弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人Dの上告理由第一点について。
 原審の確定したところによれば、
 (一)、訴外Eは、第一審判決添付第一目録及び第二目録記載の各山林(以下、本
件第一土地及び本件第二土地という。)の所有者であつたが、昭和一八年七月二一
日死亡し、指定家督相続人である上告人が右各山林を含む時価総額約五〇〇〇万円
に及ぶ遺産を相続した。
 (二)、Eの妻Fは、右家督相続人指定の効力を争い、上告人及びその母Gと対立
し、Eの遺産をめぐる多くの訴訟事件の係属を見るに至つた。Gから委任されてこ
れら一連の事件処理にあたつてきた弁護士Hは、Fが上告人の指定家督相続人とし
ての地位を争つて上告人を相手方として提起した広島地方裁判所昭和二八年(ワ)
第六〇号家督相続回復請求事件(以下、本件係争事件という。)が調停により解決
するきざしが見えるに至つたので、昭和二八年一二月二四日上告人との間において、
上告人が同弁護士に支払うべき着手金、成功報酬、費用、立替金残額を遺産総額の
約一割に相当する五〇〇万円とし、これを昭和二九年五月末日までに支払うことを
約定するとともに、上告人はその担保として時価約五〇〇万円に相当する本件第一
土地を同弁護士に信託的に譲渡し、上告人が右期限までに五〇〇万円及びこれに対
する月一分の利息を支払えば、右土地の所有権は上告人に復帰するが、支払のない
ときは同弁護士において右土地を換価処分して清算することもできるし、代物弁済
として確定的にその所有権を取得することもできる旨を約定し、昭和二九年八月一
二日右土地について同弁護士の内縁の妻であつた被上告人名義で所有権取得の仮登
記をした。なお、上告人にはEの遺産以外にはさしたる固有財産がなく、報酬金等
を支払うには遺産の一部を処分してそれに充てるほかない実情にあり、しかもGは
当時多額の借財をしたり遺産を次々に処分したりしていたため、H弁護士は上告人
の報酬金等の支払に不安をおぼえ、右本件第一土地を担保として取得したものであ
る。
 (三)、本件係争事件は、昭和二九年一月調停に付され、同年一二月三〇日右調停
の成立によつて終了したが、H弁護士は本件第一土地について換価処分も、代物弁
済として取得する旨の意思表示もしないまま、さらに昭和三〇年五月一五日、上告
人に対する右成功報酬等債権を三〇〇万円に減額するとともに、上告人の他の債権
者に対する債務三九〇万円を上告人に代つて支払い、上告人は、右成功報酬等債務
三〇〇万円及び立替金債務三九〇万円を担保するために、本件第一土地に追加して
本件第二土地を同弁護士に信託的に譲渡し、上告人が六九〇万円とこれに対する年
一割八分の利息を支払えば本件第一、第二土地の所有権は上告人に復帰するが、支
払のないときは同弁護士において右各土地を換価処分して清算することもできるし、
代物弁済として確定的にその所有権を取得することもできる旨を同弁護士との間で
約定し、同月三〇日本件第二土地についても被上告人名義の所有権取得の仮登記を
した。
 (四)、その後、昭和三〇年七月四日本件第一、第二土地について被上告人名義の
所有権取得登記がされた。以上の事実が認められるというのである。
 右事実によると、H弁護士が上告人から本件第一土地を譲り受けたのは、本件係
争事件が調停の成立によつて終了する以前のことがらであるところ、本件係争事件
の訴訟物が上告人の家督相続人たる地位の存否であることは原判示のとおりである
が、上告人が家督相続人の地位にあることが確定されれば、Eの遺産は相続により
上告人がその所有権を取得するに至るのであるから、右家督相続人の地位の帰属は、
遺産の一部分である本件第一土地所有権帰属の帰趨と密接不可分の関係にあり、ま
た、弁護士法二八条により禁止される係争権利を譲り受けることとは、係争権利を
事件係属中に現実に譲り受ける場合のみに限定されるものではなく、権利譲渡の予
約又は条件付譲渡もまた右譲り受けることの中に含まれると解するのが相当である
というべく、したがつて、H弁護士が上告人から本件第一土地を債務担保のために
譲り受けたことは同条に違反する行為であるといわなければならない。しかし、同
条は弁護士が事件に介入して利益を挙げることによつて職務の公正を害し、また、
濫訴の傾向を助長することを未然に防止するための取締規定であつて、これに違反
した行為の効力を直ちに無効とするものではないと解するのが相当であるところ、
前記原審の確定する事実関係、すなわち、H弁護士が報酬金債権等の担保として本
件第一土地を譲り受けたのは、本件係争事件が調停により解決されるみとおしのつ
いた時点における行為であること、遺産総額の約一割にあたる五〇〇万円を着手金
及び成功報酬などとしたものであること、本件第一土地は右金額にほぼ見合う価値
のものであること、上告人にはEの遺産以外にはさしたる固有財産がなく、報酬金
等を支払うには遺産の一部を処分してそれに充てるほかない実情にあつたことなど、
同弁護士が本件第一土地を譲り受けるに至つた経緯、契約締結当時の事情を勘案す
ると、未だ右譲受が公の秩序に反する無効な行為であるとは認められない。したが
つて右譲受を有効とした原審の判断は、その結論において正当であり、原判決に所
論の違法はなく、論旨は、原判決の結論に影響を及ぼさない部分を論難することに
帰し、採用することができない。
 同第二点について。
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決(その引用する第一審判決を含む。)
挙示の証拠に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はな
い。論旨は採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主
文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸       盛   一
            裁判官    岸   上   康   夫

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