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平成15年(行ケ)第431号 審決取消請求事件
平成16年3月23日口頭弁論終結
        判    決
    原   告       株式会社メニコン
    訴訟代理人弁理士    中島三千雄,中島正博
    被   告       特許庁長官 今井康夫
    指定代理人谷山稔男,高橋泰史,大橋信彦
      
        主    文
原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
        事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 特許庁が訂正2003-39028号事件について平成15年8月18日にした
審決を取り消す,との判決。
第2 事案の概要
 1 特許庁における手続の経緯
 (1) 原告が特許権者である特許第3171629号(本件特許。発明の名称「マ
ルチフォーカル眼用レンズおよびその製作方法」)は,平成3年12月28日に特
許出願(特願平3-358651号)され,平成13年3月23日に設定登録され
た。
 (2) 本件特許について異議申立てがされ,特許庁はこれを異議2001-732
22号として審理し,平成14年7月16日,「特許第3171629号の請求項
1ないし5に係る特許を取り消す。同請求項6ないし10に係る特許を維持す
る。」との決定をし,その謄本を同年8月2日原告に送達した。
 (3) 原告は,上記決定に対して特許取消決定取消訴訟を提起し(平成14年(行
ケ)第448号),その係属中に,本件特許の特許請求の範囲の請求項1を下記
2(2)のとおり訂正することを訂正事項とする訂正審判の請求をした。特許庁は,こ
れを訂正2003-39028号事件として審理し,平成15年8月18日,「本
件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本を同年8月28日原告
に送達した。本件は,この審決に対する審決取消訴訟である。
 
 2 特許請求の範囲
 (1) 登録時のもの(請求項6以下の記載略)
【請求項1】
 眼球或いは眼内に装着または埋殖されるレンズであって,同心円上に複数の度数
が存在する同時観察型のマルチフォーカル眼用レンズにして,
 遠用視力補正域と近用視力補正域およびそれらの間の中間視力補正域を,該遠用
視力補正域がレンズの中心部分に位置し,また該近用視力補正域が外周部分に位置
するように,それぞれ径方向に所定幅をもって互いに同心的に設け,更に該遠用視
力補正域の直径が2~6mmとなるように設定する一方,それら各補正域を,各々径
方向に連続して変化する度数分布曲線を示すと共に,各補正域間の境界で度数分布
曲線が連続するレンズ面形状と為し,且つ,前記援用視力補正域および近用視力補
正域における径方向の度数変化率を,前記中間視力補正域における径方向の度数変
化率よりも小さくしたことを特徴とするマルチフォーカル眼用レンズ。
【請求項2】
 前記遠用視力補正域が,レンズの光学部全体の面積の10~30%を占めるよう
に,又前記近用視力補正域が,レンズの光学部全体の面積の20~50%を占める
ように,構成されている請求項1に記載のマルチフォーカル眼用レンズ。
【請求項3】
 前記遠用視力補正域および近用視力補正域における径方向の度数変化率が,1D
(ディオプター)/mm以下であることを特徴とする請求項1または2に記載のマル
チフォーカル眼用レンズ。
【請求項4】
 前記同心的に設けられた遠用視力補正域,中間視力補正域及び近用視力補正域の
中心が,レンズ中心から偏心させられている請求項1乃至3に記載のマルチフォー
カル眼用レンズ。
【請求項5】
 請求項1乃至4の何れかに記載のマルチフォーカル眼用レンズを製作するに際し
て,前記遠用視力補正域,近用視力補正域及び中間視力補正域における度数分布曲
線を決定すると共に,レンズにおける一方の側の面形状を決定した後,該レンズに
おける他方の側の面形状を,前記度数分布曲線に対応した度数が得られるように,
光線追跡法によって定めることを特徴とするマルチフォーカル眼用レンズの製作方
法。
 (2) 訂正明細書に記載のもの
 (以下,訂正明細書の請求項1ないし5に記載の発明を順に「訂正発明1」ない
し「訂正発明5」という。下線部は訂正個所。請求項2ないし5は,登録時のもの
と同一なので,記載を省略する。)
【請求項1】
 眼球或いは眼内に装着または埋殖されるレンズであって,同心円上に複数の度数
が存在する同時観察型のマルチフォーカル眼用レンズにして,
 遠用視力補正域と近用視力補正域およびそれらの間の中間視力補正域を,該遠用
視力補正域がレンズの中心部分に位置し,また該近用視力補正域が外周部分に位置
するように,それぞれ径方向に所定幅をもって互いに同心的に設け,更に該遠用視
力補正域の直径が2~6mmとなるように設定する一方,それら各補正域を,各々径
方向に連続して変化する度数分布曲線を示し,且つそれら各視力補正域における度
数分布曲線は,如何なる点においても,一つの接線を有する曲線形状をもって設定
されると共に,各補正域間の境界で度数分布曲線が連続するレンズ面形状と為し,
且つ,前記遠用視力補正域および近用視力補正域における径方向の度数変化率を,
前記中間視力補正域における径方向の度数変化率よりも小さくしたことを特徴とす
るマルチフォーカル眼用レンズ。
3 審決の理由の要旨
 (1) 審決の理由は,別紙審決書の理由欄記載のとおりである。要するに,訂正発
明1ないし4は刊行物1ないし4に記載された発明に基づいて,訂正発明5は刊行
物1ないし4に記載された発明及び周知の事項に基づいて,いずれも当業者が容易
に発明をすることができたものであるから,訂正は平成6年法律第116号附則6
条1項の規定によりなお従前の例によるとされる改正前の特許法126条3項(い
わゆる独立特許要件)の規定に適合しない,というものである。
 (引用刊行物)
 刊行物1:英国特許第939016号明細書(甲第3号証)
 刊行物2:AColourAtlasofCONTACTLENSES&PROSTHETICSSecond
Edition 83頁(甲第4号証)
 刊行物3:特開平2-240625号公報(甲第5号証)
 刊行物4:特開平3-11315号公報(甲第6号証)
 (2) 審決は,上記(1)の判断をするに当たり,アのとおり,刊行物1に記載され
た発明(以下「引用発明」という。)を認定し,訂正発明1ないし5と引用発明と
を対比して,イのとおり一致点及び相違点を認定している。
  ア 刊行物1には,その記載からみて,「眼球に装着される角膜コンタクトレ
ンズであって,同心帯上に複数の度数が存在する,異なるレンズ曲率をもつ結果異
なる焦点距離を有し装着者に異なる距離ではっきりした視野を与え,レンズ中心と
保持周縁部との間でレンズ曲率が連続的に変化し,連続的に曲率が中心から保持周
縁部へ,2ジオプターから4ジオプターに増加するように度数分布した,径方向に
連続して変化する度数分布を示すと共に,レンズ中心(0mm)を中心とする直径3.
0mmの円内の領域(0~3.0mm)の平均度数が2.0ジオプターで,直径3.0
mmから直径3.5mmまでの間の輪帯状領域の平均度数が2.25ジオプターで,以
下,同様に,3.5~4.0mm→2.5ジオプター,4.0~4.5mm→2.75
ジオプター,4.5~5.0mm→3.0ジオプター,5.0~5.5mm→3.5ジ
オプター,5.5~7.5mm→4.0ジオプターとなる径方向の度数変化率とし
た,異なる焦点距離を有し装着者に異なる距離ではっきりした視野を与え,光学中
心がコンタクトレンズの数学的中心からいくらかはずれることを許容する角膜コン
タクトレンズ。」なる発明が記載されている。
 そして,引用発明の角膜コンタクトレンズは,同時観察型であることは明らかで
ある。また,引用発明の「眼球に装着される角膜コンタクトレンズ」,「異なるレ
ンズ曲率をもつ結果異なる焦点距離を有し装着者に異なる距離ではっきりした視野
を与える」こと,及び「同心帯上に複数の度数が存在する」ことは,訂正発明1の
「眼球あるいは眼内に装着または埋殖されるレンズ」,「マルチフォーカル」であ
ること,及び「同心円上に複数の度数が存在する」ことに相当する。
  イ 対比
   ① 訂正発明1と引用発明との対比
 両者は,「眼球或いは眼内に装着または埋殖されるレンズであって,同心円上に
複数の度数が存在する,径方向の度数変化率を有する同時観察型のマルチフォーカ
ル眼用レンズ。」である点で一致し,以下の点で相違する。
【相違点1】:訂正発明1は,遠用視力補正域と近用視力補正域およびそれらの間
の中間視力補正域を,該遠用視力補正域がレンズの中心部分に位置し,また該近用
視力補正域が外周部分に位置するように,それぞれ径方向に所定幅をもって互いに
同心的に設け,各補正域を径方向に連続して変化する度数分布曲線を示すと共に,
各補正域間の境界で度数分布曲線が連続するレンズ面形状と為しているのに対し
て,引用発明は,径方向に連続して変化する度数分布を示すが,遠用視力補正域と
近用視力補正域およびそれらの間の中間視力補正域を明確に定義しておらず,各補
正域との境界で度数分布曲線が連続するとは明示的に規定していない点。
【相違点2】:訂正発明1は,度数分布曲線が如何なる点においても,一つの接線
を有する曲線形状をもって設定されるのに対して,引用発明は,度数分布曲線が如
何なる点においても,一つの接線を有する曲線形状をもって設定されるとは規定さ
れていない点。
【相違点3】:訂正発明1は,遠用視力補正域の直径が2~6mmとなるように設定
し,前記遠用視力補正域および近用視力補正域における径方向の度数変化率を,前
記中間視力補正域における径方向の度数変化率よりも小さくしているのに対して,
引用発明は,レンズの中心と保持周縁部との間で,レンズ曲率がレンズの中心から
保持周縁部へ,2ジオプターから4ジオプターに連続的に増加するように,レンズ
中心(0mm)を中心とする直径3.0mmの円内の領域(0~3.0mm)の平均度数
が2.0ジオプターで,直径3.0mmから直径3.5mmまでの輪帯状領域の平均度
数が2.25ジオプターで,以下,同様に,3.5~4.0mm→2.5ジオプタ
ー,4.5~5.0→3.0ジオプター,5.0~5.5mm→3.5ジオプター,
5.5から7.5mm→4.0ジオプターとなる度数分布を有する点。」
   ② 訂正発明2ないし4と引用発明との対比
 前記相違点1ないし3で相違し,その余の点で一致する。
   ③ 訂正発明5と引用発明との対比
 前記相違点1ないし3並びに次の相違点4で相違し,その余の点で一致する。
【相違点4】:引用発明は,一方の側(角膜が接する側)の面形状が決定され,前
記遠用視力補正域に相当する領域,近用視力補正域に相当する領域および中間視力
補正域に相当する領域における度数分布曲線が決定されていはいるものの,「該レ
ンズにおける他方の側の面形状を,前記度数分布曲線に対応した度数が得られるよ
うに,光線追跡法によって定めること」が記載されていない点。
第3 原告主張の取消事由の要旨
 1 取消事由1(引用発明の認定の誤り)
 決定は,刊行物1に,レンズが「中心から保持周縁部に向かって,径方向に連続
して度数が変化」し,「径方向に連続して変化する度数分布曲線を示す」ことが記
載されていると認定するが,誤りである。
 (1) 刊行物1には,レンズが「径方向に連続して度数が変化している」ことにつ
いて,開示も示唆もない。審決が依拠する刊行物1の「図示された例は,曲率が中
心(centre)から保持周縁部へ,2ジオプターから4ジオプターまで連続的に増加す
るものである」との記載において,「連続的に増加する」とされているものは,レ
ンズの曲率であって,「度数」ではない。審決は,レンズ外面の曲率が径方向に連
続的に変化することとして,そこから,連続して変化する度数分布曲線を導き出し
ていることに,誤りがある。
 また,レンズ全体の度数も径方向に連続して変化するという審決の認定は,角膜
に接する側の度数が一定であるとの仮定に立っているが,そのような仮定には何の
根拠もない。
 さらに,仮に,刊行物1のものにおいて「径方向に連続して度数が変化してい
る」としても,そこから「径方向に連続して変化する度数分布曲線」が示されてい
るということはできない。刊行物1には,レンズの径方向における連続した度数の
変化が,直線的な変化であるのか,曲線的な変化であるのかについて,何ら明らか
にされていないからである。刊行物1の図面に記載されたジオプター(度数)変化
の値からは,度数が径方向に連続して変化する度数分布曲線を示すということはで
きない。
 (2) 刊行物1に示された図面は,7つの環状帯と,それに対応するジオプターを
表示しており,これを当業者がみれば,それぞれの環状帯が,それに対応するジオ
プターを有するレンズ度数において,径方向に段階的(階段状)に変化するものと
理解するものである。
 刊行物1のクレーム1における「・・・acontinuousorsubstantially
continuouschangeofthelenscurvatureontheoutsideofthecontact
lens.」との記載は,レンズの外面の曲率の連続的な変化を述べているのではなく,
隣接する環状帯相互間で,段差をなくし,境界を連続的なレンズ彎曲(lens
curvature)の変化をもって繋ぐことを意図していると理解されるべきである。
 各環状帯に対応するジオプターが平均値で示されていることは,隣接する他の環
状帯の内周部と外周部において隣接する他の環状帯を接続するための彎曲面の形成
によって生じるジオプターの変化を全体としてのジオプターが平均値で示される,
と指摘しているにすぎず,各環状帯がそれぞれのレンズ径方向における領域の大部
分において,図面に示されたジオプター値を有していると考えることに何の不都合
もない。
 以上のとおり,刊行物1に開示されている角膜コンタクトレンズは,階段状に度
数が配置されているにすぎないマルチフォーカルレンズ(多焦点レンズ)である。
 
 2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)
 審決は,引用発明は,径方向に連続して変化する度数分布を示すが,遠用視力補
正域,近用視力補正域及び中間視力補正域を明確に定義しておらず,各補正域間の
境界で度数分布曲線が連続すると明示的に規定していないことを訂正発明1との相
違点1として認定した上,この相違点は実質的なものではない旨判断し,また,
「なお,この種の眼用レンズにおいて,径方向に連続的に度数分布曲線が連続する
ように変化するプログレッシブ型マルチフォーカルレンズは,刊行物3,4におい
て公知であるから,引用発明の度数分布曲線を考慮せずとも,眼用レンズを径方向
に連続的に度数分布曲線に従って変化するプログレッシブ型とした点自体に,格別
の創作力を認めることはできない。」とも判断している。
 しかし,1で述べたとおり,刊行物1には,角膜コンタクトレンズが径方向に連
続して変化する度数を有することも,度数変化が曲線的であること(度数分布曲線
を示すこと)も明らかにされていないから,これらが明らかにされていることを前
提とする「実質的に相違がない」との審決の判断は,誤りである。
 また,刊行物3,4には,訂正発明1の作用効果について何ら示唆がなく,それ
らの作用効果を奏する具体的技術手段(構成)についての開示もないから,プログ
レッシブ型とした点に格別の創作力を認めることができないとの審決の判断も誤り
である。
 3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り) 
 審決は,相違点2(引用発明は,度数分布曲線が如何なる点においても,1つの
接線を有する曲線形状を持って設定されるとは規定されていない点)について,訂
正発明1の「如何なる点においても,一つの接線を有する」とは,変化が滑らかで
あることを意味するとした上,「刊行物1には,・・・と記載され,度数が急激に
変化する場所を持たせなくするためにレンズ全体の度数分布を滑らかに変化させて
いることを示唆しており,また,これは当業者にとって,それを実現しようとする
動機ともなる。さらに,この種の眼内レンズであって,レンズの度数が径方向に連
続して変化するものにおいて,その変化が滑らかなのは,刊行物3,4において公
知である。以上のことから,引用発明のレンズを,滑らかな度数分布曲線のものと
することは当業者が何ら困難なく想到し得た事項といわざるを得ない」と判断した
が,誤りである。
 刊行物1には,「装着者は,例えば視界の方向に0.25又は0.5ジオプター
程度の少しのレンズ曲率変化には,ほとんど気づかない・・・」(1頁右欄74~
77行)と記載されており,曲率の変化が段階的であっても装着者にとって支障は
ないのであるから,審決のいうような「レンズ全体の度数分布を滑らかに変化させ
る」ことへの動機づけがあるとはいえない。
 また,引用発明に,刊行物3,4に記載された内容を機械的に組み合わせたとこ
ろで,訂正発明1の構成に到るものではない。
 さらに,遠用視力補正域,近用視力補正域における度数変化率は「ほぼ0」であ
るという審決の認定によれば,それらの補正域における度数分布は,直線状となる
のであるから,「度数分布曲線が如何なる点においても,一つの接線を有する曲線
形状をもって設定される」ということはあり得ない。
 4 取消事由4(相違点3についての判断の誤り)
 審決は,刊行物1の図面に記載されたレンズについて,遠用,中間,近用の各視
力補正域における度数変化率を推測し,その推測値に基づいて,「引用発明の遠用
視力補正域に相当する領域の直径,レンズの各補正域の度数変化率の関係を,訂正
発明1のように規定することは,引用発明に基づいて当業者が容易に想到できたも
のである。」と判断したが,誤りである。
 審決の認定した度数変化率の推測値には何の合理性も認められない。
 また,刊行物1の図面に示されたコンタクトレンズにおいて,中心側の遠用視力
補正域,外周側の近用視力補正域の度数変化率は0,すなわち0D/mmと考えるべ
きである。
 
 5 取消事由5(顕著な作用・効果の看過)
 審決は,訂正発明1の構成が奏する効果は「刊行物1~4の記載から予測される
範囲のもの」とするが,誤りである。訂正発明1は,イ.径方向において度数分布
曲線を連続させたことにより,度数の変化点における光学的な不連続性に起因する
観察像のボケやゴースト,複視等が可及的に防止される,ロ.大きな度数差を有す
る遠用視力補正域と近用視力補正域との間が,中間視力補正域によって連続して滑
らかに接続されていることから,中間点においても鮮明な像を観察することができ
る,ハ.遠用視力補正域及び近用視力補正域の度数変化率が中間視力補正域よりも
小さく設定されていることから,中間点における像の明瞭度を犠牲にすることな
く,遠点観察及び近点観察時に鮮明な像を有利に得ることができる,ニ.中間視力
補正域が,遠用視力補正域及び近用視力補正域に連続した度数分布曲線をもって形
成されていることから,中間視力補正域における度数分布曲線を調節することによ
り,遠点観察時及び近点観察時に得られる像を,中間視力補正域によって補完し,
視認し易くすることもできるのであり,装着者に応じた中間視力補正域の調節が可
能となって,優れたマルチフォーカル眼用レンズのとしての光学特性が発揮され
る,という,格別の作用効果を奏するものであるが,刊行物1~4はそれらの作用
効果を何ら明らかにするものではない。
 ちなみに,刊行物2~4に記載されているコンタクトレンズは,遠用視力補正域
と近用視力補正域の配置が訂正発明1とは逆になっているから,そのような構成を
採用しても,訂正発明1の構成になるわけではなく,前記イないしニの効果が奏さ
れるわけでもない。また,刊行物4の図面に示されるグラフからは,遠方視に対応
する部分TⅠにおいて,他の部分に較べて度数変化が小さく滑らかに変化している
ことが読みとれるが,近方視に対応する部分TⅡにおいては,他の部分に較べて度
数の変化が小さく滑らかに変化しているとは読みとれず,むしろ,他の部分に較べ
て度数変化が大きいことが読みとれる。したがって,そのような構成を採用したの
では,前記作用効果ハは実現され得ない。
 6 取消事由6(訂正発明2~5についての想到容易性の判断の誤り)
 以上のとおり,訂正発明1は,刊行物1ないし4から当業者が容易に想到し得た
ものではないから,訂正発明2ないし5も当業者が容易に想到し得たものではな
い。
第4 被告の反論の要点
 1 取消事由1(引用発明の認定の誤り)に対して
 刊行物1に,「レンズの度数が径方向に連続的に変化」し,「連続して変化する
度数分布曲線」が示されているとした審決の認定に誤りはない。
 (1) 引用発明が,「1.コンタクトレンズの外側のレンズ曲率が連続的又は実質
上連続的に変化することを特徴とする,異なる曲率の同心帯からなる角膜コンタク
トレンズ。2.レンズの中心点と保持周縁部との間でレンズ曲率が連続的に変化す
ることを特徴とする請求項1に請求された角膜コンタクトレンズ」(特許請求の範
囲)というものであること,及び,レンズ(全体)の度数が表面(外側)の屈折面
の度数と角膜に接する側の屈折面の度数との単純な演算で求まることを考慮する
と,刊行物1のレンズにおいて度数が径方向に連続して変化することは明らかであ
る。
 原告は,審決がレンズの反対側の面の度数を一定であるとの仮定に立って,外側
表面の度数の連続的変化からレンズ(全体)の度数の連続的変化を導いたことは不
合理であると主張するが,角膜に接する側の屈折面の度数が一定であること,すな
わちその曲率(屈折面の度数と比例関係にある。)が一定であることは,コンタク
トレンズにおいて,角膜に接する側の屈折面(ベースカーブ)として球面が普通に
採用されていた事実(乙7)から明らかである。したがって,レンズの表面(外
側)の度数が連続的に変化すれば,レンズ全体の度数も連続的に変化するというこ
とができる。
 また,仮に,ベースカーブとして,球面以外の楕円面等の非球面を用いた場合に
も,その面の度数は中心から周縁に向けて連続的に変化するから,レンズの外側の
面の曲率が連続的に変化すれば,レンズ全体の度数も連続的に変化することとな
る。
 (2) 刊行物1のものにおいて,環状帯の数を,同刊行物に記載されているところ
に従って増やし,「無数」にすると,滑らかに連続して変化する度数分布が実現で
きることは明らかである。そして,「無数」にすることにより,刊行物1に記載さ
れたレンズの「重要な利点」の水準を向上させることができることも,同刊行物の
記載から明らかである。
 2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り)に対して
 審決のした認定判断に誤りはない。
 3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)に対して
 審決のした認定判断に誤りはない。
 (1) 刊行物1に,「レンズの度数が径方向に連続的に変化する」こと及び「連続
して変化する度数分布曲線」が示されていることは,1で述べたとおりである。刊
行物1の「本発明による角膜コンタクトレンズは,・・・本発明の主題は,公知の
2焦点コンタクトレンズとは,その効果において異なるものであって,遠方及び近
接作業において装着者に鮮明な視力を与えるのみでなく,光学的にも移行するの
で,装着者はいかなる距離においても鮮明な視力が得られることにある。重要な利
点は,光学的に妨害する移行部,エッジ,分離線などがなく,装着者により大きな
安心と自由な感覚を与えるという点である。」(1頁左欄43行~右欄70行)との
記載は,度数が急激に変化する場所を持たせなくするように変化させることを示唆
している。
 刊行物1のものにおいて,環状帯の数を同刊行物に記載されているところに従っ
て増やして「無数」とした場合,「如何なる点においても一つの接線を有する曲線
形状」の度数分布を実現し得ることは,当業者に明らかである。
 そして,環状帯の数を「無数」にすることにより,刊行物1に記載されたレンズ
の「重要な利点」の水準を向上させることができることも,刊行物1の記載から明
らかである。
 (2) 加えて,「如何なる点においても一つの接線を有する曲線形状」は公知であ
る(刊行物3,4)。したがって,相違点2に係る構成は,想到容易なものという
ことができ,その効果も当業者に明らかである。
 4 取消事由4(相違点3についての判断の誤り)に対して
 3つの視力補正域の度数変化率の関係については,審決に認定したとおりであ
る。審決は,刊行物1の図に記載されたものについて,二通りの手順で各補正域の
度数変化率の概略の値を求めており,いずれの結果も遠用視力補正域及び近用視力
補正域における径方向の度数変化率が,中間視力補正域における径方向の度数変化
率よりも小さくなっている。
 5 取消事由5(顕著な作用効果の看過)及び取消事由6(訂正発明2ないし5
についての想到容易性の判断の誤り)に対して
 審決の認定判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1,2について
 原告が取消事由1(引用発明の認定の誤り)及び取消事由2(相違点1が実質的
な相違点でないとした判断の誤り)として主張するところは,要するに,刊行物1
には段階的(階段状)に度数が配置された多焦点レンズが示されるのみで,度数が
径方向に「連続して」変化し,「径方向に連続して変化する度数分布曲線」を示す
ものは開示されていない,というものである。
(1) 刊行物1の記載(引用発明)
 刊行物1(甲3)には,次のア~カの記載が認められる(適宜原文を付記す
る。)。
  ア 「本発明は,異なるレンズ曲率をもつ結果,異なる焦点距離を有し,装着
者に異なる距離ではっきりした視野を与える角膜コンタクトレンズに関する(This
inventionrelatestocornealcontactlenseswhichhavedifferentfocal
lengthsasaresultofdifferentlenscurvature,togivethewearersharp
visionatdifferentdistances.)。」(1頁左欄8~11行。)
  イ 「2焦点レンズは,・・・異なる曲率である上方部と下方部があり,下方
部は通常読書用レンズである。
 角膜コンタクトレンズでは,コンタクトレンズがコンタクトレンズ液体に浮かぶ
ところから,レンズの2つの部位間を分けるラインまたは移行領域の位置は,水平
に固定または維持することができないので,レンズ表面をこの方法で分割すること
は,非実用的である。
 2焦点コンタクトレンズでは,したがって,レンズ中央面が与えられた値の焦点
距離を持っている一方,中央面とコンタクトレンズの周辺部との間に位置する円環
状面が,より短い焦点距離を持っている,つまりより急激に湾曲しているように構
築された。
 しかしながら,コンタクトレンズが浮かんでいることは避けられないことである
ため,2つの異なるレンズ帯は,人眼の光学軸に対して同じ軸に位置することは稀
であり,それゆえ,問題の満足のいく解決策は得られていない。
 このため,2焦点コンタクトレンズの遠用部と近接部との間の邪魔な分離線は,
実質的に視界を横切って常に延びており,障害となる。2つの帯の間の分離線を削
り取る(grindingaway)ことによっても,この不利益は取り除かれない。」
(同1頁左欄12~42行)
  ウ 「これに対し,本発明による角膜コンタクトレンズは,コンタクトレンズ
の外面(レンズ使用時に装着者の眼球から離れているレンズ面)でのレンズ曲率の
連続的又は実質的に連続な変化を特徴としており,それゆえ,同心円状に多数ある
いは無数の異なるレンズ曲率及び焦点距離での同心の融合した環状帯からなる多焦
点レンズを提供する(theCornealcontactlensaccordingtotheinventionis
characterisedbyacontinuousorsubstantiallycontinuouschangeofthe
lenscurvatureontheoutsideofthecontactlens(thatisthelenssurface
awayfromtheeyeofawearerwhenthelensisinuse),soastogivea
multifocallenscomprisingalargenumberoraninfinitenumberof
concentricintermergingannularzonesofdifferentlenscurvaturesand
focallengths.)。」(同1頁左欄43行~右欄53行。下線付加)
  エ 「本発明の主題は,公知の2焦点コンタクトレンズとは,その効果におい
て異なるものであって,遠方及び近接作業においては装着者に鮮明な視力を与える
のみでなく,光学的にも移行するので,装着者はいかなる距離においても鮮明な視
力が得られることになる。重要な利点は,光学的に妨害する移行部,エッジ,分離
線などがなく,装着者により大きな安心と自由な感覚を与えるという点である。装
着者は,たとえば視界の方向に0.25または0.5ジオプター程度の少しのレン
ズ曲率変化にはほとんど気づかないため,コンタクトレンズが角膜の上に浮かぶこ
とを避けられなくても,位置の変化が小さい場合,装着者の鮮明な視力に全く影響
を与えない。」(同頁右欄54行~77行)
  オ 「レンズの中心鎖線の左に,さまざまな環状線がミリメートルで直径の値
を付して示される。コンタクトレンズの想定される全直径は9.3mmであり,その
結果,幅0.9mmのレンズ保持周縁部が連続的に延長する。レンズの右半分には,
さまざまな環状帯に対応するジオプターが,これらのさまざまな環状帯に対して平
均値で示される。
 図示された例は,曲率が中心(thecentre)から保持周縁部へ,2ジオプターから
4ジオプターまで連続的に増加するようにしたものである(Theexample
illustratedhasassumedacontinuouscurvatureincreasefromthecentreto
thebearingrimoffrom2dioptersto4diopters.)。あるいは,中心の曲率は±
0ジオプターか,マイナスの値から始めてもよい。それぞれの場合にたとえば0.
5ジオプターずつ増加が付随する環状帯は,互いに異なる幅を有し,たとえば幅を
増やしたり減らしたりすることも可能である。レンズ表面の曲率は連続的又は実質
上連続的であることが不可欠である(Itisessentialthatthecurvatureofthe
lenssurfaceshouldbecontinuousorsubstantiallycontinuous.)。」(同1
頁右欄86行~2頁左欄17行。下線付加) 
  カ 「クレーム:
1.互いに異なる曲率の複数の同心帯(concentriczonesofdifferent
curvatures)を有している角膜コンタクトレンズであって,コンタクトレンズの外側
のレンズの曲率が連続的又は実質上連続的に変化することを特徴とす
る(characterisedbyacontinuousorsubstantiallycontinuouschangeofthe
lenscurvatureontheoutsideofthecontactlens.)。
2.該レンズの中心点と周辺縁部の間にてレンズの曲率が連続的に変化す
る(continuouschangeofthelenscurvatureextendsbetweenthecentre
pointofthelensanditsbearingrim.)ことを特徴とする,クレーム1で請求
された角膜コンタクトレンズ。」
 (2) 引用発明における度数の変化について
  ア 上記各記載によれば,刊行物1においては,角膜コンタクトレンズにおけ
る従来技術である2焦点コンタクトレンズについて,遠用部と近接部との間に視界
を横切る分離線が生じており,この分離線を機械的に削り取っても光学的には視界
の邪魔になる分離線を取り去ることができないという問題を指摘した上で,この分
離線があることによる不都合を解決するために,レンズに与える「curvature」をど
のように設定するかが検討されている。そうすると,刊行物1中の「curvature」の
語は,レンズ面の形状としての「彎曲」ではなく,光学特性に影響を与えるものと
しての「曲率」を意味していると理解するのが当業者の常識に沿った自然な理解と
いうべきである。
 そして,刊行物1には,前記(1)カのとおり,「コンタクトレンズの外側のレンズ
の曲率が連続的又は実質上連続的に変化することを特徴とする」角膜コンタクトレ
ンズがクレームされ,同ウのとおり,「本発明による角膜コンタクトレンズは,コ
ンタクトレンズの外面(レンズ使用時に装着者の眼球から離れているレンズ面)で
のレンズ曲率の連続的又は実質的に連続な変化を特徴としており,それゆえ,同心
円状に多数あるいは無数の異なるレンズ曲率及び焦点距離での同心の融合した環状
帯からなる多焦点レンズを提供する」と記載され,同オのとおり,「図示された例
は,曲率が中心(thecentre)から保持周縁部へ,2ジオプターから4ジオプターま
で連続的に増加するようにしたものである」,「レンズ表面の曲率は連続的又は実
質上連続的であることが不可欠である」と記載されているのであるから,刊行物1
に示された角膜コンタクトレンズは,レンズ外面(角膜から遠い方のレンズ面)の
曲率を,「連続的又は実質上連続的」に変化するようにしたものであることが明ら
かである。
  イ ところで,レンズを構成する各屈折面の度数は,当該屈折面の曲率に比例
し,一方が定まれば他方が一義的に定まる関係にある(技術常識)。 
 そして,刊行物1には,上記アのとおり,レンズを構成する2つの屈折面のう
ち,外側の屈折面(レンズの外面)については,中心から周縁に向かって曲率が
「連続的に変化」することが記載されている。
また,内側(角膜に接する側)の屈折面については,乙第7号証(「光学技術ハ
ンドブック」朝倉書店・昭和43年発行,812頁)に「角膜レンズは通常角膜に
最も近似した球面を後面の形として用いるが」との記載があり,これによれば,角
膜コンタクトレンズの角膜側の面(ベースカーブ)としては,球面,すなわち,曲
率が一定の面が普通に想定されるところであると認められる。ちなみに,刊行物1
には,「本発明による同心多焦点レンズは,研削,旋削又はプレスによる単純な方
法で,製造することができる。加工された面はレンズの外側に位置する。」と記載
され,レンズの角膜側の面は特に加工された特殊な形状ではないことが明らかにさ
れているから,この点からも,レンズの角膜側の面を,刊行物1の刊行当時(19
62年),ベースカーブとして普通に用いられていた球面(曲率一定)と想定する
ことは,理にかなっているといえる。
 そうすると,「レンズの表面の曲率(径方向に連続して変化)に比例して定まる
表面の度数と,角膜に接する度数(一定)やレンズの屈折率(一定)などの単純な
四則演算によって定まるレンズ全体の度数も径方向に連続して変化することとな
る。」,「コンタクトレンズの度数が,その表面の度数(曲率に比例)と角膜側の
度数(引用発明の場合,一定)と屈折率(一定)の単純な四則演算で近似的に定ま
ることを熟知する当業者が刊行物1の記載に接すれば,値の変化する唯一の変数
(レンズ表面の度数)が径方向に連続的に変化するものであるから,それらの四則
演算の結果(レンズ全体の度数)もまた,径方向に連続的に変化することを直ちに
理解できるから,刊行物1が径方向に連続して変化する度数分布曲線に従って度数
が変化するレンズを示唆していることは容易に理解するのである。」として,刊行
物1にレンズ(全体)の度数が径方向に連続的に変化し,連続した度数分布線を示
すものが開示ないし示唆されているとした審決の認定判断に誤りはないというべき
である。
 なお,原告は,コンタクトレンズのベースカーブとしては,非球面(楕円面や,
球面と楕円面の合成面など)も使用されていると主張するが,刊行物1のものにお
いて球面を採用し得ないとする理由はないから,刊行物1のレンズのベースカーブ
として,球面を普通に想定し得ることに変わりはない。また,原告主張のように,
ベースカーブとして楕円面や,球面と楕円面との合成面を考えたとしても,それら
の面が刊行物1の図に示されるような滑らかな面である場合,レンズの外面の曲率
(及びこれに対応する度数)の変化が連続的であれば,レンズ全体の度数の変化も
連続的になると考えられることは,被告主張のとおりと認められるから,いずれに
しても,刊行物1には,レンズの度数を径方向に連続的に変化させることが少なく
とも示唆されているといってよい。
  ウ 原告は,また,刊行物1の角膜コンタクトレンズは,「互いに異なる曲率
の複数の同心帯ないし環状帯」からなる光学部を有していることを必須の構成とす
ることを指摘し,同刊行物の図では,レンズの中心からの距離によって区分される
7つの輪帯状の領域が,それぞれ表示されたジオプター値を有していると考えるべ
きであるとして,同レンズにおける度数の変化は,連続的ではなく,階段状である
旨主張する。
 しかし,同図面についての説明によれば,図面に表示された度数は,「様々な環
状帯に対応するジオプターが,これらの様々な環状帯に対してで示されたも
の」とされている(傍点付加,前記(1)オ参照)から,同図面が原告の主張するよう
な階段状の度数分布(すなわち,7つの輪帯状領域の各領域内では度数が一律不変
のもの)を表しているとは,素直に理解し難い。むしろ,「本発明によるコンタク
トレンズは,・・・多数又は無数の異なるレンズ曲率及び焦点距離での同心の融合
した環状帯からなる」,「レンズ表面の曲率は連続的又は実質上連続的であること
が不可欠である。」(前記(1)ウ,オ)として,レンズに環状帯を多数ないし無数に
設け,レンズの外面の曲率を連続的に変化させることが発明の特徴として述べられ
ていることを考え合わせると,同図面は,径方向にそれぞれの度数を持った環状帯
を複数(多数又は無数)形成し,中心からの距離によって区分した各輪帯状領域に
ついてのそれらの度数の平均値を表示していると理解する方が合理的である。上記
のような理解は,図示された例について,「曲率が中心から保持周縁部へ,2ジオ
プターから4ジオプターまで連続的に変化するようにしたものである。」と記載さ
れていることとも合致するものである(この記載は,「曲率」の増加と「2ジオプ
ターから4ジオプターまで」の増加とを並列に記載している記載態様からみて,
「曲率の変化」と「ジオプター」(度数)の変化を相対応するものとしてとらえて
いることが明らかであり,そのような相対応するものにおいて,「曲率」の変化を
連続的としたときに度数の変化のみが段階的であると考えることは,かえって不自
然である。)。
 なお,仮に,原告の主張するように,図示のものでは,中心からの距離によって
区分した7つの領域で度数が段階的に変化すると考えても,刊行物1における技術
思想は,レンズ装着者が遠用視力補正域と近用視力補正域との間に邪魔な分離線を
意識することがないように,レンズに「コンタクトレンズの外面のレンズ曲率の連
続的又は実質的に連続的な変化」を持たせ,レンズを「同心円状に多数あるいは無
数の異なるレンズ曲率及び焦点距離での同心の融合(intermerge)した環状帯」で構
成することを特徴とするものであるから,この技術思想に従ってコンタクトレンズ
の有限の領域内で環状帯の数を増やしていって「無数」にすると,曲率の変化は連
続的になり,角膜側のレンズ面について特別の形状を採用しない限り(刊行物1に
おいて,そのような特別の形状が予定されていないと考えるべきことは前示のとお
りである。),「度数」も連続的に変化することになることは明らかである。そう
すると,刊行物1は,径方向に度数が連続的に変化するレンズを示唆しているとい
うことができる。
 したがって,審決における引用発明の認定に,相違点1の判断に影響を及ぼすべ
き誤りがあるということはできず,また,相違点1を実質的な相違ではないとした
判断に誤りがあるということもできない。
 取消事由1,2は理由がない。
 2 取消事由3(相違点2についての判断の誤り)について
 原告は,相違点2(度数分布曲線が如何なる点においても,一つの接線を有する
曲線形状をもって設定される点)に係る構成を想到容易とした審決の判断は,誤り
であると主張する。
 しかしながら,刊行物1が,レンズの度数が全視力補正域にわたって連続的に変
化するものを記載ないし示唆していることは前示のとおりであり,しかも,刊行物
1には「重要な利点は,光学的に妨害する移行部,エッジ,分離線などがなく,装
着者により大きな安心と自由な感覚を与えるという点である。」という,度数が急
激に変化する場所を持たせないようにすることを示唆する記載が存在するのである
から,刊行物1に記載ないし示唆された度数が全視力補正域にわたって連続して変
化するレンズにおいて,度数分布を「如何なる点においても1つの接線を有する曲
線形状」とすることは,当業者の容易に想到し得ることであるというべきである。
 ちなみに,刊行物3及び4には,レンズの有用領域(たとえば,刊行物3におい
ては,レンズ中心側の近用視力補正域から中間域を経て遠用視力補正域に到る領
域)において,度数分布が滑らかに彎曲した線で表されるようにしたものが示され
ており,このことを考慮しても,度数が連続的に変化する度数分布曲線を,「如何
なる点においても1つの接線を有する曲線形状」とすることは,当業者が容易に想
到し得たことと判断される。
 取消事由3は理由がない。
 3 取消事由4(相違点3の判断の誤り)について
 原告は,「引用発明のレンズの領域を,訂正発明1のように3種類の補正域とし
て定義し,それら補正域の度数変化率の関係を規定し,補正域の直径を規定するこ
とは,引用発明に基づいて当業者が容易に定義し又は規定できたものと認められ
る。」とした審決の判断は,誤りであると主張する。
 (1) 刊行物1の図及びその説明(前記1(1)オ)を参照すると,そこに示された
レンズは,レンズ曲率がレンズの中心から周縁部へ連続的に増加するように構成さ
れ,①レンズ中心を中心とする直径3.0mmの円内の領域では,平均度数が2.0
ジオプター,②直径3.0mmから直径5.5mmの間にある5つの輪帯状の領域で
は,直径が0.5mm増える毎に,平均度数が2.25ジオプター,2.5ジオプタ
ー,2.75ジオプター,3.0ジオプター,3.5ジオプターと増えていき,③
直径5.5mmから直径7.5mmの間の輪帯状の領域では,平均度数が4.0ジオプ
ター,となるように構成されていると認められる。
 引用発明の角膜コンタクトレンズは,中心部に遠用部を形成し,その外側に円環
状に近用部を配置した2焦点レンズを従来技術とし,これを改良して,「遠方及び
近接作業において装着者に鮮明な視力を与えるのみでなく,途切れのない光学的移
行(slidingopticaltransition)ができるので,装着者はいかなる距離においても
鮮明な視力を得られる」ようにしたものであるから,そのレンズは中心部から周縁
に向かって,遠用視力補正域,中間域,近用視力補正域という3つの補正域を有す
ることが明らかであり,図示の例では,前記①の領域が遠用視力補正域,同③の領
域が近用視力補正域,①と③の間の領域②が訂正発明1の中間視力補正域にそれぞ
れ対応するということができる。
 そして,遠用視力補正域に相当する①の領域は,直径が3mmであるから,訂正発
明1の規定する遠用視力補正域2~6mmの範囲内にある。また,レンズ面の形状
が,各補正域の間で度数分布曲線が連続する形状であることは,「本発明による角
膜コンタクトレンズは,レンズの外面(・・・)でのレンズ曲率の連続的又は実質
的に連続的な変化を特徴としており」との記載(前記1(1)ウ)及び図示されたレン
ズ形状から明らかである。
 各領域の度数変化率については,図面に示された数値(中心からの距離及びこれ
に対応する平均度数)から,中間視力補正域(前記②)よりも遠用視力補正域
(①)及び近用視力補正域(③)の方が度数変化率が小さいことは明白である。
 (2) 原告は,刊行物1には,遠用視力補正域及び近用視力補正域における度数変
化率は示されておらず,遠用視力補正域,中間視力補正域及び近用視力補正域の各
度数変化率について審決が算出した推定値は,不合理であると主張する。
 しかしがら,訂正発明1の請求項との関係においては,刊行物1の各補正域にお
ける度数変化率の相対的な大小関係を問題とすれば足りるものであるところ,原告
の主張は,審決における個々の推定値について,これとは異なる数値を算出する余
地があることを指摘するものにすぎず,遠用視力補正域及び近用視力補正域におけ
る径方向の度数変化率が,中間視力補正域における径方向の度数変化率よりも「小
さく」なっていないことを積極的に主張,論証するものではない。念のため,審決
が各視力補正域の度数変化率を推定した方法を検討しても,その方法及び算出され
た数値が不合理であるとする理由は見当たらない。
 また,審決が遠用視力補正域及び近用視力補正域についてそれぞれ2つの推定度
数変化率(実質上0と約0.29ジオプター/mm,実質上0と約0.8ジオプター
/mm)を挙げていることについては,各領域間の度数変化率の相対的大小関係につ
いて,慎重を期して,いくつかの可能性を考えた試算をしたことによるものと認め
られるから,試算方法によって数値が異なることはむしろ当然であって,そのこと
を取り上げて矛盾や不合理があるとする原告の主張は,失当というほかない。
 (3) 以上によれば,審決が,刊行物1に示されたレンズは,中心側から遠用視力
補正域(直径3mmの領域),中間視力補正域,近用視力補正域に相当する領域が同
心円的に存在し,各補正域で度数分布曲線が連続しており,遠用視力補正域及び近
用視力補正域における径方向の度数変化率が中間視力補正域における径方向の度数
変化率よりも小さいものであると認定し,これに基づいて,「引用発明のレンズの
領域を訂正発明1のように3種類の補正域として定義し,それら補正域の度数変化
率の関係を規定し,補正域の直径を規定することは,引用発明に基づいて当業者が
容易に定義又は規定できたもの」とした審決の判断に誤りはないというべきであ
る。
 取消事由4は理由がない。
 4 取消事由5(顕著な作用効果の看過)及び取消事由6(訂正発明2ないし5
についての想到容易性の判断の誤り)について
 (1) 原告は,審決が訂正発明1の顕著な作用効果を看過する誤りをおかしたと主
張するが,その作用効果は,原告の主張によれば,①径方向に度数分布曲線を連続
させたこと,②度数分布曲線が中間視力補正域において連続して滑らかに接続され
ていること,③遠用視力補正域と近用視力補正域における度数変化率を中間視力補
正域よりも小さくしたこと,④中間視力補正域が遠用視力補正域及び近用視力補正
域に連続した度数分布曲線をもって形成されていることによって得られるものであ
るところ,上記①ないし④の構成が刊行物1に開示され,又はそこから想到容易な
ものであることは既に示したとおりである。結局,原告が主張する訂正発明1の作
用効果は予測される程度のものであるといわざるを得ず,審決が訂正発明の顕著な
作用効果を看過したということはできない。取消事由5は理由がない。
 (2) 原告は,訂正発明1が想到容易であるとした審決の判断は誤りであるから,
同じ理由により,訂正発明2ないし5の進歩性の判断も誤りであると主張する。
  しかし,訂正発明1を想到容易とした審決の判断に誤りがないことは前示のと
おりであるから,誤りがあることを前提とする訂正発明2ないし5に関する原告の
主張に理由がないことは明らかである。取消事由6も理由がない。
 5 結論
 以上のとおり,原告主張の取消事由1ないし6はいずれも理由がないから,原告
の請求は棄却されるべきである。
 東京高等裁判所知的財産第4部
       裁判長裁判官 塚   原   朋   一 
   
裁判官     古   城   春   実
          裁判官     田   中   昌   利

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