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平成23年6月7日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成22年(行ケ)第10323号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成23年5月17日
判決
原告フレゼニウスメディカルケアー
ドイチュラントゲゼルシャフトミット
ベシュレンクテルハフツング
訴訟代理人弁理士前田弘
関啓
前田亮
河部大輔
被告特許庁長官
指定代理人豊島ひろみ
鳥居稔
黒瀬雅一
田村正明
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日
と定める。
事実及び理由
第1原告の求めた判決
特許庁が不服2008−12086号事件について平成22年6月1日にした審
決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許出願に対する拒絶査定に係る不服の審判請求について,特許庁がし
た請求不成立の審決の取消訴訟である。主たる争点は,補正について独立特許要件
(容易推考性)の存否である。
1特許庁における手続の経緯
原告は,平成14年(2002年)1月17日の優先権(ドイツ連邦共和国)を
主張して,平成14年4月16日,名称を「パウチ用舟形溶着部品」とする発明に
ついて国際特許出願(PCT/EP2002/004221,日本国における出願
番号は特願2003−559406号)をし,平成19年3月16日付けの補正(甲
8)をしたが,平成20年2月6日付けで拒絶査定を受けたので,平成20年5月
12日,拒絶査定に対する不服審判請求をした。
上記審判請求は,不服2008−12086号事件として審理され,原告は,平
成20年6月11日付けの本件補正(甲14)をしたが,特許庁は,平成22年6
月1日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その理由中で本件
補正を却下した。そして,審決謄本は平成22年6月15日,原告に送達された。
2本件補正の内容
本件補正は,特許請求の範囲の請求項1の記載を補正することなどを内容とする
ものであるが,本件補正前後の請求項1の記載は,次のとおりである(以下,本件
補正前の請求項1に記載された発明を「補正前発明」といい,本件補正後の請求項
1に記載された発明を「補正発明」という。)。
(1)本件補正前の(平成19年3月16日付けの補正による)請求項1
中央部と,該中央部から互いに逆方向に延出するとともに鋭く尖った2つの延出
部とを備え,製造中に物質をパウチに充填するための開口部が前記中央部に設けら
れている一方,前記パウチを実際に使用するための注入口及び排出口がそれぞれ前
記延出部に設けられている前記パウチ用の舟形溶着部品において,
前記中央部は,可能な限り径が大きくて好ましくは円形の前記開口部によって実
質的に占められており,
側方にある前記延出部の側縁は,接線状に前記開口部と接していることを特徴と
する舟形溶着部品。
(2)本件補正による請求項1(下線部分が補正箇所)
中央部と,該中央部から互いに逆方向に延出するとともに鋭く尖った2つの延出
部とを備え,製造中に物質をパウチに充填するために用いられかつ充填後に密閉さ
れる開口部が前記中央部に設けられている一方,前記パウチを実際に使用するため
に用いられ,前記開口部よりも小径の注入口及び排出口がそれぞれ前記延出部に設
けられている前記パウチ用の舟形溶着部品であって,
前記中央部は,可能な限り径が大きくて好ましくは円形の前記開口部によって実
質的に占められており,
側方にある前記延出部の側縁は,直線状のものでかつ接線状に前記開口部と接し
ていることを特徴とする舟形溶着部品。
3審決の理由の要点
(1)概要
補正発明は,引用文献(特開昭59−209352号公報,甲1)に記載された
引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法
29条2項の規定により,特許出願の際独立して特許を受けることができず,した
がって,本件補正は,平成18年法律第55号による改正前の特許法17条の2第
5項において準用する特許法126条5項の規定に違反するから,平成14年法律
第24号による改正前の特許法159条1項において準用する同改正前の特許法5
3条1項の規定により却下すべきものである。
また,補正発明は補正前発明の構成をすべて含むことから,補正前発明について
も,補正発明と同様の理由により当業者が容易に発明をすることができたものであ
り,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
(2)審決がした引用発明の認定,引用発明と補正発明との一致点及び相違点の
認定
【引用発明】
中央部と,該中央部から互いに逆方向に延出するとともに鋭く尖った2つの延出
部とを備え,液体をバッグ10に充填するために用いられかつ充填後に栓体で封止
される充填用開口部58が前記中央部に設けられている一方,入口54及び出口5
6がそれぞれ前記延出部に設けられている,バッグ10に溶着により取り付けられ
る挿入部材52。
【一致点】
中央部と,該中央部から互いに逆方向に延出するとともに鋭く尖った2つの延出
部とを備え,物質をパウチに充填するために用いられかつ充填後に密封される開口
部が前記中央部に設けられている一方,パウチを実際に使用するために用いられ,
注入口及び排出口がそれぞれ前記延出部に設けられているパウチ用の舟形溶着部
品。
【相違点1】
補正発明の開口部が,「製造中」に物質をパウチに充填するために用いられかつ
充填後に密閉されるものであるのに対し,引用発明の充填用開口部が,どのような
状況で,液体をバッグ10に充填するために用いられかつ充填後に密閉されるもの
であるのか明確でない点。
【相違点2】
補正発明の「注入口及び排出口」が,「開口部よりも小径」であり,また,「前
記中央部は,可能な限り径が大きくて好ましくは円形の前記開口部によって実質的
に占められ」ているのに対し,引用発明の「入口及び出口」と「充填用開口部」と
の大きさの関係が明確でなく,また,「充填用開口部」の大きさも,補正発明のよ
うな大きさではない点。
【相違点3】
補正発明が,「側方にある前記延出部の側縁は,直線状のものでかつ接線状に前
記開口部と接している」のに対し,引用発明では,そのような構成となっていない
点。
(3)相違点等に関する審決の判断
相違点1について,引用発明では,充填用開口部からの液体の充填や密封がどの
ような状況で行われるのか必ずしも明確ではないが,引用発明の充填用開口部は,
様々な状況において利用可能なものであることは明らかであるから,当然に,製造
中においても利用できるものであり,そのような状況において充填用開口部から液
体の充填や密封をするようにすることに特段の困難性を伴うものでもないから,引
用発明の充填用開口部を相違点1に係る補正発明の構成のように利用することは,
当業者であれば容易になし得たことである。
相違点2について,パウチの技術分野において,パウチに様々な物質を充填させ
ることは通常なされていることであり,その場合の開口部の大きさは,充填される
物質の形態や充填の仕方を考慮して,当業者であれば当然に考慮すべきものである。
また,パウチに粉状の物質を投入するということは,通常なされていることであり,
そのために開口部を設けたり,開口部を大きくしたりすることもまた,通常なされ
ていることである(特開平11−151286号公報(甲2)の段落【0020】,
実願平1−16729号(実開平2−109632号)のマイクロフィルム(甲3)
の6頁11行∼18行,7頁9行∼15行)。したがって,引用発明の入口及び出
口,充填用開口部の大きさを,上記のような粉状の物質の投入などを考慮して,入
口や出口に比べて充填用開口部を大きくし,相違点2に係る補正発明の構成とする
ことは,当業者であれば容易になし得たことである。
相違点3について,相違点2で検討したとおり,引用発明の充填用開口部を大き
くすることは,当業者の適宜なし得ることである。そして,引用発明の充填用開口
部を大きくした際に,挿入部材の延出部の側縁と接するようにすることは,パウチ
の技術分野においては,通常採用されている開口部の形状であり(特開平11−1
248号公報(甲4)の【図3】,【図6】),また,充填用開口部を最大限に大
きくする形状として当然に想到し得る形状であるから,当業者であれば容易に想到
し得たものである。側縁を直線状とすることも,挿入部材とバッグとの溶着性など
を考慮して,当業者であれば容易になし得たことである。
補正発明の効果も当業者であれば容易に予想し得る程度のものにすぎない。
第3原告主張の審決取消事由
1取消事由1(相違点2及び3を一体で判断しなかった誤り)
補正発明は,パウチ用溶着部品に充填用開口部並びに注入口及び排出口を設ける
に際し,溶着部品の限られた大きさ・スペースの制約のもとで,充填用開口部を可
及的に大きくしたいという要求を満たすべく,その中央部が充填用開口部によって
実質的に占められるように,可及的に大きな充填用開口部を中央部に設けた上で,
中央部の両側の延出部の側縁を充填用開口部に直線状のものでかつ接線状に接する
ようにして,両側の延出部の(幅方向の)大きさを可及的に小さくし,この両側の
延出部のそれぞれの(幅方向の)狭いスペース内に,充填用開口部よりも小径の注
入口及び排出口をスペース効率良く配置する,ということを技術的思想とする。
すなわち,補正発明は,充填用開口部と注入口及び排出口との径の大小関係に係
る相違点2と,溶着部品の側縁形状に係る相違点3とが互いに関連し合い,それら
の構成の相乗作用によって初めて,(a)パウチに物質を充填するための充填用開
口部は,パウチそのものに非常に容易に,かつとりわけ非常に迅速に物質を充填す
ることができる,(b)物質充填用の中央開口部の隣に設けられる注入ポート及び
取出ポートや何らかの真空引きポートのような,さらなる機能部品のための空間が
使用できる,という格別の作用効果を奏する発明である。
また,延出部の側縁を充填用開口部に対して直線状のものでかつ接線状に設ける
構成をとった場合,延出部の幅は充填用開口部の径よりも必然的に狭くなるから,
そうした幅狭の延出部に配置する注入口及び排出口を充填用開口部と同径にするこ
とはできない。引用発明のように,入口及び出口と充填用開口部の径が同じ大きさ
であるときは,上記の構成を採用することは不可能である。このことからしても,
相違点2,3は一体不可分といえる。
したがって,相違点2,3を一体不可分の構成とした上で,この一体不可分の構
成についての容易想到性の判断がされるべきであるのに,審決は,相違点2,3の
それぞれについて個別に検討し,個々の相違点2,3の構成とすることは当業者で
あれば容易になし得たことであると判断しているだけである。そして,審決が相違
点2,3の判断において引用する特開平11−151286号公報(甲2),実願
平1−16729号(実開平2−109632号)のマイクロフィルム(甲3),
特開平11−1248号公報(甲4)には,相違点2,3を一体不可分とする構成
は開示されていない。よって,審決の判断は誤りである。
2取消事由2(作用効果に関する判断の誤り)
取消事由1で主張したとおり,補正発明は,相違点2,3の一体不可分の構成を
備えることによって,上記(a)及び(b)の格別の作用効果を奏する発明である。
引用発明や甲2∼4で開示された各技術は,相違点2,3のうち一部の構成に相当
するものでしかなく,これらの発明等から補正発明の作用効果(a)及び(b)を
予測することはできない。
3取消事由3(相違点2に関する判断の誤り)
審決の相違点2に関する判断には,引用発明の充填用開口部の大きさを,入口や
出口に比べて大きくすることは,当業者であれば容易になし得たという判断が含ま
れている。
この点に関して,審決は,「開口部の大きさは,充填される物質の形態や,充填
の仕方を考慮して,当業者であれば当然に考慮すべきものである」とし,「パウチ
に,粉状の物質を投入するということは,通常になされていることであり,そのた
めに,開口部を設けたり,また,開口部を大きくしたりすることもまた,通常にな
されていることである」として,甲2及び甲3を引用している。
しかし,甲2及び甲3には,パウチに薬剤を投入するための開口を比較的大きく
形成することは記載されているものの,充填用開口部,注入口及び排出口の合計3
つの開口を設ける構成については,何ら開示も示唆もなく,注入口及び排出口の径
を充填用開口部の径よりも小さくすることについての開示や示唆もない。
また,製造中に物質を充填するための充填用開口部と,パウチ使用時に用いる注
入口及び排出口とを,同時に使用することはない。このことは,充填用開口部の機
能と注入口及び排出口の機能の観点から,充填用開口部の径と,注入口及び排出口
の径との相対的な大小関係を規定する技術上の意義が存在しないことを意味する。
これに対し,補正発明において,注入口及び排出口の径を充填用開口部の径よりも
小さくすることには,可及的に狭くされた延出部のスペース内に注入口及び排出口
をスペース効率良く配置するという技術上の意義がある。
そうすると,甲2及び甲3に基づき,引用発明の充填用開口部の径を仮に大きく
し得たとしても,そのことから直ちに,充填用開口部とは機能的な関連性を有しな
い注入口や排出口に対して,これら注入口及び排出口の径よりも大きくすることに
はなり得ない。
したがって,審決の上記判断は誤りである。
4取消事由4(相違点3に関する判断の誤り)
(1)審決は,充填用開口部の径の大きさをどのように決定するかについて,相
違点2においては「充填される物質の形態や,充填の仕方を考慮して」決定すると
しながら,相違点3においては「充填用開口部の径を延出部の側縁形状に基づいて
決定する」としており,理屈に一貫性がなく,相容れない判断をしている。
(2)引用発明では,挿入部材の側縁を湾曲させて挿入部材をレンズ状にしてい
るが,その技術上の意義は,「縁部において,内側シート32との溶接が容易」に
なることにあるから(甲1の9頁右上欄1行∼2行),充填用開口部の径を大きく
する場合には,延出部の側縁の形状を径の拡大に伴い湾曲のままで変化させること
により,挿入部材を分厚いレンズ状にすれば足りる。このようにすれば,内側シー
トとの溶接性を損なうことなく,挿入部材の延出部の側縁と接することなく,充填
用開口部の開口を十分に大きくし得る。引用発明において,充填用開口部の径を,
延出部の側縁形状に基づき,これに接するように決定しようとする合理的理由はな
く,技術上の意義もない。
また,審決は,相違点3について甲4を引用しているが,この文献には,溶着リ
ブ4の直線状の側縁が円形状のベース部2に対し接線状に接していることは示され
ているものの,溶着リブ4の側縁に合わせて,その側縁に接するようにベース部2
の径を設定することについては何ら記載されていない。
これに対し,補正発明において,充填用の開口部に対し,延出部の直線状側縁が
接線状に接することには,充填用開口部を可及的に大きくする一方で,中央部の両
側の延出部の大きさを可及的に小さくして,注入口及び排出口を配置可能にしつつ
も,溶着部品の限られた大きさ・スペースの制約,維持を図るという技術上の意義
がある。
審決は,補正発明を知った上で,その内容を甲4の記載上にあえて求めたものに
すぎず,その判断は誤りである。
(3)補正発明は,パウチ用溶着部品に充填用開口部並びに注入口及び排出口を
設けるに際し,溶着部品の限られた大きさ・スペースの制約のもとで,充填用開口
部を可及的に大きくしたいという要求を満たすことを技術的な解決課題とした発明
であり,この課題を解決する上で補正発明が採用した,中央部の両側の延出部の側
縁を開口部に直線状のものでかつ接線状に接するようにする構成には,開口部より
も小径の注入口及び排出口を配置可能となるようにしつつも,延出部の大きさを可
及的に小さくするという技術上の意義がある。
これに対し,引用発明は,充填用開口部58と入口54及び出口56とが設けら
れた挿入部材52の形状をレンズ状に湾曲させることによって,「縁部において,
内側シート32との溶接が容易」となるようにする発明であり,溶着性を向上させ
ることを技術的な解決課題とする点で,補正発明の解決課題とは相違する。
また,甲4の記載からは,溶着リブ4の側縁形状を直線状に,かつベース部2に
対し接線状に設けることについての技術上の意義は明らかではない。しかしながら,
甲4には,補正発明のように延出部に注入口及び排出口を配置することの開示や示
唆はないことから,側縁形状を直線状にかつ接線状に設けることの技術上の意義が,
「開口部よりも小径の注入口及び排出口を配置可能となるようにしつつも,延出部
の大きさを可及的に小さくする」ことにないことは明らかである。
そうすると,補正発明における解決課題とは異なる技術的思想に基づく引用発明
と甲4記載の構成によって,相違点3に係る補正発明の構成に到達することはあり
得ないというべきである。
5取消事由5(補正前発明に関する判断の誤り)
補正発明に関する取消事由の主張は,延出部の側縁形状が直線状かどうかにかか
わらないので,これと同様の理由から,補正前発明に関する審決の判断も誤りであ
る。
第4被告の反論
1取消事由1に対し
(1)原告は,補正発明の技術的思想,すなわち課題(目的)は,「両側の延出
部の大きさを可及的に小さくし,この両側の延出部のそれぞれの狭いスペース内に,
充填用開口部よりも小径の注入口及び排出口をスペース効率良く配置する」ことに
ある旨主張しているが,本願明細書(甲14)には,延出部の側縁が開口部の側壁
と接線状に接しているため,開口部を大径に形成できるとともに,開口部の隣の空
間が有効に使用できる旨の記載(段落【0006】,【0014】)があるのみで,
「延出部の大きさを可及的に小さく」すること,「延出部のスペースが狭い」こと,
及び「小径の注入口及び排出口をスペース効率良く配置する」ことは,何ら記載さ
れておらず,示唆もされていない。
また,延出部の大きさは,延出部の側縁が開口部の側壁に接することのみで決ま
るものではなく,延出部の側縁が開口部の円周のどの部分に接するかによって定ま
るものであるが,補正発明は,この点について何ら特定されておらず,しかも,中
央部の両側の延出部の側縁のそれぞれ開口部と接している位置同士を近接させれ
ば,延出部は大きくなり,広いスペースを有することになるから,補正発明は,両
側の延出部のそれぞれの狭いスペース内に,上記開口部よりも小径の注入口及び排
出口をスペース効率良く配置する構成に特定されているわけではなく,原告の上記
主張は,補正発明の構成に基づくものでもない。
さらに,原告は,補正発明が「延出部の側縁は,直線状…に開口部と接している」
との構成を有することにより,上記作用効果を奏する旨主張するが,延出部の側縁
を直線状にすることについて,当初明細書(甲5)及び本願明細書(甲14,段落
【0006】の記載を除く。)に,何ら記載されておらず,その【図1】,【図3】
に延出部の側縁を直線状にしたものが示されているのみであるから,「延出部の側
縁は,直線状のもの」とすることに格別な技術的意義はなく,上記作用効果と何ら
関係ない。
したがって,原告の主張する補正発明の技術的思想(課題)は,明細書に基づく
ものではなく,後付けの技術的思想(課題)であり,補正発明の構成に基づくもの
ではない。
(2)補正発明において,相違点2に係る構成である,「注入口及び排出口」が
「開口部よりも小径」であり,「前記中央部は,可能な限り径が大きくて好ましく
は円形の前記開口部によって実質的に占められ」ている点は,開口部の大きさに係
るものであり,相違点3に係る構成である「側方にある前記延出部の側縁は,直線
状のものでかつ接線状に前記開口部と接している」点は,延出部の側縁の構造と開
口部の関係に係るものである。そして,特に,原告の主張する作用効果(a)は,
延出部の側縁の構造と開口部の関係には関連がなく,開口部が大きいことのみによ
る効果にすぎない。したがって,相違点2に係る構成と相違点3に係る構成とは,
技術的に独立した構成である。
(3)審決は,引用発明について,注入口及び排出口の径が充填用開口部と同じ
大きさであるとは認定しておらず,引用文献(甲1)にもそのような記載はない。
また,引用発明について,補正発明のように延出部に注入口及び排出口を配置しつ
つ,延出部の側縁を開口部に対して直線状のものでかつ接線状に設けることが,引
用発明の技術的思想に反することはなく,これにより技術的な不都合等が生じるこ
ともない。
したがって,相違点2,3を一体不可分の構成としなければならない理由はない。
なお,審決は,相違点3について,相違点2の判断を考慮して相違点3を判断し
ており,相違点2と3を関連付けて判断している。
2取消事由2に対し
前記1,後記3及び4での主張のとおり,引用発明に基づいて,特開平11−1
51286号公報(甲2),実願平1−16729号(実開平2−109632号)
のマイクロフィルム(甲3),特開平11−1248号公報(甲4)に例示される
技術常識に照らし,補正発明のような構成とすることは,当業者が容易に想到し得
たことであるから,原告主張の作用効果(a)及び(b)も,引用発明及び上記技
術常識から当業者が予測し得た範囲のものであって,格別なものではない。
3取消事由3に対し
審決は,甲2,甲3について,パウチに粉状の物質を投入するために,(別の)
開口部を設けたり,開口部を大きくしたりすることが,通常になされている技術常
識であることを裏付けるために例示したものであって,充填用開口部と,注入口及
び排出口の合計3つの開口を設けることを示すために用いたものではない。
パウチの技術分野において,パウチに様々な物質を充填させることは通常なされ
ていることであり,その場合の充填用開口部の大きさは,充填される物質の形態や
充填の仕方に照らして,当業者であれば当然に考慮すべきものであること,また,
上記のとおり,パウチに,流動性の低い粉状の物質を投入するために,充填用開口
部を設けたり,また,充填用開口部を大きくしたりすることも,通常なされている
技術常識であること,及び後記のとおり充填用開口部の径と注入口及び排出口の径
に相対的な大小関係を規定する技術上の意義は存在しないことに照らせば,引用発
明に基づいて,相違点2に係る補正発明の構成とすることは,当業者であれば容易
になし得たことである。なお,その際,径が大きくなるのは充填用開口部のみであ
るから,結果として,充填用開口部の径は注入口及び排出口の径よりも大きくなる
のである。
原告主張のとおり,補正発明において,充填用開口部と,注入口及び排出口とは,
両者を同時に使用することはないという機能の観点からして,両者の径の相対的な
大小関係を規定する技術上の意義は存在しないのであり,引用発明についても同様
である。このことは,充填用開口部の径を,注入口及び排出口の径と独立して設計
変更できるということに外ならない。また,補正発明が,両側の延出部のそれぞれ
の狭いスペース内に,充填用開口部よりも小径の注入口及び排出口をスペース効率
良く配置する構成に特定されているといえないことは,1で主張したとおりである。
4取消事由4に対し
(1)3で主張したとおり,引用発明において充填用開口部の径を大きくするこ
とは,当業者が適宜なし得たことである。また,充填用開口部を延出部の側縁と接
するような大きさとすることは,甲4に示されているように,パウチの技術分野に
おいて通常採用されている技術常識である。したがって,引用発明において,充填
用開口部を最大限に大きくするように,充填用開口部と延出部の側縁とが接するよ
うな形状とすることは,当業者が容易に想到し得たことである。
(2)審決は,相違点2では,充填用開口部の大きさに係るものを判断し,相違
点3では,相違点2の判断も考慮して,延出部の側縁の構造と開口部の関係に係る
ものを判断しているのであり,一貫性がなく,相容れないという原告の主張は理由
がない。
(3)審決は,引用発明について,延出部の側縁の構成を認定していないから,
原告の「引用発明において,挿入部材の側縁を湾曲させてレンズ状にする」旨の主
張は,引用発明の認定に基づかない主張である。また,原告は,引用発明において,
開口部を大きくする場合には,レンズ状の部品を分厚いレンズ状にすれば足りると
主張しているが,審決は,固定された大きさの舟形の部品を前提として,充填用開
口部の径を可能な限り大きくした際に充填用開口部と延出部の側縁とが接すること
について判断したものであり,原告の主張は技術的な前提を無視したものである。
(4)原告の主張する補正発明の技術的課題は,上記1で主張したとおり,明細
書に基づくものではない。
補正発明の課題(目的)は,従来の保存パウチでは開口部に非常に狭い穴が形成
されているため,物質の充填が困難であることを解決して,製造工程が単純になる
とともにユーザが取扱い易い舟形溶着部品を備えたパウチを提供することにある。
パウチにおいて,粉状の物質の充填が困難であることから,これを解決して,製造
工程を単純にするとともにユーザが取り扱い易いようにすることは,一般的課題で
あって,引用発明においても自明の課題である。してみると,補正発明と引用発明
とは,共通の課題を有している。
また,甲4は,開口部を,延出部の側縁と接するような大きさとすることが,パ
ウチの技術分野においては,通常に採用されている技術常識の開口部の形状である
ことを裏付けるために例示されたものであって,延出部に,注入口及び排出口を配
置することを示すものではない。しかも,引用発明と上記技術常識とは,パウチと
いう同じ技術分野に属し,また通常,当業者において,技術の改良に当たって当該
技術分野における技術常識や周知事項を考慮することは,当業者が通常期待される
創作活動の範囲のことといえる。
5取消事由5に対し
補正発明について主張したのと同様の理由から,補正前発明に関する審決の判断
に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1補正発明について
本願明細書(甲14)及び図面(甲5)によれば,補正発明について次のとおり
認められる。
補正発明は,例えば透析液調製のための濃縮物等の充填・使用に用いる,保存パ
ウチと呼ばれる容器の舟形溶着部品に関するものである(段落【0001】,【0
003】,【0013】)。従来から,中央部と,互いに逆方向に延出するととも
に先が鋭く尖った2つの延出部とを有し,その中央部に位置する充填用開口部と,
パウチ使用時に用いる注入口及び排出口が設けられている舟形溶着部品は公知であ
ったが,このような舟形溶着部品においては,個々の開口部に非常に狭い穴が形成
されているにすぎず,物質の充填が困難であるという欠点があった(段落【000
3】,【0004】)。そこで,補正発明は,中央部は,可能な限り径が大きく,
好ましくは円形の開口部によって実質的に占められており,側方にある延出部の側
縁は,直線状のものでかつ接線状に開口部と接しているという構成によって,充填
用開口部から容易かつ迅速に物質を充填することができ,また,舟形溶着部品の形
状が対称型になっているため,言い換えれば,側方延出部が開口部と接線状に接し
ているため,充填用開口部の隣に設けられる注入ポート及び取出ポートや何らかの
真空引きポートのような,さらなる機能部品のための空間が使用できるとの効果を
奏する(段落【0006】)というものである。
【図1】舟形溶着部品の平面図【図3】舟形溶着部品の斜視図
2引用発明について
引用文献(甲1)によれば,引用発明は,液体バッグ,特に血液,輸液を収容す
るための医療用の液体バッグに関するものであって(2頁左下欄3行∼4行),レ
ンズ状の挿入部材52の,中央に充填用開口部58が設けられ,延出部に入口54
及び出口56が穿設されているものと認められる(9頁左上欄19行∼右上欄7行,
第5図,第6図)。
第5図挿入部材の断面図第6図第5図のV−V線に沿う断面図
3取消事由1(相違点2,3を一体で判断しなかったことの当否)について
(1)相違点2に係る構成は,中央部の充填用開口部の径の大きさに関するもの
と,充填用開口部と注入口及び排出口との径の大小関係に関するものであり,相違
点3に係る構成は,延出部の側縁の形状及び充填用開口部との接し方に関するもの
である。
相違点2に係る,中央部の充填用開口部の径を可能な限り大きくするという補正
発明の構成は,これにより,物質の充填が容易かつ迅速になるという効果を奏する
ものと認められるから,まさに,「従来公知の舟形溶着部品においては,個々の開
口部に設けられた穴が非常に狭く,物質の充填が困難である。」という補正発明の
課題を解決するための構成であるといえる。また,相違点2に係る,注入口及び排
出口が充填用開口部よりも小径であるという補正発明の構成については,注入口及
び排出口はパウチ使用時に,充填用開口部は充填時に用いるもので,これらを同時
に使用することはないから,これらの径の大小関係に技術的関連性はなく,本願明
細書の記載を斟酌しても,特段の技術的意義は認められない。
これに対し,延出部の側縁が直線状のものでかつ接線状に開口部と接していると
いう相違点3に係る補正発明の構成については,本願明細書において,「…物質充
填用の中央開口部の隣に設けられる注入ポート及び取出ポートや何らかの真空引き
ポートのような,さらなる機能部品のための空間が使用できる。」(段落【000
6】),「…空間が有効に利用される。」(段落【0014】)と記載されるにと
どまるから,充填用開口部以外の空間に注入口及び排出口等の部品を配置するとい
う技術的意義を有するにとどまるものと認められるところ,このような注入口等の
配置と相違点2に係る物質の充填を容易にするための構成との間に技術的関連性が
ないことは明らかであるし,明細書にもその点の記載はない。また,注入口及び排
出口を充填用開口部以外の空間に配置することの可否は,注入口及び排出口と残余
の空間との大小関係によって決せられる問題であって,充填用開口部との相対的な
径の大小関係によるものではないから,注入口及び排出口と充填用開口部との間の
径の大小関係という相違点2の構成と相違点3の構成との間にも,技術的関連性は
なく,明細書にもこの関連性の記載はない。
したがって,審決が相違点2,3を個別に判断したことに誤りはない。
(2)原告は,補正発明は,延出部の幅を可及的に狭くすること,充填用開口部
と比して注入口及び排出口の径を相対的に小さくし,狭い延出部に収まるようにす
ることを技術的思想とするから,相違点2,3は一体不可分であるなどと主張する。
しかしながら,本願明細書には,上記のような技術的思想を窺わせるような記載
は認められない。そもそも,上記1のとおり,補正発明が従来公知としている舟形
溶着部品でさえも,先が鋭く尖った2つの延出部を備え,充填用開口部のほかに注
入口及び排出口を設けるものであり,かつ,個々の開口部の穴が非常に狭い,すな
わち,注入口及び排出口も小さいとされているのであって,補正発明において,新
たに延出部や小さな注入口及び排出口が考案されたものではない。このような点に
照らすと,注入口及び排出口の径が充填用開口部よりも小さいという相違点2に係
る補正発明の構成も,充填用開口部の径を可及的に大きくした結果として,注入口
及び排出口の径が相対的に小さいとされるにすぎないものと認めるのが相当であ
り,原告の上記主張は採用することができない。
(3)また,原告は,相違点3に係る補正発明の構成によると,充填用開口部と
同径の注入口及び排出口を延出部に設けることができないことになるから,相違点
2,3が一体不可分であり,これらを一体不可分として判断しないことは誤りであ
る旨主張する。しかしながら,上記(2)で説示したとおり,注入口及び排出口の径が
充填用開口部よりも小さいという相違点2に係る補正発明の構成は,充填用開口部
の径を可及的に大きくした結果として,注入口及び排出口の径が相対的に小さいと
されるにすぎないものと認めるのが相当である。また,充填用開口部の径を大きく
することにより延出部の側縁が充填用開口部と接する点については,審決も,相違
点3において,相違点2の判断を踏まえた上で検討している,すなわち,相違点2,
3を関連させて判断している。したがって,原告の上記主張は理由がない。
(4)以上のとおり,取消事由1は理由がない。
4取消事由2(作用効果に関する判断の当否)について
上記3のとおり,相違点2,3を一体不可分の構成として判断すべきとする原告
の主張は理由がない。そして,相違点2,3がそれぞれ当業者にとって容易に想到
し得ることは,後記5,6で説示するとおりであり,その作用効果についても,引
用発明と技術常識からして,当業者が予測し得た範囲内のものと認められる。
したがって,取消事由2は理由がない。
5取消事由3(相違点2に関する判断の当否)について
原告は,相違点2に係る補正発明の構成のうち,注入口及び排出口の径が充填用
開口部よりも小さいという構成については,容易想到とはいえない旨主張する。
しかしながら,上記3で説示したとおり,注入口及び排出口と充填用開口部の径
の大小関係に技術的関連性はなく,上記構成に特段の技術的意義は認められないの
であって,補正発明においては,充填用開口部の径を可及的に大きくした結果とし
て,注入口及び排出口の径が相対的に小さいとされるにすぎないものと認められる。
すなわち,当業者にとって,充填用開口部の径を可及的に大きくすることが容易で
あれば,これに伴って,当然に注入口及び排出口の径が充填用開口部よりも小さく
なるものである。そして,パウチの技術分野において,充填用開口部を大きくする
ことは,特開平11−151286号公報(甲2)及び実願平1−16729号(実
開平2−109632号)のマイクロフィルム(甲3)に記載されているように,
通常なされていることであって,当業者であれば容易になし得るものと認められる。
したがって,相違点2に関する審決の判断に誤りはなく,取消事由3は理由がな
い。
6取消事由4(相違点3に関する判断の当否)について
引用発明の充填用開口部の径を大きくすることが当業者にとって容易であること
は,上記5で判断したとおりである。そのようにして充填用開口部の径を大きくし
た場合に,これを延出部の側縁と接するようにすることは,審決が特開平11−1
248号公報(甲4)を例示するように,パウチの技術分野において通常採用され
ている技術常識である。また,舟形溶着部品は,パウチと溶着することが予定され
ているから,溶着性などを考慮して側縁を直線状とすることも,当業者であれば容
易になし得たものと認められる。
したがって,相違点3に関する審決の判断に誤りはない。
原告がこの点について主張するところによっても,上記判断は左右されないので
あって,取消事由4は理由がない。
7取消事由5(補正前発明に関する判断の当否)について
補正発明は,補正前発明の構成をすべて含むものであり,補正前発明に関する取
消事由は補正発明の取消事由と同じであるから,取消事由1∼4と同様に,取消事
由5も理由がない。
第6結論
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
塩月秀平
裁判官
清水節
裁判官
古谷健二郎

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