弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役28年に処する。
未決勾留日数中150日をその刑に算入する。
理由
【罪となるべき事実】
被告人は,平成21年5月ころ,Aと知り合い,同年10月17日ころから交際
及び松山市内での同棲を始めた。被告人は,Aと知り合って程なく,Aに対して,
スナックの仕事が終わったら連絡をするよう求めるようになり,連絡に関するAの
対応等への不満を感じた被告人が,長時間にわたってAに説教することも度々あっ
た。また,同年12月ころ以降は,被告人がAに暴力を振るうこともあり,平成2
2年1月1日には,Aの顔面を足蹴りにして青あざを作る暴行を加えたこともあっ
た。Aは,同年6月ころ,被告人の度重なる暴力等から,同棲していたマンション
を出た。そして,被告人との交際をやめようと考えたが,自分一人では話を付けら
れないと考え,母であるBに相談した。B及びその妹は,同年7月初旬ころ,被告
人と会って話し合い,その席上で,被告人は,Aと別れること及び松山市内のマン
ションを同年8月末で退去することを了承した。Aは,同月中旬ころから,別の男
性と交際を始めたものの,Aの方から被告人に連絡をしたり,被告人のもとを訪れ
たりするなどしていた。
そのような中,被告人は,同年8月5日,松山市内の実家から帰るため,Aに自
動車で迎えに来るよう頼んだ。Aは,被告人を迎えに行った際に,被告人の家族と
会うことになり,被告人とAが交際しているものと誤解した被告人の母親から,お
盆のころにも来るよう誘われた。
Aは,同月15日,被告人の誘いを断りきれず,娘であるCを連れて被告人の実
家を訪れ,被告人の家族と食事をするなどし,宿泊した。被告人は,同日深夜から
翌日未明にかけて,Aの携帯電話を盗み見て,Aが別の男性と交際していると確信
し,Aを問い詰めた上,被告人か別の男性のいずれかとの関係を切るよう要求した。
これに対し,Aは,別の男性との関係を切ると答えた。
被告人は,上記Aの返答後の言動に不信感を抱き,同月28日,「会うのは最後に
するから。」などと言い,Aに対し,被告人が住む松山市内のマンションに来るよう
求めた。被告人は,翌29日に同マンションを訪れたAと過ごしているうちに,A
ともう一度交際をしたいと思うようになり,翌30日午前3時ころから2時間ほど
かけてAに復縁を迫り,Aは,最終的には「うん。」と答えた。被告人は,Aが復縁
を承諾したものと考えた。
被告人は,同日午後8時ころ,実家を訪れて,父親と将来の話をするなどした。
被告人は,翌31日午前0時40分すぎころ,実家から,B方にいたAに電話をか
けた。その際,Aは「交際はしないし,もう会わない。」などと言い,それを聞いた
被告人は,Aに裏切られたなどと感じて憤激し,Aを殺して自分も死ぬことを決意
した。
第1被告人は,実家から出刃包丁を持ち出し,バイクに乗ってB方へ赴いたが,
Aを殺す前にAの口からAの考えを聞こうと思い,Aに前記出刃包丁を示すな
どして自動車の助手席に乗せ,同車を運転して連れ出し,山に向かった。上記
自動車が,松山市a町b丁目付近の交差点で停止し,再発進した際,Aは,走
行中の自動車から脱出をはかり飛び出した。被告人は,その髪をつかんでこれ
を阻止し,そのまま自動車を走行させ,Aは自動車に引きずられた。そこで,
被告人は,その場でAを殺害することを決意し,同日午前3時35分ころ,松
山市a町c丁目付近路上において,A(当時24歳)に対し,殺意をもって,
逆手に持った前記出刃包丁(刃体の長さ約16.4センチメートル)で,左腰背
部を1回突き刺した後,Aを地面に押さえつけた上,その胸部や腹部等を狙っ
て,数回突き刺し,Aに加療約1か月間を要する左腰背部刺創,胸部刺創,左
第4,5肋軟骨切断,左第4肋間動脈損傷,左外傷性開放性気胸,右外傷性開
放性血気胸,外傷性出血性ショック等の傷害を負わせたが,Aを死亡させるに
至らず,殺害の目的を遂げなかった。
第2被告人は,Aが動かなくなったことから,Aが死亡するであろうことを確信
し,B方へ自動車で向かったが,その道中,今度はBに対する怒りを募らせ始
めた。被告人は,同日午前3時45分ころ,松山市内のB方において,Cを抱
きかかえていたB(当時62歳)に対し,殺意をもって,前記出刃包丁を逆手
に持ち,その背部を2回突き刺した上,床に崩れ落ち命乞いをしていたBから,
Cを取り上げて近くに座らせ,Bの肩を手で突いて床に倒し,その腹部等を狙
って前記出刃包丁で2回突き刺し,よって,そのころ,同所において,Bを腹
部刺切創に基づく失血により死亡させて殺害した。
第3被告人は,業務その他正当な理由による場合でないのに,同日午前3時35
分ころから同日午前3時45分ころにかけて,前記松山市a町c丁目付近路上
から前記B方に至るまでの場所において,前記出刃包丁1本を携帯した。
【証拠の標目】省略
【法令の適用】省略
【量刑の理由】
1Bに対する殺人について
(1)被害結果
本件の量刑を決めるにあたり最も重視したのは,被告人の犯行により,Bの
尊い生命が奪われるという取り返しのつかない結果が生じている点である。本
件によって突然その生命を絶たれたBの無念さは,察するに余りある。このよ
うな結果が重大であることは明らかであり,被告人の刑事責任は極めて重大で
ある。
(2)犯行態様
被告人は,殺傷能力の高い出刃包丁を逆手で持ち,Bの動きが鈍くなるまで,
その身体を手加減することなく突き刺している。致命傷になった腹部の刺創は,
出刃包丁の根元付近までに達するものもあり,これらの突き刺し行為は,非常
に強い力でされていると認められる。
また,被告人は,一旦Bの背中を刺した後,当時3歳のCを抱えて命乞いを
するBを意に介さず,Cを取り上げた上で,そのCの面前で,Bの無防備な腹
部を2度強い力で突き刺している。
このように,Bに対する犯行は,強固な殺意をもってされた残忍なものとい
える。
(3)動機
被告人がBを殺害しようと考えた動機につき,被告人は,Aとの話し合いを
邪魔されたこと,Cを盾にして命乞いをしていると感じたことなどを供述する
が,その犯行動機は,必ずしも判然としない。しかし,そのいずれが主たる動
機であっても,筋違いも甚だしい。Bは,全く落ち度がないにも関わらず,被
告人によってその生命を理不尽に奪われたものといわざるを得ず,酌量の余地
は一切ない。
(4)被害感情
Aを含むBの遺族は,Bが無惨に殺害されたことについて,強い衝撃を受け,
深い悲しみを覚えている。このような遺族が被告人に対し厳罰を求めるのは当
然である。
(5)Cへの影響
Cは,Bが刺され死んでいく状況を目の当たりにし,その惨状を記憶してし
まっており,そのことが今後Cの心に深刻な影響を与える可能性がある。この
点は,被告人の犯行がもたらした影響として,量刑上無視し得ない。
2Aに対する殺人未遂について
(1)犯行態様・結果
被告人は,殺傷能力の高い出刃包丁を逆手で持ち,手加減することなく,A
の身体を,その動きが鈍くなって死亡するだろうと確信するまで,突き刺し続
けている。出刃包丁の根元付近までに達する胸部刺創を負わせるなど,非常に
強い力で突き刺している点は,Bに対する攻撃と同様である。Aに対する犯行
は,強固な殺意をもってされたものと認められる。
Aの傷害は,加療期間のみをみれば約1か月間にとどまっている。しかし,
突き刺さった包丁が心臓を傷付けなかったことも,総血液量の約2倍もの出血
があったにも関わらず生存していたことも,共に奇跡といって過言ではない。
本件犯行が,Aの生命に対する極めて高い危険性を有するものであったことも
明らかである。
(2)犯行動機
被告人がAの殺害を決意するに至った経緯は,罪となるべき事実で認定した
とおりである。Aの被告人への対応の仕方にも問題がないではなく,このこと
に被告人が思い悩んでいたことは事実であり,こうした経緯を量刑判断にあた
って一定程度考慮する余地はあるが,その点を踏まえても,Aの側に本件の被
害に遭わなければならないような落ち度があるとは到底認められない。
3その他の事情
被告人は,自己の犯行を認めて反省の弁を述べているが,本件各犯行の結果も,
本件各犯行に至った自己の問題性も,必ずしも正面から受け止めているとは認め
られない。さらに,被告人が,被害者や遺族に対して賠償等のみるべき慰謝の措
置を一切とっていないことなども併せ考えると,その反省は十分なものとはいえ
ない。
4これらの事情を踏まえれば,本件については,有期懲役刑を選択した上,被告
人を懲役28年に処するのが相当である。
(求刑―懲役30年,弁護人の量刑意見―懲役15年ないし23年)
平成23年5月31日
松山地方裁判所刑事部
裁判長裁判官足立勉
裁判官伊藤隆裕
裁判官寺戸憲司

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