弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成13年12月28日宣告
平成13年(わ)第334号 受託収賄,贈賄被告事件
         判       決  
         主       文
    被告人Aを懲役1年6月に,被告人B及び同Cをそれぞれ懲役1年に処する。
    この裁判が確定した日から,被告人3名に対し,3年間それぞれその刑の執行を猶
予する。
    被告人Aから金100万円を追徴する。
          理     由
(罪となるべき事実)
 被告人Aは,奈良県天理市長として,同市の事務を統轄掌理し,職員採用に関する職務
権限を有していた者,被告人Bは,平成10年に施行された同市職員採用試験に応募し,
受験したDの実父,被告人Cは,被告人Bが勤務するE農業協同組合の組合長をしていた
ものであるが,
第1 被告人Aは,同年8月12日ころ,奈良県天理市a町b番地所在の天理市役所におい
て,被告人C及び同Bから,Dを上記試験に合格させて採用してもらいたい旨の請託を受
け,これを承諾した上,同年10月28日ころ,同市c町d番地所在の被告人Aの居宅にお
いて,被告人C及び同Bから,上記請託に対する謝礼の趣旨で供与されるものであること
の情を知りながら,現金100万円の供与を受け,もって,自己の上記職務に関し,請託を
受けて賄賂を収受し,
第2 被告人B及び同Cは,共謀の上,同年8月12日ころ,上記天理市役所において,被
告人Aに対し,上記第1記載の請託をし,同年10月28日ころ,上記被告人Aの居宅にお
いて,同被告人に対し,その謝礼として,現金100万円を供与し,もって,同被告人の上記
職務に関して賄賂を供与したものである。
(法令の適用)
1 被告人Aについて
 被告人の判示第1の所為は刑法197条1項後段に該当するので,その所定刑期の範
囲内で被告人を懲役1年6月に処し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判の確
定した日から3年間その刑の執行を猶予し,被告人が犯行により収受した賄賂は没収す
ることができないので,同法197条の5後段によりその価格金100万円を被告人から追徴
することとする。
2 被告人B及び同Cについて
 被告人両名の判示第2の所為はいずれも刑法60条,198条に該当するところ,所定刑
中懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲内で被告人両名をそれぞれ懲役1年に処し,情
状により同法25条1項を適用してこの裁判の確定した日から3年間それぞれその刑の執
行を猶予することとする。
(量刑の理由)
1 本件犯行一般について
 本件は,地方公共団体の長として市職員の採用に関する職務権限を有していた奈良県
天理市長であった被告人Aが,その採用に関し,受験生の親である被告人Bとその上司
の被告人Cから,同受験生を採用試験に合格させてほしいとの請託を受け,これを承諾し
て,同被告人両名から現金100万円を受け取ったという,贈収賄の事案である。
 天理市では職員任免の権限は市長にあるが,同市職員の任用については,天理市職
員任用規則が制定されており,同規則は,任用の公正さを期すために,市長が設置する
採用試験委員会が職員採用試験を実施することを規定しているところ,実際には,外部の
専門業者に一次試験の問題の作成から採点までを委託し,同委員会において,その高得
点順に一次試験合格者を決定して市長決裁を受け,更に,同委員会による作文及び面接
を内容とする二次試験を実施した上,一次試験の点数に二次試験の点数を足し,その高
得点順に合格者を決定して市長決裁を受け,これによって最終決定していたのである。こ
れは,競争試験によって,市職員としての職務遂行能力の有無を正確に判定することを
目的とし,縁故などの情実採用を排して人事管理による行政の能率的運営を目指してい
たものであり,被告人らのなした行為は,これら職員採用の基準である成績主義,能力主
義を根本から覆すものである。
 そして,試験の成績に関係なく合格者を決定したこと(成績の劣悪なものを合格させたこ
と)は,公務員採用試験が公正に行われるものと信じて,受験のため真摯な努力を重ねて
きた受験生に対し,その努力を無に帰せしめるものであって,受験生に対する背信行為と
してこれ以上のものはないばかりか,公務員採用試験制度に対する社会一般の信頼をも
失墜させたのである。しかも,市職員の採用が賄賂の授受によって左右されたということ
は,市職員の地位が金銭で売り買いされたのと同然で,言語道断であって,そのようなこ
とが恒常化すると,市の行政事務遂行能力の低下をももたらしかねないといえる。これらの
事情に照らすと,被告人3名の犯情はいたって悪質といわねばならない。
2 被告人Aについて
 被告人は,平成4年5月の天理市長選挙に初当選した後,平成8年4月,平成12年4月
の2度の選挙で再選され,本件収賄事件が発覚するまでの3期約10年間,市長として天
理市地方公務員の最高地位にあった者で,市職員の指導,監督に当たりながら,市職員
の採用試験を公正かつ廉直に実施していくべき重大な責務を市民から付託されていたも
のである。
 それにもかかわらず,市長室において,被告人Cらから判示のような請託を受けるや,
同被告人が当時の農協の実力者であり選挙運動でも有力な支援を受けていたことなどか
ら,上記請託を承諾し,その後,100万円という決して低額とはいえない本件賄賂を収受し
ているばかりか,上記請託を受けた後同金員を受け取るまでの間に,一次試験に関し,予
め市長公室長に対し,業者による採点結果通知書を採用試験委員に回す前に自分に見
せるように指示し,同通知書を受け取って中身を見るや,Dの点数が合格点に比べ余りに
も低かったことから数十点も加算するなどして点数を改ざんし,二次試験においても,事
前に,同人につき特定の採用試験委員に採点に手心を加えるように依頼し,更に,Dの成
績が温情点が付されたにもかかわらず他の受験生に比べ20点以上も下回っていたた
め,採用試験委員会から不合格との意を伝え聞いた後も,なおも執ように同委員会に対し
Dを合格させるように働きかけ,その結果,強引に同人を補欠合格させてもいるのである。
これは,市長という一層自己の職責を自覚すべき立場にありながら,私利私欲のために
行動し,安易に賄賂を授受したとの誹りを免れない極めて自己中心的な犯行であって,酌
量の余地が乏しく,犯行の態様等も,大胆かつ悪質である。
 しかも,被告人は,前記のとおり,平成4年に初当選しているが,それは当時の天理市
長が天理市公有地転売疑惑事件で失脚したため,元教諭という清廉潔白なイメージのも
とに市民から支持されたものであって,かかる被告人自らが本件犯行に手を染めたこと
は,職員採用問題のみならず,市民の地方自治行政の公正そのものに対する信頼を著し
く失墜させたものであって,被告人を信頼して多年にわたり市政を委ねてきた市民に対す
る著しい背信行為である。近時,公務員に対する信頼が深く傷つけられ,綱紀粛正が強く
叫ばれている現状をも考慮すると,被告人の行為は,政治不信を助長したものといわざる
をえず,この種事犯に対しては厳罰をもって臨むべきであるとの一般予防の見地も軽視す
ることはできない。
 そして,供与された金員も,そのほとんどを,洋服の仕立て代,研修旅行や外国への出
張時の小遣いなどに費消しており,犯行後の情状も芳しくない。
 以上の事情にかんがみると,被告人を実刑に処することも考えられないではない。 しか
しながら,他方で,被告人が本件請託を承諾したのも,市長として日頃から被告人Cに様
々な面で世話になっていたことなども影響しており,断りにくい面が存したことも否定し難
いこと,そして,上記請託を受けた際には,賄賂の提供を持ちかけられていなかったし,そ
の後も被告人自身が賄賂を要求したこともなかったこと,被告人は,本件によって逮捕さ
れた後,まもなくして自ら市長の職を辞任しており,現時点では本件犯行を深く反省してい
ること,本件は,マスコミにも大きく取り上げられて報道され,その結果,被告人は社会的
にも厳しい非難にさらされており,相当の社会的制裁を受けていること,前科前歴がない
こと,多数の市民から嘆願書が提出されている上,これまで天理市の市政に寄与した業
績も存すること,自らが招いた結果であるにせよ,本件が有罪で確定すると,これまでに受
領済みの市長としての退職金二千数百万円の返還や将来の年金の減額等も予想される
こと,心筋梗塞の持病を有していることなど,被告人のために酌むべき事情も認められる。
 これらの事情を総合考慮すると,被告人に対してはその刑の執行を猶予するのが相当で
あると考えた。
3 被告人Bについて
 被告人は,自己の息子であるDに,収入や地位が安定しており民間企業のように倒産す
ることもない公務員になってほしいと考え,同人が天理市職員採用試験を受験するに当
たり,同人に対する盲目的愛情のため,本件犯行を思いつき,敢行したものであって,被
告人は本件の中心人物といわねばならない。
 そして,被告人は,Dが公務員試験対策用の学校に通うなどしていたのであるから,一
般受験生が公務員採用試験に合格するためにどのような努力を重ねているかについて知
悉していたものと思われるのに,Dに試験合格の実力がなく市職員の採用試験では縁故
がないと合格は難しいだろうと考えるや,なんら躊躇することなく,公私にわたり頼りにして
いた上司の被告人Cに,その受験願書提出以前から,便宜を図ってもらえないかと頼み込
んだ上,すぐに,被告人Aに渡すつもりの現金100万円も準備し,その後数回にわたって
被告人Cに同様の依頼をするとともに,現金を用意していることをも被告人Cに伝えている
のであって,その動機は身勝手かつ自己中心的で,規範意識の鈍磨も著しく,厳しい非難
に値する。
 実際に,第一次試験でDの点数に不正な加算修正がなされ,合否ラインの同点上に数
名の受験生が存在することになったため,そのうち大学入学の学歴を持っていた1名は,
事務職初級において,高校卒業者に比して大学卒業者の数が増えすぎてはいけないと
いう配慮から不合格とされてしまったのであって,天理市役所職員採用試験の公正を信じ
て努力をしてきた受験生の人生を変更させてしまった可能性も捨てきれないのである。
 更に,被告人の身勝手な行動により,社会の公務員採用に対する不信感を醸成したば
かりか,Dは本件試験の翌々年1月に天理市役所職員として正式採用されており,結果
的には,100万円で市役所職員としての地位を買ったも同然となっていることから,地道な
努力を重ねている公務員受験生に与えた悪影響も見過ごすことができない。
 このような事情にかんがみると,被告人の刑責には軽視できないものがある。
 しかしながら,他方で,被告人が逮捕時から素直に罪を認め,反省していること,本件事
件がマスコミにも大きく取り上げられて報道されるなどしたため,相当の社会的制裁を受
けていること,本件が社会に与えた影響を考え,その責任をとるべく,定年まで3年を残し
て本年9月に農協を退職していること,前科前歴がないこと,腎不全で人工透析を受けて
おり,体調が不良であることなど,被告人のために酌むべき事情も認められる。
 これらの事情を総合考慮すると,被告人に対してもその刑の執行を猶予するのが相当で
あると考えた。
4 被告人Cについて
 被告人は,本件犯行当時,奈良県内では有数の貯蓄率を誇っていたE農業協同組合
の組合長であり,被告人Aの市長選初出馬時からの積極的な支援者であって,同被告人
に影響力を有していた者である。
 被告人は,自分の部下である被告人Bから,その息子が市職員採用試験に合格するよ
う市長に頼んでほしい旨依頼されるや,すぐにそれを承諾して,贈賄の実行行為に及んで
いるのであって,本件贈収賄は,農協の実力者である被告人の存在なしには起こりえなか
ったものである。
 そして,被告人は,自ら市長室に赴いて被告人Aに本件請託をし,同被告人からDを補
欠合格させたとの電話を受けた後,前記組合の組合長室に被告人Bを呼んで現金100
万円を持って来させた上,翌日被告人A方を訪ねてその玄関で同金員を同被告人に手渡
ししているものであって,犯行は大胆かつ悪質である。
 このような事情にかんがみると,被告人の刑責には軽視できないものがある。
 しかしながら,他方で,被告人は,逮捕前の任意の取調べの段階から,一貫して罪を認
めており,逮捕前日に電話をしてきた被告人Aにも罪を認めるように進言するなど,反省
の情が顕著であること,被告人が本件犯行に及んだのも,自己の利益を考えてのためで
はなく,もともと面倒見が良く,部下思いの性格であったことなどから,被告人Bの上記の
依頼を断れなかった面もあり,動機に酌量すべきものがないとは言い切れないこと,本件
事件がマスコミにも大きく取り上げられて報道されるなどしたため,相当の社会的制裁を
受けていること,前科前歴がないこと,長年にわたり農業事業及び農協の発展に寄与し
貢献してきたこと,高齢で多数の持病を抱えており,現在では足腰も弱って歩行も困難に
なっていることなど,被告人のために酌むべき事情も認められる。
 これらの事情を総合考慮すると,被告人に対してもその刑の執行を猶予するのが相当で
あると考えた。
 よって,主文のとおり判決する。
(求刑・被告人Aに対して懲役1年6月,追徴100万円  被告人B及び同Cに対して各懲
役1年)
                     平成13年12月28日
                          裁判長裁判官   東  尾  龍  一      
    
                               裁判官   佐々木     亘
                               裁判官   鵜  飼  万貴子

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛