弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
       事実及び理由
第1 請求
 被告が原告に対して,平成9年7月17日付でした「平成8年度懲戒処分一切」
の非開示決定処分(異議申立てに対する決定によって開示された部分及び懲戒処分
被処分者以外の関係者の氏名を除く)を取り消す。
第2 事案の概要
 奈良県の住民である原告は,奈良県情報公開条例(平成8年3月27日奈良県条
例第28号・以下「条例」という。)5条に基づき,被告に対し平成8年度懲戒処
分一切の開示を請求したところ,被告は一部を非開示とする決定をした。本件は,
非開示とされたうちの一部につき,その取り消しを求めている事案である。
1 争いのない事実及び証拠によって容易に認められる事実
(1) 原告は奈良県の住民であり,被告は条例2条1項の実施機関である。
(2) 条例には,以下の定めがある。
「10条 実施機関は,公文書の開示の請求に係る公文書に次の各号のいずれかに
該当する情報が記録されているときは,当該公文書の開示をしないことができる。
(2) 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)で
あって,特定の個人が識別され,又は識別され得るもの。ただし,次に掲げる情報
を除く。
ア 法令等の規定により何人でも閲覧することができる情報
イ 公表することを目的として実施機関が作成し,又は取得した情報
ウ 法令等の規定による許可,免許,届出等の際に実施機関が作成し,又は取得し
た情報であって,開示することが公益上必要であると認められるもの
(4) 開示することにより,人の生命,身体,財産等の保護,犯罪の予防,犯罪
の捜査その他の公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれがある情報
(8) 県又は国等が行う取締り,監査,検査,許可,認可,試験,入札,交渉,
渉外,争訟,人事その他の事務事業に関する情報であって,開示することにより,
当該事務事業の目的が損われるおそれがあるもの,特定のものに不当な不利益若し
くは不利益が生ずるおそれがあるもの,関係当事者間の信頼関係若しくは協力関係
が損われると認められるもの又は当該事務事業若しくは将来の同種の事務事業の公
正かつ円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれがあるもの」
(本件に関係のない項は省略)
(3) 原告は,平成9年7月3日,条例5条の規定に基づき,被告に対して,
「平成8年度懲戒処分一切」の開示請求をした(以下「本件開示請求」とい
う。)。
(4) 被告は本件開示請求を受け,起案文書,処分(案),事故報告書,辞令
案,退職願,処分説明書,通知書(以下「本件公文書」という。)を特定した上
で,平成9年7月17日,本件公文書のうち,下記アの[開示しないことを決定し
た部分]を除いて開示する旨の公文書の一部開示決定をし,下記イの「開示しない
理由」を付して原告に通知した(以下「本件処分」という。)。
ア 開示しないことと決定した部分
a 氏名
b 職名,学校名,所属コード,諭旨免職処分の日,生年月日,年令,住所,最終
卒業学校名,飲食店名,店名,売場名
c 職員番号
イ 開示しない理由
a及びb 条例10条2号及び8号に該当
 個人に関する情報であって,特定の個人が識別され,又は識別され得るため。ま
た,開示することにより,人事等将来の事務事業に支障を来す情報であり,関係当
事者間の信頼関係または協力関係が損なわれると認められるため。
c 条例10条2号及び4号に該当
 個人に関する情報であって,特定の個人が識別され,又は識別され得るととも
に,財産の保護等公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれがあるため。
(5) 原告は,平成9年9月22日,本件処分を不服として行政不服審査法6条
の規定に基づき,被告に対し,本件処分の取り消しを求める異議を申立て,被告
は,平成10年6月30日,異議に対する決定において,「飲食店等の住所,売場
名(店名が特定される場合を除く。)」を新たに開示すべき旨決定したが,その余
については非開示とした。
2 争点
(1) 本件処分を通知した書面は,非開示理由が記載されていないものとして条
例7条4項に違反し,本件処分を違法とするものか否か。
(原告の主張)
 不利益処分における理由の提示は,一般法としては行政手続法14条(奈良県で
は行政手続条例14条)によって義務づけられている。条例7条4項では,非開示
処分の通知に非開示理由を記載することを義務づけている。これは実施機関による
恣意的な非開示処分を牽制すると同時に,被処分者が非開示理由を知ることにより
当該非開示処分に納得することができたり不服申し立てや提訴をするために必要不
可欠の記載である。したがって,非開示の理由がこの役割を果たしうるだけのもの
でなければ違法な処分である。
 非開示理由は具体的で説得力のあるものになっていなければならないところ,本
件処分にかかる理由の提示はおよそそのようなものになっておらず,単に非開示各
号条文の引き写しでしかない,これは,被告の非開示理由の検討が極めて杜撰であ
って真摯に非開示事由のあてはめを検討していないということを証明するものであ
る。
(被告の主張)
 本件処分を通知した書面(甲1)には,「開示しない部分」を明記したうえで,
「開示しない理由」の中で各非開示部分が条例10条各号所定のどの条項のどの要
件に該当するかを具体的に明らかにしており,このような通知書の記載内容と本件
では開示請求に係るすべての公文書が一部開示されていて,原告は同文書中のどの
部分が非開示とされたかを当然了知し得ることを併せて考えると,本件通知書に
は,原告において,本件非開示決定が,条例10条各号所定の非開示事由のうちの
どの事由に該当することを理由とするものであるかを,その根拠とともに了知し得
る程度の理由の付記はなされているものということができる。
(2) 本件処分中,異議申立てに対する決定によって開示された部分及び懲戒処
分被処分者以外の関係者の氏名を除いた非開示部分(以下「本件非開示部分」とい
う。)は,条例10条各号の「公文書の開示をしないことができる場合」に該当せ
ず,違法か否か。
(原告の主張)
ア 本件非開示部分の条例10条2号の該当性について
 条例10条2号の趣旨は,個人の尊厳を守り,基本的人権を尊重する立場から,
公開を原則とする公文書公開制度のもとにおいても,実施機関はその責務として,
プライバシーの保護について最大限の配慮をしなければならないことにかんがみて
設けられたものである。しかしながら,プライバシーの概念はいまだ必ずしも明確
でなく,どのような情報がプライバシーの保護のために非公開とされるべきかを一
律に規定することが困難であることから,条例はプライバシーという概念を用いる
ことを避け,個人に関する情報で,特定の個人が識別され,又は識別され得るもの
を適用除外事項として規定したのである。また,個人に関する情報には,思想,信
条,などに関する情報,職業,学歴など経歴に関する情報,社会的活動に関する情
報,収入,資産などに関する情報,病歴など心身に関する情報,戸籍など家庭の状
況に関する情報があると考えられている。そして,このような規定の趣旨からし
て,これらの個人に関する情報であっても,プライバシーに関係しないことが明ら
かな情報については,非開示とすることは許されない。すなわち,条例にいう個人
に関する情報とは,公開することによって,個人のプライバシーが侵害されるおそ
れのある個人情報と解釈すべきである。
 以上のような観点からすれば,本件非開示部分は,条例10条2号本文に該当し
ない。
a 「氏名」について
 個人の氏名が個人識別情報であることは疑いがない。しかし,氏名が非開示事由
に該当するかどうかは,開示によってプライバシーが侵害されるかどうかという観
点で判断すべきで,単に特定の個人が識別されるという理由だけで非開示事由に該
当するものではない。
 懲戒処分は,地方公務員法29条1項に基づいて行われるものであり,公益の確
保が第一義的な目的であるから,その処分は非開示にすべきではないもの又はする
ことができないものである。本件事案の内容は,(甲7のとおり)通常新聞紙上等
のマスコミによって日常的に社会に報道されているものばかりで,被告は,この懲
戒処分について発表してこなかったので,処分については報道されていないが,事
件,事故の発生したときには報道されているものがあり,一般的には報道されるこ
とが常である。そうすると,本件事案の内容は,条例の解釈運用基準(甲6)10
条2号(個人情報)「解釈」5ただし書イについての(4)の公にすることが慣行
となっており,公表しても社会通念上個人のプライバシーを侵害するおそれがない
情報に該当するから,条例10条2号ただし書イの,公表することを目的として実
施機関が作成し,又は取得した情報に該当する。したがって,非開示は不当であ
る。
 被告は,氏名を開示すれば,当該職員がいかなる事故を引き起こし,いかなる懲
戒処分を受けたかが明らかとなり,当該職員が個人的な不利益を受けるおそれがあ
るというが,本件懲戒処分にかかるもので事件,事故が発生した時に報道されてい
るもの及び保護者に文書で告知したものがあるので,それについては被告のいう個
人的な不利益が発生していなければならないと考えるが,被告も報道されているこ
とは承知しているのに,不利益を具体的に証明することができず,おそれがあるな
どということは,具体的に証明できる不利益が発生しなかったことを証明するもの
で,この理由は失当であって,非開示は不当である。
b 「職名(校長,教諭は除く),学校名,所属コード,諭旨免職の日,生年月
日,年令,住所,最終卒業学校名,職員番号については,これらはそれぞれ単独で
「個人を識別できる情報」には該当しない。このうち,職名,学校名,住所につい
てはその情報を組み合わせることによって特定の個人を識別するための手掛かりと
なる情報であり,既に開示されている情報と結びつけることにより,特定個人が識
別される可能性があり,条例10条2号本文の「識別され得る」場合に当たるとし
ても,前記のとおり,「氏名」が既に本号の非開示事由に該当しないのであるか
ら,これらも非開示は不当である。
イ 「職員番号」は条例10条4号に該当しない。
職員番号は,共済組合員証(保険証)の番号と同じ番号であり,本人及び家族が病
院等で診療を受けるときには共済組合員証を提示することになっており,記号,番
号(職員番号),保険者(コード),氏名,住所,生年月日その他が記載される。
又保険証は一般に身分を証明するものとして使用されていると考えられる。その場
合も職員番号だけでなく共済組合員証記載事項の全部が提供されているのであるか
ら,10条4号のいう「おそれ」が発生しておらなければならなず,具体的に説明
できるはずであるが,何らそのような事実が発生したという立証はない。しかも,
職員番号だけでは,他の目的に使用できることはなく,10条4号のいう「おそ
れ」が発生する余地はない。
 被告は,職員番号が,庁内ネットワークのユーザーコードの暗証番号になってい
るというが,一般に県教育委員会職員等の職員番号が何桁であるかも承知されてい
ないし,また,暗証番号などに使用されているというが,何らの立証もない。
ウ 本件非開示部分のうち,「氏名,職名,学校名,所属コード,諭旨免職の日,
生年月日,年令,住所,最終卒業学校名,飲食店名,店名及び売場名」について
は,条例10条8号に該当しない。
a 被告は,本号にいう非開示の理由として,「人事等将来の事務事業に支障を来
す」,「関係当事者間の信頼関係または協力関係が損なわれる」としていることか
ら,これは人のこと又は人と人との間のことと考えられ,被処分者若しくは関係者
又は当事者の氏名の非開示の理由としているとしているものであって,それゆえ,
職名,学校名,所属コード,諭旨免職の日,生年月日,年令,住所,最終卒業学校
名は,被告のいう非開示の対象になり得ない。
b 被告は,氏名(被処分者の)が公開されることが,懲戒処分の公正かつ円滑な
執行に著しい支障が生じるおそれがあるというが,地方公務員法27条で公正でな
ければならないとされている懲戒処分の公正の確保に当たって,そのような前提が
法律上課せられているものではなく,また,氏名の非開示が公正であることの担保
にはなりえず,非開示は恣意的で不公正な処分を発生させる可能性を憂慮させるも
のである。新聞等で既に氏名等が報道されたものについて,他の地方自治体などと
比較して「秘密の処分」が「甘い処分」となっているのではないかと想定させるも
のがある。
 また,被告は,氏名の開示が,被処分者に必要以上の不利益を与える可能性があ
るので,特定の者に不利益をもたらす情報であるというが,これまでにそのような
事実が発生したことを具体的に立証すべきところ,そのような事実が発生したこと
がないのであるから,非開示は不当である。
c 飲食店名,店名及び売場名,飲食店等所在地,発生の場所について
 当該飲食店等やその所在地が自らの意思で,本件にかかる事故,事件を発生させ
た事実はなく,発生した場所等であるとの事実を特定するための資料であるから,
爾後に発生する懲戒処分に係る事件,事故とは何らの関係はなく,必要な情報が得
られなかったり,不利益が生ずることはあり得ない。発生の場所については本件事
案6件のうち4件は開示されており,他の2件について非開示とすることは許され
ない。
(被告の主張)
ア 本件非開示部分の条例10条2号の該当性について
 条例10条2号の趣旨は,個人に関する情報であって,特定の個人が識別され,
又は識別され得るものに該当する情報が記録されている公文書については,基本的
人権を尊重し,個人の尊厳を守る立場から,個人のプライバシーを最大限保護する
ため,実施機関は,当該情報が記録された公文書の開示をしないことができると規
定している。そうしてプライバシーの概念は,抽象的であり,その具体的な内容や
保護すべき範囲が明確ではなく,個人情報は一度開示されるとその被害回復はほと
んど不可能であるため,条例では,広く個人に関する情報について,特定の個人が
識別され得る情報を非開示としているものである。そして,条例10条2号本文に
いう「個人に関する情報」とは,氏名,住所のほか,思想,信条,信仰,職業,資
格,学歴,収入,資産等,個人に関する一切の情報をいい,「特定の個人が識別さ
れ,又は識別され得るもの」とは,特定の個人が明らかに識別され,又は識別され
得る可能性がある場合をいうものである。このような観点からすれば,本件非開示
部分は,全て条例10条2号本文に該当する。すなわち,
a 「氏名」は,条例10条2号本文の「個人に関する情報であって,特定の個人
が識別されるもの」そのものに該当する。
b 「職名(校長,教諭は除く),学校名,所属コード,諭旨免職の日,生年月
日,年令,住所,最終卒業学校名,飲食店名,店名及び売場名,職員番号」につい
ては,これらを開示すれば,すでに開示されている事故の概要や経過等と結びつけ
ることにより,特定の個人が識別される可能性があるので,条例10条2号本文の
「個人に関する情報であって,特定の個人が識別され得るもの」に該当する。
イ 本件非開示部分のうち,「職員番号」の,条例10条4号の該当性について
 条例10条4号は,公共の安全と秩序の維持を確保するため,開示することによ
り,人の生命,身体,財産等の保護に支障を生ずるおそれのある情報が記録されて
いる公文書は,非開示とすることを定めたものである。そうして,本件非開示部分
のうち,「職員番号」の,条例10条4号に該当する。すなわち,
 職員番号は,県内部で人事管理や給与等の支払に広く使用されているが,厳重に
取り扱われていて,一般に広く周知されているものではない。そうして,職員番号
は,職員が採用されてから退職するまで変更されることのない職員に付与された番
号で,他の職員に同一の番号は存在しない。
 そうして,職員番号は,庁内ネットワークのユーザーコードの暗証番号になって
いるほか,共済組合員証や職員互助会等の福利厚生団体のメンバーズカードの番号
と同一であるところから,組合員証等を提示する代わりに職員番号を告げて診療や
各種割引きなどを受けることがよくあるので,その番号が広く一般に周知される
と,それが不正に使用され,職員が私的に管理している情報が漏洩したり,医療機
関や福利厚生団体の運営に混乱が生ずる恐れがある。すなわち,職員番号は個人に
関する情報であって,特定の個人が識別され,又は識別され得るとともに,財産の
保護等公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれがある。
ウ 本件非開示部分のうち,「氏名,職名,学校名,所属コード,諭旨免職処分の
日,生年月日,年令,住所,最終卒業学校名,飲食店名,店名及び売場名」の条例
10条8号の該当性について
 条例10条8号は,県又は国等が行う事務事業の内容及び性質からみて,開示す
ることにより,当該事務事業の目的が損なわれ,又は公正かつ円滑な執行ができな
くなるなど,県民全体の利益を著しく損なうこととなるおそれがある情報は,非開
示とすることを定めたものである。
 そうして,本件非開示部分のうち,上記部分は,条例10条8号に該当する。
a まず,本件公文書に記載された情報は,条例10条8号前段の「事務事業」に
関する情報に該当する。
 本件公文書は,県が行う,懲戒処分に関する情報が記載されている。本号に規定
されている「事務事業」とは,条文に具体的に例示されている人事等の事務事業を
含め,県又は国等の機関が行う一切の事務事業をいうものと解される。したがっ
て,本件公文書に記録されている県が行う「懲戒処分」に関する情報は,条例10
条8号前段に規定する「事務事業」に関する情報であると認められる。
b 氏名,職名,学校名,所属コード,諭旨免職処分の日,生年月日,年令,住
所,最終卒業学校名は,同号後段に該当する。
 実施機関は,職員に懲戒等の事由がある場合には,当該職員に対して懲戒処分等
をすべきかどうか,また,懲戒処分等をする場合にいかなる処分を選択すべきかど
うかについて,その事由に該当する行為の原因,動機,態様,結果,影響,改悛の
状況等を総合的に考慮して,その裁量的判断によって決定している。
 そして,実施機関は,公正な裁量的判断を行うため,被処分者や関係者等から,
あくまで非公開を前提とした事情聴取を行い,必要な情報を得ている。
 本件公文書は,こういった公表しないことを前提とした事情聴取の結果等をもと
に,実施機関により作成されたものである。
 したがって,本件公文書の被処分者や関係者の氏名等が開示されると,関係当事
者間の信頼関係,協力関係が損なわれ,将来同種の処分を行う際に必要な事情聴取
を実施できない等,被処分者,関係者等から必要な情報が十分得られないおそれが
ある。その結果,実施機関が事実関係を正確に把握することが困難となり,公正な
処分内容の決定が出来なくなるなど,懲戒処分の公正かつ円滑な執行に著しい支障
が生じるおそれがある。
 さらに,こういった氏名等を開示すれば,本件公文書には,具体的な事故の概要
や経過,個別の処分内容等が記載されているので,当該被処分者等が当該事故に関
係していたことが明らかとなり,不名誉な経歴が周囲に知られることとなる結果,
当該被処分者等が必要以上の不利益を受ける可能性があり,これらは特定のものに
不当な不利益をもたらすおそれがある情報である。
 以上により,氏名,職名,学校名,所属コード,諭旨免職処分の日,生年月日,
年令,住所,最終卒業学校名は,条例10条8号に該当する情報である。
c 飲食店名,店名および売場名等についても,条例10条8号後段に該当する。
 事故報告書の飲食店名等についても,実施機関が,懲戒処分を検討するに当た
り,当該店主等に対して,あくまで,他に公表しないことを前提に,協力を得て事
情聴取等を行い,必要な情報を得ている。
 よって,店名が開示されると,当該店が,当該事故に関係していることが明らか
となり,関係当事者間の信頼関係が損なわれ,将来同種の処分を行う際に関係者か
ら必要な情報が十分得られないことになり,懲戒処分の公正かつ円滑な執行に著し
い支障が生じるおそれがある。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)について
(1) 条例7条4項によれば,「実施機関は,公文書の開示をしない旨の決定を
したときは,第2項の書面にその理由を記載しなければならない。」とされてい
る。そうして,公文書の非開示決定を通知する書面にその理由を付記すべきものと
しているのは,非開示理由の有無について実施機関の恣意的判断を防止し,公正妥
当な開示非開示の判断を保障しようとするものであると同時に,非開示の理由を開
示請求書に知らせることによって,その不服申立てに便宜を与える趣旨をも考慮し
て規定されたものというべきである。このような条例の理由付記制度の趣旨にかん
がみれば,公文書の非開示決定を通知する書面に付記すべき理由としては,単に非
開示事由として列挙された条文を示すのみでは足りないが,これとともに,条文の
該当部分を示して理由を記載すれば足りるというべきである。
(2) これを本件についてみるに,前記のとおり,本件処分に関して原告に送付
された書面である「公文書一部開示決定通知書」(甲1)には,開示しないことと
決定した部分として「1 氏名,職名,学校名,所属コード,諭旨免職処分の日,
生年月日,年令,住所,最終卒業学校名等」,「2 職員番号」とし,開示しない
理由として「1については,条例10条2号及び8号に該当」としたうえ,「個人
に関する情報であって,特定の個人が識別され,又は識別され得るため。また,開
示することにより,人事等将来の事務事業に支障を来す情報であり,関係当事者間
の信頼関係または協力関係が損なわれると認められるため。」とし,「2について
は,条例10条2号及び4号に該当」としたうえ,「個人に関する情報であって,
特定の個人が識別され,又は識別され得るとともに,財産の保護等公共の安全と秩
序の維持に支障が生ずるおそれがあるため。」としている。このように,上記理由
の記載によれば,非開示部分が条例10条各号のうち,どの事由に該当するもので
あるかを示しているものであるから,上記通知書は,条例7条4項にいう「理由の
付記」の要件を満たした,適法なものというべきである。
 本件処分は,非開示理由が記載されていないものとして条例7条4項に違反して
いるということはできない。
2 争点(2)について
(1) 条例10条の解釈基準について
ア 条例は,県民の公文書の開示を求める権利を明らかにするとともに,情報公開
の総合的な推進に関し必要な事項を定めることにより,県政に対する県民の理解と
信頼を深め,県民の県政への参加を促進し,もって公正で開かれた県民本位の県政
を一層推進することを目的としている(条例1条)。そして,公文書の開示の実施
機関は,条例の解釈運用に当たっては,県民の公文書の開示を求める権利を十分に
尊重するものとするとともに,実施機関は個人に関する情報がみだりに公にされる
ことがないよう最大限の配慮をしなければならないとされている(条例3条)。こ
のような基本的観点から,条例は,公文書の情報公開について,5条で開示請求権
者を,6条で請求方法を,7条ないし9条によって実施機関の行うべき措置を規定
して,県民の公文書公開請求権の内容を具体化し,他方,条例10条各号によって
非開示とすることができる場合をそれぞれ規定している。
イ 条例10条2号
 条例10条2号は,個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報
を除く)であって,特定の個人が識別され,又は識別され得るものを非開示文書と
して規定し,他方で,ただし書きアないしウにおいて,一定の場合は,個人に関す
る情報であっても,非開示とすることができないとしている。これは,3条におい
て,「公文書の開示の実施機関は,条例の解釈運用に当たっては,県民の公文書の
開示を求める権利を十分に尊重するものとする。この場合において,実施機関は個
人に関する情報がみだりに公にされることがないよう最大限の配慮をしなければな
らない」とされていることを具体的に調整した結果であると解される。
 ところで,情報公開制度のもとにおいても,個人情報を非開示とする場合の非開
示事由の定め方には「個人識別型」と「プライバシー情報型」の2つの型があり,
プライバシー情報型の条例においては,個人の思想,信条,信仰,職業,資格,学
歴,収入,資産等の個人に関する情報であって,特定の個人が識別される情報のう
ち,一般に他人に知られたくないと望むことが正当であると認められるものについ
てはこれを公開してはならないと定めるのに対し,個人識別型の条例はそのような
限定を付さずに広く特定の個人が識別され,又は識別され得る個人情報を非開示事
由と定めるものであるが,これは,個人のプライバシー概念は,抽象的であり,そ
の具体的な内容や保護すべき範囲が明確でなく,個人情報は一度開示されるとその
被害回復はほとんど不可能であるため,広く個人に関する情報について,特定の個
人が識別され得る情報を非開示としているものである。
 そうして,条例が上記2つの型のいずれの定めをしているのかは,条例自体の規
定の仕方,文言から,これを客観的に解釈するほかはないところ,条例が,「プラ
イバシー」という概念を用いることを避け,「個人に関する情報で,特定の個人が
識別され,又は識別され得るもの」を非開示と規定した以上,条例が個人識別型の
性格を持つものであることは規定の仕方及び文言上明らかである。したがって,条
例の解釈にあたっては,開示の可否が同条例の規定に即して判断さるべきである以
上,当該個人情報は,これを非開示情報と扱うほかはない。
ウ 条例10条4号
 条例10条4号は,「開示することにより,人の生命,身体,財産等の保護,犯
罪の予防,犯罪の捜査その他の公共の安全と秩序の維持に支障が生ずるおそれがあ
る情報」に該当する情報が記録されている公文書は,開示をしないことができると
規定している。
 これは,公共の安全と秩序の維持を確保するため,開示することにより,人の生
命,身体,財産等の保護に支障を生ずるおそれのある情報が記録されている公文書
は,非開示とすることを定めたものである。そうして,上記「おそれ」とは,事柄
の性質上,当該非開示部分を開示することにより,実際に公共の安全と秩序の維持
に支障が発生したなどと実証的に証明されなければならないものとは解されず,一
般の社会通念として,そのような「おそれ」があるものと想定されれば十分であ
る。
エ 条例10条8号
 条例10条8号は,「県又は国等が行う取締り,監査,検査,許可,認可,試
験,入札,交渉,渉外,争訟,人事その他の事務事業に関する情報であって,開示
することにより,当該事務事業の目的が損なわれるおそれがあるもの,特定のもの
に不当な利益若しくは不利益が生ずるおそれがあるもの,関係当事者間の信頼関係
若しくは協力関係が損なわれると認められるもの又は当該事務事業若しくは将来の
同種の事務事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれがあるもの」に
該当する情報が記録されている公文書については,実施機関は当該公文書の開示を
しないことができると規定している。
 これは,県又は国等が行う事務事業の内容及び性質からみて,開示することによ
り,当該事務事業の目的が損なわれ,又は公正かつ円滑な執行ができなくなるな
ど,県民全体の利益を著しく損なうこととなるおそれがある情報は,非開示とする
ことを定めたものである。
 そうして,上記「おそれ」についても,事柄の性質上,当該非開示部分を開示す
ることにより,実際に事務に著しい支障が発生したなどと実証的に証明されなけれ
ばならないものとは解されず,一般の社会通念として,そのような「おそれ」があ
るものと想定されれば十分であること,4号の「おそれ」についての解釈と同様で
ある。
(2) 本件非開示部分の条例10条各号該当性について
ア 本件非開示部分は,被懲戒者に関する,以下の情報である。
a 氏名
b 職名,学校名,所属コード,諭旨免職処分の日,生年月日,年令,住所,最終
卒業学校名等(飲食店名,店名及び売場名)
c 職員番号
イa 上記アのaの氏名,bのうちの住所が,条例10条2号本文の,個人に関す
る情報であって,特定の個人が識別されるものであることは明らかである。すなわ
ち,本件公文書は,懲戒処分を実施するにあたり,実施機関である被告によって作
成されたものであり,被処分者の氏名,職名,年令等のほか,被処分者が起こした
事故の概要や経過,処分案や処分理由等が記載されている(甲5)。
 そうすると,非開示とされた被処分者の住所,氏名を開示すれば,当該被処分者
がどのような事故を起こし,どのような処分を受けたかが明らかになり,これらの
情報は,特定の個人が識別される個人に関する情報そのものであり,条例10条2
号本文に該当する。
 ところで,乙15及び証人Aによれば,被告においては,平成7年10月7日諭
旨免職処分にした職員の実名を平成9年11月12日に開示したことがあるが,当
該職員の非違行為は,生徒に対する体罰及び性的嫌がらせであって,当該職員は,
逮捕,起訴され,1,2審とも懲役2年6月の実刑判決を受けたものであり,社会
的な影響が極めて大きい事件であったこと,一般的に,公務員として最低限兼ね備
えておくべきモラルや常識とは別個に,教職員であるが故に常にわきまえておかな
ければならない常識が存在し,被告においてはこのような教職員としての規律違反
者には厳しさをもって対処することが本人はもとより他の教職員にとっても社会的
にも有益であると考えていたところ,本人は既に退職し,在職中に在籍していた生
徒も全て卒業していることから,氏名の公表等が学校現場に与える影響は小さくな
りつつあるという状況のもと,原告の公文書の任意開示申出書に応じ実名を公表し
たものである。そうして,この公表は,条例10条2号ただし書きイの「公表する
ことを目的として実施機関が作成し又は取得した情報」として氏名を公表した結果
であり,そのような特別な事情がない限り,非開示とされた被処分者の住所,氏名
の情報は,特定の個人が識別される個人に関する情報であって条例10条2号本文
に該当し,非開示事由に該当することに変りはない。
 なお,地方公務員法29条に規定する戒告,減給,停職,免職等の懲戒処分は,
任命権者が職員の一定の義務違反行為に対し道義的責任を問うもので,これによっ
てその地方公共団体における規律と公務遂行上の秩序を維持することを目的とする
内部的処分であって,それ以外のものではない。もっとも,報道機関によって非違
行為の内容や当該個人名が明らかにされることはままあるが,そのことと上記制度
的公開とは質的に異なるものであるし,非違行為を行った個人は上記不利益を甘受
して当然であるなどとまでいうことはできない。
b また,奈良県の行う懲戒処分は,県の事務事業の一つであるところ,懲戒にあ
たっては,被処分者からできる限り正確な事実関係を聴取し,調査を尽くした上,
適正な処分を行う必要があるところ,懲戒処分があれば,常に被懲戒者の氏名が公
開されるという事態になれば,その後行われる職員への懲戒処分という同種事務の
執行に当該職員から事実関係についての調査等への任意の協力を得られない事態も
想定され,このことは,条例10条8号の「当該事務事業若しくは将来の同種事務
事業の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生ずるおそれがあるもの」に該当すると
いうべきである。
ウa 上記アのbの職名,学校名,所属コード,諭旨免職処分の日,生年月日,年
令,最終卒業学校名等及びcの職員番号についても,これらの情報は,当該被処分
者の人事等にかかる個人に関する情報であるから,いわゆるモザイク情報として,
これらを開示すれば,すでに開示されている事故の概要や経過等と結びつけること
により,特定の個人が識別され得る可能性があるので,条例10条2号に該当す
る。
b なお,甲5によれば,職名のうち,「校長」,「教諭」が開示され,他の職名
が非開示とされているが,「校長」の場合には,処分内容が管理監督者の「監督不
行届」の責任を問うものであるところから,対象者が校長であることは自ら明らか
であり,これを非開示とする意味がないと考えられ,また,「教諭」の場合には,
該当者が多数で,職名から特定の個人を識別することは困難であるのに対し,他の
職名の場合には,該当者が少数であるため,職名から特定の個人を識別しうる可能
性があるものというべきである。
エ 上記アのbのうちの,飲食店名,店名,売場名は,条例10条8号に該当する
と認められる。すなわち,乙15,証人Aによれば,これらの情報は,被告が被告
職員の懲戒処分という事務事業を行うに当って収集し得られた情報であるが,これ
らの飲食店名等については,実施機関が,懲戒処分を検討するに当たり,当該店主
等に対して,他に公表しないことを前提に,協力を得て事情聴取等を行い,必要な
情報を得ているものと認められる。すると,飲食店名等が開示されると,当該店
が,当該事故に関係していることが明らかとなり,関係当事者間の信頼関係が損な
われ,将来同種の処分を行う際に関係者から必要な情報が十分得られないことにな
り,懲戒処分の公正かつ円滑な執行に著しい支障が生じるおそれがあるものと認め
られる。
オ 乙10ないし13,15,証人A,弁論の全趣旨によれば,上記アのcの職員
番号は,条例10条4号にも該当する。すなわち,上記証拠によれば,職員番号
は,県内部で人事管理や給与等の支払に広く使用されるが,一般に広く周知されて
いるものではなく,職員が採用されてから退職するまで人事異動等によっても変更
されることのない職員に付与された番号で,他の職員に同一の番号は存在しないと
いう性質のものである。
 そうして,職員番号は,共済組合員証や職員互助会等の福利厚生団体のメンバー
ズカードの番号と同一であり,互助会診療所等では組合員証等を提示する代りに職
員番号を告げて受診したり,各種割引を受けたりすることができ,また,職員番号
は,庁内ネットワークのユーザーコードの暗証番号になっている可能性も高い。す
ると,職員番号が広く一般に周知されると,それが不正に使用され,職員が私的に
管理している情報が漏洩したり,医療機関や福利厚生団体の運営に混乱が生ずる恐
れがあるものと認められる。職員番号は個人に関する情報であって,特定の個人が
識別され,又は識別され得るとともに,これを開示すると,財産の保護等公共の安
全と秩序の維持に支障が生ずるおそれがある。
(3) 以上の検討によれば,本件非開示部分は全て条例10条2号本文に該当
し,かつ同号ただし書きに該当する事由はなく,さらに,本件非開示部分のうち,
飲食店名,店名及び売場名は条例10条8号に該当し,また職員番号は条例10条
4号に該当する。
3 結論
 本件処分に違法はなく,原告の請求は理由がない。
奈良地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官 永井ユタカ
裁判官 島川勝
裁判官 松阿弥隆

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