった丙子が目を覚まし,玄関
に出てみると,乙から,「ここにある車はお宅の車かな。」などと大声で何度も尋ねられ
たりしたため,丙子は,乙が酔っていて,自分では対処できないと考え,自宅の2階で
就寝中だった被告人を起こし,被告人に応対してもらうことにした。
  丙子に起こされた被告人は,玄関に降りると,乙から,「おやじ,悪いけど車どかし
てくれ。」などと言われたため外に出てみると,上記のような本件事故の状況を現認し
た。被告人は,車をぶつけておきながら乙の態度が横柄であると感じて,少し腹が立っ
たものの,道路上にジムニーを止めた自分の方も悪いと考え,自宅から車のキーを取
ってきてジムニーのエンジンをかけてみたが,シーマがジムニーに食い込むような状態
で衝突していたため,ジムニーは前後に30センチメートル位動くだけで,移動させるこ
とはできなかった。
4 ところが,乙は,平成9年10月13日に運転免許取消処分を受け,本件事故当時は
運転免許を有していなかったため,無免許運転及び酒気帯び運転が発覚することを恐
れ,被告人がジムニーを動かそうとしているにもかかわらず,「早くしろよ。おやじよ。道
塞いでんだからよ。」などと言ったため,被告人は,「この状態では無理だ。どかせな
い。」などと言い返したところ,乙から,「この野郎。お前がこんな所に車を止めておく方
が悪い。」などと言われた。また,被告人が,乙に対し,「お前免許持ってんのか。」と聞
いたところ,乙が,「そんなもの持っちゃいない。」などと言ったため,被告人が,「だった
ら警察呼ぶしかないな。」と言うと,乙は,再度,「とにかく道塞いでんだから何とかどけ
ろよ。」などと言い返し,開いていたジムニーの運転席窓から被告人の襟首辺りを掴
み,殴りかかろうとしたため,被告人は,「何すんだ。ぶん殴るならやってみろ。」,「歯
の2,3本折ってみろ。殴ってみろ。この野郎。」などと怒鳴り,双方が大声で怒鳴り合う
状態となった。そのうち,被告人は,これ以上我慢できないなどと思い,ナイフで脅かし
てでも乙をおとなしくさせようと思い,趣味の狩猟に使用するためにジムニーの運転席
の下に置いてあったナイフ(刃体の長さ約18.7センチメートル,平成13年押第28号
の2)を取り出し,同ナイフの鞘をはずしながらジムニーを降りた。乙は,ナイフを持って
ジムニーから降りてきた被告人の様子を見て,後ずさりしたものの,「この野郎」,「こん
な物出しやがって」などと言って,被告人が持っていたナイフを奪い取ろうと被告人の
方に向かってきたため,被告人と乙はもみ合いとなり,その結果,被告人は,乙からナ
イフを取り上げられた。
(罪となるべき事実)
被告人は,
第1 平成13年2月17日午前4時ころ,上記のとおり,前記被告人宅前の路上に駐車
しておいた被告人所有の前記ジムニーに,乙(当時32歳)が同人運転に係る前記シー
マをぶつけ,しかもシーマがジムニーに食い込んでいてジムニーを移動させることがで
きなかったのに,乙から,ジムニーを早く動かせなどとせっつかれ,被告人の襟首辺り
を掴まれ殴りかかろうとされたりしたことから立腹し,怒鳴り合いになったため,乙を大
人しくさせようとして前記ナイフをジムニーから持ち出したが,逆に反撃されて乙と揉み
合っているうちに,乙からナイフを取り上げられ,そのため,被告人は,乙が右手に持
ったナイフを奪い返そうとしたが,その際,左手でナイフの刃をつかんでしまい,自己の
左手指をナイフで切り,激しい痛みを感じるとともに,自己の指から血が溢れ出てきた
のを目にしたため,「やられた。」との思いから怒りが一度に込み上げてきて,この際,
自分が殺しても,相手から殺されてもやむを得ないという気持ちになり,ジムニーに戻
って同車の後部荷台に積んであった狩猟用のサバイバルナイフ(刃体の長さ約25.6
センチメートル,平成13年押第28号の1)を持ち出し,ジムニーから3,4メートル位離
れた場所に立っていた乙の方へ向かって行ったが,その際,乙が,「なんだ。おやじや
るのか。」などと言ってナイフを右手に持ったまま構えるような姿勢を取ったため,さら
に激昂し,乙が持っていたナイフを振り落とそうとして,乙の方へ小走りに走って近づ
き,乙の右腕目掛けてサバイバルナイフを振り下ろしたが,乙はナイフを落とさず,数
分の間,被告人と乙は,被告人がサバイバルナイフ,乙がナイフをそれぞれ手に持ち,
時には振り回し合ったりしながら,双方共に譲らない体勢で必死にもみ合いを続けた
が,そのうちに,被告人が,ナイフを持っていた乙の右手を自己の左手で掴み,自己の
右手に持ったサバイバルナイフの刃を乙の首筋に押し当てる状態となった。そこで,被
告人は,乙に対し,「まだやるか。」と言ったが,乙から,「やれるものならやってみろ
よ。」などと言われたため,乙が自分のことを馬鹿にしているように感じ,怒りが全身に
沸き上がり,「この野郎許さねえ。ぶっ殺してやる。」などと言いながら,殺意をもって,
乙の首筋に押し当てたサバイバルナイフを,乙の左頸部から右頸部にかけて一気に
押し切るようにして,その前頸部を切り裂き,よって,そのころ,同所において,同人を
左総頸動脈切断により失血死させて殺害し,
第2 上記日時,場所において,業務その他正当な理由による場合でないのに,上記
のとおり,上記サバイバルナイフ及び上記ナイフ各1丁を携帯し
たものである。
(証拠の標目)及び(法令の適用)
記載省略
(量刑の理由)
1 本件は,前記のとおり,深夜に発生した本件事故をきっかけとして,被害者と被告
人が怒鳴り合いになり,被告人がナイフを持ち出したところこれを被害者に取り上げら
れ,被告人がさらにサバイバルナイフを持ち出し,両者が必死にもみ合いを続けた後,
逆上した被告人が,殺意をもって,被害者の前頸部を切り裂いたことにより,被害者が
その場で失血死したという殺人及びその際の銃砲刀剣類所持等取締法違反の事件で
ある。
2 前記犯行に至る経緯に見たように,本件事故を発生させたのは被害者の方であ
り,しかも,シーマがジムニーに食い込んでいて被告人がジムニーを移動させようとし
ても移動させることができなかったのに,被害者が自己の無免許運転及び酒気帯び運
転の発覚を恐れ,被告人に対し早くジムニーを移動させろと無理を言ったことなどの経
緯については,被害者の取った行動に適切を欠く面のあったことは否定できない。ま
た,本件犯行前に,被告人が,母親に対し,「酔っぱらって話にならないから110番し
て。」,「もうすぐ,警察が来るから心配しないで中に入ってな。」などと言っていたこと
や,本件犯行前に双方が大声で怒鳴り合うのを聞いたという付近住民の供述などに照
らすと,被告人だけでなく,被害者の方も相当興奮した状態にあったことも認められる。
深夜に突然起こされた上での被害者のやや横柄な態度に,被告人が相当立腹したこ
とについては,理解できないことはない。
3 しかし,それだからといって,被告人が,前記ナイフを持ち出したのは,あまりにも軽
率で愚かな行為であったというほかはなく,そのナイフを被害者に取り上げられるや,
さらに,全長約39センチメートル,刃体の長さ約25.6センチメートルもあり,ナイフよ
りも殺傷能力のより高い前記サバイバルナイフを持ち出すなど,被告人の取った行動
は,弁解の余地のない行為であったものというべきであり,この点について,酌量の余
地は全くない。
 そして,判示のとおり,両者が激しくもみあった後,被告人は,被害者の左頸部にサ
バイバルナイフを押し当てた際,被害者の態度にさらに激昂し,そのまま被害者の右
頸部方向にサバイバルナイフで一気に押し切るようにその頸部を切り裂いており,その
犯行態様は残虐極まりなく,その結果,被害者は,左右耳介の下方間にわたってすさ
まじい切創を負い,その深さは約7.5センチメートルに及んで前頸部は大きく裂け,左
総頸動脈,静脈は共に切断され,右外頸動脈は切断,同静脈は折損し,左頸部の切
れ込みは椎骨に達し,甲状軟骨は声帯上部で切断されるなど,犯行現場が血の海と
なるほど凄惨を極める状態で死に至ったもので,誠に痛ましい限りである。
4 被害者は,まだ32歳で,結婚を予定していた女性もおり,子供のころからサッカー
を愛し,町内のサッカー部の主将もやっていたスポーツマンであり,とても家族思いな
青年であったのに,まさにこれからというときに,このような無惨な結果となって息絶
え,将来の夢も希望も断たれたものであって,その無念さは計り知れない。また,突
然,息子を失った被害者の両親の悲しみは深く,到底筆舌に尽くし難いものであり,被
告人に対して厳重処罰を望んでいるのも無理からぬものというべきである。
5 しかしながら,本件犯行は,計画的なものではなく,前記のとおり,被害者が本件事
故を発生させたことに起因して,被害者と被告人がどなりあうトラブルとなり,互いに感
情的となった上での犯行であって,その意味で,偶発的なものであること,被告人は,
被害者が倒れた瞬間から我に返り,大変なことをしてしまったと後悔し,以後,自らの
犯した罪の重さと大きさを思い知り,心から反省している様子がうかがわれること,そし
て,被害者及び遺族の方に対し,言葉では表現できないほどお詫びをしたい旨述べて
いること,被告人は,成人した後は,昭和58年に業務上過失傷害で罰金8万円に処せ
られた前科があるものの,それ以外には前科はなく,タクシー運転手やトラック運転手
として真面目に稼働してきており,目の悪い母親の面倒も見てきたこと,被告人の人柄
は,普段は温厚で面倒見がよく,勤務態度も真面目で,町内の自治会の仕事も進んで
行ったりしていたことから,多数の者が被告人に寛大な処罰を求める旨の嘆願書も作
成されていることなど,被告人のために斟酌すべき諸事情も認められる。
6 そこで,以上の2ないし5の諸事情を総合考慮すると,被告人を懲役10年に処する
のが相当であると思料する。
(検察官細川充,私選弁護人三輪泰二各出席)
(求刑 懲役12年,サバイバルナイフ及びナイフの没収)
  平成13年10月11日
       静岡地方裁判所沼津支部刑事部
                   裁判長裁判官  増  山     宏
                       裁判官  鎌  田  豊  彦
                       裁判官  松  岡  千  帆

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