弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人高見沢博の上告趣意について。
 論旨中事実誤認、法令違反、量刑不当を主張する点は、刑訴四〇五条の上告理由
に当らないし、判例違反を主張する点は、所論引用の判例も原判決もともに障がい
未遂となるとの判断を示したものであり、原判決が右判例に相反する判断を示して
いないことが明白であるからその前提において失当であつて上告適法の理由となら
ない。(なお、原判決の認定するところとその挙示する証拠によれば、本件の事実
関係は、被告人はかねて賭博等に耽つて借財が嵩んだ結果、実母Aや姉B等にも一
方ならず心配をかけているので苦悩の末、服毒自殺を決意すると共に、自己の亡き
後に悲歎しながら生き残るであらう母親の行末が不憫であるからむしろ同時に母を
も殺害して同女の現世の苦悩を除いてやるに如かずと考え、昭和二八年一〇月一八
日午前零時頃自宅六畳間において電燈を消して就寝中の同女の頭部を野球用バツト
で力強く一回殴打したところ、同女がう―んと呻き声をあげたので早くも死亡した
ものと思い、バツトをその場に置いたまゝ自己が就寝していた隣室三畳間に入つた
が、間もなく同女がCCと自己の名を呼ぶ声を聞き再び右六畳間に戻り、同女の頭
部を手探ぐりし電燈をつけて見ると、母が頭部より血を流し痛苦していたので、そ
の姿を見て俄かに驚愕恐怖し、その後の殺害行為を続行することができず、所期の
殺害の目的を遂げなかつたというのである。右によれば、被告人は母に対し何ら怨
恨等の害悪的感情をいだいていたものではなく、いわば憐憫の情から自殺の道伴れ
として殺害しようとしたものであり、従つてその殺害方法も実母にできるだけ痛苦
の念を感ぜしめないようにと意図し、その熟睡中を見計い前記のように強打したも
のであると認められる。しかるに、母は右打撃のため間もなく眠りからさめ意識も
判然として被告人の名を続けて呼び、被告人はその母の流血痛苦している姿を眼前
に目撃したのであつて、このような事態は被告人の全く予期しなかつたところであ
り、いわんや、これ以上更に殺害行為を続行し母に痛苦を与えることは自己当初の
意図にも反するところであるから、所論のように被告人において更に殺害行為を継
続するのがむしろ一般の通例であるというわけにはいかない。すなわち被告人は、
原判決認定のように、前記母の流血痛苦の様子を見て今さらの如く事の重大性に驚
愕恐怖するとともに、自己当初の意図どおりに実母殺害の実行完遂ができないこと
を知り、これらのため殺害行為続行の意力を抑圧せられ、他面事態をそのまゝにし
ておけば、当然犯人は自己であることが直に発覚することを怖れ、原判示のように、
ことさらに便所の戸や高窓を開いたり等して外部からの侵入者の犯行であるかのよ
うに偽装することに努めたものと認めるのが相当である。右意力の抑圧が論旨主張
のように被告人の良心の回復又は悔悟の念に出でたものであることは原判決の認定
しないところであるのみならず、前記のような被告人の偽装行為に徴しても首肯し
難い。そして右のような事情原因の下に被告人が犯行完成の意力を抑圧せしめられ
て本件犯行を中止した場合は、犯罪の完成を妨害するに足る性質の障がいに基くも
のと認むべきであつて、刑法四三条但書にいわゆる自己の意思により犯行を止めた
る場合に当らないものと解するを相当とする。されば、原判決が本件被告人の所為
を中止未遂ではなく障がい未遂であるとしたのは、以上と理由を異にするが、結論
においては正当である。)
 また記録を調べても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。
 よつて同四一四条、三八六条一項三号により裁判官全員一致の意見で主文のとお
り決定する。
  昭和三二年九月一〇日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    高   橋       潔
            裁判官    島           保
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    小   林   俊   三
            裁判官    垂   水   克   己

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