弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告会社は,原告Aに対し,1904万5488円及びこれに対する
平成▲年▲月▲日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告会社は,原告B,同C及び同Dに対し,それぞれ1561万65
15円及びこれに対する平成▲年▲月▲日から支払済みまで年5分の割
合による金員を支払え。
3原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4訴訟費用は,これを10分し,その4を原告らの負担とし,その余は
被告会社の負担とする。
5この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1被告らは,原告Aに対し,連帯して金5789万9566円及びこれに対
する平成▲年▲月▲日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告らは,原告B,同C及び同Dに対し,連帯してそれぞれ1929万9
855円及びこれに対する平成▲年▲月▲日から支払済みまで年5分の割合
による金員を支払え。
3訴訟費用は被告らの負担とする。
4仮執行宣言
第2事案の概要
1原告らの請求
原告らは,被告会社に勤務していた亡E(以下「E」という。)の相続人
(原告Aは,その妻であり,原告Bらは,その子である。)であるところ,
Eが平成▲年▲月▲日に自殺したことについて,Eの自殺は,Eが自殺前に
連日,肉体的,心理的に負荷の高い長時間労働等をしたことによりうつ病
(以下「本件うつ病」ともいう。)に罹患したことが原因であり,被告らに
は,Eに対する安全配慮義務に違反した過失があるなどと主張して,被告ら
に対し,被告会社については,Eに対する安全配慮義務違反による債務不履
行又は民法709条及び715条に基づく不法行為による損害賠償請求とし
て,被告Fについては,民法709条に基づく不法行為による損害賠償請求
として,合計1億1579万9131円及びこれに対するEの自殺の日であ
る平成▲年▲月▲日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損
害金の支払を求めた。
2被告らの答弁
被告らは,Eがうつ病に罹患したこと,自殺と業務の相当因果関係,被告
らの過失及び損害額について争い,過失相殺及び損益相殺を主張する。
3前提事実(当事者間に争いがないか,後掲証拠及び弁論の全趣旨により認
められる事実)
(1)当事者等
ア原告ら
原告Aは,Eの妻であり,同B,同C及び同Dは,Eの子である。
イE
Eは,昭和▲年▲月▲日に出生し,昭和58年3月1日にG大学を卒
業後,H金庫に就職した。平成12年4月から本店営業部審査部審査課
長として業務に就いていたが,平成14年10月1日,被告会社に入社
し,平成▲年▲月▲日当時は,財務経理部長の地位にあった。
ウ被告ら
被告会社は,介護付き有料老人ホームの運営等を業とする株式会社で
あり,被告Fは,平成▲年▲月▲日当時,被告会社の代表取締役であっ
た者である。
(2)Eの自殺等
Eは,平成▲年▲月▲日未明,前橋市<以下略>の群馬用水管理用道路
上の車内において自殺を図り,一酸化炭素中毒により死亡した(以下「本
件自殺」という。)。
(3)桐生労働基準監督署長による遺族補償年金等の支給決定及び支給
ア原告Aは,Eが自殺したのは,業務を原因とする災害であるとして,
平成17年12月28日,桐生労働基準監督署長(以下「本件署長」と
いう。)に対し,遺族補償年金及び葬祭料の支給を請求した(甲9の5
頁及び22頁)。
イ本件署長は,平成19年1月29日付けで,本件自殺を業務災害と認
め,上記アの請求に対して以下の内容の支給を決定した(甲9の21頁
及び24頁)。
(ア)支払事由発生年月日平成▲年▲月▲日
(イ)年金306万1520円
(ウ)特別年金76万5380円
(エ)定額特別支給金300万円
(オ)葬祭料93万7200円
ウ本件署長は,原告Aに対し,平成▲年▲月▲日から平成22年2月ま
での間,上記イの各支給のうち遺族補償年金及び葬祭料を次のとおり支
給した。
(ア)遺族補償年金2436万6858円
(イ)葬祭料93万7200円
4争点
(1)Eが本件自殺当時うつ病に罹患していたと認められるか。
(2)業務と本件自殺との間に相当因果関係が認められるか。
(3)被告らの安全配慮義務違反(注意義務違反)の有無
(4)過失相殺
(5)損害額
5争点に関する当事者の主張
(1)争点(1)(Eが本件自殺当時うつ病に罹患していたと認められるか。)
について
(原告らの主張)
ア本件自殺に至るまでのEの症状等について
Eは,平成15年12月ころから,疲れているのに就寝時に中途覚醒
してそのまま眠れないことがあった。Eは,原告Aに対し,不眠を訴え,
睡眠薬を飲むかどうかの相談をしてきたことがあり,そのころから不眠
が生じていた。Eは,以前は,原告ら妻子に対して理不尽な怒り方をす
ることはなかったが,何かに焦っていて非常に怒りやすくなっていた。
また,Eは,従前は社交的で他人との接触も多かったが,人との接触を
避けるようになった。
Eは,平成16年7月から8月にかけて,端から見ていて容易に分か
るまで表情が乏しくなった。また,Eは,同年7月,被告会社の東京支
店に赴いた際,東京支店に着いたとたん疲労の表情をみせ,へたり込む
ようにして動けなくなったこともあった。
Eは,平成16年8月13日,盆迎えのため,被告会社を午後から休
んだが,その際も,以前と異なり,親類とも話をほとんどせず,仕事の
ため途中で抜けた。Eは,同月16日朝,自宅を出る前,原告Aの方を
何か言いたそうにずっと見ており,原告Aは,ふだんと違う様子のEで
あったことから,気になっていた。Eは,同日深夜に自宅に帰宅したが,
疲弊した様子で全く口を開かなかった。
イ桐生労働基準監督署の判断について
本件署長は,3名の精神科医の合議に基づく医学的知見によれば,E
は,平成16年6月ころから,心身の疲労,不安,不眠の症状が出現し,
同年7月中旬ころからは,食欲減退,仕事の能率低下,緘黙などの精神
運動抑制や,落ち着かず,無目的の歩行を繰り返す焦燥の強いうつ症状
が認められるとし,これらの症状と経過を国際疾病分類(ICD-1
0)にあてはめると,Eは,平成16年7月ころには,F32.2「精
神病症状を伴わない重症うつ病エピソード」を発症したと認定した。
ウ以上によれば,Eには,不眠の症状が出ていた上,感情の喪失,焦燥
感等のうつ症状が出現していたのであり,Eが本件自殺までにうつ病等
の精神疾患に罹患していたことは明らかである。
被告らは,Eと一緒に仕事をしていた者は,Eの異常を感じなかった
と主張して,上記精神疾患の発症を否定するが,Eは,自己開示をする
ことが少ない性格であったのであるから,社内で,Eの症状が気付かれ
なかったとしても,Eの精神疾患の発症を否定する理由にはならない。
(被告らの主張)
ア本件自殺に至るまでのEの症状等について
(ア)原告らが主張するEの不眠の症状や,易怒性,焦燥感及び疲弊等
については知らない。Eにそのような症状が出たことは一切ない。E
が,人との接触を避ける,表情が乏しかった旨の原告らの主張は争う。
Eには異常なところは全くなく,そのような症状があったとは到底思
えない。Eの同僚たちは,Eと長時間一緒に仕事をしていたが,Eの
精神や健康状態は,正常であり,その仕事ぶりも平常どおりであった。
(イ)Eは,自殺直前まで積極的に同僚や上司と頻繁に飲酒している。
また,Eの呼びかけで宴会の席を設けることが多く,Eは,その宴会
においては,異常な様子は見受けられず,歓談しているし,食欲も落
ちていない。
Eは,平成16年8月13日,同僚ら3人と深夜まで飲食を共に
していたが,特に変わった様子はなく,3次会まで参加した。Eは,
終始陽気であり,その後ホテルに宿泊した。
Eは,自殺する3か月前に,前の勤務先の後輩を勧誘し,被告会社
に転職させ,入社後の指導に当たるなどしている。
その他,Eは,ホテルで宿泊を重ねている。
以上のようなEの行動は,うつ病に罹患した患者には考えられない
行動である。
Eは,自殺直前の平成16年7月30日に健康診断を受けているが,
その際の問診や検査においても異常なところは一切なく,かえって前
年より体重が1.5キロも増加している。
一般的なうつ病の病状や,アメリカ精神医学会によるうつ病診断の
指針である精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM)や,世界保健
機関による分類であるICD-10によるうつ病の基準によれば,う
つ病は,罹患していたのであれば異常な点がすぐに認識できるのであ
って,仮にEにそのような症状が出たなら,直ちに医師の診断や治療
をするのが当然であるが,原告らの主張には診断や治療に関する主張
はない上,これらの基準に該当しないEの行動によれば,Eは,うつ
病には罹患していないというべきである。
イ桐生労働基準監督署の判断について
桐生労働基準監督署の意見書は,信用できないI及び原告Aの供述を
前提とするものである一方,Eがホテルに宿泊していたこと,本件自殺
の直前に宴会をしていたこと,夫婦問題があったことなどの重要な事実
を欠いたまま判断しているのであって,正当な判断とはいえない。Eは,
精神的症状を伴わない重度うつ病エピソード(F32-2)には該当し
ない。
ウ結論
以上によれば,Eがうつ病等の精神疾患を発症していたとは考えられ
ない。
(2)争点(2)(業務と本件自殺との間に相当因果関係が認められるか。)に
ついて
(原告らの主張)
アEの業務内容について
(ア)新規事業の担当業務
Eは,平成14年10月1日に被告会社に入社後,被告会社におい
て,従前勤務していた金融機関における業務とは異なる,病院経営や
介護事業に携わるようになった。
被告会社は,平成16年にジャスダック市場に上場する計画の下,
年間10棟のペースで介護付き老人ホームを建設するなどしており,
Eも,それまで経験したことのない被告会社の株式上場の手続に関わ
るようになった。具体的には,Eは,監査法人やベンチャーキャピタ
ルに対し,配布する財務関係の資料の作成,折衝及び資料の説明など
を行い,被告会社の窓口としての業務を遂行していた。
また,Eは,被告会社の管理部門で,会社の資金繰りを考えなけれ
ばならない立場でもあり,赤字による資金繰りの悪化は,直接Eの肉
体的精神的負荷の増加に結びつくところ,株式上場計画の担当者とし
ても,赤字による資金繰りの悪化について検討しなければならず,被
告会社の株式上場計画は,Eにとって,より困難で負担の重い業務と
なっていた。
さらに,Eは,被告Fの夫が経営する医療法人である医療法人J会
と被告会社の両方の経理・財務を理解していた唯一の従業員であるか
ら,監査法人から,J会に対する被告会社の独立性の問題や被告会社
からJ会に対する売掛金の滞留という大きな問題が提起され,立場上,
その問題に巻き込まれ,板挟みになっていた。
(イ)被告会社の経営拡大,業績悪化及び被告会社への投資の中止によ
る負担
被告会社は,平成16年当時,急速に規模を拡大させた。そのため,
財務経理部門の仕事が量的にも質的にも増加し,その一方で,財務経
理部門の人手も不足し,Eに仕事が集中することになった。
また,被告会社においては,上場のために必要不可欠な黒字化がで
きない状態が続き,被告会社の資金繰りの仕事を一手に担当していた
Eの負担が増大していた。
さらに,平成16年7月当時,被告会社の事業計画及びジャスダッ
ク市場への上場等は,株式会社Kから投資を受けられるか否かに命運
がかかっていたところ,平成16年8月上旬,Kが被告会社に対する
投資の中止を正式決定した。被告会社がKから融資を受けられない影
響が,他のベンチャーキャピタルや融資先に及ぶ危険性は極めて高か
った。
当時,この問題が上場問題や資金繰りの危機的状況からの脱出と密
接な関係にあったことから,Eは,その対応に苦しんでいた。また,
Eは,被告会社の担当者として,資料を作成したり,説明をしていた
ため,監査法人やK担当者の不満が,Eに向けられていた。
(ウ)経営方針変更等による負担
被告会社は,平成16年7月上旬には,資金繰りを打開するために,
権利金なしの経営方針を一時金の徴収を行うことに変更するなどして,
大きく経営方針を変えたり,当座の資金繰りの悪化を乗り切るための
指示をEに出すなどしたため,Eの負荷は増大した。
(エ)経営陣の中でEが相談できる人の不在
管理本部のI副社長,L人事部長及びM管理本部長のいずれの管理
職も,平成16年に入社しており,平成16年当時,被告会社の業務
を十分理解していなかった。財務経理部門の責任者(実務担当者)の
Nも,被告会社の業績不振や資金繰りの悪化等から,現場に出て行か
ざるを得なくなり,Eが相談できる従業員はいなかった。
(オ)被告会社の業務内容によるストレス
上記(ア)から(エ)のとおり,①Eが被告会社の資金繰りを一手に引
き受け,投資の獲得のための資料を作成するなど要求度の高い業務に
従事していたこと,②Eの業務内容は,被告会社や対外的な都合に合
わせて業務を行わなければならず,自己のコントロール度が極めて低
い,裁量度の狭い業務であったこと,③Eに対する支援体制はなく,
むしろ,Eが支援する側になっていたことなどから,Eの業務は,ス
トレスの高い,精神的緊張を伴う業務の典型であったといえる。
イ本件自殺前の労働時間について
(ア)長時間労働の内容
上記アのとおり,業績不振により資金繰りが悪化し,資金計画の前
提や上場計画の前提となっていたKからの投資が中止になるなど,E
に心理的負荷がかかる中,Eは,以下のとおり明らかに反生理的な長
時間労働に従事していた。なお,本件署長も,Eの所定外休日労働及
び所定時間外労働時間について,タイムカードに基づいて以下のとお
り認定している。
本件自殺7か月前105時間35分
本件自殺6か月前92時間06分
本件自殺5か月前125時間52分
本件自殺4か月前178時間29分
本件自殺3か月前228時間55分
本件自殺2か月前131時間01分
本件自殺1か月前136時間13分
上記のような,恒常的な極度の長時間労働だけをもってしても,本件
自殺と被告会社の業務との因果関係及び被告らの責任は肯定されるべき
である。
(イ)桐生労働基準監督署の判断
桐生労働基準監督署における3名の精神科医の合議による医学的見解
によれば,「被災労働者は,平成16年5月20日から同年6月18日
までの間,休日を取ったのは5月23日のみで,休日労働は76時間0
4分で,さらに時間外労働は140時間41分にのぼっている。被災労
働者の勤務は連日深夜の時間帯までに及ぶ業務を度々行っており,7月
にも同様な長時間労働が続き,睡眠時間も削られるような状態となり,
客観的にも心身に相当な負担があったと推測できる。このような中,被
災労働者は長時間労働等が背景になり,精神障害状態に陥ったものと判
断できる」としている。
(ウ)タイムカードによって認定される労働時間の信用性
Eが長時間労働などの過重業務に従事していたことは,共に働いてい
た上司及び同僚の供述から裏付けられている。
被告らは,Eが出・退社時間を改ざんした旨主張するが,Eが出・退
社時間について手入力で操作したという証拠はない。さらには,Eの給
料は,年俸制であり,時間外勤務手当が支給されないのであるから,改
ざんするインセンティブも存しない。
(エ)結論
以上のとおり,Eが,タイムカード記載の労働時間において業務に従
事していたのは明らかであって,本件署長が認定した長時間労働に従事
していたのであるから,業務と発症との因果関係は認められる。
ウ被告Fの理不尽な叱責(ハラスメント)
被告Fは,Eに対し,平成16年8月16日,「資金繰り表を作ること
のみが管理本部の役割ではないでしょう。」,「現在は事務会計部でしか
ないように思います。」,「本部の立直しが必要でしょう。」等と厳しい
内容のメールを送信し,Eは,これにより相当なショックを受けた。
被告らは,既に平成16年8月16日までに被告会社における長時間労
働によってうつ病を発症して心身共に疲弊しきったEに対し,このような
侮辱的な告知を行い,耐え難い心理的負荷をかけたのであるから,その責
任があることは明らかである。
エ本件署長の業務災害の判断
本件署長は,Eが平成16年7月ころに過重業務によって重度うつ病エ
ピソードを発症したと認定した。
また,本件署長は,業務による心理的負荷については,厚生労働省の精
神障害・自殺の認定基準である「判断指針」の「職場における心理的負荷
評価表」に基づいて,「出来事」としては,平成16年4月から「仕事の
量・質に大きな変化があった」に該当し,心理的負荷の強度を「Ⅱ」とし
ている。そして,本件署長は,「出来事に伴う変化等」については,時間
外労働の増加による恒常的長時間労働,休日出勤が認められ,Eに対する
業務に対する支援・協力も得られなかったとして,「特に過重である」と
している。その上で,本件署長は,Eの心理的負荷の強度の総合評価は
「強」であると判断し,業務上の判断に至っている。
オ小括
以上のとおり,業務と本件うつ病発症との間の相当因果関係があること
は明らかであり,Eは,うつ病によって正常な認知・判断能力が阻害され
た結果,本件自殺に至ったものである。
カ業務以外の事情
被告らは,Eがうつ病を発症したこと及び本件自殺前におけるEの業務
による心理的負荷を否定し,本件自殺の要因として,①給与を無断で増額
したこと,②出社・退社時間を手入力で操作したこと,③家庭生活上の不
和があったこと,④暴力団関係者及び飲食店女性とのトラブルがあったこ
とを挙げる。しかし,いずれの主張も根拠がない。
(被告らの主張)
アEの業務内容について
Eは,入社時には株式上場の準備のための業務も担当する予定があった
が,実際にはこれを担当していない。上場を担当していたのは,店頭公開
準備室及びIR室などである。被告会社の資金繰りについては,会社経営
に必要な努力をしたり,検討することはあったが,どの会社にもある通常
のものである。また,Eは,資金を自ら調達しなければならないような立
場ではなく,その担当業務は,通常の経理の経験を有する者にとっては,
日常的な業務である。
また,老人ホームは,装置産業であり,その事業を始めるにあたって当
初は赤字になるのは当然のことであり,3年目には黒字になっている。被
告会社の経営の継続を危ぶむようなことは全くなかったし,Eには,その
ような経営の重大事については何ら権限も責任もない。
さらに,被告会社が増資引受け等の資金上の取引をし,あるいはしよう
としていた会社としては,K1社ではなく多数の会社があった。確かに,
Kは,増資の引受けをしなかったが,その直後の平成16年8月10日に
はO株式会社が引き受けて増資が実行されているのであって,その後も順
調に資金計画を達成している。
イ本件自殺前の労働時間について
原告らの主張がタイムレコーダーの記載に基づくものであることは認め
るが,Eは,退社時間を手入力していたのであり,タイムレコーダーの数
値に問題があり,正しい勤務実態を反映していない。日曜日出勤の必要性
もほとんどなかった。土曜日については,平成16年4月1日からEが選
択して出勤することが原則となった。
また,Eが,勤務時間や内容についての不満を述べたことは全くない。
Eの就労時間が,Eの職場の他の職員と比べて特に長いというわけではな
く,職場で過重労働が問題になるようなことはなかった。むしろ,Eの家
庭の問題がEが会社にとどまる理由の一つになっていると考えられる。E
は,退社前に夕食を食べに外出したり,個人的な用を足すことなどがよく
あったが,これらもすべて就労時間に算入されている。
ウ被告Fの理不尽な叱責(ハラスメント)
否認する。原告らは,平成16年8月16日に,被告FからEに送られ
たメールの内容をもって,ハラスメントの例としているが,このメールの
内容は,上司から部下に対する指導・注意としては,通常どこの会社にで
もあるようなものである。
エ業務以外の事情
以下に述べるとおり,Eの本件自殺への誘因や背景として考えるべき事
情が幾つも存在する。
(ア)給与を無断で増額したこと
Eが死亡した後に調べたところ,E,P,N及びLについて,給与を
平成16年7月分から増額して支払を受けていることが判明した。
Eは,被告会社の決定に従い,平成16年4月に従前の支給額である
37万3800円から46万3000円に昇給した。ところが,Eは,
そのわずか3か月後の平成16年7月から,支給額を59万1611円
と勝手に増額し,支払を受けているのである。このような時期に昇給す
ることはなく,人事部や被告Fは,知らないことである。
また,Eについては,年俸制の雇用形態をとっておらず,期の途中に
年俸制に移行するようなものではない。
(イ)出社,退社時間を手入力操作したこと
被告会社では,平成15年12月からタイムカードをコンピューター
管理とした。社員は,それぞれ個人用のカードを保有し,カードリーダ
ーに通すことによって情報を読み取って入力し,電磁的に記録する。し
かし,総務の担当者がコンピューターの操作をすることによりこれを手
入力する方式もあり,コンピューター操作に必要なパスワードは,Eほ
か2名が知っていた。そして,Eが死亡した後に調べたところ,同人の
出社や退社時間の記録は,システムの変更前はタイムカード用紙に打刻
された時間を手書きで書き換え,変更後にはコンピューターを使用して
手入力されていることが判明した。
(ウ)Eの家庭生活
Eは,退社後自宅に帰らずに,頻繁にQに泊まっていた。このホテル
は,会社から見て,Eの自宅より遠方にあるのであり,仕事を理由に近
くのホテルに宿泊したとはいえない。
また,Eは,原告Aとの夫婦関係に深刻な問題があり,以前から離婚
の紛争が何度もあった。
さらに,原告Aは,平成16年8月19日になって,Eの無断欠勤を
心配した被告会社の社員が原告Aに連絡を取るまで,帰宅しないことを
不審に思っていなかった。
加えて,Eが自殺した車内には,他人の運転免許が置いてあり,その
所有者は,暴力団関係者とのことである。Eと飲食店女性との間にトラ
ブルがあったとのうわさもある。
(エ)個体側の要因
Eは,ギランバレー症候群に罹患し,一時は死を覚悟する程であった。
Eは,1年間,闘病生活を送っており,症状は治ったものの,足が不自
由であり,常時装具を付けていた。この疾病は,再発する可能性がある
病気であり,Eは,再発するのではないかと怖れていたはずである。
Eは,遺言の中で,病気を原因とする苦労を伝えており,病気が本件
自殺の原因であったと判断することができる。その一方,Eは,遺書の
中で,被告会社での勤務状況については全く触れていない。
(3)争点(3)(被告らの安全配慮義務違反(注意義務違反)の有無)につい

(原告らの主張)
ア使用者の労働者に対する注意義務
労働者が,労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するな
どして,疲労や心理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康
を損なう危険のあることは,周知のところである。労働基準法及び労働
安全衛生法65条の3によれば,使用者は,その雇用する労働者に従事
させる業務を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心
理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよ
う注意する義務を負うと解するのが相当であり,使用者に代わって労働
者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は,使用者の上記注意
義務の内容に従って,その権限を行使すべきである。
しかし,現実にEが従事していた業務は,心身の健康を損ねることが
明らかな常軌を逸した長時間労働であるのに加え,困難を伴う業務であ
り,さらに被告Fによるハラスメントを伴うものであったところ,被告
会社においては,タイムカード等によって,一応,Eの労働時間を管理
把握していたにもかかわらず,全く対応をとることがなかったのである
から,民法709条の不法行為上の注意義務違反及び雇用契約に関する
安全配慮義務に違反する。
また,被告Fは,Eの労働時間や業務内容について自ら指揮監督して
おり,被告会社同様に,Eの従事していた労働時間,業務量,業務内容
及び労務管理が,心身の健康を損ねることが明らかな程度であることを
認識していたにもかかわらず,全く対応をとることがなかったのである
から,過重な業務によりEを本件自殺に至らせたことにつき,被告会社
と連帯して民法709条に基づく不法行為責任を負う。
イ予見可能性について
(ア)業務上の疲労や心理的負荷が過度に蓄積した結果,うつ病等の精
神障害に罹患して死亡に至る場合には,危険な結果を生む原因となる
状態を使用者又は代理監督者は回避すべきである。そして,注意義務
違反における予見可能性に関する予見の対象としても,使用者又は代
理監督者が,結果を生む原因たる状態を認識していたかどうか,ある
いは認識可能だったかどうかが問題とされる。実際の発症・死亡事例
において,会社の上司が,当該労働が健康悪化を発生させ得る労働で
あると認識できなかったというのは想定し難いものであり,仮に認識
を有しないで,被災者を長時間にわたる過重な業務に従事させたとし
たら,それ自体が注意義務違反となる。
本件におけるEが従事していた恒常的長時間労働という就労環境の
みをもってしても,被告会社は,被災者の健康状態が悪化するおそれ
があることを容易に認識し得たものというべきである。
(イ)被告会社においては,Eが過重な業務を行い,疲弊していること
は共通した認識であり,被告Fでさえ,Eが追い込まれていた状況を
認識していたし,このことはEの上司や同僚の証言から明らかである。
また,Eと短い時間しか接していない者ですら,Eの変化や疲弊した
状態に気付いていたのであるから,被告会社の上司が,Eの状態を認
識していなかったとは想定しにくい。
また,被告Fは,Eに対し,業務日誌を提出させるなどして,Eの
業務内容を把握していたのであるから,被告らとしては,Eの過重業
務についても認識していたにもかかわらず,これを放置し続けたとい
うべきである。
さらに,被告会社においては,施設の著しい増設や人員不足の中,
管理職を中心に長時間労働が恒常化していた。
加えて,被告会社は,桐生労働基準監督署から,度々,労働時間の
把握について指導を受けていたにもかかわらず,Eや他の従業員の長
時間労働を放置していた。
以上によれば,被告会社のEに対する注意義務及び安全配慮義務違
反は明白である。
ウ被告Fの注意義務
被告Fは,被告会社の代表取締役であり,本社で勤務するEら社員の
労働時間及び業務内容を把握管理する地位にあり,Eに対し,直接ある
いはEの上司を通じて業務についての指示を行ったり,さらには,業務
日誌をもって把握管理していた者である。
そうすると,被告Fは,Eの心身の健康を損ねることが明らかな過重な
長時間労働についても,認識又は認識し得たのであり,民法709条が
予定する注意義務を負う。
また,被告Fは,被告会社の代表者として,労働者の心身の健康を損
なうことがないように,社員の労働時間を適正に把握する体制を構築し
た上,過重な長時間労働が生じないように労務管理をするとともに,過
重な長時間労働が生じたときには,直ちに自らあるいは構築された労働
時間についての管理体制を通じてこれを是正すべき注意義務を有してい
た者である。
さらに,被告会社にあっては,Eのみならず他の社員も,長時間労働
に従事していたのであるから,会社の労働時間管理体制そのものに問題
があったことは明白であり,被告Fは,民法709条所定の注意義務違
反の責任を負う。
(被告らの主張)
ア注意義務について
一般的には認めるが,被告らは,これに違反した事実はない。
イ予見可能性について
被告会社は,毎年定期的に健康診断を実施しているところ,Eが自殺
する直前の健康診断でもEの健康状態は良好であり,その業務態度や言
動をみても,Eの精神状態の変調に気が付くようなことは一切なく,ま
してや,Eの自殺を予見することができるような事情は全くない。した
がって,被告らは,Eの精神疾患や自殺を予見して,これを防止するこ
とはできない状態であったのであるから,被告らには,何ら注意義務違
反はない。
(4)争点(4)(過失相殺)について
(被告らの主張)
仮に,Eが業務に起因する何らかの精神的疾患に罹患したとしても,E
は,自らこれを治癒回復するための努力をするべきである。また,原告ら
は,Eの家族であり,Eが発病したことを知っていたのであれば,Eに医
師による治療を受けさせ,被告らに対し,Eの業務を改善するよう申入れ
をすべきであるが,これも全く行っていない。Eの自殺の責任を判断する
に当たっては,上記E及び原告ら自身の過失を十分に斟酌する必要がある。
(原告らの主張)
労働者は,使用者から指揮命令を受けているから,自ら業務量を調節で
きる立場にはないし,それから逃れる手段も存在しない。業務量を調節で
きる使用者である被告会社が,何らの配慮も行わず,Eの長時間労働を放
置し続けていながら,Eや原告らに責任を転嫁することは許されない。
(5)争点(5)(損害額)について
(原告らの主張)
ア死亡による逸失利益7377万1938円
Eは,一家の支柱であったから,生活費控除は30%が相当である。
また,Eは,死亡時43歳であり,24年間就労可能であるとして,ラ
イプニッツ係数は13.799となる。そして,Eの年収は,平成16
年度の大卒男性労働者の平均給与額である763万7400円を下らな
い。以上に基づいて,逸失利益を計算すると,次のとおりとなる。
計算式
763万7400円×(1-0.3)×13.799=7377万
1938円
イ死亡による慰謝料3000万円
Eは,被告会社における過重労働で本件自殺に至ったこと,原告らは,
Eの死亡により,働き盛りの大黒柱を失い,通常の家庭生活が根底から
覆されたことなどの事実に照らせば,死亡慰謝料は,3000万円を下
らない。
ウ弁護士費用1052万7194円
エ損害額合計1億1579万9132円
(被告らの主張)
ア原告ら主張の損害は,いずれも否認ないし争う。
イ損益相殺
原告Aに対し毎年支給される年金は,遺族補償年金306万1520
円に遺族特別年金76万5380円を加えた382万6900円である。
したがって,原告Aが平成16年8月から平成22年2月までの67か
月間に支給を受けた年金は,2136万6858円となる。また,原告
Aに対しては,遺族特別支給金300万円が支給されている。これらの
合計2436万6858円が損益相殺の対象となるべきである。
第3当裁判所の判断
1認定事実
前記前提事実に後掲証拠及び弁論の全趣旨を併せれば,以下の事実が認め
られる。
(1)Eの家族構成等
ア家族構成等
Eは,昭和62年11月24日に原告Aと婚姻し,本件自殺当時,前
橋市<以下略>において,原告A及び3人の子供(原告B16歳,同C
14歳,同D12歳)と同居していた。
家計は,Eの被告会社からの給与と,看護師の資格を持ち専門学校の
教員として勤務していた原告Aの収入で賄っていた(甲9の185頁)。
Eは,家庭内において,子供の面倒を良くみるなどしており,会社内
においては,夫婦仲があまりよくないといううわさがあったものの,本
件自殺当時,夫婦間に大きなトラブルがあったとは認められない(甲9
の194頁,213頁,証人R,同P,同I)。
イ性格傾向等
Eは,まじめで責任感が強く,仕事に精力的に取り組み,部下の面倒
見が良く,人前で弱音を吐かない性格であった(甲15,20,証人R,
原告A,被告F)。
ウ趣味・し好の状況
Eは,ふだん,帰宅してからは,晩酌をしてから寝ており,入浴する
前には350mlの缶ビールを1本,入浴後に焼酎の水割りを2杯程度
飲んでいた。
Eの趣味は,たまにパチンコに行く程度であり,休日には,高校時代
や大学時代に一緒にバトミントンをしていた友達や後輩と会ったり,子
供たちの部活動を見に行くなどして過ごしていた(甲9の185頁及び
210頁)。
エ既往歴
Eには,精神疾患に関する既往歴はない(甲9の194頁)。また,
Eの家族及び親族等で精神疾患に罹患した者もいない(甲9の213
頁)。
オギランバレー症候群
Eは,昭和58年12月31日,ギランバレー症候群を発症し,首か
ら下の運動神経が麻痺してほとんど動かすことができない状態になった
が,約1年間の入院生活を送った後,下肢機能障害が残ったものの,足
首を固定するための短下肢装具を付けて歩行することが可能な程度に回
復した。そして,Eは,被告会社に入社した平成14年10月以降に,
身体障害者4級の認定を受け,年に1回,病院の診察を受けていた(甲
9の185頁及び210頁,証人R,原告A)。
なお,Eは,被告会社の同僚に対し,上記障害について説明しており,
被告会社では,上記病歴を理由に,Eの業務について特段の措置をする
こともなかった(甲9の209頁)。
カ健康診断
Eは,被告会社に入社してから,健康診断を定期的に受診しており,
平成15年7月25日の診察結果は,「自覚症状なし,体重60㎏,医
師の診断は異常なし」,平成16年7月30日の診察結果は,「自覚症
状なし,体重61.5㎏,医師の診断は異常なし」というものであった
(甲9の133頁)。
(2)被告会社における勤務形態
ア被告会社における勤務形態は,所定労働時間が午前8時30分から午
後5時30分まで(ただし,場合により時間差出勤あり),休憩時間は
1日60分間(昼食時)で,休日は土曜日,日曜日,祝日及び年末年始
4日(12月31日から1月3日)であった(甲5)。
イ勤務時間の把握の仕方等
被告会社では,タイムカードを打刻する方法によって出退勤時刻を管
理していたところ,平成15年11月21日から,出退勤時刻をコンピ
ューターで管理することになり,被告会社の従業員にそれぞれ個人用カ
ードを保有させ,カードリーダーにカードを通すことによって情報を読
み取って入力し,電磁的に就業週報・月報に記録するシステムを採用し
た(乙14の4)。
ただし,上記システムでは,被告会社の従業員が,個人用カードをカ
ードリーダーに通す際にエラーが出た場合には,Eを含めた3人の職員
が,時刻を手入力して操作することができ,Eの出社時刻及び退社時刻
を手入力する場合には,Eの部下であるPが,Eに対し,手入力する部
分について1週間ないし10日間分の表を渡し,Eがその表に記入した
ものをPが手入力していた(証人P)。
また,被告会社においては,個人作成の書類を各部署の本部長が承認
するなどして労働時間の管理を行っていたが,残業代は,課長以上の役
職者には支給されず,部長職の給与は欠勤などによって減額されなかっ
たが,役員や部長についても,労働時間を把握するため,カードを利用
させていた(乙14の4)。
さらに,被告会社は,平成15年7月28日,桐生労働基準監督署の
労働基準監督官から,「過重労働による健康障害防止について」という
指導勧告を受けたものの,被告Fをはじめタイムカードの確認等を行う
ことはなかった(被告F)。
(3)本件自殺までの被告会社の業務の概要
ア被告会社の主な事業内容
被告会社は,平成2年6月,J会の管理運営を主な業務とする有限会
社として設立され,平成8年11月には株式会社となり,平成12年,
訪問介護及び介護ビジネスに参入し,平成13年には有料老人ホームを
開設するなどして,介護ビジネスを展開していた(甲9の90頁)。
イ店頭市場への上場計画
被告会社は,Eが入社した平成14年10月当時,株式を上場するこ
とを検討しており(乙3),平成15年2月ころには,平成16年3月
を目標にジャスダック市場(店頭市場)に上場する計画を立てていた
(甲6の2)。
また,被告会社は,平成16年度(平成16年4月から平成17年3
月まで)には,株式上場の目途を立てることを目標として,平成16年
1月下旬ころから,平成16年度の事業計画策定を開始し,平成16年
6月ころには,上場する時期の目標を平成17年7月と定めていた(甲
25,被告F)。
さらに,被告会社は,事業計画作成に当たって,被告会社に既に出資
していた投資会社であるKからの紹介でコンサルタントを入社させ,共
同で事業計画を作成した(甲14)。
ウ被告会社の施設の拡大
被告会社は,前記(3)イの計画のため,介護付き有料老人ホーム施設
を以下のとおり開設した(甲14,乙19,被告F)。
①平成14年当時3施設(82居室,職員数241名)開設
②平成15年度2施設(38室,職員数255名)開設
③平成16年度6施設(176居室,職員数408名)開設
(4)被告会社における業務上の課題
ア株式上場計画における課題
被告会社は,新日本監査法人から,平成16年6月9日付けで,株式
公開に際しての会計上の問題事項として,以下の事項について指摘を受
けた(甲25)。
(ア)関連企業に対する売掛金・貸付金の回収がされていない。
(イ)平成16年6月段階において,主幹事証券会社が決定しておらず,
その会社の見解によっては,J会との特別利害関係により,株式が公
開できない可能性が高い。
(ウ)内部監査,諸規程の整備,公開申請書類の作成,固定資産の現物
実査・固定資産台帳の整備,売掛債権の管理体制,部門別損益管理と
予算管理,稟議制度・職務権限規程等の整備,決算内容のディスクロ
ージャー制度に対する対応等の内部管理体制上の問題がある。
イ資金繰りの調整
被告会社は,J会の管理業務のために設立されたこともあり,J会と
の関係が密接であったが,株式上場のためには,民間企業の病院経営が
認められないから,J会との関係を絶つ必要があった。そのため,医療
法人との取引を縮小するとともに,医療法人以外の銀行や投資会社から
資金を集める必要があった(甲14)。
ウ被告会社の施設拡大に伴う入居率増加のための営業
前記(3)ウのように,被告会社は,施設を拡大しており,そのための
資金を投資会社や銀行から集めるためにも,入居者の獲得が重要な課題
であった。特に,平成16年度は,5月から8月という短期間に5施設
もの施設を開設したことにより,入居率増加のための営業活動が急務と
なった(甲14)。
エ投資会社からのクレーム及び投資の中止
被告会社は,投資の主体となるリード会社であるKと,サブ会社であ
るO株式会社の2社から投資を受けることを予定していたところ(証人
I),平成16年8月10日には,O株式会社から,同年7月30日に
は,Sからの投資がそれぞれ決定した(被告F)。
しかし,被告会社は,Kの社員から,平成16年7月15日,既存施
設の入居率の落ち込みを懸念しており,事業計画によれば,入居率を9
0%まで持って行くという状況の中での実績なので,これに関して納得
のいく説明がつかない限り賛成はできないなどとして,説明を求められ
た(甲12の190頁)。そこで,被告会社は,入居率を上げるために,
さらに全社的に営業活動に力を入れることになった(甲11の100頁,
甲12の93頁及び107頁,甲12の210頁)。
ところが,被告会社は,最終的には,平成16年8月6日にKからの
投資が中止されることとなった(甲15,被告F)。
(5)Eの経歴
Eは,昭和58年3月1日にG大学を卒業後,H金庫に就職し,平成1
2年4月より本店営業部審査部審査課長代理,平成14年4月には本店営
業部審査部審査課次長として業務に就いていたが(甲9の130頁),同
社の合併話を機に,Eの叔父の紹介で,平成14年10月1日,被告会社
に転職した。
Eは,被告会社に入社後は,管理本部に配属され,株式店頭公開準備室
課長に着任し(甲9の40頁,乙14の8),平成15年10月1日に財
務経理部長となり,平成16年4月に管理本部長に昇格したが,平成16
年6月ころに外部から管理本部長が採用されたため,再び財務経理部長と
なった(甲9の40頁及び94頁)。
(6)被告会社におけるEの主な業務内容
ア平成14年10月1日当時
Eは,被告会社の管理本部における財務・経理の業務が手薄であった
ことや,株式上場の準備のための仕事量が増えるであろうという理由か
ら,平成14年10月1日に,店頭公開準備室課長として被告会社に採
用され,その担当業務は,財務・経理,店頭公開に関する事務等その他
業務全般とされていた(乙3)。
Eは,入社後6か月間,研修のため,J会が運営する病院において,
受付業務,レセプトの作成及び病院の財務などの業務を行った(乙14
の7及び8,証人R)。
イ平成15年4月から平成16年3月当時
Eは,平成15年4月ころから,被告会社の本社で財務の仕事をする
ことになり,同年10月ころには,財務・経理部長に就任し,主にJ会
の財務・経理の業務を本格的に担当するようになった(甲14)。
上記財務経理関連の業務の内容は,資金繰り表作成,施設等の出入金
の管理及びそれに関わる借入れを銀行等の融資先から行うことや,帳簿
の作成業務,規定類の整備,予算案作成,決算業務,業者支払表の作成,
監査法人との対応,被告会社の事業計画の策定,労働時間の管理,給与
業務としての給与計算時のタイムカードチェック,給与計算ソフトを有
効活用するための改善,タイムカードシステムの導入から使い方につい
ての職員指導等,取締役会や管理本部内部長ミーティングへの出席及び
会議の資料作成や,被告会社の借入れに伴う融資金融機関への提出資料
の作成などであった(争いのない事実,甲14,41,被告F)
なお,Eの業務割合は,資金繰りの仕事を含めた財務・経理の仕事と
上場のための仕事が約70%,時間管理や給料計算等の労務管理が約2
0%,被告会社の規定整備やその他が約10%であった(甲14)。
Eは,平成15年10月から同年12月まで,日々の業務内容を記し
た業務日誌を作成しているところ,被告Fは,この内容をチェックして,
確認の押印をし,指導内容も記載していた(甲41,被告F)。
Eは,平成16年1月ころから,それまで,被告Fらが対応していた
投資会社から資金を集める業務を同僚のNとともに任せられることにな
り,株式上場のための勉強会を平成16年1月から同年3月ころにかけ
ての土曜日,日曜日に行うとともに,前記(3)イのとおり,コンサルタ
ントとNと共同して,平成16年度の被告会社の事業計画を策定した
(甲14,乙14の10)。
ウ平成16年4月当時
Eは,平成16年4月1日には,管理本部長に昇進し,被告会社に
おける財務経理関係業務を行うとともに,銀行からの借入交渉,投資会
社への提出資料作成等の資金繰りの仕事や銀行口座の開設を引き受ける
ようになった(甲14,34,35,乙14の7,14の8)。
また,Eは,Kとの折衝を担当することになり,平成16年4月初旬
ころには,施設開設に伴う新たな出資を受けるため,平成16年度の事
業計画についての説明会を被告会社の株主を対象にK本社で行った(甲
14,34,被告F)。
エ平成16年6月1日当時
Eは,平成16年6月1日,再び財務経理部長となったが,担当した
業務は管理本部長のときと同様であった(争いのない事実,乙14の
8)。
(7)被告会社の体制
被告会社においては,平成15年12月1日当時,株主総会,取締役
会及び代表取締役の下に総合管理本部を含む8つの部(室)が配置され,
総合管理本部の下に財務経理部が配置されていた(乙1の2)。
また,平成16年4月1日当時には,総合管理本部が管理本部と名称
を変え,部の組替え等があるものの,平成15年12月1日の体制とほ
ぼ同じ配置であった(乙1の3)。
被告会社は,平成16年6月1日には,組織変更を行い,代表取締役
の下に副社長を配置し,副社長の下に管理本部を含む6つの部署を配置
し,管理本部の下に財務・経理部を含む3つの部署を配置した(乙1の
4)。
なお,Eの直属の上司は,平成14年10月から平成16年3月まで
は,総合管理本部長であるT,同年4月1日からは,業務執行責任者で
あったI,平成16年6月1日からは,管理本部長であったMであった。
被告会社においては,会社の重要な事項については,取締役会にて決
定することとされていたが,その他の業務は,本部長,部長及び課長等
の管理職が行うことができた。平成16年4月以降は,主として業務執
行責任者であったIが,主な業務の執行につき,判断及び決定の責任を
負っていた(乙14の5,8,乙19)。
(8)Eの業務上の負担の増加
ア施設拡大に伴う仕事の負担
前記(3)ウのとおり,被告会社は,平成16年度において,新たに6
施設を開設したため,各施設の入居者の経理や諸手続及び各施設ごとの
決算書の作成などを担当していたEの業務量が増加した(甲15,証人
I)。
イ資金繰りの問題
前記(6)ウのとおり,Eは,投資会社を相手に資金繰りの調整等の業
務を行っていたところ,平成16年4月ころからEが担当していたKか
ら,前記(4)エのとおり,同年7月ころ,施設の稼働率が悪く,計画と
実際が違うことについての説明を求められるなどしたため,Kに対する
説明のための資料作りや,Kの従業員とのやりとりに忙殺されるように
なった(甲15,証人I)。
また,平成16年8月6日には,準備していたKの投資が中止になり,
この投資を前提としていた資金計画や事業計画の見直しが必要となり,
資金繰りを担当していたEの業務が増加した(甲15)。
ウ会議のための資料作成
被告会社においては,毎月1回程度,取締役会議及び幹部会議が行わ
れていたところ,平成16年4月からは,毎週月曜日に会議が行われる
ようになり,会議の資料作成を行っていたEの業務が増加した(証人I,
原告A)。
エ被告会社内における職場環境
平成16年4月に入社したIは,Eに対し,被告会社の業務内容につ
いての報告や,被告会社の改善結果についての報告をまとめさせたり,
具体的な経理について,税理士に相談するだけでなく自ら税法を確認す
るようになどと様々な指示を行った(甲12の48頁及び127頁,甲
40の3)。
同年6月には,Mが管理本部長として入社し,Eの直属の上司となっ
たが,Mには経理経験がなかったため,管理本部長としての業務が軌道
に乗るまでは,MがEに対して意見や説明を求めることが多かった(甲
12,証人I,被告F)。また,Mが上司として入社してからは,被告
Fの指示により,それまで直接社長に話していたことや対外的な案件に
ついて,必ずMを通さなければならなくなり,資料作成等に時間がかか
り,Eの負担が増加した。更には,Eは,被告FからMに対する質問に
あてた返答を準備することもあった(甲11の7頁,甲12の30頁,
198頁,234頁及び238頁,甲16)。
前記認定事実(4)ウのとおり,被告会社は,施設の入居者を増やすた
め,社員を営業活動に動員していたところ,平成16年当時は,ほとん
どの社員が入居者の獲得等の対応に追われることになり,Eの相談相手
であったNも営業に回ることになった。そのため,被告会社本社が手薄
になり,Eの業務に対する支援体制はなく,Eの負担が増えた(甲11
の126頁,甲14から16)。
オ被告Fの叱責
被告Fは,平成16年8月16日,Eあてに,「人事部長のL君入社
の条件はUからの派遣社員を切ることが条件で副社長と合意しています。
その前の約束は勤務レコーダーに関する業務がL課長のほうで出来るよ
うになるまでではなかったですか?派遣社員はどうなりましたか?副社
長とFの両方の都合のよい方だけを取らないでください。管理本部とし
ては人員整理も現段階において必要と考えますので案を提出願いま
す。」,「資金繰り表を作ることのみが管理本部の役割ではないでしょ
う。M管理本部長との資金繰り(当月)違っておりますがどちらを信じ
ればよろしいですか?別々の仕事は大変効率が悪いですよ。」,「管理
本部の統制がとれなくて他部署の統制を論じても始まらないでしょ
う。」,「計画通りにいかなかったとき各部署に食い込んでいって指示
なり理由なりを聞きながら管理をするのが管理本部です。現在は事務会
計部でしかないように思います。本部の立て直しが必要でしょう。事業
計画はM本部長一人で作ればよいというものでしょう。」といった内容
のメールを送信し,その内容のメールは,MとIにも送信された(甲1
1の439頁)。
Eは,同日,Nに対し,上記メールを「最近社長の考えが良く分かり
ません。」という文章とともに転送した(甲11の153頁)。そして,
このメールをみたIは,Eを心配し,電話で「気にするな。」と言った
ところ,Eは,弱々しい声で,「気にするな,と言ったって無理です
よ。」などと答えた(甲15,証人I)。
(9)Eの時間外労働時間数
アEの勤務時間
(ア)Eは,毎日,朝6時30分から40分までの間に起床していた。
また,Eは,自宅から会社まで自家用車で出勤し,その通勤時間は約
40分であった(甲9の186頁)。
(イ)Eは,平成16年1月から,帰宅時間が遅くなり,土曜日,日曜
日もほとんど出勤するようになったことや,業務内容が忙しくなった
ため,平成16年4月から,勤務体系を週休2日から週休1日に変更
した。そして,Eは,同月ころからは,毎日午後10時前後に帰宅す
るようになり,毎週月曜日の会議の説明資料作成などのため,土曜日
や日曜日もほとんど出勤していた(甲9の194頁,原告A)。
また,Eは,同年5月から,娘の塾の迎えをするようになった。そ
して,塾の迎えの時間は,午後10時25分であった。しかし,Eは,
同年5月には,連休があったものの1日しか休めず,娘を迎えに行く
ことができなくなった(甲9の188頁)。
さらに,Eは,前記(8)のとおり,平成16年4月から同年8月ま
での間,業務量が増加し,同年7月ころには,午後10時ころに帰宅
していたものの,それ以外は,残業のため夜10時ころに郵便物の整
理を行うこともあった(甲9の189頁及び208頁,証人L)。
加えて,Eは,勤務時間後,自宅に戻らず,ホテルに宿泊すること
があり,平成16年2月ないし4月までの間は各月1日の割合で,同
年5月には9日,6月には6日,7月には5日,8月には1日の割合
でホテルに宿泊していた。
イEの時間外労働時間数の計算方法について
前記(2)のとおり,被告会社においては,労働者の労働時間を把握す
るために,タイムカードに打刻する方法を採っていたが,平成15年1
1月21日から出退勤時刻をコンピューターで管理することとなり,そ
の結果は,就業週報・月報に記載されていた。
Eは,平成16年1月21日から平成16年8月17日まで,別紙の
とおり勤務しており,各月におけるEの時間外労働時間は以下のとおり
である。
本件自殺7か月前105時間35分(1月~2月)
本件自殺6か月前92時間06分(2月~3月)
本件自殺5か月前125時間52分(3月~4月)
本件自殺4か月前178時間29分(4月~5月)
本件自殺3か月前228時間55分(5月~6月)
本件自殺2か月前131時間01分(6月~7月)
本件自殺1か月前136時間13分(7月~8月)
(10)健康状態についてのEの言動等
ア平成16年2月ころから6月ころにかけて
Eは,それまでも夜にトイレに行くために起きることがあったが,平
成16年2月ころからは,毎日午前3時ころにトイレのために起きるよ
うになり,同年3月から6月にかけては,夜に起きる回数が増え,原告
Aに対し,睡眠導入剤を飲んでみようか,などと言い出すようになった。
また,Eは,原告Aに対し,「頭が重い,締め付けられるような感じ
がする」とか,仕事については,「何かいつも精神的に追われているよ
うな気分」であるなどと言うようになった(原告A)。
イ平成16年3月ころ
Eは,平成16年3月ころ,AがEの義母の一周忌のために会社を休
んでほしいと言うと,怒るなどした(原告A)。
ウ平成16年4月から5月ころにかけて
Eは,平成16年4月から5月までは,原告Aに対し,連休に休みが
取れないことを謝っていた(原告A)。しかし,Eは,同年5月の終わ
りころには,ささいなことで子供に対して,急に怒り出すなどしたほか,
頭が締め付けられているような気がするなどと頭重感を訴え,顔色が優
れず,頬のあたりがげっそりとした様子であった(甲9の189頁)。
エ平成16年6月ころ
Eは,平成16年6月ころには,明らかに元気がなく,深刻そうで,
ふさぎ込んでいる様子が見られた。Eは,ふだんから服装がきちんとし
ており,髪も整髪料をつけるなどしていたにもかかわらず,このころに
なると,髪の毛もとかさず,服装にも気を遣わなくなり,「疲れたな」
などと言うようになった(甲9の211頁,原告A)。
オ平成16年7月から8月ころにかけて
Eは,平成16年7月から8月にかけて,家で酒をあまり飲まなくな
った。Eは,同年7月の健康診断の際に,どこにも異常がないと診断さ
れたことについてがっかりしていた(原告A)。また,Eは,同年7月
中ころには,朝食に手を付けなくなり,以前よりも食欲が落ち,疲れて
いらいらすることが多くなった(甲9の189頁及び190頁)。
Eは,平成16年7月後半ころ,Iと一緒に東京に出張したところ,
Iから,昼ご飯を誘われた際,椅子に座って,動きたくない,と言って
立ち上がろうとしなかった。また,Eは,Iに対し,「私は,社長に嫌
われているんじゃないか」などと口にするようになった。さらに,Eは,
Iからの飲み会の誘いを断るようになった(証人I)。
また,Eは,同月ころ,Eの提案で開催された送別会の後,ホテルに
宿泊したところ,かなり疲れている様子であり,翌日の土曜日に,出勤
時間を過ぎても出社することができなかった(甲9の206頁,証人
I)。
カ平成16年8月ころ
Eは,平成16年8月ころ,家の中でためらい歩きをするようになっ
た。そして,Eは,同月13日の盆迎えの際,親族と率先して談笑する
ことはなく,痩せて疲れており,真夏の一番暑い時期にもかかわらず,
背広の上着を着て,「最近暑くても汗もでない」と言うなどした(甲2
1)。
また,Eは,同年8月15日,父親の命日の段取りを伝えるための母
親からの電話で,「元気でいるか。」と問われた際,「元気じゃないけ
ど,がんばるよ。」と言っていた(甲9の211頁,原告A)。さらに,
Eは,同月16日,朝から家の中でためらい歩きをして,原告Aの方を
見たりしていた(甲9の191頁)。
キEの部下は,Eの顔がげっそりするなどの外見上の変化には気付かず,
Eの健康状態についておかしいと感じることはなく,平成16年8月1
3日に会社の同僚4人と飲みに行った際も,Eは,陽気な様子で酒を飲
んでおり,特に異変は見当たらなかった(証人L,同P)。
(11)平成▲年▲月▲日の本件自殺に至る経緯及び遺書の内容
ア本件自殺に至る経緯
Eは,平成▲年▲月▲日,午前7時を過ぎても起きてこなかった。原
告Aは,前日のEの帰宅時間が遅かったことから,そのまま起こさずに,
午前7時10分ころに長男を駅まで送り,午前7時40分に帰宅すると,
Eは,既に出勤していた(甲9の191頁,原告A)。
Eは,午前8時11分に出社した。
Eは,同日夕方,高崎の施設に赴き,同僚に電話をかけ,時間が遅く
なったので,今日はこのまま帰宅するが,高崎の施設に対する小口現金
として数万円,2万円程度であると思うが,被告会社に代わって支払っ
たので後で精算してほしいという話をした。
Eは,翌日▲日の未明ころに自殺した。
イ遺書の内容
Eが死亡した車内から発見されたノートパソコンには,「お母さん」
と題した,原告Aあての遺書が2通と「おふくろ,兄貴へ」と題した遺
書が1通残されていた。
原告Aあての遺書には,ワープロで「だめなお父さんでごめんね」,
「24歳で病気になり,負けまいとがんばってきましたが,ちょっと疲
れました。」,「B,C,Dごめんね。なにもしてあげないお父さんで
ごめんね。お父さんがいなくなっても普段どおりです。」,「私はお父
さんのところに行きます。お母さんごめんね疲れて少しやすみま
す。」という内容の記載があった(甲9の191頁,甲10の1,2)。
(12)群馬労働局地方労災医員協議会精神障害専門部会によるEの精神障害
に関する医学的判断(甲9の215頁ないし220頁)
ア群馬労働局地方労災医員協議会精神障害専門部会は,以下のとおり事
実を認定し,Eが,遅くとも平成16年7月ころには,本件うつ病に罹
患していたと認定した。
イEは,平成14年10月に被告会社に入社以来,被告会社の新規業務
である株式上場の準備作業を担当していたところ,被告会社は,黒字化
できず,上場を目指していた平成15年春を経過した平成16年4月に
なっても上場できなかった。被告会社は,立て続けに老人ホームを建設
したが,入居者が集まらず,赤字の状態が続いていた。
平成16年4月に副社長が入社したが,副社長と社長の板挟みになり,
Eの負担は増大した上,それまで被告会社の資金援助をしていたベンチ
ャーキャピタルから資金援助が打ち切られるかもしれないという危機的
状況になり,これを回避するために,Eがベンチャーキャピタルに経理
上の苦しい説明をせざるを得なくなった。また,社長から,Eに対し,
厳しい要求がされた。
このような状況の中,Eは,平成16年6月ころから,「疲れていて
眠りたいのに,夜中に眼がさめてよく寝られない。」と家族に不眠を訴
え,口数が減ってきた。Eは,同年7月中旬ごろからは,朝の食事には
全く手を付けなくなり,次第に元気がなくなり,疲労を訴えるようにな
った。そして,Eは,自殺する一週間前は,家の中でためらい歩きをす
るようになり,平成16年7月には,東京支店に着くとへたり込み,7
月末から8月初めころには,会議に必要のない資料を作成するなどして
仕事が空回りする状況であった。
また,同年8月6日には,ベンチャーキャピタルからの投資が中止に
なり,同月16日には,社長からEを誹謗するメールが送られてきたこ
とにより,Eは,弱音を吐いていた。
遺書には,微小妄想や被害妄想に関連する記事はないが,ただ,「お
父さんがいなくなっても,普段どおりです。」,「疲れてちょっと休み
ます。」などと,自死直前の認知のゆがみがあり,うつ病発症の影響が
認められる。
ウ以上のことから,Eは,平成16年6月ころから,心身の疲労,不安,
不眠などの症状が出現し,同年7月中旬には,食欲減退,仕事の能率低
下,緘黙などの精神運動抑制や,落ち着かず無目的の歩行を繰り返す焦
燥の強いうつ状態が認められる。
2うつ病の病態についての専門的知見
(1)うつ病に罹患しているか否かについては,主として,①抑うつ気分,
②興味と喜びの喪失,③易疲労性の事情のほかに,(a)集中力と注意力
の減退,(b)自己評価と自信の低下,(c)罪責感と無価値感,(d)
将来に対する希望のない悲観的な見方,(e)自傷あるいは自殺への観念
や行為,(f)睡眠障害,(g)食欲不振の要素も総合して判断すべきで
あるとされている。そして,うつ病の程度が重症であって,自殺等に至る
場合には,主として①ないし③を満足すること及び(a)ないし(g)の
うち,少なくとも4つの要素に該当し,重症であることが必要とされてい
る(「ICD-10」甲52)。
(2)不安・焦燥優位のうつ病は,家族を含め周囲の人が異常に気付きにく
いだけでなく,本人自身,病気であるとの自覚を持ちにくく,そのよう
な現象は,いわゆる内因性うつ病の発症に伴い心身の包括的な変化が生
じたことによるうつ病性病識欠如とみるべきであるとされている(「職
場結合性うつ病の病態と治療(V)」甲46)。
3精神障害による自殺と長時間労働との関連についての専門的知見(甲4
3)
(1)恒常的な長時間労働等の負荷が長期間にわたって作用した場合には,
「疲労の蓄積」が生じ,これが血管病変等をその自然経過を超えて著しく
増悪させ,その結果,脳・心臓疾患の発症に影響を及ぼすとされており,
月100時間以上の残業をしている労働者は,原因となる出来事から精神
疾患発病までの期間が短いとされている。
(2)また,4~5時間睡眠が1週間以上続き,かつ自覚的な睡眠不足が明
らかな場合は精神疾患発症,特にうつ病発症の準備状態が形成されること
が可能であり,時間外労働が月100時間以上の労働に従事した労働者に
は精神医学的配慮が必要であるとされている。
4争点(1)(Eが,本件自殺当時,うつ病に罹患していたことが認められる
か。)について
(1)前記のとおり,うつ病に罹患しているか否かは,前記2(1)の①ないし
③及び(a)ないし(g)の要素に基づき判断するべきとされている。
前記認定事実(10)のとおり,Eは,①平成16年6月ころからは,明ら
かに元気がなくなり,深刻でふさぎ込んでいる様子であり,②平成16年
8月13日には,親族との談笑にも参加せず,興味及び関心を喪失してお
り,③平成16年7月ころからは,仕事においても疲れた様子が見受けら
れ,出勤時刻になっても寝ていることがあったというのであるから,前記
2(1)の①ないし③の事情が認められる。
また,Eは,平成16年6月から服装や頭髪にも乱れが見られ,集中力
等にも減退があり,平成16年8月には,被告Fからのメールによる自信
の喪失も認められ,平成16年7月ころからは,食欲も減少し,家での飲
酒も減ったこと,平成16年2月以降,睡眠が浅く,睡眠導入剤の利用を
考える程であったことが認められ,前記2(1)の(a)ないし(g)の要
素のうち,少なくとも4つの要素を満たすといえる。
以上によれば,Eは,うつ病に罹患していたと認められ,このことは,
群馬労働局地方労災医員協議会精神障害専門部会が,ICD-10診断ガ
イドラインに照らして,Eが,平成16年7月ころ,F32.2「うつ病
エピソード」を発病したものと判断していることからも明らかというべき
である。
(2)被告らの主張
これに対し,被告らは,①被告会社の同僚は,Eと長時間一緒に仕事を
していたが,Eの精神や健康状態は正常であり,仕事ぶりも正常であった,
②平成16年8月13日に,同僚ら3人と深夜まで飲食を共にしていたに
もかかわらず,Eに変わった様子はなく,3次会まで参加した,③自殺す
る3か月前には,後輩を勧誘して被告会社に転職させた,④Eがホテルで
の宿泊を重ねていたことから,このようなEの行動は,うつ病患者には考
えられない行動であるし,平成16年7月30日の健康診断においては,
その際の問診や検査において異常な点は一切なく,体重も増加していると
主張する。また,本件署長の判断は,信用できないIと原告Aの供述を前
提とするものであるとも主張する。
しかし,前記(10)キの認定事実によれば,Eの部下は,Eの健康状態の
変化には気付かなかったことが認められるところ,当時,Eの同僚が,E
の心身の状態について,特に注意を払っていたと認めるに足りる証拠はな
く,Eも人前で弱音を吐かない性格であり,前記2の専門的知見によれば,
不安・焦燥優位のうつ病では,周囲が異常に気付きにくいというのである
から,Eの同僚の中で,Eの変化に気付いた者がおらず,健康診断の問診
等でEの異常が認められなかったとしても,上記判断を左右するものでは
ない。また,Eが後輩を被告会社に勧誘したのは,本件うつ病が発症する
2か月から3か月も前のことであるし,Eがホテルに宿泊したことがすな
わちうつ病の発症を否定する根拠とはいえないのであって,この点につい
ての被告らの主張は理由がない。
また,Iは,Eと一緒に出張した際のEの様子について述べているとこ
ろ,桐生労働基準監督署における供述においては,疲れて椅子から動きた
くないというEの様子を「へたり込む」などと表現するなど誇張した点も
見られるが,Eが疲れた様子であったことを表現したものとしては,矛盾
した点はない。一方,原告Aは,Eの妻であり,Eの勤務時間以外の日常
生活における言動や様子を観察する機会があったといえるところ,その供
述は,不自然な点はなく,信用できるというべきである。
したがって,被告らの上記主張は,採用することができない。
5争点(2)(業務と本件自殺との間に相当因果関係が認められるか。)につ
いて
(1)前記4のとおり,Eは,うつ病を発症していたのであり,これに,本
件自殺に至る経緯において,Eの自殺には他に合理的に説明可能な動機が
見当たらないことなどを併せ考えると,Eは,本件うつ病の自殺衝動に抗
しきれずに自殺したというべきである。したがって,以下,業務と本件う
つ病との間に相当因果関係が認められるかについて検討する。
うつ病の発症原因について,今日の精神医学及び心理学等においては,
「ストレス-脆弱性」理論に依拠することが適当であると考えられている
(甲28)。すなわち,環境からくるストレスと個体側の反応性及び脆弱
性との関係で,精神的破綻が生じるかどうかが決まり,ストレスが非常に
強ければ,個体側の脆弱性が小さくても精神障害が生じるし,脆弱性が大
きければ,ストレスが小さくても破綻が生じる。したがって,業務と本件
うつ病との間の相当因果関係の有無の判断に当たっては,業務による心理
的負荷,業務以外の心理的負荷及び個体側要因を総合考慮して判断するの
が相当である。
(2)業務による心理的負荷の過重性について
そこで,まず,Eの業務による心理的負荷が本件うつ病を発症するに足
りる程度に過重であったかどうかについて検討する。
ア長時間労働による心理的負荷について
前記認定事実(9)のとおり,平成16年1月からEが本件うつ病を発
症した平成16年7月までの6か月におけるEの時間外労働時間数は,
平成16年2月から3月の時間外労働時間を除き,いずれも100時間
を超えており,特に5月から6月は228時間を超えたものとなってい
る。
前記3の専門的知見によれば,月100時間を超える時間外労働に従
事した労働者には,精神医学的配慮が必要であるといわれていることか
らすれば,これを超えるEの時間外労働時間数は,Eにとって極めて大
きな肉体的・心理的負担であったといえる。
また,別紙のとおり,Eは,平成16年4月は,休みが1日も取れず,
5月及び6月は,それぞれ休みが2日しか取れていないのであるから,
上記のとおりの極めて長時間にわたる労働による疲労を回復するための
休息は,十分には取れていなかったといわざるを得ない。
以上からすれば,Eの時間外労働数は,Eにとって極めて大きな肉体
的・心理的負荷であったことは明らかである。
これに対して,被告らは,Eは,退社時刻を手入力していたのであり,
タイムレコーダーの数値には疑問があるなどと主張する。
確かに,前記認定事実(2)イによれば,タイムレコーダーの数値の中
には,Pが手入力していた部分もあることが認められる。しかし,タイ
ムレコーダーに記されたEの出社時刻は,就業規則で定められている出
社時刻と近接していること,退社時刻及び休日出勤についても,前記認
定事実(9)の事実とタイムレコーダーの数値は,矛盾しないことからす
れば,タイムレコーダーに記された値は,概ね信用することができる。
また,Eは,管理責任者であり,残業手当が支給されず,退社時刻を
あえて遅く記録する必要もないから,タイムレコーダーの数値を改ざん
する動機も認められず,これにEの出社時刻と退社時刻を手入力してい
たPも,その内容が特段不自然ではなかったと述べていることを併せる
と,上記タイムレコーダーの数値に基づき,概ね上記の時間外労働時間
があったものと認めるのが相当である。
したがって,この点に関する被告らの主張は理由がない。
イEが従事していた業務自体の過重性
前記認定事実(8)のとおり,平成16年4月以降,Eの業務の負担は,
質及び量ともに増加し,さらに被告会社の職場環境としては,Eを支援
する体制が整えられていなかったことが認められる。
そのような中で,Eは,被告会社の存続に必要不可欠な資金繰りの心
配や,投資会社との折衝など,精神的な緊張を強いられる業務に携わり,
平成16年7月には本件うつ病を発症し,精神的に疲弊していた中で,
平成16年8月には,自らが折衝していた投資会社からの投資を断られ
たり,被告Fからメールで叱責されるなど,大きな精神的負担が加わっ
たことが認められる。
被告らは,Eの業務内容について,①Eは,実際には株式上場の業務
を担当していない,②被告会社の資金繰りについては,どの会社にもあ
る通常のものであり,Eは,資金を自ら調達しなければならないような
立場ではない,③被告会社が資金を調達しようとしていたのは,Kだけ
ではない,などと主張する。
しかし,前記認定事実(8)によれば,平成16年4月からは,Eが実
質的に,被告会社の資金繰りについて,銀行及び投資会社とのやりとり
を一手に引き受けていたのであるし,平成16年6月に入社したEの上
司が表向きには資金繰りを調整する立場だったとしても,それまで銀行
や投資会社との間で資金繰りを調整していたEに主たる負担がかかって
いたものと認められる。また,資金繰りの調整が株式上場のための試金
石となることは明らかであることから,Eが株式上場の業務を担当して
いなかったとしても,実質的には株式上場のためのプレッシャーがEの
負担となっていたといえる。
また,K以外にも被告会社に投資する予定の投資会社が存在したとし
ても,自ら折衝していた投資会社からの投資を断られたEの精神的なシ
ョックは大きかったといえること,予定していた投資会社の投資が受け
られないことにより,被告会社の事業計画を変更することになることか
らしても,Eに対して心理的な負荷が加わったことは明らかである。
したがって,被告らの主張には理由はない。
以上の事情に照らすと,Eには,平成16年4月以降,業務内容自体
の過重性により肉体的・心理的負荷があったと認められる。
(3)業務以外の心理的負荷あるいは個体側要因
被告らは,①Eが給料を無断で増額したことや,②出社退社時刻を手入
力操作したこと,③家庭生活に問題があり,飲食店女性とのトラブルがあ
ったこと,④Eの個体側の要因があったことなどから,Eには業務以外の
心理的負荷があったと主張する。
しかし,被告会社においては,月給制と年俸制が両方採用されており,
Eの労働条件についても柔軟に変更されていることから,被告会社におい
ては,比較的労使間において労働条件が選択できるといえるのであって,
Eの給料が増額されていたとしても,Eが被告会社に無断で増額したとま
では認められない。また,仮に,Eが給料を無断で増額したり,出社退社
時刻を手入力操作したり,家庭生活に問題があったとしても,それらが本
件自殺と相当因果関係があるとは認められない。
なお,Eと飲食店女性との間にトラブルがあったと認めるに足りる証拠
はない。
また,被告らは,遺書に「24歳で病気になり」と病気の記載があるこ
とから,本件自殺には,ギランバレー症候群という個体側の要因があると
主張する。
確かに,遺書には病気について言及されているが,これは,その記載の
前後の文脈からは,Eが病気を苦にしているというよりも,病気ゆえにが
んばってきたという趣旨に解されるし,Eの病気は,歩行器具を装着して
歩行する以外に,日常生活における支障は認められず,E自身,病気を気
にしていた様子がみられないことから,この点が本件うつ病の発症に寄与
していたと認めることはできない。
さらに,Eには,精神障害の既往症は認められず,これまでの生活歴に
おいても,特段,精神上の問題があったと認めるに足りる証拠はない。
(4)小括
上記(2)及び(3)を総合すると,Eは,上記のとおり,過重で精神的な緊
張を強いられる業務内容及び過重な長時間労働に従事したことによって,
著しい肉体的・心理的負荷を受け,十分な休息を取ることができず,疲労
を蓄積させた結果,本件うつ病を発症し,それに基づく自殺衝動によって,
本件自殺に及んだというべきであるから,Eが従事した業務と本件自殺と
の間に相当因果関係があることは明らかである。
6争点(3)安全配慮義務違反又は注意義務違反
(1)安全配慮義務違反又は注意義務違反の有無について
ア注意義務の内容
労働者が労働日に長時間にわたり業務に従事する状況が継続するなど
して,疲労や心理的負荷が過度に蓄積すると,心身の健康を損なう危険
があることは,広く知られているところである。したがって,使用者は,
その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し,
労働者の労働時間,勤務状況等を把握して,労働者にとって長時間又は
過酷な労働とならないように配慮するのみならず,業務の遂行に伴う疲
労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことが
ないように注意する義務を負うと解するのが相当である(最高裁判所平
成12年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁参照)。
したがって,上記注意義務違反は,雇用契約上の債務不履行(安全配
慮義務違反)に該当するとともに,不法行為上の過失をも構成するとい
うべきである。
イこれを本件についてみるに,被告会社は,使用者としてEを業務に従
事させていたところ,本件自殺前には,Eの時間外労働時間が,6か月
という長期間にわたって,平均約100時間以上もの極めて長時間に及
んでいたのであるから,Eが過剰な時間外労働をすることを余儀なくさ
れ,その健康状態を悪化させることがないように注意すべき義務があっ
たというべきである。
また,Eは,上記過剰な時間外労働時間に加え,被告会社の資金繰り
の調整等を担当したことにより,心理的負担の増加要因が発生していた
にもかかわらず,被告会社は,Eの実際の業務の負担や職場環境などに
配慮することなく,その状態を漫然と放置していたのであるから,この
ような被告会社の行為は,上記注意義務に違反するものである。
したがって,被告会社には,安全配慮義務違反及び不法行為上の過失
があったと認められる。
(2)予見可能性の有無について
被告会社は,毎年定期的に健康診断を実施しているところ,Eが自殺す
る直前の健康診断においては,Eの健康状態は良好であり,業務態度及び
その言動を見ても,Eの精神状態に変調はなかったのであるから,Eの自
殺について予見可能性はなかったと主張する。
しかし,前記6(1)アのとおり,長時間労働の継続などにより疲労や心
理的負荷等が過度に蓄積すると,労働者の心身の健康を損なうおそれがあ
ることは,広く知られているところであり,うつ病の発症及びこれによる
自殺はその一態様である。そうすると,使用者としては,上記のような結
果を生む原因となる危険な状態の発生自体を回避する必要があるというべ
きであり,事前に使用者側が,当該労働者の具体的な健康状態の悪化を認
識することが困難であったとしても,これだけで予見可能性がなかったと
はいえないのであるから,使用者において,当該労働者の健康状態の悪化
を現に認識していなかったとしても,当該労働者の就労環境等に照らして,
当該労働者の健康状態が悪化するおそれがあることを容易に認識し得たと
いうような場合には,結果の予見可能性があったと解するのが相当である。
これを本件についてみるに,被告会社が本件自殺までにEの具体的な健
康状態の悪化を認識し,これに対応することが容易でなかったとしても,
①被告会社の副社長がEの疲れた様子を認識していたこと,②前記認定事
実のとおり,Eの時間外労働時間が6か月という長期間にわたって約10
0時間を超えており,Eは,支援体制が採られないまま,過度の肉体的・
心理的負担を伴う勤務状態において稼働していたこと,③被告会社は,平
成15年7月28日に,桐生労働基準監督署の労働基準監督官から「過重
労働による健康障害防止について」という指導勧告を受けていたことに照
らすと,被告会社において,上記勤務状態がEの健康状態の悪化を招くこ
とは容易に認識し得たといわざるを得ない。
したがって,被告会社には,結果の予見可能性があったものというべき
である。
(3)被告Fの責任
被告Fは,平成16年当時,被告会社の代表取締役であった者であるが,
代表取締役の下に副社長を配置し,その下に管理本部を含む6つの部署を
配置し,Eの直属の上司は当時Mであったなどの前記認定事実(7)の被告
会社の管理体制に照らせば,代表取締役である被告Fが被告会社の個々の
従業員の労働時間及び勤務状況を把握して,個々の労働者にとって長時間
又は過酷な労働とならないように配慮して個々の労働者の心身の健康を損
なうことがないように注意する具体的義務まで負っていると解するのは困
難である。他に被告Fが上記義務を負っていると認めるに足りる証拠はな
い。
したがって,被告Fに過失があったとは認められないから,被告Fが民
法709条に基づく不法行為責任を負う旨の原告らの前記主張は,採用す
ることができない。
7争点(4)(過失相殺)について
被告会社は,E自身,何らかの精神疾患に罹患していたとしたら,自らこ
れを治癒回復するための努力をするべきであるし,原告らは,Eの家族であ
り,Eの発病を知っていたのであれば,医師による治療をEに受けさせるか,
又はEの業務の改善を被告らに申し入れるべきであったとして,過失相殺を
すべきである旨主張する。
しかし,E自身,既にうつ病に罹患していたものであるから,被告らに対
し,業務量の軽減措置等を自ら申し入れるまでの注意義務を負っていたと認
めることはできない。
また,原告Aは,Eの精神状態における変化に気付いていたことがうかが
われるが,うつ病の発症や治療の要否の判断は容易ではなく,原告AがEの
うつ病に気付き,これに対処すべき注意義務は認め難い。
さらに,被告会社がEの勤務環境に対して配慮をしていた事情も認められ
ないのであって,原告らが被告会社に対して,Eの業務内容,就業時間その
他について,変更,軽減の措置の要求をした場合に,Eの勤務環境が改善さ
れたと認めるに足りる証拠はなく,原告らがEの勤務環境に配慮して,これ
を改善しうる立場にあったとはいえない。
したがって,E及び原告らに過失相殺に供すべき過失があった旨の被告ら
の前記主張は,採用することができない。
8争点(5)(損害額)について
(1)死亡による逸失利益
ア逸失利益
(ア)基礎収入598万3950円
弁論の全趣旨によれば,Eの平成15年における年収は,598万
3950円であることが認められる。したがって,これを死亡による
逸失利益の算定の基礎収入とするのが相当である。
(イ)生活費控除率30パーセント
前記認定事実1(1)アによれば,Eは,一家の支柱として,原告A
と3人の子供と生活していたと認められるから,生活費控除率は,3
0パーセントとするのが相当である。
(ウ)ライプニッツ係数13.7986
前記前提事実によれば,Eは,死亡時43歳であり,67歳まで2
4年間就労可能であったと認められるから,ライプニッツ係数は,1
3.7986となる。
(エ)逸失利益5779万9092円
以上によれば,Eの逸失利益を計算すると,次のとおりとなる。
598万3950円×0.7×13.7986=5779万909
2円(円未満切り捨て)
イこれに対し,原告らは,Eの年収について,平成16年度の大卒男性
労働者の平均給与額を基礎収入とするのが相当であると主張する。
しかし,Eが,将来,上記平均給与額と同程度の賃金を得られたであ
ろうと認めるに足りる証拠はないから,原告らの上記主張は,採用する
ことができない。
(2)死亡による慰謝料
前記認定事実に係るEが死亡するに至った経緯,Eと原告らの生活状況
等の前記認定事実(1)アの家族構成等に照らすと,Eの死亡による慰謝料
は,2600万円が相当である。
(3)葬祭料
葬祭料としては,前記認定事実(1)ア及び(5)の事実等に照らすと,15
0万円が相当である。
(4)相続
原告らの法定相続分に応じた原告らの損害賠償請求権の額は,次のとお
りである。
ア原告A(妻)4264万9546円
イ原告B,同C及び同D(子)
各1421万6515円
(5)損益相殺
前記前提事実(3)ウのとおり,原告Aは,遺族補償年金として合計24
36万6858円,葬祭料として93万7200円の各支給を受けている
ところ,これにより,各給付の対象となる損害と同一の事由に当たる死亡
逸失利益及び葬祭料について,損害の填補がなされたと認められるから,
その価額の限度で,被告らは,賠償責任を免れる。
したがって,原告Aの損益相殺後の損害は,1734万5488円とな
る。
(6)弁護士費用
本件と相当因果関係が認められる弁護士費用は,本件訴訟の経過及び認
容額等に照らすと,原告Aにつき170万円,同B,同C及び同Dにつき
各140万円と認めるのが相当である。
(7)原告らの各損害額
ア原告A1904万5488円
イ原告B,同C及び同D
各1561万6515円
(8)小括
したがって,原告らの請求は,上記(7)記載の各損害に本件自殺日であ
る平成▲年▲月▲日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延
損害金の支払を求める限度で理由がある。
9結語
以上によれば,原告らの被告会社に対する本件各請求は,上記の限度で理
由があるからこれを認容し,その余はいずれも理由がないからこれを棄却し,
訴訟費用の負担につき民訴法61条,64条,65条1項本文を,仮執行宣
言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
前橋地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官西口元
裁判官水橋巖
裁判官渡邉明子

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〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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71期修習生 72期修習生 求人
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職種 事務職
時給 当社規定による
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シフトは週40時間以上
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