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平成15年(行ケ)第263号 特許取消決定取消請求事件(平成16年4月5日
口頭弁論終結)
          判           決
       原      告   アサヒ飲料株式会社
   訴訟代理人弁理士   正 林 真 之
同          藤 田 和 子
同          小 野   曜
同          長賀部 雅 子
    被      告   特許庁長官 今 井 康 夫
       指定代理人      田 中 久 直
       同          一 色 由美子
同          伊 藤 三 男
          主           文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
 特許庁が異議2001-72362号事件について平成15年5月7日にし
た決定中,特許第3139680号の請求項1ないし5に係る特許を取り消すとの
部分を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 原告は,名称を「粉末茶含有食品の褐変防止方法及び褐変が防止された透明
容器入り抹茶飲料」とする特許第3139680号発明(平成11年2月10日出
願,平成12年12月15日設定登録,以下,「本件発明」といい,その特許を
「本件特許」という。)に係る特許権者である。
 その後,本件特許につき特許異議の申立てがされ,同申立ては,異議200
1-72362号事件として特許庁に係属した。特許庁は,同事件につき審理した
結果,平成15年5月7日,「特許第3139680号の請求項1ないし5に係る
特許を取り消す。同請求項6に係る特許を維持する。」との決定(以下,特許第3
139680号の請求項1ないし5に係る特許を取り消すとの部分を「本件決定」
という。)をし,その謄本は,同月26日,原告に送達された。
2 本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特
許請求の範囲の記載
【請求項1】抹茶成分の褐変を防止するために,0.5重量%以下の範囲で,
有効量のアスコルビン酸ナトリウムが添加された抹茶飲料であって,粉末茶の沈降
防止のための増粘多糖類が更に添加されている抹茶飲料。
【請求項2】微結晶セルロースが更に添加されている請求項1記載の抹茶飲
料。
【請求項3】アスコルビン酸ナトリウムの添加量が0.005重量%から0.
5重量%,増粘多糖類の添加量が0.0001重量%から1.0重量%,並びに微
結晶セルロースの添加量が0.0001重量%から1.0重量%であることを特徴
とする請求項2記載の抹茶飲料。
【請求項4】前記増粘多糖類は,ネイティブジェランガム,キサンタンガム,
及びデキストリンからなる群より選ばれる一つ以上のものであることを特徴とする
請求項1から3いずれか記載の抹茶飲料。
【請求項5】青色系色素の添加により色調補正されていることを特徴とする請
求項1から4いずれか記載の抹茶飲料。
【請求項6】内容物がそのまま見える透明容器に充填されていることを特徴と
する請求項1から5いずれか記載の抹茶飲料。
(以下,上記請求項1~5に係る発明を,それぞれ「本件発明1」~「本件発
明5」という。)
3 本件決定の理由
本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件発明1は,平成10年6
月10日ビバリッジ ジャパン社発行「ビバリッジ ジャパンNo.198」(甲
3,以下「刊行物1」という。)及び平成3年3月15日朝倉書店発行「シリーズ
〈食品の科学〉茶の科学」(甲4,以下「刊行物2」という。)に記載された発明
(以下,それぞれ「刊行物1発明」,「刊行物2発明」という。)に基づき当業者
が容易に発明をすることができたものであり,本件発明2~5は,刊行物1発明,
刊行物2発明及び特開平10-234316号公報(甲5,以下「刊行物4」とい
う。)に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであ
るから,本件発明1~5に係る特許は,特許法29条2項に違反してされたもので
あって,同法113条2号の規定に該当し,取り消されるべきものであるとした。
第3 原告主張の本件決定取消事由
 本件決定は,本件発明1と刊行物1発明との相違点(2)に関する認定判断を
誤り(取消事由1),同相違点(1)に関する判断を誤った(取消事由2)結果,
本件発明1の進歩性を否定する誤った結論に至り,また,本件発明2~5の進歩性
の判断をも誤った(取消事由3)ものであるから,違法として取り消されるべきで
ある。
1 取消事由1(相違点(2)に関する認定判断の誤り)
(1) 本件決定は,本件発明1と刊行物1発明との相違点(2)として,「前者で
は,増粘多糖類が粉末茶の沈降防止のために添加されているのに対して,後者で
は,増粘多糖類の添加目的が明記されてない点」(決定謄本4頁第2段落)を認定
した上,「刊行物4にも記載されているように,増粘多糖類は,固形分の液相への
分散安定性,すなわち沈殿防止のために使用されるものであるから,刊行物1に係
る増粘多糖類も沈殿防止のために添加されていることは明らかである。したがっ
て,上記相違点(2)は,両者の実質的に相違点とはならない事項である」(同頁
下から第2段落~最終段落)と判断したが,誤りである。
(2) 本件明細書(甲2)の特許請求の範囲の請求項1には,「粉末茶の沈降防止
のための増粘多糖類」と記載され,これに対応する発明の詳細な説明には,「『粉
末茶の沈降防止のための増粘多糖類』とは,その種類としても『粉末茶の沈降防
止』に適用できるものが選ばれて,かつ,量的にも『粉末茶の沈降防止のため』の
設定がなされていることを意味する」(段落【0023】)と記載されているか
ら,「増粘多糖類」にかかる「粉末茶沈降防止のための」の部分は,単なる添加目
的の記載などではなく,どのような種類の「増粘多糖類」をどのような量で添加す
べきかということについての限定事項である。したがって,本件発明1と刊行物1
発明の相違点(2)として,添加目的の記載の有無のみが相違するとした本件決定
の認定は誤りであり,かつ,その誤りは,後記(3)のとおり,相違点(2)に関する
判断の誤りにつながっている。
 被告は,上記請求項1には,増粘多糖類の添加量を数値でもって限定する
記載がないのであるから,「増粘多糖類」の種類及び量の点で両者が異なると解す
る余地はない旨主張するが,刊行物4(甲5)に記載されるところ等によれば,沈
降防止のための増粘多糖類は,そもそも,添加対象の種類などに応じて適宜決定さ
れるものである。そして,「沈降防止のための増粘多糖類」と規定されていれば,増
粘多糖類の種類や量を規定するまでもなく,当業者であれば,刊行物4のような文
献などに基づき,増粘やゲル化などを図る場合と区別して,添加される増粘多糖類
の種類及び添加量を決定することができる。
(3) 平成11年6月25日ビバリッジ ジャパン社発行「飲料用語事典」(甲
8)によれば,「増粘多糖類」は「糊料」とされ(127頁左欄),「糊料」と
は,「食品に対して増粘,ゲル化,安定化などの機能を付与して,食品の組織を形
成したり,品質向上の目的で使用される添加物をい」う(91頁左欄)とされてい
る。また,平成8年12月20日光生館発行「新訂版=よくわかる暮しのなかの食
品添加物」(甲9,以下「甲9文献」という。)にも,「増粘剤,安定剤,ゲル化
剤,糊料は食品の粘度の増強,乳化分散の安定化やゲル化などの機能により,食品
に好ましい組織をつくり,おいしさや品質の向上維持のために使用されるもので
す」(210頁冒頭)とあるとおり,一口に「増粘多糖類」といっても,複数の意
味を有し,その意味が一義的に定まらないことは明らかである。
 特に,「増粘多糖類」は,その名のとおり,基本的には「増粘剤」であ
り,食品の粘度を増して,トロリとした舌触りを付与するためのものである。コロ
イド分散粒子の安定化を行う安定剤というのは,二次的な機能にすぎない。
にもかかわらず,本件決定は,上記のとおり,「刊行物4にも記載されてい
るように,増粘多糖類は,固形分の液相への分散安定性,すなわち沈殿防止のため
に使用されるものであるから,刊行物1に係る増粘多糖類も沈殿防止のために添加
されていることは明らかである」と判断しており,刊行物4に記載されているとい
う理由のみで,刊行物1発明における増粘多糖類の機能を一義的に決め付けたこと
は,明らかな判断の誤りである。
 このような判断の誤りは,本件発明1において添加された「増粘多糖類」
が「粉末茶の沈降防止のための増粘多糖類」という特別に限定された増粘多糖類で
あることを看過したことによって生じたものである。現に,本件明細書(甲2)に
は,「増粘多糖類の量として,これは増粘多糖類の種類によっても異なるが,好ま
しくは0.0001重量%から1.0重量%,より好ましくは0.0001重量%
から0.5重量%という添加量が挙げられるが,この範囲であれば,抹茶飲料とい
うもののテクスチャーを損なうことなく,しかもアスコルビン酸ナトリウムという
塩が存在するも,塩析を生じずに,粉末茶の沈降が抑制され,ある程度の期間沈殿
の発生が防止されることとなる。なお,増粘多糖類の構成物やその組成比は状況に
応じて適宜決定される(谷村顕雄監修,日本食品添加物協会編,光生館,暮らしの
中の食品添加物,p91及びp210~217)。また,このような量の増粘多糖
類に対して,0.0001重量%から1.0重量%の微結晶セルロース,より好ま
しくは0.0001重量%から0.5重量%の微結晶セルロースと併用すると効果
的である。それは,粉末茶粒子及び微結晶セルロース粒子が互いにマイナスチャー
ジを帯びているために,互いに反発しあってコロイド状態が保たれる状態が形成さ
れるからである」(段落【0025】)と記載されている。この記載と,上記段落
【0023】の記載とを総合すれば,添加されるべき増粘多糖類に対する「粉末茶
の沈降防止のための」という限定事項が大きな意味を持ち,それが刊行物1発明と
の差異ともなっている。
 刊行物1発明の飲料では,「酸化防止剤」の記載がないことから,ビタミ
ンCが酸化防止剤として添加されているであろうと認められ,それゆえに,その濃
度は0.5重量%よりもはるかに大きいことは明らかである。そして,そのような
濃度では,第1に,ビタミンC濃度増大による塩味を消すための味付けが別途され
ているはずであり(本件明細書の段落【0022】参照),本件発明1の抹茶飲料
とは異なったものとなっているのに対し,本件発明1の抹茶飲料では,ビタミンC
の濃度が低いために,そのようなことがない(なお,本件発明1の抹茶飲料では,
ビタミンCの他に酸化防止剤を別途加える必要がある。)。第2に,ビタミンC濃
度増大による塩析現象を防止するために,増粘多糖類の濃度を,本件発明1のもの
よりもかなり多くする必要が生じ,その結果,刊行物4に記載された飲料のような
さらりとしたものではなく,お汁粉のようなトロリとした感触の飲み物となってい
るはずである。すなわち,本件発明1の抹茶飲料における増粘多糖類は,飽くまで
「粉末茶の沈降防止のための増粘多糖類」であるのに対し,刊行物1発明における
増粘多糖類は,トロリとした感触が付与される増粘のためのものであり,両者は明
らかに異なる。
 したがって,本件決定の相違点(2)に関する上記判断は,誤りである。
(4) 被告は,刊行物1には,「安定剤(増粘多糖類)」と記載され,増粘多糖類
を安定剤として添加することが明示されているところ,抹茶飲料のような沈降し易
い固形分を含有する飲料において,それに添加される「安定剤」といえば,液相中
での固形分の分散安定化,すなわち固形分の沈降防止の作用を有する添加剤のこと
であることは,刊行物4にも記載されているとおり,本件特許出願当時,当業者に
おいて周知のことであった旨主張する。
 しかし,「安定剤」とは,「化学製品などが時間の経過とともに物理的・
化学的変化を受けて変質するのを防ぐために添加する物質」(広辞苑第五版)を指
す語にすぎず,「安定剤」といえば,液相中での固形分の分散安定化,すなわち固形
分の沈降防止の作用を有する添加剤のことであると直ちに断定することはできな
い。現に,刊行物4では,ネイティブジェランガムは増粘性を高めることなく固形
分の分散を高めることができる安定剤であることから,特に「分散安定剤」と称し
ている。このように,辞書においても,「安定剤」とは,分散安定性を高める物質
を一義的に意味するとはされていない上,そもそも被告の主張の根拠となっている
刊行物4においても,あえて「分散安定剤」との表現が用いられているにもかかわ
らず,被告は,具体的な根拠を示すことなく,「安定剤」といえば,分散状態を安
定させる「分散安定剤」に特定されると断定しているものであって,失当である。
(5) また,被告は,刊行物1には,抹茶飲料のビタミンCの濃度が0.5重量%
よりもはるかに大きい濃度であることについて何ら記載されていないし,また,そ
のような事項を刊行物1の記載から当然のこととして導き出すことはできない旨主
張する。
 確かに,刊行物1には,ビタミンCの添加量について記載はないが,とい
うことは,刊行物1発明の抹茶飲料のビタミンC濃度が0.5重量%以下(すなわ
ち,本件発明1と同じ濃度範囲)であると推測することもできないはずである。被
告は,この点に関し,緑茶飲料(茶浸出液からなる飲料)に酸化防止剤が添加され
る場合,その添加量が約0.03%であるという刊行物2(甲4)の記載から,抹
茶飲料においても,酸化防止剤として添加されるビタミンCの添加量は当然に少な
くなる旨主張する。しかし,緑茶飲料は茶葉の含有成分の一部が熱水抽出されて得
られるものであり,熱水抽出され難い脂質やクロロフィルを含まず,それゆえに色
調も,抹茶飲料のような鮮やかな緑色を呈することはなく,茶褐色ないしは茶色を
呈するにすぎない。このような緑茶飲料の場合,酸化して褐変の原因となる成分と
しては,カテキン類(タンニン)がある程度で,その量も多くはないことから,ご
く少量の酸化防止剤を添加すれば足りるのである。
 ところが,抹茶飲料については,茶葉含有成分のすべてが含まれる。すな
わち,抹茶飲料については,緑茶飲料において酸化による褐変が問題となるカテキ
ン類(タンニン)が含まれるばかりでなく,緑茶飲料には含まれないクロロフィル
や脂質も含まれ,しかも,これらの成分の多くが液中に溶解しているのではなく,
固体として存在することになり,その表面積の総和は非常に大きく,抹茶飲料にお
いては,緑茶飲料よりも酸化される程度が大きいことから,その酸化を防止するた
めには,より多くの酸化防止剤が必要であることは明らかである。以上のような技
術常識からして,刊行物1発明の抹茶飲料において,脂質や極めて酸化されやすい
クロロフィルなどについての酸化も防止するため酸化防止剤としてビタミンCが添
加されている場合,当然,その添加量は多くならざるを得ない。
2 取消事由2(相違点(1)に関する判断の誤り)
(1) 本件決定は,本件発明1と刊行物1発明との相違点(1)として認定した
「前者では,抹茶成分の褐変を防止するために,0.5重量%以下の範囲で,有効
量のアスコルビン酸ナトリウムが添加されているのに対して,後者では,この点に
関して,ビタミンCが添加されていることが記載されているのみで,その添加目的
及び添加量について記載されていない点」(決定謄本4頁第2段落)について,
「『抹茶飲料』は『茶飲料』の一種であるから,刊行物2に記載の事項を刊行物1
に記載の発明(注,刊行物1発明)に適用し,抹茶成分の褐変を防止するために,
アスコルビン酸ナトリウムを0.5重量%以下の範囲で添加することは,当業者に
とって格別困難なことではない」(同下から第3段落)と判断したが,誤りであ
る。
(2) 確かに,「緑茶飲料」は「茶飲料」と俗称され,分類学上は,「抹茶飲料」
も「茶飲料」の一種であるといえるかもしれないが,甲6の,市販されている緑茶
飲料(左側)と本件発明1の抹茶飲料の類似品(右側)とを並べて撮影した写真
(以下「甲6写真」という。)から明らかなとおり,「緑茶」飲料として市販され
ている茶飲料は,市販されている段階で既に褐色なのであり,「飲料」において,
特に「色」に着目した場合には,「抹茶飲料」と「茶飲料」とは全くの別物であ
る。このように,通常の茶飲料においては,市販される段階で既に褐色なのである
から,それにビタミンCを加えて色調改善を行う必要はなく,そうした課題も生ま
れない。刊行物2発明と本件発明1とは,「茶」という文字がたまたま一致し,ビタ
ミンCの添加量がたまたま重複しているというだけであって,全くの別物であるか
ら,通常の茶飲料に関する文献である刊行物2を引用すること自体が誤りである。
 また,平成4年5月22日学習研究社発行「トン・チンカンの科学教室」
(新訂版)(甲7,以下「甲7文献」という。)には,緑茶が酸化によって褐色に
変化することが記載されているが,甲7文献において,「緑茶を褐色に変色させな
い方法」として挙げられている「油の添加」や「ナイロンを水面に貼り付けるこ
と」では,緑茶の色調変化は防止できても,抹茶飲料の色調変化は防止できない。
抹茶の色調変化は,酸化でも起こるが,光でも起こる上,その光による褐色の変化
が,非常に大きいからであり,この点において,酸化による褐変に比べれば光によ
る褐変など問題にならない緑茶の場合とは対照的である。甲7文献から明らかなよ
うに,市販の「茶飲料」は,緑茶成分の中の緑発色する成分がすべて酸化して褐色
になった後のものであり,そこに加えられるビタミンCは,緑発色成分以外の成分
の酸化防止を図るものであって,緑発色成分とは無関係である。
 以上によれば,本件発明1との間で「茶」であることと「ビタミンC濃
度」に共通性があるからといって,刊行物2を採用し,これを刊行物1発明に組み
合わせて容易想到性を肯定した本件決定の上記判断は,誤りである。
(3) さらに,抹茶飲料について,緑茶飲料の酸化防止剤の添加量を参酌すること
も誤りである。上記1(5)のとおり,緑茶飲料に比べ,酸化により変質しやすい物質
をはるかに多く含む抹茶飲料について,酸化防止剤の添加によってその含有成分の
酸化防止を図る場合には,0.03%よりはるかに多い量のビタミンCを添加する
ことこそが当業者に容易に想到されると考えられる。
 一方,本件発明1の抹茶飲料においては,主として光に起因して生じる褐
変のみならず,酸化をも防止するためには,カテキン,ポリフェノールその他の塩
析を生じない酸化防止剤を別途添加し,こうした酸化防止剤とは区別して,別途,
光による褐変防止のためにビタミンCを添加するのである。
 ここで,抹茶飲料の褐変について,粉砕茶葉を含有する抹茶飲料は,クロ
ロフィルa,bに由来する鮮やかな緑色を呈し,クロロフィルはマグネシウム原子
が水素原子で置換されることによりフェオフィチンに変化し,フェオフィチンが生
成されると鮮やかな緑色が失われることが,刊行物2の69頁(甲10,以下「甲
10文献」という。)にあるとおり,本件特許出願当時に知られていた。このた
め,鮮やかな緑色を呈するほどに抹茶粉末を含んだ抹茶飲料において褐変を防止す
るためには,単なる酸化防止剤の添加では十分でなく,クロロフィルの変質を防止
する必要がある。したがって,当業者は,従来の褐変防止手段であった遮光に代
え,薬剤添加により抹茶成分(特にクロロフィル)の変質に起因する褐変を防止す
るためには,単なる酸化防止剤の添加ではこれを達成することはできず,「クロロ
フィル変質防止剤」あるいは「フェオフィチン生成阻害剤」とも称されるであろう
物質を特定し,これを添加する必要があると認識するものである。
 しかし,本件特許出願当時,ビタミンCが抹茶成分の変色(具体的にはフ
ェオフィチンの生成)を防止することは知られていないから,当業者が,酸化防止
剤とは区別して添加される所定量のビタミンCにより抹茶飲料の褐変が防止される
ことを容易に想到することはないというべきである。
(4) これに対し,被告は,「アスコルビン酸ナトリウムが添加された抹茶飲料」
という物の発明において,アスコルビン酸ナトリウムの添加目的が異なることをも
って,その発明の新規性,進歩性が肯定されることは,およそあり得ない旨主張す
る。
 しかしながら,刊行物1発明の抹茶飲料において,鮮やかな緑色を呈する
に十分な量の抹茶粉末を含み,その成分の酸化がビタミンCの添加により防止され
ているとするならば,ビタミンCの添加量は多くならざるを得ない。そして,ビタ
ミンCの添加量が多い場合,増粘多糖類の添加量は多くして粘度を高めることによ
り抹茶成分を分散させることになり,抹茶飲料は高粘度の,トロリとした食感のも
のとなる。
 これに対し,本件発明1の抹茶飲料においては,請求項1に「抹茶成分の
褐変を防止するために」と規定されているとおり,酸化防止剤としてではなく,ク
ロロフィルのフェオフィチンへの変化を防止する「クロロフィル変質防止剤」とし
て0.5重量%以下でビタミンCを加えることにより,遮光性容器を用いることな
く抹茶飲料の褐変の防止を図るものである。本件発明1に係る抹茶飲料について,
空気による酸化防止をも図る場合は,従来の酸化防止剤であるビタミンCを他の酸
化防止剤に置換し,そこに褐変防止のためにビタミンCを添加するのであり,刊行
物1記載の抹茶飲料のようにビタミンCを多く添加する必要はない。そして,この
程度のビタミンCの添加量であれば,塩析が生じないことから,増粘多糖類は「沈
降防止のため」のものを添加すればよく,抹茶飲料はさらりとした食感となるので
あり,本件発明は,単に添加目的の違いのみをもって新規性,進歩性を有するもの
ではない。
(5) また,被告は,アスコルビン酸ナトリウムの添加量についても,抹茶飲料と
近い関係にある緑茶飲料へのアスコルビン酸ナトリウムの添加量を参考にしてアス
コルビン酸ナトリウムの添加量を決めることは,当業者にとって困難なことではな
いし,酸化防止剤としてアスコルビン酸ナトリウムを各種飲食品に添加する場合,
通常その添加量を極く少量(当然0.5重量%よりも少ない量)とすることは,本
件特許出願当時,当業者の技術常識であった旨主張する。
 しかし,抹茶飲料と緑茶飲料とは,褐変という課題に関しては近い関係に
なく,抹茶飲料の褐変防止を図るに当たり,緑茶飲料で用いられている手段がその
まま採用できるものではないこと,及び抹茶飲料に酸化防止剤としてビタミンCを
添加する場合,その必要添加量は多くならざるを得ないと考えられることは,上記
のとおりである。そもそも,アスコルビン酸ナトリウムは,本件発明1において
は,酸化防止剤としてではなく,(主として光により生じる)褐変防止剤として添
加されるのであるから,酸化防止剤の添加量が参考にされると考えるべき合理的理
由もない。
 本件発明1は,本件特許出願当時,遮光以外の手段による褐変防止が達成
されていなかった抹茶飲料に対し,刊行物1発明の抹茶飲料から,まずビタミンC
の添加量を減らし,それに伴って増粘多糖類も,その添加量及び種類において「沈
降防止のための」ものとし,そこに,塩析を生じさせない酸化防止剤(例えばカテ
キンやポリフェノールなど)を十分に加えることによって,従来用いられていた遮
光に代えて抹茶成分の褐変を防止し,さらりとした食感を呈する抹茶飲料を提供し
たものである。したがって,本件発明1は,当業者が容易に想到できたものではな
く,進歩性を有することは明らかである。
3 取消事由3(本件発明2~5の進歩性に関する判断の誤り)
 上記1及び2のとおり,本件発明1の進歩性を否定した本件決定の判断は誤
りであるから,その誤った判断に基づく本件発明2~5の進歩性に関する判断も誤
りである。
第4 被告の反論
1 取消事由1(相違点(2)に関する認定判断の誤り)について
(1) 原告は,本件決定の相違点(2)の認定は誤りである旨主張するが,本件決
定は,相違点(2)として,「前者では,増粘多糖類が粉末茶の沈降防止のために
添加されているのに対して,後者では,増粘多糖類の添加目的が明記されていない
点」を認定しているところ,そこでいう「増粘多糖類の添加目的が明記されていな
い」とは,「増粘多糖類が粉末茶の沈降防止のために添加されていることについて
は記載されてない」を意味することは明らかであり,上記認定に誤りはない。
 また,原告は,本件発明1における「粉末茶の沈降防止のための増粘多糖
類」との要件は,単なる添加目的の記載などではなく,どのような種類の増粘多糖
類をどのような量で添加すべきかということについての限定事項であると主張する
が,後記(2)のとおり,刊行物1発明に係る増粘多糖類も粉末茶の沈降防止のために
添加されていることは明らかであり,かつ,本件発明1に係る請求項1には,増粘
多糖類の種類及び添加量を限定する記載はないのであるから,増粘多糖類の種類及
び量の点で両者が異なると解する余地はなく,原告の主張は失当である。
(2) 原告は,一口に「増粘多糖類」といっても複数の意味があるにもかかわら
ず,本件決定が,刊行物4の記載のみを根拠に,「刊行物1に係る増粘多糖類も沈
殿防止のために添加されていることは明らかである」と判断したことは誤りである
旨主張する。
 しかしながら,刊行物1(甲3)には,「原材料表記は・・・安定剤(増
粘多糖類)・・・」(11頁下段中欄,下から第2段落)と記載され,増粘多糖類
を安定剤として添加することが明示されている。一方,抹茶飲料のような沈降し易
い固形分を有する飲料において,それに添加される「安定剤」といえば,液相中で
の固形分の分散安定化,すなわち固形分の沈降防止の作用を有する添加剤のことで
あることは,刊行物4にも記載されているとおり,本件特許出願当時,当業者にお
いて周知のことであった。すなわち,本件決定は,刊行物4のみを根拠にしたもの
ではなく,刊行物1に「安定剤(増粘多糖類)」と記載されていることを根拠に
し,さらに,刊行物4によって裏付けられる上記周知技術を加味して,「刊行物4
にも記載されているように,増粘多糖類は,固形分の液相への分散安定性,すなわ
ち沈降防止のために使用されるものであるから,刊行物1に係る増粘多糖類も沈殿
防止のために添加されていることは明らかである」と判断したものである。
 原告の上記主張は,増粘多糖類を安定剤として使用することが刊行物1自
体に記載されている事実を無視したものであり,失当である。
 なお,本件明細書(甲2)の実施例の【表1】の抹茶飲料配合表にも,
「安定剤(増粘多糖類)」と記載されている。
(3) さらに,原告は,刊行物1の飲料では,「酸化防止剤」の記載がないことか
ら,ビタミンCが酸化防止剤として添加されているであろうと認められ,そうであ
るがゆえに,その濃度は0.5重量%よりもはるかに大きい濃度であることは明ら
かであると主張し,この主張を前提に,刊行物1発明における増粘多糖類は増粘の
ためのものであり,本件発明1のものとは異なるとの主張を展開している。しかし
ながら,刊行物1には,抹茶飲料のビタミンC濃度が0.5重量%よりもはるかに
大きい濃度であることは,何ら記載されていないから,そのような事項を刊行物1
の記載から当然のこととして導き出すことはできず,「その濃度は0.5重量%よ
りもはるかに大きい濃度であることは明らかである」との主張は,刊行物1の記載
に基づくものではなく,原告の独断にすぎない。そうである以上,これを前提とす
る原告の主張もまた失当である。
2 取消事由2(相違点(1)に関する判断の誤り)について
(1) 本件決定は,本件発明1と刊行物1発明とを対比して,ビタミンC(アスコ
ルビン酸ナトリウム)及び増粘多糖類が添加された抹茶飲料である点を両者の一致
点として認定した上で,相違点(1)として,「前者では,抹茶成分の褐変を防止
するために,0.5重量%以下の範囲で,有効量のアスコルビン酸ナトリウムが添
加されているのに対して,後者では,この点に関し,ビタミンCが添加されている
のみで,その添加目的及び添加量について記載されていない点」(決定謄本4頁第
2段落)を認定し,相違点(1)について,刊行物2の記載を参酌すれば,上記添
加目的及び添加量を本件発明1のように特定することは,当業者にとって格別困難
なことではないと判断したものである。
 上記から明らかなとおり,本件決定は,刊行物2の記載から,抹茶飲料に
アスコルビン酸ナトリウムを添加することは,当業者において格別困難なことでは
ないと判断しているのではなく,あくまで,当該飲料にアスコルビン酸ナトリウム
が添加されていることを前提に,その添加目的及び添加量について,本件発明1で
特定するような添加目的及び添加量とすることは,刊行物2の記載から当業者にお
いて格別困難なことではないと判断したものである。
(2) そして,添加目的の点については,本件特許出願当時,ビタミンC(アスコ
ルビン酸ナトリウム)に酸化防止作用があることは当業者の技術常識であり,か
つ,刊行物2(甲4)に「変質の大部分は茶成分の自動酸化とそれに起因する褐変
の生成である」(70頁最終段落)と記載されていることからすれば,刊行物1発
明におけるビタミンCが,抹茶飲料の褐変につながる酸化を防止する目的で使用さ
れていることは明らかであるから,本件決定において,「抹茶成分の褐変を防止す
るために・・・添加することは,当業者にとって格別困難なことではない」(決定
謄本4頁下から第3段落)と判断したものである。
 したがって,仮に,原告が主張するとおり,抹茶飲料と緑茶との間におい
て,色調等の性質及び褐変の生成メカニズムが異なるとしても,抹茶飲料において
も酸化による褐変現象が存在する以上,刊行物2の記載に基づいて,上記のとおり
判断したことに誤りはない。なお,「アスコルビン酸ナトリウムが添加された抹茶
飲料」という物の発明において,アスコルビン酸ナトリウムの添加目的が異なるこ
とをもって,その発明の新規性,進歩性が肯定されることはない。
(3) また,添加量の点についても,抹茶飲料にアスコルビン酸ナトリウムを添加
するに当たっては,抹茶飲料と近い関係にある緑茶飲料へのアスコルビン酸ナトリ
ウムの添加量を参考にしてアスコルビン酸ナトリウムの添加量を決めることは,当
業者にとって格別困難なことではないから,本件決定において,「刊行物2に記載
の事項を刊行物1に記載の発明(注,刊行物1発明)に適用し・・・0.5重量%
以下の範囲で添加することは,当業者にとって困難なことではない」(同)と判断
したものである。
 これに対し,原告は,抹茶飲料と緑茶とでは,色調等の性質及び褐変の生
成メカニズムが異なるのであるから,刊行物2を採用し,これを刊行物1に組み合
わせた本件決定の判断は誤りである旨主張する。しかしながら,酸化防止剤として
アスコルビン酸ナトリウムを各種飲食品に添加する場合,飲食品の種類,性状等の
違いにかかわらず,通常その添加量をごく少量(当然0.5重量%よりも少ない量
である。)とすることは,本件特許出願当時,当業者の技術常識であった。したが
って,原告の上記主張に係る事情が,刊行物2に記載の添加量を刊行物1に適用す
ることの阻害要因にならないことは明らかであり,原告の上記主張は失当である。
3 取消事由3(本件発明2~5の進歩性に関する判断の誤り)
 上記1及び2のとおり,本件発明1についての本件決定の認定判断に誤りは
ないから,本件発明2~5の進歩性に関する判断にも誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点(2)に関する認定判断の誤り)について
(1) 本件決定は,本件発明1と刊行物1発明との相違点(2)として,「前者で
は,増粘多糖類が粉末茶の沈降防止のために添加されているのに対して,後者で
は,増粘多糖類の添加目的が明記されてない点」(決定謄本4頁第2段落)を認定
した上,「刊行物4にも記載されているように,増粘多糖類は,固形分の液相への
分散安定性,すなわち沈殿防止のために使用されるものであるから,刊行物1に係
る増粘多糖類も沈殿防止のために添加されていることは明らかである。したがっ
て,上記相違点(2)は,両者の実質的に相違点とはならない事項である」(同頁
下から第2段落~最終段落)と判断した。これに対し,原告は,本件発明1におけ
る「粉末茶の沈降防止のための増粘多糖類」との要件は,単なる添加目的の記載な
どではなく,どのような種類の増粘多糖類をどのような量で添加すべきかというこ
とについての限定事項であるとして,上記相違点(2)の認定自体が誤りであると
主張するとともに,「増粘多糖類」に複数の意味があること等を根拠に,相違点
(2)に関する本件決定の上記判断は誤りである旨主張する。
(2) そこで,まず,本件決定の相違点(2)の認定に誤りがあるか否かについて
検討する。
 本件明細書(甲2)の特許請求の範囲の請求項1には,上記第2の2のと
おり,「粉末茶の沈降防止のための増粘多糖類が更に添加されている抹茶飲料」と
記載されているのみであり,増粘多糖類の種類や添加量に関する記載がないことは
明らかである。
 他方,本件明細書の発明の詳細な説明には,増粘多糖類の種類と量に関し
て,「『増粘多糖類』の種類としては,ネイティブジェランガム,キサンタンガ
ム,デキストリンが挙げられ,これらは単独で含まれていても,複合的に含まれて
いてもよい」(段落【0023】),「ジェランガム,キサンタンガム,カードラ
ンなどの増粘多糖類は・・・増粘剤,安定剤,ゲル化剤に分類される食品添加物で
あり,水中の粒子の分散や油脂の乳化を安定させたりする働きをするものである
(谷村顕雄監修,日本食品添加物協会編,光生館,暮らしの中の食品添加物.p2
10)。デキストリンも,増粘剤,安定剤,ゲル化剤としてよく使用される食品添
加物である。ネイティブジェランガムは,ジェランガムの脱アシル処理前の前駆体
として得られる微生物起源の高分子多糖類である」(段落【0024】),「増粘
多糖類の量として,これは増粘多糖類の種類によっても異なるが,好ましくは0.
0001重量%から1.0重量%,より好ましくは0.0001重量%から,0.
5重量%という添加量が挙げられるが,この範囲であれば,抹茶飲料というものの
テクスチャーを損なうことなく,しかもアスコルビン酸ナトリウムという塩が存在
するも,塩析を生じずに,粉末茶の沈降が抑制され,ある程度の期間沈殿の発生が
防止されることとなる。なお,増粘多糖類の構成物やその組成比は状況に応じて適
宜決定される」(段落【0025】)と記載され,さらに,【表1】の抹茶飲料配
合表における「安定剤(増粘多糖類)」の配合量の欄に,「0.25%」と記載さ
れている(段落【0032】)。
 以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,増粘多糖類の種類と
して,ネイティブジェランガムを始めとする4種が挙げられ,その配合量について
は,0.0001重量%から1.0重量%,すなわち,最小値と最大値とで1万倍
異なる濃度範囲が記載されるとともに,唯一の実施例である【表1】には,0.2
5重量%添加したことが記載されているものの,増粘多糖類として具体的に何を使
用したのかは明記されていない。
 そうすると,仮に,発明の詳細な説明を参酌したとしても,特許請求の範
囲において増粘多糖類の種類や量について何ら規定していない本件発明1につい
て,「粉末茶の沈降防止のための」との文言をもって,増粘多糖類の種類及び量を
も限定していると解することはできないというべきである。したがって,本件決定
における相違点(2)の認定に誤りがあるとする原告の主張は,採用の限りではな
い。
(3) 次に,本件決定の相違点(2)に関する判断の当否について検討する。
 刊行物1(甲3)には,「原材料表記は,砂糖,抹茶,香料,安定剤(増
粘多糖類),ビタミンC・・・」(11頁下段中欄,下から第2段落)と記載され
ているところ,甲9文献には,〔食品への表示〕として,「用途名併記で,使用目
的の『増粘剤』,『安定剤』,『ゲル化剤』あるいは『糊料』の用途名に,物質名
を併記して『増粘剤(グァーガム)』,『ゲル化剤(カラギナン)』のように表示
されます。ただし天然増粘安定剤を2種以上使用した場合には,物質名を簡略化し
て(増粘多糖類)と表示され,さらにこれらを増粘剤として使用した場合には用途
名が省略され,『増粘多糖類』と表示されます」(211頁)と記載されているか
ら,刊行物1の上記記載を,甲9文献に示された食品表示に関する上記技術常識に
照らして解釈すれば,刊行物1における増粘多糖類は,「安定剤」を使用目的とす
るものであり,かつ,「増粘剤」として使用するものではないと認めるのが相当で
ある。
 この点について,原告は,「安定剤」とは,「化学製品などが時間の経過
とともに物理的・化学的変化を受けて変質するのを防ぐために添加する物質」(広
辞苑第五版)を指す語にすぎず,「安定剤」といえば,液相中での固形分の分散安定
化,すなわち固形分の沈降防止の作用を有する添加剤のことであると直ちに断定す
ることはできない旨主張するが,本件明細書(甲2)の【表1】(【段落003
2】)に「安定剤(増粘多糖類)」との記載があることは上記(2)のとおりであり,
この「安定剤(増粘多糖類)」が,本件発明1における「粉末茶の沈降防止のため
の増粘多糖類」を意味することは否定すべくもない。加えて,刊行物4(甲5)に
おいて,「液相に対して不溶性である固形分の分散性・・・を向上,安定化する効
果を奏する分散安定剤」(段落【0002】)として,「ネイティブジェランガム
を含有することを特徴とする分散安定剤」(【請求項1】)等が開示されているこ
とをも考慮すれば,刊行物1における増粘多糖類が,安定剤としての目的,すなわ
ち,「液相に対して不溶性である固形分の分散性を向上,安定化する」目的のため
に添加されていることは明らかである。したがって,「刊行物1に係る増粘多糖類
も沈殿防止のために添加されていることは明らかである」とする本件決定の上記判
断に誤りはないというべきであり,原告の上記主張は,失当というほかはない。
(4) なお,原告は,刊行物1発明の飲料に酸化防止剤の記載がないことから,ビ
タミンCが酸化防止剤として添加されているとし,それゆえに,その濃度は0.5
重量%よりもはるかに大きい濃度であるとし,さらに,当該濃度では飲料の塩味が
強くなって味覚の点で難が出てくるし,ビタミンCの濃度増大による塩析現象を防
止するために増粘多糖類の濃度も本件発明1のそれよりもかなり多くする必要が生
じるとも主張する。しかしながら,刊行物1発明における増粘多糖類が,沈殿防止
のために添加されているものであって,増粘のために添加されているものではない
ことは,既に判示したところから明らかであり,原告の上記主張は,この判断を左
右するものではないというべきである。
 さらに,念のため,原告の上記主張の当否についても検討すると,刊行物
1(甲3)には,原告の上記主張の根拠となるべき記載は見当たらないばかりか,
かえって,「ほんのり甘く,さっぱり香ばしい味わいに仕上げている」(11頁下
段中欄,下から第2段落)との記載からは,トロリとした感触の飲み物である旨の
原告主張とは異なる食感であることが示されている。そもそも,嗜好品である抹茶
飲料について,その味や食感は,少なくとも,見た目や保存性と同等以上に重要視
される要因であることは明らかであり,味や食感を損なってまで,保存性や見た目
を優先して添加物量を決定することは,およそあり得ないことというべきである。
そうすると,刊行物1発明の抹茶飲料には,抹茶飲料としての味覚に難が出てくる
ほどにビタミンCが添加され,かつ,トロリとした食感,すなわち,抹茶飲料とし
てふさわしくないほどに増粘多糖類が添加されているとの原告の上記主張は,採用
の限りではない。
 また,原告は,刊行物1発明の抹茶飲料に高濃度のビタミンCが添加され
ていると認めるべき根拠として,緑茶飲料は茶葉含有成分の一部が熱水抽出されて
得られるものであって,熱水抽出され難い脂質やクロロフィルを含まないものであ
るのに対し,抹茶飲料は,茶葉含有成分のすべてが含まれ,緑茶飲料において酸化
による褐変が問題となるカテキン類(タンニン)のほか,緑茶飲料には含まれない
クロロフィルや脂質も,飲料中に表面積の非常に大きな固体として含まれるから,
緑茶飲料よりも多くの酸化防止剤が必要であることは明らかであるなどとも主張す
る。しかしながら,広辞苑第五版によれば,「緑茶」とは,「茶の若葉をつんだあ
と直ちに熱処理をし,みどり色を保有させたもの。煎茶・碾茶など。」であり,
「抹茶」とは,「茶の新芽を採り,蒸した後,そのまま乾燥してできた茶葉を臼で
ひいて粉末にしたもの。熱湯を注ぎ掻きまぜて飲む。主として茶の湯に用いる。ひ
きちゃ。散茶。」であると説明されており,両者は共に,茶の若葉あるいは新芽を
摘み取り,葉緑素を破壊する酵素の働きを止めるために熱処理を施して緑色を保っ
たものであって,抹茶は更に茶葉をひいたものにすぎない。そして,茶葉に限ら
ず,植物の葉の緑色成分が,文字どおり葉緑素とも称されるクロロフィルであるこ
と,緑茶を入れた場合に抽出液が濃淡の程度の差はあれ,緑色を呈することは,一
般常識に属する周知事項であり,緑茶飲料においても,クロロフィルが緑色源とな
っていることは明らかである。さらに,クロロフィルや脂質の表面積の点について
も,一般に,固形分は,微粉末であるほど表面積は大であるが,溶解している溶質
は,イオン,分子あるいはコロイド粒子であるから,それに比して固形分の方が表
面積が大であるとすることもできない。原告の上記主張は,緑茶飲料と抹茶飲料と
の違いに関する根拠の乏しい憶測にすぎず,採用の限りではないというべきであ
る。
(5) 以上によれば,原告の取消事由1の主張は,いずれも理由がない。
2 取消事由2(相違点(1)に関する判断の誤り)について
(1) 本件決定は,本件発明1と刊行物1発明との相違点(1)として認定した,
「前者では,抹茶成分の褐変を防止するために,0.5重量%以下の範囲で,有効
量のアスコルビン酸ナトリウムが添加されているのに対して,後者では,この点に
関して,ビタミンCが添加されていることが記載されているのみで,その添加目的
及び添加量について記載されていない点」(決定謄本4頁第2段落)について,
「『抹茶飲料』は『茶飲料』の一種であるから,刊行物2に記載の事項を刊行物1
に記載の発明(注,刊行物1発明)に適用し,抹茶成分の褐変を防止するために,
アスコルビン酸ナトリウムを0.5重量%以下の範囲で添加することは,当業者に
とって格別困難なことではない」(同頁下から第3段落)と判断したところ,原告
は,「緑茶飲料」ないし「茶飲料」と「抹茶飲料」とは,特に「色」に着目した場
合には全くの別物であるから,通常の茶飲料に関する文献である刊行物2を採用
し,刊行物1発明に組み合わせたことは誤りであるなどとして,本件決定の上記判
断は誤りである旨主張する。
(2) 原告が,上記のとおり,「緑茶飲料」ないし「茶飲料」と「抹茶飲料」と
は,特に「色」に着目した場合には全くの別物であると主張する第1の根拠は,甲
6写真であるが,市販されているペットボトル入りの緑茶飲料と抹茶飲料との間に
同写真に示されたような色調の差があるからといって,この一例から直ちに,一般
的に,両者の色調ないし褐変のメカニズムについて「全くの別物」といえるような
差があるとまでは認めるに足りないし,「市販されているペットボトル入りの緑茶
飲料」という枠を越えて,「緑茶飲料」ないし「茶飲料」一般について上記のよう
な差異があるということもできない。他方,刊行物2が対象としている「茶」は,
「市販されているペットボトル入りの緑茶飲料」に限定されるものではないと解さ
れるから,それが,甲6写真に示された緑茶飲料のような色調のものであると認め
るべき理由はなく,むしろ,刊行物2(甲4)に「変質の大部分は茶成分の自動酸
化とそれに起因する褐変の生成である」(70頁最終段落)との記載があることか
らすれば,刊行物2が対象とする「茶」は,「褐変」を警戒すべきもの,すなわ
ち,緑色を保ったものであると認めるのが相当である。
 原告は,市販の「茶飲料」に加えられるビタミンCは,緑発色成分以外の
成分の酸化防止を図るものであって,緑発色成分とは無関係であるとも主張する
が,仮に,甲6写真の左側に示されたような「市販の茶飲料」について,そのよう
にいうことができる場合があるとしても,上記のとおり,刊行物2の対象とされる
「茶」一般についても同様であるとすべき理由は見いだし難いというほかはないか
ら,この点に関する原告の主張は上記の判断を左右するものではない。
 以上によれば,「緑茶飲料」ないし「茶飲料」と「抹茶飲料」とは,特に
「色」に着目した場合には全くの別物であるとする原告の主張は,採用の限りでは
ない。
(3) また,原告は,刊行物1発明におけるビタミンC(アスコルビン酸ナトリウ
ム)の濃度について,刊行物2の記載を参酌することは誤りであるとも主張する。
 しかしながら,原告がその理由として挙げる点は,結局,抹茶飲料と緑茶
飲料とは,褐変という課題に関しては近い関係にないこと,及び抹茶飲料に酸化防
止剤としてビタミンCを添加する場合,その必要添加量は多くならざるを得ないこ
との2点に帰着するところ,いずれの論拠も,上記(2)及び上記1(4)で説示したと
おり,採用し難いものというほかはないから,この点に関する原告の主張も採用す
ることができない。
(4) そうすると,抹茶飲料の褐変という課題を解決するために,茶一般に関する
刊行物2の記載を参酌し,その際,刊行物1発明におけるビタミンC(アスコルビ
ン酸ナトリウム)の濃度について刊行物2の記載を参酌することを妨げる理由はな
いというべきである。
 そして,刊行物2(甲4)の「変質の大部分は茶成分の自動酸化とそれに
起因する褐変の生成である」(70頁最終段落),「酸化防止用として,約0.0
3%のL-アスコルビン酸ナトリウムを添加する」(77頁第2段落)との記載に
開示された技術的事項を,刊行物1発明,すなわち,「ビタミンC(アスコルビン
酸ナトリウム)が添加された抹茶飲料であって,増粘多糖類が更に添加されている
抹茶飲料」に適用すれば,「抹茶成分の褐変を防止するために,アスコルビン酸ナ
トリウムを0.5重量%以下の範囲で添加する」との構成に想到することは容易な
ことというべきであるから,相違点(1)につき,「抹茶成分の褐変を防止するた
めに,アスコルビン酸ナトリウムを0.5重量%以下の範囲で添加することは,当
業者にとって格別困難なことではない」とした本件決定の上記判断に誤りはない。
 なお,原告は,抹茶飲料の褐変の機序が酸化によるものではないことを,
るる主張し,本件特許出願当時,ビタミンCが抹茶成分の変色(具体的にはフェオ
フィチンの生成)を防止することは知られていないから,当業者が,酸化防止剤と
は区別して添加される所定量のビタミンCにより抹茶飲料の褐変が防止されること
を想到することはない旨主張する。しかしながら,褐変のメカニズムが酸化による
ものではないとの主張を前提にするとしても,原告がその論拠の一つとする甲10
文献自体,「上記煎茶の鮮やかな緑色は・・・」,「緑茶の変色の大きな原因
は・・・」(69頁下から第2段落)としており,特別に抹茶飲料のみを対象とす
るものではないことが明らかであるから,原告主張の褐変の機序は,抹茶飲料のみ
ならず,茶飲料一般に妥当するものであると考えるのが相当である。そして,茶の
褐変を防止するために,ビタミンC(アスコルビン酸ナトリウム)を添加すること
が有効であることは,その正確な機序の点は別として,既に刊行物2において示唆
されていたことは上記のとおりである。もとより,仮に,褐変防止の機序自体が正
確ではなかったとしても,刊行物2に示された褐変防止のための技術を適用するこ
とは可能であるし,「酸化」に「起因する」褐変防止のために加えたビタミンC
(アスコルビン酸ナトリウム)であっても,原告の主張に係る「クロロフィル変質
防止」ないし「フェオフィチン生成阻害」の効果を果たし得ることも当然であるか
ら,原告の上記主張は,上記の判断を何ら左右するものではない。
(5) 以上によれば,原告の取消事由2の主張は,いずれも理由がない。
3 取消事由3(本件発明2~5の進歩性に関する判断の誤り)について
 原告は,本件発明1の進歩性を否定した本件決定の判断は誤りであるから,
その誤った判断に基づく本件発明2~5の進歩性に関する判断も誤りである旨主張
するが,本件発明1に関する本件決定の認定判断に誤りがないことは,上記1及び
2で判示したとおりである。
 したがって,原告の取消事由3の主張も理由がない。
4 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に本件決定を
取り消すべき瑕疵は見当たらない。
 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
     東京高等裁判所知的財産第2部
         裁判長裁判官 篠  原  勝  美
    裁判官 古  城  春  実
    裁判官 岡  本     岳

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