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平成17年(行ケ)第10239号 審決取消請求事件
平成17年8月1日 口頭弁論終結
            判       決
     原      告   ダイハツ工業株式会社
     訴訟代理人弁理士    吉田稔
    同    田中達也
    同仙波司
    同  塩谷隆嗣
同古澤寛
同鈴木泰光
    被      告    特許庁長官 中嶋誠
      指定代理人       田々井正吾
  同           鈴木久雄
  同           岡田孝博
  同           宮下正之
          主       文
   1 原告の請求を棄却する。
   2 訴訟費用は原告の負担とする。
        事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
 特許庁が訂正2004-39092号事件について平成16年11月2日に
した審決を取り消す。
   訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
 主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
  原告は,発明の名称を「トレーリングアーム式リアサスペンション」とする
特許第3196011号(平成8年6月10日出願,同13年6月8日設定登録。
後記訂正の前後を通じて,請求項の数は1である。以下「本件特許」という。)の
特許権を有しているところ,同16年5月10日付けで,願書に添付した明細書を
審判請求書に添付した訂正明細書のとおりに訂正(以下「本件訂正」という。)す
ることについて訂正審判を請求した。
 特許庁は,これを訂正2004-39092号事件として審理した結果,平
成16年11月2日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同審
決謄本は同月12日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲(本件訂正後のもの)
  上記訂正明細書における,訂正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次
のとおりである。
【請求項1】
 「車幅方向に間隔を隔てて配置され,かつ車両高さ方向に揺動可能なように前
端部が車両本体に回転可能に連結されている一対のトレーリングアームと,これら
一対のトレーリングアームのそれぞれの後端部にゴムブッシュを介して取付けられ
た一組のブラケットとを有し,かつこれら一組のブラケットには,車幅方向に延び
るアクスルハウジングの両端部が取付けられている,トレーリングアーム式リアサ
スペンションであって,
 車両の直進時における上記アクスルハウジングの両端部の位置を,上記一対
のトレーリングアームの前端部の位置と同等高さとするとともに,上記各ブラケッ
トに対する上記アクスルハウジングの端部の取付中心位置を,上記ゴムブッシュが
上記各ブラケットを支持する支持中心位置よりも,下方に位置させ,車両の旋回時
に,車両の旋回方向と同方向に後輪を向けることができるように構成していること
を特徴とする,トレーリングアーム式リアサスペンション。」(以下,この発明を
「訂正発明」という。なお,下線部は,訂正により追加された記載である。)
3 審決の理由
(1)別紙審決書の写しのとおり。なお,本判決においても,「刊行物1」「刊
行物1記載の発明」「構成A」「要因1」などの語を,審決の用法に従って用い
る。
  審決の理由は,要するに,訂正発明は,本件特許の出願前に頒布された実
願昭58-99646号(実開昭60-5906号)のマイクロフィルム(甲3。
「刊行物1」)に記載された発明に米国特許第4858949号明細書(甲4の
1。訳文が甲4の2。「刊行物2」)に記載された発明を適用して(理由1),あ
るいは,刊行物2に記載の発明に刊行物1記載の発明を適用して(理由2),当業
者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定によ
り,独立して特許を受けることができないものであって,審判の請求は同法126
条5項の規定に適合しない,というものである。
(2)審決が,進歩性がないとの上記結論を導く過程において,訂正発明と刊行
物1記載の発明,刊行物2に記載の発明との一致点及び相違点として認定したとこ
ろは,次のとおりである。
(ア)理由1における訂正発明と刊行物1記載の発明との一致点・相違点
   (一致点)
     「車幅方向に間隔を隔てて配置され,かつ車両高さ方向に揺動可能なよ
うに前端部が車両本体に回転可能に連結されている一対のトレーリングアームと,
これら一対のトレーリングアームのそれぞれの後端部にゴムブッシュを介して取付
けられた一組のブラケットとを有し,かつこれら一組のブラケットには,車幅方向
に延びるアクスルハウジングの両端部が取付けられている,トレーリングアーム式
リアサスペンションであって,車両の直進時における上記アクスルハウジングの両
端部の位置を,上記一対のトレーリングアームの前端部の位置と同等高さとしたト
レーリングアーム式リアサスペンション」である点。
   (相違点)
     訂正発明は「上記各ブラケットに対する上記アクスルハウジングの端部
の取付中心位置を,上記ゴムブッシュが上記各ブラケットを支持する支持中心位置
よりも,下方に位置させ(構成A)」,「車両の旋回時に,車両の旋回方向と同方
向に後輪を向けることができる(構成B)」という2つの構成を備えているのに対
して,刊行物1記載の発明では,「上記各ブラケットに対する上記アクスルハウジ
ングの端部の取付中心位置を,上記ゴムブッシュが上記各ブラケットを支持する支
持中心位置よりも,上方に位置させ(構成C)」ており,また,構成Bについては
言及がない点。
(イ)理由2における訂正発明と刊行物2に記載の発明との一致点・相違点
   (一致点)
     「車幅方向に間隔を隔てて配置され,かつ車両高さ方向に揺動可能なよ
うに前端部が車両本体に回転可能に連結されている一対のトレーリングアームと,
これら一対のトレーリングアームのそれぞれにゴムブッシュを介して取付けられた
一組のブラケットとを有し,かつこれら一組のブラケットには,車幅方向に延びる
アクスルハウジングの両端部が取付けられている,トレーリングアーム式リアサス
ペンションであって,上記各ブラケットに対する上記アクスルハウジングの端部の
取付中心位置を,上記ゴムブッシュが上記各ブラケットを支持する支持中心位置よ
りも,下方に位置させた,トレーリングアーム式リアサスペンション」である点。
   (相違点)
    ① トレーリングアームへのブラケットの取付け位置が,訂正発明は,
「一対のトレーリングアームのそれぞれの後端部」であるのに対して,刊行物2に
記載の発明では,一対のトレーリングアームのそれぞれの,どの位置にブラケット
が取付けられているか明示されていない点(相違点(A))。
    ② 訂正発明は,「上記各ブラケットに対する上記アクスルハウジングの
端部の取付中心位置を,上記ゴムブッシュが上記各ブラケットを支持する支持中心
位置よりも,下方に位置させ,車両旋回時に,車両の旋回方向と同方向に後輪を向
けることができるように構成している」のに対して,刊行物2に記載の発明では,
「上記各ブラケットに対する上記アクスルハウジングの端部の取付中心位置を,上
記ゴムブッシュが上記各ブラケットを支持する支持中心位置よりも,下方に位置さ
せている(E1)」ものの,「車両旋回時に,車両の旋回方向と同方向に後輪を向
けることができるように構成している(E2)」ことについては,言及されていな
い点(相違点(B))。
    ③ 訂正発明では,「車両の直進時における上記アクスルハウジングの両
端部の位置を,上記一対のトレーリングアームの前端部の位置と同等高さとする
(E3)」のに対し,刊行物2に記載の発明においては,「車両の直進時における
上記アクスルハウジングの両端部の位置を,上記一対のトレーリングアームの前端
部の位置よりも下方に位置させている(E4)」点(相違点(C))。
第3 原告主張の取消事由の要点
【理由2についての取消事由】
 審決は,「理由2」において,訂正発明の技術的意義の認定を誤り,刊行物
2には訂正発明に想到するについて阻害要因が存在することを看過し,後知恵によ
る論理付けをするなどの誤りを重ねることによって,訂正発明の進歩性の判断を誤
った違法がある。
1 訂正発明の技術的意義の認定の誤り
(1)訂正発明は,審決の挙げる要因1,要因2に加えて,次の要因5を発明特
定事項として備え,かつ,審決の挙げる要因3,要因4を自明的に備えることによ
り,これらの要因が一体となって,車両の旋回時に必ずアンダーステアを実現する
という技術的意義を有する。
   要因1:各ブラケットに対するアクスルハウジングの端部の取付中心位置
を,ゴムブッシュが各ブラケットを支持する支持中心位置よりも,下方に位置させ
ていること
   要因2:ゴムブッシュが各ブラケットを支持する支持中心位置が,トレーリ
ングアームの前端部の連結点の中心位置より,上方側に偏って揺動すること
   要因3:ゴムブッシュのゴムが十分な厚みを有し弾性変形することで,アク
スルハウジングの支持位置を変化させること
   要因4:要因3の前提条件として,アクスルハウジングの剛性はある程度大
きいこと
   要因5:車両の直進時におけるトレーリングアームの前端位置に対するアク
スルハウジングの位置を,上下方向に大きく離れないように設定すること
(2)訂正発明が上記の技術的意義を有することについて訂正明細書に直接的な
記載はないが,訂正発明を規定する特許請求の範囲の訂正自体が独立特許要件以外
の要件を充足することは審決も認めているものであり,かつ,訂正の結果,訂正発
明そのものの作動を示すこととなった図3から理解されるように,訂正発明におい
ては,車両の旋回時に必ずアンダーステアを実現できる。換言すれば,訂正発明で
は,車両の旋回時にオーバーステアとなることはない。
(3)このように,訂正発明は,車両の旋回時に必ずアンダーステアを実現する
ことができるという技術的意義を有するものであり,かかる技術的意義は,刊行物
1,2から予測できない格別なものである。
 しかるに,審決は,「理由2」において,訂正発明に関し,現実の車両が
アンダーステアとなるためには,要因1ないし4が必要であるとし(審決書13頁
17行~25行),要因5を考慮に入れておらず,また,「相違点(C)(原告
注:要因5に相当する。)による訂正発明の作用効果については,明細書及び図面
に記載されておらず,訂正審判請求書あるいは意見書における請求人の主張を考慮
しても,格別のものと認めることができない。」(審決書15頁2行~4行)など
としていることから明らかなように,要因1,要因2,要因5を備え,要因3,要
因4を自明的に備えて必ずアンダーステアを実現するという,訂正発明の上記技術
的意義を見誤って判断をした違法がある。
2 刊行物2の阻害要因の看過
(1)刊行物2に記載されたラバー・ブッシュ108は,サスペンションの機構
上,訂正発明のゴムブッシュと対応するものであるが,「締付けアセンブリ28の
前方及び後方ブシュ・コア104,106にあるラバー・ブシュ108を含むラバ
ー・ブシュ継手は,アクスル24に捩り応力を加える力に強力に耐えるが,しか
し,そのような力でわずかに屈して,締付けアセンブリ28の限られた大きさの関
節運動を可能ならしめる」(訳文(甲4の2)の11頁1行~5行)との記載があ
り,かつ図7にコア部材の直径に対してわずか数分の1の厚みしか有さず,軸方向
寸法に対する厚み方向の寸法の割合もわずかであることが具体的に示されているこ
とから,関節運動(ラバー・ブッシュ108が挿入される筒部の軸線とコア部材1
04の軸線とが角度を持つようにずれる動き)を許容するだけで変形代を使い果た
し,ラバー・ブッシュ108を装着する筒部とコア部材104との軸直角方向の相
対動を許容することができない構造のものである。
 仮に,刊行物2のサスペンションにおいて,ラバー・ブッシュを変更して
アンダーステアを得ようとすれば,非現実的な厚みのラバー・ブッシュを採用しな
ければならないことになるが,かかる変更は車輪の支持安定性からみて採用される
ことはない。
 したがって,このラバー・ブッシュ108は,刊行物2に開示されている
要因1と協働しても,ゴムブッシュの十分な変形が必要であり必ずアンダーステア
を実現するという訂正発明を想起する契機となり得ないものであるから,阻害要因
が存在する。
(2)刊行物2に示されたサスペンションは,アクスルハウジングの位置がトレ
ーリングアームの前端部の位置より下であり,要因5を備えていない。
 アクスルハウジングとトレーリングアームの前端部との上下位置関係が刊
行物2のようになっていると,甲5において説明されるように,明らかにオーバー
ステアとなる。なぜなら,このサスペンションのラバー・ブッシュ108は,上記
したように厚み方向の変形が期待できないから,車両の旋回時,アクスルハウジン
グはほぼ軌跡C(トレーリングアームの前端部を中心とする円弧軌跡)に沿って移
動するからである。
 このように,明らかにオーバーステアとなる刊行物2のサスペンション
は,要因1,要因2,要因5を備え,要因3,要因4を自明的に備えねばならない
訂正発明に到達するための阻害要因となる。
(3)しかるに,審決は,「理由2」において,刊行物2のラバー・ブッシュ及
び直進走行時でのアクスルハウジングがトレーリングアームの前端部より下にあっ
て旋回時オーバーステアとなることが,それぞれ訂正発明の阻害要因となることを
否定しているが(審決書15頁9行~16頁10行),刊行物2には,上記した阻
害要因が存在することが明らかであり,審決はかかる阻害要因を考慮に入れずに判
断をした違法がある。
 また,審決は,上記の阻害要因を含むにもかかわらず,刊行物2に開示さ
れた構成E1(要因1に相当)がオーバーステアを抑制し,訂正発明と同様の技術
的意義を有することが必然的に推認される旨をいうが(審決書14頁27行~31
行),上記の推認は,訂正発明を認識していて初めて可能であるから,後知恵によ
る論理付けを自認しているに等しい。
【理由1についての取消事由】
1 引用例選択の誤り
審決は,一般的な課題が共通することのみをもって,訂正発明の重要な構成
を含まない刊行物を主引例としたもので,引用例の選択を誤った違法がある。
2 進歩性判断の誤り
(1)審決は,刊行物2には,旋回時オーバーステアとなるサスペンションが開
示されているにもかかわらず,刊行物2に開示されている要因1のみを抜き出して
これを刊行物1の構成に組み合わせるのは容易であるとの論理付けをしている。
 しかし,前記のとおり,刊行物2には,要因1が開示されていても,要因
1がアンダーステア傾向を生み出す要因となることの示唆もなく,しかも,アンダ
ーステアを実現するに当たっての2つの阻害要因が存在するのであるから,上記の
ように論理付けることは,訂正発明の意義を知った上で,その構成となるように刊
行物2中の構成を選んでなしたものである。これは,後知恵であり,許されない。
(2)結局,「理由1」において審決は,前記のとおり,訂正発明が必ずアンダ
ーステアを得るために要因1ないし5を一体的に備える点を見誤り,刊行物2の記
載から,阻害要因を考慮せずに後知恵での論理付けを行うという誤りを犯し,訂正
発明の進歩性につき誤った判断をした違法がある。
第4 被告の反論の要点
 審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
【理由2についての取消事由】について
1 訂正発明の技術的意義の認定の誤りについて
 訂正発明がことさら「必ずアンダーステアを実現する」というような効果を
奏することは,訂正明細書に記載されていないし,また,訂正明細書及び図面に記
載された事項から自明であるともいえない。したがって,原告の主張は,訂正明細
書及び図面の記載に基づくものではなく,失当である。
 審決は,「理由2」の「(4)判断(相違点の検討)」の「ア」~「ウ」
(審決書12頁28行~15頁7行)において,要因1ないし5について遺漏なく
検討し,相違点(B)に係る構成については,当業者が容易に想到し得た程度のも
のであって,相違点(C)に係る構成については,設計的事項にすぎず,かつ,刊
行物1に当該構成の開示があって,その刊行物2への適用が容易であることを論証
しているものであって,要因1ないし5を一体に備えていても特段の技術的意義が
ないと判断しているのである。
2 刊行物2の阻害要因の看過について
(1)刊行物2において,ラバー・ブシュ108が捩じり力で屈することで生じ
る締付けアセンブリの関節運動が,ラバー・ブシュ108の弾性限界に至らない限
られた大きさであることは,当然の事項であって,原告の指摘する刊行物2の記載
は,ラバー・ブッシュの弾性変形の普通の態様について表したものにすぎない。そ
して,このようなラバー・ブッシュは,関節運動を可能とするとともに,ある程度
の軸直交方向のずれ動きも可能であるのが一般的である。
 さらに,刊行物2の「ラバー」の語が訂正発明の「ゴム」の語と同義であ
ることは明らかであり,訂正発明のゴムブッシュは,その弾性の程度について直接
具体的に特定されていないのであるから,この点で,訂正発明と刊行物2に記載さ
れたものの間に差異があるとはいえない。
 そして,刊行物2のラバー・ブシュの剛性がアクスルの剛性よりも相対的
に低いことは,訂正発明においてゴムブッシュの剛性がアクスルハウジングの剛性
よりも低いことと同じであって,訂正発明において両者の剛性の違いによりゴムブ
シュが変形するという点(訂正明細書段落【0006】)は,刊行物2においても
同様である。
 したがって,ラバー・ブシュの機能に関して,刊行物2に原告の主張する
ような阻害要因は存在しない。
(2)甲5の説明図は,ラバー・ブシュ108が全く軸直交方向に変形せず,ア
クスル24が大きく捩じれるという誤った前提に基づくものであるから,同図に関
する原告の主張は失当である。
 したがって,アクスルハウジングとトレーリングアーム前端部との位置関
係に関して,刊行物2に原告の主張するような阻害要因は存在しない。
【理由1についての取消事由】について
1 引用例選択の誤りについて
 一般に,主引用例の選択は論理付けを考慮して選択されるものであって,
「重要な構成」を含む引用例が結果として主引用例となる場合が多いとしても,そ
うでない引用例が主引用例となり得ないとはいえない。
 なお,審決においては,刊行物1,刊行物2は論理付けに同程度に適してい
ると考え,「理由1」においては刊行物1を,「理由2」においては刊行物2を主
引用例として選択したものである。
2 進歩性判断の誤りについて
 刊行物1には,原告のいう要因3,4が開示されており,これに加えて,要
因5を備える刊行物1記載の発明において,要因1(刊行物2に開示される)を採
用すれば要因2を備えることにもなる。そうすると,原告のいうところのアンダー
ステアとなる要因は,すべて揃うことになる。
 また,刊行物1記載の発明において,要因1を採用すればアンダーステアと
なり得ることは,刊行物1における第7図及びこれに係る説明(5頁5行~7頁6
行)から当業者ならば当然予測し得る。
 そして,前記2のとおり,刊行物2に阻害要因は存在しないから,「審決
が,訂正発明が必ずアンダーステアを得るために要因1ないし5を一体的に備える
点を見誤り,刊行物2の記載から,阻害要因を考慮せずに後知恵での論理付けを行
うという誤りを犯した」旨をいう原告の主張は,理由がない。
第5 当裁判所の判断
原告主張の【理由2についての取消事由】について検討する。
1 訂正発明の技術的意義について
 原告は,訂正発明は,要因1,要因2,要因5を発明特定事項として備え,
要因3,要因4を自明的に備えることにより,これらの要因が一体となって,車両
の旋回時に必ずアンダーステアを実現するという技術的意義を有する旨を主張す
る。
 訂正明細書(甲9,乙1)には,次の趣旨の記載がある。すなわち,図5
(甲2)に示す従来の技術(実開昭60-5906号公報に所載のもの)において
は,ブラケット3eに対するアクスルハウジング4eの取付中心位置O1は,ゴム
ブッシュ2,2がブラケット3eを支持する支持中心位置O2,O2よりも,寸法
Laだけ上方に位置しており(段落【0003】),車両7eの旋回時において
は,アクスルハウジング4eには捩じり力や曲げ力が生じることから,ゴムブッシ
ュ2,2のゴムが弾性変形し(段落【0006】),その結果,車両7eの後輪W
c,Wdが,車両7eの旋回方向とは逆向きとなるアクスルステアとなっていた
(段落【0008】)ところ,訂正発明は,ブラケットに対するアクスルハウジン
グの端部の取付位置と,ゴムブッシュがブラケットを支持する支持中心位置との高
さ関係を,従来の技術とは上下逆の関係として,従来とは逆に,車両旋回時には,
外輪側に位置するアクスルハウジングの一端部を車両前方へ移動させるように,ま
た,内輪側に位置するアクスルハウジングの他端部を車両後方へ移動させるよう
に,ゴムブッシュのゴムが変形するようにし,後輪を車両の旋回方向と同方向に向
け,アンダーステアとすることができるようにした(段落【0015】),という
のである。
 これを訂正発明(訂正明細書の請求項1。前記第2,2)に即していえば,
上記の従来技術に対して,訂正発明は,「各ブラケットに対するアクスルハウジン
グの端部の取付中心位置を,ゴムブッシュが各ブラケットを支持する支持中心位置
よりも,下方に位置させている(要因1)」という点が相違し,これにより,後輪
を車両の旋回方向と同方向に向け,アンダーステアとなるようにした旨をいうもの
と解される。
 ところで,上記請求項1においては,要因1(E1)は明示されており,
「車両の直進時における上記アクスルハウジングの両端部の位置を,上記一対のト
レーリングアームの前端部の位置と同等高さとする(E3)」ことと,要因1とが
あいまって,結果として,要因2の結果を生ずることがあると認められるものの,
要因3ないし5については,全く記載されていない。
 また,原告は,「車両の直進時における上記アクスルハウジングの両端部の
位置を,上記一対のトレーリングアームの前端部の位置と同等高さとする(E
3)」ことが要因5に対応するかのように主張するが,原告の主張する要因5自体
は,内外輪それぞれの側におけるアクスルハウジングの高さ位置の変動が大きくな
いことをいうのみであって,「車両の直進時における上記アクスルハウジングの両
端部の位置を,上記一対のトレーリングアームの前端部の位置と同等高さとする
(E3)」ことと直接対応するとはいえない。
 上記請求項1の「車両の旋回時に,車両の旋回方向と同方向に後輪を向ける
ことができるように構成している(E2)」点については,そもそも「車両の旋回
時に,車両の旋回方向と同方向に後輪を向けることができる」というのは車両旋回
時においてアンダーステアの状態となるということと同義であり,原告のいうよう
に車両旋回時に必ずアンダーステアを実現できるというのが訂正発明の作用効果で
あるというのであれば,上記請求項1におけるE2の構成の記載は,単に作用効果
を実現できる構成であることをいうのみであって,その記載自体に技術的な意味を
見いだすことはできない。そして,訂正明細書を子細に検討しても,前記のとお
り,要因1がそのような構成に関与し得ることが認められるものの,訂正発明が,
車両の旋回時に必ずアンダーステアを実現するといった説明もないし,まして,そ
のために,要因1以外の要因が必要であるとか,要因1ないし5が一体となって実
現される結果であるといったことについては,これを開示し,あるいは示唆する記
載は全く存在しない。
 上記によれば,原告の主張する訂正発明の技術的意義,すなわち,要因1な
いし5が一体となって,車両の旋回時に必ずアンダーステアを実現するということ
は,訂正明細書からこれを窺い知ることができない。訂正発明の技術的意義につい
ての原告の上記主張は,訂正明細書の記載を離れてするものであって,採用の余地
がない。
 したがって,審決に,原告が主張するような,訂正発明の技術的意義を見誤
って判断をした違法があるとはいえない。
2 刊行物2の阻害要因の看過について
(1)原告の主張は,刊行物2のラバー・ブシュ108の構造,アクスルハウジ
ングとトレーリングアームの前端部との高さ位置関係からみて,刊行物2のサスペ
ンションはオーバーステアとなるから,要因1ないし5を備えねばならない訂正発
明に想到するについての阻害要因があるというものである。
 しかしながら,前記1において説示したとおり,そもそも訂正発明につい
ては,特許請求の範囲(請求項1)において,要因1(E1)は明示されているも
のの他の要因2ないし5については記載されているものではなく,また,訂正明細
書全体をみても,車両の旋回時に必ずアンダーステアとなるために要因1以外の要
因が必要であるとか,他の要因がどのように協働してアンダーステアを実現するか
といったことは全く開示も示唆もされていないのである。したがって,要因1ない
し5を備えねばならない訂正発明に想到するについて刊行物2に阻害要因がある旨
をいう原告の主張は,訂正発明が要因1ないし5を備えることを内容としていると
いう前提自体誤っているものである上,阻害要因として挙げる要因3,要因5との
関係での刊行物2に記載の事項の内容(ラバー・ブシュ108の構造,アクスルハ
ウジングとトレーリングアームの前端部との高さ位置関係)も,要因3,要因5が
訂正発明において車両の旋回時におけるアンダーステアの実現のための要件として
規定されていない以上,そもそも阻害要因の存在を基礎付ける事項たり得ないもの
である。上記によれば,原告の上記主張は,そもそもその前提を欠くものとして理
由がないことは明らかであるから,その内容につき具体的に検討する必要もないも
のであるが,念のためにその内容を検討しても,下記のとおり採用することができ
ないものである。
ア 刊行物2の「ラバー」の語が訂正発明の「ゴム」の語と同義であること
は明らかであり,サスペンションの機構上,刊行物2に記載されたラバー・ブシュ
108は,訂正発明のゴムブッシュと対応する(このことは,原告も認めるところ
である。)。
 そして,刊行物2の,ラバー・ブシュ108の剛性がアクスルの剛性よ
りも相対的に低いことは,部材を構成する素材の性質上明らかであるから,アクス
ル24に捩じり力を加える力が働けば,変形の限度はともかくとして,まず,ラバ
ー・ブシュ108が,弾性変形可能な範囲において変形するものと認められる。こ
のことからみて,「ラバー・ブッシュ108を装着する筒部とコア部材104との
軸直角方向の相対動を許容することができない構造のものである」とする,原告の
主張は失当であり,採用できない。
 そして,刊行物2の図7(甲4の1)に示されるラバー・ブシュ108
の厚みが小さく,変形の限度が大きくないとしても,訂正発明においても,ゴムブ
ッシュの厚みや変形の限度について,格別特定するところはないのであるから,こ
の点において,両者に差異があるとはいえない。
イ 原告が,甲5により説明する内容は,「ラバー・ブッシュ108を装着
する筒部とコア部材104との軸直角方向の相対動を許容することができない構造
のものである」ことを前提とするものであるが,前記のとおり,アクスル24に捩
じり力を加える力が働けば,ラバー・ブシュ108が変形するものと認められるの
であるから,この前提自体採用できないものである。
 そして,刊行物2の図1(甲4の1)に示されるものにおいても,締付
けアセンブリ28に対するアクスル24の端部の取付中心位置は,ラバー・ブシュ
108が各アセンブリ28を支持する支持中心位置よりも下方に位置させているも
ので,訂正発明と同様にE1(すなわち要因1)を備えている(このことは原告も
認めている。)のであるから,仮に,訂正発明のように,E1の構成(すなわち要
因1)を備えていることによって,「車両の旋回時に,車両の旋回方向と同方向に
後輪を向けることができるように構成している(E2)」というのであれば(既に
述べたとおり,「車両の旋回時に,車両の旋回方向と同方向に後輪を向けることが
できる」というのは,車両旋回時においてアンダーステアの状態となるということ
と同義である。),刊行物2に記載の発明においても同様に,車両の旋回時におい
てアンダーステアの状態となるというべきである(なお,刊行物2の図1において
は,上記に加えて,トレーリングアーム16がラバー・ブシュ108を介して締付
けアセンブリ28を支持する中心位置は,トレーリングアーム16がボルト38に
連結される点の中心位置より上方であり,原告のいう要因2を備えることが認めら
れる。そうであれば,なおのこと,刊行物2の発明においても車両の旋回時におい
てアンダーステアの状態となるというべきである。)。したがって,この点から
も,刊行物2に記載の発明ではオーバーステアとなる旨をいう原告の主張は,理由
がない。
(2)上記において説示したとおり,刊行物2について阻害要因の存在をいう原
告の主張は,理由がない。
 審決は,相違点(B)として,刊行物2に記載の発明では,「上記各ブラ
ケットに対する上記アクスルハウジングの端部の取付中心位置を,上記ゴムブッシ
ュが上記各ブラケットを支持する支持中心位置よりも,下方に位置させている(E
1)」ものの,「車両旋回時に,車両の旋回方向と同方向に後輪を向けることがで
きるように構成している(E2)」ことについては言及されていない点を挙げる
(審決書12頁15行~21行)。
 ここで,訂正発明の請求項1の「E2」の記載は,訂正発明を機能的に特
定するものであって,具体的な構成を特定するものとは認められない。そこで,そ
のように機能するための具体的な構成について訂正明細書をみるに,前記1におい
て説示したとおり,要因1(すなわち「E1」の構成)がこれに関与し得るもので
あることは認められるものの,それ以外の要因が必要であるとか,要因1ないし5
が一体となって,車両の旋回時,必ずアンダーステアを実現するといったことにつ
いて開示し,あるいは示唆する記載は全く存在しない。
 そうすると,訂正明細書の記載に基づけば,訂正発明における前記「E
2」の記載は,「E1」の構成とした場合にもたらされる機能を表現した以上のも
のと理解することはできない。仮に,E1の構成としただけで直ちにE2の結果を
得られないものであるとしても,自動車のステアリングの設計において安全面等か
らアンダーステアとすることが技術常識(審決書13頁36行~14頁3行にいう
「技術常識2」。自動車工学全書編集委員会編「自動車工学全書11 ステアリン
グ,サスペンション」(株式会社山海堂昭和55年8月20日初版発行。甲8)3
0頁~31頁)であること,そして訂正明細書にはこれを実現するための具体的構
成が特定されていないことを考慮すれば,訂正発明におけるE2の記載は,アンダ
ーステアを実現するために当業者が技術常識に照らしてとり得る自明の技術事項を
いうものと理解するほかはない。
 そうであれば,刊行物2に記載の発明においても,当業者が技術常識に鑑
み「E2」の構成とすることに何ら困難はないというべきである。
 さらに,相違点(C)に係る「車両の直進時における上記アクスルハウジ
ングの両端部の位置を,上記一対のトレーリングアームの前端部の位置と同等高さ
とする(E3)」との構成について検討するに,当該構成は,本件訂正において請
求項1に追加された記載であるところ,訂正明細書全体を子細に検討してみても,
訂正発明において,当該構成を採用したことにより格別の技術的意義が生じるもの
とは認められない(原告は,当該記載の追加が,特許法126条3項,4項の要件
を充足するものとして本件訂正審判を請求しているものであるから(訂正審判請求
書(甲9)3頁~4頁),上記のように解すべきことは明らかである。すなわち,
訂正前の明細書(甲2)には何らかの技術的意義を伴うものとして当該構成を開示
する記載は一切存在しないから,仮に当該構成が訂正明細書における他の構成とあ
いまって何らかの技術的意義を有するのであれば,本件訂正は,いわゆる新規事項
の追加に当たり,かつ,実質上特許請求の範囲を変更するものとして,許されない
はずである。)。また,仮に,訂正発明が上記構成を採用することにより,他の構
成とあいまって結果として要因2を備えることになったとしても,前記2において
検討したとおり,刊行物2に記載の発明においても要因2を備えているものである
から,刊行物2に記載の発明との間で差異が生じるものでもない。さらに,当該構
成が刊行物1に開示されている(甲3の第2図~第4図)ことからみても,これを
設計的な事項にすぎないとする審決の判断は是認し得るものである。
(3)以上のとおり,審決に,刊行物2における阻害要因の存在を看過した誤り
はなく,訂正発明の進歩性を否定した審決の理由2の判断に誤りはない。
3 結論
   以上検討したところによれば,原告主張の【理由2についての取消事由】は
理由がなく,訂正発明は,特許法29条2項の規定に該当し,特許出願の際独立し
て特許を受けられないものである。したがって,【理由1についての取消事由】に
ついて検討するまでもなく,審決の結論は正当であり,その他,審決に,これを取
り消すべき誤りは見当たらない。
 よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政
事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
  知的財産高等裁判所第3部
      裁判長裁判官   佐  藤  久  夫
         裁判官    三  村  量  一
 裁判官    古  閑  裕  二

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