弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
原判決を取り消す。
被控訴人らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は,第1,第2審とも,被控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文と同旨
第2事案の概要
1本件は,株式会社P1(以下「P1」という。)に勤務していたP2(以下
「亡P2」という。)が,くも膜下出血を発症して死亡したことについて,
業務に起因するものであるとして,亡P2の父母である訴訟承継前第1審原
告P3及び被控訴人P4が,中央労働基準監督署長に対し,労働者災害補償
保険法(以下「労災保険法」という。)による遺族補償給付及び葬祭料の支
給を請求したところ,中央労働基準監督署長から平成12年3月31日付け
で労災保険法による遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分(以下
「本件不支給処分」という。)を受けたことから,その取消しを求めた事案
である。
原審は,亡P2のくも膜下出血の発症についての業務起因性を肯定し,本
件不支給処分は違法であると判断して,同処分を取り消した。そこで,原審
の認定判断を不服として,控訴人が控訴を提起した。
2前提となる事実及び争点は,原判決の「事実及び理由」中「第2事案の概
要」の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。
争点に関する当事者双方の主張は,後記3及び4のとおりである。
なお,訴訟承継前第1審原告P3は原審口頭弁論終結後の平成▲年▲月▲
日に死亡し,被控訴人P5が,相続により同人の権利義務を承継したことに
伴い,当審において,同人の訴訟手続を承継した。
3被控訴人らの主張
(1)労災保険法7条1項1号の「業務上の疾病」の意義
ア労災保険法7条1項1号の「業務上の疾病」とは,業務と疾病との間
に合理的関連性があることで足りる。
仮に,業務と疾病との間に相当因果関係が必要であるとしても,業務
が相対的に有力な原因であることは要せず,業務の遂行が基礎疾患等を
誘発又は増悪させて発症の時期を早めるなど,業務が基礎疾患等と共働
原因となって疾病の発症や死亡の結果を招いたと認められる場合には,
当該疾病は「業務上の疾病」と解すべきである。すなわち,①被災労
働者の従事した業務が,同人の基礎疾患をその自然経過を超えて増悪さ
せる要因となり得る負荷(過重負荷)のある業務であったこと,②被
災労働者の基礎疾患がその自然経過により脳・心臓疾患を発症させる直
前まで増悪していなかったことが認められる場合には,業務起因性が肯
定される。そして,被災労働者は,通常の日常業務を支障なく遂行して
いたことを立証すれば,当該被災労働者の基礎疾患は確たる発症因子が
なくてもその自然経過により脳・心臓疾患を発症する寸前にまで進行し
ていたとは認められないとして,上記②の要件を充足するものと解すべ
きである。
イまた,上記①の過重負荷の判断は,基礎疾患等を有し又は基礎疾患等
を発症した当該労働者を基準として業務の過重負荷の有無及び程度を判
断すべきであり,仮に,当該労働者を基準としないとしても,使用者に
よって労務の提供が期待されている者の中で最も危険に対する抵抗力の
弱い者を基準として,医学的経験則ではなく一般経験則に照らし,脳・
心臓疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて有意に
増悪させ得ることが,客観的に認められる負荷といえるか否かによって
判断するのが相当である。
ウ新認定基準は,行政の適正,迅速処理などの運用のための内部通達とし
て定められたものであり,業務起因性の判断について,裁判所を拘束する
ものではない。
(2)亡P2の業務の量的過重性について
ア発症前6か月間の時間外労働時間
タイムカードその他の証拠により,最低限認められる亡P2の発症前
6か月間の労働時間は,原判決別表1のとおりである。すなわち,各月
の時間外労働時間は,発症前1か月目(平成8年7月26日から同年8月
24日まで)は42時間33分,発症前2か月目(同年6月26日から同
年7月25日まで)は80時間32分,発症前3か月目(同年5月27日
から同年6月25日まで)は99時間23分,発症前4か月目(同年4月
27日から同年5月26日まで)は33時間16分,発症前5か月目(同
年3月28日から同年4月26日まで)は75時間17分,発症前6か月
目(同年2月27日から同年3月27日まで)は52時間00分であった。
また,亡P2は,くも膜下出血発症以前の平成8年の夏休みころから,
頭痛等の自覚症状を周囲に訴えており,くも膜下出血の前駆症状として頭
痛等が発症していた。そうすると,亡P2の労働の過重性を適切に評価す
るためには,前駆症状が発症した夏休みの初日である同年8月9日を起算
日としてさかのぼって算出すべきである。その場合には,時間外労働時間
が80時間を超える月が発症前2か月目,3か月目,6か月目であり,7
0時間から80時間の間が1か月目であり,40時間を下回る月が4か月
目と5か月目となる。
イ上記時間外労働時間の算出方法
(ア)休憩時間について,P1では従業員に残業時間の抑制を指示し,亡
P2は,タイムカード上,労働時間を過少申告していた。亡P2が正午
前後に出勤していた日について,まとまった昼食休憩を想定すれば,亡
P2の休憩時間は1日平均1時間とすべきである。
(イ)休日の労働時間は,一律8時間とした。
(ウ)平成8年2月及び3月の労働時間については,亡P2は,裁量労働
制適用対象者としてタイムカードがなく,出勤表により深夜,休日労働
のみを申告していた。しかし,当時の出勤表の記載については,P1が
所在したビルの警備日誌(乙30の7ないし12)や深夜業務交通費伝
票(乙31の1ないし5)などの他の資料によると,正しい労働実態を
反映したものではないことが明らかであるから,他の資料から労働実態
が判明しない日についてのみ,出勤表の記載によるべきである。
ウ夜間勤務
亡P2は,長時間労働に従事し,しかも,その労働時間帯も深夜労働が
極めて多く,特に,P6グループ在籍中は,デジタルP7の更新作業のた
め,水曜日の夜に,翌日の早朝まで働くことが常態化していた。
エ亡P2の業務が量的に過重であったこと
亡P2の労働実態は,上記アからウのとおり,極めて過酷かつ不規則で
あり,亡P2の業務が量的に過重であったことは明らかである。
(3)亡P2の業務の質的過重性について
ア編集業務の特徴からみた過重性
編集業務は,常に幅広い情報の収集,記事企画を構想するための情報
分析ないし発想作業を必要とし,労働時間だけでは評価しきれない過重
性がある。他方,担当記事の編集を仕上げるためには,誤字脱字のチェ
ックやレイアウト,色等の細部にわたる点検が不可欠であり,精神的な
集中力を要求される。さらに,編集業務においては,神経を使う取材の
関連資料の収集と検討,記事に必要なデータ等の収集,関係先との連絡
調整,記事完成後の関係先へのフォローなどが不可避であり,広告主へ
の配慮や営業担当社員とのやり取りなどの負担が増加していた。したが
って,亡P2が担当していた編集業務は,それ自体が相当に過重な業務
であった。
イP1の人事制度とその重圧
P1は,利益至上主義に基づき,能力主義・業績主義による人事とし
て,極めて短期に従業員の人事考課を繰り返し,その結果を,賞与の額,
昇給・昇格の有無,人事異動等に反映させる仕組みを採用していた。か
かる労働環境下において,亡P2は,評価が低下すれば,自らが希望す
る職種でのキャリアアップの機会を奪われるという重圧を常に受けてい
た。
ウP7編集課における業務の過重性
(ア)亡P2は,平成4年7月にP7編集課に配属されて以来,記事の
担当以外に「表紙」及び「進行管理」などの課内業務を並行して担当
していた。これらの業務は,重要な業務であり,相当の時間を要する
業務であった。
(イ)亡P2は,編集課内で能力を評価されるに従い,リニューアル号
の第1特集(甲11)など重要な記事を任されるようになり,失敗で
きないという重圧を受けていた。
(ウ)P7編集課においては,「情報誌編集者におくる編集ガイドブッ
ク」が存在したり,各編集記事について,読者によるアンケートの集
計結果(支持率)が各編集者に配布されるなど,各編集者に高度のレ
ベルの編集業務を行わせるべく働きかけが行われていた。
エデジタルP7における業務の過重性
(ア)デジタルP7の重要性
P1は,新事業に対して短期間での黒字化を求める利益至上主義を
採用していた。デジタルP7は,インターネット時代到来を見据えて,
他社に先駆けて商品として確立され,有利な競争地位を築くため,P
1にとって重要な媒体であり,高い数値目標とともに早期の成果が求
められた。
(イ)実績不振の克服の要求
デジタルP7は,創刊2か月後には,実績不振が問題とされ,その
克服を求めて編集企画の充実を初めとする具体的な対策が決定されて
いた。亡P2は,デジタルP7に係る実績不振の克服の要求の下で,
相次ぐ編集企画の立案と実行を中心とした業務を行っていた。
(ウ)唯一の編集担当者としての業務負担
P6グループの人員体制は極めて不十分であり,亡P2以外に編集
担当者が配属されていなかった。グループマネージャーのP8ですら
商品媒体の編集経験がなく,亡P2が唯一の経験者であった。また,
P8,技術担当のP9,企画担当のP10は他の部署を兼務しており,
亡P2が担当していた業務は,多数の専門スタッフが分業体制で分担
する業務に匹敵するものであった。さらに,亡P2は,子会社社員ら
が担当するデジタルP7の画面デザインや更新に加え,P7では別人
が分担していたデザイン等の作業の多くも担当していた。
(エ)業務遂行における困難性
亡P2は,インターネット媒体の業務は未経験であり,新規性の高
い業務に従事し,人員不足の状況下で,社外のP11からインターネ
ット媒体の業務に必要な技術的知識習得や情報収集をしていた。そし
て,編集長の編集経験不足から,デジタルP7の編集企画は,実質的
に唯一の専属担当者であった亡P2の責任で立案,実行しなければな
らない状況であった。また,当時の通信環境やソフトウェアの未熟さ
からも業務遂行における困難性があった。
(オ)編集長の長期休暇による業務負担増
本件発症直前の平成8年7月に,P8がステップ休暇として長期休
暇を取得したことに伴い,キャリアカウンセリング関連業務の負担が
増加し,また,業務遂行が亡P2の判断と実質的責任の下で行われる
ようになり,更に亡P2の業務負担が過重になった。
(カ)その他の業務負荷
その他,デジタルP7の業務遂行において,インターネット媒体で
は紙媒体では生じないようなトラブルが起こり得る相当の負荷があっ
たのみならず,特集記事(P31の記事)について,取材の日から記
事原稿作成及び記事掲載が後ろにずれ込んでおり,本件疾病発症前こ
ろ経費精算作業が遅れがちであったため,デジタルP7の業務遂行に
おいて相当の負荷があった。
オ発症直前期の状況
(ア)亡P2は,くも膜下出血の発症に至った平成8年8月には初旬か
ら相当に体調が悪化している様子を示し,夏休みに入った直後には,
くも膜下出血の前駆症状としての頭痛や吐き気を継続して訴えていた。
亡P2は,夏季休暇を取得しても,蓄積疲労の回復ないし血管病変の
十分な修復ができないまま,くも膜下出血がいつ発症してもおかしく
ない状態にあった。
(イ)亡P2は,夏休み後,十分な人員配置がされていなかったことや
社内サポートの体制も極めて不十分であったことから,徹夜勤務を含
む過重な業務に従事しなければならなかった。
カこのように,発症直前期における亡P2の身体状況の悪化とそれ以前
の労働の過重性,前駆症状を発症していた状態で過重労働に従事しなけ
ればならなかったことに着目すれば,亡P2の従事した業務は,同人の
基礎疾患をその自然経過を超えて増悪させる要因となり得る負荷(過重
負荷)のある業務であったことは明らかである。
(4)亡P2の基礎疾患が,その自然経過により,脳・心臓疾患を発症させる
直前にまでは増悪していなかったこと
ア亡P2が多発性囊胞腎の既往症を有するとしても,くも膜下出血の発症
は過重な業務が原因であり,業務起因性が認められる。
(ア)亡P2の血圧は,高血圧症として治療を要する程度には悪化して
おらず,かかる程度に至ったのは,P1入社後に増悪した結果である。
また,脂質(総コレステロール,HDLコレステロール,中性脂肪)
については,要生活注意(C)又は要再検査(D)と指摘されていた
が,治療を要する程度には至っていなかった。
(イ)亡P2の多発性囊胞腎は,腎機能にほとんど異常が認められない軽
度のものであった。すなわち,平成8年3月28日の受診の際には,肉
眼的血尿が消失しており,CTスキャンによっても,肝臓,すい臓,脾
臓に囊胞は認められず,胆囊も正常で,血液検査,生化学検査等にほと
んど異常がなかった。同年4月25日受診の際には,治療を要せず,3
か月に一度の経過観察でよいと指示されている。
(ウ)多発性嚢胞腎での脳動脈瘤の合併頻度は,一般より高いとの報告も
あるが,それらの報告は脳動脈瘤の検出方法や多発性囊胞腎患者群の母
集団の特性の差異に基づき内容が大きく異なるものであり,合併頻度が
高くないとの報告もある。また,多発性嚢胞腎に合併した脳動脈瘤が存
在しても,必ずしも破裂に至るものではない。
多発性嚢胞腎が,脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の危険因子である
ことは否定できないが,他の危険因子(喫煙,高血圧,アルコール等)
と同様,脳動脈瘤を必ず増悪させ,破裂によるくも膜下出血を発症させ
るとは限らない。特に,亡P2のような29歳という年齢では,脳動脈
瘤によるくも膜下出血を発症する者は少ない。亡P2の高血圧及び多発
性嚢胞腎の症状は,前記(ア)及び(イ)のとおりであり,亡P2はくも膜
下出血発症まで,通常の日常業務を支障なく遂行していたのであるから,
亡P2の基礎疾患たる脳動脈瘤が,その自然経過により破裂してくも膜
下出血を発症する直前にまで進行していたということはできない。
イ亡P2は,過重業務により脳動脈解離が進行し,くも膜下出血を発症
したものであり,業務起因性が認められる(予備的主張)。
(ア)吐き気,おう吐を伴わない頭痛が先行して,最終的に致死的なく
も膜下出血発症に至るという経過は,脳動脈解離によるくも膜下出血
に特徴的な病態である。亡P2には,吐き気,おう吐を伴わない頭痛
が先行してみられ,その後,発症約10日前の平成8年8月16日か
ら吐き気を訴えるようになり,くも膜下出血の発症当日の同月25日
には,めまい,頭痛,おう吐がみられたというのが,発症に至る自覚
症状の経過であり,脳動脈解離によるくも膜下出血の場合との共通性
を有する。
(イ)脳動脈解離発症の病理,病態に対する知見は乏しく,脳動脈解離
の発生に対する危険因子も未知であり,遺伝的素因との関連性につい
ても明らかになっていない。したがって,亡P2のくも膜下出血の原
因が脳動脈解離である場合に,多発性囊胞腎を発症のリスクファクター
として捉えることについての十分な根拠が明らかになっていない。
(ウ)脳動脈解離でも一方的に進行するのではなく修復過程が存在し,
その修復過程では,十分な生理的睡眠をとることにより定期的な血行
力学的負荷を軽減することが重要である。過重労働やそれによるスト
レス等は,血行力学的因子を増大させ,また,血行力学的負荷の軽減
による修復過程を阻害し,脳動脈解離の発症に重大な影響を及ぼす。
(5)以上のとおり,亡P2は,P1の編集者として過重な業務に従事したこ
とから,回復できない疲労を蓄積し,その過重業務を原因としてくも膜下
出血を発症し,死亡するに至ったものであり,亡P2の本件疾病がP1の
過重な業務に起因することは明らかである。したがって,本件不支給処分
は違法であり,取消しを免れない。
4控訴人の主張
(1)労災保険法7条1項1号の「業務上の疾病」の意義
ア労災保険法上の保険給付は,労働者の業務上の死亡等について給付さ
れるところ(労災保険法7条1項1号),当該労働者の死亡等を業務上
のものというためには,当該労働者が業務に従事しなければ結果(死亡
等)は生じなかったという条件関係が認められるだけでは足りず,両者
の間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係(相当因果関
係)があることを要する。
イそして,労災保険は労働基準法の定める使用者の災害補償責任を担保
するための制度であるところ,災害補償制度は,労働者が使用者の支配
管理下で労務を提供する過程において,業務に内在する危険が現実化し
て傷病が引き起こされた場合には,使用者は,当該傷病の発症について
過失がなくても,その危険を負担し,労働者の損失填補に当たるべきで
あるとする危険責任の考え方に基づくものであるから,労災保険におい
て相当因果関係が肯定されるためには,死亡等の結果が業務に内在する
危険の現実化と認められること,すなわち,①業務に危険が内在して
いると認められること(危険性の要件),②傷病が業務に内在する危
険の現実化として発症したと認められること(現実化の要件)が必要で
ある。
ウ脳・心臓疾患については,上記①の業務の危険性の要件については,
当該労働者と同程度の年齢・経験等を有し,基礎疾患を有していても通
常の業務を支障なく遂行することができる程度の健康状態にある者(平
均的労働者)を基準として,業務による負荷が,医学的経験則に照らし,
脳・心臓疾患の発症の基礎となる血管病変等をその自然経過を超えて著
しく増悪させ得ることが客観的に認められる負荷といえるか否かによっ
て決するのが相当である。また,上記②の危険の現実化の要件について
は,当該発症に対し,業務による危険性(業務の過重性)が,その他の
業務外の要因(当該労働者の私的リスクファクター等)に比して相対的
に有力な原因となったと認められることが必要である。
エ専門検討会報告書は,その時々の最新の医学的知見に基づき,どのよ
うな場合に,脳・心臓疾患の発症が「業務に内在する危険の現実化」と
認められるかについての評価要因を検討したものであり,医学的に極め
て信頼性の高い資料であるから,業務起因性の有無は,同報告書に示さ
れた最新の医学的知見及びこれを踏まえた新認定基準に基づいて判断さ
れるべきである。
(2)亡P2の業務の量的過重性について
ア亡P2の発症前6か月間の時間外労働時間
亡P2の発症前6か月間の労働時間は,原判決別表2のとおりである。
すなわち,各月の時間外労働時間は,発症前1か月目(平成8年7月26
日から同年8月24日まで)は32時間40分,発症前2か月目(同年6
月26日から同年7月25日まで)は51時間13分,発症前3か月目
(同年5月27日から同年6月25日まで)は68時間32分,発症前4
か月目(同年4月27日から同年5月26日まで)は20時間30分,発
症前5か月目(同年3月28日から同年4月26日まで)は66時間00
分,発症前6か月目(同年2月27日から同年3月27日まで)は47時
間30分であった。
なお,発症から時期がさかのぼるほど業務の影響は相対的に低下する
ので,発症より6か月以上前の業務の過重性を検討する必要はない。
イ上記時間外労働時間の算出方法
(ア)休憩時間については,基本的に,原判決別表2の「1日の拘束時
間数」から亡P2が申告した「1日の労働時間数」を減じた数値とす
べきである。P1には,労働時間を過少申告するような実態はない上,
編集業務は仕事と私生活の区別が付けにくい特殊な業務であり,その
中でも亡P2は仕事と私生活を厳密に分ける仕事のやり方をしていな
かった。このような事情の下では,拘束時間から実労働時間を推量す
ることはできない。実労働時間を最も的確に判断できるのは本人だけ
であり,まじめな性格であった亡P2が申告した実労働時間は,基本
的に信用できる。ただし,他の証拠等から不合理と思われるものにつ
いては,個別に修正すれば足りる。
(イ)平成8年2月及び3月の労働時間については,この時期のタイム
カードが存在しないため,出勤表(乙28の6及び7)等の証拠から
合理的に推測できる労働時間とすべきである。
(ウ)平成8年3月から8月までの労働時間については,タイムカード
上の記載は警備日誌の退館時刻ともほぼ一致し,基本的に信用できる。
直行・直帰の場合は,従業員の自己申告であり,この亡P2の自己申
告が信用できることは,前記のとおりである。
ウ夜間勤務
亡P2の勤務体制は,平成8年3月までは裁量労働制,同年4月から
はフレックスタイム制(コアタイムなし)であり,どの時間帯に仕事を
するかは本人の裁量によっていた。また,亡P2は,日中稼働すること
ができるにもかかわらず,自らの自由意思によって深夜労働を選択し,
翌日の定時出勤が義務付けられていなかった。したがって,亡P2は,
自ら望んで深夜の時間帯を選択し,結果として自ら拘束時間を長くする
ような働き方をしていたものであり,毎朝の定時出勤が要求される中で
仕事に追われて日々深夜まで残業していたのではないから,夜間勤務は,
亡P2に過重な負荷を与えていない。
エ亡P2の業務が量的に過重でないこと
亡P2の発症前6か月の時間外労働時間数は,業務と発症との関連性
が強いとされる月80時間を大きく下回っている。また,平成8年8月
9日から同月18日までは10日間連続の休暇を取得し,同年4月27
日から同年5月6日にも連続して休暇を取得し,同月11日以降の週末
は,同年6月8日を除いてすべて2日間の休日が確保され,唯一週休2
日が確保されなかった同月8日の週末も翌9日は休んでいる。
(3)亡P2の業務の質的過重性について
ア編集業務の特徴からみた過重性
編集業務は,すべての編集者に共通するものであり,亡P2のみに特
別に過重な業務が課されたものではない。かえって,編集業務は,その
性質上,必然的に裁量性が高く,どこまでを他人に任せ,どこまでを自
分で行い,自分で行う作業にどれだけの時間をかけるかについては,担
当編集者自身の裁量によるところが大きい。しかも,P1においては,
編集業務の節目では必ず上司が確認をしており,最終責任もすべて上司
が負う体制であって,担当編集者が1人で全責任を負わなければならな
いような状況にはなかった。広告主への配慮や営業担当社員との連絡な
どの負担についても,亡P2は,編集業務に専念できる立場にあり,取
材において営業部門の者と連絡を取ることはあってもまれであった。
イP1の人事制度とその重圧
企業に勤務する以上,人事評価のプレッシャーはついてまわるもので
あり,P1の人事評価制度等は,P1全社員に適用されていたものであ
って,亡P2のみに適用されていたわけではない。また,亡P2は,希
望していた編集者に採用されて,だれもが認める優秀な編集者に成長し
ていたものであり,人事評価の重圧を受けていたとは考えられない。
ウP7編集課における業務
(ア)亡P2は,新人時代に進行管理業務を担当したが,平成8年
以降は担当していない。また,進行管理業務とは,週刊P7の編集全
体の進行管理を行うものであり,全体のスケジュールを理解させるた
め,新人が担当していた。
(イ)亡P2が担当していた時期には週刊P7のページ数が減り,亡P
2自身の編集記事も質,量ともに小さいものであったから,進行管理
が大きな負担になっていたとはいえない。編集者ごとの記事の割当て
は,副編集長が編集長と協議の上決めており,編集者間に不公正,不
平等にならないよう配慮されていた。亡P2は,立ち上がりの早い編
集者と評価され,業務が過重であったとはいえない。
(ウ)亡P2は,P7編集課在籍中,同じく競馬を趣味とする数人の仲
間と会を作り,その事務処理作業を引き受け,これを職場でも行って
いた。このことは,P7編集課における業務が,亡P2にとって過重
なものでなかったことを端的に示している。
エデジタルP7における業務
(ア)デジタルP7は,平成8年4月に配信を開始したばかりの小規模
な媒体であり,亡P2の業務は,多様であったが,一つ一つの業務の
絶対量はごく少ないものであった。そして,亡P2は,デジタルP7
の4人の担当者の中で最も席次が下であり,デジタルP7の業績を上
げる責任を負わされてはいなかった。なお,デジタルP7の平成8年
4月以降の担当者は,P8ほか3名であり,責任者であるP8はデジ
タルP7を主に担当し,P10は平成8年6月からはデジタルP7を
主に行うようになり,P9はデジタルP7の業務を主に行っていた。
(イ)デジタルP7は,P1にとって,絶対に失敗を許さない大事業で
あったのではなく,ある意味で試験的,実験的なものであり,業績を
上げることを求められていなかった。
(ウ)亡P2は,積極的に新しい編集企画を次々と提案し,必ずしも公
私の区別のはっきりしない友人・知人との交際や食事にも時間をかけ
ていた。亡P2は,業務と全く無関係な競馬予想プログラムを特集す
るムック「P12」の制作にも協力していた。したがって,亡P2の
デジタルP7における業務は,余裕のあるものであり,過重なもので
はなかった。
(4)亡P2のくも膜下出血の発症は,その血管病変が自然経過を超えて進行
し,増悪した結果でないこと
ア亡P2のくも膜下出血は,脳動脈瘤の破裂によるくも膜下出血である
ところ,亡P2は脳動脈瘤を形成する遺伝性疾患である常染色体性優性
多発性嚢胞腎を既往症として有していたものであり,その発症は,既往
症である多発性嚢胞腎に起因して形成された脳動脈瘤が破裂したもので
ある。すなわち,嚢状脳動脈瘤は,脳動脈中膜平滑筋層の部分的欠損と
いう先天的因子に,動脈硬化,血圧,血行力学的因子等の後天的因子が
関与して発生するものと考えられているところ,多発性嚢胞腎にり患し
ていることは,それ自体,血管の脆弱性が存在することを示すものであ
り,多発性嚢胞腎患者には,高い割合で脳動脈瘤が合併する。そして,
多発性嚢胞腎患者の場合,先天的な血管壁の脆弱性のために,多発性嚢
胞腎に起因する脳動脈瘤は破裂のリスクが格段に高くかつ若年で破裂す
ることがあり,脳動脈瘤が大きくなくても,血圧が高くなくても,破裂
を来すリスクが相当程度ある。したがって,多発性嚢胞腎患者の脳動脈
瘤破裂については,多発性嚢胞腎の進行により脳動脈瘤が増悪して(大
きくなって)破裂するというような関係にはなく,多発性嚢胞腎という
疾患がある場合とそれがない場合とでは,脳動脈破裂の機序を同列に考
えることはできない。
イ亡P2は,多発性嚢胞腎にり患しており,父も腎嚢胞性疾患であり,
その母(亡P2の祖母)も38歳で脳溢血で死亡している。また,亡P
2は,腎機能の低下が始まりつつあり,それに先行して多発性嚢胞腎に
起因する高血圧が生じていた。上記のように,亡P2は,高い割合で脳
動脈瘤を合併し,高い割合かつ若年でそれが破裂するとされる多発性嚢
胞腎にり患し,29歳という一般の脳動脈瘤では考えられない若さで脳
動脈瘤破裂により死亡しているのであるから,亡P2の脳動脈瘤破裂に
よるくも膜下出血は,多発性嚢胞腎により発症し,破裂したものと考え
るのが合理的である。
ウしたがって,亡P2のくも膜下出血は,その血管病変が自然経過を超
えて進行し,増悪した結果であるとは認められない。
(5)以上のとおり,亡P2の本件疾病の発症が業務に起因するものというこ
とはできないから,本件不支給処分は適法である。
第3当裁判所の判断
1認定事実について
認定事実((1)亡P2について,(2)P1の業務概要等,(3)亡P2の
業務,(4)発症日以前6か月間の亡P2の状況,(5)亡P2のくも膜下出
血の発症前の状況,(6)発症当日の経緯)は,次のとおり補正するほかは,
原判決の「事実及び理由」中「第3当裁判所の判断」の1の(1)から(6)に
記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決42頁4行目の「平成4年3月」の次に「(当時24歳)」を加
える。
(2)原判決44頁16行目冒頭から17行目末尾を削り,24行目の「昭和
▲年▲月▲日生」の次に「,平成▲年▲月▲日死亡」を加える。
(3)原判決45頁6行目の「常染色体優性多発性嚢胞腎」を「常染色体性優
性多発性嚢胞腎」に改め,15行目の「CTフィルム」から16行目末尾
までを削る。
(4)原判決52頁10行目の「4月」を「4月4日」に改める。
(5)原判決53頁20行目の「行っていた。」の次に「P7編集部では,編
集会議を通さなければテーマを決めることも許されなかったが,デジタル
P7では,P8と亡P2との二人だけで編集方針や記事のテーマを決める
ことができた上,亡P2の編集上の裁量の幅も広く,かなり自由に記事を
編集することができた。また,インターネット媒体の作業についても,楽
しんで行っていた(乙34)。」を加える。
(6)原判決59頁14行目冒頭から60頁7行目末尾までを削る。
(7)原判決60頁8行目の「イ」を「ア」に改め,25行目冒頭から61頁
8行目末尾までを次のとおりに改める。
「イ亡P2の勤務体制は,平成8年3月までのP7編集課では,裁量労
働制の適用を受け,タイムカードによる勤務時間管理はされていなか
ったが,同年4月のP6グループへの異動後は,コアタイムなしのフ
レックスタイム制の適用を受け,タイムカードによる勤務時間管理が
され,どの時間帯に勤務するかは本人の裁量によっていた。亡P2は,
業務の性質によって深夜労働が必要であったわけではないが,夜間の
労働を選択し(乙4,6,24,34),昼ころに出社し,深夜近く
まで業務を行い,まれには早朝に会社を退社することもあった(乙2
4)。亡P2は,自らの意思によって夜型の勤務スタイルを選択し,
「昼型に変えたらどうか」との職場の上司であるP8のアドバイスに
対しても,朝型では調子が出ないなどと述べていた。
亡P2が担当していた編集業務は,一般に,労働密度の濃い業務で
はなく,人とのコミュニケーションや思索を通じてアイデアを得るな
ど,創造性を発揮することが求められ,在社時間からその実労働時間
を推量することが難しい業務である。亡P2についても,公私の明確
でない長電話をしたり,知人や友人と長時間にわたって飲食に出かけ
るなど,仕事と私生活の区別が明確でない勤務振りであったため,在
社時間が長くなる傾向にあった(乙34)。また,亡P2は,仕事に
対する完成度,出来映えに対するこだわりが強く,納得のいくまで仕
事に打ち込むため,在社時間が長くなる傾向にあった(乙6,34)。
ウ亡P2の平成8年8月25日の本件疾病の発症時から過去にさかの
ぼっての労働時間は,同年2月27日から同年3月27日までは原判
決別表2の「総労働時間数」及び「時間外労働時間数」欄記載のとお
りである。発症前1か月目(同年7月26日から同年8月24日まで)
の在社時間(社内滞在時間)は185時間33分(1日平均12時間2
2分。以下,括弧内の時間は,1日当たりの平均時間である。),時間
外労働時間は32時間40分(約2時間10分),発症前2か月目(同
年6月26日から同年7月25日まで)の在社時間数は277時間12
分(約12時間36分),時間外労働時間は51時間13分(約2時間
19分),発症前3か月目(同年5月27日から同年6月25日まで)
の在社時間数は297時間55分(約12時間57分),時間外労働時
間は68時間32分(約2時間58分),発症前4か月目(同年4月2
7日から同年5月26日まで)の在社時間数は175時間01分(約1
1時間40分),時間外労働時間は20時間30分(約1時間22分),
発症前5か月目(同年3月28日から同年4月26日まで)の在社時間
数は279時間57分(約11時間11分),時間外労働時間は66時
間(約2時間38分)である。
また,亡P2が裁量労働時間制の適用を受けていた発症前6か月目
(同年2月27日から同年3月27日まで)の在社時間数,総労働時間,
時間外労働時間は不明というほかないが,その勤務状況は,タイムカー
ドによる勤務時間管理を受けていた同年4月1日以降とほぼ同様であっ
た。発症前6か月目の時間外労働時間も,その時間数を特定することま
ではできないが,この期間の勤務日数は20日間であるから,発症前5
か月目と同様の労働時間をこなしていたとすれば,おおむね50時間前
後と推認される。
なお,亡P2が発症前の6か月の間で,土曜日又は日曜日に出勤し
たのは平成8年3月2日,同月30日,同年4月6日,同月7日,同
年6月8日の5日間であり,ゴールデンウイーク期間中(10日)に
は,同年4月29日に出勤しているが,その前後の9日間を休んでい
る。亡P2のくも膜下出血が発症した同年8月25日は日曜日で,前
日は土曜日で休みであり,亡P2は,発症直前の同月9日から同月1
8日までの10日間の休暇(夏季休暇と有給休暇)を取得してい
る。」
2本件疾病等に関する医学的知見等について
(1)亡P2の疾病
亡P2は,脳動脈瘤を形成する疾病である常染色体性優性多発性嚢胞腎
(ADPKD。以下「多発性嚢胞腎」という。)を既往症として有してい
たものであるが,平成8年8月25日午前10時ころ,自宅でめまい,吐
き気等の症状が現れたため,自ら救急車の出動を要請し,P13病院に救
急搬送され,CTスキャンでくも膜下出血が認められ,脳血管造影が施行
される予定であったが,その前に再度くも膜下出血を起こして心肺停止と
なり,同月▲日午前2時ころに死亡した。亡P2のくも膜下出血は,上記
病院において,脳動脈瘤の破裂によるものと診断された。なお,被控訴人
らは,亡P2は,過重業務により脳動脈解離が進行し,くも膜下出血を発
症したと主張している。
(2)くも膜下出血(乙8,42~45,47)
くも膜下出血とは,頭蓋内血管の破たんにより,脳や脊髄のくも膜下腔
内の脳槽に出血し,意識障害や運動機能障害が起こる疾患群であり,脳卒
中の一病型である。くも膜下出血の出血血管は,くも膜下腔において脳の
表面を走行する血管である。出血の原因は,血管に動脈瘤が発生し,それ
が破裂することで生じることがほとんどであり,これらの血管が機械的な
外力以外による損傷を引き起こす外傷以外の原因で破たんするのは,何ら
かの血管病変が存在し,血管壁に局所的な脆弱部位が存在するときに限ら
れる。脳動脈瘤以外のくも膜下出血を起こす原因として,脳血管の奇形な
どのほか,主幹動脈(内頸動脈系,椎骨脳底動脈系)に解離(血管が裂け
た状態)が発生したことにより起こる脳動脈解離がある。
(3)脳動脈瘤(乙8,32,42~44,46,56)
ア脳動脈瘤は,脳動脈が嚢状あるいは紡錘状に拡大したものであり,こ
のうち嚢状脳動脈瘤の破裂は,非外傷性くも膜下出血の原因の70%以
上を占める。嚢状動脈瘤によるくも膜下出血の好発年齢は,40歳~6
0歳代である。脳動脈瘤の成因について,現在では,先天性素因の上に
後天的因子が加わって発生するものと考えられている。脳動脈瘤のほと
んどを占める嚢状動脈瘤の原因は不明であるが,嚢状脳動脈瘤の発生機
序は,動脈瘤の好発部位であるウィリス動脈輪(太い血管の分岐部,す
なわち血流が激しく衝突する動脈壁)に先天性中膜部の欠損と内弾性板
の断裂が生じ,血圧と血流の負荷が加わって嚢状に膨らんでできるとさ
れている。
脳動脈瘤の破裂の原因としては,血行力学的因子,加齢等による動脈
瘤壁の脆弱化がある。精神的・肉体的ストレスは,血圧を上昇させ,血
圧変動を起こりやすくさせる。脳動脈瘤は長年の間に徐々に成長,増大
するものであり,脳動脈瘤の多くは最大外径5㎜前後で,この大きさま
で増大した動脈瘤は極めて破裂しやすい。また,高血圧と診断されてか
ら治療せず自然経過に任せた場合,脳卒中(脳出血,脳梗塞,くも膜下
出血)が生じるのは20年ないし30年後であるとされている。
イ脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の発症前の症状としては,頭痛が最
も重要であり,発症の4日ないし20日前において高頻度で認められる。
頭痛以外の視覚障害,吐き気・おう吐等の警告サインを含めると,脳動
脈瘤の破裂による出血に前駆する種々の警告サインが約50~70%の
高頻度で出現する。
(4)脳動脈解離(甲195,乙8,61,62)
ア脳動脈解離は,脳血管動脈瘤のようなこぶの形をとったり,血管自体
が大きく膨らんだり,細くなったりと様々な血管の状態になることが特
徴であり,発生原因は,現在のところ解明されていない。発生機序とし
ては,まず,動脈の内弾性板の断裂と血管内皮の損傷により脆弱化した
血管壁に血液が流入し,血管壁の解離が進行し,偽血管腔が内膜と中膜
との間に形成された場合には脳虚血が起こり,中膜と外膜との間に形成
された場合には,外膜の破裂によりくも膜下出血として発症するとされ
ている。動脈解離発症の平均年齢は40歳代を中心とし,脳動脈解離は
50歳以下の若年脳卒中の原因として重要であるとされている。
イ脳動脈解離は,原因(外傷性・非外傷性),部位(頸動脈系・椎骨脳
底動脈系,また頭蓋内・頭蓋外)などによって分類されているが,頭蓋
外解離の多くが脳梗塞を生じ,くも膜下出血はまれであるとされている
一方,頭蓋内解離は脳梗塞とともにくも膜下出血を起こしやすいとされ
ている。また,頭蓋内椎骨脳底動脈は,外弾性板を欠き,外膜膠原線維
層も薄いため,解離により容易に動脈の拡張を来し,その破たんにより
くも膜下出血を起こすことが指摘されている。
(5)多発性嚢胞腎(乙10,14,32,39~41,41~43,49~
58)
ア多発性嚢胞腎の意義
(ア)多発性嚢胞腎は,PKD遺伝子変異により両側腎臓に多数の嚢胞
が進行性に発生・増大し,通常は経年的に嚢胞の拡張及び嚢胞数の増
加により腎機能が低下し,腎臓以外の種々の臓器にも障害が生じる遺
伝性疾患である(遺伝形式は常染色体性優性遺伝型であるが,突然変
異による家族歴のない症例もある。)。多発性嚢胞腎患者は,腎機能
障害が次第に進行して腎不全に陥り,60歳までに約半数が腎不全か
ら透析療法が必要となる。嚢胞の増大に伴い血圧を上げるホルモンが
増加するため,腎機能低下以前から高血圧の合併が非常に高い(腎機
能が正常でも20歳代で65%の人に高血圧がみられる。)。病因遺
伝子として,第16染色体短腕のPKD1及び第4染色体長腕のPK
D2が同定されており,約85%の患者にPKD1遺伝子異常が,1
5%の患者にPKD2遺伝子の異常が認められる。なお,PKD3遺
伝子の存在も予測されているが,同定されていない。
(イ)多発性嚢胞腎は,厚生労働省において特定疾患として指定されて
いる難治性疾患克服研究事業(特定疾患調査研究分野)130疾患の
うちの一つであり,いわゆる難病である。厚生労働省特定疾患対策研
究事業・進行性腎障害調査研究班がまとめた常染色体性優性多発性嚢
胞腎診療ガイドライン(乙50。以下「本件ガイドライン」とい
う。)によれば,多発性嚢胞腎の重症度分類では,血清クレアチニン
値によって,1度(2mg/dl未満),2度(2mg/dl以上~5mg/dl
未満),3度(5mg/dl以上~8mg/dl未満),4度(非透析で,8m
g/dl以上),5度(透析を導入,又は腎移植を受けているもの)に分
類され,頭蓋内出血の既往があるもの,頭蓋内動脈瘤があるもの,頭
蓋内動脈瘤の手術を受けたもの等の場合,重症度を1度進めるものと
されている。
(ウ)亡P2の場合,血清クレアチニン値が2mg/dlを下回るが,動脈
瘤が存在するから,重症度分類では2度である。ただし,発症前の平
成8年7月19日に実施された健康診断において,血清クレアチニン
値が同年3月21日の1.0から1.4へと上昇し(腎機能30%の
低下を示すもの),また,血中尿素窒素(クレアチニンと同様,腎機
能が悪化すれば上昇する。)も12.0が16.5と上昇傾向を示し
ており,血尿も出現していたため,亡P2の腎機能は,低下していた
ことがうかがわれ,正常といえるほどのものではなかった(補正の上
で引用した原判決の「第3当裁判所の判断」の1(1)イ(エ)参照)。
イ多発性嚢胞腎と脳動脈瘤の発生及び破裂の機序
(ア)多発性嚢胞腎は,遺伝子の異常により発症する遺伝性腎疾患であ
り,PKD1及びPKD2遺伝子機能が欠損している。遺伝子異常に
より血管内皮細胞や平滑筋細胞(体中にある血管や筋肉の細胞)に認
められるpolycystin(ポリシスチン)-1及びpolycystin-2(いず
れも血管の弾力性を保持する働きを持つタンパク質)が存在しないか,
存在していても機能が低下しているなどの状態にある。したがって,
多発性嚢胞腎患者の血管障害は,二次的に発生するのではなく,PK
IDタンパクの変異そのものによって引き起こされる一次的障害であ
る。また,コラーゲンやエラスチンなどのタンパク質は,血管の弾力
性を保持する働きを持つが,polycystin-1がないと正常な構造を保
つことができない。
そして,血管の弾力性がないことは,血管が脆弱であることを意味
し,血管は血流量に応じた柔軟な収縮ができず,血管内の圧力が高ま
り,その結果,血管壁に動脈瘤が発生し,また,破裂しやすくなる。
このように,多発性嚢胞腎患者の動脈瘤発生の要因は,PKD1や
PKD2など疾患責任遺伝子の機能不全とコラーゲンやエラスチンな
ど血管内皮で機能するタンパク質の異常により血管壁が脆弱となり,
これに高血圧が加わることで,微小動脈瘤や脂肪硝子様変性(細胞が
堅くなること)が生じて発生するものであり,多発性嚢胞腎にり患し
ていることは,それ自体が当該患者に血管の脆弱性が存在することを
示している。以上のとおり,多発性嚢胞腎という疾患自体が,血管内
皮の異常に伴う血管病であるといえる。
(イ)多発性嚢胞腎患者は,頭蓋内動脈瘤が発見される頻度が一般人に
おける頻度より高い。本件ガイドライン(乙50)によると,「多数
の前向きのMRアンギオグラフィーを用いた調査では,多発性嚢胞腎
患者においては,頭蓋内動脈瘤が4~11.7%見いだされるのに対
し,一般人口では1~7%の罹患患率である。」,「動脈瘤破裂以外
で死亡した89人の多発性嚢胞腎患者の解剖で,22.5%に頭蓋内
動脈瘤を認めたが,頭蓋内動脈瘤破裂以外で死亡した一般患者で頭蓋
内動脈瘤は4.2%を認めたにすぎなかった。」とされる。また,一
般人の頭蓋内出血を既往に持つ頻度は60~69歳で3.4%であり,
同年齢層の多発性嚢胞腎患者では10.6%であるので,約3倍ほど
有意に高い頻度である。したがって,多発性嚢胞腎患者は,頭蓋内動
脈瘤及び頭蓋内出血の発生頻度が一般人よりも高いといえる。
(ウ)遺伝性疾患である多発性嚢胞腎患者には,血管がもともと脆弱で
あるという素因があるため,本件ガイドラインにおいて,多発性嚢胞
腎患者におけるくも膜下出血の特徴として,①脳動脈瘤は一般より
も若年者に起こる,②頭蓋内動脈瘤が破裂する患者は家系内集積す
る傾向にある,③脳動脈瘤のサイズは出血のリスクと相関する(5
㎜未満の動脈瘤の42%が破裂したのに対し,5mm上の動脈瘤の69
%が破裂した。),⑤動脈瘤破裂によるくも膜下出血と腎機能とは
相関がない,⑥高血圧は,頭蓋内動脈瘤の成因として,一般におい
ても,多発性嚢胞腎患者においても,動脈瘤育成の最も重要な一時的
成因と考えられていない,⑦破裂する危険性が高い,とされている。
ウ多発性嚢胞腎と高血圧との関係
(ア)多発性嚢胞腎患者の高血圧の原因としては,腎機能の低下による
体内への過剰なナトリウム貯留及び血圧を上げるホルモン(レニン-
アンギオテンシン系)が関与していると考えられている。
(イ)多発性嚢胞腎患者には高頻度(約60%)で高血圧がみられるが,
腎機能の良好なグループでは高血圧の頻度は低い。ただし,腎機能が
正常でも高血圧のことがある。一般に脳動脈瘤は高血圧であればある
ほど,破裂リスクは高くなる。しかし,多発性嚢胞腎患者の場合には,
正常又は低血圧でも破裂することがある。
(ウ)日本高血圧学会の高血圧治療ガイドラインにおける正常血圧は,
収縮期で130以下,拡張期で85以上であるが,亡P2の血圧は,
大学を卒業してP1に入社した平成4年7月16日の時点で,既に収
縮期148,拡張期100であり,中等度高血圧の範疇に入っていた。
その後も,亡P2の血圧は,収縮期は高値正常域血圧,拡張期は境界
域血圧を示している。したがって,亡P2の血圧が年齢に比して高い
のは,P1の業務の影響によるものではなく,多発性嚢胞腎に伴うも
のと考えられ,亡P2が多発性嚢胞腎患者であることを考慮すると,
収縮期が高値正常域血圧,拡張期が境界域血圧であっても,脳動脈瘤
の破裂のリスクは高いといえる。
(6)亡P2の本件疾病等の発症に関する控訴人提出の医学的意見
アP14大学医学部泌尿器科准教授P15医師の意見(乙39,54)
亡P2は,多発性嚢胞腎を合併していたことから,同人の脳動脈瘤は
多発性嚢胞腎に伴うものである可能性が極めて高く,同疾患自体が,血
管内皮の異常に伴う血管病と考えられている。継続的な高血圧や一過性
の血圧上昇が本件の脳動脈瘤破裂に関与していた可能性はゼロではない
が,多発性嚢胞腎では通常の日常生活をしていても,脳動脈瘤が自然破
裂することも多く,労働負荷が脳動脈瘤の破裂に関与した可能性が高い
とする根拠はない。多発性嚢胞腎に伴う脳動脈瘤は,疾患責任遺伝子の
欠損による分子生物学的メカニズムによる血管の脆弱性に起因して,一
般の脳動脈瘤よりも破裂に至る頻度が高くかつ若年者で破裂しやすく,
亡P2の場合も,多発性嚢胞腎に伴う脳動脈瘤が自然経過の中で破裂し
たと考えるのが合理的である。
イP16大学第四内科准教授P17医師の意見(乙51)
亡P2については,①多発性嚢胞腎にり患していたことは明らかで
あること,②既に高血圧の状態が続いており,脳動脈瘤破裂の高いリ
スクにさらされ続けていたこと,③更に家族にも若年時の脳血管疾患
発症例があることなどから,亡P2の脳動脈瘤はいつ発症してもおかし
くない状態にあった。したがって,亡P2の脳動脈瘤破裂は,多発性嚢
胞腎患者特有の血管の脆弱性によって発生した典型例と考えるのが妥当
であって,脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血はその自然経過として発生
したと考えるほかなく,労働負荷や,血圧の一過性の変動が主因となっ
たと推論することには,相当な無理がある。
ウP18大学名誉教授(脳神経外科)P19医師の意見(乙52)
(ア)多発性嚢胞腎患者に合併する脳動脈瘤は,多発性嚢胞腎患者でな
い人における脳動脈瘤発生率より発生率が高く,より若くして発症す
る。多発性嚢胞腎患者のくも膜下出血の危険は通常の脳動脈瘤患者の
4倍であり,多発性嚢胞腎患者に合併したくも膜下出血による死亡率
は55%と報告されている。多発性嚢胞腎患者のくも膜下出血を含め
た頭蓋内出血の合併は一般の約3倍であり,有意に高い頻度である。
(イ)多発性嚢胞腎患者の脳動脈瘤の大きさは平均4.7㎜±2.0㎜で,
ほとんど10㎜以下で,5㎜未満と5~9㎜がそれぞれ半数である。
一般の脳動脈瘤の大きさの平均7.5㎜と比較して,多発性嚢胞腎患者
の脳動脈瘤は小さい。脳動脈瘤が小さくても破裂しているので,血行
力学的圧力などの物理学的な考察からしても,多発性嚢胞腎患者の脳
動脈瘤の血管壁の脆弱性ははるかに進んでいると考えられる。
(ウ)高血圧は一般に脳動脈瘤の後天的発生因子の一つとして作用し,
動脈瘤の脆弱な壁に高血圧が作用し破たんして出血する。しかし,脳
動脈瘤壁の脆弱化及び脳動脈瘤の発生には,通常,20年ないし30
年間の高血圧の継続が必要である。しかも,ヒトの脳動脈壁は150
0㎜Hgに耐え,高血圧のみでは破たんしない。多発性嚢胞腎患者に
限定しない通常の未破裂動脈瘤の41%は正常血圧であり,脳動脈瘤
の発生,増大及び破裂に高血圧は大きく関与していない。多発性嚢胞
腎患者の70%が高血圧を合併しているが,正常血圧でも脳動脈瘤を
合併する症例があり,高血圧の関与は限定的である。正常の腎機能で
も,脳動脈瘤を合併する症例はある。本件については,遺伝子の異常
に伴う血管形成の障害が原因である多発性嚢胞腎の自然経過中に脳動
脈瘤を併発し,その脳動脈瘤が破裂して,くも膜下出血を発症したと
考えるのが合理的である。
エP20病院脳神経外科部長P21医師の意見(乙55)
多発性嚢胞腎患者の脳動脈瘤は,動脈壁の先天的脆弱性に加え,多発
性嚢胞腎に合併しやすい高血圧が若年より存在し,より若年で破裂を起
こすものと考えられる。本件の脳動脈瘤破裂の原因は,多発性嚢胞腎に
合併した脳動脈瘤の存在そのものであるが,高血圧も病状経過不良に多
少影響したことも否定できない。本件においても,くも膜下出血を来す
前に脳動脈瘤が発見されて治療が施されることが理想であったが,現実
問題としてはやむを得ない結果であった。
(7)亡P2の本件疾病等の発症に関する被控訴人ら提出の医学的意見
ア財団法人P22病院脳神経外科科長P23医師の意見(甲135~1
40,193)
(ア)原審における意見
多発性嚢胞腎に脳動脈瘤が合併しやすいことは事実であるが,脳動
脈瘤が自然経過の中で必ずしも破裂するものではない。脳動脈瘤の破
裂には,脳動脈瘤壁の脆弱化の進行と修復機序の不全が重要な役割を
担っており,これらの機序に対する血行力学的因子の中で最も大きな
影響を有する血圧の変化が重要である。亡P2の深夜帯を含む長時間
労働は極めて不規則に行われ,良質かつ十分な睡眠を得ることができ
ないという生活上の影響と相まって,血圧の日内変動に変調をもたら
し,夜間の血圧の上昇を惹起し,脳動脈瘤壁の脆弱化を促進させると
同時に,修復機序の抑制を通じて一段と障害的に作用したと考えられ,
また,デジタルP7の更新という業務が毎週定時に遅延することなく
行われなければならないという精神的緊張が血行力学的負荷を更に増
大せしめたものと考えられる。したがって,亡P2の脳動脈瘤破裂に
よるくも膜下出血と業務との関わりは明らかである。
(イ)当審における意見
P23医師は,原審において上記の意見を述べていたが,当審にお
いて,これを変更し,以下のとおり,亡P2のくも膜下出血発症以前
の健康状態と亡P2の自覚症状に関する証拠を検討した結果,亡P2
に発症したくも膜下出血の原因として,嚢状動脈瘤の破裂よりは,脳
幹部近傍に位置する椎骨脳底動脈系の動脈解離(解離性脳動脈瘤の破
たん)である蓋然性が高いとの意見を述べる。
すなわち,亡P2が発症2週間前から自覚していた頭痛は,脳動脈
解離が進行する過程で発生したものと考えられ,おう吐,吐き気を伴
わない頭痛が先行し,発症当日にはめまいがあり,最終的に致死的な
くも膜下出血に至る亡P2の発症経過は,脳動脈解離によるくも膜下
出血に特徴的な病態である。めまいは,主として脳幹部や小脳に対す
る刺激によって誘発される症状であり,亡P2が発症時にめまいを自
覚していた事実もまた重要である。
脳動脈解離発症の病理,病態に対する知見は,依然として乏しいの
が現状であるが,脳動脈では,主としてコラーゲンがその構造的強度
を維持する主要な役割を果たしていることから,良質な睡眠による十
分な血圧の低下が得られない場合,血管壁の強度を保つコラーゲンが
機能を失って,修復過程が阻害され,この修復過程の機能不全により
動脈の内弾性板の広範かつ重篤な断裂が惹起されることによって,脳
動脈解離が発生すると考えられる。亡P2の脳動脈解離についても,
深夜に及ぶ不規則な業務の連続による血圧の上昇,休息や睡眠による
夜間血圧の低下の減弱という脳血管壁に対する傷害因子の増大,血管
壁の強度を維持する上で極めて重要な役割を有するコラーゲンの特殊
構造の再構築,すなわち修復機序の不全の中で,発生したものと考え
られる。
イP24大学腎臓内科教授P25医師の意見(甲142,187)
一般に,動脈瘤の形成自体が血管の脆弱性によるものであって,多発
性嚢胞腎にり患していることは,脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血の危
険因子の一つであることは否定できないが,危険因子を有するからとい
って,脳動脈瘤を増悪させ,くも膜下出血を必ず発症するものではない。
多発性嚢胞腎患者においても,非多発性嚢胞腎患者と同様に,過重な労
働によるストレスや過労による負荷が,継続的又は一時的に血圧を上昇
させ,その結果,合併する脳動脈瘤の破裂に関与し,より破裂が起こり
やすくなる。
亡P2がくも膜下出血を発症したのは29歳時であり,多発性嚢胞腎
患者の中でも脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血を発症した年齢としては
より若年である。動脈瘤のある患者の動脈瘤が破裂する危険因子の中で
も最も重要な危険因子が高血圧である。ここに指摘される高血圧は,高
血圧値が長期間継続する高血圧症とともに,一過性の血圧上昇をも含む
ものと理解できる。長時間労働などの過重な労働が認められれば,スト
レス,睡眠不足や蓄積した疲労などの負荷により,継続的な高血圧や一
時的な血圧上昇を介して,多発性嚢胞腎患者の脳動脈瘤破裂に関与して
いた可能性は非常に高い。
3判断
(1)業務起因性の判断基準
ア労災保険法上の保険給付は,労働者の業務上の疾病等について行われ
るところ(労災保険法7条1項1号),当該労働者の疾病等を業務上のも
のというためには,当該労働者が当該業務に従事しなければ当該結果が発
症しなかったという条件関係が認められるだけでは足りず,当該業務と当
該疾病等の間に法的にみて労災補償を認めるのを相当とする関係,すな
わち相当因果関係が存在することを要する(公務起因性について,最高
裁昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189
頁,最高裁平成6年5月16日第二小法廷判決・裁判集民事172号5
09頁,最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決・裁判集民事178
号83頁,業務起因性について,最高裁平成9年4月25日第三小法廷
判決・裁判集民事183号293頁参照)。すなわち,労災保険制度が
使用者の無過失責任を前提として使用者により拠出された保険料を財源
として保険金を給付するものとされているのは,労働者が従属的労働契
約に基づいて使用者の支配管理下にあることから,労務を提供する過程
において,業務に内在する危険が現実化して疾病等が引き起こされた場
合には,使用者は,当該疾病等の発症について過失がなくても,その危
険を負担し,労働者の損失填補に当たるべきであるとする危険責任の考
え方に基づくものであることに照らせば,当該疾病等が業務上のものと
いえるためには,業務と当該疾病等との間に条件関係が認められるだけ
では足りず,当該業務と当該疾病等との間に相当因果関係が必要となる。
そして,上記のとおり,使用者の労災補償責任の性質が危険責任を根
拠とすることからすれば,業務と疾病等の発症との間の相当因果関係の
存否は,当該疾病が業務に内在する危険の現実化として発症したと認め
られるかどうかによって判断すべきである(前掲最高裁平成8年1月2
3日第三小法廷判決,最高裁平成8年3月5日第三小法廷判決・裁判集
民事178号621頁参照)から,相当因果関係があるというためには,
①当該業務に危険が内在していると認められること(危険性の要件),
②当該疾病が,当該業務に内在する危険の現実化として発症したと認
められること(現実化の要件)を要するものというべきである。
イまた,脳・心臓疾患は,その発症の基礎となる動脈硬化等による血管
病変等が加齢や一般生活等における種々の要因によって長い年月の間に
徐々に進行し,増悪して発症に至るのがほとんどであり,業務に特有の
疾病ではなく,業務により発症するという事態が頻発するものではない
ことからすれば,複数の原因が競合している場合において,当該業務が
単に疾病の誘因にとどまるときには相当因果関係を認めることができな
い。脳・心臓疾患が,業務に内在する危険の現実化として発症した認め
られるためには,①当該労働者と同程度の年齢・経験等を有し,基礎
疾患を有していても通常の業務を支障なく遂行することができる程度の
健康状態にある者(以下「平均的労働者」という。)を基準として,業
務による負荷が,医学的経験則に照らし,脳・心臓疾患の発症の基礎と
なる血管病変等をその自然経過を超えて著しく増悪させ得ることが客観
的に認められる負荷といえること,②当該発症に対して,業務による
危険性(業務の過重性)が,その他の業務外の要因(当該労働者の私的
リスクファクター等)に比して相対的に有力な原因になっているという
関係が認められることを要するものというべきである(最高裁平成12
年7月17日第一小法廷判決・裁判集民事198号461頁参照)。
そして,この業務起因性の立証責任は,労働者の側にあるから,被控
訴人らの側において,これらの要件を立証すべきである。
ウ補正の上で引用した原判決の「第2事案の概要」の1(3)イの新認定
基準は,行政機関が,迅速に統一的・画一的処理を行うための行政機関
内部の準則という性質を有するものにすぎないから,裁判所を拘束する
ものではないが,最新の医学的知見と業務起因性に関する上記見解に基
づき評価要因を検討し,策定されたものであり,判断基準としての合理
性を有するものであるから,これに従うのが相当である。
したがって,亡P2のくも膜下出血の業務起因性については,亡P2
の血管病変の内容及び性質,この点についての医学的知見,労働時間,
勤務形態,作業環境,精神的緊張の状態等を具体的かつ客観的に把握,
検討し,業務による明らかな過重負荷が加わることによって,血管病変
等がその自然経過を超えて著しく増悪し,発症に至ったかどうかによっ
て判断すべきである。
エ被控訴人らは,業務の過重性については,当該労働者を基準として危
険の有無を判断すべきであり,仮に,当該労働者を基準としない場合に
は,使用者によって労務の提供が期待されている者の中で最も危険に対
する抵抗力の弱い者を基準として業務の過重性の有無及び程度を判断す
るべきであると主張するが,業務起因性の存否については客観的に判断
すべきであること,労災補償制度の責任の法的根拠が危険責任の法理に
あることに照らせば,業務の過重性は,日常業務を支障なく遂行できる
平均的な労働者を基準にして客観的に判断されるべきであるから,被控
訴人らの上記主張は採用できない。ただし,平均的な労働者といっても
抽象的な存在ではなく,被災者と同種の労働者すなわち同種の職種,職
場における立場や経験等が類似する者を基準にして,その置かれた立場
や状況を十分にしんしゃくして,客観的に業務の過重性を評価すべきで
ある。
(2)亡P2の業務の過重性について
ア業務の量的過重性
(ア)時間外労働時間
新認定基準によれば,発症との関連性において,業務の過重性を評
価するに当たっては,発症前6か月の就労実態等を考察し,発症時に
おける疲労の蓄積がどの程度であったかという観点から判断すべきと
ころ,発症前6か月のうち,タイムカードによる勤務管理がされてい
た平成8年4月1日以降についてみると,亡P2の1日当たりの平均
在社時間は,11時間から13時間(昼食休憩及び夕食休憩時間を含
む。)の間にあり,また,P7編集課在籍中も,ほぼ同様の勤務をし
ていたものと推認することができるから,亡P2の1日当たりの平均
在社時間は,相当に長時間であったことが認められる。
しかしながら,編集業務は,一般的に,在社時間中,常に事務処理
に専念するというものではなく,人とのコミュニケーションや思索を
通じてアイデアを得るなどして,高度の創造性を発揮することを求め
られるものであるから,在社時間から実労働時間を推量することが難
しい業務である。もっとも,このことも一概にいえることではなく,
編集者の仕事のスタイルはそれぞれ様々であると考えられるが,亡P
2の場合は,在社時間中,友人等と雑談や夕食のための外出をしたり,
公私の明確でない長電話をしたりすることがあり,公私の区別が明確
でない仕事振りであったこと,亡P2は,夕方にならなければ仕事の
能率が上がらない仕事の仕方をする傾向にあったことなどから,亡P
2の在社時間が長時間であることだけをとらえて,亡P2の業務が過
重であったと認めることはできない。
また,亡P2の時間外労働時間についてみると,新認定基準におい
て,業務と発症との関連性が強いと評価されている発症前1か月にお
おむね100時間又は発症前2か月ないし6か月間にわたって1か月
当たりおおむね80時間の時間外労働時間数を下回っているが,業務
と発症との関連性が徐々に強まると評価されているおおむね1か月当
たり45時間を上回っている月(発症日からさかのぼって2か月目,
3か月目,5か月目であり,6か月目もこれを上回っていた可能性が
高い。)も存在する。他方,亡P2は,休日をとらない連続勤務をし
ていたわけではなく,ほとんどの土曜日と日曜日は休みをとり,平成
8年のゴールデンウイーク期間中も9日間の休みをとっており,発症
直前にも10日間の夏季休暇を取得しており,疲労回復を図るための
休日は確保されていたと認められる。
(イ)夜間勤務
亡P2は,昼ころに出社し,昼食及び夕食休憩を含めて深夜近くま
で仕事をし,夜間勤務に継続して従事していた。
しかしながら,亡P2の業務量については,深夜まで勤務しなけれ
ば担当業務に支障を生じるようなものではなく,昼ころに出社して深
夜まで勤務していたのは亡P2の仕事のスタイルに起因するものと認
められる。しかも,亡P2は,平成8年3月31日までは裁量労働制
の,同年4月1日からはフレックスタイム制の適用を受けていたが,
朝型では調子が出ないとして,自ら希望して夜間の時間帯を選択し,
自身の望むスタイルを貫いて仕事に打ち込んでいたのであって,日々
の仕事に追われて夜間まで残業を余儀なくされ,毎朝の定時出勤が要
求されていた場合と比べれば,夜間勤務の精神的,肉体的負荷がそれ
ほど強かったとは認められない。
(ウ)業務の量的過重性の評価
社内に滞在する時間が長くなることは,一般的には一定の業務上の
負荷を与えるものであり,亡P2の時間外労働時間についても,業務
と発症との関連性が徐々に強まるとされる45時間を超える月もあっ
たこと,実労働時間は,亡P2の自己申告によるものであることを考
慮すれば,亡P2の業務全体の負荷がどの程度のものであったかにつ
いては,証拠上認定できる時間外労働時間にのみ拘泥することなく,
業務内容,勤務形態,作業環境,精神的緊張の状態等からの亡P2の
業務の質的な過重性の程度を踏まえ,亡P2の疾病の内容及び本質に
照らし,業務起因性が認められるかどうかを検討する必要がある。
(エ)労働時間の事実認定についての補足説明
①実労働時間の過少申告の実態について
P1では実労働時間は自己申告と上司の確認行為によって管理さ
れていたところ,被控訴人らは,P1には実労働時間を過少に申告
する実態があったと主張し,P26(甲46)及び証人P27は,
実労働時間の申告状況について,タイムカードに印字されている月
間上限労働時間を超えないように意識して記載していた旨上記主張
に沿う陳述及び供述をする。
しかしながら,P26自身も,実労働時間の過少申告を強制され
ていたわけではなく,面倒なことを避けたいという理由からの自ら
の判断であった旨陳述しているにすぎず,実労働時間を過少に申告
するかどうかは,それぞれ個人の考え方や同じ社内であっても職場
によるのであって,P26やP27の陳述や供述があるからといっ
て,P1の全社員間に,実労働時間を過少に申告する風潮や実態が
あったことにはならない。そして,亡P2の職場の上司であるP8
(乙34),同僚であるP10(乙6)及び週刊P7企画担当であ
ったP28(乙37)が,実労働時間を過少に申告する実態があっ
たことを否定していることに照らすと,被控訴人らの上記主張は,
採用することはできない。
②デジタルP7における勤務
被控訴人らは,亡P2が,長時間労働の申告を嫌い,時間外労働
を実際より少なく,休憩時間を多く申告していたから,実労働時間
の算定に当たって,休憩時間を1時間とすべきであると主張する。
しかしながら,亡P2が,時間外労働を実際より少なく,休憩時
間を多く申告していたことを認めるに足りる証拠はない。編集業務
が在社時間から実労働時間を推量することが難しい業務である上,
亡P2の仕事の仕方は,公私の区別が明確でない仕事のスタイルで
あり,深夜時の亡P2の勤務状況も不明であるというほかなく,こ
のような編集業務の性質と亡P2の実際の勤務状況に照らせば,亡
P2が在社時間のうち,どれだけの時間を業務に費やしたかを判断
できるのは,結局のところ,亡P2本人をおいてほかになく,実労
働時間をどのように推量してみたところで,証拠上の根拠がなく,
正確性を欠いたものとなる。そうすると,亡P2の実労働時間につ
いては,平成8年4月1日以降,勤務時間はタイムカードにより,
実労働時間は自己申告と上司の確認行為によって管理されていたこ
とにかんがみれば,基本的にはタイムカードの記載と亡P2の自己
申告に基づいて,把握するよりほかないから,被控訴人らの上記主
張は,採用することができない。
③P7編集課在籍中の平成8年2月及び3月の勤務
亡P2は,平成8年2月及び3月のP7編集課在籍中は,編集職
にあって,裁量労働制の適用を受け,タイムカードによる勤務時間
管理はされていなかったため,亡P2の在社時間,実労働時間は不
明というほかない。ただし,亡P2は,タイムカードによる勤務時
間管理の適用を受けることになった以後も,昼ころに出勤して,深
夜近くに退社するという勤務を維持し,仕事の仕方も同様であった
こと,平成8年4月中は週間P7の仕事をしていたことに照らし,
P7編集課在籍中の在社時間及び時間外労働時間は,平成8年4月
1日以降とほぼ同様であったと推認することができる。そうすると,
発症前6か月目(出勤日数20日)の時間外労働時間数は,前記認
定のとおり,50時間前後と推認するのが相当である。
④控訴人は,平成8年8月の夏季休暇以前から亡P2はくも膜下出
血の前駆症状を発症していたとして,亡P2の従事していた労働の
過重性を適切にみるためには,夏季休暇初日である同月9日を起算
点として,そこからさかのぼった労働時間を検討することが必要で
あると主張する。
しかしながら,平成8年8月9日の時点において亡P2がくも膜
下出血の前駆症状を発症していたと認めるに足りる証拠はないし,
新認定基準によれば,当該疾病自体の発症時から過去6か月間の労
働を業務の過重性の評価期間するのが相当であるから,被控訴人ら
の上記主張は,採用することができない。
イ業務の質的過重性
(ア)編集業務の特徴
被控訴人らは,編集業務の特徴からして,亡P2が担当していた編
集業務は,それ自体が相当に過重な業務であった旨主張するが,その
主張するところは,いずれも編集業務の一般的な性質としてすべての
編集者に共通する通常のものであり,亡P2のみに特別に課されたも
のではないこと,編集業務の節目では必ず上司が確認をしており,最
終責任もすべて上司が負う体制となっており,担当編集者が1人で全
責任を負わなければならないような状況にはなかったことなどに照ら
し,亡P2の業務が過重であったと認めることはできない。
(イ)P1の人事制度とその重圧
被控訴人らは,P1では,利益至上主義に基づき,能力主義・業績
主義による人事として,極めて短期に従業員の人事評価を繰り返し,
その結果を賞与の額,昇給・昇格の有無,人事異動等に反映させる仕
組みを採用していたため,亡P2は,評価が低下すれば,自らが希望
する職種でのキャリアアップの機会を奪われるという重圧を常に受け
ていたと主張する。
しかしながら,人事評価に基づき,賞与額,昇給・昇格の有無,人
事異動等に反映させる制度は,P1に限らず,他の企業も同様であり,
しかも,人事評価制度等は,P1全社員に適用されていたものであっ
て,亡P2のみに適用されていたわけではない。また,亡P2は,編
集者に採用され,優秀な編集者として評価されていたものであり,亡
P2が会社の人事評価を気にしながら業務に従事していたことをうか
がわせる事実もないから,亡P2がこの点で重圧を感じていたと認め
ることはできない。
なお,人事評価制度との関連で,被控訴人らは,「情報誌編集者に
おくる編集ガイドブック」の存在や読者アンケートの集計結果などか
ら,亡P2に高いレベルの編集業務が要求され,重圧を与えていた旨
主張する。しかしながら,「情報誌編集者におくる編集ガイドブッ
ク」(甲145)は,P1社内に蓄積されていた編集業務のノウハウ
の共有及び活用という趣旨で作成されたものであり(証人P27),
具体的な業務指示に該当するようなものではない。また,読者アンケ
ートの集計結果(読者支持率)についても,読者支持率の数値のみか
ら直ちに編集者としての評価が下されるわけではない上(証人P2
7),編集者によって支持率の受け止め方も様々であり,亡P2自身
が上記集計結果を気に留めていたことを認めるに足りる証拠はない。
かえって,亡P2が読者アンケートの集計結果の低い支持率に悩んで
いたというならば格別,高い支持率を得ていたのであるから,読者ア
ンケートの集計結果が亡P2に精神的負荷を与えていたとまで認める
ことはできない。
(ウ)P7編集課における業務
被控訴人らは,①亡P2がP7編集課に配属されて以来担当して
いた記事以外の課内業務(進行管理ないし週間P7の表紙に関する業
務)は,相当の時間を要する業務であった,②亡P2が編集者とし
て経験を積み,能力を評価されるに伴って,リニューアル号の第1特
集など重要な記事を任されるようになり,失敗できないという重圧を
受けることになったと主張する。
しかしながら,上記①の課内業務については,亡P2は,進行管理
業務を平成6年3月まで,週間P7の表紙業務を同年7月から平成7
年9月までしか担当しておらず,発症直前に従事していた業務ではな
いから,これらの業務は,くも膜下出血の発症と関連性のある業務と
は認められない。また,上記②の亡P2に重要な記事が任されたこと
が重圧となったとの主張についても,編集者ごとの記事の割当ては,
編集者の能力と経験をも勘案して編集者間に不公平,不平等にならな
いよう配慮されており,しかも,与えられていた業務が亡P2の能力
を超えるものであったならば格別,亡P2は,当該業務を意欲的にこ
なし,高い評価を得ていたのであるから(乙33),亡P2の能力が
評価されるのに伴い記事の割当てが増えたからといって,亡P2に過
重な負荷を与えたと評価することはできない。また,リニューアル号
の第1特集を任されたことは,亡P2にそれなりの精神的緊張感を与
えたといえるとしても,一時的な業務である上,亡P2は,自ら希望
して編集者という職業に就き,仕事に打ち込み,編集者としての能力
を高く評価されていたものであり,第1特集を任されたことにやりが
いを感じこそすれ,過重な負荷となるような重圧を感じていたとまで
は認められない。したがって,亡P2に対する業務の割当てが他の編
集者と比べて過重であったと認めることはできないから,被控訴人ら
の上記主張は,採用することができない。
(エ)デジタルP7における業務
a被控訴人らは,①デジタルP7はP1にとって重要な商品であ
り,高い数値目標とともに早期の成果が求められ,その重圧が亡P
2にかかっていた,②人員配置の不十分性により亡P2に業務負
担が集中し,あるいは業務遂行が困難となっていた旨主張する。
しかしながら,上記①についていえば,デジタルP7は試験的か
つ実験的な新規事業であり(乙6,34,36),その責任者とし
て上司であるP8が存在し,亡P2は,編集者の一員にすぎず,そ
の事業の立ち上げにも参加しておらず,責任を負うべき立場にない
ことに照らせば,デジタルP7の業務が,亡P2に対して重圧を与
えていたと認めることはできない。また,上記②についても,デジ
タルP7は創刊間もない小規模媒体であり,業務の絶対量が少なか
ったこと(乙36),企画はP8及びP10が,編集はP8及び亡
P2がそれぞれ担当し,P9はエンジニアリングとしてインターネ
ットサーバーの技術関係,毎週の募集広告のアップロード(更新),
画面の修正作業等を行っていたほか,企画業務に参加するなど,そ
れぞれが作業を分担する体制にあったこと,亡P2は,編集業務の
経験者であり,希望していた業務に専念できる立場にあったこと,
亡P2は,セブントピックス,ウィークリーコラムなどの新企画や
特集記事のテーマを積極的に提案したり,業務外でも有志が集まっ
て企画したムックの編集業務にも中心的に関与したりするなどし,
およそ業務に余裕のない者の勤務態度ではないこと,週刊P7のP
29編集長(乙33)は,デジタルP7での編集業務は,亡P2に
とって,物足りなさを感じたのではないかと陳述し,職場の上司で
あるP8(乙34)は,編集方針もP8と亡P2の2人だけで決定
でき,自分のペースで仕事が進められる点でP7編集課よりきつく
なかった旨,同僚のP10(乙6)も,精神的に追い詰められたり,
重圧を感じているような様子はなく,むしろ楽しそうに仕事をして
いた旨の各陳述をしていることに照らせば,被控訴人らの上記主張
は,採用することができない。
b被控訴人らは,①亡P2が,デジタルP7の画面デザインや更
新の担当部分のほか,P7では別人に分担していたデザイン等の作
業の多くも担当していたこと,②社外のP11を頼って未経験で
あったインターネット媒体の業務に必要な技術的知識習得や情報収
集をしていたこと,③その他当時の通信環境やソフトウェアの未
熟さなどから,亡P2に業務負担が集中し,あるいは業務遂行が困
難となっていた旨主張する。
しかし,亡P2は,自らの記事の出来映えにこだわりを持ち,業
務として要求された水準以上のものを追求していたが(乙34),
このこと自体が,亡P2には,担当する業務に余裕があったことを
うかがわせるものである。また,亡P2は,社外のP11からイン
ターネット媒体の業務に必要な技術的知識習得や情報収集をしてい
たが,そのことは,亡P2がコンピューターの技術面で困難に直面
していたことを示すものということはできない。かえって,亡P2
のデジタルP7での編集業務に関するインターネット更新作業は,
ワープロソフトを操作できれば足りる初級者レベルのものであって,
P1が用意したサポト体制で十分であったこと,デジタルP7で用
いるHTMLの修得は容易なものであったこと,コンピュターやH
TMLの取扱いは,前任者のP30からレクチャーを受けているこ
と,亡P2は,レイアウトにこだわり,P11から修得した高度な
表現技術をこれに生かしていたことなどが認められるから,被控訴
人らの上記主張は,採用することができない。
c被控訴人らは,平成8年7月にP8がステップ休暇として長期休
暇を取得したことから,業務遂行が亡P2の判断と実質的責任の下
で行われていたほか,キャリアカウンセリング関連業務の負担が増
えるなど,亡P2の業務が更に過重になった旨主張するが,P8の
休暇取得によって,亡P2の業務が,通常の職場における業務の範
囲を超えて過重になったことを認めるに足りる証拠はない。また,
キャリアカウンセリングについても,編集者が,利用者からのメー
ルをP1人材センターに転送し,同社が作成した回答を利用者に転
送するだけの業務であり,その業務は過重といえるものではない。
dその他,被控訴人らは,デジタルP7の業務遂行において,イン
ターネット媒体では紙媒体では生じないようなトラブルが起こり得
る相当の負荷があったのみならず,特集記事(P31の記事)につ
いて,取材の日から記事原稿作成及び記事掲載が後ろにずれ込んで
おり,本件疾病発症前ころ経費精算作業が遅れがちであった旨主張
するが,これらの主張は,事実上の根拠を欠いたものであるか,亡
P2の業務の過重性を裏付けるものでなく,いずれも採用できない。
ウ業務の過重性についてのまとめ
以上によれば,亡P2の業務の実態は,社内に滞在する時間は長く,
時間外勤務もあったといえるが,編集業務の特質や亡P2の実際の勤務
状況,作業環境,業務量,業務の責任等の業務の質を考慮すると,業務
全体としてみれば,亡P2の業務が量的かつ質的に特に過重なものであ
ったと認めることはできない。
(3)亡P2の本件疾病の発症は,その血管病変が自然経過を超えて進行し,
増悪した結果であるかについて
ア前記1に認定の事実及び2の医学的知見等によれば,亡P2は,遺伝
性疾患である多発性嚢胞腎にり患し,家族にも若年時の脳血管疾患発症
例があること,多発性嚢胞腎患者には血管壁が脆弱であるという素因が
あること,多発性嚢胞腎患者に合併する脳動脈瘤は,多発性嚢胞腎患者
でない人における脳動脈瘤発生率より発生率が高く,一般より若年者に
発症するところ,亡P2の発症は29歳であること,亡P2は,平成8
年7月の健康診断の時点で,急激な腎機能の低下がうかがわれること,
亡P2の血圧は,P1就職時から収縮期血圧は正常域又は正常域をわず
かに超え,拡張期血圧は境界域にあったが,血圧が年齢に比して高いの
は,多発性嚢胞腎に起因するものと考えられること,亡P2の上記程度
の血圧でも,血管壁の脆弱性という素因を持つ多発性嚢胞腎患者にとっ
ては,動脈瘤がある場合の破裂する危険は高いこと,高血圧と診断され
てから治療せず自然経過に任せた場合には,通常,脳卒中(脳出血,脳
梗塞,くも膜下出血)が生じるのは,20年ないし30年の経過を要し,
亡P2のように約4年間高血圧が続いた程度では脳動脈瘤の発生及び破
裂がないことなどに照らせば,亡P2のくも膜下出血は,自然経過にお
いて,多発性嚢胞腎に合併して脳動脈瘤が発生し,この動脈瘤が破裂し
たことによるものと認めるのが相当である。
イそして,前記のとおり,亡P2の業務の量及び質が特に過重なもので
あったと認めることができないことに加えて,亡P2のり患していた多
発性嚢胞腎は遺伝性の全身疾患であり,極めて重大な疾患であること,
多発性嚢胞腎に合併する脳動脈瘤の発生及び破裂は,多発性嚢胞腎とい
う疾患自体が持つ遺伝子異常による先天的な血管壁の脆弱性が重大な要
因となるものであり,日常生活の中でも起こり得ること,多発性嚢胞腎
は,一般の高血圧などの私的危険因子と同列に論じることのできない危
険因子であること,亡P2は29歳で発症していること,通常,約4年
間程度の正常域をやや超える程度の高血圧が続いた程度では動脈瘤の発
生及び破裂は起こらないことなどに照らせば,亡P2のくも膜下出血は,
多発性嚢胞腎が原因となって発症したものであり,その血管病変が業務
の過重性のために自然経過を超えて進行し,増悪した結果であると認め
ることはできない。
ウ被控訴人らは,当審において,P23医師の新たな意見に基づき,く
も膜下出血の原因は脳動脈解離であると主張する。P23医師の意見
(甲193)は,おう吐,吐き気を伴わない頭痛が先行してくも膜下出
血に至る発症経過は脳動脈解離によるくも膜下出血に特徴的な病態であ
るところ,亡P2は,くも膜下出血に先立って頭痛の訴えがあり,発症
当日にめまいがあり,最終的に致死的なくも膜下出血に至っているから,
亡P2のくも膜下出血の原因として,脳幹部近傍に位置する椎骨脳底動
脈系の脳動脈解離である蓋然性が高いというものである。
しかしながら,前記アの各事情に加えて,亡P2のくも膜下出血の原
因が椎骨脳底動脈系の脳動脈解離であるとするP23医師の上記意見は,
同様の資料に基づきながら,解離性脳動脈瘤を否定し,嚢状動脈瘤であ
る可能性が強いとした従前の見解(甲135,179,証人P23)を
覆すものであること,くも膜下出血前のめまいの症状は,他の原因でも
起こり得る症状であり,頭痛についても,くも膜下出血の一般的症状で
あり,動脈瘤の症状ではなく,頭痛が先行し,くも膜下出血時にめまい
があったということから,椎骨脳底動脈瘤であり,解離性動脈瘤と断定
するには無理があること(乙61),脳動脈解離がくも膜下出血の原因
となる確率は嚢状動脈瘤の破裂に比べて極めて低いものであり,解離が
生じてもその後修復があって解離が止まるので,くも膜下出血が発症し
ても時間の経過により再破裂率が減少すること(乙61),脳動脈解離
であれば,頭痛が発生してから数日以内に発症することが大半であり,
頭痛が発症まで2週間も続くものではないこと(乙62),脳動脈解離
であれば,脳梗塞症状を呈することも珍しくないが,亡P2については
脳梗塞症状は認められていないこと(乙15,18),亡P2の脳血管
撮影がされていないので,解離性脳動脈瘤であるとの確定診断はできな
いことなどに照らし,採用することができない。のみならず,仮に解離
性動脈瘤であると推論したとしても,亡P2の多発性脳胞腎と家族歴か
ら,亡緯のくも膜下出血の発症には内因性因子である多発性嚢胞腎が関
与していると考えられること(乙64)から,解離性脳動脈瘤であると
いうだけでは,直ちに業務起因性を肯定することにはならない。
なお,P23医師は,多発性嚢胞腎と脳動脈瘤の関係について,多発
性嚢胞腎の血管壁の組織的な弱さが基盤にあって脳動脈瘤が発生すると
しても,破裂については,多発性嚢胞腎の血管壁の脆弱性はそう大きく
関与していないとの意見を述べているが(甲179),本件ガイドライ
ンの内容(前記2(5)イ(ウ)参照)及び前記2(6)の各医学的意見などに
照らし,上記意見は採用することができない。
エまた,被控訴人らは,嚢状動脈瘤の破裂と脳動脈解離のいずれである
としても,過重労働やストレスが,後天的要因である血行力学的因子を
増大させ,夜間の生理的睡眠時の十分な血圧低下状態における脳血管修
復作用を阻害するなどして,自然経過を超えてくも膜下出血の発症に至
らせる要因となった旨主張し,P23医師(甲193)及びP25医師
(甲187)の各意見中には,これに沿う部分がある。確かに,脳動脈
瘤は,素因などの先天的因子に血行力学などの後天的因子が関与して発
生するものであり,多発性嚢胞腎の場合にも,先天的な血管壁の脆弱性
に,血行力学的因子が作用して発症するものであるから,過重な労働に
よるストレスや過労による負荷が,継続的ないしは一時的に血圧を上昇
させ,その結果,合併する脳動脈瘤の破裂に関与し,より破裂が起こり
やすくなることがないわけではない。しかしながら,前記イの判断に照
らし,本件疾病の発症は,その血管病変が自然経過を超えて著しく進行
し,増悪した結果であると認めることはできないから,被控訴人らの上
記主張は,採用することができない。
さらに,被控訴人らは,亡P2が29歳であり,基礎疾患の自然経過
によってくも膜下出血を発症させる直前にまで増悪していなかった旨主
張するが,くも膜下出血の好発年齢ではない29歳での発症であるから
こそ,血管の加齢と長期間の血流ストレスを前提とする通常のくも膜下
出血の症例と同列に論じることができないこと,多発性嚢胞腎患者の脳
動脈瘤は,一般のように脳動脈瘤が加齢あるいは高血圧の進行により徐
々に大きくなり,一定程度の大きさ以上になった場合に初めて破裂する
危険が高くなるものではないことなどに照らし,被控訴人らの上記主張
は,採用することができない。
オしたがって,亡P2の脳動脈瘤は,先天的な脳血管の脆弱性がなけれ
ば発生せず,破裂もしなかったと評価するほかなく,多発性嚢胞腎とい
うくも膜下出血を発症するに足る有力な多発性嚢胞腎という危険因子を
亡P2が有していたこと及び亡P2の従事していた業務の量と質等を総
合的に考慮すれば,亡P2のくも膜下出血の発症は,その血管病変が亡
P2の従事していた業務により自然経過を超えて著しく進行し,増悪し
た結果であると認めることはできない。すなわち,本件疾病は亡P2の
業務に内在する危険の現実化として発症したものとは認められないから,
亡P2の業務と本件疾病の発症との間に相当因果関係があるということ
はできない。
4結論
以上によれば,亡P2の本件疾病に業務起因性は認められないから,本件
不支給処分は適法というべきである。
よって,被控訴人らの請求は理由がないからいずれもこれを棄却すべきと
ころ,いずれもこれを認容した原判決は相当でなく,本件控訴は理由がある
から,原判決を取り消した上,被控訴人らの請求をいずれも棄却することと
し,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第15民事部
裁判長裁判官井上繁規
裁判官笠井勝彦
裁判官坂本宗一

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