弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
原決定を破棄し,原々決定に対する相手方らの抗告を棄
却する。
当審における抗告費用は相手方らの負担とする。
理由
抗告代理人都築政則ほかの抗告理由について
1本件は,日本人夫婦である相手方らが,相手方Xの精子と同Xの卵子を用12
いた生殖補助医療により米国ネバダ州在住の米国人女性が懐胎し出産した双子の子
ら(以下「本件子ら」という。)について,抗告人に対し,相手方らを父母とする
嫡出子としての出生届(以下「本件出生届」という。)を提出したところ,抗告人
は,相手方Xによる分娩(出産)の事実が認められず,相手方らと本件子らとの2
間に嫡出親子関係が認められないことを理由として本件出生届を受理しない旨の処
分をし,これに対し,相手方らが,戸籍法118条に基づき,本件出生届の受理を
命ずることを申し立てた事案である(以下,この申立てを「本件申立て」とい
う。)。
2記録によれば,本件の経緯の概要は,次のとおりである。
(1)相手方Xと同Xは,平成6年▲月▲日に婚姻した夫婦である。12
(2)相手方Xは,平成12年▲月▲日,子宮頸部がんの治療のため,子宮摘出2
及び骨盤内リンパ節剥離手術を受けた。この際,相手方Xは,将来自己の卵子を2
用いた生殖補助医療により他の女性に子を懐胎し出産してもらう,いわゆる代理出
産の方法により相手方らの遺伝子を受け継ぐ子を得ることも考え,手術後の放射線
療法による損傷を避けるため,自己の卵巣を骨盤の外に移して温存した。
相手方らは,平成14年に,米国在住の夫婦との間で代理出産契約を締結し,同
国の病院において2度にわたり代理出産を試みたが,いずれも成功しなかった。
(3)相手方らは,平成15年に米国ネバダ州在住の女性A(以下「A」とい
う。)による代理出産を試みることとなり,Cセンターにおいて,同年▲月▲日,
相手方Xの卵巣から採取した卵子に,相手方Xの精子を人工的に受精させ,同年21
▲月▲日,その中から2個の受精卵を,Aの子宮に移植した。
同年5月6日,相手方らは,A及びその夫であるB夫妻(以下「AB夫妻」とい
う。)との間で,Aは,相手方らが指定しAが承認した医師が行う処置を通じて,
相手方らから提供された受精卵を自己の子宮内に受け入れ,受精卵移植が成功した
際には出産まで子供を妊娠すること,生まれた子については相手方らが法律上の父
母であり,AB夫妻は,子に関する保護権や訪問権等いかなる法的権利又は責任も
有しないことなどを内容とする有償の代理出産契約(以下「本件代理出産契約」と
いう。)を締結した。
(4)同年11月▲日,Aは,ネバダ州a市Dセンターにおいて,双子の子であ
る本件子らを出産した。
(5)ネバダ州修正法126章45条は,婚姻関係にある夫婦は代理出産契約を
締結することができ,この契約には,親子関係に関する規定,事情が変更した場合
の子の監護権の帰属に関する規定,当事者それぞれの責任と義務に関する規定が含
まれていなければならないこと(1項),同要件を満たす代理出産契約において親
と定められた者は法的にあらゆる点で実親として取り扱われること(2項),契約
書に明記されている子の出産に関連した医療費及び生活費以外の金員等を代理出産
する女性に支払うこと又はその申出をすることは違法であること(3項)を規定し
ており,同章には,親子関係確定のための裁判手続に関する諸規定が置かれてい
る。
同章161条は,親子関係確定の裁判は,あらゆる局面において決定的なもので
あること(1項),親子関係確定の裁判が従前の出生証明書の内容と異なるとき
は,新たな出生証明書の作成を命ずべきこと(2項)を規定している。
(6)相手方らは,同年11月下旬,ネバダ州ワショー郡管轄ネバダ州第二司法
地方裁判所家事部(以下「ネバダ州裁判所」という。)に対し親子関係確定の申立
てをした。同裁判所は,相手方ら及びAB夫妻が親子関係確定の申立書に記載され
ている事項を真実であると認めていること及びAB夫妻が本件子らを相手方らの子
として確定することを望んでいることを確認し,本件代理出産契約を含む関係書類
を精査した後,同年12月1日,相手方らが2004年(平成16年)1月あるい
はそのころAから生まれる子ら(本件子ら)の血縁上及び法律上の実父母であるこ
とを確認するとともに(主文1項),子らが出生する病院及び出生証明書を作成す
る責任を有する関係機関に,相手方らを子らの父母とする出生証明書を準備し発行
することを命じ(主文2項),関係する州及び地域の登記官に,法律に準拠し上記
にのっとった出生証明書を受理し,記録保管することを命ずる(主文3項)内容の
「出生証明書及びその他の記録に対する申立人らの氏名の記録についての取決め及
び命令」を出した(以下「本件裁判」という。)。
(7)相手方らは,本件子らの出生後直ちに養育を開始した。ネバダ州は,平成
15年12月31日付けで,本件子らについて,相手方Xを父,相手方Xを母と12
記載した出生証明書を発行した。
(8)相手方らは,平成16年1月,本件子らを連れて日本に帰国し,同月22
日,抗告人に対し,本件子らについて,相手方Xを父,相手方Xを母と記載した12
嫡出子としての出生届(本件出生届)を提出した。
抗告人は,相手方らに対し,同年5月28日,相手方Xによる出産の事実が認2
められず,相手方らと本件子らとの間に嫡出親子関係が認められないことを理由と
して,本件出生届を受理しない旨の処分をしたことを通知した。
3原々審は,本件申立てを却下したが,原審は,要旨次のとおり説示して,原
々決定を取り消し,本件出生届の受理を命じた。
(1)民訴法118条所定の外国裁判所の確定判決とは,外国の裁判所が,その
裁判の名称,手続,形式のいかんを問わず,私法上の法律関係について当事者双方
の手続的保障の下に終局的にした裁判をいうものと解される(最高裁平成6年
(オ)第1838号同10年4月28日第三小法廷判決・民集52巻3号853
頁)。ネバダ州裁判所による相手方らを法律上の実父母と確認する旨の本件裁判
は,親子関係の確定を内容とし,我が国の裁判類型としては,人事訴訟の判決又は
家事審判法23条の審判に類似するものであり,外国裁判所の確定判決に該当す
る。
(2)民訴法118条3号の要件について
本件裁判が民訴法118条による効力を有しないとすると,相手方らと本件子ら
との嫡出親子関係については,相手方らの本国法である日本法が準拠法となるとこ
ろ,我が国の民法の解釈上,法律上の母子関係については子を出産した女性が母で
あると解されるから,相手方らは法律上の親ではないことになる。一方,本件子ら
とAB夫妻との親子関係については,AB夫妻の本国法であるネバダ州修正法が準
拠法となるところ,同法上,本件代理出産契約は有効とされ,相手方らが法律上の
親であって,AB夫妻は本件子らの法律上の親ではないことになる。本件子らは,
このような両国の法制度のはざまに立たされて,法律上の親のない状態を甘受しな
ければならないこととなる。
民訴法118条3号所定の「判決の内容が日本における公の秩序又は善良の風俗
に反しないこと」とは,外国裁判所の判決の効力を我が国で認め,法秩序に組み込
むことにより我が国の公序良俗(渉外性を考慮してもなお譲ることのできない我が
国の基本的価値,秩序)に混乱をもたらすことがないことを意味するが,これを判
断するについては,上記の状況を踏まえ,本件事案につき,個別的かつ具体的内容
に即した検討をした上で,本件裁判の効力を承認することが実質的に公序良俗に反
するかどうかを判断すべきであるところ,以下のとおり,本件裁判の効力を承認す
ることは実質的に公序良俗に反しないというべきである。
ア我が国の民法等の法制度は,生殖補助医療技術が存在せず,自然懐胎のみの
時代に制定されたものであるが,法制定当時に想定されていなかったことをもっ
て,人為的な操作による懐胎又は出生のすべてが,我が国の法秩序の中に受け入れ
られないとする理由にはならず,民法上,代理出産契約に基づいて親子関係が確定
されることはないとしても,外国でされた人為的な操作による懐胎又は出生に関
し,外国の裁判所がした親子関係確定の裁判については,厳格な要件を踏まえた上
で受け入れる余地はある。
イ本件子らは,相手方Xの卵子と相手方Xの精子により出生した子らであ21
り,相手方らと本件子らとは血縁関係を有する。
ウ本件代理出産契約に至ったのは,相手方Xの子宮頸部がんによる子宮摘出2
手術等の結果,自ら懐胎により子を得ることが不可能となったため,相手方らの遺
伝子を受け継ぐ子を得るためには,その方法以外はなかったことによる。
エ他方,Aが代理出産を申し出たのは,ボランティア精神に基づくものであ
り,その動機・目的において不当な要素をうかがうことができず,本件代理出産契
約は相手方らがAに手数料を支払う有償契約であるが,その手数料は,Aによって
提供された働き及びこれに関する経費に関する最低限の支払(ネバダ州修正法にお
いて認められているもの)であり,子の対価ではない。契約の内容についても,妊
娠及び出産のいかなる場面においても,Aの生命及び身体の安全を最優先とし,A
が胎児を中絶する権利及び中絶しない権利を有しこれに反する何らの約束も強制力
を持たないこととされ,Aの尊厳を侵害する要素を見いだすことはできない。
オ本件では,AB夫妻は,本件子らと親子関係にあることもこれを養育するこ
とも望んでおらず,他方,相手方らは,本件子らを出生直後から養育し,今後も実
子として養育することを強く望んでいるのであって,本件子らにとって,相手方ら
を法律的な親と認めることがその福祉を害するおそれはなく,むしろ,相手方らに
養育されることがもっともその福祉にかなう。
カ厚生科学審議会生殖補助医療部会は,代理出産を一般的に禁止する結論を示
しているが,本件代理出産は,その禁止の理由として挙げられている子らの福祉の
優先,人を専ら生殖の手段として扱うことの禁止,安全性,優生思想の排除,商業
主義の排除,人間の尊厳の6原則に反することはない。現在,我が国では代理出産
契約について明らかにこれを禁止する規定は存せず,我が国では代理出産を否定す
るだけの社会通念が確立されているとまではいえない。
キ法制審議会生殖補助医療関連親子法制部会における議論では,外国で代理出
産が行われ,依頼者の夫婦が実親となる決定がされた場合,代理出産契約は我が国
の公序良俗に反し,その決定の効力は我が国では認められないとする点に異論がな
かったが,本件裁判は,本件代理出産契約のみに依拠して親子関係を確定したので
はなく,本件子らが相手方らと血縁上の親子関係にあるとの事実及びAB夫妻も本
件子らを相手方らの子と確定することを望んでおり関係者の間に本件子らの親子関
係について争いがないことも参酌して,本件子らを相手方らの子と確定したのであ
り,本件裁判が公序良俗に反するものではない。
ク本件のような生命倫理に関する問題につき,我が国の民法の解釈では相手方
らが本件子らの法律上の親とされないにもかかわらず,外国の裁判の効力を承認す
る結果として,我が国において相手方らを本件子らの法律上の親とすることに違和
感があることは否定できない。しかしながら,身分関係に関する外国裁判の承認に
ついては,多くの下級審裁判例や戸籍実務(昭和51年1月14日民二第280号
法務省民事局長通達参照)においては,身分関係に関する外国の裁判についても,
準拠法上の要件は満たす必要はなく,民訴法118条に定める要件が満たされれ
ば,これを承認するものとされており,この考え方は国際的な裁判秩序の安定に寄
与するものであって,本件事案においてのみこれに従わない理由は見いだせない。
(3)よって,本件裁判は民訴法118条の適用ないし類推適用により効力を有
し,本件子らは相手方らの嫡出子ということになるから,本件出生届は受理される
べきである。
4しかしながら,原審の上記判断のうち(2)及び(3)は是認することができな
い。その理由は,次のとおりである。
(1)外国裁判所の判決が民訴法118条により我が国においてその効力を認め
られるためには,判決の内容が我が国における公の秩序又は善良の風俗に反しない
ことが要件とされているところ,外国裁判所の判決が我が国の採用していない制度
に基づく内容を含むからといって,その一事をもって直ちに上記の要件を満たさな
いということはできないが,それが我が国の法秩序の基本原則ないし基本理念と相
いれないものと認められる場合には,その外国判決は,同法条にいう公の秩序に反
するというべきである(最高裁平成5年(オ)第1762号同9年7月11日第二
小法廷判決・民集51巻6号2573頁参照)。
実親子関係は,身分関係の中でも最も基本的なものであり,様々な社会生活上の
関係における基礎となるものであって,単に私人間の問題にとどまらず,公益に深
くかかわる事柄であり,子の福祉にも重大な影響を及ぼすものであるから,どのよ
うな者の間に実親子関係の成立を認めるかは,その国における身分法秩序の根幹を
なす基本原則ないし基本理念にかかわるものであり,実親子関係を定める基準は一
義的に明確なものでなければならず,かつ,実親子関係の存否はその基準によって
一律に決せられるべきものである。したがって,我が国の身分法秩序を定めた民法
は,同法に定める場合に限って実親子関係を認め,それ以外の場合は実親子関係の
成立を認めない趣旨であると解すべきである。以上からすれば,民法が実親子関係
を認めていない者の間にその成立を認める内容の外国裁判所の裁判は,我が国の法
秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものであり,民訴法118条3号にい
う公の秩序に反するといわなければならない。このことは,立法政策としては現行
民法の定める場合以外にも実親子関係の成立を認める余地があるとしても変わるも
のではない。
(2)我が国の民法上,母とその嫡出子との間の母子関係の成立について直接明
記した規定はないが,民法は,懐胎し出産した女性が出生した子の母であり,母子
関係は懐胎,出産という客観的な事実により当然に成立することを前提とした規定
を設けている(民法772条1項参照)。また,母とその非嫡出子との間の母子関
係についても,同様に,母子関係は出産という客観的な事実により当然に成立する
と解されてきた(最高裁昭和35年(オ)第1189号同37年4月27日第二小
法廷判決・民集16巻7号1247頁参照)。
民法の実親子に関する現行法制は,血縁上の親子関係を基礎に置くものである
が,民法が,出産という事実により当然に法的な母子関係が成立するものとしてい
るのは,その制定当時においては懐胎し出産した女性は遺伝的にも例外なく出生し
た子とのつながりがあるという事情が存在し,その上で出産という客観的かつ外形
上明らかな事実をとらえて母子関係の成立を認めることにしたものであり,かつ,
出産と同時に出生した子と子を出産した女性との間に母子関係を早期に一義的に確
定させることが子の福祉にかなうということもその理由となっていたものと解され
る。
民法の母子関係の成立に関する定めや上記判例は,民法の制定時期や判決の言渡
しの時期からみると,女性が自らの卵子により懐胎し出産することが当然の前提と
なっていることが明らかであるが,現在では,生殖補助医療技術を用いた人工生殖
は,自然生殖の過程の一部を代替するものにとどまらず,およそ自然生殖では不可
能な懐胎も可能にするまでになっており,女性が自己以外の女性の卵子を用いた生
殖補助医療により子を懐胎し出産することも可能になっている。そこで,子を懐胎
し出産した女性とその子に係る卵子を提供した女性とが異なる場合についても,現
行民法の解釈として,出生した子とその子を懐胎し出産した女性との間に出産によ
り当然に母子関係が成立することとなるのかが問題となる。この点について検討す
ると,民法には,出生した子を懐胎,出産していない女性をもってその子の母とす
べき趣旨をうかがわせる規定は見当たらず,このような場合における法律関係を定
める規定がないことは,同法制定当時そのような事態が想定されなかったことによ
るものではあるが,前記のとおり実親子関係が公益及び子の福祉に深くかかわるも
のであり,一義的に明確な基準によって一律に決せられるべきであることにかんが
みると,現行民法の解釈としては,出生した子を懐胎し出産した女性をその子の母
と解さざるを得ず,その子を懐胎,出産していない女性との間には,その女性が卵
子を提供した場合であっても,母子関係の成立を認めることはできない。
もっとも,女性が自己の卵子により遺伝的なつながりのある子を持ちたいという
強い気持ちから,本件のように自己以外の女性に自己の卵子を用いた生殖補助医療
により子を懐胎し出産することを依頼し,これにより子が出生する,いわゆる代理
出産が行われていることは公知の事実になっているといえる。このように,現実に
代理出産という民法の想定していない事態が生じており,今後もそのような事態が
引き続き生じ得ることが予想される以上,代理出産については法制度としてどう取
り扱うかが改めて検討されるべき状況にある。この問題に関しては,医学的な観点
からの問題,関係者間に生ずることが予想される問題,生まれてくる子の福祉など
の諸問題につき,遺伝的なつながりのある子を持ちたいとする真しな希望及び他の
女性に出産を依頼することについての社会一般の倫理的感情を踏まえて,医療法
制,親子法制の両面にわたる検討が必要になると考えられ,立法による速やかな対
応が強く望まれるところである。
(3)以上によれば,本件裁判は,我が国における身分法秩序を定めた民法が実
親子関係の成立を認めていない者の間にその成立を認める内容のものであって,現
在の我が国の身分法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれないものといわざるを
得ず,民訴法118条3号にいう公の秩序に反することになるので,我が国におい
てその効力を有しないものといわなければならない。
そして,相手方らと本件子らとの間の嫡出親子関係の成立については,相手方ら
の本国法である日本法が準拠法となるところ(法の適用に関する通則法28条1
項),日本民法の解釈上,相手方Xと本件子らとの間には母子関係は認められ2
ず,相手方らと本件子らとの間に嫡出親子関係があるとはいえない。
(4)原審の前記判断には,裁判に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があ
り,原決定は破棄を免れない。論旨は理由がある。そして,相手方らの申立てを却
下した原々決定は正当であるから,これに対する相手方らの抗告を棄却することと
する。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官津野
修,同古田佑紀の補足意見,裁判官今井功の補足意見がある。
裁判官津野修,同古田佑紀の補足意見は,次のとおりである。
本件において,Aを代理母として出生した本件子らに対し相手方夫妻が親として
の愛情を注ぎその養育に当たっていることについては,疑問の余地はない。
しかしながら,本件に関する民法等の解釈をするに当たっては,本件のみにとど
まらず,卵子を提供した女性と懐胎,出産した女性とが異なる場合の親子関係すべ
てに共通する問題として考察する必要がある。
母子関係は人の最も基本的な関係の一つであるとともに,子にとっては自らのア
イデンティティにかかわる根源的な問題であるが,現行民法上,このような場合に
おける出生した子と懐胎,出産した女性及び卵子を提供した女性との間の法的な関
係については,何ら特別の規定が置かれていない。
代理出産が行われている国においては,代理出産した女性が自ら懐胎,出産した
子に対して母親としての愛情を抱き,その引渡しを拒絶したり,反対に依頼者が引
取りを拒絶するなど,様々な問題が発生しているという現実もあるところ,このよ
うな問題が発生した場合,懐胎,出産した女性,卵子を提供した女性及び子との間
の関係が法律上明確に定められていなければ,子の地位が不安定になり,また,関
係者の間の紛争を招くことともなって,子の福祉を著しく害することとなるおそれ
がある。
また,代理出産を一定の場合に認めるとするのであれば,出生する子の福祉や親
子関係の公益性,代理出産する女性の保護などの観点から,代理出産契約が有効と
認められるための明確な要件が定められる必要がある。さらに,その要件を満たし
ていることが代理出産を依頼した女性との実親子関係を認めるための要件となると
すれば,実親子関係の有無の判断が個別の事案ごとにされる代理出産契約の有効性
についての判断に左右されることになり,実親子関係を不安定にすることになるば
かりでなく,客観的には同様の経過を経て出生する子の間で,ある者は実子と認め
られ,ある者は実子と認められないという結果を生ずることも考慮しなければなら
ない。
そうすると,本件のように,代理出産によらなければ自己の卵子による遺伝的な
つながりのある子を持つことができないという特別の事情については十分理解でき
るし,また,生まれてきた子の福祉は極めて重要であり,十分に考慮されなければ
ならないところではあるが,代理出産に伴って生じ得る様々な問題について何ら法
制度が整備されていない状況の下では,子を懐胎,出産し,新しい生命を現に誕生
させた女性を母とする原則を変更して,卵子を提供した女性を母とすることにはち
ゅうちょを感じざるを得ない。
生殖補助医療の発達によって今後も同様の問題が生ずることが予想されることか
ら,代理出産やそれに伴う親子関係等の問題については,法廷意見の指摘する様々
な問題点について検討をした上,早急に立法による対応がなされることを強く望み
たい。
諸外国の事情をみても,米国の一部の州やイギリスでは代理出産が認められてい
るが,その中でも,出産した女性を母とした上で,依頼した夫婦を親とする措置を
出生後にとることとしているものと,出生時から依頼した者を親とするものとがあ
り,また,代理出産契約を有効とする要件についても所によって異なる。一方,ド
イツ,フランスや米国の一部の州などにおいては,代理出産がおよそ禁止されてい
るとともに,代理出産による子があった場合でも出産した女性を母とすることとさ
れているが,その子と依頼者との間で養子縁組を認めるものと養子縁組も認めない
ものとがあるなど,代理出産に関しては,それぞれの国の国情を踏まえ,多様に法
制が分かれている。このことは,代理出産に関しては,様々な面において考え方が
多様に分かれるものであることを示しているといえ,立法による対応が強く望まれ
るゆえんである。
なお,本件において,相手方らが本件子らを自らの子として養育したいという希
望は尊重されるべきであり,そのためには法的に親子関係が成立することが重要な
ところ,現行法においても,Aらが,自らが親として養育する意思がなく,相手方
らを親とすることに同意する旨を,外国の裁判所ではあっても裁判所に対し明確に
表明しているなどの事情を考慮すれば,特別養子縁組を成立させる余地は十分にあ
ると考える。
裁判官今井功の補足意見は,次のとおりである。
私は,相手方らと本件子らとの間に嫡出親子関係が成立しないとの法廷意見に賛
成するものであるが,本件のような民法の想定しない事態についての親子関係に関
する問題の解決について,私の考えを述べておきたい。
本件で直接問われているのは,相手方らと本件子らとの間に実親子関係を認めた
外国の裁判が我が国において効力を有するかという問題であるが,法廷意見のとお
り,親子関係のように我が国の身分法秩序の根幹をなす基本原則ないし基本理念に
関する事柄については,我が民法の解釈として容認されない内容の外国の裁判は,
民訴法118条3号の公序良俗に反するものとして,我が国においてその効力を認
められないのであるから,結局は,我が民法において代理出産により出生した子の
母子関係はどのように解釈すべきかという問題に帰着することになる。
医学の進歩は著しく,生殖補助医療の分野においても,様々な新しい技術が開発
され,実施されている。これらの技術の進歩により,これまで子を持つことができ
なかった夫婦や男女が子を持つことが可能になったが,これに伴い,従来では想定
されなかった様々な法律問題が生じている。精子提供者が死亡した後に実施された
凍結精子を用いた体外受精による精子提供者と子との間の父子関係の成否の問題が
その一つであり(最高裁平成16年(受)第1748号同18年9月4日第二小法
廷判決・民集60巻7号2563頁),本件の代理出産の問題もその一つである。
このような技術の進歩に伴って生ずる身分法上の問題については,民法の制定当時
には,想定されていなかったのであるから,それに関し民法が規定を設けていない
ことはいうまでもない。この場合に,民法が規定を設けていないからといって,そ
のことだけで直ちにこれを否定することは相当ではない。問題となった法律関係の
内容に照らし,現行法の解釈として認められるものについては,身分関係を認める
ことは裁判所のなすべき責務である。
しかし,身分関係,中でも実親子関係の成否は,法廷意見の述べるように,社会
生活上の関係の基礎となるものであって,身分法秩序の根幹をなす基本原則ないし
基本理念にかかわる問題である。具体的な事案の中で,関係当事者の権利利益を保
護すべきか否かという側面からの考察のみではなく,そのような関係を法的に認め
ることが,我が国の身分法秩序等にどのような影響を及ぼすかについての考察をし
なければならない。
本件においては,相手方らは本件子らと血縁関係を有すること,相手方らの遺伝
子を受け継ぐ子を得るためには他の方法がなかったこと,本件代理出産契約はその
動機目的において不当な要素をうかがうことができず,その内容においても代理出
産した女性の尊厳を侵害する要素を見出すことはできないこと,代理出産した女性
及びその夫は本件子らを自らの子とすることは望まず,相手方らは本件子らを実子
として養育することを強く望んでいること等原審の認定する事実関係によれば,本
件子らの福祉という点から考えれば,あるいは,本件子らと相手方らとの間の法的
な実親子関係を認めることがその福祉にかなうということができるかもしれない。
しかし,ことは,それほど単純ではない。本件のような場合に実親子関係を法的に
認めることの我が国の身分法秩序等に及ぼす影響をも視野に入れた考察をしなけれ
ばならない。代理出産に関しては,生命倫理や医療の倫理として許容されるか,許
容されるとしてもどのような条件が必要かについて多様な意見があり,また,出生
した子やその子を懐胎出産した女性,卵子を提供した女性その他の関係者の間の法
律関係をどのように規整するかについても,議論のあり得るところである。本件に
おいて,現行法の解釈として相手方らと本件子らとの間の実親子関係を法的に認め
ることは,現段階においては,医学界においても,その実施の当否について議論が
あり,否定的な意見も多い代理出産を結果的に追認することになるほか,関係者の
間に未解決の法律問題を残すことになり,そのような結果を招来することには,大
いに疑問がある。
この問題の解決のためには,医療法制,親子法制の面から多角的な観点にわたる
検討を踏まえた法の整備が必要である。すなわち,医療法制上,代理出産が是認さ
れるのか,是認されるとすればどのような条件が満たされる必要があるのか,とい
う問題について検討が必要であり,親子法制の面では,医療法制面の検討を前提と
した上,出生した子,その子を懐胎し出産した女性,卵子を提供した女性,これら
の女性の配偶者等の関係者間の法律関係をどのように規整するかについて,十分な
検討が行われ,これを踏まえた法整備が必要である。この問題に関係する者の正当
な権利利益の保護,子の福祉といった問題もこのような法制度の整備により初め
て,公平公正に解決されるということができる。
関係者が多く,多様な関係者の間に様々な意見が存在することから,妥当な合意
を得ることは,必ずしも容易ではないとは考えるが,困難であるからといって,こ
れを放置することは,既成事実が積み重ねられる結果となり,出生してくる子の福
祉にとっても決して良い結果をもたらさないことは明らかである。医学の進歩がも
たらす恩恵を多くの者が安心して享受できるようにするためにも,できるだけ早
く,社会的な合意に向けた努力をし,これに基づいた立法がされることが望まれる
ゆえんである。
なお,本件子らと相手方らとの間に特別養子縁組を成立させる余地は十分にある
とする点においては,津野修裁判官,古田佑紀裁判官の補足意見のとおりと考え
る。
(裁判長裁判官古田佑紀裁判官津野修裁判官今井功裁判官
中川了滋)

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弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
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「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
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弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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