弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件抗告を棄却する。
         理    由
 一 抗告趣意第一点について
 所論は、まず、警視庁高輪警察署派遣警視庁刑事部捜査第四課司法警察員がAに
対する傷害、暴力行為等処罰に関する法律違反被疑事件について平成二年五月一六
日申立人方においてしたビデオテープの差押は憲法二一条に違反する旨主張する。
 そこで検討すると、報道機関の報道の自由は、表現の自由を規定した憲法二一条
の保障の下にあり、報道のための取材の自由も、憲法二一条の趣旨に照らし十分尊
重されるべきものであること、取材の自由も、何らの制約を受けないものではなく、
公正な裁判の実現というような憲法上の要請がある場合には、ある程度の制約を受
けることがあることは、いずれもB駅事件決定(最高裁昭和四四年(し)第六八号
同年一一月二六日大法廷決定・別集二三巻一一号一四九〇頁)の判示するところで
ある。そして、その趣旨からすると、公正な刑事裁判を実現するために不可欠であ
る適正迅速な捜査の遂行という要請がある場合にも、同様に、取材の自由がある程
度の制約を受ける場合があること、また、このような要請から報道機関の取材結果
に対して差押をする場合において、差押の可否を決するに当たっては、捜査の対象
である犯罪の性質、内容、軽重等及び差し押さえるべき取材結果の証拠としての価
値、ひいては適正迅速な捜査を遂げるための必要性と、取材結果を証拠として押収
されることによって報道機関の報道の自由が妨げられる程度及び将来の取材の自由
が受ける影響その他諸般の事情を比較衡量すべきであることは、明らかである(最
高裁昭和六三年(し)第一一六号平成元年一月三〇日第二小法廷決定・刑集四三巻
一号一九頁参照)。
 右の見地から本件について検討すると、本件差押は、暴力団組長である被疑者が、
組員らと共謀の上債権回収を図るため暴力団事務所において被害者に対し加療約一
箇月間を要する傷害を負わせ、かつ、被害者方前において団体の威力を示し共同し
て被害者を脅迫し、暴力団事務所において団体の威力を示して脅迫したという、軽
視することのできない悪質な傷害、暴力行為等処罰に関する法律違反被疑事件の搜
査として行われたものである。しかも、本件差押は、被疑者、共犯者の供述が不十
分で、関係者の供述も一致せず、傷害事件の重要な部分を確定し難かったため、真
相を明らかにする必要上、右の犯行状況等を収録したと推認される本件ビデオテー
プ(原決定添付目録15ないし18)を差し押さえたものであり、右ビデオテープ
は、事案の全容を解明して犯罪の成否を判断する上で重要な証拠価値を持つもので
あったと認められる。他方、本件ビデオテープは、すべていわゆるマザーテープで
あるが、申立人において、差押当時既に放映のための編集を終了し、編集に係るも
のの放映を済ませていたのであって、本件差押により申立人の受ける不利益は、本
件ビデオテープの放映が不可能となって報道の機会が奪われるというものではなか
った。また、本件の撮影は、暴力団組長を始め組員の協力を得て行われたものであ
って、右取材協力者は、本件ビデオテープが放映されることを了承していたのであ
るから、報道機関たる申立人が右取材協力者のためその身元を秘匿するなど擁護し
なければならない利益は、ほとんど存在しない。さらに本件は、撮影開始後複数の
組員により暴行が繰り返し行われていることを現認しながら、その撮影を続けたも
のであって、犯罪者の協力により犯行現場を撮影収録したものといえるが、そのよ
うな取材を報道のための取材の自由の一態様として保護しなければならない必要性
は疑わしいといわざるを得ない。そうすると、本件差押により、申立人を始め報道
機関において、将来本件と同様の方法により取材をすることが仮に困難になるとし
ても、その不利益はさして考慮に値しない。このような事情を総合すると、本件差
押は、適正迅速な捜査の遂行のためやむを得ないものであり、申立人の受ける不利
益は、受忍すべきものというべきである。
 結局、所論は、B駅事件決定の趣旨に徴して理由がなく、これと同旨の原決定は
正当である。
 所論は、次に、判例違反をいうが、原決定は所論引用の判例と相反する判断をし
たものではないから、理由がない。
 二 同第二点について
 職権により調査すると、差押に係るビデオテープ二九巻のうち、二四巻(原決定
添付別紙目録番号1ないし11、13、14、19ないし29)は平成二年五月三
〇日、一巻(同番号12)は同年六月六日、それぞれ申立人に還付済みであること
が認められる。そうすると、本件差押の取消を求める準抗告のうち、これらの還付
済み物件に関する部分は、申立の利益を欠き、これと同旨の原判断は正当である。
 三 よって、刑訴法四三四条、四二六条一項により、裁判官奥野久之の反対意見
があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
 裁判官奥野久之の反対意見は、次のとおりである。
 私は、抗告趣意第一点について、多数意見と結論を異にする。すなわち、C事件
決定(最高裁昭和六三年(し)第一一六号平成元年一月三〇日第二小法廷決定・刑
集四三巻一号一九頁)においては、報道機関のビデオテープに対する差押が許され
るとした多数意見にくみしたが、本件の差押については許されないと考える。
 C事件と本件とを対比しながら、適正迅速な捜査を遂げるための必要性と、報道
機関の報道の自由が妨げられる程度及び将来の取材の自由が受ける影響等を比較衡
量すると、C事件の犯罪は、国民が広く関心を寄せる重大な贈賄事犯であったが、
本件の犯罪は、軽視できない悪質な事犯とはいえ、C事件ほど重大とはいえない。
また、C事件の場合には、ビデオテープは、犯罪立証のためにほとんど不可欠であ
ったのに対し、本件の場合には、暴力団員が不十分ながら犯行を認め、目撃者もお
り、ただそれらの供述と被害者の供述とに一致しないところがあるため、ビデオテ
ープが必要となったのであるから、ビデオテープの証拠としての必要性は、C事件
よりも弱い。そうすると、本件の差押によって得られる利益は、C事件のそれと比
較すると、相当に小さいというべきである。他方、C事件の場合には、賄賂の申込
を受けた者が贈賄事件を告発するための証拠を保全することを目的として報道機関
に対しビデオテープの採録を依頼し、報道機関がこの依頼に応じてビデオテープを
採録したのであるから、報道機関はいわば捜査を代行したともいえるのに対し、本
件の場合は、報道機関は、もっぱら暴力団の実態を国民に知らせるという報道目的
でビデオテープを採録したものであるから、本件の報道機関の立場を保護すべき利
益は、C事件のそれに比して、格段に大きいというべきである。
 以上のとおりであるから、所論の本件ビデオテープの差押は、違法なものである
といわなければならない。
  平成二年七月九日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    藤   島       昭
            裁判官    香   川   保   一
            裁判官    奥   野   久   之
            裁判官    中   島   敏 次 郎

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