弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を大阪高等裁判所に差戻す。
         理    由
 被告人及び弁護人関屋延之助の各上告趣意は別紙記載のとおりである。
 弁護人関屋延之助の上告趣意第一の一、二は、その実質において刑訴四一一条に
該当する事由のあることを主張するに帰し、適法な上告理由にあたらない。
 しかし、職権を以つて調査するに、本件は強盗殺人の罪により第一審判決が被告
人を無期懲役に処したのに対し、検察官及び被告人の双方から量刑不当を理由とし
て控訴の申立がなされ、原審は審理の結果被告人の論旨は採用し難いが、検察官の
論旨は理由があるとして、第一審判決を破棄し、被告人を死刑に処した事案である。
 ところで、控訴裁判所は控訴趣意書に包含された事項はこれを調査しなければな
らないのであり(刑訴三九二条一項)、公判期日には検察官及び弁護人は控訴趣意
書に基いて弁論をしなければならないのである(同三八九条)。つまり、控訴趣意
及び同趣意書に基く弁論は控訴審における審理の中心をなすものであり、当事者に
とつて最も重要な訴訟行為である。従つて、検察官から控訴趣意書が差し出された
ときは、被告人としてはその謄本の送達を受け、直ちに弁護人と連絡をとつて右趣
意書を仔細に検討し、あるいは答弁書を提出するなど(刑訴規則二四三条)、予め
公判期日における弁論を準備し、その防禦に万遺漏なきを期することができなけれ
ばならない。然るにかように被告人の防禦に重大な影響を及ぼす検察官の控訴趣意
書の内容を、その謄本の不送達のため、被告人が公判期日までこれを知らなかつた
とすれば、被告人がその防禦を尽すことのできないのはいうまでもないことである。
されば、刑訴規則二四二条は「控訴裁判所は、控訴趣意書を受け取つたときは、速
やかにその謄本を相手方に送達しなければならない」と規定し、訴訟当事者の双方
をして、相互に攻撃防禦の方法を尽さしめ、裁判の公正を期している訳である。と
ころが、記録を調べて見ると被告人の控訴趣意書の謄本が相手方である検察官に送
達されたことは明かであるが、検察官の控訴趣意書の謄本が被告人に送達された証
跡はなく、かかる事実はこれを認めることができない。しかも、検察官の右控訴趣
意は量刑に関する諸事情を挙げて第一審判決の言渡した無期懲役刑は軽きにすぎ、
死刑を相当とするというのであるから、被告人にとつて事は極めて重大である(原
判決は右控訴趣意を理由ありとして死刑を言渡したことは前記のとおりである)。
かかる案件において、被告人が公判期日に初めて検察官の控訴趣意を聞かされたと
して、果してこれに対して十分な防衛措置を講ずることができるであらうか。
 なお、本件においては、被告人には原審において頭初から弁護人がなかつたので
あるが、原審はそのまま控訴趣意書差出最終日を経過した後の昭和二五年五月二六
日即ち控訴趣意書に基く弁論の行われた第一回公判期日の僅か七日前に至り、漸く
国選弁護人を選任しているのであり、他方において被告人は第一審判決後引続き京
都刑務所に拘禁されていたのであつて、原審裁判所の所在地の監獄たる大阪拘置所
に移監されたのは右第一回公判期日の前日に外ならない。そして、その間被告人が
右公判期日について適式の召喚を受けた事跡は記録上認められず、従つてまた、同
公判期日前に前記国選弁護人と面接して、検察官の控訴趣意の内容を知り、これに
対して予め防禦の準備打合をする適当な機会が与えられたとは到底推認することが
できない。
 要するに、本件被告人は原審においてその最初の弁論期日まで検察官の控訴趣意
の内容を全然知らされず、またこれを知り且これに対し弁論の準備をする適当な機
会を与えられなかつたものと断ぜざるを得ない。これは全く公正を欠く措置であり、
被告人の弁護権をその最も重要な時期において実質的に侵害したものであることは
いうまでもないところである。そして、前記の如き控訴審の性格構造及び本件事案
の内容その他諸般の事情を考慮すると、右の違法は判決に影響を及ぼすべきもので
あるばかりでなく、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認めざるを得
ない。
 よつて、同弁護人の爾余の論旨及び被告人の上告趣意に対する判断を省略し、刑
訴四一一条一号、四一三条に則り、裁判官全員一致の意見をもつて主文のとおり判
決する。
 検察官 岡琢郎出席
  昭和二八年七月一〇日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    栗   山       茂
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    谷   村   唯 一 郎

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