弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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     主    文
   原判決を破棄する。
   被告人を懲役5年及び罰金70万円に処する。
   原審における未決勾留日数中70日をその懲役刑に算入する。
   罰金を完納することができないときは,金5000円を1日に換算した期間
被告人を労役場に留置する。
   押収してあるポリ袋入りジアセチルモルヒネ塩酸塩3袋(大阪地方裁判所平
成12年押第388号の1ないし3),アメリカドル20ドル紙幣1枚(同号の
4),同5ドル紙幣1枚(同号の5),同1ドル紙幣4枚(同号の6)及びCDプ
レーヤー1台(同号の7)を没収する。
   被告人から金41万4942円を追徴する。
     理    由
 本件控訴の趣意は,検察官佐藤信昭作成の控訴趣意書に,これに対する答弁は,
弁護人梶田英雄作成の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから,これらを引
用する。
1 論旨は,次のとおり,原判決は破棄を免れないというものである。
 (1) 被告人は,共犯者のAと共謀の上,原判示の犯行を遂行するために,Aから
関西国際空港・バンコク間の往復航空券(以下「本件航空券」という,11万60
00円相当。),現金1万円(うち7990円は,日本からタイ王国への出発前に
CDプレーヤー1台の購入に費消済み。)及び現金30万円を受領したものであ
り,これらの財産については,いずれも平成11年法律第136号附則9条により
同法による改正前の国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等
の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(以下「改正
前の麻薬特例法」という。)2条3項に規定する「薬物犯罪の犯罪行為により得た
財産」若しくは「当該犯罪行為の報酬として得た財産」であって,「不法収益」に
該当するものと解すべきであるから,被告人の逮捕時点で同人が所持していた上記
CDプレーヤー1台,上記30万円とCDプレーヤー購入後の残金2010円との
合計30万2010円を費消した残金のうちから両替されたアメリカドル29ドル
につき没収するだけでなく,費消された本件航空券の価額11万6000円,及び
上記合計額30万2010円からアメリカドル29ドルの邦貨換算額3068円を
控除した29万8942円の合算額41万4942円については,没収すべき財産
を没収できないときに該当するので,同法17条1項によりその価額を被告人から
追徴すべきであるのに,原判決は同法2条3項に規定する「不法収益」の解釈適用
を誤り,薬物犯罪の共犯者間で授受された犯罪遂行のための経費的金員の趣旨であ
ることが明らかな財産は「不法収益」に該当しないとして,上記価額相当の28万
3143円につき被告人から追徴しなかったものであり,原判決には,判決に影響
を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがある。
 (2) また,原判決は,主文で12万9789円の追徴を言渡しながら,理由中で
は,2010円及び12万9789円が追徴の対象であると判示しており,これに
従うと,その追徴額は13万1799円になることから,原判決の主文と理由との
間には齟齬がある。
2 まず上記(2)の論旨について検討する。
  原判決は,その理由中の「没収,追徴の範囲について」として説示する部分
で,①四の2において,共犯者Aから受け取った現金1万円は,「不法収益」に該
当するから,そのうちから7990円で購入し没収の対象となるCDプレーヤー1
台の価額を差し引いた残金2010円については,被告人が費消したことが明らか
であり,追徴の対象となる,とし,次いで,②四の3において,共犯者Aから受け
取った現金30万円については,そのうち経費的金員の部分を控除した13万28
57円のみが薬物犯罪の報酬として得た財産として「不法収益」に該当し,このう
ちから換金したアメリカドル29ドルは没収の対象となり,その余の費消分,すな
わち,29ドルを日本円に換算した3068円を控除した12万9789円を追徴
すべきことになる,としながら,「法令の適用」の項においては,上記②のみ追徴
することとし,そのまま,主文においても,「被告人から金12万9789円を追
徴する。」としていることが認められるから,原判決は,追徴に関し,その主文と
理由との間に,明らかに齟齬がある,といわなければならない。論旨は理由があ
る。
3 進んで,上記(1)の論旨について検討する。
  原判決は,その「罪となるべき事実」の項において,被告人の営利目的麻薬輸
入及び禁制品輸入未遂の犯罪事実を認定したうえ,その「没収、追徴の範囲につい
て」の項の二の1ないし6において,被告人と共犯者Aとの間の金員等の授受等に
関する一連の事実を認定しているが,これらの事実の認定については関係証拠によ
りいずれも正当として是認できる。そして,原判決は改正前の麻薬特例法2条3項
に規定する「不法収益」とは,「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」又は「当該
犯罪行為の報酬として得た財産」をいうところ,薬物犯罪の共犯者間で授受された
財産であっても,犯罪遂行のための経費的金員の趣旨であることが明らかな財産
は,「薬物犯罪の犯罪行為により得た財産」には当たらず,また,薬物犯罪の共犯
者間における金員等の授受が,犯罪遂行のための経費的金員等の支給ないし填補で
ある場合には,やはり共犯者内部における費用の分担としての側面を有するから,
「当該犯罪行為の報酬として得た財産」に当たらないとして,経費的金員の部分の
価額を控除して追徴すべきものと判断している。
  しかしながら,改正前の麻薬特例法2条3項の「薬物犯罪の犯罪行為により得
た財産」の「より」とは,一般的には原因を示す意味に用いられる言葉であり,特
に法令用語としては因果関係を示す意味を有するものと考えられ,この文言自体か
ら薬物犯罪の資金や経費に充てられる財産を除外しているものと解することはでき
ず,また,同法中に,資金や経費等を除外する趣旨を窺わせる規定も見当たらない
こと,同法は没収追徴の対象を「不法収益」としているが,「収益」は,一般に費
用を控除したネットとしての「利益」の意味でなく,費用を控除する前のグロスと
しての「収入」を意味する概念として用いられていること,共犯者間における資金
や経費の交付を不法収益に当たらないとして没収追徴の対象にならないとすると,
本来は正当に受け取ることの許されない財産が,これを受けた共犯者のもとに留ま
ることになり,共犯関係による薬物犯罪を助長することにもなりかねないこと,経
費的金員の趣旨で交付されたものは不法収益に当たらないとすると,交付後の具体
的使途を検討し経費的なものであったか否かを個別的に認定する必要が生じ,追徴
すべきか否かの判断が手続的に複雑となって,薬物犯罪収益を剥奪して経済面から
も薬物犯罪取引を迅速,かつ効果的に禁圧しようとする同法の趣旨に反する結果と
なること,等からすれば,同法2条3項にいう「不法収益」とは,薬物犯罪の犯罪
行為をしたこと若しくは薬物犯罪をすることを原因として取得した財産,又は当該
犯罪行為の報酬として得た財産等をいい,薬物犯罪実行のための資金や経費に充て
られるべき財産をも含むと解すべきである。
  そして,以上のとおり,薬物犯罪実行のために支給された資金や経費的な金員
も,薬物犯罪により得た財産として不法収益に当たるものと解したうえで,本件に
おいて,具体的に没収,追徴の対象となるべき範囲について考えると,原判示の
「没収、追徴の範囲について」の二の1ないし6のとおり,被告人は,共犯者のA
から「本件航空券」(11万6000円相当。),現金1万円と現金30万円の合
計31万円を受領したものであるが,現金31万円については日本からタイ王国へ
の出発前に7990円でCDプレーヤー1台を購入したほかタイ王国で費消し,関
西国際空港に到着したときには,上記残30万円余の中からバーツに交換されたう
えタイ王国から帰国する際に両替されたアメリカドル29ドルと日本円約8000
円を所持するのみであったところ,この日本円約8000円についても,帰国後麻
薬の禁断症状で入院した際にすべて費消したものと認められる。してみると,CD
プレーヤー1台及びアメリカドル29ドルについては改正前の麻薬特例法2条4項
にいう,不法収益に由来する財産に当たるから同法14条1項2号により没収すべ
きものであり,被告人が共犯者のAから受領したその余の金品については,上記の
とおり同法2条3項の不法収益に当たるものの既に費消されて没収できないから同
法17条1項に従いその価額を追徴すべきところ,その額は31万円からCDプレ
ーヤー1台の代金7990円及びアメリカドル29ドルの日本円換算額3068円
を控除した残額29万8942円と,本件航空券の価額11万6000円とを合算
した41万4942円となるものと認められる。
  したがって,41万4942円につき被告人から追徴すべきであったのに,1
2万9789円しか追徴しなかった原判決は,改正前の麻薬特例法2条3項の不法
収益について法令の解釈適用を誤ったものというべきであり,これが判決に影響を
及ぼすことは明らかである。論旨は理由がある。
4 よって,原判決は破棄を免れないので,刑事訴訟法397条1項,378条4
号,380条により原判決を破棄し,同法400条ただし書に従い,被告事件につ
き更に次のとおり判決する。
  原判決が,その挙示する証拠により認定した「罪となるべき事実」及び「累犯
前科」に原判決挙示の法令(科刑上一罪の処理,刑種の選択及び累犯の加重を含
む。)を適用し,懲役刑につきその処断刑の刑期の,及び罰金刑につきその所定金
額の範囲内で,原判決が「量刑の理由」の項で指摘する諸事情を考慮した上で,被
告人を懲役5年及び罰金70万円に処し,刑法21条を適用して,原審における未
決勾留日数中70日を上記の懲役刑に算入することとし,上記の罰金を完納できな
いときは,同法18条により金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に
留置することとし,押収してあるポリ袋入りジアセチルモルヒネ塩酸塩3袋(大阪
地方裁判所平成12年押第388号の1ないし3)は,営利目的麻薬輸入罪及び禁
制品輸入未遂罪に係る麻薬で犯人の所有するものであるから,麻薬及び向精神薬取
締法69条の3第1項本文及び平成12年法律第26号附則3条により同法による
改正前の関税法118条1項本文により,アメリカドル20ドル紙幣1枚(同号の
4),同5ドル紙幣1枚(同号の5),同1ドル紙幣4枚(同号の6)及びCDプ
レーヤー1台(同号の7)は,いずれも改正前の麻薬特例法2条4項の不法収益に
由来する財産であるから同法14条1項2号により,いずれもこれを没収し,被告
人が営利目的麻薬輸入罪により得若しくはその報酬として得た同法2条3項の不法
収益に当たる金額41万4942円については,同法17条1項により被告人から
これを追徴することとし,原審及び当審における訴訟費用については,刑事訴訟法
181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(第1刑事部 裁判長裁判官 池田真一 裁判官 平澤雄二 裁判官 奥田哲也)

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