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平成27年3月25日判決言渡
平成26年(行ケ)第24号選挙無効請求事件
主文
1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1平成26年12月14日に行われた衆議院(小選挙区選出)議員選挙の東京
都第2区,同第5区,同第6区,同第8区,同第9区,同第18区,神奈川県
第12区及び同第15区における各選挙をいずれも無効とする。
2訴訟費用は被告らの負担とする。
第2事案の概要
1本件は,平成26年12月14日施行の衆議院議員総選挙(以下「本件選挙」
という。)について,衆議院(小選挙区選出)議員の選挙(以下「小選挙区選挙」
という。)の東京都第2区,同第5区,同第6区,同第8区,同第9区,同第1
8区,神奈川県第12区及び同第15区の選挙人である原告らが,公職選挙法
の定める選挙区割りは憲法による投票価値の平等の要求(憲法14条1項等)
に違反する無効なものであるから,これに基づき施行された本件選挙の上記各
選挙区における選挙も無効であるなどと主張して,公職選挙法204条に基づ
き,上記各選挙区における選挙を無効とすることを求めた事案である。
2前提となる事実
(1)原告らはいずれも次のとおり,本件選挙における小選挙区選挙の各選挙区
の選挙人である。
原告A東京都第2区
原告B東京都第5区
原告C東京都第6区
原告D東京都第8区
原告E東京都第9区
原告F東京都第18区
原告G神奈川県第12区
原告H神奈川県第15区
(2)本件選挙施行当時の衆議院議員の定数は475人とされ,そのうち295
人が小選挙区選出議員,180人が比例代表選出議員とされ(公職選挙法4
条1項),小選挙区選挙については,全国に295の選挙区を設け,各選挙区
において1人の議員を選出するものとされ(公職選挙法13条1項,別表第
一),比例代表選出議員の選挙(以下「比例代表選挙」という。)については,
全国に11の選挙区を設け,各選挙区において所定数の議員を選出するもの
とされている(公職選挙法13条2項,別表第二)。総選挙においては,小選
挙区選挙と比例代表選挙とを同時に行い,投票は小選挙区選挙及び比例代表
選挙ごとに1人1票とされている(公職選挙法31条,36条)。
(3)最高裁平成22年(行ツ)第207号同23年3月23日大法廷判決・民
集65巻2号755頁(以下「平成23年大法廷判決」という。)は,平成2
1年8月30日施行の衆議院議員総選挙(以下「平成21年選挙」という。)
につき,最高裁平成25年(行ツ)第209号,第210号,第211号同
25年11月20日大法廷判決・民集67巻8号1503頁(以下「平成2
5年大法廷判決」という。)は,平成24年12月16日施行の衆議院議員総
選挙(以下「平成24年選挙」という。)につき,いずれもその選挙区割りは,
憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていると判断した。
平成24年選挙の後,各都道府県の選挙区数を増やすことなく議員1人当
たりの人口の少ない5県(福井,山梨,徳島,高知,佐賀)の各選挙区数を
それぞれ1減ずるいわゆる0増5減(以下「0増5減」という。)とそれに基
づく選挙区割りの改定が行われ(以下,これらを併せて「0増5減等の措置」
といい,上記改定後の選挙区割りを「本件選挙区割り」という。),その結果,
平成22年国勢調査による人口に基づく選挙区間の人口の最大較差は1対1.
998となった。
(4)本件選挙は本件選挙区割りの下で施行されたが,その後の人口変動により
較差が拡大したため,本件選挙当日において,選挙人数が最少である宮城県
第5区と最多である東京都第1区との間の較差は1対2.129となり,宮
城県第5区との較差が2倍以上となっている選挙区は13存在した。(乙1)
3争点
(1)本件選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至ってい
るか否か
(2)憲法上要求される合理的な期間内における是正がされなかったか否か
(3)その他の違法事由の有無
(4)本件選挙を無効とするか否か
4争点に関する当事者の主張
(1)争点(1)(本件選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に
至っているか否か)について
ア原告らの主張
(ア)平成22年国勢調査による人口をもとに,小選挙区選出議員の定数
295人を最大剰余法により都道府県に再配分すると,別表1の「配分
定数」欄記載のとおりとなり,これと本件選挙区割りによる配分を比較
すると,その違いは別表1の「過剰・欠缺」欄記載のとおりであり,全
国47都道府県のうち28都道府県において議員数の過不足状態が生じ
ている。このような状態は,1人1票の人口比例配分原則に反している。
(イ)本件選挙区割りにより,平成22年国勢調査による人口に基づく選
挙区間の人口の最大較差は一時1対1.998となった。しかし,本件
選挙区割りによる本件選挙当日の選挙人数の最大較差は,選挙人数が最
少である宮城県第5区と最多である東京第1区との間の1対2.129
であり,選挙人数が最少である宮城県第5区との較差が2倍以上となっ
ている選挙区が13存在した。
(ウ)全国47都道府県のうち人口500万人以上の都道府県は9あり
(以下,これらを包括して「9大都道府県」という。),他方,それ以外
の府県を財務局の地域区分に従ってまとめると7となる(以下,これら
を包括して「7地方」という。)。別表2によれば,7地方の人口は9大
都道府県の90%弱であるのに,7地方は9大都道府県よりも議員を1
5人も多く選出している。そして,全国の人口を議員総数で除した「基
準人数」により過不足を検討すると,9大都道府県の配分議員数は16
人不足しており,7地方の配分議員数は16人超過している。
(エ)議員定数に過不足が生じている原因は,0増5減による選挙区数す
なわち議員定数の削減の対象とされた県以外の都道府県について,その
区域内の選挙区の数としてあらかじめ1を配当する方式(以下「1人別
枠方式」という。)による配分が維持されていることにある。
仮に人口が最多の選挙区と最少の選挙区との人口較差が2倍未満で
あっても,その中間の選挙区において,人口の多い選挙区に人口の少な
い選挙区よりも多くの議員数が配分されていて(逆転現象)人口に比例
した議員数が実現されていなければ,そのような選挙区割りは憲法の投
票価値の平等の要求に反する。実際,神奈川県は大阪府よりも人口が多
いにもかかわらず,配分議員数は少ない。
(オ)したがって,本件選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反す
る状態に至っている。
イ被告らの主張
(ア)国会が議員の定数配分,選挙区割りを決めるに当たっては,議員1
人当たりの選挙人数又は人口ができる限り平等に保たれることを重要な
基準とすることが求められるが,それ以外の要素も合理性を有する限り
考慮することが許容されており,国会が定めた選挙制度の仕組みが国会
の裁量権を考慮してもなおその限界を超えている場合に初めて憲法の投
票価値の平等の要求に反する状態に至っていることになる。
(イ)平成25年法律第68号(衆議院小選挙区選出議員の選挙区間にお
ける人口較差を緊急に是正するための公職選挙法及び衆議院議員選挙区
画定審議会設置法の一部を改正する法律の一部を改正する法律,以下「平
成25年改正法」という。)により,平成22年国勢調査による人口に基
づく選挙区間の人口の最大較差は1対1.998となり,憲法の投票価
値の平等の要求に反する状態は解消された。もっとも,その後の人口変
動の結果,本件選挙当日の最大較差は2倍以上となったが,較差の解消
は今後の国勢調査の結果を踏まえた選挙区割りの見直しにより行われる
ことが予定されており,その間の人口変動による最大較差の一定程度の
拡大は避けがたいものである。しかも,本件選挙当日の最大較差は1対
2.129であり,2倍をわずかに超えたに過ぎず,これまでの最高裁
判決において違憲とされた最大較差を下回るものであった。
(ウ)したがって,本件選挙区割りは憲法の投票価値の平等の要求に反す
る状態に至っていなかった。
(2)争点(2)(憲法上要求される合理的な期間内における是正がされなかった
か否か)について
ア原告らの主張
平成23年大法廷判決は,平成21年選挙の時点において既に,平成2
4年法律第95号(以下「平成24年改正法」という。)による改正前の衆
議院議員選挙区画定審議会設置法3条2項(以下,衆議院議員選挙区画定
審議会設置法を「区画審設置法」といい,上記改正前の区画審設置法3条
を「区画審設置法旧3条」という。)の定めていた選挙区割りの基準中の1
人別枠方式に係る部分及び同方式を含む同基準に基づいて定められた選挙
区割りについて,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っている
と判断している。そして,本件選挙時までに,平成21年選挙時から5年
以上,平成23年大法廷判決が言い渡された平成23年3月23日から3
年8か月以上が経過しているから,憲法上要求される合理的な期間内にお
ける是正はされなかったというべきである。
イ被告らの主張
(ア)憲法上要求される合理的な期間内における是正がされなかったか否
かの判断は,単に期間の長短のみならず,是正措置の内容,そのために
検討を要する事項,実際に必要となる手続や作業等諸般の事情を総合考
慮して,国会の是正に向けた取組が国会の裁量権の行使として相当か否
かという観点から行うべきである。
平成25年改正法により,平成22年国勢調査による人口に基づく選
挙区間の最大較差は1対1.998に縮小され,この状態は平成24年
改正法による改正後の区画審設置法3条(以下,上記改正後の区画審設
置法3条を「区画審設置法新3条」という。)の趣旨に沿うものであっ
た。1人別枠方式の構造的な問題の最終的な解決が今後の国勢調査の結
果を踏まえて行われることは,平成25年大法廷判決も想定していたと
ころであり,国会においては,同判決後も憲法の投票価値の平等の要求
に沿う選挙制度の改革に向けた検討が重ねられており,今度も議論が進
展する見通しである。
(イ)平成25年大法廷判決後,平成26年6月19日,衆議院に,衆議
院選挙制度に関する調査・検討等を行うため,有識者による議長の諮問
機関として,「衆議院選挙制度に関する調査会」(以下「選挙制度調査会」
という。)が設置された。諮問事項は,一票の較差を是正する方途等であ
り,各会派は,選挙制度調査会の答申を尊重するものとされている。選
挙制度調査会においては,月に1回ないし2か月に3回程度の頻度で会
合を開催するものとされ,はじめに「一票の較差問題」について議論を
行うものとされており,平成26年9月11日から同年11月20日ま
でに計4回の会合が行われた。
平成26年11月21日に衆議院が解散されて本件選挙が行われ,衆
議院の解散により,選挙制度調査会は休止されることとなったが,同年
12月26日に開催された衆議院議院運営委員会の理事会において,選
挙制度調査会を存続する方針が確認された。
このように,憲法の投票価値の平等の要求に沿う選挙制度の改革に向
けた措置が採られている。
(ウ)そうすると,仮に本件選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に
反する状態であるとしても,是正までに憲法上要求される合理的な期間
は未だに経過していないというべきである。
(3)争点(3)(その他の違法事由の有無)について
ア原告らの主張
公職選挙法が重複立候補制を採用し,小選挙区選挙において落選した者
であっても比例代表選挙の名簿順序によっては同選挙において当選人とな
ることができるとしたことは,一つの小選挙区から複数の当選者を認める
ことになり,また比例区の代表でもない者を比例区の当選者として認める
ことになるから,民主主義の原則に反し,違憲である。
イ被告らの主張
原告らの主張は争う。
(4)争点(4)(本件選挙を無効とするか否か)について
ア原告らの主張
本件選挙には,争点(1)ないし(3)において原告らが主張した違法事由が
あるから,本件選挙は無効である。
イ被告らの主張
原告らの主張は争う。
第3当裁判所の判断
1前提事実,後掲各証拠,弁論の全趣旨及び当裁判所に顕著な事実によれば,
以下のとおりの事実が認められる。
(1)小選挙区制の採用と1人別枠方式
ア平成6年に公職選挙法が改正され,衆議院議員の選挙制度は,従来の中
選挙区単記投票制から小選挙区比例代表並立制に改められた。
イ区画審設置法2条は,衆議院議員選挙区画定審議会(以下「区画審」と
いう。)は,小選挙区選出議員の選挙区の改定に関し,調査審議し,必要が
あると認めるときは,その改定案を作成して内閣総理大臣に勧告するもの
とする旨定めている。
ウ区画審設置法旧3条は,選挙区の区割りの基準について,①1項におい
て,上記の改定案を作成するに当たっては,各選挙区の人口の均衡を図り,
各選挙区の人口のうち,その最も多いものを最も少ないもので除して得た
数が2以上にならないようにすることを基本とし,行政区画,地勢,交通
等の事情を総合的に考慮して合理的に行わなければならないものと定める
とともに,②2項において,各都道府県の区域内の選挙区の数は,各都道
府県にあらかじめ1を配当することとし(1人別枠方式),この1に,小選
挙区選出議員の定数に相当する数から都道府県の数を控除した数を人口に
比例して各都道府県に配当した数を加えた数とすると定めていた(以下,
この区割基準を「本件旧区割基準」という。)。
エ小選挙区比例代表並立制の導入に際し1人別枠方式を設けることについ
て,区画審設置法の法案提出者である政府側からは,投票価値の平等の確
保の必要性がある一方で,過疎地域に対する配慮,具体的には人口の少な
い地方における定数の急激な減少への配慮等の視点も重要であることから,
定数配分上配慮して,各都道府県にまず1人を配分した後に,残余の定数
を人口比例で配分することとした旨の説明がされていた。
(2)平成21年選挙と平成23年大法廷判決
ア平成21年選挙の小選挙区選挙は,平成14年法律第95号による改正
後(平成24年改正法による改正前)の公職選挙法別表第一による選挙区
割りの下で施行された(以下,公職選挙法13条1項及び上記別表第一を
併せて「平成14年改正区割規定」といい,それらによる選挙区割りを「平
成14年改正選挙区割り」という。)。
平成21年選挙当日における選挙区間の選挙人数の最大較差は,選挙人
数が最も少ない高知県第3区と最も多い千葉県第4区との間で1対2.3
04であり,高知県第3区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は
45存在した。
イそして,平成23年大法廷判決は,平成21年選挙について,①選挙区
間の人口の最大較差が2倍未満になるように区割りをすることを基本とす
べきものとする区画審設置法旧3条1項の定めは,投票価値の平等の要請
に配慮した合理的な基準である,②他方,同条2項の1人別枠方式に係る
部分は,平成6年の選挙制度改革の実現のための人口比例の配分により定
数の急激かつ大幅な減少を受ける人口の少ない県への配慮という経緯に由
来するもので,その合理性には時間的な限界があったところ,小選挙区比
例代表並立制がその導入から10年以上を経過して定着し安定した運用が
されていた平成21年選挙時には,その立法時の合理性が失われていた,
③平成21年選挙時において,選挙区間の投票価値の較差は最大で2.3
04倍になっているところ,1人別枠方式がその主要な要因となっていた
ことが明らかであるとし,上記の状態にあった同方式を含む本件旧区割基
準に基づいて定められた平成14年改正選挙区割りは,平成21年選挙時
においては,憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていた旨判
示した。しかし,同判決は,これらの状態につき憲法上要求される合理的
期間内における是正がされなかったとはいえず,区画審設置法旧3条及び
平成14年改正区割規定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するもの
ということはできないとした上で,事柄の性質上必要とされる是正のため
の合理的期間内に上記の状態を解消するために,できるだけ速やかに本件
旧区割基準中の1人別枠方式を廃止し,区画審設置法旧3条1項の趣旨に
沿って平成14年改正区割規定を改正するなど,投票価値の平等の要請に
かなう立法的措置を講ずる必要があると判示した。
(3)平成24年改正法
国会では,その後,是正の方策について,政党間の協議が行われたが,成
案を得られないまま,平成24年6月及び7月に複数の政党の提案に係る改
正法案がそれぞれ提出された。そして,最終的には,1人別枠方式の廃止(区
画審設置法旧3条2項の削除)及び各都道府県の選挙区数の0増5減を行う
ことを内容とする改正法案が,同年11月16日に可決・成立した(平成2
4年改正法)。
上記の改正により,区画審設置法旧3条1項が区画審設置法新3条となり,
同条においては,前記⑴ウ①の基準のみが区割基準として定められている(以
下,この区割基準を「本件新区割基準」という。)。
なお,1人別枠方式の廃止を含む制度の是正のためには,まず区割基準に
係る区画審設置法を改正した上で,区画審の審議及び勧告を経て選挙区割り
に係る公職選挙法を改正するという二段階の法改正を要することから,平成
24年改正法は,附則において,上記0増5減を前提に,区画審が選挙区間
の人口較差が2倍未満となるように選挙区割りを改める改定案の勧告を公布
日から6月以内に行い,政府がその勧告に基づいて速やかに法制上の措置を
講ずべき旨を定めた。
(4)平成24年選挙
平成24年改正法の成立と同日に衆議院が解散され,その1か月後の平成
24年12月16日に平成24年選挙が施行されたが,同選挙までに新たな
選挙区割りを定めることは時間的に不可能であったため,同選挙は前回の平
成21年選挙と同様に平成14年改正区割規定及びこれに基づく平成14年
改正選挙区割りの下で施行されることとなった。
平成24年選挙当日における選挙区間の選挙人数の較差は,選挙人数が最
も少ない高知県第3区と選挙人数が最も多い千葉県第4区との間で1対2.
425であり,高知県第3区と比べて較差が2倍以上となっている選挙区は
72存在した。
(5)平成25年改正法
平成24年改正法の成立後,区画審による審議が行われ,平成25年3月
28日,区画審は,内閣総理大臣に対し,選挙区割りの改定案の勧告を行っ
た。この改定案は,0増5減を前提に,選挙区間の人口較差が2倍未満とな
るように17都県の42選挙区において区割りを改めることを内容とするも
のであった。(乙2)
上記勧告を受けて,平成25年4月12日,内閣は,上記改定案に基づく
選挙区割りの改定を内容とする平成25年改正法案を国会に提出した。平成
25年改正法は,同年6月24日に成立し,同年6月28日に公布され,同
年7月28日から施行された。これにより,各都道府県の選挙区数の0増5
減とともに上記改定案のとおりの選挙区割りの改定が行われ(この改定によ
り成立した選挙区割りが本件選挙区割りである。),平成22年国勢調査によ
る人口に基づく選挙区間の人口の最大較差は1対1.998となった。
しかし,0増5減による選挙区数の削減の対象とされた5県以外の都道府
県については,1人別枠方式によって配分された選挙区数が実質的に維持さ
れ,そのため,その後の人口変動により再び較差が2倍以上の選挙区が出現
し増加する蓋然性が高いと想定された。
(6)平成25年大法廷判決
ア平成25年大法廷判決は,平成24年選挙について,平成21年選挙時
に既に憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っていた平成14年
改正選挙区割りの下で再び施行されたものであること,平成24年選挙当
日の選挙区間の較差は平成21年選挙時よりも更に拡大して最大較差が1
対2.425に達していたこと等に照らせば,平成24年選挙時において,
平成21年選挙時と同様に,平成14年改正選挙区割りは憲法の投票価値
の平等の要求に反する状態にあったものといわざるを得ないと判示した。
イそして,同判決は,憲法上要求される合理的期間内における是正がされ
なかったか否かに関し,本件旧区割基準中の1人別枠方式に係る部分及び
同方式を含む同区割基準に基づいて定められた選挙区割りについて,これ
らが憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあると国会が認識し得た
のは,平成23年大法廷判決が言い渡された平成23年3月23日の時点
であること,これらの憲法の投票価値の平等の要求に反する状態を解消す
るためには,区画審設置法旧3条2項の定める1人別枠方式を廃止し,同
条1項の趣旨に沿って議員の定数の配分を見直し,それを前提として多数
の選挙区の区割りを改定することが求められていたところ,その一連の過
程を実現することは,制度の仕組みの見直しに準ずる作業を要し,国会に
おける合意の形成が容易な事柄ではないこと,また,0増5減が行われ,
平成24年選挙までに,1人別枠方式を定めた区画審設置法旧3条2項の
規定が削除され,かつ,全国の選挙区間の人口較差を2倍未満に収めるこ
とを可能とする定数配分と区割り改定の枠組みが定められ,不十分ながら,
是正の実現に向けた一定の前進があったこと,さらに,選挙制度の整備に
ついては,漸次的な見直しを重ねることによってこれを実現していくこと
も国会の裁量に係る現実的な選択として許容されていることなどの諸事情
に照らすと,平成24年選挙時においては,憲法上要求される合理的期間
を徒過したものと断ずることはできない旨判示した。
もっとも,同判決は,0増5減等の措置は採られたものの,全体として
区画審設置法新3条の趣旨に沿った選挙制度の整備が十分に実現されてい
るとはいえず,そのため,今後の人口変動により再び較差が2倍以上の選
挙区が出現し増加する蓋然性が高いと想定されるなど,1人別枠方式の構
造的な問題が最終的に解決されているとはいえない旨の指摘をし,国会に
おいては,今後も,区画審設置法新3条の趣旨に沿った選挙制度の整備に
向けた取組が着実に続けられていく必要があると説示した。
(7)平成25年大法廷判決後の措置
平成25年大法廷判決後,平成26年6月19日,衆議院議院運営委員会
の議決により,衆議院に,衆議院選挙制度に関する調査・検討等を行うため,
有識者による議長の諮問機関として,選挙制度調査会が設置された。諮問事
項は,現行制度を含めた選挙制度の評価,衆議院議員定数削減の処理,一票
の較差を是正する方途等であり,衆議院議院運営委員会は,選挙制度調査会
に対し,設置当時の衆議院議員の任期である平成28年12月を念頭に,立
法作業や周知期間を考慮して答申を行うことを求めるとともに,各会派は,
選挙制度調査会の答申を尊重するものとされた。これは,平成28年12月
以前に関連法整備など是正のための制度改正を完了することを目標とした取
組とみることができる。
選挙制度調査会は,まず「一票の較差問題」について議論を行い,平成2
6年9月11日から同年11月20日までに計4回の会合を開き,緊急是正
を繰り返すことは安定性を欠き,区画審設置法旧3条2項に代わる制度的な
較差是正のルールを作るべきであるとの議論の整理がされたが,具体的な成
案を得るには至っていない。(乙3ないし8(枝番号をすべて含む。))
(8)本件選挙
このような状況の下で,平成26年11月21日に衆議院が解散されて本
件選挙が行われた。本件選挙は本件選挙区割りの下で施行されたが,人口変
動により較差が拡大したため,本件選挙当日において,選挙人数が最少であ
る宮城県第5区と最多である東京都第1区との間の較差は1対2.129と
なり,宮城県第5区との較差が2倍以上となっている選挙区は13(東京都
第1区,北海道第1区,東京都第3区,同第5区,兵庫県第6区,東京都第
6区,同第19区,同第22区,同第23区,埼玉県第3区,東京都第8区,
神奈川県第13区,埼玉県第2区)存在した(乙1)。本件選挙当日における
各選挙区の選挙人数は,別表3のとおりである。
(9)本件選挙後の状況
なお,本件選挙後の平成27年1月23日に開催された衆議院議院運営委
員会の理事会で,選挙制度調査会の再開とともに,関連法整備など是正のた
めの制度改正を終える時期を解散前の衆議院議員の任期である平成28年1
2月とすることを念頭に,立法作業や周知期間を考慮して同調査会における
審議を行うことが確認された。(乙9ないし11,14)
そして,選挙制度調査会のI座長は,平成27年2月9日に開催された同
調査会後の記者会見で,平成27年中には答申をまとめる方針を示した。(乙
16の1,2)
2判断の枠組み
衆議院議員の選挙における投票価値の較差の問題について,累次の最高裁判
所大法廷判決は,①定数配分又は選挙区割りが投票価値の較差において憲法の
投票価値の平等の要求に反する状態に至っているか否か,②上記の状態に至っ
ている場合に,憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったと
して定数配分規定又は区割規定が憲法の規定に違反するに至っているか否か,
③定数配分規定又は区割規定が憲法の規定に違反するに至っている場合に,選
挙を無効とすることなく選挙の違法を宣言するにとどめるか否かという判断の
枠組みに従って検討を行っており,当裁判所も,その判断枠組みに従って争点
(1)から順次判断することとする。
3争点(1)(本件選挙区割りが憲法の投票価値の平等の要求に反する状態に至っ
ているか否か)について
(1)憲法は,選挙権の内容の平等,換言すれば投票価値の平等を要求している
ものと解される。他方,投票価値の平等は,選挙制度の仕組みを決定する絶
対の基準ではなく,国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ない
し理由との関連において調和的に実現されるべきものであるところ,国会の
両議院の議員の選挙については,憲法上,議員の定数,選挙区,投票の方法
その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとされ(憲法43条2項,
47条),選挙制度の仕組みの決定について国会に広範な裁量が認められてい
る。
衆議院議員の選挙につき全国を多数の選挙区に分けて実施する制度が採用
される場合には,選挙制度の仕組みのうち定数配分及び選挙区割りを決定す
るに際して,憲法上,議員1人当たりの選挙人数ないし人口ができる限り平
等に保たれることを最も重要かつ基本的な基準とすることが求められている
というべきであるが,それ以外の要素も合理性を有する限り国会において考
慮することが許容されているものと解されるのであって,具体的な選挙区を
定めるに当たっては,都道府県を細分化した市町村その他の行政区画などを
基本的な単位として,交通事情,地理的状況などの諸要素を考慮しつつ,国
政遂行のための民意の的確な反映を実現するとともに,投票価値の平等を確
保するという要請との調和を図ることが求められているところである。した
がって,このような選挙制度の合憲性は,これらの諸事情を総合的に考慮し
た上でなお,国会に与えられた裁量権の行使として合理性を有するといえる
か否かによって判断されることになり,国会がかかる選挙制度の仕組みにつ
いて具体的に定めたところが,上記のような憲法上の要請に反するため,上
記の裁量権を考慮してもなおその限界を超えており,これを是認することが
できない場合に,初めてこれが憲法に違反することになるものと解すべきで
ある(最高裁昭和49年(行ツ)第75号同51年4月14日大法廷判決・
民集30巻3号223頁,平成23年大法廷判決及び平成25年大法廷判決
等参照)。
(2)本件選挙は,平成24年選挙の後に成立した0増5減等の措置による改定
後の選挙区割り(本件選挙区割り)の下で施行されたものである。0増5減
等の措置により,選挙区間の人口の最大較差は一時1対1.998となった
が,その後の人口変動により較差が再び拡大し,本件選挙当日の選挙区間の
選挙人数の最大較差は1対2.129となっていた。これは,前回の平成2
4年選挙当日の最大較差(1対2.425)に比べると縮小しているが,な
お較差は2倍以上であり,選挙人数が最少である宮城県第5区との較差が2
倍以上となっている選挙区は13存在した。
このように,2倍以上の較差が生じる根本の原因は,都道府県に選挙区を
配分する際に,人口に関係なく各都道府県にあらかじめ1を配分するという
1人別枠方式にあることは明らかである。そして,区画審設置法旧3条2項
が定めていた1人別枠方式は,人口の少ない地方における定数の急激な減少
への配慮という経緯に由来するもので,遅くとも平成21年選挙時には,立
法時の合理性は失われていたというべきであり,平成23年大法廷判決及び
平成25年大法廷判決は,繰り返しその是正を求めていた。
しかし,前記の0増5減は,議員1人当たりの人口の少ない5県の選挙区
数をそれぞれ1減ずるものであり,当該5県については1人別枠方式が廃止
されたものということができるが,それ以外の都道府県については,1人別
枠方式により配分された選挙区数がそのまま維持されており,1人別枠方式
によって生じている較差の是正としては不十分なものである。そして,その
ことを主な原因として,本件選挙時に,上記の較差が生じていた(ちなみに,
本件選挙時において,選挙人数が,最多の東京都第1区に比べて0.5倍以
下の選挙区は12存在し,選挙人数が少ない順では,①宮城県第5区,②福
島県第4区,③鳥取県第1区,④鳥取県第2区などの順となる。これらのう
ち,①の宮城県第5区の人口減少の要因としては,東日本大震災による人口
変動が考えられ,予期できない特別な要因ということもできるが,それ以外
の11選挙区については,上記のような特別の要因があるとはいえず,全体
としては,上記の較差が生じるに至った主な原因は,1人別枠方式によって
配分された選挙区数が実質的に維持されていることにある。)。
したがって,本件選挙時においても,投票価値の較差を生ずる構造的な問
題は解消されておらず,本件選挙時における較差の存在を考慮すると,本件
選挙区割りは,なお憲法の投票価値の平等の要求に反する状態にあったもの
というべきである。
4争点(2)(憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったか否
か)について
(1)選挙区割りが投票価値の較差において憲法の投票価値の平等の要求に反
する状態に至っている場合に,憲法上要求される合理的期間内における是正
がされなかったか否かを判断するに当たっては,単に期間の長短のみならず,
是正のために採るべき措置の内容,そのために検討を要する事項,実際に必
要となる手続や作業等の諸般の事情を総合考慮して,国会における是正の実
現に向けた取組が司法の判断の趣旨を踏まえた立法裁量権の行使として相当
なものであったといえるか否かという観点から評価すべきである。
(2)本件旧区割基準中の1人別枠方式に係る部分及び同方式を含む同区割基
準に基づいて定められた選挙区割りについては,これらが憲法の投票価値の
平等の要求に反する状態に至っているとする最高裁判所大法廷の判断(平成
23年大法廷判決)が示されたのは,平成23年3月23日である。国会は,
この時点において,選挙区割りが上記の状態にあることを認識し,この時点
から是正の責務が生じた。
次に,是正のために採るべき措置の内容は,1人別枠方式を廃止し,本件
新区割基準に従い,各都道府県への選挙区の数すなわち議員の定数の配分を
見直し,それを前提として多数の選挙区の区割りを改定することであり,ま
ず区割基準に係る区画審設置法を改正した上で,区画審の審議及び勧告を経
て選挙区割りに係る公職選挙法を改正するという二段階の法改正が必要であ
る。これら一連の過程を実現することは,制度の仕組みの見直しに準ずる作
業を要し,国会における合意の形成が容易な事柄ではない。
そして,この間,国会においては,①平成25年6月24日に平成25年
改正法の成立により0増5減等の措置を完了させ,選挙区間の較差を縮小さ
せて不十分ではあるが是正に向けた一定の前進を見るとともに,②平成26
年6月19日に,衆議院に議長の諮問機関として選挙制度調査会が設置され,
解散前の衆議院議員の任期である平成28年12月を念頭に,立法作業や周
知期間を考慮して答申を行うことが確認されており,平成28年12月以前
に是正のための制度改正を完了することを目標とした取組が行われている。
ところで,平成25年大法廷判決は,平成23年大法廷判決後の国会の是
正に向けた取組について,上記0増5減等の措置を,不十分ながらも是正に
向けた一定の前進と評価し,区画審設置法新3条の定める本件新区割基準に
沿った選挙制度の整備については,このような漸次的な見直しを重ねること
によってこれを実現していくことも,国会の裁量に係る現実的な選択として
許容されていると判示したところである。
そして,このような漸次的な見直しを重ねる場合には,本件新区割基準に
沿った選挙制度の最終整備は,現実的には前記の0増5減等の措置の完了後
にこれを行うことになるのであるから,その作業を行うために0増5減等の
措置の完了時から一定の期間が必要となることは避けられない。したがって,
合理的な期間の判断に当たっては,平成23年大法廷判決言渡時からの期間
の長短とともに,0増5減等の措置の完了時からの期間の長短をも考慮に入
れる必要がある。
これらによれば,平成23年大法廷判決言渡しから本件選挙までの期間は
3年8か月以上であり,相当程度の長期間ではあるが,この間,漸次的な見
直しである0増5減等の措置が実現し一定の前進があり,その後も是正の実
現に向けた取組が継続していること,0増5減等の措置が完了した平成25
年6月24日から本件選挙までの期間は約1年6か月であるが,前記の根本
的な見直しのために残された作業は,1人別枠方式により配分された選挙区
数がそのまま維持されている都道府県の選挙区数すなわち議員定数について
再配分の方式を定め,それに従って都道府県の選挙区数を決め,区画審の審
議・勧告を経たうえ,各選挙区割りを定めるというものであり,この間にこ
れを行うことは必ずしも容易ではないことなどを考慮すると,本件選挙時ま
でに平成23年大法廷判決が求めている是正が実現しなかったことについて,
国会における取組が立法裁量権の行使として相当なものでなかったとまでは
いえず,本件において憲法上要求される合理的期間を徒過したものとまでは
いえない。
(3)なお,念のため付言すると,漸次的な見直しを許容し,国会の裁量を最大
限考慮するとしても,是正のために必要とされる合理的な期間には自ずと一
定の限界がある。前記の選挙制度調査会の答申及びその後の立法作業に関す
る国会の工程表は,平成28年12月以前に是正のための制度改正を完了す
ることを目標としているが,前記認定の諸事情を考慮すると,これは是正の
ための合理的な期間として認められる最大限度であるというべきである。し
たがって,国会において上記の目標期限までに平成23年大法廷判決の趣旨
に沿う内容の制度改正が完了せずに,そのまま次の選挙が行われた場合は,
当該選挙については,合理的な期間内に是正がされなかったものとして違法
となり,その効力が問題となり得るといわざるを得ない。
国会においては,上記の期間内に確実に選挙制度調査会の答申及びそれを
踏まえた立法措置がされるべきであると考える。
5争点(3)(その他の違法事由の有無)について
憲法上,議員の定数,選挙区,投票の方法その他選挙に関する事項は法律で
定めるべきものとされ(憲法43条2項,47条),選挙制度の仕組みの決定に
ついて国会に広範な裁量が認められている。そして,同時に行われる二つの選
挙に同一の候補者が重複して立候補することを認めるか否かは,上記の仕組み
の一つとして,国会が裁量により決定することができる事項である。また,重
複して立候補することを認める制度において,一の選挙において当選人となれ
なかった者が他の選挙において当選人とされることがあるのは当然の帰結であ
る。したがって,重複立候補制を採用し,小選挙区選挙において落選した者で
あっても比例代表選挙の名簿順位によっては同選挙において当選人となること
ができるとすることは,憲法に反するものではない(最高裁平成11年(行ツ)
第8号同11年11月10日大法廷判決・民集53巻8号1577頁参照)。
6結論
以上によれば,本件選挙時において,本件選挙区割りは,憲法の投票価値の
平等の要求に反する状態にあったが,憲法上要求される合理的期間内における
是正がされなかったとまではいえず,本件選挙区割りを定めた公職選挙法の規
定が憲法14条1項等の憲法の規定に違反するとはいえない。また,本件選挙
にその他の違法事由はない。
よって,各選挙区における選挙を無効とすることを求める原告らの請求は,
その余の争点について判断するまでもなく,いずれも理由がないから棄却する
こととし,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第11民事部
裁判長裁判官瀧澤泉
裁判官中平健
裁判官松田典浩

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