弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
 原決定を取消す。
 相手方らの執行停止申立を却下する。
 申立費用は第一、二審とも相手方らの負担とする。
       理   由
第一、抗告人は主文同旨の裁判を求め、その理由として別紙「抗告理由書」、「補
充理由書」および「補充理由書(二)」のとおり主張し、相手方らは別紙「反論
書」のとおり主張する。
第二 そこでまず本件保安林解除処分により相手方らに生ずる回復することのでき
ない損害を避けるため右処分の効力を停止する緊急の必要性があるか否かについて
検討する。
一 本件保安林の地理的位置関係、保安林としての指定及び解除に至る経緯、相手
方らの居住する長沼町の一般的地理的環境、洪水被災の歴史と原因およびその対策
等については相手方提出の疎明資料および当事者双方の主張の全趣旨により当裁判
所も原審の認定したところ(原決定書第二、一、1、(1)から(4)まで)と同
一の事実(但し、同(3)の末尾から二行目に「地域住民」とある次に「の一部」
を挿入する)を認定するから右記載をここに引用する。
二 しかしながら、当裁判所は原決定と異なり、本件解除処分の効力を停止するに
ついて緊急の必要性がないと判断するものであつて、その理由は次のとおりであ
る。
(一)1 相手方らの主張によれば、本件保安林解除に伴い、伐木、防衛施設建設
工事がなされることによつて、本件保安林が従前水源かん養保安林として果してき
た流水調節機能が破壊されるに拘らず、現に代替機能を有する施設の設置が皆無で
あるから、地域住民たる相手方らは直ちに洪水被害の危険にさらされ、その生命、
財産に回復困難な損害を蒙るおそれがあるというのである。
 本件保安林指定の解除処分に引続き、立木の伐採、防衛施設の建設工事が予定さ
れていることはいうまでもなく、これにより、本件保安林が従前水源かん養保安林
として果してきた流水調節機能が失われることは否定できない。その結果本件保安
林区域から集水する富士戸川本・支流、さらにはその下流に連なる馬追運河への流
入水量が増加することは十分予想されるところである。
 そして戦後、馬追運河沿岸において繰り返された水害が前記引用部分で認定した
とおり、洪水時において石狩川本流および支流からの逆水を避けるため、同運河と
旧夕張川との合流点に設置された逆水門を閉鎖することに伴う運河からの内水の溢
水氾濫が大きな原因をなしていただけに右水量増加による同運河沿岸地域の危険性
の増大が一応危惧されないでもない。
 しかしながら、疎明資料(乙第二八号証)によれば、馬追運河沿岸を含む長沼地
区一帯の過去における前記の如き洪水被災の経験にかんがみ、国においてもかねて
その対策を講じてきたのであつて、北海道開発局により昭和三九年三月前記のとお
り、馬追運河、南六号川、南九号川の内水を旧夕張川もしくは千歳川にポンプをも
つて排出することを内容とする千歳川長沼地区機械排水事業計画が立案され、昭和
四〇年度に着工し同四三年一〇月末に完成したこと、右計画によつて、馬追運河と
旧夕張川との合流点、南六号川および南九号川と千歳川との各合流点にそれぞれ機
械排水設備が設置されたのであるが、その能力は過去における洪水の水量と被害の
実態を分析するとともに、地域の開発進捗にともなう流出量の増加をも考慮して決
定されたものであることが認められ、これにより、水害の危険性が全く解消したか
否かはともかくとして、少くとも大幅に減退したものと推認される(このことは甲
第三一号証の一の記載からも窺われるのであつて、甲第三〇号証の一、二、甲第三
四号証、甲第三五号証、甲第三六号証の一ないし三も右認定を左右するに足りな
い。)。
 このような現況の下に、本件保安林の伐採等に起因して馬追運河に生じる増加流
水量によつていかなる地区にいかなる規模の洪水被害発生の危険性が存するかにつ
いては相手方らにおいて格別の主張、疎明がなく、ひいては長沼町の各地区に散在
する相手方らが回復困難ないかなる損害を蒙るおそれがあるかとの点の疎明も十分
でない。
2 のみならず、この点はしばらく措くとしても、抗告人提出の疎明資料(乙第九
号証の一ないし七、第一二号証の一ないし一二、第一三号証の一、二、第一四号
証、第一五号証の一、二、第一六、一七号証、第二〇号証の一、二、第二一号証、
第二二号証の一、二、第二三号証の一ないし三、第二四、二五号証の各一、二、第
二六号証の一ないし三、第二七号証、第二九号証)によると、国もしくは国庫補助
の下に地方公共団体等によつて、本件保安林伐採等に起因する右増加流水量に対処
すべく、抗告人主張の富士戸一号堰堤の築造、同二号堰堤の補強および馬追運河左
岸の嵩上、或いはまた七基の砂防堰堤の築造等の代替施設工事の施工が立案計画さ
れており、これら代替施設によれば、少なくとも本件保安林伐採に起因する増加水
量による水害の危険性は解消すると認められる。
(1) すなわち右計画(乙第一二号証の一ないし九、乙第一三号証の一、二参
照)によれば、まず、本件保安林区域に降つた雨水がすべてそこに集る富士戸川
本、支流の合流点に貯水容量六四、〇〇〇立方メートル、洪水調節容量六八、〇〇
〇立方メートル(全容量合計一三二、〇〇〇立方メートル)で、洪水のピーク時に
おいて毎秒一九・三七立方メートルを排水する機能を有する余水吐を備えた富士戸
一号堰堤を建設し、これにより、本件保安林伐採に起因する増加水量をカツトして
一時貯留し、洪水の調節をはかろうとするのである。詳説すれば、本件保安林区域
における一〇〇年確率計画日雨量二五五・七ミリメートルを基礎にして右堰堤への
流入量を算出すると、堰堤への全流域面積三七六ヘクタールからの流入量は洪水の
ピーク時において、本件保安林伐採前は毎秒一九・五立方メートルであるのに対
し、伐採後は毎秒二四・三立方メートルと推算され、その差毎秒四、八立方メート
ルの増加(ピーク時前後の増加流入量の総計約一七・三〇〇立方メートル)となる
が、前記堰堤の構造機能(ピーク時の最大排水量毎秒一九・三七立方メートル)に
より、すべてこれをカツトして一時貯留し、洪水(流入)のピーク時が過ぎ流入量
が減少するにつれて徐々に貯留水量を流出させることにより洪水を調節するのであ
り、この調節作用により、洪水(流出)のピーク時は伐採前(堰堤設置前)のピー
ク時より約二〇分遅れることになり、しかも右ピーク時の流出量は毎秒一九・三七
立方メートルで、伐採前の毎秒一九・五立方メートル以下になることが疎明される
ので、これにより、少くとも伐採に起因する増加水量による下流河川(馬追運河の
他の集水区域は、おおむね本件保安林より下流にある。)の氾濫は防止されるもの
と認められる。
 つぎに前記計画(乙第九号証の七、乙第一二号証の四、一〇ないし一二、乙第一
五号証の一、二、乙第一四号証、乙第一五号証の一、二、乙第一六号証、乙第二七
号証参照)によれば、富士戸川本流上流部に既設の土堰堤である富士戸二号堰堤を
コンクリートおよびコンクリートブロツクによつて補強し、洪水時に渓流に面した
堤体脚部が洗掘されるのを防止し、また、馬追運河の西五線から上流一、〇〇〇メ
ートルの間は左岸が右岸に比して約〇・五メートル低くなつているのでこれを嵩上
げすることになり、同運河の排水機場から西三線までの間約三、五〇〇メートルの
河道貯留量を二三、〇〇〇立方メートル以上増加して本件保安林伐採による前記増
加水量約一七、三〇〇立方メートルに対処し、さらにまた、出水に伴う流出土砂の
河床への埋積等による洪水増加を予防するため、本件解除区域周辺下流の沢に七基
の砂防堰堤を築造する外、防衛施設建設区域にも地表に張芝その他の工事を施して
土砂流出防止の機能を果させようとするのであつて、以上各種の代替施設工事によ
り、前記富士戸一号堰堤の築造と相まつて、本件保安林の流水調節機能は十分代替
され得るものと認められる。
(2) 相手方らは抗告人主張の計画は不正確、不完全で、妥当性がないと主張す
るが、疎明資料(乙第一二号証の五ないし一二、乙第一六号証、乙第二〇号証の
一、二、乙第二一号証、乙第二二号証の一、二、乙第二三号証の一ないし三、乙第
二四、第二五号証の各一、二、乙第二六号証の一ないし三、乙第二七号証、乙第二
九号証)によれば、本件保安林区域における一〇〇年確率計画日雨量の算出に始ま
り、本件保安林伐採に起因する増加流水量の算定およびこれが調節に必要な富士戸
一号堰堤の規模の決定、馬追運河嵩上工事に伴う河道貯留量の増加量の算定等はい
ずれも農業土木工学、水理学等関係の専門諸科学において承認され、また国内にお
ける治水事業の実務において用いられている標準的な計算方式に則り立案された合
理的なものと認められ(甲第三三号証の一、二もこの認定を左右するに足りるもの
ではない)、また砂防堰堤の築造についても、それが土砂の流出防止という目的に
副つた適切な位置に、しかも予想される流出量に対処するに十分な余裕をもつた規
模で設計されていることが窺えるのであつて、相手方主張のように前記計画が代替
施設として妥当性を欠くと判断するに足りる資料はない。
(3) 相手方らは代替施設が現に存しないこと或いは代替施設設置の実施計画お
よび予算額が必ずしも確定していないとして、これらをもつて執行停止の緊急の必
要性を主張する一論拠としている。
 しかしながら、代替施設の設置が確実であり、かつその時期が代替施設設置の目
的に適合するように合理的に配慮される限り、それが現に存在しないというだけで
直ちに緊急性を肯定することはできない。しかして疎明資料(甲第三九号証、乙第
一二号証の三、四、乙第一七号証)によれば、抗告人主張の各代替施設は、富士戸
一、二号堰堤の築造または補強については昭和四四年度および昭和四五年度に総額
三億一、三〇〇万円の予算で防衛施設周辺整備等に関する法律三条一項に基づき金
額国庫補助の下に長沼町により施行される予定であつて、その昭和四四年度分工事
予算(後記灌漑用水用導水路等の工事費を含めて三億二、八〇〇万円)については
既に同年七月八日長沼町議会において議決されており、馬追運河嵩上工事について
は昭和四五年度に予算額一、〇〇〇万円で同法条に基づく国庫補助の下に北海道に
より施行される予定であり砂防堰堤については、昭和四四年度に二、六〇〇万円の
予算で防衛庁設置法に基づき札幌防衛施設局が事業主体となつて施行される計画で
予算措置も講じられていることが疎明され、またその他用地の取得ないし使用につ
いての所有権者の承諾等工事遂行に必要な手続上の措置も済んでいることが疎明さ
れるのであるから、抗告人の前記代替施設工事は計画どおり実施されるものと認め
るのが相当である。しかも疎明資料(乙第一二号証の二)によれば、これら代替施
設の工事工程は、まず後記水道施設を設置し、その完成後、砂防堰堤七基の設置お
よび富士戸二号堰堤の補強に着手し、砂防堰堤のうち四基の完成後、一部の箇所に
つき立木伐採、伐根をなし、その他の箇所についても代替施設の完成に応じて行な
うものとし、富士戸一号堰堤の設置も速かに着手するなど、これらが保安林の機能
を代替し、立木の伐採や土地の形質変更による流水の増加に対処し得るよう配慮し
つつ、完成すべく計画されていることが認められるから、この点からしても現在本
件保安林解除処分の効力を停止する緊急の必要性はないものといわねばならない。
(4) 付言するに、この際問題なのは代替施設が本件保安林の洪水調節機能に代
替し得るものであるか否かであつて、本件保安林伐採以外の原因に起因する洪水被
害までも完全に予防するものが要求されるのではない。およそいかなる原因による
ものであれ、洪水災害が完全に予防されることが望ましいことはいうまでもない
が、これは国ないし地方公共団体の施策として別途考慮されるべき問題である。従
つて、上記のとおり本件保安林伐採に起因して生じると予想される出水増加量に対
処し、これを調節して洪水被害の発生を防止し得る施設が設けられることが確実で
あり、かつその計画が所期の目的に照して合理的と認められる以上、万一右計画に
反して所要の代替施設が設置されないまま伐採等の工事が着手され、それによつて
相手方らが回復し難い損害を避けるため緊急の必要に直面した場合において改めて
本件保安林解除処分の効力の停止を求めることがあり得るのは格別、現段階におい
て本件効力停止の必要性を判断するに当つては、代替施設として要求されるところ
を満たすものと考えるのが相当である。
(二) 次に相手方らは本件保安林伐採によつて本件保安林を含む馬追山の沢水に
頼つている飲料水および灌漑用水が失われると主張し、抗告人は相手方らの中には
右沢水を飲料水、灌漑用水に使用している者はいないと争うところ、相手方らにお
いてその主張の如き被害を蒙るおそれがあることを疎明するに足りる資料はない。
のみならず、この点についても疎明資料(甲第三九号証、乙第一二号証の三・四、
乙第一七ないし第一九号証)によれば、抗告人主張の如く、飲料水確保のため早急
に上水道施設を設置し、不足する各戸に配水する計画が樹てられており、これにつ
いては昭和四四年、四五年度において総額三、五〇〇万円の予算で前記防衛施設周
辺の整備等に関する法律三条一項に基づく国庫補助により、長幌上水道企業団を事
業主体として施行すべく昭和四四年度分の工事は既に業者との間に請負金額二、四
九〇万円で工事請負契約が締結されており、また、灌漑用水の不足を補填するため
には現存する南長沼用水路から分水すべく、これを補強すると共に新たに導水路、
揚水施設等を新設する計画が樹てられ、これについても昭和四三年度ないし四六年
度において総額四億三、八〇〇万円の予算で前記法条に基づく国庫補助により、南
長沼土地改良区または長沼町を事業主体として施行すべく、昭和四四年度分の予算
措置(南長沼土地改良区施行分は昭和四三年度繰越分を含め総額五、〇〇〇万円、
長沼町施行分については前記富士戸堰堤工事分予算について述べたとおり)が講じ
られており、しかもこれらの工事は上記堰堤築造工事等と並行して実施し、農業用
水に支障を来さない時期までに完成するよう配慮されていることが疎明される。従
つてかりに相手方らの中に本件保安林解除により飲料水および灌漑用水の不足を来
し、日常生活もしくは営農に影響を受ける者がいるとしても、これは前記の代替施
設によつて補填されることになるから、この点を理由にして本件解除処分の効力停
止を求める緊急の必要性はない。
(三) 以上のほか本件保安林解除処分により相手方らに生ずる回復の困難な損害
を避けるためその効力を停止しなければならない緊急の必要性を認めるべき事情は
疎明されない。
第三 してみると、相手方らの本件申立はその余の点について判断を加えるまでも
なく失当であることが明らかであるから、これを却下すべきである。
 よつてこれと異なる原決定を取消し、申立費用の負担については民事訴訟法九六
条、八九条、九三条に従い、主文のとおり決定する。
(裁判官 武藤英一 黒川正昭 佐藤安弘)
(別紙)
抗告理由書
第一、原決定は、相手方らには、回復し難い損害を蒙るおそれがあり、かつ、これ
を避けるため、本件解除処分の効力を停止する緊急の必要があるが、一方その効力
を停止することにより公共の福祉に重大な影響を及ぼさず、また、本案につき理由
がないと見ることはできないとして、本件保安林指定の解除処分の効力を停止し
た。しかしながら、右決定は、以下に述べる如く、法の解釈を誤り、あるいは事実
の誤認による違法な決定であるから、速かに取消さるべきものと思料する。
第二、相手方らには回復困難な損害を避けるための緊急の必要性はない。
一、原決定は、本件保安林指定の解除に基づき、伐木、防衛施設建設工事がなされ
ることによつて従前本件保安林によつて保たれていた流水調節機能が損なわれ、さ
らには土砂流出、段立崖の崩落等をも誘発して、下流の<地名略>地区に洪水など
の災害をもたらす危険性の増大することが考えられ、したがつて、相手方らは、洪
水などによりその生命、財産などに回復し難い損害を蒙るおそれがあり、これを避
けるため緊急の必要性があるものと認めるのが相当であるとし、一方抗告人主張の
洪水防止のための代替施設および砂防対策工事がなされたとしても、本件処分に基
づく保安林機能の低下を完全に補填、代替しうるか否かについては疑問の余地があ
り、したがつて、抗告人の主張のような代替施設を設置する計画があり、かつ、確
実にこれを実施するとの事実だけでは、前記結論を左右しえないとしているが、こ
れは著るしく誤まつた判断である。けだし、次に述べるように、本件保安林伐採に
よる増加水量は、洪水の原因とするに足りないし、また、右増加水量は、代替施設
によつてカツトされ、十分な流水調節のなされることが明らかだからである。
二、本件保安林伐採により増加する流水量は、僅少であつて、洪水の原因とするに
足りない。
 原決定のいう<地名略>地区とはどの範囲を指すのか不明であるが、本件解除に
かかる保安林が馬追運河流域に属することからして、少くとも馬追運河流域(疎甲
第二〇号証別紙図面参照)を出でないものと思料されるところ、最近の馬追運河流
域における洪水の原因は、馬追運河逆水門閉鎖に伴う馬追運河内水の氾濫にあり、
その氾濫区域は標高七・一メートル以下の低地帯(疎甲第二〇号証別紙図面参照)
に限られていたのである(なお、長沼市街地付近は標高九メートルであるから内水
氾濫による洪水の危険性はない。)。ところが、昭和三九年千歳川および夕張川の
治水計画が完成し、引き続き昭和四三年一〇月、秒三〇立方メートルの排水能力を
有する馬追運河排水機場が完成したため、右地域については、洪水による被害発生
の危険性がほゞ解消されるに至つたのである。ちなみに、この排水機場は北海道開
発局の長沼地区機械排水事業の一環として設置されたものであるが、それは既往洪
水の水量と被害の実態を解析し、将来における地域開発の発展向上による効果の増
大とか、開発進捗にともなう流出量の増加等をも考慮して将来に禍恨を残さぬよう
留意して設置されたものである(疎甲第二〇号証)。
 しかるところ、本件保安林指定の解除により立木の伐採、防衛施設の設置がなさ
れ、そのため保安林の理水機能の低下を来たしたとしても、保安林解除の面積約三
五ヘクタールは、馬追運河の全流域面積四、五八〇ヘクタールの僅か〇・八%弱に
すぎず、したがつて、保安林伐採による増加水量(後述の一〇〇年確率計画日雨量
二五五・七ミリメートルを基礎に計算すれば、約一七三〇〇立方メートルで、馬追
運河機場の約一〇分間の排水量にすぎない。)は、馬追運河の全流量に比すれば僅
かな数量にすぎないのであるから、これによつて、相手方らが、その生命財産など
に回復し難い損害を蒙るおそれあるなどとは、とうてい考えられないところであ
る。
 なお、原決定は、地域住民(如何なる範囲をさすのか明確ではない。)は、現に
灌漑用水、飲料水などを馬追山の沢水に頼よつていると説示するが、右沢水のうち
保安林解除地域から流出するものを飲料水、雑用水に利用している者は、六四戸三
四二人にすぎず、また、灌漑用水に使用している者は兵陵地帯の農家五六戸の範囲
内であつて、相手方らのなかに右沢水を飲料水、灌漑用水に使用している者はいな
いと考えられる。
三、本件保安林の理水機能は、代替施設を設置することにより完全に補填代替され
る。
1、原決定は、本件代替施設の設置工事がなされたとしても、保安林機能の低下を
完全に補填、代替しうるものであるか否かについてはなお疑問の余地があるとはな
はだ漠然たる説示をしていただけで、抗告人の主張する各代替施設の如何なる点に
ついてどのような欠陥があると判断したのか、全く明らかではない。抗告人主張の
各代替施設、その機能およびその計算の根拠、方法については、原審における意見
書および補充意見書において詳細に述べ、疎明資料によつて裏付けたところであつ
て、ここにこれらを引用するものであるが、以下さらに本件代替施設により保安林
の洪水防止の機能は完全に補填、代替しうることを要約し、ふえんする。
2、洪水対策
(1) 本件保安林指定解除地域は、馬追運河の最上流部に位置し、そこに降つた
雨は、富士戸川本支流から東四線排水路、零号排水路を経て、馬追運河に入り馬追
運河排水機場に到達し、そこで旧夕張川に排水される。そこで洪水の対策として
は、立木の伐採等による増加水量について、これを途中に建設する堰堤によりカツ
トして、一時貯留し、洪水のピークの到達時間を遅らせる時間差方式によりこれを
徐々に排水することによつて洪水を調節しようと計画したものである。
(2) すなわち、本件保安林指定の解除地域に降つた雨がすべてそこに集まる富
士戸川本支流の合流点に湛水面積六〇、〇〇〇平方メートル、最大洪水カツト容量
六八、〇〇〇立方メートル、余水吐の最大排水量毎秒一九・三七立方メートルの富
士戸一号堰堤を建設する。その場合一〇〇年確率計画日雨量二五五・七ミリメート
ル(なお、<地名略>地区における過去一〇年間の最大日雨量は一一二ミリメート
ル)を基礎にして堰堤への流入量を算出すれば、洪水のピーク時におけるその量
は、保安林の伐採前は毎秒一九・五立方米、伐採後は毎秒二四・三立方メートルで
あつて、その差(増加流入量)は、毎秒四・八立方メートルであり、またその流入
増量は、別添資料二のとおり、ピーク時前後に集中し、その増加流入量の総計は、
約一七、三〇〇立方メートルである。
 この堰堤によれば、洪水ピーク時前後の増加流入量以上の水量をカツトしてこれ
を堰堤内に貯留し(他は、余水吐より下流に流出させる。)、洪水のピーク時を越
した後堰堤への流入量が減少するにつれ、貯留量を除々に流出させて、洪水の調節
をはかることができるのである。
 ふえんすれば、右堰堤は、灌漑用水六四、〇〇〇立方メートル(その表面積約六
〇、〇〇〇平方メートル)が貯留されている場合、その水位は、余水吐の底面まで
達している状況にある。かかるところへ富士戸本支流から流入した流水は、湛水池
の遊水作用等によりその一部がカツトされて貯留され、この貯留された水を除々に
流出することにより洪水調節の作用が営まれるのである。すなわち、湛水池に流入
した水は、余水吐から流出するが、湛水池の遊水効果と余水吐の構造により、ただ
ちに全量が流出しないで、一部が貯留されることになり、堰堤の水位は上昇するこ
とになる。そのため、湛水面積は増大するので、ますます遊水効果の作用は大きく
なる。一方堰堤内の水位が上昇すれば余水吐の流出水深も大きくなるので流出量も
増加することになるが、前記遊水効果の増大により流入量の増加には追いつけな
い。洪水のピーク時がすぎれば流入量は減少をはじめることになるが、流入量が流
出量を下廻らない間は水位の上昇もつづくので流出量の増加は当分の間続くが、そ
のうち増加が鈍化し、やがて流入量と流出量が等しくなり、堰堤の水位の上昇は停
止する。その後堰堤内の水位の上昇しないことにより流出量も減少しはじめるが、
当面は水位の降下が緩まんなのでその減少量は、流入量のそれ程大きくはならな
い。したがつて、流出量と流入量との差だけ堰堤内の貯留量が減少し、その水位は
低下する。堰堤の水位の低下(余水吐の流出水深の低下)に応じて流出量も減少を
続けるが、前述の如く、流出量が流入量を上廻るため堰堤の貯留水量が流出されて
ゆくのである。
(3) 右洪水調節による貯留量は、右述のとおり、六八、〇〇〇立方メートルで
あるが、その調節作用により洪水ピーク時は、保安林の伐採前のピーク時より二〇
分おくれることになり、かつ、排水量は終始保安林を伐採しない場合における最大
量を上廻ることはない(意見書別表一参照)。このように元来の洪水ピーク時に二
〇分の時間差をもつて、下流に排水する時においては、馬追運河の他の集水区域
は、本件保安林よりさらに下流にある関係もあつて、すでにその洪水のピーク時に
おける他地域よりの流水を通過させた後であるので、氾濫防止に十分に貢献するこ
ととなるわけである。
 なお、右のようにして排水される本件保安林の伐採による増加流水量(右述のと
おり総計約一七、三〇〇立方メートル)は、堰堤への流入量のピークをこした後約
一八時間にわたり徐々に下流に排出される関係上、平均すれば、毎秒〇、二六二立
方メートルにすぎず、この水量は、馬追運河排水機場の毎秒三〇立方メートルの能
力の〇・八七%にすぎないというきわめてわずかな量である。しかも、右増加水量
は、前述の馬追運河の左岸を西五線から一、〇〇〇メートルにわたつて〇・五メー
トル嵩上げすることによつて増加した河道貯留量により、十分賄われるのでなんら
氾濫の危険性はないのである。すなわち右嵩上げ工事を実施すれば、排水機場から
馬追運河と西三線の交点までの約三、五〇〇メートルは、実質的に河道貯留量が増
加することになり、その増加量は二三、〇〇〇立方メートルであるから、前記一七
三〇〇立方メートルの増加水量は、充分賄うことができ、馬追運河下流域に洪水被
害を与えることはないのである。
 なお、増加量二三、〇〇〇立方メートルの算定の根拠は次のとおりである。
 すなわち、同運河の前記約三、五〇〇メートルの間の河幅は二三メートルないし
二九メートルであるが、安全をみて、二三メートルの地点の増加貯留断面積六・五
八五平方メートルを採用し、水路延長三、五〇〇メートルを乗じて増加貯留量を算
定したのである(六・五八五×三五〇〇=二三〇四七立方メートル)。なお、この
外に貯留余裕高として〇、二メートルの余裕がある。
3、段丘崖の崩落に起因する洪水の危険性は存しない。
 原決定は、本件保安林の伐木、防衛施設建設工事がなされることにより、段丘崖
の崩落を誘発し、下流の長沼地区に洪水などの災害をもたらす危険性を増大するこ
とが考えられるとされる。札幌防衛施設局の現地調査によれば、本件保安林の指定
解除地およびその周辺に数個所に段丘崖が認められたが、いずれも小規模であり、
危険性は少ないものである。しかも、これらのうち防衛施設の施工区域内にあるも
のは、土木工事により安全に整地され、あるいは法面の保護およびよう壁等の施工
により完全に保護されるので危険は全くなくなり、解除地域下方の山腹部にあるも
のは、区域内の降雨等による流水が防衛施設の建設に伴う排水施設(管路、側溝
等)によりその大部分が下流の沢に導かれ山腹を流下する雨水は従来より減少する
ので以前の状態より土砂の崩落の危険は減少するのである。
 また、下流の沢付近に存在するものについては、砂防堰堤の建設により渓床勾配
が安定し、流速が低下するため、洗掘は抑制される。また、僅少ながら土砂流出が
発生したとしても、その土砂は、三・一倍ないし三・九倍の容量の安全率を有する
砂防堰堤により貯留され、下流に被害を及ぼすことはない。
四、結び
 以上述べたところで明らかなように本件保安林につき伐木、防衛施設建設工事を
実施し、その結果保安林の洪水防止機能が低下しても、その影響するところはごく
僅かであつて下流の長沼地区(原決定のいう長沼地区は如何なる範囲をさすのか必
ずしも明確ではない。)に洪水などの災害をもたらす危険性を増大することはあり
えず、しかも、抗告人の主張する各代替施設により、洪水防止等の保安林の機能は
完全に補填、代替されるものであることが明らかであるから、本件保安林指定の解
除により立木の伐採、防衛施設の建設工事を実施しても、相手方らが洪水の増大等
により回復困難な損害を蒙ることはありえないのである。
 原決定は、本件効力停止とは無関係に代替施設の設置工事を実施し、その完成
後、危惧される損害の発生の危険性が消滅したことを疎明して本件停止決定の取消
を求めることができると説示するが、右決定の趣旨は、抗告人の甚だ理解に苦しむ
ところである。いかに、代替施設の工事が完成しても保安林を伐採し、さらに一〇
〇年確率雨量の降雨なくしては、それが保安林の伐採による機能の低下を完全に補
填、代替し、危惧される損害の発生の危険性を消滅させたということを実証し、こ
れを疎明することは不可能なことだからである(代替施設は、保安林が伐採されて
はじめてその補填、代替機能を、現実にはたらかしうるのである。)。また、もし
右趣旨が保安林の伐採前においても、代替施設の補填、代替機能の有無を判定しう
るとするものならば、設置工事の実施前すなわち、計画の段階においてもその判定
は可能でなければならず、原決定は、何が故に代替施設の工事の完成をまつとする
のか、合理的にこれを解釈することができない。
第三、本件処分の効力停止は、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがある。
一、原決定は「一国の防衛計画は・・・しよせん一つの政策であつて、通常は、絶
対にかくあらねばならないというまでの必然性を有するものではなく、また右計画
を推進するための諸施策は、つねに防衛計画上の効果のほか、右施策の推進により
受けるべき国民の側の損害をも考慮にいれ、総合的な視野から判断して決すべきも
のである。」「一国の防衛計画およびこれを具体的に推進するための諸施策の決定
が前記のようなものであるとすると、現実に行なわれる防衛力整備計画の遂行は、
いちがいに時間的おくれやその一部修正等を施す余地のないほど画一的なものとは
考えられ」ないと説示する。
 第三次防衛力整備計画は、政府が昭和三一年五月以来堅持する国防基本方針に基
づき現在および将来におけるわが国の平和と安全を推持し、その存立を全うするた
めに必要な自衛の措置として諸情勢の慎重な政治的判断のもとに国防会議および閣
議において決定されたものであり、少なくともその大綱および主要項目について
は、わが国の安全保障上その完全な遂行を期しなければならぬ性格を有するもので
ある。さらにまた、具体的に本件第三高射群施設の設置は、意見書においてすでに
述べたごとく右第三次防衛力整備計画において、その大綱および主要項目に明定さ
れた極めて重要な事項であり、この延期や修正は当該計画全体の遂行に重大な支障
を与え、ひいては公共の福祉に重大な影響をおよぼすものである。
 そもそも今日における武力攻撃は、軍用航空機による政経中枢および軍事基地等
の破壊によつて始まることは常識であり、特に海によつて他国と隔てるわが国につ
いては、これを抜きにして防衛を考えることはできないし、また、その場合の被害
の甚大なことは第二次世界大戦の例をひくまでもなく周知の事実であつて、攻撃力
の増大した今日国民は惨害を蒙り、国全体も緒戦において再起不能の状態となるこ
とも予想される。したがつて、防衛力の整備には、防空能力の向上を優先重視すべ
きであることは論をまたないが、この防空能力を考える場合に忘れてならないこと
は、防空能力は地域的に彼此融通し得るものではなくて、甲地域に防空能力があつ
ても、乙地域のためには何ら役に立たないということである。しかるところ、本件
計画は本件<地名略>地区に道央の防衛のため、ナイキ一個高射隊を配置しようと
するものであるが、本件ナイキ・ハーキユリーズは最も効果的な地上防空兵器であ
り、地上防空態勢上不可欠のものであり、かつ、<地名略>地区は意見書でも述べ
たごとく、第三高射群の能力発揮および部隊訓練上最も重要な位置を占めるもので
あつて、ナイキ配置の原則に照らして他に適地を見出しえないものであるから、本
件計画の遅延は道央における防空能力の向上に重大な支障を与え、道央を空襲の危
険にさらすものであることが明らかであり、さらにその遅延の程度によつては、全
国の防衛に重大な影響をおよぼす結果となるのである。すなわち、本件防衛施設の
設置は、第三次防衛力整備計画上優先実施すべき極めて重要な事案であつて、原決
定が時間的おくれや一部修正等を施す余地があるとするのは即断に過ぎない。
 なお、原決定は、自衛隊の現況自体がもし憲法九条の各規定に違反するものとす
れば、本件保安林の解除処分は、ただちに何ら公共の利益に合致するものではない
とするが、自衛隊および防衛施設の設置の合憲性については意見書において述べた
とおりである。
二、また原決定は「わが国に対する諸外国からの攻撃その他の国際紛争が現実に発
生し、また、そのおそれが緊急に差迫つているといつた事情の認められない現段階
においては・・・本件保安林解除処分の効力停止に伴ないさきに見た程度の支障を
生ずるという一事のみをもつて、ただちに、前記行訴法の条項にいう「公共の福祉
に重大な影響をおよぼすおそれがあるとき」にあたるということはできない」とさ
れる。
(1) しかしながら、政府が国防の基本方針としているように、国防の直接的な
目的は「直接および間接の侵略を未然に防止し、万一侵略が行なわれたときはこれ
を排除」することであつて、直接的な脅威のない平時において、侵略を未然に防止
するいわゆる「抑止力」としての防衛力整備に極めて大きな意義を有するものであ
り、これはまた諸外国における戦力維持の通念でもあるといえる。
(2) また、他国の侵略に対する脅威については、一般に関係国の保有戦力とそ
の意図および自国の防衛力との関係において判断されるべきものであつて、単なる
表面的な事象や推測によつて判断するのは早急といわざるを得ない。特に他国の意
図については、その表面にあらわれた言動によつて真実を察知することは極めて困
難であり、また、国際情勢による不測の変化も当然予想されるところである。した
がつて、わが国に影響のある諸外国において相当な戦力を保有することが明らかな
現状においては、脅威は常に潜在するとみるべきであつて、そのような場合にわが
国が外国の攻撃によりたやすく壊滅的な打撃を全面的または部分的に受けるような
防衛状態にあるときは、たやすく無用の侵略を誘発するおそれがあるものというべ
く、そのようなことがないためには、わが国として自衛のために許される限度にお
いてこれに対応し得る防衛力の整備をはかることが肝要であり、そのための計画遂
行は国の安全を確保するため絶対不可欠の努力というべきである。
(3) さらに、現在における高度に発達し複雑化した兵備体系においては、一朝
有事の際におよんで、はじめて短期間に効果的な防衛態勢をとることは不可能であ
る。すなわち、装備品の調達、防衛施設の建設、隊員の確保、教育訓練および部隊
の編成等のいずれをとつてみても長期間を要することは明らかである。特にナイキ
部隊の新設についていえば、装備品の調達に約二ケ年、隊員の教育に平均約二ケ
年、施設建設に約二ケ年および新設後任務付与までの訓練に約半ケ年を要するので
あり、同時に準備を進めても、最低約二ケ年半は必要となるのである。また、現代
において必要とされる総合的かつ有機的な防衛戦力の発揮のためには、防衛態勢の
一部門といえども疎略にわたることはできないのである。しかもまた、仮りに防衛
力整備が短期間に可能なものとしてもその実行には到底一時に国家財政で賄うこと
のできない巨額な費用を要することは明らかである。
(4) したがつて、物理的にも経済的にも、短期間における防衛力の整備は望み
得ないものであるから「国力国情に応じ自衛のため必要な限度において、効率的な
防衛力を漸進的に整備する」ため、着実に防衛力整備計画を遂行することは、国防
のための必須の要件であるといい得るのである。
三、さらに防衛計画の推進について、これによる国民の側の損害を考慮に入れるこ
とは、国の施策として、当然のことというべきであるが、国においては、既に防衛
施設の設置や維持運営によつて地域住民に損害を与えるような場合においては、従
来から行政的措置によりこれを救済する努力を続けており、昭和四一年以降は「防
衛施設周辺の整備等に関する法律(昭和四一年法律第一三五号)」に基づき障害の
防止、損失の補償、民生安定等の措置を強力に推進してきているのである。
 本件施設の設置についても、設置により地元住民に与えることが予想される損害
については、前述のとおり十分にこれを救済し得る代替工事を計画し、その一部
は、すでに実施中である。また設置後においても当該施設の運用に起因する地元住
民の被害については、同法律により救済できることは明らかである。
 したがつて本件施設の設置計画は、国民の側の損害についても十分に考慮されて
いるというべきで、これをもつて建設計画の延期および修正等の余地があるとする
ことはあたらない。
四、結び
 以上要するに、現在の国際情勢においては、侵略に対する脅威は常に潜在すると
みるのが妥当であり、侵略を未然に防止するための防衛力の整備は平時においてこ
そ最も必要であり、しかも本件防衛施設の設置は、第三次防衛力整備計画の骨子と
もいうべき重要性と影響力をもつ事案であることは明白である。しかもその推進が
国民の側に損害を与えない慎重な配慮によつて行なわれている以上、本件保安林解
除処分の効力停止によつてもたらされる防衛力整備計画の重大な遅延または修正等
が公共の福祉に重大な影響を与えることは極めて明らかであるといわざるを得な
い。
第四、本件処分は適法であり、したがつて、効力停止の申立は、その本案につき理
由のないことは明らかである。
 原決定は、相手方らは、本件処分の取消を求める法律上の利益を有し、かつ、聴
聞手続の違法および本件処分には、森林法二六条二項にいう公益目的が存しないか
ら違法であるとの相手方の主張は、ただちに理由がないと見ることはできないと判
断した。しかしながら、相手方ら本件保安林の受益者の有する利益は、反射的利益
にすぎないから、本件処分の取消を求める法律上の利益を有するものではなく、ま
た、本件処分は、手続上、実体上なんらの瑕疵もない適法な処分であるから、その
違法を理由に本件処分の取消を求める本案訴訟は、その理由のないことが明らかで
あることについては、意見書および補充意見書において述べたとおりであつて、こ
こにこれらを引用する。
別添資料(一)、(二)省略
補充理由書
一 序論
 抗告人は、さきに提出した抗告理由書において、原審に提出した意見書、補充意
見書を引用しつゝ、本件代替施設が保安林の洪水防止の機能を完全に補填代替する
ものであることを明らかにし、この点について疑問の余地があるとする原決定の誤
りを指摘した。以下、本件代替施設およびその計算の根拠、方法について説明を追
加補充する。
 いうまでもないと考えるのであるが、本件代替施設は、本件保安林解除による立
木の伐採、防衛施設の設置に起因する洪水(すなわち、伐採に起因する増加流出量
による洪水)を防止しようとするにとどまり、本件保安林の伐採に起因しない洪水
までも、すべてこれを防止しようとするのではない。したがつて、本件代替施設
は、保安林伐採に起因する増加流出量をすべて富士戸一号堰堤によりカツトして、
一時これを堰堤内に貯留し、下流へは伐採前の流出量以上の水量を流出させず、洪
水のピーク時がすぎ堰堤への流水量が減少するにつれ、前記貯留した水量を徐々に
流出させることにより洪水を調節し、併せて洪水のピークの到達時間を遅くらせ、
これらの効果により前記増加水量による下流河川の氾濫を防止し、洪水の危険を防
止しようとするものである。このため、本件代替施設の計画においては、まず、本
件保安林の地域の計画雨量を算出し、右雨量を基礎にして時間的雨量分布ならびに
それに対応する保安林の伐採前および伐採後の流出量を算出する。そして、保安林
伐採による増加流入量(堰堤への)をカツトして貯留する機能、容量を有する堰堤
を設計したのである。
二 計画日雨量
1 一〇〇年確率日雨量
 一〇〇年確率日雨量とは、ある地点で一〇〇年に一回の頻度でおこる可能性のあ
る降雨量(日雨量)を推定した値である。その推定法にはいろいろあるが、普通既
往の資料から統計的な方法を用いて行なう。この統計的な方法には、ピアソンI
型、Ⅲ型、ハーゼン、スレード、ガンベル、岩井等の方法がある。
 確率日雨量は、河川、砂防工事等の土木事業の設計基準として用いられるもので
あるが、河川事業においては、A級河川八〇年ないし一〇〇年、B級河川五〇年な
いし八〇年、C級河川一〇年ないし五〇年また、砂防工事においては五〇年ないし
一〇〇年の確率の雨量(たゞしいずれも既往最大雨量を下廻らない)を計画雨量と
して用いている。
 本件代替施設の設計においては、一〇〇年確率日雨量を用いた。国土保全対策は
地域の重要度に応じて保持され、各事業がバランスのとれた安全度を保つことが望
ましいことはいうまでもない。このため、治山事業(保安林の指定目的を達成する
ために施行される。―森林法四一条一項)は、その公益性にかんがみ河川法による
河川工事、砂防法による砂防工事において計画している安全度を下廻らないことと
して、施設の計画は、最高一〇〇年確率雨量に耐えることを目標にして進められて
いる。したがつて、保安林指定の解除に伴なう代替施設の治山事業と同じ安全度を
もつ施設として計画、設計されたものである。
 また、国際大ダム会議日本国内委員会においてダム余水吐の設計洪水量は、一〇
〇年に一回おきるものと想定される流量、または、すでに観測された雨量もしくは
水位等をもとにして算出された当該ダム直上流部の最大流量のいずれか大きい方に
よることになつている。
 因みに北海道開発局が施工した国営農業用フイルダムは昭和三〇年以降一一個で
あるが、いずれも一〇〇年確率雨量を設計雨量としている。
2 日雨量の算出方法
 本件の一〇〇年確率日雨量二五五・七ミリメートルは、岩井方式により算出した
ものである(この計算内容は、疎乙第一二号証の六の二頁「2確率雨量の決定」に
記載のとおりである)。この方式は、京大岩井教授の提案した超過確率計算法であ
つて、次のような根拠に基づくものである。すなわち、毎年その年の最大雨量を調
べ、その度数曲線を描くと非対称分布曲線が得られる。この非対称分布曲線を正規
化し、正規分布の特性を利用することによつて、ある値をこえる超過確率値を求め
ようとするものである。すなわち、この分布曲線の確率変数の対数値がガウスの正
規分布をなすものとして、超過確率を求めるものである。
 この方法は、適応性の広い方式として、また、実用性の高いものとして認められ
ているものであり、かつ、従来の各種工事の設計にも数多く使用せられているので
ある。したがつて、確率日雨量を求める際には最初に思い出される方式であり、農
業土木技術者の座右の書というべき農業土木ハンドブツク(農業土木学会編輯)に
は各種計算法のうち、岩井方式のみを取り上げてその計算方法と方式を記している
ほどである(疎乙第二〇号証の一、二)。
 本件代替施設の設計においては、さらに気象庁が全国五七ケ所について諸計算法
の適合性について総合的に検討した方法と同様にして岩井法の妥当性を調べ、採用
したものである。このことは、補充意見書においても述べたところであるが、要す
るに片対数方眼紙の対数軸にある強度の降雨が生起する平均的時間間隔(再現期
間)をとり他方に確率雨量をとつて計算結果を曲線であらわし、この上に経験的な
値がどの位あるかを調べると、経験的再現期間曲線は気象庁の分類による直線型に
相当する。気象庁の報告によれば、直線型の場合は、いずれの計算方法をとつても
大きな誤差はないとされているのである。
三 流入量の算出
 富士戸一号堰堤における洪水調節の計算を行なうためには、堰堤に流入する洪水
の単位時間毎の流入量を算出する必要がある。通常実際の測定資料がない場合に
は、降雨量をもとにして計算した数値を採用することになつている。しこうして、
右流入量を計算するためには、洪水到達時間、雨量分布、有効雨量、流出率等を求
めなければならない。以下これらの算出について略説する。
1 洪水到達時間
 洪水到達時間とは、降雨のピークと流出量のピークとの時間差であつて、この算
出方法としては、ルチハの式、出水の遅れの式(中安、立神の式)、アメリカ開発
局採用式等があるが、一般にはルチハの式によるのが通例となつている。しかし、
この方式により求めた数値は、実測値と比較した場合過少(到達時間が早めにな
る。)に出る傾向にあるので、使用にあたつては、山腹の流下時間を加味した値で
出すのが妥当と考えられ、また、実際には多くそのように使用されている。その代
表的なものとしてわが国においては愛知用水公団設計基準がある。
 富士戸一号堰堤の設計にあたつては、補充意見書(六頁以下)においても述べた
とおり、愛知用水公団設計基準(疎乙第二四号証の一、二)の算定方法、すなわ
ち、到達時間を、地表流到達時間、みぞ流到達時間、河道流到達時間の三要素にわ
けて計算し、それを合計した時間と立神法(流域の地目別面積ウエートを加味した
数値を採用して洪水到達時間を算出する法)によりえた結果とを照合、調整のう
え、一時間と決定したのである(疎乙第二三号証の一ないし三)。
2 雨量分布
 雨量分布とは、対象とする降雨を時間配分したものである。右時間配分とするに
は、その地区における実際の資料により、それぞれの降雨に対する時間分布の頻度
を求めて推定することにより実情にそつた結果がえられるのであるが、実測資料の
ない場合には、日雨量等から短時間雨量を推定して、雨量分布を決定しなければな
らない。右推定方法には、シヤーマンの方式、伊藤配分式、高橋の式、石原、角屋
の式等があるが、このうち、実際の水文解析に採用されているのは、シヤーマンの
方式、または伊藤配分式であり、そのうちでもシヤーマンの方式(疎乙第二二号証
の一、二)は多くの場合実際の観測値とよく合致するといわれ、最も広く採用され
ている。
 本計画においては、シヤーマンの方式によつたものである(その計算の詳細につ
いては疎乙第一二号証の六の三頁「(3)雨量分布」を参照)。なお、雨量の分布
型としては、一般的な降雨特性に準じて中央山型の分布とする解析方針の通例にし
たがい、雨量の分布型を決定した。
3 有効雨量流出率
 流域に降つた雨で直接地表に流出の形で流れ出る量を有効雨量と呼び、草木にし
や断されたり、凹地にたまつたり、あるいは地下に浸とうして洪水の流出に関係し
ない量を無効雨量、あるいは損失雨量という。また、降雨量と有効雨量との比を流
出率という。このほか、ラシヨナル方式に主に使われる地表の状況により判断する
流出係数がある。
 流出量を計算する方法は、洪水の頂点流量値のみを計算する方法(ラシヨナル
式)と洪水の任意時刻における流量、すなわち、洪水の流量曲線そのものを計算す
る方法(単位図法、貯留関数法)に大別される。後者の単位図法はさらに原理的な
方法、集中貯留による方法(立神法)、流出関数による方法(佐藤、吉川、木村の
方法、その他の方法)に三分類される。単位図法は、流域に一様に単位有効雨量
(一ミリメートル)が降つた場合、その単位降雨による流出の時間、流量曲線(単
位図、ユニツト・ハイドログラフ)を求め、継続雨量(例えば、日雨量)を単位時
間に分割し、各時間毎の有効雨量を求めて、単位図により流出量を計算する方法で
ある。
 本計画においては、単位図法のうちの流出関数法を採用した。この方法は、現在
一般に使われている単位図を関数形であらわしたものであつて、流出の波型が指数
関数曲線に類似している特性をとらえ、単位図を計算する方法である。(疎乙第二
六号証の一、三)。
 その計算の詳細は、疎乙第一二号証の六の四頁ないし八頁に記載のとおりである
が、計算の順序の概要を説明する。
(一) 単位流出量の計算
 まず、単位流出量を計算し(同号証の五頁「(1)単位流出量計算表」)、これ
に基き雨量分布による各時間毎の降雨量について時間別流量を算出し、これにより
時間毎の合成流量(同号証の六頁「流入量計算表(a)Σg欄)を算出する。
(二) 有効雨量、流出率の計算
 降雨に対する流出の割合は、北海道開発局の馬追運河の実測数値を勘案し、土地
改良設計基準に示されている降雨量毎の流出率(疎乙第二五号証の一、二)を補正
のうえ、総合流出率を決定した。すなわち、その内容は、疎乙第一二号証の六の七
頁「流出率の決定」「C採用値」に記載のとおりである。流出率により有効雨量を
算出し、その合計(一一七・八五ミリメートル)と計画日雨量(二五五・七ミリメ
ートル)との比により平均流出率〇・四六を算出した(同号証の七頁「流出率の決
定」)。なお、立木を伐採して施設を設置する土地については、裸地として平均流
出率を〇・八とした。
(三) 流入量の決定
 保安林の伐採前(現況)の堰堤への時間別流入量は、(一)において算出した時
間毎の合成流量に、(二)で算出した平均流出率〇・四六を乗じて算出したもので
ある(同号証の八頁「流入量計算(b)」の「現況」欄。
施設設置後の時間別流入量は
(1) 施設外については「現況」の流入量との面積比により算出し、
(2) 施設内については、補充意見書(八頁)において述べたとおりラシヨナル
方式により算出し、
各流入量を合計して算出した(同号証の八頁「流入計算(b)」の「施設設置後」
欄)。
四 洪水調節の計算
 富士戸一号堰堤の洪水調節の機能の概要は、抗告理由書において述べたとおりで
ある。洪水調節の計算は、堰堤内に流入した洪水がどのように貯留され、調節され
て堰堤より下流に流出するかを時間毎に計算することであり、この計算結果により
そのために必要な堰堤の規模等が決定されるのである。このためには、まず、余水
吐の断面を水位および流出量との関係で有効に機能しうると思われる規模で仮決定
をしなければならない。
1 余水吐の断面の仮決定
 前述の如く、富士戸一号堰堤が有効に機能するか否かについて計算するためには
余水吐の断面の仮決定をしなければならないのであるが、その計算内容は、同号証
の九頁以下「余水吐の設計」に記載のとおりである。すなわち、余水吐からの流出
量を現況の毎秒一九・五立方メートルを下廻り、さらにダム設計基準に基づき堤体
の安全を考慮してピーク流入量毎秒二四・三立方メートルの二割増のピーク流量毎
秒二九・一六立方メートルがそのまま流下するものとした場合にも安全に流下しう
る通水機能をもつよう余水吐の断面を設計する。
 しこうして、堰堤の地形、貯水量の関係から余水吐の水深を二メートル以下にし
なければならない。余水吐の流出量Qと水深Hとの関係は
 Q=1.704CbH3/2 C=流入係数,本件の場合はC=1 b=余水吐
敷幅
であらわされる。よつて、流出量を毎秒一九・五立方メートルとする場合、水深
一・一メートルないし一・八メートルの各場合について余水吐敷幅の値を求むれ
ば、同号証の九頁(3)の「水深による水路幅計算表」記載のとおり九・九二メー
トルないし四・七四メートルである。
 次に水深二メートル以下で前記毎秒二九・一六立方メートルを安全に通水しうる
場合の余水吐敷幅を求めるために、前記各余水吐敷幅について水深二メートルの場
合の流出量を求むれば、同計算表記載のとおり毎秒四七・八一立方メートルないし
二二・八五立方メートルである。これによれば、水深二メートルを限度として毎秒
二九・一六立方メートルを通水しうる最小幅は六・二三メートルである。
 よつて、余水吐の断面をその敷幅六・二メートル、水深一・五メートルと仮決定
して、以上の条件で設計洪水量毎秒二四・三立方メートルを所期のとおり調節し、
安全に通水しうるかをエクダールの数値計算法で検討する。なお、前記毎秒二九・
一六立方メートルに対して安全に通水しうるか否かは、流出量計算により検討した
(そのときの水深は一・九七メートルである)。
2 エクダールの数値計算法による洪水調節の計算
(一) エクダールの数値計算法の概要
 堰堤の広い湛水面における洪水の調節は、堰堤への流入量と余水吐から流出量の
差が堰堤内に貯留されることによつて、その機能を果すものであることは、前に述
べたところである。流入量、流出量の増加もしくは低減は、曲線型で、厳密には直
線的な変化ではないが、短い時間間隔を区切つた場合には、近似的に直線的に変化
するものと考えて差し支えがない。すなわち、短い時間においては、その時間内に
流入する量は、最初の瞬間における流入量と最後の瞬間における流入量の平均値
で、終始流入すると考えることができる。このことは流出量についても同様であ
る。したがつて、堰堤内の貯留量は、その間における平均流入量によつて算出した
水量と平均流水量によつて算出した水量との差であらわされる。
 これを式で示せば次のとおりである。
 S2-S1=1/2(I1+I2)⊿t-1/2(O1+O2)⊿t
 S1,S2=最初の瞬間,最後の瞬間の貯留量
 I1,I2=最初の瞬間,最後の瞬間の流入量
 O1,O2=最初の瞬間,最後の瞬間の流出量
 t=時間
 両辺を⊿tで除す
 S2/⊿t-S1/⊿t=1/2(I1+I2)-1/2(O1+O2)
 S2/⊿t+O2/2=I1/2+I2/2+S1/⊿t-O1/2
 すなわち、最後の瞬間の貯留量を時間で除いた値にそのときの流出量の1/2を
加算したもの(φ)が、平均流入量に最初の瞬間の貯留量を時間で除した値とその
ときの流出量の1/2の水量差(ψ)を加算したものに等しいということになる
(φ=I1/2+I2/2+ψ)。
 この貯留量と流出量の1/2との水量差(ψ)と水深(H)の関係および水深と
流出量の関係の各グラフを作成しておき、流入量に対応するψの値を求め、それに
より水深(H)を求め、水位流出量曲線により流出量が求められる。以上の計算を
繰り返すことにより、各時間の堰堤への流入量に対する水位、余水吐からの流出量
を知ることができる。このようにして堰堤内の最大上昇水位とその時刻およびピー
ク流出量がわかる。このピーク流出量が当初の設計流出量を上廻つている場合に
は、余水吐敷幅等を流出量が少なくなるよう変更し、上述の計算をやりなおす。こ
のように計算をやりなおして余水吐からのピーク流出量が設計流出量に等しいか、
それを下廻るような結果がえられたならば、その計算をするにあたつて、さきに仮
決定した余水吐の断面をもつて決定断面とするのである(疎乙第二六号証の一、
二))。
(二) エクダールの数値計算
 本計画についてのエクダール数値法による計算内容の詳細は、疎乙第一二号証の
六の九頁ないし一四頁に記載のとおりであるが、その内容の概略について説明す
る。
(1) H~φ、ψ計算表について
 前述の貯留量と流出量の1/2との水量差(ψ)と水位(H)との関係を求めた
のが同号証の一二頁「H~φ、ψ計算表」である。すなわち、堰堤への二〇分間の
流入により水位が〇・一メートルないし二メートルとなつた各場合を想定する。右
の表の項目のHは水深、Sは堰堤の貯留量、S/1200は毎秒当り平均貯留量、
Oは水深より求めた流出量(余水吐敷幅六・二メートル)である。なお、水位に対
応する貯留量Sの値は、別途水位容量曲線(同号証の一三頁)により求める。
 この計算表により水位に対応する貯留量と流出量の1/2の水量差(ψ)および
貯留量に流出量の1/2を加算した値(ψ)を求めこれらの関係をグラフに表わす
(同号証の一四頁H―φ、H―ψカーヴ)。
 なお、別途水位とこれに対応する流出量(余水吐敷幅六・二メートル)との関係
をグラフに表わす(同号証の一三頁、水位流出量曲線)。
(2) 流入・流出量計算
 これらのグラフにより堰堤への流入量に対応する流出量を計算したのが、同号証
の一二頁「流入、流出計算表」である。右の表のIは、流入量、1/2(In+I
n+1)は平均流入量、φはその時間の終りにおける瞬間の貯留量とそのときの流
出量の1/2の和、ψはその時間の最初の瞬間における貯留量とそのときの流出量
の1/2の水量差であつて、四1において述べた如く、ψの値に平均流入量を加え
たのが終りの瞬間における貯留量とそのときの流出量の1/2を加えたφとなる。
 右計算表においては、二〇分毎の流入量を求め、これにより平均流入量を算出す
る。最初の瞬間の貯留量と流出量は既知であるから、これらからψの値を算出す
る。ψに平均流入量を加えてφの値を算出する。右φに対応する(水位を同じくす
る。)ψの値を前記「H―φ、H―ψカーヴ」によつて求め、これに次の平均流入
量を加算してφの値を算出するという方法を順次繰り返すことによりφとψの値が
求められる。たとえば二〇分のとき流入量は毎秒〇・一五立方メートルで、平均流
入量は〇・〇七五立方メートル、ψの値は〇であるから、φは〇・〇七五立方メー
トルとなる。これに対応するψの値を「H―φ、H―ψカーヴ」により求めれば、
〇・〇六立方メートルである。ついで四〇分の流入量は毎秒〇・三〇立方メートル
平均流入量は、〇・二二五立方メートルであるから、φは〇・二八五立方メートル
(〇・二二五+〇・〇六―なお流入流出計算表に〇・二三とあるは誤記である。)
となり、前同様の方法によりψの値〇・二六メートルが求められる。
 しこうしてこの方法によりえたψの数値により「H―φ、H―ψカーヴ」により
それに対応する水深(H)が読みとられ、水位流出量曲線により、右水深に対応す
る余水吐からの流出量(O)の値が求められる。
 以上の方法によつて求めた数値を表にしたのが流入流出計算表である。この表に
よつても明らかな如く、一三時間に洪水のピーク時の毎秒二四・三立方メートルが
流入し、その際の水深一・四二〇メートル、余水吐からの流水量は毎秒一七・六五
立方メートル、一三時間二〇分に流入量は毎秒二一立方メートルとなるが、水深は
一・四九八メートルと最高水位となり、流出量は、毎秒一九・三七立方メートルで
あつて、洪水ピークを二〇分おくらせ、流出量を現況の毎秒一九・五立方メートル
にカツトするという洪水調節の機能をはたしうるのである。
 右計算の結果、ピーク流入量毎秒二四・三立方メートルに対し流出量のピークは
毎秒一九・三七立方メートルで、そのときの水位は余水吐敷より一・四九八メート
ルしか上昇しないことが明らかとなつた。よつて、余水吐の高さは、右の高さを有
しておればよいわけであるが、前述の如く、フイルタイプ・ダムの設計基準により
余水吐は、設計流量の二割増の流量に対しても安全に流下させうる能力を有し、か
つ、堤高は、そのときの水位よりさらに一メートルの余裕を見込んだ高さとするこ
とになつているので、余水吐敷幅を六・二メートル、余水吐の高さを二メートルと
決定し、堤頂は、さらに一メートルの余裕を見込み、余水吐敷の標高(二二メート
ル)より三メートル(二五メートル)とする。
五 馬追運河の増加河道貯留量
 増加河道貯留量は、河幅二三メートルの地点の増加貯留断面積に水路延長を乗じ
て算出したのであるが(抗告理由書一五頁)、右算出方法について説明を追加す
る。
 馬追運河の排水機場から西三線の交点までの河幅は、約二三メートルないし約二
九メートルであるが、その詳細は疎乙第二七号証のとおりである。安全をみて河幅
二三メートルの地点(排水機場の直上流地点)の増加貯留断面積を採用した。右断
面積六・五八五メートルの算出方法を説明する。右地点において現在有効水位は堤
頂より〇・五メートル下つたところであるが、馬追運河の左岸一、〇〇〇メートル
を〇・五メートル嵩上げすることにより有効水位を〇・三メートル上昇させること
ができる(残り〇・二メートルは余裕高)。左右堤頂間の河幅は二三メートルであ
るが堤防の内側に勾配があるため、堤頂より、〇・二メートルおよび〇・五メート
ル下つた箇所の河幅は、それぞれ二二・七メートルおよび二一・二メートルとな
る。したがつて、増加貯留断面積は、六、五八五平方メートル(0.3×(22.
7+21.2)×(1/2)である。
 よつて、右増加貯留断面積に水路延長三、五〇〇メートルを乗ずれば、増加貯留
量二三、〇〇〇立方メートルがえられる。右算出方法によつて明らかな如く、右数
量は同運河の前記三、五〇〇メートルの区間の最短の河幅、したがつて、最小増加
貯留断面積を採用した結果であるから、同運河の前記区間の増加貯留量は二三、〇
〇〇立方メートルを上廻るものである。因みに、運河の前記区間の増加貯留量を平
均断面法により算出すれば、約二六、三〇〇立方メートルとなる(疎乙第二七号
証)。
 また、前記〇・二メートルの余裕高の部分の貯留量は、河幅二三メートルの箇所
の断面積を基礎にして計算しても一五、八九〇立方メートルであり、仮りに右余裕
高の半分〇・一メートル有効水位を上昇させれば、運河の前記区間の増加貯留量
は、三〇、〇〇〇立方メートルを超えるのである。
補充理由書(二)
 相手方らは、昭和四四年一〇月六日付反論書を提出し、抗告理由に対して縷々反
論を述べているが失当である。抗告人としては、これについて特に再反論の要はな
いと考えるが、念のためそのうちの一、二の点について次に相手方らの誤りを明ら
かにしたい。
一 八月二八、九日の降雨について
 相方らは、八月二八日<地名略>の隣接の<地名略>で二〇五ミリメートル、二
二二ミリメートルの集中豪雨があり、<地名略>の降雨量はその四分の一ないし五
分の一であつたにもかかわらず、床下浸水三〇戸の被害が生じ、また、翌二九日は
馬追運河の流域である<地名略>では道路および畑の冠水があり、畑作物の被害を
生じておりこれをみても馬追運河排水機場の完成により洪水の危険性がほぼ解消し
たとの抗告人の主張は、機場の能力を過大に評価しているものであると主張される
が、これは見当違いの批難である。
1 たしかに<地名略>では八月二八日午前九時から翌二九日午前九時までの間の
五八ミリメートルの降雨によりその市街地区の床下浸水が生じ、また、二八日から
二九日にかけて<地名略>で一部道路および畑地の湛水があつた。
2 しかし、八月二八日<地名略>の市街地区の一部で発生した床下浸水は、東四
線、零号等の排水路または運河の溢流によつて生じた洪水性のものではなく、それ
は、単に市街地区の局地的低地帯の一部が、降雨の排水不全等のため水はけが悪
く、それが一時滞水したために生じたものである。
 すなわち、<地名略>の市街地区は、緩かに傾斜した平野の中ほどにあり、周辺
平地の農村水田地帯よりは、二、三メートルの高地になつているが、一部地区では
市街地排水施設の整備のおくれているところ、あるいは宅地造成にあたり盛土をし
なかつたためその敷地が周辺の土地より低くなつているところがあり、そのために
地区内の雨水が滞水し、一部浸水をみたのである。
 また、<地名略>では当時たまたま排水路改良のため南三条下水道工事を施工中
であり、その関係で南三条排水路を町立病院ぎわより一時的に迂回させていたため
周辺の住宅区域の排水機能がおちており、これによつて、周辺の雨水による浸水を
生じたものである。
 かようにこれら<地名略>市街地区における浸水は、他の市街地に往々見られる
局地的な水はけ不良による滞水の結果にすぎず、<地名略>地域における外水の逆
流あるいは内水の停滞に起因する河川の氾濫による洪水(すでに述べたごとく、市
街地区は標高が高いため、これらの洪水の被害を受けたことはない。)のごときも
のとは、全くその性質を異にし、これとは何らの関連がないものであつて、これを
もつて本件で問題の<地名略>地域の洪水と同日に論ずる相手方らの主張は、もと
よりその理由がない。
3 次に、<地名略>の浸水であるがこれも洪水性のものではなく、水害という性
質のものではない。
 <地名略>の道路側溝は、そのほとんどが土地改良排水路を兼ねており(おゝむ
ね五五〇メートル毎にこの排水路が整備されている。)平生水田から流出した水は
この水路を経て大排水路、河川に流入している。しかして、<地名略>は、零号排
水路を狭んで南北に相対している地区で、同町の中央部としては低地帯であつて、
海抜六・五メートルないし七・五メートルであり、元来滞水しやすい。そこでこの
地区の排水のため零号排水路と西一線側溝(土地改良排水路)の合流点に地区内湛
水の排除施設(排水機場)が常備されているがこれによる地区内排水の実施は、降
雨状況および関係河川の増水の状況に応じ、町長の指令によつて行なわれるのを慣
例としている(通常この地区は馬追機場の運転開始前から早めに始動することとな
つている)。
 ところで八月二八日の降雨に際しては、<地名略>側のポンプ(バーチカル・ポ
ンプ四台、推定平均口径五〇〇ミリメートル)は、同日午後七時三〇分より翌二九
日午前四時まで八時間三〇分運転された。<地名略>側のポンプ(バーチカル・ポ
ンプ三台)も同程度運転されたものと思われる。しかし、この徹夜排水作業は、地
区内の浸水排除のためにそれだけの作業を要したものではなく、翌二九日について
も雷雨注意報が出ていたので、さらにそれに備えた予備排水を含めて作業が行われ
たために午前四時に及んだものなのである。因みに当該地区では浸水家屋はない。
 また、そもそも町道零号線自体は、零号排水路の河道が復断面になつている堤防
内にあるので(昭和三七年に旧零号排水路を掘さく、拡幅したが、このときこれに
並行していた道路をなかに含めて復断面とし、その外側に堤防を築いた)、これが
冠水をみることはやむをえないものとして予定されているものであつて、外側の堤
防さえ安全ならば溢流のおそれは何らないのである。なお、これと別に町道西一線
の一部の古河川跡あるいは沼地跡等の低地帯に造成された区間ならびに右道路より
さらに低い地帯で耕地としては不適当な空地を畑として利用している低地の一部に
ついてそこに雨水が湛水したことが考えられるが、これも単なる部分的水はけ不良
によるものであり、しかも現実に水田は冠水していない(また、当該地区のみなら
ず、全町について住民から町当局に対する農作物の被害報告はなされていない)。
 かようにこれら道路、畑の一部に一時湛水したことがあつても、これは、何ら洪
水性のものではないし、これをもつて水害というにもあたらないものである。
4 以上のように相手方らの主張される八月二八、九日の降雨による被害なるもの
は、いずれにしても本件保安林地域より流出する河川、排水路の氾濫とは無縁没交
渉のものばかりであつて、本件保安林を伐採したからといつて、これらの被害を生
じ、あるいは拡大するおそれなど全くありえないことはいうまでもないところであ
る。
二 馬追運河の流域面積と保安林指定の解除面積
1 本件保安林指定の解除地域に降つた雨は、既述のようにすべて富士戸川本支
流、東四線排水路、零号排水路を経て馬追運河に流入し、同運河の水は、旧夕張川
に排水されるものであるが、大量の降雨の際は、自然排水が困難であつて、そのた
めに水がたまり、あふれ、逆流してその流域に洪水を生じてきたというのが、この
流域の洪水の実情である。そのため、右排水をよくするため抗告人主張の揚水機が
設けられたものであり、右洪水の危険の解消に対するその貢献は、議論の余地なく
明らかである。
2 相手方らは、「本来増加水量の大小を算出するには馬追運河ないしは、富士戸
川に集まる水の収水面積と解除面積とを比較するのなら意味のあることであるが、
右〇・八%の数字は、全流域面積との比較であつて、この点からも右数値は、無意
味なものである。」と主張される。しかし相手方らのいう「収水面積」とは具体的
にいかなる地域の面積をいう趣旨であるか、はなはだ明確を欠くが、もし、それが
保安林解除地域の雨水の流入する富士戸川本支流、東四線排水路、零号排水路およ
び馬追運河に直接雨水が流入する地域のみを意味し、従つて、馬追運河に流入する
他の排水路等の流域面積を排除すべきであるという趣旨であるならば、無理解もま
たはなはだしいものといわなければならない。従来問題の洪水が旧夕張川への排水
不良に基づく内水の増加による氾濫であり、馬追運河排水機場は右内水を排水する
ために設けられたものであるという事実からすれば、ここで当然同機場により排水
されるべき全水量と保安林解除による増加水量とを比較するのは当然のことであつ
て、相手方らの主張されるように解除地域の降雨が直接通過する途中水路の流出量
と右増加水量とを比較するがごときことはなんら意味をなさないからである。しか
るときは、保安林指定の解除による増加水量と馬追運河排水機場より排水される全
水量とを比較する方法として抗告人が解除面積と同機場の集水面積とを比較したの
は明らかに至当であつて、何らの不合理もないものといわなければならない(な
お、いうまでもないところと考えるが、相手方らのいう「全流域面積」が、馬追運
河の流域面積(疎乙第二八号証、<地名略>地区機械排水事業概要の図面の桃色で
彩色されている部分)に限らず、南六号川、南九号川の流域をも含む趣旨とすれ
ば、それはまつたく誤解である)。
3 相手方らは、一に述べた相手方ら主張の浸水等を基にして、本件保安林伐採後
の流出量増加により東四線排水路、零号排水路の溢流、氾濫が生ずるといわんとし
ているようである。しかし、右相手方らの主張される昭和四四年八月二八、九日の
低地帯における冠水がなんらこれら排水路の溢流によるものでなく、その地域の降
雨が排水施設の不備により低地に湛水したにすぎないことは、前述のとおりであ
る。そしてまた、他方富士戸一号堰堤による洪水調節により、洪水のピーク時にお
いても、伐採前の流出量以上の水量を流出させることはないのであるから、本件保
安林の伐採によりこれら排水路の氾濫の危険が増大するということはありえないも
のであつて、結局この点についての相手方らの議論もまた当をえないこと明らかで
ある。
三 富士戸一号堰堤による洪水調節
 相手方らは、富士戸一号堰堤の洪水調節機能について抗告人の主張は、右調節に
より水の流出する曲線は、別紙図面(ロ)の曲線、伐採前の曲線は同図面(イ)の
曲線であるというとし、これによると伐採後に流出する(調節により)水量は、同
一時間内で伐採前より斜線の部分だけ増加することになると主張されるが、これは
抗告人の主張の完全な誤解によるものである。抗告人は、原審以来一貫して、堰堤
により流入水量の一部をカツトする作用により、洪水のピーク時において伐採によ
る増加水量以上の水量をカツトしてこれを堰堤に貯留して、伐採前の流出量以上の
水量は流出させないこととし、ピーク時をすぎ堰堤への流入量が減少するにともな
い前記貯留していた水量を徐々に流出させ、しかもそのときはすでに下流に他から
流入する水量も減少しているので、これによつて下流への伐採により洪水の影響を
なくし、洪水調節の機能を完全に果させるということを主張しているのである(意
見書三七頁、抗告理由書九頁、なお意見書および抗告理由書添付の富士戸一号堰堤
地点洪水量参照)。
四 飲料水、灌漑用水について
 飲料水、灌漑用水については別途対策が講じられ、それぞれ代替施設が計画さ
れ、上水道施設については、すでに工事の大部分が完成し、かつ灌漑用水のための
代替工事にも着手している。まず、灌漑用水の不足量は、南長沼用水路より分水
し、必要水量毎秒〇・二二二立方メートルを用水不足地域に送水して補填する。ま
た、飲料水、雑用水確保のため上水道施設を設置し、各戸に配水する(意見書三六
頁)。
反論書
 抗告人の昭和四四年八月二九日付抗告理由書に対し、相手方らは次のとおり反論
する。
第一 緊急性、必要性について、
一 抗告人は次の二点を理由に本件保安林伐採は洪水の原因とならないと主張す
る。
(1) 本件保安林伐採により増加する水量は僅少である。
(2) 保安林の理水機能は代替施設により完全に填補される。
 しかしながら抗告人の右(1)の主張は机上の数字のみの議論であつて実態にそ
ぐわないものであり、右(2)の主張は「完全」に填補されると断言するは現在の
科学をもつてしても言い過ぎである。以下順次検討する。
二 「増加水量は僅少であるからさして影響なし」とする主張について、
その論拠は次の二点にある。
(1) 昭和三九年の治水計画の完成同四三年一〇月の馬追運河排水機場の完成に
より、洪水の危険性がほぼ解消した。
(2) 保安林解除による増加水量は右排水機場の約一〇分間の排水量にすぎな
い。
(一) しかしながら例え右馬追運河揚水機場等の完成によつても決して洪水の危
険は解消してはいない。昭和四四年八月二八日<地名略>の隣接地<地名略>に集
中豪雨があつた。雨量は<地名略>で二〇五ミリ、<地名略>で二二二ミリであり
その四分の一ないし五分の一であつた<地名略>はその中心ではなかつた。それで
も<地名略>では家屋の床下浸水三〇戸の被害が発生した(疎甲三四号証)。
 更に洪水記録としては公表されてはいないが現に同月二九日馬追運河流域(本件
保安林はこれに属す)である<地名略>(右揚水機の上流地点)では道路冠水畑の
冠水があり、畑作物の被害が発生しているのである(疎甲三五号証ないし三七号
証)。
 各種の治水計画が洪水の危険を解消したと称する抗告人の主張は偽りというほか
ない。
 右の如き事態は抗告人が既に設置されている排水機を過大に評価している結果で
あつて、それは誤りである。元来<地名略>地域は平坦な地形であり従つてこの地
域に流入する水は貯留する状態になる。そうすると例えこの地域に揚水機などの排
水機を設けたとしても、あたかも盆に溜つた水を盆の片隅で吸いあげるに等しくそ
の附近の排水することはできても離れた地域には機能せず充分な洪水対策とはなり
得ないのである。
(二) 抗告人は保安林の解除面積は馬追運河の全流域面積の僅か〇・八%弱にす
ぎないから、これによる増加水量は洪水の原因とするに足りないという。かかる主
張には次の二点において誤りがある。
 まず第一は、「洪水原因とするに足りない」というが、如何なる地域について洪
水の原因とならぬというのか明らかではない。抗告人は、馬追運河流域の水は全部
馬追運河に集中し、これが馬追運河揚水機によつて排水されることを前提としてい
る(甲二〇号証)。しかしながら、保安林解除によつて増加水量が洪水の原因とな
る直接的地域は右馬追運河および揚水機に到達するまでの過程(溝)である。かか
る過程の地域の面積と解除面積を比較するのなら未だ意味があるが、これと無関係
な地域を含む全流域面積と比較してみても本来無意味なことである。抗告人は解除
による増加水量の僅少さを印象づけるため故意にかかる誤れる算定を試みていると
しか解されない。
 次に本来増加水量の大小を算出するには馬追運河ないしは富士戸川に集る水の収
水面積と解除面積とを比較するのなら意味のあることであるが、右〇・八%の数字
は全流域面積との比較であつて、この点からも右数値は無意味なものである。因み
に仮りに右比較が正当なものであると仮定しても、これが洪水原因に如何なる作用
をするかは、単純な算術計算で許されるかは疑問がある。必要なことは、解除地域
の地形、収水面積における解除地域の特徴・地質などを厳密に検討する必要がある
と思われるからである。かかる具体的要因を抜きにした計算のみでは、洪水原因の
有無は判定し難いと考えられる。
(三) 次に抗告人は保安林解除による増加水量が馬追運河排水機場の約一〇分間
の排水量にすぎないし、あたかも右排水機で完全に排水され得るかの如き印象を与
えているが、右に述べた如く排水機の調節機能はその附近しか有効でないのである
から、増加する水が排水機まで到達する過程が問題となるのであつて、これを抜き
にしては論ぜられないのである。ところが本件保安林伐採による増加流水は、富士
戸川本支流から東四線排水路、零号排水路を経て馬追運河に入り馬追運河排水機場
に到達するという(抗告理由書八―九頁別添図面参照)。しかしながら現在でも零
号排水は降雨の際は溢水しているのであり(疎甲三五・三六号証の一)このはるか
下流にある排水機到達前に既に洪水原因が存在している。更に本件保安林解除によ
り増加する水量は富士戸一号堰堤により調節するという。右調節により水の流出す
る曲線は別紙図面(ロ)の曲線、伐採前の曲線は同図面(イ)の曲線であるという
が、これによると伐採後に流出する(調節により)水量は同一時間内で伐採前より
斜線部分だけ増加することになる。即ち東四線排水路、零号排水路、馬追運河に一
度に流れる量が現在より右部分だけ増加する道理である。しかるに現在でも東四線
排水、零号排水、零号排水は溢水する(疎甲三五号証三六号証)のであるから洪水
の危険は益々増大すること必定であるといわねばならない。
(四) 又抗告人は、原決定を攻撃して地域住民が馬追山の沢水を飲料水、雑用水
に利用している者六四戸三四二人にすぎず、灌漑用水に使用している者五六戸にす
ぎないと云う(抗告理由書七頁)。抗告人はかかる人数は僅少だから被害は僅少と
主張する趣旨であろうか。ことは人命の問題であり人権の問題である。例え一人で
あつてもこと人命に関することであれば何よりも優先しなければならない。まして
数百人と云う数にのぼる。
 これが僅少であるとする抗告人の思想、発想は断じて黙過し難いものといわざる
を得ない。
(五) 次に抗告人は馬追運河流域の氾濫区域は標高七・一米以下の低地帯で<地
名略>市街地附近は標高九米であるから内水氾濫による洪水の危険性はないとい
う。あたかも市街地附近は被害なしとの印象を与えるようである。しかし洪水の被
害は直接当該地が冠水しなくとも附近一帯が洪水になることにより道路決壊・橋の
流失により交通の途絶となり通学・通勤はもとより食料其他生活必需品その搬入な
ど一切の外部との接触は断絶され生存そのものの不安・危険は計り知れないものが
ある。更に電気・電話回線の途絶・水道の決壊等かぞえきれない被害が続出するの
である。抗告人といえどもかかる被害からも無関係と主張するのではなかろうと思
う。
三 代替施設は「完全」といえるか。
(一) 抗告人はその計画する代替施設が「完全」に保安林機能を補填しうるもの
と強調し、且つ断言する。
 しかし抗告人が種々計算し論証せんとする根拠は、所詮現在の防災工学上幾つか
存在する方法の一つを採用しているにすぎない。現在実務上採用されうる一方法と
いうことであつて、客観的に完全であるとはとうてい断言しうるとはいえない。現
に豪雨の度毎に全国各地で予想しなかつた防災工事の不充分さが大災害を惹起して
いることは公知の事実である。防災工事の完全さは単に理論上の完全さのみでな
く、時の政策予算・現実の工事の状況等が大きく作用する。かかる諸条件、限界を
無視して如何に理論上完全さを強調してみても無意味である。従来の大災害はまさ
か理論的に間違つていたとはいわないであろう。しかしながら現実には災害が起つ
ている。現在の理論において推測し得なかつた要因もあつたであろう。或いは理論
を適用するうえで必要且つ適切な資料が不充分であつた場合もあろう。かく考える
と抗告人の主張する如く一つの理論上の立場から机上の計算のみで代替施設が「完
全」であると断言するは言い過ぎというべきである。
(二) 次にその理由を本件に即して指摘しよう。例えば計画日雨量を算出するに
ついて現実のデータは何ら<地名略>地域から得られたものを採用していない。抗
告人は北海道さけます孵化場千歳支所のデータを採用し、<地名略>地区より多雨
地帯に属するので計画上安全側に作用するから問題はないと主張する。しかしなが
ら或る地点の雨量を他の地点のそれに適用する場合単に量の大小のみではなく、観
測地点との相関々係を厳密に検討し、その近似性を検討する必要があり降雨の強度
等も当然問題とされねばならない。従つて<地名略>地域における雨量観測の確実
な資料が何ら得られてはいない。かかる不充分不確実な資料を基礎にいくら厳密な
計算を試みても所詮不確実な結果しか得られない。
 又降つた雨が如何に下流域に作用するかは特に山岳等については地質学的気象学
的な調査、資料も当然必要となる筈であるが、かかる資料による説明は何ら試みら
れてはいない。加えて土地流出量の算出については、単に林野庁の代替施設の設計
標準によつているというにすぎず、これが如何なる根拠に基き算出されたものか、
そうして地質学的に(本件馬追山の具体的)条件に適合するものであるかの検討は
皆無である。
 かくして抗告人の主張する代替施設は如何に強弁しようと「完全」であると断言
しうることはできないのである。
四 代替施設々置の不確実性
(一) 予算総額が必ずしも確定していないことは執行停止申立書において既に述
べたとおりである(同書第四の六)。ところで抗告人は代替施設のうち富士戸一
号・二号堰提、導水路、揚水、配水施設工事予算につき<地名略>町議会において
議決されたという。
 しかしながら、同町予算明細書(疎甲三八号証)によると右五施設は総額で三億
二千八百万円とあるのみでその内訳は不明である。しかも代替工事計画(聴聞会資
料疎甲三九号証)によると右五施設の工事費総額は七億五千一百万円で計画の五割
に充たず、この間の関係も不明である。(尚国庫補助金総額は四億六千四百五十万
円でこれでも不足する)もし右町議会の議決した工事費が全体計画の一部工事費で
あるとするなら其余の部分は未だ予算化さえされていないこととなる。
(二) 又工事の事業計画の期間につき第一回聴聞会資料(疎甲四〇号証)では一
応年度別に計画が建てられてはいたが、第二回聴聞会資料ではこれは削除されてお
り、本件訴訟の過程でも全く明らかにされていない。この点からも工事の実施計画
は浮動であり何ら確定していない証左といえよう。
第二 本件執行停止と公共の福祉について、
一 抗告人は、本件処分の効力停止は、公共の福祉に重大な影響をおよぼすおそれ
があるとして、原決定の当該説示部分を批判する。その主張の骨子は、「わが国が
防衛力を持たなければ、他国の侵略を誘発する結果となる。従つて、自衛のために
許される限度において、これに対応し得る防衛力の整備をはかることが必要であ
る。そのための計画遂行は、国の安全確保のために絶対不可欠である。本件第三高
射群施設の設置は、第三次防衛力整備計画の主要項目に明定された重要事項であ
り、その延期や修正は右計画遂行に重大な支障を与え、ひいては公共の福祉に重大
な影響をおよぼす。」というにある。
二 抗告人の右主張に示されているのは、軍事力をもつてわが国の平和維持の絶対
不可欠の前提とする立場であり、軍備の確保を国民の基本的人権に優先する高度の
公益性をもたせて理解しようとする思想である。この思想は、本件保安林が果して
いる用水確保・洪水防止という現実的機能が、本件第三高射群施設の設置により破
壊され、地域住民に明白かつ重大な現実の危険が発生する結果となるにもかかわら
ず、保安林によつて受ける地域住民の利益がたんに反射的利益にすぎないから本件
処分の取消を求める法律上の利益を有しないと主張してはばからない態度、さらに
代替施設の設置について、それが法の要求するところではないが、設置することが
「きわめて好ましい」ということからいわば恩恵的措置としてなされるのだとか、
保安林解除時までに代替施設設置の完了を要しないとする主張態度にも顕著に示さ
れているのである。抗告人においては、国民の基本的人権は何よりも第一に守るべ
きものとしてではなく、軍備確保の前に席をゆずる第二義的なものとしてより理解
されていないのである。これは軍事優先の思想以外の何ものでもなく軍備確保のた
めには地域住民の利益は犠牲になつてもやむを得ないとするものであつてそこに軍
国主義復活の危険を感ぜざるを得ないのである。
三 自衛隊の存在そのものが憲法第九条に違反することについてはさきに見解を述
べたところであるが、この点の論議は別としても、軍事力によつて平和が維持でき
るとするのは、全く誤つた現状認識といわざるを得ない。軍事力のもたらすものは
平和の維持ではなく、平和そのものの崩壊であることは、これまでの人類の歴史が
多くの具体的事実をもつて示すところである。わが国もまた第二次世界大戦におい
て身をもつてそのことを体験したはずではなかつたか、かかる経験から、憲法は第
九条および「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼してわれらの安全と生存を保
持しようと決意した」という前文の規定からも明らかなように、軍事力による安全
確保を排除することこそが恒久の平和を維持できることを格調高く宣言しているの
である。抗告人の主張はかかる理念に真向うから挑戦するものにほかならない。
四 抗告人はさらに、他国の侵略の脅威を強調して、他国の意図については、その
表面にあらわれた言動によつて真実を察知することは極めて困難であるとか、わが
国に影響のある諸外国において相当な戦力を保有することが明らかな現状において
は脅威は潜在するとみるべきであるとか、わが国が防衛力を持たなければ外国の攻
撃により壊滅的な打撃を受けると主張する。
 しかし、これら他国の侵略に対する脅威の強調も、軍事力こそがわが国の安全を
確保するために絶対不可欠とする立場からの誤つた先見的国際現状の認識というべ
きである。侵略の予想される諸外国としていかなる国を想定しているのか、判断に
苦しまざるを得ないばかりか、旧軍国主義が他国の侵略の危険を強調して軍備を拡
張し自ら侵略戦争を準備した極めて危険な思想を看取させるものである。
 抗告人の主張は、わが国の平和の維持を軍事力に求める必要を強調するため、こ
とさら仮想敵国を想定し、仮想敵国による侵略を強調するものであつて、かかる見
地は「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持し
ようと決意」している前記前文の趣旨に反することは明白である。抗告人の右主張
はわが憲法秩序において絶対に容認することはできない。
五 更に抗告人は「わが国として自衛のために許される限度においてこれに対応し
得る防衛力の整備をはかることが肝要であり、そのための計画遂行は国の安全を確
保するため絶対不可欠の努力というべきである」と主張する。
 しかしながら、元来防衛的軍備と攻撃的軍備とはその限界が存しないばかりか、
防衛の実効を計るにはおのずから攻撃的軍備に移行せざるを得ないことは当然であ
るから、抗告人の右主張は結局侵略的軍備に道を開く極めて危険な主張である。
 すなわち理論上からも防衛を完全につくすためには、他国の攻撃的兵器および装
備を有して始めて可能となるからである。でなければ、抗告人も主張するように緒
戦で再起不能の打撃を受ける結果となることは明白である。問題は防衛的兵備によ
つて他国の攻撃的兵備を上まわる防備体制を礎くことが可能かどうかということで
ある。
 ところで兵器は性質上まず攻撃的兵器として開発され、仮りに防禦用兵器が開発
されたとしても、その開発は攻撃的兵器の開発に常に遅れざるを得ない。従つて、
論理上も、軍事的安全保障は他国を上まわる攻撃的兵器を装備した全体的優勢状態
のもとで始めて獲得できるということになる。仮りに抗告人主張の限界を貫くとす
れば防衛的軍備は防衛としての実効性を持たないばかりか論理的にも不可能であ
る。
 しかも核兵器等高度に発達し複雑化した兵備体系のもとでは、中小国の自衛的軍
備は客観的・軍事的安全の面では殆んど保障を期待し得なく、たんに気休的・心理
的安全の保障にとどまるということは識者の一致した見解である。
六 さらに抗告人は、「本件計画の遅延は道央における防空能力の向上に重大な支
障を与え、道央を空襲の危険にさらすものであることが明らか」であると主張する
が、「敵国」による「侵略」ということがいずれも仮想にすぎないのに、どうして
空襲の危険性の面でそれが明らかな現実の問題となるのか全く理解に苦しまざるを
得ない。
 しかも抗告人が自ら主張するように今日における武力攻撃が、軍用航空機による
政経中枢および軍事基地等の破壊によつて始まるとしたならば、本件施設を設ける
ことがかえつて道央を空襲の危険にさらす結果となることは明白である。
七 以上述べたように抗告人の主張はいずれも人権を無視し軍事優先の思想を一貫
して強張するもので現憲法下では絶対に許されないものである。
八 更に抗告人は本件施設の設置計画は国民の損害についても十分に考慮してお
り、その根拠の一つとして「防衛施設周辺の整備等に関する法律」に基づき障害の
防止、損失の補償、民生安定等の措置を強力に推進してきているという。
 しかしながら、右法律で予定されている整備措置として各種の措置が予定されて
はいるが、これらは全べて予算の範囲内で行なうとの文言が法律の規定自体にもり
込まれ争いの生ずるは常であり、従来防衛庁の態度はいかなる場合も因果関係を否
定して来るのが常である。
(別紙図面省略)

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