弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人平松久生の上告理由について。
 原審は、(一) 被上告人は、かねてDから五〇万円を借り受け、その支払のため
約束手形を振り出しその書替を繰り返してきたが、昭和四一年三月二四日本件手形
を右の書替手形として、満期を同年四月二五日と記載し、振出日及び受取人の各欄
を空白としたまま、訴外E製菓株式会社(以下E製菓と略称する。)の経理係で従
来から被上告人の用をも足していたFをしてD方へ持参交付させたが、その後、本
件手形は一か月の支払猶予を得て金額五〇万円の手形に書き替えられることになり、
Fは右満期の前日である同年四月二四日書替手形をD方へ持参し、本件手形は同年
六月二五日ころまでにDから被上告人に返還されたこと、(二) 一方、E製菓は、
訴外Gを通じて上告人から五五万八〇〇〇円を借り受けることになり、Fは同年四
月八日上告人から右金員を受領し、金額二〇万円、満期同年四月二六日及び金額三
五万八〇〇〇円、満期同年五月七日、いずれも振世人E製菓、受取人をH商店とす
る約束手形二通を上告人に交付したこと、(三) その後、E製菓の支払が困難とな
つたので、Fは、E製菓のため右金額二〇万円の手形について満期の前日である同
年四月二五日上告人に対し支払の猶予を求めたところ、上告人から担保の提供を求
められたが、E製菓には差し入れるべき格別の担保もなかつたところから、窮余の
末たまたまDから返還されて被上告人方にあつた本件手形を被上告人の承諾を得な
いで、E製菓の上告人に対する債務の担保として、翌四月二六日上告人に差し入れ
たこと、(四) ところが、その後間もなくE製菓が倒産したので、上告人は、本件
手形の振出日欄に同年四月二九日と記載し、受取人欄に自己の氏名を補充し、I信
用金庫に取立を委任し、同金庫において同年七月二五日に本件手形を支払のため呈
示したが支払を拒絶され、右金庫から本件手形の返還を受け、現にこれを所持して
いることをそれぞれ認定したうえ、本件手形が上告人の取得するところとなつた経
緯は右の如くであつて、上告人が本件手形の取得について悪意又は重大な過失があ
るものとすることは被上告人の主張立証しないところであるから、結果として本件
手形は被上告人の意思に基づいて流通におかれ、上告人に交付されたものといわざ
るをえないとし、その関係は被上告人が一旦Dから返還を受けたものを上告人に交
付し、上告人が自ら受取人欄に自己の氏名を補充したものであるから、両者の関係
は直接の当事者ということに帰着するところ、被上告人は本件手形がE製菓の上告
人に対する債務の担保として上告人に交付されたことは全く知らなかつたものであ
り、他に上告人と被上告人との間になんらの取引関係もなかつたことは本件口頭弁
論の全趣旨により明らかであるから、本件手形は原因関係を欠くものというべきで
あるとし、したがつて、被上告人は、上告人が善意で本件手形を取得したものであ
ると否とを問わず、上告人に対し本件手形の支払を拒否することができる旨判示し、
被上告人の原因関係欠缺の抗弁を是認して、上告人の被上告人に対する本件手形金
請求を認容した一審判決を取り消し、上告人の右請求を棄却したのである。
 しかしながら、上告人がFからの担保の趣旨で受け取つた本件手形の白地受取人
欄に自己の氏名を補充したものであるから、上告人と被上告人の関係は直接の当事
者ということに帰着する旨の原審の判断は、にわかに首肯することができない。な
んとなれば、原因関係欠缺の抗弁のごとく、ある手形債務者が特定の手形所持人に
対してのみ対抗しうるいわゆる人的抗弁の当事者は、手形上の形式的記載を基準と
してこれを決定すべきものではなく、現実の手形上の権利移転関係によつて決すべ
きものと解するのが相当であり、これを本件についてみるに、原審の前記認定した
ところによれば、受取人欄白地の本件手形は、E製菓の被用者たるFによつて被上
告人方より同人の承諾を得ないで持ち出され、E製菓の上告人に対する債務担保の
目的で同人に譲渡されたものと解せられる余地もあるから、もしそうであるとする
ならば、右手形の流通経路からみて、上告人と被上告人が原因関係欠缺の人的抗弁
を受ける直接の当事者ではないというべきである。したがつて、原審が、受取人欄
補充によつて上告人と被上告人の関係が右の意味における直接の当事者ということ
に帰着する旨の判断をしたのは、法令の解釈適用を誤つた違法があるものといわな
ければならない。
 そうすると、上告人と被上告人間には本件手形につき原因関係を欠くとして被上
告人主張の原因関係欠缺の抗弁を是認した原判決には、叙上のような違法があり、
この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は結局理由
がある。
 よつて、原判決を破棄し、さらに審理を尽くさせるため本件を原審に差し戻すこ
ととし、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    下   田   武   三
            裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    岸       盛   一
            裁判官    岸   上   康   夫

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