弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成15年(行ケ)第230号 審決取消請求事件
平成16年3月23日口頭弁論終結
        判    決
   原   告   台達電子工業股有限公司
      訴訟代理人弁理士   畑   泰 之
      同          斉 藤 武 彦
      被   告   特許庁長官 今井康夫
      指定代理人岩 本 正 義
      同          城 戸 博 兒
      同          村 上   哲
      同          高橋泰史
  同          林 栄二
      同          大橋信彦
    主        文
     原告の請求を棄却する。
     訴訟費用は原告の負担とする。
     この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と
定める。
        事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 特許庁が不服2001-16918号事件について平成15年1月21日 
にした審決を取り消す,との判決。
第2 事案の概要
 1 特許庁における手続の経緯
 原告は,名称を「磁気部材を有するモータ」とする発明(本願発明)につい
て,平成11年10月28日,特許出願(特願平11-306875号)をし,平
成12年4月18日付けの拒絶理由通知に対し,同年7月17日付けで手続補正を
したが,平成13年6月14日に拒絶査定がされたので,同年9月21日に拒絶査
定に対する審判を請求し,同年10月22日に審判請求理由補充と同時に,明細書
の特許請求の範囲について,特許法(平成11年改正前の特許法。以下同じ)17
条の2第1項3号の規定に基づく審判請求時の手続補正(本件補正)をした。特許
庁は,この審判請求を不服2001-16918号として審理し,平成15年1月
21日,本件補正を却下する決定とともに,審判の請求は成り立たない旨の審決を
し,その謄本を同年2月5日原告に送達した。
 2 本願に係る発明の要旨
 (1) 本件補正前
  (以下,請求項1に係る発明を「本願発明」という。)
【請求項1】 ベースと,前記ベースに設けられている軸受座と,前記軸受座
を収納するように,前記軸受座の周りに取り付けられている固定子と,励磁される
とき,前記固定子に対して回る回転軸を有する回転子と,前記回転軸に取り付けら
れる第一磁気部材及び前記軸受(「軸受座」の誤記)に取り付けられる第一磁気部
材と嵌合する第二磁気部材を含む磁気部材組を少なくとも一つ有する磁気軸受とを
備え,
 前記第一磁気部材と前記第二磁気部材との間の軸方向の磁気力によって,前
記回転子が前記ベースより離脱することを阻止すると共に,径方向の磁気力で,前
記回転軸が径方向へ移動することを阻止するように構成したことを特徴とする磁気
部材を有するモータ。
【請求項2】 前記磁気軸受には,前記第一磁気部材と前記第二磁気部材との
間に磁気斥力が存在する二つの磁気部材組が設けられ,前記二つの磁気部材組によ
る軸方向における磁気力の方向が,互いに反対方向であることを特徴とする請求項
1記載の磁気部材を有するモータ
【請求項3】 前記第一磁気部材と前記第二磁気部材には,それぞれ台状に嵌
合する嵌合面が設けられていることを特徴とする請求項1又は2記載の磁気部材を
有するモータ。
 (2) 本件補正後
(以下,請求項1に係る発明を「補正発明」という。)
【請求項1】 ベースと,前記ベースに設けられる軸受座と,前記軸受座を収
納するように,前記軸受座の周りに取り付けられている固定子と,励磁されると
き,前記固定子に対して回る回転軸を有し,同回転子が回るとき,磁気浮上の現象
が発生し,回転子が回転速度によって軸方向に決まった位置に保ち,その決まった
位置によって回転子と固定子との間に所定の磁気バイアスが存在する回転子と,前
記回転軸に取り付けられる第一磁気部材及び前記軸受(「軸受座」の誤記)に取り
付けられる前記第一磁気部材と嵌合できる第二磁気部材を含む磁気部材組を少なく
とも一つ有する磁気軸受とを備え, 
 前記第一磁気部材と前記第二磁気部材との間の磁気力によって,前記回転子
が前記ベースより離脱することを阻止する軸方向の磁気力と,前記回転軸が径方向
へ移動することを阻止する径方向の磁気力とを形成することで,回転子が回る際,
磁気部材組によって回転子を軸方向に決まった位置に保たせるので,回転子と固定
子との間に磁気バイアスが減ることを避けられることを特徴とする磁気部材を有す
るモータ。
【請求項2】 前記磁気軸受には,前記第一磁気部材と前記第二磁気部材との
間に磁気斥力が存在する二つの磁気部材組が設けられ,前記二つの磁気部材組によ
る軸方向における磁気力の方向が反対であることを特徴とする請求項1記載の磁気
部材を有するモータ
【請求項3】 前記第一磁気部材と前記第二磁気部材には,それぞれ台状に嵌
合できる嵌合面が設けられていることを特徴とする請求項1又は2記載の磁気部材
を有するモータ。
  【請求項4】 ベースと,前記ベースに設けられている軸受座と,前記軸受座
を収納するように,前記軸受座の周りに取り付けられている固定子と,励磁される
とき,前記固定子に対して回る回転軸を有し,回転子が回るとき,磁気浮上の現象
が発生し,回転子が回転速度によって軸方向に決まった位置に保ち,その決まった
位置によって回転子と固定子との間に所定の磁気バイアスが存在する回転子と,前
記軸受座に収納され,前記回転子を支持する軸受と,前記回転軸の回りに取り付け
られる第一磁気部材及び前記軸受に取り付けられる第二磁気部材を含む軸部材組と
を備え, 
   前記第一磁気部材と前記第二磁気部材との間の磁気力によって,前記回転子
が前記ベースより離脱することを阻止し,回転子が回る際,磁気部材組によって回
転子を軸方向に決まった位置に保たせるので,回転子と固定子との間に磁気バイア
スが減ることを避けられることを特徴とする磁気部材を有するモータ。
【請求項5】 前記第一磁気部材と前記第二磁気部材との間に磁気斥力が存在
し,前記第一磁気部材が前記回転軸の先端部近傍に取り付けられ,前記第二磁気部
材が前記軸受の下面に取り付けられ,かつ前記第二磁気部材が前記第一磁気部材の
上方に設けられることを特徴とする請求項4記載の磁気部材を有するモータ。 
  【請求項6】 前記第一磁気部材と前記第二磁気部材との間に磁気引力が存在
し,前記第一磁気部材が前記回転軸の基部近傍に取り付けられ,前記第二磁気部材
が前記軸受の上面に取り付けられ,かつ前記第二磁気部材が前記第一磁気部材の下
方に設けられることを特徴とする請求項4記載の磁気部材を有するモータ。 
 【請求項7】 前記第一磁気部材と前記第二磁気部材との間に磁気引力が存在
し,前記第一磁気部材が前記回転軸の先端部近傍に取り付けられ,前記第二磁気部
材が前記軸受の下面に取り付けられ,かつ前記第二磁気部材が前記第一磁気部材の
上方に設けられることを特徴とする請求項4記載の磁気部材を有するモータ。 
  【請求項8】 前記第一磁気部材と前記第二磁気部材との間に磁気斥力が存在
し,前記第一磁気部材が前記回転軸の基部近傍に取り付けられ,前記第二磁気部材
が前記軸受の上面に取り付けられ,かつ前記第二磁気部材が前記第一磁気部材の下
方に設けられることを特徴とする請求項4記載の磁気部材を有するモータ。
 3 審決の理由の要旨
 審決は,本件補正が請求項の数を増加させるものであるから,特許法17条
の2第4項の各号に規定するものに該当しないものであり,また,仮に本件補正が
特許法17条の2第4項2号に該当するものであるとしても,補正発明が特開平1
-269719号公報(以下「引用例」という。甲7)に記載された発明に基づい
て当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法17条の2第5
項で準用する同法126条4項に違反するものであるとし,本件補正は,特許法1
59条1項で準用する同法53条1項の規定により却下すべきものであるとした。
 そして,補正前の特許請求の範囲の記載に基づいて本願発明を認定し,本願
発明は,引用例に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができ
たものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと
した。
第3 原告主張の審決取消事由の要旨
 審決は,本件補正の適否の判断において,特許法17条の2第4項の解釈適用
を誤り(取消事由1),かつ,本件補正が特許法17条の2第5項で準用する同法
126条4項に違反するものであると誤って判断した(取消事由2)。したがっ
て,本件補正を却下し,補正前の特許請求の範囲の記載に基づいて本願発明を認定
した審決の判断は誤りである。
 仮に,補正却下の判断に誤りがなくとも,補正前の特許請求の範囲の記載に基
づく本願発明が引用例に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができた
という判断にも誤りがある(取消事由3)。
 1 取消事由1(補正却下の違法性1:請求項を増加する補正は許されないとし
  た誤り)
 審決は,本件補正の対象となる補正前の明細書(平成12年7月17日付け
手続補正による明細書)の請求項の数は3(請求項1ないし3)であるから,本件
補正後の請求項の数8(請求項1ないし8)は,補正前の明細書の請求項を増加さ
せるものであり,請求項の数を増加させる補正は,特許法17条の2第4項の各号
に規定する事由のいずれにも該当しないから,当該規定に適合しない,と判断した
が,誤りである。
 特許法17条の2第4項は,拒絶査定後に特許請求の範囲についてする補正
が認められる場合を規定しており,その補正の目的が同項1号ないし4号の規定の
いずれかに該当するものであれば,補正は認められることを規定しているものであ
る。同項は,請求項の数を増加させる補正をしてはならないとは明記しておらず,
同項2号の規定ぶりからして,請求項の数の増減にかかわらず,補正後の特許請求
項の範囲により特定される発明が全体として補正前の特許請求の範囲により特定さ
れる発明に対して減縮されていればよいと解釈することが合理的である。特許庁の
審査基準でも,例えば「A機構を有する請求項1から請求項3のいずれかに記載の
エアコン装置」と記載されている請求項を,「A機構を有する請求項1に記載のエ
アコン装置」と「A機構を有する請求項2に記載のエアコン装置」とするように請
求項を増加させる補正は,特許法17条の2第4項2号(特許請求の範囲の減縮)
に該当するとしている。すなわち,補正によって請求項の数が増加したとしても,
増加した各請求項が限定的な構成要件を含んでいる場合であれば,その補正は特許
請求の範囲の減縮に該当するとされているのである。本件補正は,請求項の数を増
加させているが,補正前の請求項1の発明の技術的思想の範囲にもともと含まれて
いた発明を,限定的要件を付加して請求項4ないし8として分割記載したにすぎ
ず,請求項の数そのものは増加しているものの,増加した各請求項が限定的な構成
要件を含んでいるから,特許請求の範囲の減縮(同項2号)に該当にするものであ
る。したがって,本件補正は,特許法17条の2第4項に規定された補正の要件を
満たしており,これを却下した審決は誤っている。
 仮に,特許法17条の2第4項2号が請求項の数の増加を禁じているとして
も,補正却下は補正によって追加された請求項に対してのみなされるべきであるか
ら,追加した請求項以外の請求項に対する補正も却下した審決は,違法である。
 2 取消事由2(補正却下の違法性2:補正発明の独立特許要件についての判断
の誤り)
 審決は,補正発明が出願の際独立して特許を受けることができないものであ
るとの理由により,本件補正は特許法17条の2第5項で準用する同法126条4
項の規定に違反していると判断し,本件補正を却下したが,誤りである。
 (1) 手続の違法性
 審決は,補正発明は特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特
許を受けることができないものであると判断したが,正しくは特許法17条の2第
5項で準用する同法126条4項を適用しなければならないところであり,適用条
文を誤っている。また,審決が独立特許要件の判断において引用した引用例(甲
7)は,拒絶査定における備考欄の中で周知技術の一例として示されていたにすぎ
ず,拒絶理由通知には引用されておらず,審判過程でも上記引用例に基づく拒絶理
由通知は出されていない。審決は,引用例に基づく拒絶理由通知を発することなく
補正却下の決定を行うと同時に拒絶審決を行ったのであるから,特許法159条2
項の規定に違反している。
 (2) 一致点の認定の誤り
 審決は,引用例記載の発明を誤って認定したものであり,一致点の認定に誤
りがある。
  ア 引用例における磁気軸受装置は,一方の軸受部を構成するマグネット6a
と7aとの間に,回転軸5と直交する方向に平面部が相対向して形成され,磁石の
斥力によって軸方向の補償磁力が発生するが,他方の軸受部を構成するマグネット
6bと7bとの間には,回転軸5と直交する方向に平面部が形成されていないの
で,磁石の斥力によって軸方向の補償磁力が発生しないか,発生しても前記の軸受
部に発生する軸方向の補償磁力よりも著しく弱いものでしかない。したがって,回
転子が軸方向に受ける斥力は双方で異なり,相互に均衡していないので,回転子が
回転する時に当該回転子を所定のバランス位置に保持することが不可能であり,そ
の結果,振動や騒音等の問題が発生するという欠点を有するものである。
    したがって,「引用例の軸流フアン電動機は「マグネット6a,6bとマ
グネット7a,7bとの間の磁気力によって,回転子16が基板12より離脱する
ことを阻止する軸方向の磁気力と,前記回転軸5が径方向へ移動することを阻止す
る径方向の磁気力を形成することで,回転軸5が回る際,磁気部材組によって回転
子16を軸方向に決まった位置に保たせる」磁気部材を有するモータであるといえ
る。」との認定は明らかに誤りであり,この認定に基づいて一致点を認定した審決
には誤りがある。
 引用例では,「マグネット6aと7aの右端の対向面は円筒状となってい
るので,径方向の移動に関して,特に復帰力が大きくされている。マグネット6b
と7bの左端部についても上記した事情は全く同じである。」(3頁)と記載されて
いることからも明らかなように,回転軸の径方向の位置固定機能が主な目的であ
り,回転軸の軸方向の位置固定に関しては,全く考慮されていない。
  イ 引用発明の「外筐円筒1」が補正発明の「軸受座」に相当するとする審決
の認定は誤りである。
 引用発明の「外筐円筒1」は,電機子13がそれを収納するように設けら
れている「金属円筒11」とは全く別の位置に設けられており,しかもその機能も
「金属円筒11」とは全く異なるものであり,単に,その内部にマグネットからな
る磁気軸受けが存在するのみである。
 これに対して,補正発明の軸受座は,その周りに当該軸受座を収納するよ
うに固定子が取りつけられており,しかも,当該軸受座の「第一磁気部材」と「第
二磁気部材」とが「固定子」に覆われた軸受座内に設けられている構造を有するも
のである。補正発明の「軸受座」は,その構成,機能,作用効果において,引用発
明の「外筐円筒1」と明らかに相違するものである。
  ウ 審決は,「前者(引用発明)の「金属円筒11」も後者(補正発明)の
「軸受座」も,共に少なくともベースに設けられる「部材」であって,その固定子
(電機子13)は,前記部材を収納するように,前記部材の周りに取り付けられて
いるといえる点で共通する。」と認定した。しかし,引用発明の「金属円筒11」
は,軸受としての機能を有するものではなく,補正発明の軸受座とはその構成,機
能,作用効果において全く異質のものであることは明白である。
  エ 引用発明は,「励磁されるとき,前記固定子に対して回る回転軸を有し,
前記回転軸には,回転子が取り付けられており,前記回転軸の内,当該金属円筒1
1内から延長されて当該基板12の反対側であって当該金属円筒11が設けられて
いる面とは反対の方向に延設して取り付けられる外筐円筒1内に存在している当該
回転軸の部分に設けられた第一磁気部材及び当該「外筐円筒1」に取り付けられる
前記第一磁気部材と嵌合できる第二磁気部材を含む磁気部材組を少なくとも一つ有
する磁気軸受とを備え」というのが正確な構成である。したがって,引用発明と補
正発明とは,明らかに異なる構造を有するものであって,本件審決において「前者
と後者に於いて,「励磁されるとき,前記固定子に対して回る回転軸を有し,前記
回転軸に取り付けられる第一磁気部材及び軸受座に取り付けられる前記第一磁気部
材と嵌合できる第二磁気部材を含む磁気部材組を少なくとも一つ有する磁気軸受と
を備える」点で構成が一致する」と断定していることは明らかに誤りである。
 (3) 相違点1の判断の誤り
  ア 審決は,相違点1の判断において,「相違点1は,単に磁気部材を取り付
ける軸受座,すなわち磁気軸受を構成する部材の配置位置の相違に係るものであっ
て」と認定したが,当該相違点1は,単に磁気軸受を構成する部材の配置位置の相
違にかかるものではなく,磁気軸受そのものの構造をどのように設計するかという
本質的な技術思想に関連するものである。その構造は,引用発明と補正発明とでは
相互に著しく異なるものであると同時に,それによって得られる機能や作用効果も
実質的に相違している。
 補正発明は,特許請求の範囲に記載されているとおり,「ベースと,軸受
座と,軸受座を収納するように,軸受座の周りに取り付けられている固定子と,励
磁されるとき,前記固定子に対して回る回転軸を有する回転子と,回転軸に取り付
けられる第一磁気部材及び前記軸受座に取り付けられる第二の磁気部材を含む磁気
部材組を少なくとも一つ有する磁気軸受」とが相互に有機的に結合して構成されて
いる磁気部材を有するモータであって,当該軸受座のみを取り出して,それ自身が
引用例の外筐円筒1と同一であるとか公知であるとか,あるいはそれが設けられる
位置が反対側であっても容易であるとかの議論をすることはまったく無意味であ
る。補正発明は,軸受座を含む上記の各構成要件が結合されて優れた作用効果を発
揮することが可能となっているものである以上,単に,引用例における外筐円筒1
の中に磁気軸受けが設けられているからといって,補正発明が引用例から容易と断
言することは妥当ではない。引用発明の外筐円筒1は,補正発明における当該軸受
座とはその配置位置が全く異なると共に,作用効果を全く異にするものである以
上,実質的に本願における軸受座とは異なるものであり,当該引用例から容易に推
考し得るものでない。
  イ 被告は,「軸受座を収納するように,前記軸受座の周りに取り付けられて
いる固定子を備えた形式のモータが周知である」と主張しているが,被告が上記主
張を根拠づけるものとして示す乙1等は,単に軸受座の周りに固定子が取り付けら
れているモータを示しているのみであって,補正発明の必須構成要件である上記し
た全ての構成要件が有機的に結合した構成に関しては,開示もなければ示唆もない
から,当業者であっても,乙1等と引用例とを結合させることによっても容易に補
正発明を推測し得るものではない。
 (4) 相違点2の判断の誤り
  ア 補正発明は,正確には,「ベースと,前記ベースに設けられる軸受座と,
前記軸受座を収納するように,前記軸受座の周りに取り付けられている固定子と,
励磁されるとき,前記固定子に対して回る回転軸を有し,同回転子が回るとき,磁
気浮上の現象が発生し,回転子が回転速度によって軸方向に決った位置に保ち,そ
の決った位置によって回転子と固定子との間に所定の磁気バイアスが存在する回転
子」とを備えたモーターであるから,相違点2の認定は誤りである。
  イ 審決は,相違点2にかかる補正発明に開示されたモータの構造は,例えば
特開平5-240241号公報(甲8,段落【0014】),特開平8-1030
61号公報(甲9,段落【0006】),特開平9-317684号公報(甲1
0)及び本願明細書の段落【0005】にも従来技術として記載されている事項等
で周知であると認定しているが,これら公知例も本願明細書の従来例についての記
載も,補正発明で特定しているモータの構造とは目的,構成,作用効果のいずれに
関しても,実質的に相違するものである。いずれの公知例や本願明細書の記載にも
補正発明を開示若しくは示唆する記載は見当たらない。
  ウ 補正発明でいう「磁気バイアス」とは,「回転子が回転するとき,回転子
と固定子の両者の磁気中心線が共線をもたない現象」である。回転子の異なる回転
速度によって,回転子と固定子両者の磁気中心線のずれの程度も異なるので,両者
の間の磁気バイアスの大きさも必然的に異なり,所定の決まった位置で回転してい
る回転子に一旦外力が作用すると,回転軸又は回転子が上記軸方向における所定の
位置からずれて,回転子と固定子の間の磁気バイアス量が所定の大きさから変化す
る。
 したがって,補正発明における当該「磁気バイアス」の定義は,特開平1
1-285195号公報(甲11)における「磁気バイアス」の定義とは明らかに異
なるものであって,同公報記載の技術は,補正発明に対する周知技術になり得な
い。
  エ 補正発明は,引用発明とは,相違点2のみならず,構成,作用効果におい
ても,実質的に相違するものである。引用発明には,補正発明における必須構成要
件を有機的に結合して得られたモータ構造に関しては開示も示唆もないのであるか
ら,補正発明は,引用発明とは実質的に異なる技術思想に基づいて創作された新規
かつ進歩性の大なる発明であることは明らかである。補正発明の技術構成及び目的
並びに作用効果を全く教示も示唆もしていない引用発明に,本件審決で言及してい
る公知例等に記載された発明をいかに結合してみても,補正発明を推測することは
極めて困難であり,当業者であっても相当の発明的努力なしには創作し得るもので
はない。
 3 取消事由3(本願発明についての判断の誤り)について
 仮に補正却下の判断に誤りがないとしても,審決の判断には以下のように誤り
がある。
 (1) 手続の違法性
 審決で引用例とされた特開平1-269719号公報(甲7)は,原審の拒
絶査定の備考欄の中で磁気部材を用いた磁気軸受の周知慣用技術として例示された
4件の特許公報中の一つとして指摘されているにすぎないものである。したがっ
て,原告は,引用例に対しては,意見を開陳する機会が原審審査中は一切与えられ
ていないのであり,正当な攻撃防御の手段を活用する機会が与えられなかった。特
許法159条2項で準用する同法50条の規定に従って原告に対して拒絶理由を通
知することが要求されるにもかかわらず,審決は,拒絶理由通知を発することな
く,上記の判断を行い,補正却下の決定を行うと同時に拒絶審決を行っているので
あるから,特許法159条2項の規定に違反している。
 (2) 一致点の認定の誤り
 審決は,引用発明(前者)と本願発明(後者)とを対比して,「前者の「基
板12」及び「外筐円筒1」がそれぞれ後者の「ベース」及び「軸受座」に,ま
た,前者の「マグネット6a,6b」,「マグネット7a,7b」及び「電機子1
3」が,それぞれその順に後者の「第一磁気部材」,「第二磁気部材」及び「固定
子」に相当することは明らかである。そして,引用発明の「金属円筒11」も補正
発明の「軸受座」も,共に少なくともベースに設けられる「部材」であって,その
固定子(電機子13)は,共に前記部材を収納するように,前記部材の周りに取り
付けられているといえる点で共通する。したがって,両者は,「ベースと,前記ベ
ースに設けられている部材と,前記部材を収納するように,前記部材の周りに取り
付けられている固定子と,励磁されるとき,前記固定子に対して回る回転軸を有す
る回転子と,前記回転軸に取り付けられる第一磁気部材及び軸受座に取り付けられ
る前記第一磁気部材と嵌合する第二磁気部材を含む磁気部材組を少なくとも一つ有
する磁気軸受とを備え,前記第一磁気部材と第二磁気部材との間の軸方向の磁気力
によって,前記回転子が前記ベースより離脱することを阻止する軸方向の磁気力
と,前記回転軸が径方向へ移動することを阻止する径方向の磁気力を形成すること
で,少くなくとも回転子が回る際,磁気部材組によって回転子を軸方向に決まった
位置に保たせることを特徴とする磁気部材有するモータ。」の点で一致」すると認
定した。
しかしがら,上記審決の認定は誤りである。その理由については,取消事由
2(2)で主張したのと同様であるから,その理由をここで援用する。
 (3) 相違点1aの判断の誤り
 審決は,引用発明と本願発明との相違点1aを「固定子がそれを収納するよ
うに,その周りに取り付けられているところの「部材」に関し,本願発明では,そ
れが「軸受座」であるのに対し,引用発明では,それが「(基板の右側に設けられ
ている)金属円筒11」であって,本願発明の軸受座に相当する「外筐円筒1」
は,本願発明の「ベース」に相当する「基板12」に(その左側に)設けられてい
るものとは認められるものの,その「外筐円筒1」の周りには何も取り付けられて
いない点。」と認定し,該相違点1aは前記相違点1と同じであり,その相違点1
aに対する判断も前記相違点1についての判断と同じであるとした。
 したがって,取消事由2(3)で主張した理由と同じ理由により,相違点1aに
関する判断に誤りがある。
第4 被告の反論の要点
 1 取消事由1(補正却下の違法性1)に対して
 審決に誤りはない。特許法17条の2第4項1号に定める「請求項の削除」
は,特許請求の範囲に複数に区分された請求項が存在することを前提として,その
複数の請求項に区分された特許請求の範囲において請求項の削除を目的とする補正
を認めたものであり,請求項の増加と削除が全く相反する概念であることは明らか
であるから,1号が請求項の増加を認めないものであることはその当然の前提とい
うべきである。
 また,特許請求の範囲は,特許を受けようとする発明について記載した請求項
の集合したものであるから,2号の「特許請求の範囲の減縮」は,各請求項につい
て行われるべきものである。すなわち,「補正前の当該請求項に記載された発明」
と「補正後の当該請求項に記載される発明」とは,一対一に対応すべきものであ
り,一対一に対応しなくなる請求項を増加する補正は,2号に該当せず,許されな
いものである。
 原告は,審査基準がn項引用形式請求をn-1以下の請求項に変更する補正を
認めていると指摘するが,n項引用形式の請求項は,実質的にはn個の数の請求項
を便宜上1つの請求項にまとめて記載しているものであるから,これを(n-1)
以下の数の請求項とする補正は,実質的な請求項の減少であり,そのために許され
ているものである。本件補正は,これに当てはまらない。
 2 取消事由2(補正却下の違法性2)に対して
 (1) 「手続の違法性」に対して
 審決がした手続に違法はない。特許法は,特許法53条1項の規定により補 
 正却下をするときに,拒絶の理由を通知する必要はないことを明確にしている。
 (2) 「一致点の認定の誤り」に対して
 ア 引用例においては,原告の主張するように他方の軸受部を構成するマグネ
ット6bと7bとの間に回転軸5と直交する方向に平面部が形成されていないとし
ても,例えば「マグネット7a,7bの外周は円柱状となり,対向面には,円錐形
の凹部が,図示のように形成されている。円錐斜面の角度は45度位となってい
る。この角度は,回転軸にかかる上下若しくは左右方向の外力の大きさにより変更
される。」(引用例2頁右下欄14~18行)との記載及び図1ないし図3から明
らかなように,マグネット6bと7bには,回転軸5に直交する方向から傾斜した
方向に,対向する円錐状(斜面の角度45°位)の傾斜面が形成されており,この
傾斜面の存在により,磁石の斥力によって,回転軸にかかる他の軸方向(左右方
向)の外力を補償する磁力,すなわち軸方向の補償磁力を発生することは明白であ
る(前記傾斜面の存在が,磁石の斥力の回転軸5の軸方向に垂直な方向(径方向)
の分力と回転軸5の軸方向に平行な方向(軸方向)の分力を生じることは技術常識
である。)。
なお,このことは,引用例の前記「・・この角度は,回転軸にかかる上下
若しくは左右方向の外力の大きさにより変更される。」との記載,及び「各マグネ
ット間の対向面の空隙は,すべて等しい設定された距離に保持されるように構成さ
れているので,マグネット6aと7b(被告注:7aの誤りと解される。)ならび
にマグネット6bと7b間の同極の反撥力により,各マグネットと回転軸5は図示
の位置に保持されて回転する磁気軸受を構成することができる。マグネット6a,
6bが,いかなる方向に移動しても磁気反撥力による復帰力が発生する効果があ
る。」(引用例3頁右上欄11~19行)との記載からも明らかなことである。
  イ 補正発明の「軸受座」が引用発明の「外筺円筒1」と構成上相違する点に
ついては,審決の【2】(2-2)(ハ)[相違点1]において,「固定子がそれ
を収納するように,その周りに取り付けられているところの「部材」に関し,補正
発明では,それが「軸受座」であるのに対し,引用発明では,それが「(基板の右
側に設けられている)金属円筒11」であって,補正発明の軸受座に相当する「外
筐円筒1」は,補正発明の「ベース」に相当する「基板12」に(その左側に)設
けられているものとは認められるものの,その「外筐円筒1」の周りには何も取り
付けられていない点。」と明確に認定している。引用発明の前記「外筺円筒1」
が,その内部に磁気軸受を構成するマグネット(7a,7b)を設けたものである
ことは明白である。
  ウ 引用発明の金属円筒11と補正発明の軸受座とがその構成上異なるもので
あることは,前記のとおり明確に認定しているところであって,原告も認めるよう
に引用発明の金属円筒11も補正発明の軸受座も共にベースに設けられる「部材
(構造物)」であって,その固定子は,前記部材を収納するように,前記部材の周
りに取り付けられている点で共通することは明らかであるから,審決が,引用発明
の金属円筒11と補正発明の軸受座との間の相違を前記のように相違点1として認
定することを前提に,その一致点を審決に記載のとおりに認定したことに誤りはな
い。
  エ 原告は,引用発明と補正発明における軸受部分の構造は,実質的に異なる
と主張しているが,補正発明においては,その第一磁気部材(引用例のマグネット
6a,6bが相当。)を回転軸に取り付けることは特定しているものの,当該回転
軸のどの部分に取り付けるかについては何ら特定していないのであるから,審決
が,その(第一磁気部材に係る)一致点として前記のとおり「前記回転軸に取り付
けられる第一磁気部材」と認定した上で,さらに相違点1として前記のとおりに認
定したことに誤りはない。
(3) 「相違点1の判断の誤り」に対して
 ア 補正発明の前記相違点1に係る発明特定事項は,要するに,磁気部材を有
するモータが,(ベースに設けられる)軸受座と,前記軸受座を収納するように,
前記軸受座の周りに取り付けられている固定子を備えるという構造を特徴とするも
のであって,このような構造は,磁気軸受が取り付けられる軸受座を(前記磁気軸
受以外の)他の構成部材(固定子,ベース)とどのような関連で配置するかという
技術思想(すなわち,軸受座と他の部材との関連構成)に係るものではあっても,
磁気軸受そのものの構造をどのように設計するかという本質的な技術思想に関連す
るものではない。
  イ 審決において,「軸受座を収納するように,前記軸受座の周りに取り付け
られている固定子を備えた」型式のモータが周知であるとする具体的な証拠を示さ
なかったのは,かかるモータ自体は引例を示すまでもなく周知であると認めたから
である(乙1:大隅,茂木編「小形回転機ハンドブック」,昭和37年8月20日
発行,乙2:特開昭53-23010号公報,乙3:実願昭53-115362号
(実開昭55-32661号)のマイクロフィルム等を参照。)。
    したがって,当業者であれば,前記周知技術(周知のモータ)に基づい
て,引用発明の金属円筒11の部分を軸受座として構成するように着想することに
より,そのマグネット(7a,7b)を軟鋼円筒1から当該金属円筒11の内面に
取り付けるように設計変更を施して,その固定子(電機子13)を,軸受座(金属
円筒11)を収納するように当該軸受座の周りに取り付けられている構成とするこ
と,すなわち,本願(補正)発明の前記相違点1を想到することは適宜容易になし
得るものと理解される。そして,そのように設計変更を施したことによる効果も,
当業者が当然に予測できる範囲のものというべきであるから,審決の認定・判断に
何ら誤りはない。
 (4) 「相違点2の判断の誤り」に対して
  ア 補正発明の「ベースと,前記ベースに設けられる軸受座と,前記軸受座を
収納するように,前記軸受座の周りに取り付けられている固定子と」を備える構成
は,前記のとおり審決が引用例との対比における相違点1に係る構成として認定し
ているのであるから,かかる構成を補正発明の相違点2に係る構成に含めなかった
からと言って格別誤りであるということにはならない。
  イ 特開平5-240241号公報(甲8),特開平8-103061号公報
(甲9),特開平9-317684号公報(甲10)は,審決([相違点2]につ
いて)にも記載したとおり,補正発明の前記相違点2に係る,少なくとも「固定子
と,励磁されるとき,前記固定子に対して回る回転軸(回転子)を有し,回転子が
回るとき,磁気浮上の現象が発生し,回転子が回転速度によって軸方向に決まった
位置に保ち,その決まった位置によって回転子と固定子との間に所定の磁気バイア
スが存在する回転子を備えるモータ」が開示されているとする認定の限度において
本願出願前周知の技術として引用したものであって,原告の上記主張は何らこの審
決の認定・判断を誤りであるとする根拠とはならない。
  ウ 甲11の「回転子と固定子の磁気中心線に所定のずれを持たせる」こと
と,補正発明の「回転子が回転するとき,回転子と固定子の両者の磁気中心線が共
線を持たない」こととは,共に回転子と固定子の両者の磁気中心線に所定のずれを
持たせる,すなわち,両者の磁気中心線が共線を持たないという同一の手段の別の
表現であると解されるものであって,同一の手段からは同一の作用,現象が生じる
ことは明らかである。
    すなわち,補正発明の定義する「磁気バイアス」の定義は,甲11におけ
る「磁気バイアス」の定義と同じであるというべきであり,これらを異なるものと
する原告の上記主張は失当である。
  エ 原告の主張する各作用効果を総合的に検討しても,引用発明に上記各周知
技術を適用した場合に奏する作用効果は,当業者が容易に予測し得る範囲内のもの
であって,格別顕著なものとはいえない。したがって,「補正発明は,上記引用例
に記載された発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができ
たものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許出願の際独立して特許
を受けることができないものである。」(審決7頁)とした審決の認定・判断に誤
りはない。
 3 取消事由3(本願発明に対する判断の誤り)に対して
 (1) 「手続の違法性」に対して
  ア 引用例(甲7)は,本願に対する拒絶査定で磁気軸受の構造の周知慣用技
術の一つとして提示されたものである。
    そうすると,審決が認定した引用発明の主要な技術的特徴を持つ磁気軸受
の構造が周知のものであることは明らかであって,このように周知のものと認めら
れる引用例に記載した技術事項を拒絶理由通知で示さなかったからといって,特許
法159条2項で準用する特許法50条に違反するとまではいえない(この点に関
し,参考資料2:東京高裁平成9年4月15日判決・同7年(行ケ)第92号事件
参照。)。
  イ また,特許法159条2項が,121条1項の審判(拒絶査定不服審判)
において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合に,同法50条の規定を準
用しているのは,審査手続において通知した拒絶理由によって出願を拒絶すること
は相当でないが,別個の理由によって拒絶するのが相当と認められる場合に,出願
人に対し意見書の提出又は補正の機会を与えることにあるものと解される。したが
って,特許庁は,拒絶の査定と異なる理由によって拒絶査定不服の審判請求を不成
立とする審決をする場合であっても,それが審査手続において既に通知した拒絶理
由の内容から容易に予想されるものであるなど,改めて拒絶理由を通知することに
より出願人に対し意見書の提出又は補正の機会を与えることを要しない場合には,
審判請求を不成立とすることができるものと解される(参考資料3:東京高裁平成
12年11月27日判決・同11年(行ケ)第118号事件参照。)
  ウ 引用例に記載された磁気軸受の構造は,本願発明の主要な,特徴的構成を
なす磁気軸受の構造と基本的に一致するものであることは明らかであって,引用例
の記載のみによって当該各発明の進歩性が否定されるに至ることも,直ちに理解さ
れるところであり,これに対応した審判請求書(意見書)の提出及び補正をするこ
とも,極めて容易であったというべきである。
    原告は,拒絶査定の謄本の送達後に提出した平成13年10月22日付け
の手続補正書(乙5)によって,審判請求の理由を補正して意見を述べると同時に
明細書の特許請求の範囲を補正し(甲6),本願発明(請求項1に係る発明)の構
成を補正発明(補正後の請求項1に係る発明)のとおりとしたものであるところ,
審決は,本件に係る手続補正を却下した上で,本願発明について,審決の【3】
(3-3)に示したとおり,引用例の記載のみに基づいて本願発明の進歩性を否定
したものであって,この判断は拒絶査定に提示した前記引用例の内容から直ちに理
解されるものであり,これに対する審判請求書(審判請求の理由を補正する手続補
正書)の提出及び明細書の記載を補正する手続補正書の提出によって,事実上意見
書の提出及び補正の機会が与えられたことは明らかであるから,改めて拒絶理由を
通知することにより出願人に対し意見書の提出又は補正の機会を与えることを要し
ないというべきである。
 したがって,引用例にのみ基づいて補正発明及び本願発明の進歩性を否定
する判断を行い,補正却下の決定を行うと同時に請求が成り立たないとの審決を行
っているからといって,特許法159条2項の規定に違反するものとはいえない。
 (2) 一致点の認定・相違点1aの判断について
 本願発明は,審決の【3】において認定したとおりであって,引用発明(特
開平1-269719号公報に記載の発明)と本願発明を対比した場合の相違点
(1a)は,引用発明と補正発明との対比における相違点(1)と実質的に同じで
あると認められ,原告が主張する本願発明の違法性についての主張は,基本的に補
正発明の違法性についての主張と同じであるから,これに対する上記被告の主張を
引用する。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1について(請求項を増加させる補正の適否)
   特許法17条の2は,その1項ただし書きで拒絶理由通知後にする補正につ
いて時期の制限を定め,3項でいわゆる新規事項にわたる補正を禁止するととも
に,4項で,1項3号の場合(補正が審判請求に伴ってされる場合)において特許
請求の範囲についてする補正は,4項1号ないし4号に掲げる事項を目的とするも
のに「限る」と規定している。請求項を増加させる補正は,原則として,特許法1
7条の2第4項(以下単に「4項」という。)で補正の目的とし得る事項として規
定された「請求項の削除」(1号),「特許請求の範囲の減縮」(2号),「誤記
の訂正」(3号),「明りょうでない記載の釈明」(4号)のいずれにも該当しな
いことは,規定の文言上明らかである。
   原告は,4項には,請求項を増加させてはならないと明記されていないか
ら,請求項の増加が禁止されるわけではなく,請求項の数が増加しても,補正後の
特許請求の範囲により特定される発明が全体として補正前の特許請求の範囲により
特定される発明に対して減縮されていれば,当該補正は,4項2号に該当するもの
として,許されるべきであると主張する。
   しかしながら,4項2号は,「特許請求の範囲の減縮」について,括弧書き
で「第36条第5項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事
項を限定するものであって,そのに記載された発明とその
に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする
課題が同一であるものに限る。」(傍点は判決)と規定しているから,同号にいう
「特許請求の範囲の減縮」は,補正前の請求項と補正後の請求項との対応関係が明
白であって,かつ,補正後の請求項が補正前の請求項を限定した関係になっている
ことが明確であることが要請されるものというべきであって,補正前の請求項と補
正後の請求項とは,一対一又はこれに準ずるような対応関係に立つものでなければ
ならない。そうであってみれば,増項補正は,補正後の各請求項の記載により特定
される各発明が,全体として,補正前の請求項の記載により特定される発明よりも
限定されたものとなっているとしても,上述したような一対一又はこれに準ずるよ
うな対応関係がない限り,同号にいう「特許請求の範囲の減縮」には該当しないと
いうべきである。
   原告は,特許庁の審査基準では,いわゆるn項引用形式で記載された一の請
求項をn-1以下の数の請求項とする補正を許容していると主張する。確かに,い
わゆるn項引用方式で記載された場合の形式上の増項補正は,一般的に上述した一
対一の対応関係が容易に看取されるのであるから,増項補正が許されることのある
ことは所論のとおりであるが,本件補正は,n項引用形式で規定された請求項につ
いてされたものではないから,原告の主張を採用することはできない。そして,本
件補正が上述した一対一又はこれに準ずる対応関係を充足するものでないことは明
らかであるから,本件補正は許されるものではない。
   原告は,また,4項が請求項の数を増加させる補正を許容していないとして
も,補正却下は本件補正によって追加された請求項に対してのみなされるべきであ
ると主張する。
   しかしながら,補正後の請求項4及びその従属項である請求項5ないし8
は,請求項1の補正として同項から独立させたものであるところ,上述のとおり,
本件では増項補正が許される場合に該当しないから,請求項1についての補正手続
は全体として許されないものというほかなく,したがって,補正前の請求項1を補
正後の請求項1にする手続部分も不適法なものというべきである。以上のとおりで
あるから,本件補正を不適法として却下すべきものとした判断には,誤りはない。
取消事由1は理由がない。
 2 取消事由2について(補正発明の独立特許要件)
   本件補正が特許法17条の2第4項に規定する補正の要件を満たさないこと
は前記1に判断したとおりである。したがって,補正発明の独立特許要件について
の審決の判断の当否を問うまでもなく,本件補正は許されないものであり,本件補
正を却下した審決に誤りはない。
 3 取消事由3(本願発明についての判断の誤り)について
 (1) 手続の違法について
   原告は,審決で引用例とされた特開平1-269719号公報(甲7)は,
拒絶査定の備考欄に周知慣用技術として例示された4件の特許公報のうちの1つに
すぎないから,特許法50条に規定に従って拒絶理由を通知することが要求される
にもかかわらず,審決は,拒絶理由を通知することなく,引用例に基づいて本願発
明の進歩性を否定する判断を行い,拒絶審決をした違法があると主張する。
  ア 甲3(拒絶理由通知書)によれば,平成12年4月11日付け(発送日同
月4月18日)で原告に通知された拒絶理由は,本願発明は,実願昭62-100
586号(実開昭64-6762号)のマイクロフィルム(甲12。以下「甲12
刊行物」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることが
できたから,特許法29条2項の記載により特許を受けることができないというも
のであった。
    また,甲5(拒絶査定謄本)によれば,拒絶査定は,本願を前記拒絶理由
通知書に記載した理由によって拒絶査定するというものであり,その備考欄には,
「回転軸に取り付けられる第一軸部材及び軸受け取り付けられる第一磁気部材と嵌
合する第二磁気部材を含む磁気部材組を少なくとも一つ有する磁気軸受を備え,前
記第一磁気部材と前記第二磁気部材との間の軸方向の磁気力によって,回転子がベ
ースより離脱することを阻止すると共に,径方向の磁気力で,前記回転軸が径方向
へ移動することを阻止する磁気部材を用いた磁気軸受は,本願出願前,周知慣用の
技術的事項である(例えば,特開平5-334674号公報,特開平5-1461
09号公報,特開平1-269719号公報,特開昭58-83552号公報等参
照。)。
    そして,磁気斥力を磁気軸受に存在させること,ならびに二つの磁気部材
組による磁気方向における磁気力の方向が互いに反対向きであることは,本願出願
前,周知慣用の技術である(例えば,上記例示文献等参照。)。
    また,第一磁気部材と第二磁気部材には,それぞれ台状に嵌合する嵌合面
が設けられる点については,本願出願前,周知慣用の技術である(例えば,上記例
示文献等参照。)。したがって,このような磁気軸受における周知慣用技術を,先
の拒絶理由通知書において引用した文献(判決注,甲12の公報)における磁気軸
受に用いることは,当業者が適宜なし得る程度の単なる設計的事項に過ぎないもの
と認められる。」と記載されていることが認められる。
    これらによれば,拒絶査定の理由は,本願発明は甲12刊行物に記載され
た発明と特開平5-146109号公報(甲7。「引用例」)を含む4件の文献等
に示される磁気軸受における周知慣用技術に基づいて,当業者が容易に発明をする
ことができた,というものであったと認められる。
    一方,審決は,拒絶査定の備考欄に周知慣用技術を示すものとして例示さ
れた4件の文献のうちの一つである上記特開平5-146109号公報(「引用
例」)を引用し,本願発明(請求項1に係る発明)は,引用例に記載された発明と
周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許
法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断し,原告の拒絶査定
不服審判の請求は成り立たないとしたものである。
  イ ところで,特許法159条2項は,拒絶査定不服審判において査定の理由
と異なる拒絶の理由を発見した場合には,同法50条の規定を準用し,拒絶査定不
服審判請求を不成立とする審決をしようとするときは,特許出願人に対し,拒絶の
理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければなら
ないこととしているが,同規定の趣旨は,審査手続において通知した拒絶理由によ
って出願を拒絶することは相当でないが,拒絶理由とは異なる理由によって拒絶す
るのが相当と認められる場合には,出願人が当該異なる理由については意見書を提
出していないか又は補正の機会を与えられていないことが通常であることにかんが
み,出願人に対し改めて意見書の提出及び補正の機会を与えることにあるものと解
される。
    拒絶査定不服審判について同法50条の規定を準用している趣旨が上述し
たものであるとすれば,審判手続で改めて拒絶理由を通知することなく,査定とは
異なる理由によって拒絶査定不服審判の請求を不成立とする審決をした場合であっ
ても,それが審査の過程で既に通知された拒絶理由の内容と重要な部分において一
致し,出願人が既にこれに対応する意見書(審判請求理由)を提出し,当該拒絶理
由を解消する補正をすることができたようなときには,改めて拒絶理由が通知され
なかったことをもって,特許法159条2項によって準用される同法50条の規定
に違反した違法があるとまではいえないと解される。
  ウ 本件においては,前記アのとおり,拒絶査定の理由は,本願発明が甲12
刊行物記載の発明及び引用例等によって認められる周知慣用技術に基づいて当業者
に想到容易であったとするものであるのに対し,拒絶査定不服審判請求を不成立と
した審決の理由は,本願発明が引用例及び周知慣用技術に基づいて当業者に想到容
易であったとするものであり,両者はともに引用例を含む公知刊行物の内容及び周
知技術に基づいて本願発明を想到容易と判断して本願を拒絶すべきものとしたもの
であるが,その想到容易とする判断における引用例の位置づけが変わっているとい
う限りにおいては,理由が異なっているということができる。
    しかし,本件における拒絶査定は,備考欄において,周知慣用であるとす
る技術の具体的内容である磁気軸受の構造を摘記し,その技術内容を示す文献とし
て引用例を挙げているから,引用例に記載された技術内容が拒絶査定の理由の実質
的な部分を構成しているものであり,しかも,拒絶査定の備考欄に引用例等に示さ
れる周知慣用技術の内容として摘記されている磁気軸受の構造は,本願発明の特徴
的な構成とされる磁気軸受の構造と基本的に一致するものであることが明らかであ
る。そうすると,引用例と周知技術に基づいて本願発明の進歩性を否定する判断
は,原告に対し既に通知された拒絶理由及び拒絶査定の内容と重要な部分において
共通し,原告がこれに対応した審判請求書(意見書)の提出及び補正をすることは
極めて容易であったというべきである。現に,原告は,平成13年10月22日付
けで,審判請求の理由に係る手続補正書(乙5)及び本願明細書の特許請求の範囲
を補正する手続補正書(甲6)を提出して,審判請求の理由を補充して意見を述べ
るとともに,本願発明の構成を本件補正後の請求項1ないし8のとおりとする補正
をしており,上記審判請求の理由に係る手続補正書の中では,拒絶査定の備考欄に
例示された引用例を含む4件の文献及び拒絶理由通知時の引例(1件)と補正発明
とを個別に対比し,「以上の各引例1~5との比較により,本願発明は,慣用手段
とは構造的に異なり,・・・という優れた作用効果を発揮出来るのである。かかる
本発明は慣用手段から容易に完成できるものではなく進歩性を有する発明であるこ
とが十分に理解される。」,「何れの引例にも,本願発明の必須の構成要件を結合
させて得られた技術構成に関しては,全く開示されておらずまたそれを示唆する記
載すら見られない以上,本発明は,各引例とは,実質的に異質の技術構成を採用し
ている事は明らかであります。」と意見を述べていることが認められる。(なお,
上記意見は,補正発明についてのものであるが,補正発明は,本願発明に限定要件
を加えてこれを減縮したものとされているのであるから,上記意見が内容的に本願
発明についての意見をも含むことになることは明らかである。)。
    以上の事実関係に照らすと,引用例に基づいてする進歩性の判断につい
て,原告に対し意見書の提出及び補正の機会が実質的に与えられたということがで
きるから,審判において引用例の記載に基づいて本願発明の進歩性を否定する判断
をするに当たり,改めて拒絶理由を通知することまでは必ずしも要求されるもので
はなかったというべきである。
  エ したがって,審決が,引用例に基づき進歩性を否定する拒絶理由を原告に
対し改めて通知することなく,引用例に基づき補正発明及び本願発明の進歩性を否
定する判断を行い,補正却下の決定を行うと同時に請求が成り立たないとの審決を
行ったことについては,結果的には,特許法159条2項の規定に違反した違法が
あるとまではいうことができない。
  (2) 「一致点の認定の誤り」について
  ア 審決は,引用発明と本願発明とを対比して,両者が,「ベースと,前記ベ
ースに設けられている部材と,前記部材を収納するように,前記部材の周りに取り
付けられている固定子と,励磁されるとき,前記固定子に対して回る回転軸を有す
る回転子と,前記回転軸に取り付けられる第一磁気部材及び軸受座に取り付けられ
る前記第一磁気部材と嵌合する第二磁気部材を含む磁気部材組を少なくとも一つ有
する磁気軸受とを備え,前記第一磁気部材と第二磁気部材との間の軸方向の磁気力
によって,前記回転子が前記ベースより離脱することを阻止する軸方向の磁気力
と,前記回転軸が径方向へ移動することを阻止する径方向の磁気力を形成すること
で,少なくとも回転子が回る際,磁気部材組によって回転子を軸方向に決まった位
置に保たせることを特徴とする磁気部材有するモータ。」の点で一致すると認定し
た(審決9頁)。 
    原告は,審決における上記一致点の認定は誤りであると主張し,その理由
として,次の点を挙げる。
   (a) 引用例の磁気軸受について,マグネット6aと7aとの間の斥力とマ
グ ネット6bと7bとの間の斥力はバランスしておらず,回転子を軸方向の 決
まった位置に保たせることができない。
   (b) 引用例の「外筺円筒1」は本願発明の「軸受座」に対応するものでは
ない。
   (c) 引用例の「金属円筒11」と本願発明の「軸受座」を,共に少なくと
もベースに設けられる「部材」であるとはいえない。
   (d) 引用例記載の発明は,「励磁されるとき,前記固定子に対して回る回
転軸を有し,前記回転軸には,回転子が取り付けられており,前記回転軸の内,当
該金属円筒11内から延長されて当該基板12の反対側であって当該金属円筒11
が設けられている面とは反対の方向に延設して取り付けられる外筐円筒1内に存在
している当該回転軸の部分に設けられた第一磁気部材及び当該「外筐円筒1」に取
り付けられる前記第一磁気部材と嵌合できる第二磁気部材を含む磁気部材組を少な
くとも一つ有する磁気軸受とを備え」というのが正確な構成であり,本願発明とは
異なる構造である。
  イ 原告主張の上記(b)(c)(d)の点は,審決が,「ベースと,前記ベースに
設けられている部材と,前記部材を収納するように,前記部材の周りに取り付けら
れている固定子と,励磁されるとき,前記固定子に対して回る回転軸を有する回転
子と,前記回転軸に取り付けられる第一磁気部材及び軸受座に取り付けられる前記
第一磁気部材と嵌合する第二磁気部材を含む磁気部材組を少なくとも一つ有する磁
気軸受とを備え」る点を一致点と認定したことに対するものであり,要するに,引
用発明の「金属円筒11」は,軸受座の機能を有せず,「外筺円筒1」は,電機子
13がそれを収納するように設けられておらず,本願発明の「軸受座」を備える構
成とは相違するというものである。
    本願発明の「軸受座」は,請求項1の記載によれば,「ベースに設けられ
ている」こと,「それを収納するように,その周りに固定子が取りつけられてい
る」こと,「回転軸に取り付けられる第一磁気部材と嵌合する第二磁気部材が取り
付けられる」ことにより特定されるものである。一方,引用発明の「外筐円筒1」
は,原告も認めるように,基板(の左側)に設けられ,回転軸に取り付けられる第
一磁気部材と嵌合する第二磁気部材が取り付けられるものであり,「金属円筒1
1」は,基板(の右側)に設けられ,それを収納するように,その周りに固定子に
相当する電機子13が取り付けられるものである。
    そうすると,審決は,回転軸に取り付けられる第一磁気部材と嵌合する第
二磁気部材が取り付けられる点に着目して,引用発明の「外筐円筒1」が本願発明
の軸受座に相当するとし,ベースに相当する基板に設けられ,それを収納するよう
に,その周りに固定子が取りつけられている点に着目して,引用発明の「金属円筒
11」と本願発明の軸受座を共通の「部材」であると認定したと解されるから,そ
の認定自体を誤りであるとすることはできない。
    そして,引用発明の「外筐円筒1」が,固定子に収納されるように,その
周りに固定子が取り付けられていない点,あるいは,「金属円筒11」に第二磁気
部材が取り付けられていない点については,審決は,相違点1aとして,「固定子
がそれを収納するように,その周りに取り付けられているところの「部材」に関
し,本願発明では,それが「軸受座」であるのに対し,引用発明では,それが
「(基板の右側に設けられている)金属円筒11」であって,本願発明の軸受座に
相当する「外筐円筒1」は,本願発明の「ベース」に相当する「基板12」に(そ
の左側に)設けられているとは認められるものの,その「外筐円筒1」の周りには
何も取り付けられていない点。」を認定している。したがって,相違点を看過した
ということもできない。
    以上のとおり,上記(b)(c)(d)を理由として,一致点の認定に誤りがあ
るとすることはできない。
  ウ 前記(a)に関して,引用例には,次の事項が記載されている。
   ① 「第1図において,記号1は軟鉄製の円筒である。円筒1の両側には,
マグネット7a,7bが嵌着されている。・・・マグネット7a,7bの外周は,
円柱状となり,対向面には,円錐形の凹部が,図示のように形成されている。円錐
斜面の角度は45度位となっている。この角度は,回転軸5にかかる上下若しくは
左右方向の外力の大きさにより変更される。
    記号5は回転軸で,その端部には,円錐形のマグネット6a,6bが固定
されている。図示のように,各マグネットは回転軸5に関して軸対称の関係位置に
ある。」(2頁右下欄6行~3頁左上欄2行)
   ② 「第2図において,マグネット6aと7aの対向面は,同極N極に着磁
され,マグネット6bと7bの対向面は,同極S極に着磁されている。同筒1と回
転軸5は軟鋼製なので,磁路となり,対向磁極の磁力線を増大し,又不要な磁束
が,対向空隙に流入して,反撥力に擾乱を与えない効果がある。各マグネット間の
対向面の空隙は,すべて等しい設定された距離に保持されるように構成されている
ので,マグネット6aと7aならびにマグネット6bと7b間の同極の反撥力によ
り,各マグネットと回転軸5は図示の位置に保持されて回転する磁気軸受を構成す
ることができる。
    マグネット6a,6bが,いかなる方向に移動しても磁気反撥力による復
帰力が発生する効果がある。
    マグネット6aと7aの右端の対向面は円筒状となっているので,径方向
の移動に関して,特に復帰力が大きくされている。
    マグネット6bと7bの左端部についても上記した事情は全く同じであ
る。」(3頁右上欄4~左下欄4行)
   ③ 図面(特に,第2図)には,引用例のマグネット6aと7aとの間に
は,円錐形の底部が軸と直交する方向に平面が存在するように記載されているのに
対し,マグネット6bと7bとの間には,軸と直交する方向の対向する平面は記載
されていない。
    原告は,上記の構成(特に③)から,マグネット6aと7aとの間には,
磁石の斥力によって軸方向の補償磁力が発生するが,他方の軸受部を構成するマグ
ネット6bと7bとの間には,磁石の斥力によって軸方向の補償磁力が発生しない
か,発生しても前記の軸受部に発生する軸方向の補償磁力よりも著しく弱いもので
しかないと主張する。しかし,マグネットは,円錐形の斜面を有し,その角度は4
5度程度で,回転軸に係る上下若しくは左右方向の外力の大きさにより変更される
ようになっているから,マグネット6b,7b間に軸と直交する対向面が存在しな
くても,両者間に軸方向の斥力が働かず,また,働くとしてもわずかであるとは解
することはできない。
    マグネット6a,7a及び6b,7bが円錐形の斜面で対向することは,
マグネット間に軸方向及び径方向の斥力を働かせ,両マグネット対の斥力が均衡す
ることにより,「マグネット6a,6bが,いかなる方向に移動しても磁気反発力
による復帰力が発生する効果がある」(上記②参照)のである。
    仮に,マグネット対の一方の斥力が他方の斥力より大きいとしても,その
斥力の差に応じて軸方向に移動し,両斥力がバランスするようにされることは明ら
かである。
    したがって,原告が主張するように,「マグネット6aと7aとの間の斥
力とマグネット6bと7bとの間の斥力はバランスしておらず,回転子を軸方向の
決まった位置に保たせることができない。」ということはできない。
エ 以上のとおり,審決の一致点の認定に誤りがあるとすることはできない。
 (3) 「相違点1aの判断の誤り」について
  ア 審決は,相違点1aの判断は引用発明と補正発明との相違点1の判断と同
じであるとした。相違点1についての判断は,「単に磁気部材を取り付ける軸受
座,即ち磁気軸受を構成する部材の配置位置の相違に係るものである」とし,「軸
受座を収納するように,前記軸受座の周りに取り付けられている固定子を備えた」
型式のモータ自体は,本願出願前周知のものとして認められるから,引用発明にお
いて,金属円筒11の部分を軸受座として構成するように着想して,軸受として機
能するマグネット6a,6b,7a,7b(磁気部材)を金属円筒11の部分(内
周面)に取り付けることにより,その電機子13(固定子)を軸受座を収納するよ
うに,軸受座の周りに取り付けられている構成とすること」は当業者が適宜容易に
なし得る程度のことというべきである。」というものである。
  イ 原告は,相違点1aは,単に磁気軸受を構成する部材の配置位置の相違に
かかるものではなく,磁気軸受そのものの構造をどのように設計するかという本質
的な技術思想に関連するものであり,その構造が引用発明と本願発明とでは相互に
著しく異なるものであると同時に,それによって得られる機能や作用効果も実質的
に相違していると主張する。
    しかし,相違点1aは,審決が認定したとおり,「固定子がそれを収納す
るように,その周りに取り付けられているところの「部材」に関し,本願発明で
は,それが「軸受座」であるのに対し,引用発明では,それが「(基板の右側に設
けられている)金属円筒11」であって,本願発明の軸受座に相当する「外筐円筒
1」は,本願発明の「ベース」に相当する「基板12」に(その左側に)設けられ
ているとは認められるものの,その「外筐円筒1」の周りには何も取り付けられて
いない点。」,すなわち,本願発明の軸受座に相当する外筐円筒1が,基板を挟ん
で金属円筒11と反対側にあり,基板固定子がそれを収納するように,その周りに
取り付けられてはいないというにすぎないものであるから,これが,磁気軸受その
ものの構造をどのように設計するかという本質的な技術思想に関連するものである
と認めることはできない。
    また,本願発明の作用効果は,本願明細書に記載されるとおり,
   「1.磁気力によって回転子を軸方向に決った位置に保ち,よって回転子が
回る際における軸受と止め輪(存在せず)その摩擦が避けられる。
   2.磁気力によって回転子が径方向に非接触的に支持されるため,回転軸の
径方向における摩擦がなくなる。
   3.磁気力によって回転子は軸方向の決った位置に保たれ,よって回転子と
固定子との間の磁気バイアスが減ることを防止している。」(段落0028)とい
うものであるところ,引用発明の磁気軸受においても,マグネット6a,6b,7
a,7bの作用により,回転軸を径方向及び軸方向の決った位置に保持できること
は,引用例記載のとおりである。そうすると,引用発明にも本願明細書に記載され
る上記作用効果があると認められるから,本願発明と引用発明の機能や作用効果が
実質的に相違しているという主張にも理由はない。
  ウ 原告は,被告が周知技術を示す文献として提示する乙1等は,単に軸受座
の周りに固定子が取り付けられているモータを示しているのみであって,本願発明
の全ての構成要件が有機的に結合した構成に関しては開示も示唆もないから,乙1
等と引用例とを組み合わせても本願発明を構成しないと主張する。
    しかし,審決は,「軸受座を収納するように,前記軸受座の周りに取り付
けられている固定子を備えた」型式のモータ自体は,本願出願前周知のものである
(審決5頁)とし,その周知であると認定した構成に基づいて判断をしたものであ
るところ,本願発明と引用発明の相違点1aが,単に,磁気軸受を構成する部材の
配置位置の相違にかかるものにすぎないことは,上記のとおりであり,また,乙1
ないし3によれば,「軸受座を収納するように,前記軸受座の周りに取り付けられ
ている固定子を備えた」型式のモータ自体は本願出願前周知であると認められる。
そうすると,審決が,「引用発明において,金属円筒11の部分を軸受座として構
成するように着想して,マグネット6a,6b,7a,7b(磁気部材)を金属円
筒11の部分(内周面)に取り付けることにより,その電機子13(固定子)を軸
受座を収納するように,軸受座の周りに取り付けられている構成とすること」は当
業者が適宜容易になし得る程度のことというべきである」と判断した点に誤りはな
いというべきである。 
 4 結論
   以上のとおり,補正を却下した審決の判断及び本願発明の進歩性を否定した
審決の判断に誤りはなく,他に審決を取り消すべき違法事由は見いだせない。
   よって,原告の請求は棄却されるべきである。
 東京高等裁判所知的財産第4部
       裁判長裁判官塚   原   朋   一 
                 
裁判官    古   城   春   実
          裁判官     田   中   昌   利

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛