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平成一一年(ネ)第三五四六号 特許権侵害損害賠償請求控訴事件(原審・東京地方
裁判所平成一〇年(ワ)第四六三〇号)
平成一一年一一月二五日口頭弁論終結
         判      決
     控訴人   大鵬薬品工業株式会社
右代表者代表取締役   A
     右訴訟代理人弁護士   松 尾   翼
  同           奥 野   久
同  内 田公 志
同  森 島庸 介
同  西 村光 治
同  土 井悦 生
 右訴訟復代理人弁護士  北之園 雅 章
 同  飯 田藤 雄
     被控訴人   シオノケミカル株式会社
     右代表者代表取締役   B
     右訴訟代理人弁護士   脇 田輝 次
      主      文
      本件控訴を棄却する。
      控訴費用は控訴人の負担とする。
         事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人 
1 原判決を取り消す。
2被控訴人は、控訴人に対し、金一八三万八三七七円及びこれに対する平成六年
一〇月一日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
 主文と同旨
第二 事案の概要
 事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由「第二 事案の
概要」のとおりであるから、これを引用する。なお、当裁判所も、「長生堂」、
「小分け」、「本件試験」、「後発医薬品」の用語を、原判決に準じて用いる。
(当審における控訴人の主張)
  原判決は最高裁判所第二小法廷平成一一年四月一六日判決(以下「本件最判」
という。)を引用して、本件試験を、特許法六九条一項に該当するとした。しか
し、本件は、以下のとおり本件最判とは本質的に異なり、その埒外に位置するもの
である。
一本件試験は、小分け製造承認申請に係るものである。
  本件試験は、製造元(長生堂)が確立した「規格及び試験方法」に従って、製
造元から譲り受けた製剤が、製造元が開示した規格に合致しているかどうかを確認
するだけの試験であって、その具体的内容は、①カプセルの重量を計測する、カプ
セルの崩壊時間を計測する、③含有成分量を計測する、④目視してカプセルの性状
を確認する等である。そして、これらの過程では試験方法を考案する等独自の創意
工夫を施すことは許されず、専ら製造元が確立した「規格及び試験方法」に従わな
ければならない。このように本件試験は、極めて単純かつ形式的な内容であり、そ
れによって新たな知見が得られる可能性は皆無である。特許法六九条一項が予定す
る試験は、それによって新たな知見が得られる可能性のあるものに限られると解す
べきであるから、本件試験は、これには含まれないものというべきである。
 本件最判は、後発医薬品の製造承認申請のための試験の特許法六九条一項の該
当性を否定すると、特許権の存続期間が終了した後も、なお相当の期間、第三者が
当該発明を自由に利用し得ない結果となり、そのことが特許権の存続期間が終了し
た後は、何人でも自由にその発明を利用することができ、それによって社会一般が
広く益されるようにするという特許制度の根幹に反すると判示している。
 しかし、小分け製造承認申請のための試験の適法性が否定されても、後発医薬品
メーカーが特許権存続期間中に製造承認申請用試験を行うことが認められる限り、
特許権存続期間終了後、後発医薬品が速やかに広く社会一般に普及される可能性は
確保されるから、本件最判が懸念するところの当該発明を自由に利用し得ないよう
な弊害は生じ得ない。
二 本件においては、長生堂から被控訴人に、特許権存続期間中にかかわらず、後
発医薬品の譲渡が行われている。
  小分け製造承認は、後発医薬品メーカーが専ら販売利益を極大化する手段とし
て利用しているのが実体である。小分け製造承認は、後発医薬品メーカーの特許権
存続期間終了後の販路拡大の実質を有するから、小分け製造承認申請の目的で、小
分け先に譲渡する製剤を製造すること自体が、将来の販売を目的として事前に特許
製品を製造・備蓄することに当たる。したがって、後発医薬品メーカーにとって
は、小分け先への製剤の譲渡は、特許権存続期間終了後の販売のための準備行為そ
のものであるから、特許権侵害行為である。
  小分け製造承認申請のための試験は、製造元が製造した製剤を対象とするもの
であるから、これを行うためには、製造元から製剤を譲り受けなければならない。
したがって、製造元からの製剤の譲り受けは、右試験の前提となる。
  後発医薬品メーカーが小分け製造承認申請を目的として特許権存続期間中に製
剤を譲渡する行為が特許権侵害行為になる以上、それを前提とする小分け製造承認
申請のための試験も、特許権侵害行為になり、許されないものというべきである。
三 本件においては、被控訴人が長生堂から譲り受け、小分け製造承認申請に添付
した生物学的同等性試験のデータは、虚偽、ねつ造あるいは薬事法違反の疑いすら
あり、申請そのものが薬事法に違反している可能性がある。このような生物学的同
等性試験のデータを利用する等して実施された本件試験は、特許法六九条一項の試
験に該当しない。
第三 当裁判所の判断
  当裁判所も、控訴人の本訴請求は理由がないと判断する。その理由は、次のと
おり当審における控訴人の主張に対する判断を付加するほかは、原判決の事実及び
理由「第三 争点に対する判断」と同じであるから、これを引用する。
(当審における控訴人の主張に対する判断)
一 控訴人は、本件試験について、それが極めて単純かつ形式的な内容であり、新
たな知見が得られる可能性が皆無であるから、特許法六九条一項が予定する試験に
は含まれないと主張する。
1 しかし、本件試験は、後発医薬品の製造につき薬事法一四条所定の承認申請を
するため、右申請書に添付すべき資料を得るのに必要な試験である。そうである以
上、特許法上、本件試験が特許法六九条一項にいう「試験」に当たらないとする
と、その結果が、特許制度の根幹に反するものとなること、及び特許権存続期間中
に本件試験のために特許発明に係る化学物質を使用することを排除し得るものと解
すると、それは特許権者に付与すべき利益として特許法が想定するところを超える
ものとなることは、原判決の事実及び理由「第三 争点に対する判断」一2、3の
とおりである。
2 この点に関して、控訴人は、小分け製造承認申請のための試験の適法性が否定
されても、後発医薬品メーカーが特許権存続期間中に製造承認申請用試験を行うこ
とが認められる限り、特許権存続期間終了後、後発医薬品が速やかに広く社会一般
に普及される可能性は確保されるから、本件最判が懸念するところの当該発明を自
由に利用し得ないような弊害は生じ得ないと主張する。
 しかし、特許権の存続期間が終了した後は、何人でも自由にその発明を利用する
ことができることが特許制度の根幹の一つであることは、原判決の事実及び理由
「第三 争点に対する判断」一1で述べられているとおりである。ところが、特許
権存続期間中は本件試験を行えないものとすると、特許権の存続期間が終了した後
も、なお相当の期間、被控訴人は本件発明を小分け製造という方法により利用する
ことができず、その自由な利用を妨げられることになる。これが前示特許制度の根
幹に反することは明らかである。
3 以上のとおり、控訴人の主張は、特許法六九条一項が予定する試験は、それに
よって新たな知見が得られる可能性のあるものに限られるとの独自の見解を根拠
に、右特許制度の根幹及び特許権者に付与すべき利益として特許法が想定するとこ
ろを無視しようとするものであって、採用することができない。
二 控訴人は、小分け製造承認申請の目的で小分け先に譲渡する製剤を製造するこ
と自体が、将来の販売を目的として事前に特許製品を製造・備蓄することに当た
り、特許権存続期間終了後の販売のための準備行為そのものであることを前提に、
後発医薬品メーカーが小分け製造承認申請を目的として特許権存続期間中に製剤を
譲渡する行為は特許権の侵害となるとして、本件試験についても、右製剤を使用し
たものであるから許されないと主張する。
1 しかし、弁論の全趣旨によれば、長生堂が被控訴人に対して行った後発医薬品
の譲渡は、本件試験の実施を唯一の目的とし、同試験に必要な量に限定して行わ
れ、右後発医薬品は、本件試験によって費消されてしまったことが認められるか
ら、右後発医薬品の製造・譲渡をもって、将来の販売を目的として事前に特許製品
を製造・備蓄したものということはできない。
2 本件試験は、小分け製造につき薬事法一四条所定の承認申請をするため、右申
請書に添付すべき資料を得るのに必要な試験であるから、本件試験に使用する後発
医薬品は、長生堂が製造して被控訴人に譲渡した製剤を用いなければならないこと
は明らかである。そうすると、長生堂の右製剤の製造・譲渡は、薬事法に基づく小
分け製造承認申請のための試験に必要な範囲のものというべきである。しかも、右
譲渡が、本件特許権の特許権存続期間中における控訴人の独占的実施の利益を害す
るものでもない。したがって、それが本件特許権を侵害したものということはでき
ない。
3 控訴人は、特許権存続期間終了後の販路拡大の実質を有する行為は、すべて特
許権侵害行為となるかのような口吻の主張をするが、もしそうだとすれば、独自の
見解というべきである。特許権存続期間終了後は、何人でも自由にその発明を利用
できることこそが、特許権制度の根幹の一つであることは前述のとおりであるか
ら、期間終了後の販路拡大のための行為は、特許権の効力の及ぶ特許発明に該当し
ない限り、特許権存続期間中であっても何ら制約を受けるものではなく、これが特
許法によって禁止されることはあり得ないからである。
4 以上のとおり、長生堂が被控訴人に対して行った後発医薬品の譲渡は、本件特
許権を侵害するものということはできないから、控訴人の主張は、その前提を欠く
ものである。
三 控訴人は、被控訴人が長生堂から譲り受け、小分け製造承認申請に添付した生
物学的同等性試験のデータが、虚偽、ねつ造あるいは薬事法違反の疑いすらあり、
申請そのものが薬事法に違反している可能性があり、本件試験がそのデータを利用
する等して実施されたことを前提として、本件試験について、特許法六九条一項の
試験に該当しないと主張する。
しかし、本件で問題になるのは、本件試験が特許法六九条一項の試験に該当する
か否かという純粋に特許法の解釈に関するものであって、被控訴人がした小分け製
造承認申請に対する薬事法上の評価に関するものではない。後者の問題は、原則と
して、薬事法の問題として、本件とは別の手続きでその解決が図られるべきであ
り、被控訴人がした小分け製造承認申請に、仮に薬事法上問題があるとしても、そ
の問題を根拠に本件試験を特許法六九条一項の試験に該当しないものと見ることが
許されるのは、右申請が、ねつ造の資料をねつ造と知りつつ提出するなど悪質であ
り、その悪質さのゆえに、そのために行われた本件試験も、もはや小分け製造承認
申請のために必要なものと評価し得ない特別の事情のある場合に限られるものとい
うべきである。
 ところが、この点について控訴人の主張するところは、結局のところ、被控訴人
が小分け製造承認申請に当たって添付した、長生堂から譲り受けた資料に問題があ
るというにとどまるものであり、これをもって右特別の事情に該当するものとする
ことはできない。その他、右事情に該当すべき事実は、本件全証拠によっても認め
ることができない。
 控訴人の右主張は、採用することができない。
第四 結論
 以上のとおり、原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから棄却すること
とし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条を適用して、主文のとおり
判決する。
   東京高等裁判所第六民事部
        裁判長裁判官  山  下   和  明
           裁判官  山  田   知  司
 
           裁判官 宍  戸   充

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