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平成25年12月13日判決言渡
平成24年(行コ)第170号生活保護費返還処分取消請求控訴事件
主文
1原判決を取り消す。
2尼崎市福祉事務所長が平成20年9月17日付けで控訴人に対して行った
生活保護費返還決定処分を取り消す。
3訴訟費用は第1,2審を通じて,被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文同旨
第2事案の概要
1本件は,生活保護の被保護者である控訴人が,平成18年12月1日に障害
基礎年金の支給事由が発生したとして平成19年1月分から平成20年1月分
までの障害基礎年金の遡及分の支給を同年3月13日に受けることとなったこ
とに対し,尼崎市福祉事務所長(以下「福祉事務所長」といい,同事務所を
「福祉事務所」という。)が,生活保護法63条(同法を以下「法」とい
う。)を適用して,遡って支給された障害基礎年金97万2059円(以下
「本件遡及支給分」という。)に相当する支給済みの保護費相当額全額の返還
を命じる同年9月17日付け処分(以下「本件処分」という。)を行ったとこ
ろ,控訴人が,①本件処分には法63条の解釈適用を誤った違法があること,
②本件については,生活保護支給の経緯にいわゆる水際作戦による保護申請権
の侵害があるなどの経緯があり,これを考慮しないで「保護の実施機関の定め
る額」(以下「返還額」ともいう。)を決定した点等に福祉事務所長の裁量権
を逸脱・濫用した違法があること,③返還額の決定に当たり,担当職員に調査
義務違反の違法があることなどを主張して,行政事件訴訟法3条2項に基づ
き,本件処分の取消しを求めた事案である。
原判決は,控訴人の請求を棄却したところ,これを不服とする控訴人が控訴
した。
2前提事実,争点及び争点に対する当事者の主張は,原判決「事実及び理由」
欄の第2の2ないし4(2頁18行目から15頁9行目まで)のとおりである。
ただし,8頁23行目の「保護費」を「本件遡及支給分に相当する保護費」に
改める。
3当審における当事者の追加主張
(控訴人の主張)
保護の実施機関が,法63条の返還額を定めるに当たって,仮に,Aらに
対する借金返済を自立更生のための費用として考慮することができないとし
ても,控訴人の不自由な現在の生活状況に鑑みれば,自立助長を達成するた
めに生活必需品等の購入が必要となるから,それらの購入費用が,法63条
の返還額決定の際に考慮されるべきである。現状において,自立更生を図る
うえで必要不可欠な費目は,別表1のとおり合計63万1576円である。
また,既に自ら出損した自立更生のための経費も存在する。控訴人が,こ
れまで自立助長に必要不可欠なものとして購入したものの費目は,別表2の
とおり合計83万6840円である。これらは,日々の生活費に充てられる
生活扶助費とは別に保護費から支給されるものか(甲71),あるいは,控
訴人が,障害基礎年金を遡及受給した際に,福祉事務所の担当ケースワーカ
ーが,控訴人に対し,聴き取りを行っていれば,返還額から控除される経費
として取り扱われていたものである。
したがって,法63条の返還額の決定に当たっては,これら合計146万
8416円を考慮すべきであり,そうすると,本件遡及支給分全額97万2
059円が自立更生資金として考慮されることとなり,結局,法63条に基
づいて返還するものは存在しないというべきである。
(被控訴人の主張)
控訴人は,現時点において,IH調理器,ガス給湯器,エアコン,トイレ
設備及び原動機付自転車等の購入が必要であり,これらが自立更生のための
経費に該当する旨主張するが,いずれも本件処分がなされた平成20年9月
17日までに控訴人から上記のような申し出がなされたことはなく,後付の
理屈というべきである。このようなものを法63条の返還額の決定に当たっ
て考慮するのは相当ではない。
第3当裁判所の判断
1争点1(法63条の適用の可否)について
(1)原判決の引用
原判決「事実及び理由」欄の「第3当裁判所の判断」(以下「原審判
断」という。)の1(15頁11行目から22頁19行目まで)に記載の
とおりである。
ただし,20頁16行目の「というべきである。」の後に「上記問答集
には,上記の記述に引き続いて,法63条を適用することが妥当な場合と
して「実施機関及び受給者が予想しなかったような収入があったことが事
後になって判明したとき」を掲げているが,これは実施機関において資力
の認識がない場合にも適用される場合があることを当然に予定するもので
ある。」を加える。
(2)補足説明
ア控訴人は,当審において,法63条の「資力」の有無の判断について,
次のとおり主張を補充する。
(ア)生活保護利用者において,法63条に基づく生活保護受給金の返還
義務が発生するのは「資力があるにもかかわらず保護を受けたとき」
に該当することが必要であるところ,同条の「資力がある」の解釈に
ついては,単に,保護開始当時に観念的に権利が存在したというだけ
では足りず,その権利の実現が「客観的に確実性を有するに至ってい
た」ことが必要である。すなわち,権利者が,その有する権利につい
て,現実に,使用,収益及び処分する権能を有するに至っていたもの
でなければならない。債権であれば,義務者との間で権利の存在につ
いて争われておらず,かつ,義務者の支払が確実とされるものでなけ
ればならない。ところで,控訴人の障害基礎年金の受給権については,
審査請求,再審査請求の各手続を経てはじめて現実化されるものであ
り,同年金支給事由発生日である平成18年12月1日の時点では,
支給義務者との間で,権利の存否につき争いのある状態であった(後
から振り返ってみれば,同日時点で客観的に存在したといえるが,あ
くまで結果論である。)。したがって,この場合,保護開始の時点で,
障害年金の受給権が法63条にいう「資力」として存在したものと認
めることはできない。
(イ)このような解釈は,昭和47年12月5日付社保第196号厚生省
社会局保護課長通知「第三者加害行為による補償金,保険金等を受領
した場合における生活保護法第63条の適用について」(以下「第19
6号通知」という。甲7)に照らしても,当然導き得るものである。
すなわち,第196号通知によれば,生活保護受給者が,第三者の加
害行為により損害賠償請求権を取得した場合,法63条の返還額を定
めるに当たっては,損害賠償請求権が客観的に確実性を有するに至っ
たと判断される時点以後に支弁された保護費を標準として世帯の現在
の生活状況及び将来の自立助長を考慮して返還額を定めることが必要
とされるとした上,公害による損害賠償請求権の取得の場合は,訴訟
を行ったときは最終判決又は和解の時点とされている。
第196号通知がなされた当時,わが国では公害訴訟が各地で行われ
ていた。公害訴訟の原告の中には生活保護受給者もいた。公害訴訟と
いう言葉からも明らかなように,その当時,被告の企業は自身の損害
賠償義務を争っており,「不法行為」発生時点においては,原告に損
害賠償請求権という権利が存在するかどうかは不確実であった。各地
で行われた公害訴訟のうち,いくつかは原告側勝訴の判決が出たが,
損害賠償を受けた生活保護受給者は,それを法63条に基づき返還せ
ざるを得なくなるおそれがあった。ここでは,不法行為に基づく損害
賠償請求権は,不法行為時にその権利が発生するものであるから,不
法行為時に「資力」が発生したという結論が導き出される可能性があ
り,原告によっては,実質的に,その受けた賠償金全額を返還せざる
を得なくなるという憂き目に合うおそれがあった。このような不公正
を取り除くために,当時の厚生省は,第196号通知を発出して法6
3条を適用するにあたって「客観的に確実性を有するに至った時点」
をメルクマールとして運用すべきことを指示したのである。この要件
は,生活保護受給者に,苦労して勝ち取った権利を実質的に確保して
もらうことを通じて,生活保護受給者の自立への意欲を後押しするこ
とにもなり,法1条の「自立の助長」の目的に合致するという結果を
もたらすものである。
こうした観点からみれば,控訴人の障害基礎年金の受給権についても,
請求をしても裁定を受けるかどうか不明確であり,特に,審査請求も
却下された本件においては,保護開始時に客観的に確実性を有してい
たとみることはできないから,公害による損害賠償請求権の場合に倣
い,法63条の返還の対象とされるべきではない。
イしかしながら,控訴人の上記主張は採用することができない。その
理由は次のとおりである。
(ア)法63条の「資力」は,前述(原審説示)のとおり,法4条1項
にいう「利用し得る資産」と同義であるところ,ここに「利用し得る
資産」は,現実に活用することが可能な資産はもとより,その性質上
直ちに処分することが事実上困難であったり,その存否及び範囲が争
われる等の理由により,直ちに現実に活用することが困難である資産
も含まれるというべきである(その責任や範囲等について争いがあり,
賠償を直ちに受けることのできない交通事故による損害賠償請求権を
法63条の「資力」に当たると解した例につき,最高裁判所第三小法
廷昭和46年6月29日・民集25巻4号650頁参照)。
(イ)以上の観点から本件をみるに,控訴人が支給を受けた障害基礎年
金は,その裁定請求日である平成18年12月1日に国民年金法施行
令別表に定める2級の程度の状態にあるものとして,同日を受給権発
生日として支給処分を受けたものであるから,本件遡及支給分は,客
観的に同日から発生し,控訴人に帰属していた資産とみるべきであり,
法63条の「資力」に該当するものと認めるのが相当である。
(ウ)ところで,控訴人は,第196号通知(甲7)をより所として,
障害基礎年金も,請求をしても裁定を受けるかどうか不明確であり,
特に,審査請求も却下された本件においては,保護開始時に客観的に
確実性を有していたとみることはできないから,公害による損害賠償
請求権に倣い,法63条の返還の対象とされるべきではないと主張す
る。
しかし,第196号通知は,第三者加害による損害賠償請求権につ
き,自動車事故など,原則として加害行為時点を法63条の資力発生
の基準時としており,ただ,公害の場合を例外としているに過ぎない
から,上記判断の妨げになるものではない。
ウそのほか,控訴人が,当審において,法63条の適用について主張す
るところを考慮に入れても,前記認定判断を左右しない。
2争点2(裁量権の逸脱,濫用の有無)について
(1)認定事実
原審判断の2(22頁20行目から29頁23行目まで)に記載のとお
りである。ただし,以下のとおり補正する。
ア24頁4行目から25頁12行目までを次のとおり改める。
「Bは,DVを受けている場合,女性家庭センターの一時保護を受
けて母子支援施設に入所する方法と,住居を確保して生活保護を受
ける方法があること,離婚するには,家庭裁判所に離婚調停を申し
立て,婚姻費用や養育費を請求する方法があることなどを説明した。
もっとも,控訴人には鬱症状があり,施設での生活は難しいため,
住居を確保して生活保護を受ける方法を推し進めることとなり,控
訴人は,Bの案内で保護課(生活保護の相談・申請受理までの事務
を担当する課)に赴いた。控訴人は,Cから言葉によるDVを受け
ており,現在D宅に居候していること,鬱病でEの医師から就労し
ないよう指導されており収入がなく,経済的に困窮していることな
どを説明した。
しかし,応対した保護課職員から,控訴人はCと別居状態にある
とはいえ,未だ婚姻関係を解消しておらず,また,当時,収入のあ
る同居家族のいるD宅に身を寄せていたことから生活保護は難しい
との説明を受けた。控訴人は,離婚及び親元からの別居が条件であ
るかのように受け取り,その旨をFに報告し,同人も直接,保護課
に電話をして確認したが,保護課職員は,DVの事情は分かるが,
離婚の手続がされていなければ保護は受け付けられないなどと説明
した。
控訴人は,生活保護を受けられないのであれば,自立することが
できないため,夫の様子や実家の状況を探ってみた上,気持ちの整
理をし,再度相談したいと答えた。しかし,控訴人は,やはり婚姻
継続は無理と考えるとともに,母であるD宅にも居場所はないと感
じ,Fに電話をして,離婚調停を申し立てたい,Cの両親の意向も
聞きたいなどと伝えた。Fは,同月17日,Bに電話して上記控訴
人の意向を伝えた。控訴人の住居の確保については,生活福祉資金
や更生援護資金から捻出することを考えたが,断られたため,Fは,
次なる方策として,控訴人に,障害基礎年金を得て住居を確保する
方法を助言し,一方で,新住居を探すことに協力した。(甲3,乙
1の2,乙7,原審証人F,原審控訴人本人)
(6)こうして,同年12月1日,社会保険庁長官に対し,控訴人の
鬱病につき,平成16年10月を受給権発生日とする障害基礎年金
の裁定請求(予備的に事後重症による請求)をした。
(7)控訴人は,その間の平成18年11月頃,Cから先に離婚調停
を申し立てられ,離婚に向けての法的手続が始まったことから,生
活保護を受けようと保護課に赴いた。しかし,未だ離婚に至ってい
ないし,親元に同居しているようでは生活保護を受けられないとの
説明を受け,もう一度,夫と生活費について交渉することを勧めら
れ,控訴人は保護申請を断念した。Fも保護課に電話をしたが,同
様の回答であった。
その後,転居先が見付かったことから,控訴人は,同年12月頃,
転居費用の貸付を受けられないか,保護課に相談に行ったが,その
ようなことはできない旨告げられた。その後,Dに相談したところ,
社会福祉協議会で貸付が受けられると聞き,尼崎市社会福祉協議会
に貸付の相談に赴いた。すると,担当職員は,貸与までには3か月
を要すること,控訴人については生活保護を受けるに値するから,
保護課に連絡をしてみる旨を告げた。そして,保護課に電話で連絡
を入れた上,控訴人に対しては,再度,保護課に赴くように助言を
した。結局,転居費用については社会福祉協議会の借入もできなか
ったため,姉や知人から借り入れて,しのぐことにした。(甲28,
原審証人F,原審控訴人本人)
(8)平成19年1月12日,初回の離婚調停期日が開かれたが,親
権を巡って争いがあり,続行となった。同月19日,控訴人は,前
記社会福祉協議会の助言もあって,福祉課を訪れ,生活保護の相談
をしたい旨述べた。同課職員のGは,保護課に連絡をして取り次い
だ。
控訴人は,保護課の個別のブースに案内され,職員のHに対し,
Cから言葉によるDVを受けており,現在D宅に居候していること,
鬱病でEの医師から就労しないよう指導されており収入がないこと,
Cと離婚調停中であり,Iの親権者でもめていること,兵庫県尼崎
市α×-3の3階に転居を予定しており,その敷金についてはDら
から協力してもらうことなどを説明した。
しかし,Hは,控訴人に対し,未だ離婚できていないこと,転居
も未了であることから,生活保護を受けるにはこれらの整理が必要
であると告げ,再度相談に来るように告げた。Fは,電話で,控訴
人の窮状を訴えたが,Hは取り合わなかった。(甲77,乙1の2,
乙3,原審証人F,原審控訴人本人)
(9)控訴人は,平成19年1月30日付けで社会保険庁長官から障
害基礎年金を支給しない旨の処分を受けた。同年2月6日,2回目
の離婚調停があったが,続行となった。Dは,同月7日,J(K)
に経済的困窮を訴え,他方,控訴人は,同月9日,上記処分を不服
として,社会保険審査官に対し,審査請求をした。(甲28,7
7)
(10)控訴人は,転居費用の捻出が出来なかったことから,転居を諦
め,知人や親戚のAから援助を受けるなどして生活していた。同年
3月6日,離婚調停は親権の折り合いがつかず不調に終わったが,
控訴人は,4月のIの幼稚園入園を前に,子供のために,もう一度,
やり直す気持ちになり,控訴人はIを連れてC宅に戻った。控訴人
はその旨をFに連絡し,同人は,同年3月15日頃,福祉課にその
旨伝えた。しかし,控訴人の病状は悪く,家事が出来ないこともあ
って,Cのみならず,Iからも嫌われる状態となり,同月19日,
福祉課を訪れ,それらのことについて相談した。」
イ25頁20・21行目の「(乙1の2,証人F)」を「(甲3,77,
乙1の2,原審証人F,原審控訴人本人)」に改める。
ウ26頁14行目の「福祉課」を「保護課」に改める。
エ28頁15行目の末尾に「しかし,控訴人は,同月16日にAに対し
60万円の,同月17日に知人2名に対し各10万円の合計80万円の
借金の返済をした。」を加える。
オ29頁13行目の「乙7」の前に「甲13ないし15,」を加える。
(2)事実認定の補足説明
ア前記認定事実のうち,平成18年10月13日以降の控訴人の保護課
での相談状況は,概ね控訴人の供述(甲3,原審控訴人本人)及びFの
供述(原審証人F)に依拠するところ,同人らは,福祉課への相談経過,
障害基礎年金請求に至る経過や転居先を探した経過など具体的に供述し
ており,その経過は自然であって,時期的にも概ね客観的事実に符合す
るものであり(甲12,乙1の2,乙3),また,転居費用につき社会
福祉協議会の貸付の手続を利用しようとしたことなどは甲28でも裏付
けられており,虚偽があるとも考えられない。特に,Fは医療福祉相談
員の立場にあって,虚偽を述べる動機も見当たらない。
イ確かに,保護課に同行したとするB作成に係る婦人相談票(乙1の
2)には,Bが保護課に同行したことやそこでの応答などの記載はない。
しかし,同日,控訴人は,住宅事情と生活費の面でいつまでもD宅に居
ることができないとして,今後の身の振り方について相談に赴いたこと,
これに対して,福祉課職員は,母子支援施設に入るか,住宅確保するか
の選択があることを説明したこと,以上については同票の記載から明ら
かであるところ,住宅確保を選択することとなれば,夫からDVを受け
ており,鬱病で収入の得られない控訴人について,生活保護の相談を受
けざるを得なくなることは目に見えており,生活保護の相談を受けると
いうのも自然な流れというべきである。そして,その結果,「夫の様子,
家の状況を探ってみる。」「再度相談したい。」(乙1の2,処遇内容
欄)などと心境の変化に至っているのは,施設に入ることも,住宅を確
保して生活保護を受けることも困難であることをどこかで説明を受けた
からとみることができる。これら乙1の2の記載からうかがわれる経過
に鑑みると,控訴人やFの供述の信用性は高いということができる。B
は保護課への相談の事実を記載していないが,上記説示した点に照らせ
ば,保護課への相談に関する直接の記載がないからといって,そのこと
が前記認定を左右するものではない。
ウまた,平成18年ないし平成19年当時,保護課課長をしていたLは,
保護課においては,保護の相談に対応したときは,申請に至らない場合
でも,面接記録票を作成する取扱いになっていたと述べるが(乙19,
原審証人L),他方,単に制度の一般的な取扱いの説明を聞きに来た場
合は,当然カウンターで帰ることがあるとも述べており(原審証人L),
保護課を訪れた者が,生活保護申請のための相談に来たにもかかわらず,
記録が作成される「相談」扱いにならず,記録が作成されないケースがあ
る可能性も否定できず,面接相談票がないからといって,前記認定判断
を左右するものでもない。
エさらに,証拠(甲24ないし27,80,82,83,85,87,8
8,乙19,原審証人L)によれば,①被控訴人においては,平成15年
頃,財政難に陥っており,抜本的な行財政改革の取組みなくしては,財政
再建団体への転落は避けられないなどとし,同年2月には大胆な行財政改
革プランである「尼崎市経営再建プログラム」を策定し,同プログラムは,
控訴人が保護申請に赴いた平成19年ころにおいても実施されていたこと,
②同プログラムにおいては,生活保護費の増大も財政を圧迫するものとし
て懸念されると指摘されていたこと,③被控訴人の保護率(世帯)は全国
平均に比して高い地域でもあり,平成19年度の全国の保護率(世帯)は
2.30パーセントであるのに対し,被控訴人のそれは4.58パーセン
トと高い水準であったこと,④被控訴人においては,6行政区に配置され
ていた福祉事務所を平成17年から本庁1か所に集約し,保護課の面接相
談員は,平成18年ないし平成19年当時,8名で稼働しており,一方,
取扱件数は,面談室での相談に至らないケースだけでも,1日に100件,
すなわち1人1日12,3件を担当し,面談室での相談も1日22件,す
なわち1人1日2,3件の面接相談をし,そのほかにも電話対応や,記録
作成,上司や同僚との協議・決裁などの時間を考慮すると,相当に繁忙な
状況にあったといえること,⑤尼崎市の生活保護世帯は,平成15年に8
004世帯であったものが,平成18年10月には8922世帯になり,
3年で918世帯増加,月平均にすると約25,6件の増加傾向にあり,
控訴人が保護申請のための相談をした時期である同年10月から同年11
月(同月の保護世帯数は8960世帯)の間には38世帯の増加,同年1
2月は9020世帯となり1か月で60世帯の増加,更に平成19年1月
には9060世帯となり1か月で40世帯増加していたこと,⑥上記のと
おり,生活保護世帯は増加傾向にあったにもかかわらず,前記経営再建プ
ログラムの取組みが実施されて以降,毎年,計画された収支見通しよりも
執行された予算は抑制されていたこと,⑦平成18年12月6日,尼崎市
の第8回定例会において,M議員は,借金苦で離婚した3人の子を抱える
女性が,元夫に見込みのない養育費請求をするように指導されたなど保護
課の不適切対応事案の相談があった事例を具体的に指摘した上,「本市で
も水際作戦で,生活保護を必要とする人でも申請させないで,保護世帯の
増加を抑制することを方針にしているのでしょうか。」との質問を行って
いたこと,⑨平成19年6月12日の時点で,控訴人は単身別居していた
上,離婚届を夫に提出した旨申告しており,夫から扶養を受けられる可能
性がほとんどないことは明らかであったのに,この時点に及んでも,更に
夫へ内容証明郵便で離婚届の提出を促すように指示し,保護申請を直ちに
するように仕向けなかったこと,⑩同月20日の時点においても,要保護
状態であることは明らかであるのに,ケース記録票(乙7)の調査員の総
合意見欄には,控訴人に関する保護の開始について「生活保護の適用はや
むを得ない」などと記載し,保護課職員において,生活保護開始決定をで
きるだけ押さえたい意識をうかがわせる記載があることが認められる。
これら事実を総合すれば,保護課職員において,財政再建プログラムを
意識して,また,保護課業務の繁忙の影響もあって,保護の相談対応がな
おざりになっていた可能性は否定し得ない。
この点,被控訴人は,平成17年の北九州市の孤独死事件を契機として,
全国の福祉事務所におけるいわゆる水際作戦の実態が報道されていたこと
もあり,平成18年12月以前から尼崎市保護課の窓口においては,その
ような誤解を招かないよう課内の指導が徹底されており,むしろ個々の職
員においては,申請権の侵害の疑義や苦情に対して敏感になっており,い
わゆる水際作戦が行われた実態はないと主張する。しかし,北九州市の孤
独死事件の後も同様の孤独死事件は後を絶たず(甲20),平成21年,
厚生労働省が事務次官通知を発し,「生活保護は申請に基づき開始するこ
とを原則としており,保護の相談に当たっては,相談者の申請権を侵害し
ないことはもとより,申請権を侵害していると疑われるような行為も厳に
慎むこと」を全国の福祉事務所に周知するなどの措置をとったが(甲2
1),それでも不適切な事例が未だに認められたことが報告されているこ
と(甲23),被控訴人において,保護課窓口の対応について具体的に何
らかの対策が取られたと認めるに足りる証拠もないことに照らすと,個別
の窓口対応において不適切な事例が尼崎市においてはなかったということ
はできない。
オなお,控訴人の供述中には,客観的事実に反する部分もないではない。
すなわち,控訴人は,本件遡及支給分を借金等の返済に充てた金員のうち,
Aに対する返済金60万円については,転居費用として借りたものである
と述べる(甲3,91,原審控訴人本人)。この部分は,前夫から交付さ
れた50万円から転居費用を拠出したものと記載された各面接記録票(乙
4,5)に反するものであり,虚偽の可能性が高い。しかし,転居費用の
捻出先に虚偽があるからといって,これと直接関連性のない保護課との応
答までもが信用できないということになるものではない。前記説示の点に
照らせば,この点の虚偽が結論を左右するものとはいえない。
カ事実認定に関する被控訴人の主張について
被控訴人は,控訴人が平成18年10月13日,福祉課を訪れた際には
夫との生活をやり直すことも考えていたのであって,保護申請の意思を有
していたと認めることはできないこと,控訴人が将来にわたり夫から生活
費の支払がまったく期待できないような客観的な状況にあったのであれば,
そもそも控訴人がその後において夫との生活をやり直すとは考えにくいこ
と,平成19年1月19日においても,相談結果は,控訴人に転居等の整
理を行ってもらい,その後に再度相談を促す内容であったが,今後の生活
の方針についての控訴人の考えが定まっていなかった客観的事情に照らせ
ば(甲28によれば,控訴人は,当時,一旦弁護士に依頼した後,これを
撤回している。),保護課職員の対応に何ら不当な点は見当たらないと主
張する。
なるほど,証拠(甲28)によれば,控訴人は,おそらく平成19年1
月12日(第1回調停期日)以降同年2月6日(第2回調停期日)までの
間に,調停委員の勧めもあって,夫とよりを戻す気持ちになり,依頼した
弁護士を解任するなどの行動に出たこともあったこと,また,前記認定の
とおり,子供のためにやり直そうと考えて同年3月にもC宅に戻ったこと
があったことが認められ,気持ちが揺らぐこともあったといえる。しかし,
夫との別居を開始した平成18年9月頃以降平成19年1月19日までの
経過をみると,生活に困窮した状況にある控訴人が,医療福祉相談員に相
談をし,また,福祉課に相談をし,障害基礎年金を請求したり,転居先を
みつけたり,社会福祉協議会に貸付の相談に訪れたりしたことは動かし難
い事実(甲12,28,乙1の2,乙2)である。また,離婚の気持ちが
揺らぐことがあっても,別居が解消されるか,扶養を現実に受けることが
できなければ,困窮状態は解消されず,保護を受けたいと考えるのが通常
であり,離婚を迷う気持ちがあったからといって生活保護の申請意思がな
かったと推認できるものでもない。さらに,平成19年1月19日の面接
記録票(乙3)によれば,面接員の所見として「転居,調定等の整理を行
い,再相談するよう伝えた。」とあるが,そこからは控訴人が離婚するこ
とを迷い,生活保護の申請意思がなかったことを読み取ることはできず
(同票の生活歴の欄には「調定不調となれば裁判へ移行する」とあり,夫
とやり直す気持ちがないことをうかがい知ることができる。),むしろ,
Dが同年2月7日にJに相談に訪れた際,控訴人が生活保護受給を相談に
行ったが断られ,社会福祉協議会に福祉金貸与を申し出たが3か月かかる
ということで,同協議会からも保護課に電話を入れてくれたが,Dが面倒
をみればよいと取り合ってくれないなどと述べ,控訴人が経済的困窮状態
にあることを訴えていること(甲28)を考慮すると,控訴人は,平成1
9年1月当時,離婚については親権者指定に争いがあるが,離婚自体はや
むを得ない状況で夫から扶養を受けることは期待できず,D宅からも自立
して生活を立て直すため生活保護を受けざるを得ない状況にあったこと及
びこのような控訴人の状態を保護課職員は認識できたことが認められる。
控訴人は,平成19年3月に夫との同居を再開しているが,それは,子を
思う母心からの側面もあったとはいえ,前記認定の経緯に照らせば,基本
的には,自立して生活する目途が立たず,他に方途がないため,追いつめ
られた状況で,やむなく選択した側面が大きかったものとみるのが相当で
ある。したがって,被控訴人の主張は採用できない。
(3)判断
ア法63条は,被保護者が,急迫の場合等において資力があるにもかかわ
らず,保護を受けたときは,保護費を支給した都道府県又は市町村に対し
て,すみやかに,その受けた保護金品に相当する金額の範囲内において保
護の実施機関の定める額を返還しなければならないと規定し,その受けた
保護金品に相当する金額を一律に返還させるのではなく,その金額の範囲
内において保護の実施機関に返還させるべき額を決定させることとし,返
還額について保護の実施機関の裁量を認めている。これは,法が最低限度
の生活を保障するとともに保護金品が被保護者の自立を助長することを目
的としていること(1条)に照らし,保護金品が被保護者の自立に資する
形で使用される場合には,その返還を免除することが法の目的にかなうか
らである。
もっとも,保護の実施機関の裁量は,全くの自由裁量というべきではな
く,その判断が著しく合理性を欠く場合は,その裁量権の逸脱,濫用とし
て違法となるというべきである。
イところで,前記認定の経緯に照らせば,控訴人が平成18年10月13
日に保護課に相談に行った段階においても,保護課職員が夫との関係の詳
細や同居中であった親元の家族の生活状況を聴取すれば,夫や同居家族か
らの援助も期待し得ず,直ちに生活が立ち行かなくなることは容易に把握
し得たものといえる。そして,前記説示のとおり,少なくとも平成19年
1月の段階では,控訴人が要保護状態にあり,保護課職員はこれを認識で
きたにもかかわらず,離婚調停の結果を待ち,また,親元から転居して自
立するなどの生活の整理をした上で再度相談に来るように伝え,直ちに保
護申請手続をとらせなかったものであり,そのため,控訴人が離婚と親元
からの自立が保護の条件であると誤解したことは明らかである。昭和38
年4月1日社保第34号厚生省社会局保護課長通知「生活保護法による保
護の実施要領の取扱いについて」(乙12)にもあるとおり,面接相談に
関し「『扶養義務者と相談してからでないと申請を受け付けない』などの
対応は申請権の侵害に当たるおそれがある,また,相談者に対して扶養が
保護の要件であるかのごとく説明を行い,その結果,保護の申請を諦めさ
せることがあれば,これも申請権の侵害に当たるおそれがある。」という
べきである。そして,控訴人は現実に保護開始を受けた平成19年6月ま
で生活に困窮し,その間に知人や親戚などからの借入に頼って生活してき
たものであり,その借入は保護課の不適切な対応が招いたものであるとい
うことができる。前述のとおり,平成19年1月には控訴人が要保護状態
にあったことからすれば,その返済は保護開始前の単なる負債の返済とは
異なり,本来,生活保護として支給されるべき金員の立替金の返済ともい
うべきものである。そして,本件遡及支給分の中には,控訴人が要保護状
態にあるのに保護を受けられなかった平成19年1月から同年6月19日
までの分が含まれているのであるから,これらの点を考慮することなく,
本件遡及支給分の全額を返還額として決定したことは重きに失し,著しく
合理性を欠いたものというほかなく,裁量権を逸脱したものと認めるのが
相当である。
ウなお,控訴人は,当審において,生活保護受給者が再審査請求を経て独
力で勝ち取った障害基礎年金を,行政機関が労せず横取りするような行為
は厳に慎むべきであり,信義則の観点から,本件遡及支給分の全額に相当
する保護費の返還を求める決定は,裁量権を逸脱し,違法であるとも指摘
するが,本件遡及支給分が法63条の適用対象となることは前記1で説示
したとおりであり,同条の適用による決定は,勝ち取った権利を横取りす
るに等しいと評価できるようなものではないから,上記の観点から本件処
分の違法をいう控訴人の主張は採用できない。
3争点3(調査義務違反の有無)及び当審における控訴人の追加主張について
前記認定事実によれば,平成19年6月20日の保護開始決定以後の控訴
人の生活実態や自立更生のための需要について福祉事務所長や担当課の職員
の調査に不十分な点があったとは認められない。したがって,本件処分に当
たり,現在から将来に向けて必要な自立更生のための費用(別紙1)を考慮
しなかったとしても,この点を捉えて本件処分が違法であるということはで
きない。しかし,前記2で判断したとおり,平成19年1月には要保護状態
であったのに,保護課の不適切な対応により保護開始が遅れた事実があった
ものと認められるから,その経緯も踏まえると,法63条の返還額の決定に
当たり,障害基礎年金の受給権発生日の後である平成19年1月以降同年6
月19日までの控訴人の生活実態や自立更生のための需要(別紙2)及び借
金した事情について更に聞き取り,調査する義務があったというべきである。
しかるに,福祉事務所長や担当課の職員がこの点の調査を尽くしたものとは
認められない。
4以上によれば,本件処分は裁量権を逸脱した違法があり,また,平成19年
1月以降同年6月19日までの控訴人の生活実態や自立更生のための需要に
ついて調査を尽くさなかった点について手続的瑕疵があるから,取り消すの
が相当である。
5よって,これと異なる原判決は失当であるから,これを取り消した上,本件
処分を取り消すこととし,主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第11民事部
裁判長裁判官前坂光雄
裁判官杉江佳治
裁判官遠藤俊郎

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