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平成18年7月20日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成17年(ワ)第2649号特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日平成18年5月19日
判決
原告コニシ株式会社
訴訟代理人弁護士井上洋一
坂口博信
訴訟代理人弁理士奥村茂樹
被告アイカ工業株式会社
訴訟代理人弁護士三木浩太郎
訴訟代理人弁理士足立勉
補佐人弁理士毛利大介
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,別紙物件目録記載の製品(以下「被告製品」という)を製造し,。
販売し,又は販売の申出をしてはならない。
2被告は,原告に対し,27万7200円及びこれに対する平成17年3月3
1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,発明の名称を「水性接着剤」とする後記特許権を有する原告が,被
(),告による被告製品水性接着剤の製造販売は同特許権を侵害すると主張して
被告に対し,被告製品の製造販売の差止めを求めるとともに特許権侵害の不法
行為に基づく損害賠償(訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5
分の割合による遅延損害金を含む)を請求している事案である。。
1前提事実(末尾に証拠の掲記のない事実は当事者間に争いがない)。
()原告は,次の特許権〔以下「本件特許権」といい,その特許を「本件1,
特許」と,本件特許の請求項1の発明を「本件発明」と,本件発明に係る明
細書(平成14年法律第24号による改正前の「特許請求の範囲」を含む明
細書である)を「本件明細書」という〕を有している。。。
特許番号第3522729号
発明の名称水性接着剤
出願日平成14年2月4日
公開日平成14年10月31日
(「」。)優先日平成13年2月16日以下本件優先日という
登録日平成16年2月20日
特許請求の範囲【請求項1】シード重合により得られる酢酸ビニル
樹脂系エマルジョンからなり且つ可塑剤を実質的に含
まない水性接着剤であって,測定面が金属製の円錐-
,,.円盤型のレオメーターを用い温度23℃周波数0
1Hzの条件でずり応力を走査して貯蔵弾性率G′を
測定したとき,その値がほぼ一定となる線形領域にお
ける該貯蔵弾性率G′の値が120~1500Paで
あり,且つ測定面が金属製の円錐-円盤型のレオメー
ターを用い,温度7℃の条件でずり速度を0から20
0(1/s)まで60秒間かけて一定の割合で上昇さ
せてずり応力τを測定したとき,ずり速度200(1
/s)におけるずり応力τの値が100~2000P
aである水性接着剤(請求項2】ないし【請求項。【
5】省略)
()本件発明は,次の構成要件に分説するのが相当である。2
Aシード重合により得られる
B酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなり且つ
C可塑剤を実質的に含まない
D水性接着剤であって,
E測定面が金属製の円錐-円盤型のレオメーターを用い,温度23℃,周
波数0.1Hzの条件でずり応力を走査して貯蔵弾性率G′を測定したと
き,その値がほぼ一定となる線形領域における該貯蔵弾性率G′の値が1
20~1500Paであり,
F且つ測定面が金属製の円錐-円盤型のレオメーターを用い,温度7℃の
条件でずり速度を0から200(1/s)まで60秒間かけて一定の割合
で上昇させてずり応力τを測定したとき,ずり速度200(1/s)にお
けるずり応力τの値が100~2000Paである水性接着剤。
なお,以下,一般的な貯蔵弾性率G′及びずり応力τと区別する趣旨で,
測定面が金属製の円錐-円盤型のレオメーターを用い,温度23℃,周波数
0.1Hzの条件でずり応力を走査して貯蔵弾性率G′を測定したとき,そ
の値がほぼ一定となる線形領域における該貯蔵弾性率G′の値を「貯蔵弾性
率G′a,測定面が金属製の円錐-円盤型のレオメーターを用い,温度7」
℃の条件でずり速度を0から200(1/s)まで60秒間かけて一定の割
合で上昇させてずり応力τを測定したとき,ずり速度200(1/s)にお
けるずり応力τの値を「ずり応力τa」ともいう。
()無効審判請求及び訂正審判請求の経緯3
被告が請求人となり,原告を被請求人として提起した本件特許の請求項1
ないし5に係る発明についての無効審判請求事件(無効2005-8006
5)において,平成18年3月7日,本件特許を無効とする旨の審決がなさ
れた(乙26。原告は,同審決の取消しを求めて知的財産高等裁判所に審)
決取消訴訟を提起した(甲34。)
原告は,平成18年4月7日付けで,特許法126条1項1号(特許請求
の範囲の減縮,同条項2号(誤記の訂正,同条項3号(明りょうでない))
記載の釈明)を理由とする訂正審判請求を行った後,更に同年5月8日付け
,(,。,で特許請求の範囲を減縮する訂正審判請求を行った甲2935以下
最後の訂正審判請求を「本件訂正審判請求」といい,その訂正審判請求書に
()「」添付された訂正明細書甲第35号証添付訂正明細書を本件訂正明細書
という。本件訂正明細書における本件発明の特許請求の範囲は次のとお。)
りである(下線部は本件訂正審判請求における訂正箇所。)
重合開始剤として過酸化水素を用いシード重合により得られる酢酸ビニル
樹脂系エマルジョンからなり且つ可塑剤を実質的に含まない水性接着剤であ
って,測定面がチタン製円錐-ステンレス製円盤型のレオメーターを用い,
温度23℃,周波数0.1Hzの条件でずり応力を走査して貯蔵弾性率G′
を測定したとき,その値がほぼ一定となる線形領域における該貯蔵弾性率
G′の値が230~280Paであり,且つ測定面がチタン製円錐-ステン
レス製円盤型のレオメーターを用い,温度7℃の条件でずり速度を0から2
00(1/s)まで60秒間かけて一定の割合で上昇させてずり応力τを測
定したとき,ずり速度200(1/s)におけるずり応力τの値が1200
~1450Paである水性接着剤。
()被告の行為4
被告は,商品名「アイカエコエコボンドA-1400」のうち,ロット番
号C034181031及びD054122042の水性接着剤を,業とし
て製造販売していた(甲5,6,弁論の全趣旨。)
2争点
()本件特許は以下の各事由により特許無効審判により無効とされるべきも1
のであり,特許法104条の3第1項により本件特許権に基づく権利行使は
許されないか。
ア本件明細書は,構成要件Eの貯蔵弾性率G′及び構成要件Fのずり応力
τの数値を調整する具体的手段について,当業者が実施できるように記載
(()されているか特許法等の一部を改正する法律平成14年法律第24号
による改正前の特許法以下改正前特許法という36条4項争(「」。))。(
点1)
イ本件明細書は,貯蔵弾性率G′及びずり応力τの所定の数値と押し出し
性や垂れ性について所望の効果が得られることとの関係についていわゆる
サポート要件を具備しているか(特許法36条6項1号(争点2))。
ウ本件発明の特許請求の範囲(請求項1)は,構成要件Eを満たさず,本
件発明の効果を奏せず,本件発明の課題を解決することができないものを
含み,未完成発明といえるか(特許法29条1項柱書(争点3))。
エ本件明細書の発明の詳細な説明は,ずり応力τの値と,押し出し性や耐
垂れ性という課題との関係について,当業者が本件発明の技術的意義を理
解するために必要な事項が記載されているといえるか(改正前特許法36
条4項(争点4))。
「」。オ構成要件F中の温度7℃の条件でとの記載が技術的に明瞭であるか
またこの点について,本件明細書の発明の詳細な説明に当業者がその実施
をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているか(特許法36
条6項1,2号,改正前特許法36条4項(争点5))。
カ本件特許の補正手続は出願当初の明細書に記載した事項以外の事項を追
加したもので違法であるか(改正前特許法17条の2第3項(争点6))。
,()キ本件発明は本件優先日前に頒布された刊行物乙2の5及び乙2の6
に開示された技術と同一であり,かつ,公然実施されていた発明であるか
(特許法29条1項(争点7))。
ク本件発明は,本件優先日前に頒布された刊行物(乙2の6)に開示され
た技術に基づき,当業者が容易に発明できるものであるか(争点8)。
ケ本件発明は,本件優先日前に公然知られ公然実施され,刊行物に記載さ
れ頒布された被告製造に係る水性接着剤(商品名アイカアイボンA-37
0。以下「A-370」という)に基づき当業者が容易に発明できたも。
のであるか(争点9)。
コ本件発明は,本件優先日前に被告が製造していた水性接着剤(商品名ア
イカアイボンA-1400。以下「A-1400」という)と同一であ。
るか,又は同水性接着剤に基づき当業者が容易に発明できたものであるか
(特許法29条1項,2項(争点10))。
,()()被告は本件優先日前に被告が製造していた水性接着剤A-14002
について,特許法79条所定の先使用による通常実施権を有するか(争点。
11)
()被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか(争点12)3。
()原告の損害(争点13)4
第3争点に関する当事者の主張
1争点1(本件明細書は,構成要件Eの貯蔵弾性率G′及び構成要件Fのずり
応力τの数値を調整する具体的手段について,当業者が実施できるように記載
されているか(改正前特許法36条4項)について)
【被告の主張】
()本件明細書の発明の詳細な説明には,構成要件E及びFを実現する方法1
についての具体的な記載がなく,本件発明を当業者がその実施をすることが
できるように記載されているということはできないから,本件明細書は改正
前特許法36条4項に規定する要件を満たさず,本件特許は同法123条1
項4号に該当する無効事由がある。
()すなわち,本件明細書の段落【0007】には「…シード重合により得2
られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤であっても,貯蔵
弾性率G′とずり応力τを特定の範囲に調整すると,ノズル付き容器に充填
した場合,冬場であっても手で容易に押し出すことができるだけでなく,比
較的高温下で垂直面に適用した場合でも垂れにくいことを見い出した」と。
記載され,段落【0046】には「貯蔵弾性率G′及びずり応力τは,シー
ドエマルジョンの種類や添加量,シード重合に用いる酢酸ビニルの添加量,
前記酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体の種類,添加量,添加時期及び添
加方法,保護コロイドや界面活性剤の種類及び添加量,重合開始剤(触媒)
の種類,添加量,添加時期及び添加方法,前記添加剤の種類や添加量,重合
,。,温度重合時間などの重合条件を適宜選択することにより調整できる特に
G′a及びτaを前記所定の範囲にするためには,重合開始剤の種類,添加
量,添加時期及び添加方法,保護コロイドや界面活性剤の種類及び添加量な
どが重要であるが,これらに限らず,上記の種々条件を適宜選択することに
より,G′a及びτaを前記所定の範囲内に調整することが可能である」。
と記載されているが,上記記載において多数挙げられた諸要素を具体的にど
のように調整すれば,貯蔵弾性率G′a及びずり応力τaの値を本件請求項
の数値範囲内に調整できるかについては何ら記載がない。上記のような多数
の要素の組合せについて,貯蔵弾性率G′a及びずり応力τaのそれぞれを
所定の範囲内とする調整方法を見いだすためには膨大な実験が必要となり,
到底当業者が行い得るものでない。
()本件明細書に記載されている本件発明の実施例は,上記多数の諸要素を3
組み合せたものがわずか3つ記載されているにすぎず,かつ同実施例は構成
要件E及びFのごく一部に止まる。すなわち,構成要件Eの内容たる「貯蔵
弾性率G′の値が120~1500Pa」のうち230~280Paの範囲
内,構成要件Fの内容たる「ずり応力τの値が100~2000Pa」のう
ち1200~1450Paの範囲内に止まる。
()さらに,上記各実施例は,いずれも酢酸ビニル以外のモノマー〔n-ブ4
チルアクリレート(BA〕を配合したものであり,酢酸ビニル以外のモノ)
マーを配合しない水性接着剤についての実施例が全く記載されていない。し
たがって,酢酸ビニル以外のモノマーを配合しない水性接着剤については,
より一層,当業者による実施が不可能である。
()原告は,本件発明の構成要件E及びFは,本件明細書の実施例を追試す5
ることにより容易に実施でき,また段落【0046】を参考にすることによ
り,貯蔵弾性率G′a及びずり応力τaの値を適宜調整することが可能であ
ると主張する。
しかし,本件発明では,貯蔵弾性率G′aとずり応力τaという調整すべ
きパラメータが2つ存在しており,このようにともにレオロジーのパラメー
,,【】タであって相互に関連性があるものの場合本件明細書の段落0046
に挙げられた諸要素を変化させると,2つのパラメータが両方とも変化して
しまうのが通常である。そのため,2つのパラメータのそれぞれを所望の値
に調整することは非常に困難である。
したがって,本件発明においては,貯蔵弾性率G′aとずり応力τaとい
う2つのパラメータを,同時に,実施例1ないし3以外の所望の値に調整す
る具体的な手段が記載されなければ,単に本件明細書の実施例及び技術常識
を参酌しても実施可能ということはできない。
原告は,数十回の試行錯誤によって貯蔵弾性率G′aとずり応力τaを調
整し得るとも主張するが,本件明細書に具体的な調整手段が全く記載されて
いない以上,2つのパラメータを同時に所望の値に調整することは,数十回
程度の試行錯誤では不可能であり,それ以上の膨大な実験が必要である。こ
のように当該発明を実施するために,当業者に期待し得る程度を超える試行
錯誤や複雑な実験等を行わせる必要がある場合は,当該明細書の記載は実施
可能要件を欠如するというべきである。
さらに,原告は,被告による追試は,乙第2号証の5(昭61-2522
80号公開特許公報。以下「乙2の5公報」という)及び同号証の6(特。
。「」。)開2000-302809号公開特許公報以下乙2の6公報という
の追試に該当せず,むしろ本件明細書の段落【0046】を参考にして,保
護コロイドの種類及び量,重合開始剤(触媒)の量を変更したものである旨
主張する。
,,,被告は後記7記載のトレース品C-6YC-22Yを乙2の5公報に
K-14Y,K-16Y,K-19Yを乙2の6公報にそれぞれ記載されて
いる特許発明の実施品であると主張しているのではなく,その開示する技術
内容に属するものであると主張していることは,後記7のとおりである。す
なわち,保護コロイドであるポリビニルアルコール(以下「PVA」ともい
う)の種類,保護コロイドの量,重合開始剤の種類及び量は,いずれも乙。
2の5公報と乙2の6公報に記載があり,これらのトレース品は,各公報の
記載に基づき,実施例を変更したものであって,本件明細書を参考にしたも
のではない。
他方,本件明細書の段落【0046】には,保護コロイドの種類,保護コ
ロイドの量及び重合開始剤(触媒)の量については何ら具体的に記載されて
いない。
したがって,上記トレース品は本件明細書の段落【0046】を参考にし
て実現したものであるとの原告の主張は推測にすぎない。
さらに,原告は,被告が本件発明の技術的範囲に属する被告製品を現に製
造販売しているから,その実施が可能であるとも指摘するが,被告製品は,
被告が独自に開発した製造方法により製造したものである。そもそも,本件
明細書には,本件明細書の実施例の範囲外の大部分については,これを実施
できるように記載されていないのであるから,本件明細書の実施例以外の水
,。性接着剤を製造することについて本件明細書の記載は何ら参考にならない
また,被告製品は,本件明細書の実施例とは異なるものであるから,原告の
上記主張は反論たり得ない。
また,被告は,実施例が3つであることをもって記載不備の理由としてい
るものではない。本件発明のようにその技術的範囲が極めて広範である場合
には,発明の内容をより具体的に把握できるように内容の異なる実施例を多
数挙げて当該発明の技術的範囲全般を裏付けるべきであるのに,ごく一部の
記載しかない点をもって,記載不備であると主張しているのである。
原告の「記載要件違反が存しても,結果的に本件発明の技術的範囲に属す
るものが製造されていれば足りる」との主張は問題のすり替えである。。
【原告の主張】
()本件発明の構成要件E及びFに関しては,当業者であれば,本件明細書1
の実施例1ないし3(段落【0055】ないし【0057)及び比較例の】
記載と,発明の詳細な説明の段落【0024】及び【0046】の記載を総
合的に照らし合わせれば,少なくとも数回ないしは数十回の試行錯誤によっ
て,容易に貯蔵弾性率G′aとずり応力τaとを調整し得る。
すなわち,本件明細書のこれらの記載によれば,重合開始剤の添加方法が
従来技術との大きな差であることが認められるのであるから,当業者は重合
開始剤の添加方法によって,どのように貯蔵弾性率G′a及びずり応力τa
が変動するかを検討する。重合開始剤の添加方法が異なるだけで他の因子が
同一のものは,実施例1と比較例2である。重合開始剤の一括添加と連続添
加を組み合わせた実施例1によれば,重合開始剤を連続添加するだけの比較
例2に比べて,貯蔵弾性率G′aは高くなり,ずり応力τaは低くなること
が分かる。一般に,シード重合で得られたエマルジョンは,貯蔵弾性率G′
が低く,ずり応力τが高いという構造上の特徴を有しているが,シード重合
の際に重合開始剤の添加方法を工夫することにより,従来のものと異なった
構造のエマルジョンを設計し得ることが分かるのである。したがって,重合
開始剤の添加方法は,本件発明における貯蔵弾性率G′aとずり応力τaに
大きく関係することは当業者であれば直ちに分かる。
次に,本件明細書の段落【0046】に記載されている主たる変動要因の
因子は,保護コロイドである。保護コロイドとは,実施例及び比較例ではP
VAのことを意味している。PVAの種類のみが異なる例は,比較例2と比
較例3である。この両者を対比すると,比較例2に比べて,比較例3のほう
が分子量の小さいPVAを用いていることが分かる(PVAB-05は重
合度500のポリビニルアルコールであり,PVAB-17は重合度17
00のポリビニルアルコールである。そうすると,分子量の小さい保護。)
コロイドを用いると,貯蔵弾性率G′a及びずり応力τaともに,低くなる
ことが分かる。
また,本件明細書の段落【0046】に記載されている主たる変動要因の
因子は,界面活性剤である。界面活性剤は,実施例及び比較例に直接記載さ
れてはいないが,EVAエマルジョンに含まれていることは,当業者の技術
常識である。すなわち,EVAエマルジョンは乳化重合により製造されるも
のであるため,基本的に界面活性剤である乳化剤が含まれている。そして,
乳化剤の種類及び量は,製造会社のノウハウとされており,一般には公開さ
れていないが,製造会社各社によって異なるものが用いられている。EVA
エマルジョンのみが相違する実施例1と実施例2を比較すると,実施例1の
ほうが,実施例2に比べて貯蔵弾性率G′aが高く,ずり応力τaが低くな
っている。したがって,界面活性剤としては,実施例1で使用した界面活性
剤のほうが,実施例2で使用した界面活性剤よりも本件発明の課題に沿うも
のであることが分かる。
また,重合開始剤の種類による貯蔵弾性率G′a及びずり応力τaの変動
を理解するためには,重合開始剤の種類のみが異なる例を対比する必要があ
る。重合開始剤の種類が異なるのは,ペルオキソ2硫酸アンモニウムを使用
している比較例1と過酸化水素を使用している比較例2である。また,比較
例1のほうが大きい分子量の保護コロイドを用いており,本来,貯蔵弾性率
G′a及びずり応力τaが高くなるはずであるのに,ずり応力τaは高くな
っているものの,貯蔵弾性率G′aは低くなっている。貯蔵弾性率G′aを
,,高くすることが本件発明の課題に沿うものであるから重合開始剤としては
ペルオキソ2硫酸アンモニウムよりも,過酸化水素を用いたほうが好ましい
ことが分かる。このことは,本件明細書の段落【0022】と符合する。
このように,当業者は,重合開始剤の添加方法,保護コロイド及び界面活
性剤の種類といった各因子の変更が,貯蔵弾性率G′a及びずり応力τaに
どのような影響を及ぼすかについて本件明細書の記載に基づき十分理解し得
るのである。
したがって,本件明細書には,構成要件E及びFを実現ないし調整するた
めの具体的手段が記載されており,その記載に基づいて当業者が本件発明を
容易に実施し得るものである。
()被告が乙2の5公報及び乙2の6公報記載の特許発明の実施例の追試と2
,,,,称して作成したトレース品C-6YC-22YK-14YK-16Y
K-19Yは,これらの特許発明の追試に相当するものではない。つまり,
これらはエチレン-酢酸ビニル共重合体エマルジョンをシードエマルジョン
として,酢酸ビニルモノマーを重合するという基本技術に基づき種々の変更
を施したものである。そして,この変更は,先行技術を参考にしたというよ
りも,むしろ本件明細書の記載を参考にしたものと解されるのである。なぜ
なら,変更を施した後記7記載の相違点A1,A3及びB1は保護コロイド
,【】の種類及び量を変更したものであるがこれは本件明細書の段落0046
に記載されている。また,後記7記載の原告が主張する相違点A6及び相違
点B5は,重合開始剤(触媒)の量を変更したものであるが,これも本件明
細書の段落【0046】に記載されている。すなわち,これらの追試実施品
は,本件明細書の記載を参考にして本件発明の構成要件E及びFを実現ない
し調整したものということができる。
上記各トレース品の番号が飛び番になっているのは,欠番についてはうま
く製造できなかったものと推定されることによれば,本件発明は,数回ない
しは数十回の試行錯誤によって,当業者が容易に実施し得るものであるとい
うことができる。
()また,被告は,本件発明の技術的範囲に属する被告製品を製造販売して3
おり,この点からも,本件発明は本件明細書の記載に基づいて当業者が容易
になし得るものであるということができる。
()本件明細書では原告が最良と思う実施例が3つ挙げられており,実施例4
の記載が3つであることを理由とした本件明細書は実施可能要件を欠如する
との被告の主張は失当である。
()また,被告は,実施例にはいずれもn-ブチルアクリレートを配合した5
もののみが記載されており,n-ブチルアクリレートが配合されていない実
施例が記載されていないから,当業者はn-ブチルアクリレートを配合せず
に本件発明を容易に実施することはできないとも主張している。
しかし,本件発明の技術的範囲に属する被告製品にはn-ブチルアクリレ
,,。,ートが配合されておらず被告は容易にこれを製造し販売しているまた
トレース品C-6Y及びC-22Yにはn-ブチルアクリレートが配合され
ていないが,被告は容易に本件発明の技術的範囲に属する水性接着剤を得て
いる。
()以上のように,被告が被告製品やトレース品等を製造していることにも6
よれば,本件明細書は,当業者が容易に本件発明を実施し得るように記載さ
れており,改正前特許法36条4項に規定する実施可能要件を満たすもので
ある。
2争点2(本件明細書は,貯蔵弾性率G′及びずり応力τの所定の数値と押し
出し性や垂れ性について所望の効果が得られることとの関係についていわゆる
サポート要件を具備しているか(特許法36条6項1号)について)
【被告の主張】
()本件特許は,いわゆるパラメータ特許であるので,特許請求の範囲の記1
,,載が明細書のサポート要件に適合するためには発明の詳細な説明において
パラメータの範囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が,特許
出願時において具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載する
か,又は特許出願時の技術常識を参酌して,当該パラメータの範囲内であれ
ば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具
体例を開示して記載することを要する。
()しかしながら,本件明細書は,サポート要件に適合していない。2
アまず,貯蔵弾性率G′aを120~1500Paの範囲に設定し,ずり
応力τaを100~2000Paという範囲に設定することと,押し出し
性や垂れ性という効果との関係の技術的な意味が,本件明細書に,具体例
の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載されているとは認められ
ない。
イ本件明細書において,貯蔵弾性率G′aやずり応力τaと,押し出し性
や垂れ性という効果との関係を具体的に示すように見えるものは,実施例
1ないし3と比較例1ないし3のみである。実施例1ないし3における貯
蔵弾性率G′aの値は,230~280Pa,ずり応力τaの値は,12
00~1450Paという非常に狭い範囲にあり,それぞれ構成要件Eの
120~2000Pa及び構成要件Fの100~2000Paという広大
な範囲のうちのごく一部でしかない。したがって,本件明細書は,実施例
1ないし3の記載のみをもって,貯蔵弾性率G′aが120~1500P
a,ずり応力τaが100~2000Paの範囲内であれば,所望の効果
が得られると当業者において認識できる程度に具体例を開示して記載され
ているとは到底いえない。
ウ本件明細書の実施例1ないし3と比較例1ないし3というわずかな具体
例のみをもって,構成要件Eにおける貯蔵弾性率G′aの下限値120P
a,上限値1500Paを定めることはできないし,構成要件Fにおける
ずり応力τaの下限値100Pa,上限値2000Paを定めることはで
きない。すなわち,実施例1ないし3の貯蔵弾性率G′aの値である27
0Pa,230Pa,280Paと,比較例1及び3の貯蔵弾性率G′a
の値である100Pa,80Paとの間には,120Pa以外にも他の下
限値を設定することはいくらでも可能であるし,貯蔵弾性率G′aの値が
実施例1ないし3よりも高い比較例は存在しないから,貯蔵弾性率G′a
120Pa,1500Paが,所望の効果を得られる範囲を画する境界値
であるとは到底いえない。
また,実施例1ないし3のずり応力τaの値である1250Pa,14
50Pa,1200Paと,比較例1及び2のずり応力τaの値である2
400Pa,2100Paとの間には,2000Pa以外の上限値を設定
することはいくらでも可能であるし,ずり応力τaの値が実施例1ないし
3よりも低い比較例は存在しないから,ずり応力τa100Pa,200
0Paが,所望の効果が得られる範囲を画する境界値であるとは到底いえ
ない。
()そうすると,本件明細書に接する当業者において,貯蔵弾性率G′aの3
値が120~1500Paであり,且つずり応力τaの値が100~200
0Paの範囲にあれば,押し出し性及び垂れ性について所望の効果(性能)
が得られると認識できる程度に,本件明細書に具体例を開示して記載してい
るとはいえず,本件明細書の特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件
に適合するということはできない。
【原告の主張】
争う。
((),,3争点3本件発明の特許請求の範囲請求項1は構成要件Eを満たさず
本件発明の効果を奏せず,本件発明の課題を解決することができないものを含
み,未完成発明といえるか(特許法29条1項柱書)について)
【被告の主張】
()本件発明は「シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョン1
」()からなり且つ可塑剤を実質的に含まない水性接着剤構成要件AないしD
であり,上記「シード重合」とは樹脂エマルジョン中でモノマーを重合させ
ることをいう(段落【0012。】)
そして,本件発明の構成要件AないしDは,酢酸ビニル以外のモノマーを
配合した水性接着剤と,これを配合しない水性接着剤をその技術的範囲に含
むものである。
被告は本件明細書の実施例2に忠実に従ってただし構成要件Fの温,(,「
度7℃の条件で」の点を除く,トレース品1-1,同1-2を作成し,。)
また,本件明細書の実施例2の記載を基本としつつ,酢酸ビニル以外のモノ
マー(n-ブチルアクリレート)を加えないようにした点のみ相違するトレ
ース品2-1,同2-2をそれぞれ作成した(乙2の7。)
,,その結果トレース品1-1及び1-2の貯蔵弾性率G′aが243Pa
233Paであるのに対し,n-ブチルアクリレートを加えないトレース品
2-1及び2-2の貯蔵弾性率G′aは,それぞれ17.4Pa,11.6
Paであった。
,,さらにn-ブチルアクリレートを加えたトレース品1-1及び1-2は
保持率〈注,保持率(%)=[低温(5℃)接着強さ(MPa)/常態接着
強さ(MPa]×100〉がそれぞれ89%,86%であるのに対し,n)
-ブチルアクリレートを加えないトレース品2-1及び2-2の保持率は,
それぞれ38%,34%であり,本件明細書の段落【0040】に記載され
た「保持率の値が,60%以上,好ましくは80%以上である水性エマルジ
ョンが得られ」るとの記載内容に明らかに反し,低温(5℃)において安定
して使用できる水性接着剤ではない。
また,n-ブチルアクリレートを加えないトレース品は,低温(5℃)条
件下での成膜で白濁し,本件明細書の段落【0042】の「透明な皮膜が形
成されるという特徴」を満たさない。
【】,「」本件明細書の段落0004によれば本件発明が通年で使用できる
水性接着剤を提供することを課題としていることは明らかであるが,n-ブ
チルアクリレートを加えないトレース品は,JISにおいて通年用の水性接
着剤の最低造膜温度として定める2℃以下の基準を満たしておらず,低温接
着強さ,保持率が大きく劣るため「通年で使用できる」という上記課題を,
解決し得ていない。
()以上要するに,本件発明の技術的範囲に含まれる酢酸ビニル以外のモノ2
マーを配合しない水性接着剤(例えば,n-ブチルアクリレートを加えない
トレース品)は,本件発明の構成要件Eを充足せず,また,その成膜温度は
明らかに高く,低温接着強さが劣るため,本件発明の作用効果を奏すること
ができず,本件発明の課題を解決することができない。したがって,本件発
明は未完成であり,特許法29条1項柱書違反の無効事由がある。
【原告の主張】
被告は,本件明細書の実施例2に代えて,n-ブチルアクリレートを用いな
い以外は実施例2と同一の方法で水性接着剤を得たところ,その貯蔵弾性率
G′aが構成要件Eの範囲外となり,n-ブチルアクリレートを用いない場合
は本件発明の効果を奏せず,本件発明の課題を解決することができないから,
本件発明は未完成であると主張する。
しかし,上記主張は,本件発明の実施例を変更すると本件発明の課題を解決
するものが得られず,本件発明の効果を奏しない場合があるという当然のこと
を主張しているにすぎず,これを根拠に未完成発明であるというのは失当であ
る。
トレース品2-1及び2-2は,被告の主張によれば本件発明の構成要件E
を充足しない以上,本件発明の技術的範囲に属するものではない。
本件の場合,実施例を追試すれば,本件発明の課題を解決でき,本件発明の
効果を奏するものが得られるのであるから,本件発明が未完成でないことは明
らかである。
4争点4(本件明細書の発明の詳細な説明は,ずり応力τの値と,押し出し性
や耐垂れ性という課題との関係について,当業者が本件発明の技術的意義を理
解するために必要な事項が記載されているといえるか(改正前特許法36条4
項)について)
【被告の主張】
()本件明細書の段落【0004】には従来技術の問題点について「通常1,
の保護コロイドを用いた乳化重合により得られる酢酸ビニル系エマルジョン
からなる可塑剤含有水性接着剤…は,…貯蔵弾性率G′が高いため垂直面や
天井に塗布しても垂れにくいという特徴を有している。これに対して,シー
ド重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤
は,一般に貯蔵弾性率G′が低く,ずり応力τが高いという粘弾性上の特徴
を有している」と記載されている。。
()しかし,乙第2号証の27(以下「A意見書」という)に論じられて2。
いるように,貯蔵弾性率G′と垂れ性との関係は理論的に説明できないので
ある。
,「。A意見書は垂れるという表現は通常は流れるということを表している
流動性を記述するレオロジー量は粘性である。ここで採用している貯蔵弾性
率G′は変形性(流れるのではなく形が変わるという性質であり,固体を想
定している)を記述するものであり,物理量としては垂れやすさとは関係し
ない「貯蔵弾性率G′は変形に対する抵抗を表し,ずり応力τは流動に」,
対する抵抗を表している。一般論として,変形しやすく流動しにくいことは
物質の力学的性質として考えにくい。このような性質を持った材料は非常に
特異であり,その特異性に関する定量的記述がなければ,これは単なる矛盾
した表現と見なされても仕方がない」と,本件明細書の段落【0004】。
の記載内容は技術的に矛盾するものであると結論づけている。
()また,本件明細書の段落【0044】には,ずり応力τaの再現性につ3
いて「ずり速度(dγ/dt)が200(1/s)を越えると(例えば,,
500(1/s)であると,ずり応力τaの再現性が低下する。…ずり速)
度を200(1/s)まで一定の割合で連続的に上げるのに要する時間が6
0秒よりも短すぎると,ずり応力τaの再現性が低下する」と記載されて。
いる。
しかし,上記記載についてA意見書は「レオロジー測定においてこのよ,
うな不安定なデータが得られるときは必ず何らかの理由があるはずであり,
この原因を記述しておかないとここで採用している測定プログラムでレオロ
ジー的性質を定量的に表すことができない可能性がある。つまり,製品とし
ての接着剤の物性が不安定なのか,この測定法だけでは表現できないレオロ
ジー現象,たとえばチクソトロピーなどが発現しているのかでその解釈が全
く違ってくる」とし,本件発明の構成要件Fの測定方法とずり応力τaと。
を理論的に結びつける上で本件明細書の段落【0044】の記載は不十分で
あると結論づけている。
()さらに,本件明細書の段落【0045】には,貯蔵弾性率G′と垂れ性4
の関係について「G′aが120Pa未満であると,特に夏場において,垂
直面や天井などに接着剤を塗布した場合に垂れやすく,接着剤を必要としな
い箇所が汚染される。また,τaが2000Paを超える場合には,特に寒
冷地や冬場において,ノズル付き容器を手で押して接着剤を押し出そうとし
ても接着剤が出にくく,作業性に劣る」と記載されているが,この記載に。
ついてもA意見書は「貯蔵弾性率G′で垂れ性を論じることに疑問があ,
る」とし,貯蔵弾性率G′は物理量としては垂れやすさとは関係しないと。
結論づけている。
()また,A意見書は「レオロジー量の定義からすると,弾性率と垂れ性5,
あるいは押し出し性が直接的に関連するとは考えないのが,一般的である…
新しい観点というからにはその基本となる理論やメカニズムを明確にしなけ
ればならない。その記述がない以上,技術としての信頼性に問題がある」。
とし,更に本件発明について,()垂れ性,押し出し性を支配するのは粘性1
であり,動的粘弾性関数を用いてこれに言及するのであれば,必ず損失弾性
率(粘性の性質)の数値も必要になること,()一点の周波数での貯蔵弾性2
率G′では流動性については何もいえないこと,()本件発明では線形粘弾3
性領域(低ひずみ領域)の値を請求しているが,低ひずみの値は流れていな
いあるいは大きな流動が起こっていない状態の性質を記述するものであり,
垂れ性と貯蔵弾性率は異なった状態を対象としていることになるので,同一
に論じることはできないこと,()垂れ性と押し出し性には異なったせん断4
速度での粘度が係わっており,したがって,本件発明のように一点のせん断
速度だけで規定することはできないこと,()本件発明では,200(1/5
s)での粘度だけを指定していて極めて不十分であり,流動挙動全貌を記述
することができていないことを指摘し,そもそも本件明細書の記載によって
は,ずり応力τの値と押し出し性や耐垂れ性という課題との関係を理解でき
ないと結論づけている。
()さらに,後記6の【被告の主張】のとおり,本件明細書の段落【0056
5】に記載された方法並びにこれと同様の平成15年11月14日付け手続
補正書と共に提出した実験証明書(乙2の28)に記載された方法は,ずり
応力τの測定条件に問題があり,これによって得られたずり応力τaの値は
信頼性がないものであるから,本件明細書の段落【0069】表1のデータ
並びに上記実験証明書の各実験データによっても,ずり応力τaの値を制御
することと,押し出し性や垂れ性の関係は理解できない。
()以上要するに,本件明細書の発明の詳細な説明は,レオロジーの理論並7
びに現に原告が行った実験によっても,ずり応力τaの値と,押し出し性や
耐垂れ性という課題との関係を理解できるように記載されていないので,当
業者において本件発明の技術的意義を理解することができない。よって,実
施可能要件(改正前特許法36条4項)を満たしておらず,本件特許権は同
法123条1項4号に該当し無効とすべきである。
【原告の主張】
()本件明細書の実施例に準拠して,段落【0046】の記載を参考にし,1
種々の変更を施すことにより当業者が本件発明の範囲内の水性接着剤を適宜
得ることができることは,前記1【原告の主張】において述べたとおりであ
る。
したがって,本件明細書が改正前特許法36条4項の実施可能要件を満た
していることは明らかである。
()本件発明は,本件明細書の段落【0005】及び【発明が解決しようと2
する課題】に記載されているとおり,従来,シード重合で得られたエマルジ
ョンでは両立が困難であった垂直面での垂れにくさと容器からの押し出しや
すさとを解決したものであるそしてこの解決手段として構成要件E貯。,,(
蔵弾性率G′aに関する要件)と構成要件F(ずり応力τaに関する要件)
とを採用したものである。
被告は,本件発明の課題とG′a及びとの関係が理解できないと主張τa
するが,本件明細書には「G′aが120Pa未満であると,特に夏場にお
いて,垂直面や天井などに接着剤を塗布した場合に垂れやすく,接着剤を必
。,,要としない箇所が汚染されるまたτaが2000Paを超える場合には
特に寒冷地や冬場において,ノズル付き容器を手で押して接着剤を押し出そ
うとしても接着剤が出にくく,作業性に劣る(段落【0045)と記載。」】
されているように,G′aは垂れ性に関係しておりτaは押し出し性に関係
していることが明示されている。
また,本件明細書の段落【0069】の表1中,実施例1ないし3と比較
例1ないし3を対比することにより,貯蔵弾性率G′aは垂れ性に関係して
おり,ずり応力τaは押し出し性に関係していることは容易に理解できる。
()被告は,A意見書の,垂れ性を支配するのは粘性であるから貯蔵弾性率3
で議論するのは不適切であるとの見解を根拠に,垂れ性と貯蔵弾性率との関
係が理解できないと主張している。しかし,A意見書には物質の変形と流動
を学問的に考察する際の一つのアプローチの仕方が述べられているにすぎ
ず,特許請求の範囲において物質の特徴を表現するのにどのような特性値を
用いるのが適切で,その特性値がどのような作用効果と関係しているかが明
細書に記載されているか否かに関する見解ではない。
貯蔵弾性率G′aが一定の範囲内にあれば垂れにくいということは実施例
等で実証されているのであるから,この関係が学問的に不適切であるとする
A意見書の見解は,現実の水性接着剤が適用される現場に則したものではな
い。現実の種々の状態をすべてレオロジー解析技術では説明しきれないので
ある。
5争点5(構成要件F中の「温度7℃の条件で」との記載が技術的に明瞭であ
るか。またこの点について,本件明細書の発明の詳細な説明に当業者がその実
施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているか(特許法36条
6項1,2号,改正前特許法36条4項)について)
【被告の主張】
()ずり応力τaの測定時の条件に関する本件発明の構成要件Fの「温度71
℃の条件で」との記載は,技術的意味が不明確である。
すなわち,本件明細書の段落【0055】には「ずり応力τの測定に際し
ては試料を4℃で24時間養生しており,また,測定器の設定温度を4℃と
することにより,測定時の摩擦熱により,測定時における試料の実際の温度
を7℃とすることができる」と記載されているが,摩擦熱で温度上昇が起。
こっているとすると,測定中常に発熱があるので,短時間で7℃まで上昇し
その後一定になるという挙動は考えにくく,理論的に「測定時の摩擦熱によ
り,測定時における試料の実際の温度を7℃とすること」はできない。
また,原告が乙第2号証の1(平成15年11月14日付け手続補正書)
と共に提出した同号証の28(本件発明の発明者実施の実験証明書)には,
ずり応力測定時の条件として「測定に際しては試料を4℃で24時間以上養
生し,測定器の設定温度を4℃としたが,測定時の摩擦熱によって,測定時
における試料の実際の温度は7℃となる」として,原告の行った実験が本。
件明細書の段落【0055】に記載された方法と同一の方法で行った旨記載
されている。
しかし,同実験証明書に記載されたずり応力τaの測定データによれば,
ずり応力τaの測定時における温度は,測定開始時はいずれも8℃付近で,
測定が進むにつれて温度は低下してゆき,測定終了時にはいずれも6℃付近
となっているのであるから,本件明細書の段落【0055】に記載された内
容を実現し得ていない。
すなわち,構成要件Fは,理論的にも実験によっても実現できないもので
あり,かつこれを実現するための具体的方法は本件明細書に何ら記載されて
いない。
()本件特許は,平成15年9月4日,特許法29条1項3号,同条2項に2
該当するほか,本件明細書及び図面が下記の点で改正前特許法36条4項及
び特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていないとの理由で,拒絶
理由通知を受けた。
「()本願請求項では『貯蔵弾性率』及び『ずり応力』の測定方法に係1,
,(【】)る記載がなく本願明細書の発明の詳細な説明の欄段落0055
には,当該測定方法に係る一応の記載はあるが,当該方法では,被測定
物が接着剤であることに鑑み技術的常識からみて,接着剤に接する面の
種別によって,その相互の親和性等により同一の被測定物であっても測
定値が変化するものと認められる。
しかるに,本願明細書には,当該測定方法における測定面の素材種別
等に係る記載がなく,してみると,当該記載がない本願明細書の記載で
は,発明を当業者が実施できる程度に記載されておらず,また,本願請
求項の記載では,発明が明確でないものと認められる。
()本願請求項では『貯蔵弾性率』と『ずり応力』とが独立した別異2,
の物性値として記載されているが,技術的常識からみて,特定の測定条
件下(温度,ずり速度(即ち剪断力)等)で『ずり応力』と歪み量に基
づき直接的かつ一義的に『貯蔵弾性率』は算出できるものであり,貯蔵
弾性率とずり応力とが,歪み量等を定数とする実質的な反比例等の直接
的相関関係を有するものである(省略)から,両者が独立した物性値で
あるものとは認められず,従って,本願請求項の記載では,発明が明確
になっているものとは認められない」。
上記拒絶理由通知に対し原告は平成15年11月14日付け意見書乙,,(
2の30)において,貯蔵弾性率G′a並びにずり応力τaの値を,本件発
明の請求項記載の範囲とすることが本件発明の特徴であることを強調し,同
日付け手続補正書(乙2の1)によって,構成要件C,E及びFの各要件を
追加し,これにより特許査定を受けたものである。
このように,本件発明の本質的部分は,構成要件E及びFにあるにもかか
わらず,上記()のとおりずり応力τaの測定条件である「温度7℃の条件1
で」という要件は理論的にも現実的にも実現不可能なものであるから,上記
補正によっても拒絶理由()は治癒されていない。よって,本件明細書の記1
載は,発明を当業者が実施できる程度に記載されておらず,また,発明が明
確でないから,本件明細書は特許法36条6項1号及び2号並びに改正前特
許法36条4項に規定する要件を満たしておらず,本件特許は特許法及び改
正前特許法123条1項4号に該当し,無効とすべきものである。
【原告の主張】
()ずり応力τaを測定する際の温度条件を7℃にしたのは,本件明細書に1
「,,,またτaが2000Paを超える場合には特に寒冷地や冬場において
ノズル付き容器を手で押して接着剤を押し出そうとしても接着剤が出にく
く,作業性に劣る(段落【0045)と記載されているように,冬場で。」】
のノズル付き容器からの水性接着剤の押し出し性を意識したことによる。そ
して,本件明細書には,ずり応力τaを「温度7℃の条件で」測定すること
が,段落【0008【0044【0055【0056】及び【00】,】,】,
57】に記載されている。したがって,7℃での測定条件の技術的意義は明
確である。
()被告は,原告が本件特許の審査段階で提出した乙第2号証の28では,2
ずり応力τa測定中に温度が8℃から6℃まで変動しているので,現実に7
℃で測定できていないとも主張する。
しかし,測定温度を7℃に設定しても,測定機器の精度や雰囲気によって
その温度は若干変動するのであり,7℃±1℃程度の変動を捉えて7℃で測
定できていないとすることは,技術常識に反する針小棒大な主張であり失当
である。
乙第2号証の7の一部をなす試験証明書の作成者である英弘精機株式会社
においても,ずり応力τaの測定を7℃の条件で行っているのであるから,
このようなことは当業者が容易になし得ることである。被告の主張は,ハー
ケ社製のレオメーターには温度制御機能が搭載されている点を見落としたも
のであり,誤っている。
()以上のとおり「温度7℃の条件で」ずり応力τaを測定し得ることは,3
本件明細書,乙第2号証の7及び同号証の28から当業者にとって自明のこ
とである。また,冬場での容器からの押し出し性を意識して「7℃」に設定
したことによれば,本件発明の構成要件Fの記載は何ら不明瞭でもなく,当
業者が容易に実施し得ないものでもない。
6争点6(本件特許の補正手続は出願当初の明細書に記載した事項以外の事項
を追加したもので違法であるか(改正前特許法17条の2第3項)について)
【被告の主張】
,(),()原告は平成15年11月14日付け手続補正書乙2の1において1
本件発明を構成要件AないしFのとおりに補正したが,その際,構成要件E
及びFのレオメーターの材質に関し「測定面が金属製の」との記載を追加し
ているが,出願当初明細書にはレオメーターの「測定面が金属製の」という
事項は全く記載されていない。
なお,平成12年12月28日以降に審査が行われるものに適用される審
査基準では,当初明細書等に記載した事項には「当初明細書の記載から自,
明な事項」も含むとされているが「測定面が金属製の」という事項は,同,
審査基準にいう「当初明細書の記載から自明な事項」には当たらない。
すなわち,乙第2号証の3によれば,レオメーター用のコーンプレートの
材質として,ポリアセタールやポリカーボネートといった非金属の材料が存
することは明らかであるし,さらに,本件明細書に記載されているハーケ社
製のレオメーターに上記非金属のコーンプレートを使用できることも明らか
である。
したがって,レオメーターの測定面として金属以外に様々な材質のものが
存在していたのであるから「測定面が金属製の」という事項は「当初明細,
書の記載から自明な事項」ではない。
,,()()また前記手続補正書において原告が提出した材質証明書乙2の42
には,コーンプレート及びベースプレートの材質としてチタンとステンレス
のみしか記載されていないにもかかわらず,原告は,それよりもはるかに広
い上位概念である「金属」に補正している。しかし,チタンとステンレスの
みの記載から「金属」を導き出すことは自明ではないから,この点において
も「測定面が金属製の」という事項を追加する補正は,適法な補正要件を満
たしていない。
()さらに,本件明細書の特許請求の範囲の記載はハーケ社製の装置に限定3
されておらず「円錐-円盤型のレオメーター」であるから「測定面が金,,
属製の」なる文言が新規事項の追加となるか否かは「円錐-円盤型のレオ,
メーター」全般について判断すべきである。
原告は,ハーケ社製の「円錐-円盤型のレオメーター」と他社製の「円錐
-円盤型のレオメーター」を区別して議論するが,上記のとおり,これらを
区別する理由はなく,本件優先日前に現に「円錐-円盤型のレオメーター」
に使用する非金属の円錐プレート及び円盤プレートが存在したのであるか
ら「測定面が金属製の」を追加する補正が新規事項の追加に当たることは,
明らかである。
()また,原告は「測定面が金属製の」という文言は,測定試料に悪影響4,
を与えない測定面であることを示したものであって,測定器の常識的事項に
言及したものであるから「測定面が金属製の」という記載を追加する補正,
は,当業者の自明事項であって,当初明細書の記載の範囲内であると主張す
る。
しかし,かかる事項が常識的事項であるという事実はない。さらに,測定
試料を吸収しない材質には樹脂,ガラス,セラミックス等多数存在する。
すなわち,すべての金属が一律に使用可能で,金属以外の材料はすべて使
用不能とはいえないのであるから「測定面が金属製」が測定器の常識的事,
項でない以上「測定面が金属製の」という記載を追加する補正は自明事項,
ではない。
()よって,本件特許の補正手続は,改正前特許法17条の2第3項に規定5
する補正要件を満たしていないから,本件特許は同法123条1項1号に該
当し,無効とすべきである。
【原告の主張】
()当初明細書には貯蔵弾性率G′a及びずり応力τaを測定するにはハー1
ケ社製のレオメーターで円錐-円盤型のレオメーターを用いることが記載さ
れていた。
ハーケ社製の円錐プレート(コーンプレート)及び円盤プレートには非金
属製のものはないから,被告の主張はその前提が誤っており理由がない。そ
してハーケ社製の円錐プレート及び円盤プレートは,チタン製やステンレス
製等の金属製のものであるから「測定面が金属製の」という記載を追加す,
る補正は,当初明細書の記載の範囲内であり,改正前特許法17条の2第3
項の規定に違反しない。
()また,被告は,乙第2号証の4によればハーケ社製の円錐プレート及び2
円盤プレートにはチタン製とステンレス製しか存在しないのにこれを含む金
属製という広い概念に補正して「測定面が金属製の」とすることも,当初明
細書の記載の範囲内でなされたものではないと主張する。しかし,ハーケ社
製のレオメーターは測定機器であり,チタン製であろうとステンレス製であ
ろうと,また,仮にアルミ製であろうと,同一の測定値となるように構成し
て使用するものである「測定面が金属製の」という文言は,測定試料に悪。
影響を与えない測定面であることを示したものであり,測定器の常識的事項
に言及したものである。
()したがって「測定面が金属製の」という記載を追加する補正は,当業3,
者の自明事項であって,当初明細書の記載の範囲内であり,改正前特許法1
7条の2第3項の規定に違反しない。
7争点7(本件発明は,本件優先日前に頒布された刊行物(乙2の5及び乙2
の6)に開示された技術と同一であり,かつ,公然実施されていた発明である
か(特許法29条1項)について)
【被告の主張】
()本件優先日前に頒布された刊行物である乙2の5公報の特許請求の範囲1
は次のとおりである。
「酢酸ビニルを主体とする単量体100重量部に対して固形分換算で8~
30重量部のエチレン含有量10~30重量%のエチレン-酢酸ビニル共重
合体エマルジョンをシードとして用い,保護コロイドとして平均重合度30
0~2300,平均ケン化度80~89モル%のポリビニルアルコールを5
~15重量部用いてエマルジョン型シード重合を行なうことによりえられる
酢酸ビニル系重合体エマルジョンからなる紙工用接着剤」。
そして,同公報には,実施例1として,次のとおり記載されている。
「実施例1
蒸留水100重量部およびポリビニルアルコールとしてゴーセノールGH
-17(ケン化度88モル%,重合度1700)5.5重量部を4つ口フラ
スコに仕込み,80℃に加温して溶解させたのち,エチレン-酢酸ビニル共
重合体エマルジョンとしてスミカフレックスS-400(不揮発分55%含
),。有40重量部を添加し72℃で攪拌速度を200rpmにして調整した
.,.,蒸留水1重量部に過酸化水素水05重量部酒石酸02重量部を添加し
溶解させたものに直ちに酢酸ビニルモノマー100重量部の滴下を開始し,
5時間で滴下を終了した。さらに80℃で2時間熟成させたのち,ジブチル
フタレート(以下,DBPという)20重量部添加し,30分後に冷却して
酢酸ビニル系重合体エマルジョンをえた」。
()被告は,上記実施例1の製造方法に従って,水性接着剤であるトレース2
品C-6Y,C-22Yを製造した。
なお,同トレース品の製造方法は,基本的には上記実施例1に従いつつ,
一部については,原料入手の都合その他の理由により,同実施例1の製造方
法として記載された以外の内容を適用し,また,同実施例1における任意的
な要件を除いたものである。
同実施例1との相違点は,以下の相違点A1ないし相違点A4のとおりで
ある。
ア相違点A1
ポリビニルアルコール(PVA)として,乙2の5公報の実施例1に記
載されたゴーセノールGH-17の代わりに,株式会社クラレ製の商品名
クラレポバール224,商品名クラレポバール220E,商品名クラレポ
バール217EE,及び電気化学工業株式会社製の商品名デンカボパール
B-24Nを使用した。
,,,しかしながらこれらのPVAは乙第2号証の8から明らかなとおり
乙2の5公報の「前記保護コロイドとして使用するポリビニルアルコール
としては,平均重合度300~2300,平均ケン化度80~89モル%
の部分ケン化型のポリビニルアルコールを用いるのが好ましい」との記。
載を満たすものである。
イ相違点A2
エチレン-酢酸ビニル共重合体エマルジョン(EVA)として,乙2の
5公報の実施例1に記載されたスミカフレックスS-400の代わりに,
電気化学工業株式会社製の商品名デンカEVAテックス#59を使用し
た。
しかしながら,これらのEVAは,乙2の5公報の「前記シードとして
用いるエチレン-酢酸ビニル共重合体エマルジョンは…10~30重量%
の範囲で用いるのが好ましい」との記載を満たすものである。。
ウ相違点A3
乙2の5公報の実施例1では,単量体100重量部に対して,ポリビニ
ルアルコールの配合量が5.5重量部であるのに対し,トレース品C-6
Yの製造においては,単量体100重量部に対して,ポリビニルアルコー
,,ルの配合量が10重量部でありトレース品C-22Yの製造においては
単量体100重量部に対して,ポリビニルアルコールの配合量が12重量
部である。
しかしながら,これらは乙2の5公報の「酢酸ビニルを主体とする単量
体100重量部に対して前記エチレン-酢酸ビニル共重合体エマルジョン
を固形分換算で8~30重量部および保護コロイドとして前記ポリビニル
アルコール5~15重量部を用いるのが好ましい」との記載を満たすも。
のである。
エ相違点A4
乙2の5公報の実施例1では,可塑剤(DBP)を添加しているのに対
し,トレース品C-6Y,C-22Yでは可塑剤を添加していない。
しかしながら,同公報の特許請求の範囲において可塑剤の添加は要件と
されていないこと,同公報に「0~30重量部の範囲で添加するのが好ま
しい」と記載されていることから,配合量が0である場合を含むと解さ。
れること,及び可塑剤を添加する前に本重合反応は終了していると考えら
れること等から,そもそも乙2の5公報の発明において可塑剤を添加する
のは任意的な条件にすぎない。
したがって,トレース品C-6Y,C-22Yは,乙2の5公報の実施例
1そのものではないが乙2の5公報に係る発明の技術的範囲に属する。
()トレース品C-6Y,C-22Yは,本件発明の構成要件をすべて備え3
ている。
ア上記トレース品の製造工程では,エチレン-酢酸ビニル共重合体エマル
ジョン中で酢酸ビニルをシード重合している。よって,構成要件Aと一致
する。
イ上記トレース品は,その製造工程から,明らかに酢酸ビニル樹脂系エマ
ルジョンからなるものである。よって,構成要件Bと一致する。
ウ上記トレース品は,可塑剤を配合していない。よって,構成要件Cと一
致する。
エ上記トレース品は,紙工用接着剤に関する特許公報である乙2の5公報
に基づき製造したものであるから,水性接着剤である。よって,構成要件
Dと一致する。
オ上記トレース品の貯蔵弾性率G′aを本件発明の構成要件Eの条件で測
定し,また,ずり応力τaを構成要件Fの方法で測定した結果,同トレー
ス品の貯蔵弾性率G′aは,それぞれ218.4Pa,478.3Paで
,,.,。ありずり応力τaはそれぞれ7148Pa1227Paであった
これらの測定方法及び数値は,構成要件E及びFと一致する。
,,()したがって乙2の5公報が開示する技術内容である上記トレース品は4
本件発明と同一であり,乙2の5公報は,本件優先日前に公開されていたの
であるから,本件発明は,その優先日前に公然知られ,優先日前に刊行物に
記載され,公然実施されていた発明である。
()本件優先日前に頒布されていた刊行物である乙2の6公報の特許請求の5
範囲は,次のとおりである。
「請求項1】エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョン中で酢酸【
ビニルをシード重合して酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを製造する方法であ
って,酢酸ビニルを系内に添加しつつシード重合を行う工程と,前記工程の
前工程又は後工程として,酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体を系内に添
加する工程を含む酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの製造方法。
【】,請求項2酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体を系内に添加する工程を
酢酸ビニルを系内に添加しつつシード重合を行う工程の前工程として行う請
求項1記載の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの製造方法。
【請求項3】酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体の使用量が,酢酸ビニル
100重量部に対して0.05~10重量部の範囲である請求項1又は2記
載の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの製造方法。
【請求項4】酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体として,アクリル酸エス
テル類,メタクリル酸エステル類,ビニルエステル類及びビニルエーテル類
から選択された少なくとも1種の単量体を用いる請求項1~3の何れかの項
に記載の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの製造方法。
【請求項5】請求項1~4の何れかの項に記載の製造方法により得られる酢
酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤。
cm)/常【請求項6】保持率(%)=[低温(5℃)接着強さ(kgf/2
(kgf/]×100の値が60%以上である請求項5記態接着強さcm)2
載の水性接着剤。
【請求項7】可塑剤を実質的に含まない請求項5又は6記載の水性接着剤。
【】。」請求項8木工用である請求項5~7の何れかの項に記載の水性接着剤
そして,同公報の段落【0051】には,実施例1として,次のとおり記
載されている。
「実施例1
攪拌機,還流冷却器,滴下槽及び温度計付きの反応容器に水505重量部
を入れ,これにポリビニルアルコール(PVA(株)クラレ製,クラレ)(
),.,ポバールPVA22455重量部酒石酸07重量部を加えて溶解させ
80℃に保った。PVAが完全に溶解した後,エチレン-酢酸ビニル共重合
樹脂エマルジョン(EVAエマルジョン(電機化学工業(株)製,デンカ)
スーパーテックスNS100,固形分濃度55重量%)を125重量部添加
。,()した液温が80℃まで上がったところでn-ブチルアクリレートBA
を6重量部添加し,5分間攪拌した。この混合液に,触媒(35重量%過酸
化水素水1重量部を水22重量部に溶解させた水溶液)と,酢酸ビニルモノ
マー285重量部とを,別々の滴下槽から2時間かけて連続的に滴下した。
滴下終了後,さらに1.5時間攪拌し,重合を完結させて,酢酸ビニル樹脂
系エマルジョンを得た」。
()被告は,乙2の6公報に記載された実施例1の製造方法に従って,水性6
接着剤であるトレース品K-14Y,K-16Y,K-19Yを製造した。
同トレース品の製造方法は,基本的には乙2の6公報の実施例1の製造方法
に従いつつ,一部については,原料入手の都合その他の理由により,それ以
外の内容を適用した。同実施例1との相違点は,以下の相違点B1ないし相
違点B4のとおりである。
ア相違点B1
乙2の6公報の実施例1では,PVAとしてクラレポバール224を使
用しているのに対し,上記トレース品では他のPVAを使用している。
しかしながらこれらのPVAは乙2の6公報の段落0021ポ,,【】「
リビニルアルコールとしては,特に限定されず,一般に酢酸ビニル樹脂系
エマルジョンやエチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョンを製造す
る際に用いられるポリビニルアルコールを使用でき」との記載を満たすも
のである。
イ相違点B2
乙2の6公報の実施例1では,EVAとしてデンカスーパーテックスN
S-100を使用しているのに対し,上記トレース品の製造においては,
EVAとして,電気化学工業株式会社製の商品名デンカEVAテックス#
59を用いている。
しかしながら,このEVAは,乙2の6公報の段落【0017「この】
エマルジョンを構成するエチレン-酢酸ビニル共重合体樹脂としては,特
に限定されないが,通常,エチレン含有量が5~40重量%程度の共重合
樹脂が用いられる。なかでも,エチレン含有量が15~35重量%の範囲
にある共重合樹脂は,特に低い成膜温度を与えると共に,接着強さも優れ
るため好ましい」との記載を満たすものである。。
ウ相違点B3
乙2の6公報の実施例1では,全樹脂(全固形分)中のEVAの含有量
が16.6重量%であるのに対し,上記トレース品では,全樹脂(全固形
分)中の含有量をそれぞれ21.2重量%,21.3重量%,21.3重
量%としている。
しかしながら,これは,乙2の6公報の段落【0018「エチレン-】
酢酸ビニル共重合樹脂の量は,得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの
全樹脂(全固形分)中の含有量として,例えば3~40重量%,好ましく
は5~30重量%,さらに好ましくは10~25重量%程度である」と。
の記載を満たすものである。
エ相違点B4
乙2の6公報の実施例1では,PVAの配合量が55重量部であるのに
対し,全体のスケールが2分の1である上記トレース品においてPVAの
配合量は20ないし21重量部である。
しかしながら,これは,乙2の6公報の段落【0022「ポリビニル】
アルコールの量は,シード重合の際の重合性や接着剤としたときの接着性
などを損なわない範囲で適宜選択できるが,一般には,得られる酢酸ビニ
ル樹脂系エマルジョンの全樹脂(全固形分)中の含有量として,例えば2
~40重量%,好ましくは5~30重量%,さらに好ましくは8~25重
量%程度である」との記載を満たすものである。。
したがって,上記トレース品は,乙2の6公報の実施例1そのものではな
いが,乙2の6公報に係る発明の技術的範囲に属するものである。
()上記トレース品は,本件発明の構成要件をすべて備えている。7
ア上記トレース品の製造工程では,エチレン-酢酸ビニル共重合体エマル
ジョン中で酢酸ビニルをシード重合している。よって,構成要件Aと一致
する。
イ上記トレース品は,その製造工程から,明らかに酢酸ビニル樹脂系エマ
ルジョンからなるものである。よって,構成要件Bと一致する。
ウ上記トレース品は,可塑剤を配合していない。よって,構成要件Cと一
致する。
エ上記トレース品は,水性接着剤に関する特許公報である乙2の6公報に
基づき製造したものであるから,水性接着剤である。よって,構成要件D
と一致する。
オ上記トレース品の貯蔵弾性率G′aを本件発明の構成要件Eの条件で測
定し,また,ずり応力τaを構成要件Fの方法で測定した結果,上記トレ
,.,.,ース品の貯蔵弾性率G′aはそれぞれ2847Pa3281Pa
423.0Paであり,ずり応力τaは,それぞれ1066Pa,123
2Pa,1543Paであった。
,。これらの測定方法及び数値は本件発明の構成要件E及びFと一致する
,,()したがって乙2の6公報が開示する技術内容である上記トレース品は8
本件発明と同一であり,乙2の6公報は,本件優先日前に公開されていたの
であるから,本件発明は,その優先日前に公然知られ,優先日前に刊行物に
記載され,公然実施されていた発明である。
【原告の主張】
()乙2の5公報の実施例1とトレース品C-6Y,C-22Yは,被告が1
自認するようにA1ないしA4の4点の相違点があり,乙2の5公報の実施
例1の追試とは認められないものである。
被告は,このような作為的な変更を伴っていても,トレース品C-6Y,
C-22Yは乙2の5公報に係る発明の技術的範囲に属するので,乙2の5
公報に記載されたものと認められると主張する。しかし,乙2の5公報に係
る発明に更に追加の構成要件を付加した改良発明は,乙2の5公報に記載さ
れた発明ではないが,当該改良発明品は乙2の5公報に係る発明の技術的範
囲には属する。乙2の5公報に係る発明の構成要件を更に限定した内容の選
択発明は,乙2の5公報に記載された発明ではないが,当該選択発明品は乙
2の5公報に係る発明の技術的範囲には属する。すなわち,被告の主張は先
行発明と後行発明の同一性の問題と,後行発明品が先行発明の技術的範囲に
は属するか否かの問題とを混同しており,その主張自体誤りである。
()また,相違点は被告が挙げる点のみではない。2
ア相違点A5
トレース品C-6Yは,乙2の5公報の実施例1に比べて,酢酸ビニル
モノマーの配合量に比べて水の配合割合が1.7倍も多くなっている。ト
レース品C-22Yは,乙2の5公報の実施例1と比較すると,酢酸ビニ
ルモノマーの配合量に対して,水の配合割合が1.7倍,エチレン-酢酸
ビニルエマルジョン(EVA)の配合割合が1.25倍多くなっている。
さらに,トレース品C-6Y,C-22Yと乙2の5公報の実施例1で
得られるエマルジョンとは,その粘度が全く異なる。すなわち,前者の粘
度は46.9Pa・s又は82Pa・sであるのに対して,後者の粘度は
1700cP(=1.7Pa・s)である。したがって,水の配合割合が
多くなっているのは粘度調整のためではない。
イ相違点A6
トレース品C-22Yは,乙2の5公報の実施例1に比べて,酢酸ビニ
ルモノマーの触媒である過酸化水素水が多くなっている。すなわち,トレ
ース品C-22Yは酢酸ビニルモノマー100重量部に対して過酸化水素
水が0.75重量部であるが,乙2の5公報の実施例1は0.5重量部と
なっている。
ウ相違点A7
乙2の5公報の実施例1で得られたエマルジョンは,その粘度が170
0cP(=1.7Pa・s)である。
これに対して,トレース品C-6Yの粘度は46.9Pa・sで,トレ
ース品C-22Yの粘度は82Pa・sである。
エマルジョンにおいて粘度が相違するということは,エマルジョン粒子
間及びエマルジョン粒子と保護コロイド間の相互作用の強弱に差があると
いうことであり,粒子間等の科学的又は物理的結合が異なることを示す。
以上のとおり,トレース品C-6Y及びC-22Yは,乙2の5公報の
実施例1とは相違点が7点もあり,全くその追試となっていない。特に,
得られたエマルジョンの粘度が全く異なり,別異の粒子間等の結合状態と
なっている。
したがって,トレース品C-6Y及びC-22Yは,乙2の5公報の実施
例1に記載されていたと認められるエマルジョンではないから,トレース品
C-6Y及びC-22Yの貯蔵弾性率G′a及びずり応力τaが本件発明の
構成要件E及びFを充足していたとしても,本件発明の新規性を阻却する理
由にはならない。
()乙2の6公報の実施例1とトレース品K-14Y,K-16Y,K-13
9Yは,被告が自認するようにB1ないしB4の4点の相違点があり,乙2
の6公報の実施例1の追試とは認められないものである。
被告は,相違点B1ないしB4のような変更を伴っていても,上記トレー
ス品は乙2の6公報に係る発明の技術的範囲に属するので,乙2の6公報に
記載されたものと認められると主張する。しかし,このような主張が誤りで
あることは前記()のとおりである。1
()さらに,相違点は被告が挙げる点のみではない。4
ア相違点B5
上記トレース品は酢酸ビニルモノマーの量が乙2の6公報の実施例1の
,,.半量となっているのにこれの重合触媒である過酸化水素水の量は約1
4ないし約2.9倍も使用している。すなわち,上記トレース品は,乙2
の6公報の実施例1に比べて,モノマー量に対し約2.8ないし5.8倍
もの重合触媒を使用していることになる。
イ相違点B6
乙2の6公報の実施例1で得られたエマルジョンは,その粘度が55.
0Pa・sである。
これに対して,トレース品K-14Yの粘度は62.1Pa・s,トレ
ース品K-16Yの粘度は74.5Pa・s,トレース品K-19Yの粘
度は81.2Pa・sである。
以上のとおり,上記トレース品には相違点が6点もあり,全く追試となっ
ていない。上記トレース品のエマルジョンの構造は,乙2の6公報の実施例
1とは相違し,全く別異のものである。
したがって,上記トレース品は,乙2の6公報の実施例1に記載されてい
たと認められるエマルジョンではないから,上記トレース品の貯蔵弾性率
G′a及びずり応力τaが本件発明の構成要件E及びFを充足していたとし
ても,本件発明の新規性を阻却する理由にはならない。
8争点8(本件発明は,本件優先日前に頒布された刊行物(乙2の6)に開示
された技術に基づき,当業者が容易に発明できるものであるか)について
【被告の主張】
()乙2の6公報は,本件発明の構成要件E及びFの記載がない点で,本件1
発明と相違する。
()しかし,本件優先日前に頒布された刊行物である乙第2号証の25(第2「
」),,30回塗料入門講座テキストには本件発明における貯蔵弾性率G′が
接着剤に近い技術範囲である塗料のレオロジー測定において従来より利用さ
れてきたパラメータであることを示す記載があり,また,同じく本件優先日
前に頒布された刊行物である乙第2号証の26(レオロジー工学とその応「
用技術)には,本件発明と同様のパラメータであるずり応力が,接着剤を」
含む分散系において従来利用されてきたことが記載されている。
したがって,接着剤のような分散系において,本件発明で採用されている
貯蔵弾性率G′やずり応力τは,周知のパラメータにすぎない。
()また,本件発明で採用されているパラメータの測定装置や測定条件も周3
知の事項,あるいはそれに当業者の設計事項を加えたものにすぎない。乙第
2号証の26の刊行物には,レオロジーの測定にレオメーターを用いること
が記載されているから,レオメーターを用いて測定することは周知の事項に
すぎないまた乙第2号証の25の刊行物の記載によればせん断速度単。,,(
位rad/s)に関して,押し出し性を良くするためには高せん断速度での
粘度を低くし,垂れにくくするためには低せん断速度での粘度を高くすると
いうことは周知の事項にすぎないということができる。
このように,本件発明は,これら周知の事項を基に,高せん断速度での粘
度を周知のパラメータであるずり応力τに置き換えるとともに,低せん断速
度での粘度を周知のパラメータである貯蔵弾性率G′に置き換えたものにす
ぎない。
パラメータを,実質的に同様の挙動を示す周知のパラメータに置き換える
ことは,当業者が容易にできる事項であるから,本件発明は,乙2の6公報
に基づき当業者が容易に発明できるものである。
【原告の主張】
乙2の6公報には,本件発明の構成要件E及びFを導き出せる記載や示唆は
全くない。
乙第2号証の25及び同号証の26には,塗料に関する一般的レオロジーの
説明として,①刷毛さばきが良く,垂れにくい塗料は,高せん断速度で低粘度
で,低せん断速度で高粘度のものがよい,②熱硬化性塗料の代表的な物性値と
して貯蔵弾性率G′があり,これで架橋密度を求め得ること,③垂れは,低せ
ん断領域での現象である,④分散系塗料のレオロジー測定では,せん断速度依
存性又は動的粘弾性測定での周波数依存性が重要である,⑤レオロジーの測定
にレオメーターを用いることができることが記載されているだけである。
これらに基づいて本件発明の構成要件E及びFを導き出すことはできないか
ら(具体的にいえば,水性接着剤の垂れ防止のために,貯蔵弾性率G′aを一
定の範囲内にすればよいという構成要件Eに関して,また,容器のノズルから
水性接着剤を押し出しやすくするためには,ずり応力τaを一定の範囲内にす
ればよいという構成要件Fに関して,何の示唆もない,本件発明はこれら。)
各刊行物の記載に基づいて当業者が容易に想到することができるとはいえな
い。
9争点9(本件発明は,本件優先日前に公然知られ公然実施され,刊行物に記
載され頒布された被告製造にかかる水性接着剤(A-370)に基づき当業者
が容易に発明できたものであるか)について
【被告の主張】
()被告は,本件優先日より前に,酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる1
水性接着剤A-370を製造販売していたが,A-370に乙2の5公報又
は乙2の6公報記載の技術内容を適用すれば,当業者において容易に本件発
明を推考し得るものである。
()A-370の原料は酢ビモノマー,PVA,A-400BA,水道水,2
過酸化水素であり,水道水,PVA,A-400BA,過酸化水素を順に加
えた後,酢ビモノマーと過酸化水素を滴下することによって製造するもので
ある。
ア本件発明とA-370は,次の点で一致する。
(ア)A-370は,水道水,PVA,A-400BA(酢酸ビニル樹脂
系エマルジョン,過酸化水素を順に加えた後,酢ビモノマーと過酸化)
水素を滴下することによって製造するものであるから,A-400BA
をシードとし,シード重合により酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを得る
ものである。したがって,A-370は,本件発明の構成要件A及びB
に一致する。
(イ)A-370は,乙第2号証の22に記載された原材料及び製造工程
から明らかなとおり水性接着剤である。したがって,A-370は本件
発明の構成要件Dに一致する。
(ウ)A-370の貯蔵弾性率G′a及びずり応力τaの値は,貯蔵弾性
率G′aが247.7Paであり,ずり応力τaが1188Paであっ
た。この値は構成要件E及びFに規定された範囲内である。よって,本
件発明の構成要件E及びFにも一致する。
イ一方,A-370は,可塑剤であるテキサノールを含んでいる。したが
,,「」ってA-370は本件発明の構成要件C可塑剤を実質的に含まない
とは相違する。
しかし,水性接着剤において可塑剤を添加するか否かは,水性接着剤の
用途等に応じて当業者が適宜設計する事項にすぎない。
すなわち,本件明細書の段落【0002】には「従来,酢酸ビニル樹脂
系エマルジョンは,木工用,紙加工用,繊維加工用等の接着剤や塗料など
。,,に幅広く使用されているしかしそのままでは最低造膜温度が高いため
多くの場合,揮発性を有する可塑剤…を添加する」と記載されているが,
「そのままでは」とは,酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる木工用,
紙加工用,繊維加工用等の水性接着剤であって,可塑剤を添加しないもの
を意味していることは明らかである。したがって,同記載は,従来技術と
して,可塑剤を添加しない水性接着剤と,可塑剤を添加した水性接着剤と
が両方存在し,最低造膜温度を低くしたい場合に,可塑剤を付加的に添加
するということを意味するものである。つまり,可塑剤は,水性接着剤の
用途等に応じて,添加する場合もあれば添加しない場合もある,任意的な
設計事項にすぎないものである。
したがって,A-370に基づきつつ,任意的な成分にすぎない可塑剤
を除き,本件発明に至ることは当業者にとって容易である。
()また,本件優先日前に公開された乙2の5公報及び乙2の6公報には,3
それぞれ,酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる可塑剤を含まない水性接
着剤が記載されている。乙2の6公報の実施例1ないし8には,いずれも可
塑剤を含まない水性接着剤の製造方法が記載されている。このように,そも
そも可塑剤を配合しない水性接着剤を製造することは,本件優先日以前から
広く知られた周知技術である。
そして,A-370と,乙2の5公報又は乙2の6公報に記載された発明
の対象は,ともに水性接着剤であるから,技術分野,機能作用が共通する。
さらに,A-370と乙2の5公報又は乙2の6公報に記載された水性接着
剤とは,いずれも本件発明の構成要件(Cを除いて)を充足している点で共
通しており,非常に近似したものである。
したがって,A-370に,乙2の5公報及び乙2の6公報に記載された
技術内容を適用し(すなわち,可塑剤を含まないようにして)本件発明に至
ることは当業者にとって容易である。
()原告は,乙第2号証の22(A-370の製品標準書)は公然実施され4
たものでも頒布された刊行物でもないと主張するが,A-370が公然実施
されこれが掲載されたカタログ及びチラシが頒布されていれば足りるのであ
るから,反論にならない。
また,原告は,A-370がシード重合により得られることは,当業者で
あっても知り得ないと主張するが,譲渡があった場合は,譲受人は製品を自
由に点検し,分解し,破壊し,又は分析することができ,これによって発明
の内容を知ることができるので,譲渡人において内容を秘する意図があると
し得ない以上,本件優先日前に販売されていれば,公然実施に当たるのであ
る。
本件についても,A-370を購入した者においてこれを分析すれば,こ
れが本件発明の構成要件Aを充足することは十分知り得るものであるから,
A-370は販売により公然実施されたものであると解すべきである。
さらに,原告は,A-370は可塑剤を含有しており,本件発明の構成要
件Cを具備しないと主張する。
しかし,この点は既に主張したとおり容易に想到可能である。
また,原告は,乙第2号証の22からは,A-370の製造方法が不明で
あるから,構成要件E及びFを充足することは何ら証明されていないと主張
する。
しかし,乙第2号証の22記載の各原料名(左欄)及び製造方法(右欄)
によれば,A-370の製造工程は,保護コロイドとしてのPVA,シード
としてのA-400BA(酢酸ビニル樹脂系エマルジョン)を順次添加し,
その後,酢酸ビニルモノマーと過酸化水素を滴下するものであることが記載
されているから,A-370が,本件構成要件A,B及びDの「シード重合
によって得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる…水性接着剤」で
あることは明らかである。よって,原告の主張は理由がない。
【原告の主張】
()被告は,A-370の内容について,乙第2号証の22(A-370の1
製品標準書)に記載された内容を引用しつつ特定しているが,同書証の内容
が黒塗りされていることからも明らかなとおり,これは,公然知られたもの
でも公然実施されたものでも,頒布された刊行物でもない。したがって,A
-370の内容を,乙第2号証の22の記載を引用しつつ,公然知られた又
は公然実施されたものであるとして特定すること自体,誤っている。
()A-370の内容を特定するには,乙第2号証の14ないし21の記載2
に基づき,そしてA-370を入手した当業者が知り得る範囲内で特定しな
ければならない。そうすると,どのような分析方法によれば,容易に知り得
るのかが全く説明されていないから,構成要件Aの「シード重合により得ら
れる」との点は当業者であっても知り得ない事項である。よって,A-37
0の販売により,A-370がシード重合で得られたものであるとして公然
実施されたことになるとの被告の主張は失当である。
()また,A-370は可塑剤を含有しており,この点で本件発明の構成要3
件Cを具備しない。
()被告は,本件発明の構成要件E及びFに関して,乙第2号証の7を提示4
して乙第2号証の22記載の方法で得られたA-370の貯蔵弾性率G′a
が247.7Paで,ずり応力τaが1188Paであると主張している。
また,被告は,乙第2号証の22記載の方法を変更し,A-370の原料
であるA-400BAから可塑剤であるテキサノールを抜き,更にA-37
0を製造する際にも可塑剤であるテキサノールを抜いたもの(無可塑品i)
の貯蔵弾性率G′aが292.9Paで,ずり応力τaが1374Paであ
るなどと主張し,構成要件E及びFを具備しているとする。
しかし,乙第2号証の7にはA-370をどのようにして得たのかの処方
が全く開示されていない。また,乙第2号証の22に基づいてA-370を
製造したとしているが,乙第2号証の22には各原料の詳細及び配合量が黒
塗りされておりその処方は全く不明であるし,その原料であるA-400B
A及びA-300BAの内容も全く不明である。
すなわち,A-370の製造処方が全く不明であるから,A-370が本
件発明の構成要件E及びFを備えていることは客観的に証明されていない。
()以上のとおり,A-370は,本件発明の構成要件A,C,E及びFを5
具備していないものである。また,乙2の5公報及び乙2の6公報には,本
件発明の構成要件E及びFに関して何らの記載も示唆もない。したがって,
A-370と乙2の5公報及び乙2の6公報をいかに組み合わせても,本件
発明を導き出すことはできない。よって,当業者が容易に本件発明に至るこ
とはできず,被告の主張は失当である。
10争点10本件発明は本件優先日前に被告が製造していた水性接着剤A(,(
-1400)と同一であるか,又は同水性接着剤に基づき当業者が容易に発明
できたものであるか(特許法29条1項,2項)について)
【被告の主張】
()本件発明は,以下のとおり,本件優先日前に公然実施された被告製造に1
,,係る水性接着剤A-1400と同一であるから特許法29条1項に該当し
また,本件発明は,同水性接着剤に基づき当業者が容易に発明できたもので
あるから,特許法29条2項に該当する。
()被告は,本件優先日(平成13年2月16日)より前に,A-14002
(エチレン-酢酸ビニルエマルジョン(EVA)をシードとし,酢酸ビニル
モノマーのみを添加してシード重合したものであるため,以下「A-14,
00(EVAシード重合タイプ」という)を独自に発明した。)。
ア被告は,遅くとも平成12年5月1日には,EVAをシードとして酢酸
ビニルを重合した後,更にEVAを添加する「ブレンドタイプ」の水性接
,。,着剤を完成しその水性接着剤に品番A-1400を付したこの時点で
A-1400(EVAシード重合タイプ)は,水性接着剤に要求される要
件を満たしており,水性接着剤として完成していた。
イA-1400(EVAシード重合タイプ)は,本件優先日より前に被告
により第三者に販売され,公然実施されていた。
すなわち,被告は,平成13年1月31日にA-1400(EVAシー
ド重合タイプ)を出荷し,納入している。
ウA-1400(EVAシード重合タイプ)は,本件優先日より前に業と
して使用されていた。
すなわち,平成12年10月30日の時点で,2社がA-1400(E
VAシード重合タイプ)を使用していた。
(略)
()したがって,本件優先日前に公然実施されていたA-1400(EVA3
シード重合タイプ)は,本件発明と形式的・文言的には同一である(特許法
29条1項。)
また,A-1400(EVAシード重合タイプ)は,本件発明の構成要件
全部を形式的に充足しているのであるから,当業者がA-1400(EVA
シード重合タイプ)に基づき本件発明を発明することは容易である(同法2
9条2項。)
,,,()よって本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものであり4
特許法104条の3第1項により,原告は本件特許権に基づく権利行使を許
されないものである。
【原告の主張】
()被告は,乙第4号証の各枝番に記載されている「A-1400」を便宜1
的に「A-1400(EVAシード重合タイプ」と呼んでいるが,正確に)
は「アイカアイボンA-1400(A-1400)である。また,A-1」
400がEVAシード重合タイプであることは否認する。
()A-1400の内容を特定する根拠となる書証は,ほとんどが閲覧制限2
,。の申立てがなされておりそれ以外の書証は主たる部分が黒塗りされている
乙第4号証の23は,本件優先日前に作成されたものではない。すなわち,
被告が提出する証拠は,後記の乙第4号証の15及び同号証の16を除いて
,,いずれも公然と知られていたものではないからこれらの記載を引用しつつ
公然知られた又は公然実施されたものであるとして,特定すること自体誤っ
ている。
()被告が提出した書証のうち,本件優先日前に公然と知られていた可能性3
があるものは,乙第4号証の15及び同号証の16のみである。
これらに基づいて知り得ることは,A-1400が可塑剤を含んでいない
こと構成要件C酢酸ビニル樹脂系エマルジョン系接着剤であること構(),(
成要件B,水性接着剤であること(構成要件D)のみである。また,A-)
1400を入手したとしても,それは現物であるから,商品説明書である乙
第4号証の15及び製品安全データシートである乙第4号証の16に記載さ
れている以上のことは記載されているはずがない。
とすると,構成要件Aの「シード重合により得られる」との点は,当業者
であっても知り得ないものである。
()被告は,本件発明の構成要件E及びFに関して,平成12年12月264
日当時の製造指示書,製造記録に基づいてA-1400を製造して,貯蔵弾
性率G′a及びずり応力τaを測定した結果(乙4の23)に基づき,本件
発明の構成要件E及びFを具備していると主張する。しかし,平成12年1
2月26日当時の製造記録は証拠として提出されておらず,この当時のA-
1400の製造処方は全く不明であるから,同製品が本件発明の構成要件E
及びFを備えていることは,客観的に全く証明されていない。
したがって,A-1400が本件発明の構成要件E及びFを備えていると
の被告の主張は客観性に欠け,信用できない。
11争点11(被告は,本件優先日前に被告が製造していた水性接着剤(A-
),)1400について特許法79条所定の先使用による通常実施権を有するか
について
【被告の主張】
被告は本件優先日である平成13年2月16日より前にA-1400E,,(
VAシード重合タイプ)を独自に発明し,かつ同日より前から継続して,これ
を製造し,また,第三者に販売していた。
A-1400(EVAシード重合タイプ)は,本件発明の構成要件全部を形
式的・文言的に充足する。
A-1400(EVAシード重合タイプ)と,A-1400(アクリルエマ
ルジョンとエチレン-酢酸ビニル共重合体エマルジョンの混合物をシードとす
るアクリルシード重合タイプ。すなわち,被告製品として特定されているA-
1400である)とは,シード重合の際に用いられる原料が異なるだけであ。
り,構成要件Aの「シード重合により得られる」との文言を形式的には充足す
,,(),るから被告はA-1400アクリルシード重合タイプの実施について
特許法79条による通常実施権を有する。
【原告の主張】
()原告は,A-1400は,酢酸ビニルエマルジョンとエチレン-酢酸ビ1
ニルエマルジョンとがブレンドされた水性接着剤であり,シード重合された
ものではないと考える。
ア乙第4号証の1(化成品開発起案書)に,所見としてシード重合技術の
確立は難易度の高いものであると述べられている。平成12年4月4日付
けで難易度が高いと認められていたシード重合技術が,その1か月弱後で
ある平成12年5月1日に完成したとは,技術常識的に考えられない。し
たがって,第1ステップと位置づけられているブレンド系のものが平成1
2年5月1日に完成したと考えるのが自然である。
イ乙第4号証の2(開発計画書)の実行履歴の箇所にはブレンドタイプと
シード重合とが明確に区別されて記載されている。また,乙第4号証の1
4の実行履歴の箇所にも,ブレンドタイプとシード重合とが明確に区別さ
れている。
ウ乙第4号証の4(平成12年5月1日付けアイカアイボンA-1400
検討書)には,酢酸ビニルエマルジョンとエチレン-酢酸ビニルエマルジ
ョンを8:2の混合比でブレンドしたものをA-1400として品番登録
したことが記載されている。
エ乙第4号証の5(設計審査報告書)及び同号証の7(設計検証報告書)
は,件名は「シード重合技術の確立「ブレンドタイプの無可塑酢ビの」,
開発」と記載されているが,黒塗り部分がほとんどであり,どのような製
,。造処方で得られたどのような物性を持つものなのかが全く理解できない
また乙第4号証の17ないし22は無可塑酢酸ビニルエマルジョンブ,,(
レンドタイプ)に関する製造指示書であるが,やはり黒塗り部分がほとん
どであり,どのような製造処方で得られた,どのような物性を持つものな
のか,全く理解できない。
オ乙第4号証の3には,ブレンドという用語は使用されていない。乙第4
号証の6,同号証の8ないし13,同号証の15及び16には,ブレンド
という用語もシード重合という用語も使用されていない。
以上,5点の理由から,A-1400は,酢酸ビニルエマルジョンとエチ
レン-酢酸ビニルエマルジョンを8:2の混合比で混合して得られた水性接
着剤であることは明らかである。
()また,被告が平成12年4月10日に特許出願した甲第17号証(特開2
。「」。),2001-294833公報以下甲17公報というに係る発明は
その特許請求の範囲に「酢酸ビニル樹脂系エマルジョンにガラス転移点が-
10℃以下のエチレン・酢酸ビニル共重合系樹脂エマルジョンが配合されて
いることを特徴とする接着剤組成物」とあるように,酢酸ビニルエマルジ。
ョンとエチレン-酢酸ビニルエマルジョンとを混合した接着剤組成物に関す
る説明である。
そして,その実施例として,酢酸ビニルエマルジョン:エチレン-酢酸ビ
ニルエマルジョンを250部:36部実施例1250部:73部実,(),(
施例2)及び250部:109部(実施例3)の割合で混合したものが記載
されている。比率は約8:1,約8:2,約8:3で,最低造膜温度が2℃
以下となっている。
したがって,特に実施例2は,乙第4号証の4記載の混合比で混合して得
られた最低造膜温度が2℃以下の水性接着剤であるA-1400に完全に符
合するのである。
ゆえに,甲17公報に係る特許の出願時期・内容から,A-1400は,
混合して得られた水性接着剤であると認められる。
()被告が特許権者となっている甲第18号証の公報(特開2004-203
4007公報。以下「甲18公報」という)は「アクリル樹脂系エマル。,
ジョンならびにエチレン・酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの混合体をシード
として,酢酸ビニルモノマーを乳化重合して調整されたことを特徴とする接
着剤組成物」に関する特許公報であり,エチレン-酢酸ビニルエマルジョ。
ンとアクリルエマルジョンの混合エマルジョン中で,酢酸ビニルをシード重
。,,合して接着剤組成物を得る発明が記載されているしてみれば被告製品は
この発明を実施して得られたものと認められる。
甲18公報に係る発明は,平成14年12月25日に特許出願されたもの
である。本件優先日である平成13年2月16日以前に発明が完成していた
ものとは,常識的に考えられない。
()以上のとおりであるから,被告が本件優先日前に製造販売していたA-4
1400は,本件発明の構成要件A,E及びFを備えていたものとは認めら
れない。また,本件優先日後に完成された被告製品は,本件発明の構成要件
A,E及びFを備えていたものと認められる。したがって,本件優先日にお
いて,被告は,被告製品に係る内容を発明していないから,先使用権を有し
ないことは明白である。
12争点12(被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか)について
【原告の主張】
被告製品の構成は,別紙物件目録のとおりであるところ,同目録記載a-1
(重合開始剤として過酸化水素を用いシード重合により得られること)は,本
件発明の構成要件Aを充足する。
被告が主張する製品のように被告製品を特定したいのであれば,被告は,被
告製品の製造処方を開示すべきである。
【被告の主張】
本件発明は,特許請求の範囲の記載が全面的又は部分的に抽象的ないし機能
,,,的であってそれだけでは課題の解決を示したものということができずまた
特許請求の範囲に記載した発明範囲が発明の詳細な説明に記載した発明範囲よ
り広く,特許請求の範囲の構成要件の全部が公知であるか又はこれに準ずるも
のであるから,本件発明の構成要件Aは,本件明細書に記載された実施例1な
いし3(段落【0055】ないし【0057)に基づき,】
A-1シード重合におけるシードとしてEVAエマルジョンのみを使用し
A-2酢酸ビニルモノマーを添加する前に,他のモノマー(BA)を添加

A-3シード重合後に何ら後添加を行わないもの
と解釈されるべきである。
(略)
ゆえに,被告製品は,本件発明の構成要件A(A-1ないしA-3)を充足
しない。
13争点13(原告の損害)について
【原告の主張】
()以上のとおり,被告製品は本件発明の技術的範囲に属し,その製造販売1
は本件特許権を侵害するところ,被告は,故意又は過失により,本件特許権
を侵害したから,原告に対し,本件特許権侵害行為によって原告に被らせた
損害を賠償する義務がある。
()原告の損害額2
被告が製造販売した被告製品は,被告が過去に製造販売したアイカエコエ
コボンドA-1400のうちロット番号C034181031及びD054
122042のものである(なお,これらの被告製品が,構成要件E及びF
を充足することは,甲第5号証及び同第6号証より明らかである。。)
水性接着剤は釜で生産されるため,釜の大きさで1ロットの数量が決定さ
れる。被告は,6トン釜で水性接着剤を生産しているから,1ロットで生産
。,,される水性接着剤の数量は6トンであるそして生産された水性接着剤は
その多くが袋入り3kg品として出荷されている。袋入り3kg品の価格は
1100円であるから,水性接着剤の価格は少なくとも300円/kgであ
る。なお,容量の多少によって1kg当たりの値段は異なるが,平均価格は
少なくとも300円/kgである。そうすると,1ロット当たり少なくとも
180万円の売上げになり,2ロットで少なくとも360万円の売上げにな
る。被告は,上記ロット番号の水性接着剤を平成16年度に販売しており,
その利益は7.7%であるから,少なくとも27万7200円の利益を得て
いる。
そして,被告が得た利益は,原告が被った損害と推定される(特許法10
2条1項)から,損害賠償請求額は27万7200円となる。
【被告の主張】
争う。
第4当裁判所の判断
1争点1(本件明細書は,構成要件Eの貯蔵弾性率G′及び構成要件Fのずり
応力τの数値を調整する具体的手段について,当業者が実施できるように記載
されているか)について
()改正前特許法36条4項の定めるいわゆる実施可能要件は,明細書の発1
明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をできる程度に発明の構成等が
記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,自己の発
明を公開することにより産業の発達に寄与した者に対しその代償として一定
期間当該発明を独占的,排他的に実施し得る権利(特許権)を付与するとい
う特許制度の前提を欠く事態を招くことから,これを明細書の記載要件とし
たものである。
したがって,物の発明については,その物をどのように製造するかについ
ての具体的な記載がなくても明細書の記載及び図面並びに出願時の技術常識
に基づき当業者がその物を製造することができるような特段の事情のある場
合を除き,発明の詳細な説明にその物の製造方法が具体的に記載されていな
ければ,実施可能要件を満たすものとはいえないというべきである。
そして,本件のような数値の範囲を限定した特許については,当業者に対
し,複数の数値を所定の範囲内に調整するために過度の試行錯誤を強いるこ
となく実施し得る場合でなければ,実施可能要件を充足するということはで
きない。
そこで,まず,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が,本件特許の出願
時における技術水準を有する当業者が実施することが可能な程度に記載され
ているか否かについて検討する。
()本件明細書の発明の詳細な説明には,次のとおりの記載がある。2
ア「発明の属する技術分野】本発明は,手作業による塗布性等に優れた【
酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤と,該水性接着剤をノ
ズル付き容器内に充填したノズル付き容器入り水性接着剤に関する(段。」
落【0001)】
イ「従来の技術】従来,酢酸ビニル樹脂系エマルジョンは,木工用,紙【
加工用,繊維加工用等の接着剤や塗料などに幅広く使用されている。しか
し,そのままでは最低造膜温度が高いため,多くの場合,揮発性を有する
可塑剤,有機溶剤などの成膜助剤を添加する必要がある。前記可塑剤とし
,,てフタル酸エステル類などが使用されるが昨今の環境問題の高まりから
フタル酸エステル類が環境に対して好ましくないとの指摘もあり,安全性
の高い可塑剤などへの代替が検討されている。しかし,可塑剤は本質的に
VOC成分(VolatileOrganicCompounds;揮発性有機化合物)であり,
特に住宅関連に使用される接着剤では,VOC成分が新築病(シックハウ
ス症候群)の原因物質ではないかと見方もある「そこで,可塑剤を含。」
まない酢酸ビニル樹脂系エマルジョン系接着剤が検討されているが,木工
用に使用できるほどの高接着強度を発現し,しかも冬季など低温下で成膜
できる技術は近年まで全く見当たらなかった(段落【0002)。」】
「特開平11-92734号公報には,エチレン含有量が15~35重
量%であるエチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョンに酢酸ビニル
をシード重合してなる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを含む木工用接着剤
が開示されている「また,特開2000-239307号公報には,。」
エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂系エマルジョン中で酢酸ビニルをシード
重合して酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを製造する方法において,酢酸ビ
ニルを系内に添加しつつシード重合を行う工程と,前記工程中に酢酸ビニ
ル以外の重合性不飽和単量体を前記酢酸ビニルとは独立して系内に添加す
る工程とを含む酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの製造方法が開示されてい
る。さらに,WO00/49054には,エチレン-酢酸ビニル共重合樹
脂系エマルジョン中で酢酸ビニルをシード重合して酢酸ビニル樹脂系エマ
ルジョンを製造する方法において,酢酸ビニルを系内に添加しつつシード
重合を行う工程と,前記工程の前工程又は後工程として,酢酸ビニル以外
の重合性不飽和単量体を系内に添加する工程を含む酢酸ビニル樹脂系エマ
ルジョンの製造方法が開示されている。これらの技術によれば,可塑剤を
含まなくても,優れた低温成膜性及び接着強度が得られるだけでなく,低
温養生時においても高い接着強さが得られるというこれまでにない優れた
性能が得られる(段落【0003)。」】
「一方,シード重合ではなく通常の保護コロイドを用いた乳化重合によ
り得られる酢酸ビニル系エマルジョンからなる可塑剤含有水性接着剤のう
ち,ノズル押出し用又は刷毛塗り用に用いられるものは,一般にずり応力
τが低いため容器のノズルから容易に押し出して使用できるとともに,貯
蔵弾性率G′が高いため垂直面や天井に塗布しても垂れにくいという特徴
を有している。これに対して,シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂
系エマルジョンからなる水性接着剤は,一般に貯蔵弾性率G′が低く,ず
り応力τが高いという粘弾性上の特徴を有している。そのため,ロールコ
ーターを用いて塗布する場合のロール塗工性には優れるものの(i)ノ,
ズル付きの容器に充填し,手で容器を押して接着剤を出し,所望の箇所に
適用しようとした場合,内容物が出にくいという問題(ii)垂直面や天,
井に適用すると垂れやすいという問題がある。前者の問題は特に冬場など
の低温下において顕著であり,後者の問題は夏場などの比較的高温下で起
こりやすい。前者の問題(押出し性)を解消するためには粘度を低くする
ことが考えられるが,粘度を低くすると後者の問題(垂れ性)が一層顕著
になる。また,逆に粘度を高くして垂れ性を改善すると,今度は押出し性
が著しく低下する。すなわち,冬場の使用適性を上げると夏場に使いにく
くなり,夏場の使用適性を上げると冬場に使いにくくなるというジレンマ
がある。このように,シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマル
ジョンからなる水性接着剤では,押し出し易さと垂れにくさを両立するこ
とは一般に困難であり,通年で使用できるものは無かった(段落【0。」
004)】
ウ「発明が解決しようとする課題】従って,本発明の目的は,シード重【
合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤であ
っても,容器のノズル先から容易に押し出すことができるとともに,保形
性に優れ,比較的高温下において垂直面に適用しても垂れにくい水性接着
剤,及び該水性接着剤をノズル付き容器内に充填したノズル付き容器入り
水性接着剤を提供することにある(段落【0005)。」】
「,,,本発明の他の目的は上記の特性に加え可塑剤を全く含まなくても
優れた低温成膜性及び接着強度を備え,しかも低温養生時においても高い
接着強さ(低温接着強さ)を示す水性接着剤,及び該水性接着剤をノズル
付き容器内に充填したノズル付き容器入り水性接着剤を提供することにあ
る(段落【0006)。」】
エ「課題を解決するための手段】本発明者らは,上記課題を解決するた【
め,酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの粘弾性特性について鋭意研究を重ね
た結果,シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからな
る水性接着剤であっても,貯蔵弾性率G′とずり応力τを特定の範囲に調
整すると,ノズル付き容器に充填した場合,冬場であっても手で容易に押
し出すことができるだけでなく,比較的高温下で垂直面に適用した場合で
も垂れにくいことを見出した。本発明はこれらの知見に基づいて完成され
たものである(段落【0007)。」】
オ「発明の実施の形態「重合開始剤は,重合の初期(例えば,使用す【】」
る酢酸ビニルモノマーの半量を系内に添加するまでの期間)に,全使用量
,。」の60重量%以上特に65重量%以上を系内に添加するのが好ましい
(段落【0024)】
「上記の方法により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンは,可塑剤
を全く含まない状態であっても,優れた低温成膜性(例えば,最低成膜温
度が0℃未満)と高い接着強度を示すだけでなく,低温養生時における接
着強さの大幅な低下を阻止し,高い低温接着強さを示すという特徴を有す
る。例えば,下記式
保持率(%)=[低温(5℃)接着強さ(MPa)/常態接着強さ(MP
a)]×100
で表される保持率の値が,60%以上,好ましくは80%以上である水性
エマルジョンが得られ,条件によっては,前記保持率の値が90%以上に
も達する水性エマルジョンが得られる。前記保持率が80%以上である水
性エマルジョンは,例えば,酢酸ビニル以外の重合性不飽和単量体を系内
に添加する工程を,酢酸ビニルを系内に添加しつつシード重合を行う工程
の前に設けることにより得ることができる(段落【0040)。」】
「また,上記の方法により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンは,
,。」被着体に塗布した場合透明な皮膜が形成されるという特徴をも有する
(段落【0042)】
「貯蔵弾性率G′及びずり応力τは,シードエマルジョンの種類や添加
量,シード重合に用いる酢酸ビニルの添加量,前記酢酸ビニル以外の重合
性不飽和単量体の種類,添加量,添加時期及び添加方法,保護コロイドや
界面活性剤の種類及び添加量,重合開始剤(触媒)の種類,添加量,添加
時期及び添加方法,前記添加剤の種類や添加量,重合温度,重合時間など
の重合条件を適宜選択することにより調整できる。特に,G′a及びτa
を前記所定の範囲にするためには,重合開始剤の種類,添加量,添加時期
及び添加方法,保護コロイドや界面活性剤の種類及び添加量などが重要で
あるがこれらに限らず上記の種々条件を適宜選択することによりG′,,,
a及びτaを前記所定の範囲内に調整することが可能である(段落【0。」
046)】
カ「発明の効果】本発明の水性接着剤は,シード重合により得られた水【
性接着剤であっても,ノズル先から容易に押し出すことができ,しかも比
較的高温下において垂直面に適用しても垂れにくいという効果を奏する。
従って,ノズル押出し用や刷毛塗り用として好適に使用できる。また,接
着剤がシード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる
ため,可塑剤を全く含まなくても,優れた低温成膜性及び接着強度を備え
る。さらに,モノマーを特定の方法で添加して得られるエマルジョンを用
,()。」いたものは低温養生時においても高い接着強さ低温接着強さを示す
(段落【0053)】
キ「実施例1
攪拌機,還流冷却器,滴下槽及び温度計付きの反応容器に水505重量
,,()(()部を入れこれにポリビニルアルコールPVA電気化学工業株
製,デンカポバールB-17)50重量部,酒石酸0.5重量部を加えて
溶解させ,80℃に保った。PVAが完全に溶解した後,エチレン-酢酸
ビニル共重合樹脂エマルジョン(EVAエマルジョン(電気化学工業)
(株)製,デンカスーパーテックスNS100,不揮発分55重量%)を
130重量部添加した。液温が80℃まで上がったところで,n-ブチル
アクリレート(BA)を7重量部添加し,5分間攪拌した。さらにこの混
合液に,触媒(35重量%過酸化水素水)0.5重量部を添加した後,触
媒(35重量%過酸化水素水0.5重量部を水22重量部に溶解させた水
溶液)と,酢酸ビニルモノマー285重量部とを,別々の滴下槽から2時
間かけて連続的に滴下した。滴下終了後,さらに1.5時間攪拌し,重合
を完結させて,酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを得た。この酢酸ビニル樹
脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G′(23℃)及びずり応力τ(7℃)を
粘弾性測定装置(ハーケ社製,レオメーターRS-75;円錐-円盤型の
レオメーター)により測定した結果,G′a及びτaは,それぞれ,27
0Pa及び1250Paであった(後略(段落【0055)。)」】
「実施例2
EVAエマルジョンとして,NS100の代わりにスミカフレックスS
-401(住友化学工業(株)製,不揮発分55重量%)を130重量部
用いた以外は実施例1と同様の方法により酢酸ビニル樹脂系エマルジョン
を得た。この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G′(23℃)
及びずり応力τ(7℃)を粘弾性測定装置(ハーケ社製,レオメーターR
),,S-75により実施例1と同様にして測定した結果G′a及びτaは
それぞれ,230Pa及び1450Paであった(後略(段落【00。)」
56)】
「実施例3
攪拌機,還流冷却器,滴下槽及び温度計付きの反応容器に水505重量
,,()(()部を入れこれにポリビニルアルコールPVA電気化学工業株
製,デンカポバールB-17)50重量部,酒石酸0.5重量部を加えて
溶解させ,80℃に保った。PVAが完全に溶解した後,エチレン-酢酸
ビニル共重合樹脂エマルジョン(EVAエマルジョン(電気化学工業)
(株)製,デンカスーパーテックスNS100,不揮発分55重量%)を
130重量部添加した。液温が80℃まで上がったところで,n-ブチル
アクリレート(BA)を7重量部添加し,5分間攪拌した。さらにこの混
合液に,触媒(35重量%過酸化水素水)0.3重量部を添加した後,触
媒(35重量%過酸化水素水0.5重量部を水22重量部に溶解させた水
溶液)と,酢酸ビニルモノマー285重量部とを,別々の滴下槽から2時
間かけて連続的に滴下した。なお,酢酸ビニルモノマー滴下開始後30分
の時点で,触媒(35重量%過酸化水素水)0.3重量部を系内に添加し
た。前記触媒と酢酸ビニルモノマーの滴下終了後,さらに1.5時間攪拌
し,重合を完結させて,酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを得た。この酢酸
ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G′(23℃)及び及びずり応力
τ(7℃)を粘弾性測定装置(ハーケ社製,レオメーターRS-75)に
より実施例1と同様にして測定した結果,G′a及びτaは,それぞれ,
280Pa及び1200Paであった(後略(段落【0057)。)」】
「比較例1
攪拌機,還流冷却器,滴下槽及び温度計付きの反応容器に水505重量
,,()(()部を入れこれにポリビニルアルコールPVA電気化学工業株
製,デンカポバールB-24T)50重量部,炭酸水素ナトリウム1重量
部を加えて溶解させ,80℃に保った。PVAが完全に溶解した後,エチ
レン-酢酸ビニル共重合樹脂エマルジョン(EVAエマルジョン(電気)
化学工業(株)製,デンカスーパーテックスNS100,不揮発分55重
量%)を130重量部添加した。液温が80℃まで上がったところで,n
-ブチルアクリレート(BA)を7重量部添加し,5分間攪拌した。この
混合液に,触媒(ペルオキソ2硫酸アンモニウム1重量部を水22重量部
に溶解させた水溶液)と,酢酸ビニルモノマー285重量部とを,別々の
滴下槽から2時間かけて連続的に滴下した。滴下終了後,さらに1.5時
間攪拌し,重合を完結させて,酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを得た。こ
の酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G′(23℃)及び及びず
り応力τ(7℃)を粘弾性測定装置(ハーケ社製,レオメーターRS-7
5)により実施例1と同様にして測定した結果,G′a及びτaは,それ
,。()」(【】)ぞれ100Pa及び2400Paであった後略段落0058
「比較例2
攪拌機,還流冷却器,滴下槽及び温度計付きの反応容器に水505重量
,,()(()部を入れこれにポリビニルアルコールPVA電気化学工業株
製,デンカポバールB-17)50重量部,酒石酸1重量部を加えて溶解
させ,80℃に保った。PVAが完全に溶解した後,エチレン-酢酸ビニ
ル共重合樹脂エマルジョン(EVAエマルジョン(電気化学工業(株))
製,デンカスーパーテックスNS100,不揮発分55重量%)を130
重量部添加した。液温が80℃まで上がったところで,n-ブチルアクリ
レート(BA)を7重量部添加し,5分間攪拌した。この混合液に,触媒
(35重量%過酸化水素水1重量部を水22重量部に溶解させた水溶液)
と,酢酸ビニルモノマー285重量部とを,別々の滴下槽から2時間かけ
て連続的に滴下した。滴下終了後,さらに1.5時間攪拌し,重合を完結
させて,酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを得た。この酢酸ビニル樹脂系エ
マルジョンの貯蔵弾性率G′(23℃)及びずり応力τ(7℃)を粘弾性
測定装置(ハーケ社製,レオメーターRS-75)により実施例1と同様
にして測定した結果,G′a及びτaは,それぞれ,180Pa及び21
00Paであった(後略(段落【0059)。)」】
「比較例3
攪拌機,還流冷却器,滴下槽及び温度計付きの反応容器に水505重量
,,()(()部を入れこれにポリビニルアルコールPVA電気化学工業株
製,デンカポバールB-05)25重量部,ポリビニルアルコール(PV
A(電気化学工業(株)製,デンカポバールB-17)25重量部,酒)
石酸1重量部を加えて溶解させ,80℃に保った。PVAが完全に溶解し
た後,エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂エマルジョン(EVAエマルジョ
ン(電気化学工業(株)製,デンカスーパーテックスNS100,不揮)
発分55重量%)を130重量部添加した。液温が80℃まで上がったと
ころで,n-ブチルアクリレート(BA)を7重量部添加し,5分間攪拌
した。この混合液に,触媒(35重量%過酸化水素水1重量部を水22重
量部に溶解させた水溶液)と,酢酸ビニルモノマー285重量部とを,別
々の滴下槽から2時間かけて連続的に滴下した。滴下終了後,さらに1.
,,。5時間攪拌し重合を完結させて酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを得た
この酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの貯蔵弾性率G′(23℃)及びずり
()(,)応力τ7℃を粘弾性測定装置ハーケ社製レオメーターRS-75
,,,により実施例1と同様にして測定した結果G′a及びτaはそれぞれ
80Pa及び1600Paであった(後略(段落【0060)。)」】
()上記の本件明細書の発明の詳細な説明の記載によると,従来,揮発性を3
有する可塑剤を含まない酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤
であっても,エチレン-酢酸ビニル共重合体エマルジョン中で酢酸ビニルを
シード重合して製造する方法によって得られる水性接着剤であれば,優れた
低温成膜性及び接着強度を得ることはできたが,他方,シード重合により得
られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤は,可塑剤含有水
性接着剤と比較して,一般に冬場にはノズル付き容器から押し出しにくく,
夏場には垂直面や天井に塗った場合に垂れやすい,という欠点があり,通年
で使用できるものはなかったところ,本件発明は,シード重合により得られ
る酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤であっても,容器のノ
ズル先から容易に押し出すことができる押し出し性と,比較的高温下におい
て垂直面に適用しても垂れにくい耐垂れ性を両立した水性接着剤を提供する
ことを目的とするものである。そして,この目的を達成するための手段とし
て,まず,水性接着剤の貯蔵弾性率G′とずり応力τを特定範囲に調整する
と,ノズル付き容器に充填した場合に,冬場であっても押し出しやすく,高
温下であっても垂れにくいことを見いだし,この知見に基づいて,本件発明
に係る水性接着剤は,特許請求の範囲の【請求項1】に規定するとおりの構
成,すなわち,測定面が金属製の円錐-円盤型のレオメーターを用い,温度
23℃,周波数0.1Hzの条件でずり応力を走査して貯蔵弾性率G′aを
測定したとき,その値がほぼ一定となる線形領域における該貯蔵弾性率G′
aの値が120~1500Paであり,かつ,測定面が金属製の円錐-円盤
型のレオメーターを用い,温度7℃の条件でずり速度を0から200(1/
s)まで60秒間かけて一定の割合で上昇させてずり応力τaを測定したと
き,ずり速度200(1/s)におけるずり応力τaの値が100~200
0Paとする水性接着剤を提供することとしたものである。
そして,本件明細書には,貯蔵弾性率G′a及びずり応力τaの数値の調
整方法に関して「重合開始剤の種類,添加量,添加時期及び添加方法,保,
護コロイドや界面活性剤の種類及び添加量など」が特に重要であるとの記載
(【】),,「,(,があり段落0046さらに重合開始剤は重合の初期例えば
使用する酢酸ビニルモノマーの半量を系内に添加するまでの期間)に,全使
用量の60重量%以上,特に65重量%以上を系内に添加するのが好まし
い」とされており(段落【0024,このような重合開始剤の添加時期。】)
及び量に関する記載がある。
また,本件発明について,実施例及び比較例を含めてすべてn-ブチルア
,,(),クリレートが添加されているが実施例はポリビニルアルコールPVA
酒石酸,水を加えて溶解させ,PVAが完全に溶解した後,エチレン-酢酸
ビニル共重合体エマルジョン(EVAエマルジョン)を添加した後,n-ブ
チルアクリレートを添加し更に触媒35重量%過酸化水素水を全量実,()(
施例1及び2)ないし2分の1(実施例3)添加し,その後,過酸化水素水
を水に溶解させた水溶液からなる触媒と,酢酸ビニルモノマーを滴下し重合
させ(実施例1ないし3,あるいはこの時点で,残りの触媒を添加し(実)
施例3)て重合する方法が開示されており,比較例とは用いる触媒が異なる
(),(,)比較例1ポリビニルアルコールの種類が異なる比較例1比較例3
等の相違点があるほか,比較例ではすべて,触媒を酢酸ビニルモノマーと同
時に連続的に滴下しており,実施例のように一括して添加していないという
相違点のあることが認められる。
このように,本件発明は,耐垂れ性と押し出し性を両立するという課題を
解決することを目的とするものであり,その目的を達成するために重要なこ
とは,垂れ性を規定する貯蔵弾性率G′と,押し出し性を規定するずり応力
τの値を,構成要件E及びF所定の値に調整することにあることは,上記の
とおり明らかであり,その点が本件発明の最大の特徴であるということがで
きる。
そうである以上,本件明細書に,構成要件E及びF所定範囲の貯蔵弾性率
G′a及びずり応力τaを備える水性接着剤について,当業者が特別な知識
を付加することなく,また,当業者に過度の試行錯誤を強いることなく,本
件明細書の記載と技術常識に基づいて製造できるように記載されていなけれ
ば,本件明細書は実施可能要件を充足することにはならない。
()ところで,下記証拠によれば,本件発明における貯蔵弾性率G′a及び4
ずり応力τaの調整手段につき,原告は,審査段階で,下記アの拒絶理由通
知に対して下記イのとおりの意見書を提出していたことが認められる。
ア本件発明に係る特許出願について,平成15年9月4日付けで以下の理
由による拒絶理由通知が発せられた(乙3。なお,拒絶理由3については
省略する。。)
「1.この出願の下記の請求項に係る発明は,その出願前に日本国内又は
外国において,頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通
信回線を通じて公衆に利用可能となった発明であるから,特許法第2
9条第1項第3号に該当し,特許を受けることができない。
2.この出願の下記の請求項に係る発明は,その出願前日本国内又は外
国において頒布された下記の刊行物に記載された発明又は電気通信回
線を通じて公衆に利用可能となった発明に基いて,その出願前にその
発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易に発明
をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定に
より特許を受けることができない。

・請求項1-7
・引用文献等1-5
・備考
上記1-5の各引例には,それぞれ,シード重合型エチレン-酢酸
ビニル共重合体水性エマルジョンからなる,可塑剤非含有型のものを
含む木工用ないし紙工用等に有用な接着剤組成物が記載されている。
本願の上記各請求項記載の発明と上記各引例記載の発明とを比較す
ると,本願発明では,貯蔵弾性率及びずり応力に係る規定が存するの
に対して,各引例には,当該物性に係る具体的記載がない点でのみ一
応相違するかに見える。
しかしながら,本願発明に係るエマルジョンの製造方法及び上記各
引例記載の発明に係るエマルジョンの製造方法を比較すると,実質的
な差異が存するものとは認められず,してみると,上記各引例記載の
ものも本願所定の貯蔵弾性率及びずり応力に係る物性を有するものと
認められる。
従って,本願の上記各請求項記載の発明と上記各引例記載の発明と
の間に実質的な差異があるものとは認められない」。
なお,引用文献は,特開平11-092531号公報(引用文献1,)
特開平11-092734号公報(引用文献2,特開昭61-2522)
80公報(引用文献3。乙2の5公報,特開2000-23907号公)
報(引用文献4,特開2000-302809号公報(引用文献5。乙)
2の6公報,高分子学会高分子辞典編集委員会編,新版高分子辞典,株)
,,()。式会社朝倉書店1988年11月25日390引用文献6である
イ原告は,上記拒絶理由通知に対し,平成15年11月14日付けの手続
補正書と共に同日付けの意見書を提出した(乙2の30。同意見書には)
次の記載がある。特許庁審査官は,これらによって本件特許出願について
拒絶理由が解消されたとして,特許査定した。
「4)新規性及び進歩性について(
(4-1)本願発明の背景と発明完成に至るまでの経緯」
「シード重合ではなく通常の保護コロイドを用いた乳化重合により得ら
れる酢酸ビニル系エマルジョンからなる可塑剤含有水性接着剤のうち,ノ
ズル押出し用又は刷毛塗り用に用いられるものは,一般に容器のノズルか
ら容易に押し出して使用できるとともに,垂直面や天井に塗布しても垂れ
にくいという特徴を有しています。しかし,近年,環境問題等から,可塑
剤を含まない接着剤が求められるようになりました。そこで,可塑剤を含
まなくても木工用に使用できるほどの高接着強度を有し,しかも低温下で
成膜できる接着剤を得ようと種々検討がなされ,その結果,このような特
性を有する接着剤としてシード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマ
ルジョンからなる水性接着剤が開発されました(前記引用文献1,2,4
及び5等。)
このシード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる
接着剤は,比較的大粒径のシードをベースとした粒子と,比較的小粒径の
酢酸ビニルホモ粒子とが共存することによって流動性が上がり,低粘度化
が可能であるため,ロールコーターを用いて塗布する場合のロール塗工性
に優れるという特徴を有しています」
「一方,その反面(中略,従来のシード重合により得られる酢酸ビ,)
ニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤では,押し出し易さと垂れに
くさを両立することは一般に困難であり,通年で使用できるものはありま
せんでした。
そこで,本発明者はこのシード重合による酢酸ビニル樹脂系エマルジョ
ンの粘弾性について検討を重ねた結果,流体が垂直面に塗布された際の垂
れ性に,流体の持つ弾性の性質が大きく関与することを見出しました。そ
して,耐垂れ性の確保はその流体の特定条件下での貯蔵弾性率を調整する
ことにより可能となりました」。
「すなわち,本発明のポイントは,耐垂れ性及び押出し性を次元の異な
る2つの性質である貯蔵弾性率(弾性の性質)とずり応力(粘性の性質)
とで規定していることにあります。そして,上記着想に基づいてさらに検
討を加えた結果,特定の製造法を採用することにより,上記2つの特性を
両立する酢酸ビニル樹脂系エマルジョンを得ることができました」。
「貯蔵弾性率及びずり応力で,耐垂れ性及び容器のノズルからの押出し
性を規定するのは,従来にない全く新しい観点であり,このような耐垂れ
性と押出し性を双方満足する無可塑型酢酸ビニル樹脂系エマルジョンから
なる水性接着剤は,従来存在していなかったものであります」。
「4-3)本願発明と引用文献との対比(
本願発明と引用文献1~5に記載の発明とを対比すると,引用文献1~
5には,無可塑剤型酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤に
おいて,押し出し性と耐垂れ性とを両立するという本願発明の課題につい
ては全く記載が無く,しかも本願発明の特徴である(A)G′aが120
~1500Paであり且つ(B)τaが100~2000Paであるとい
う要件を充足する水性接着剤について一切開示も示唆もない点で,両者は
明確に相違します」。
「従来のシード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジョンから
なる水性接着剤は,前記(A)G′aが120~1500Paであり且つ
(B)τaが100~2000Paであるという要件を充足しません」。
「このような本願発明の水性接着剤と従来のシード重合による酢酸ビニ
ル樹脂系エマルジョンからなる水性接着剤との物性(G′a及びτa)の
違いは,エマルジョンの製造方法の違いに起因します。本願明細書の段落
0046に記載されているように,貯蔵弾性率G′a及びずり応力τaを
前記所定の範囲にするためには,重合開始剤の種類,添加量,添加時期及
び添加方法等を適宜選択することにより調整できますが,特に,重合開始
剤を重合初期に多量に(例えば全使用量の60重量%以上)使用すること
により,G′a及びずり応力τaが前記所定の範囲に入る水性接着剤を調
整することができます(段落0024,実施例1~3。)
重合開始剤を重合初期に多量に系内に添加することにより押出し性と耐
垂れ性とを両立できる理由は,必ずしも明らかではありませんが,以下の
ように推測されます。
前述したように,シード重合により得られる酢酸ビニル樹脂系エマルジ
ョンからなる接着剤は,比較的大粒径のシードをベースとした粒子と,比
較的小粒径の酢酸ビニルホモ粒子とが共存することによって流動性が上が
り,低粘度化が可能となります。また,シードエマルジョンを利用しない
通常重合品に比べ,一般に貯蔵弾性率G′が低く,ずり応力τが高い傾向
になります(括弧内省略。ところが,触媒(重合開始剤)を重合初期に)
比較的多量に添加すると,ラジカルが多く発生し,このラジカルが保護コ
ロイド(ポリビニルアルコール等)分子鎖同士の架橋や保護コロイド-エ
マルジョン粒子間の結合を適度に生成させます。そして,エマルジョン粒
子と保護コロイド(高分子溶液)間の相互作用が向上した結果,本願発明
のような所定のG′a値及びτa値を有する押し出しやすく垂れにくい水
性接着剤が得られるものと推測されます(括弧内省略。より詳細には,)
従来のシード重合品では,応力に対して各粒子・水溶性高分子鎖は比較的
自由に運動できるので,小さな応力でも流れやすく,垂直面に塗布する程
度で垂れてしまいます。これに対して,本願発明のシード重合品では,緩
やかな架橋構造が存在するため,運動の自由度が従来のシード重合品より
も低くなる弾性が応力に対する抵抗力として働く結果小さな応力垂(),(
直面)では流れにくく(垂れにくく,手で容器を押す程度の比較的大き)
な応力で初めて流れるようになります(括弧内省略。なお,手で容器を)
押す程度の比較的大きな応力が働く場合には,弾性が応力に対する抵抗力
として寄与する領域を外れているため,押出し性は損なわれません。その
ため,耐垂れ性と押出し性とを両立しうる接着剤を得ることが可能になっ
たものと考えられます。
,,引用文献1~5には押し出し性と耐垂れ性とを両立するという課題も
重合初期に重合開始剤を多く存在させることや系内で緩やかな架橋構造を
形成することについても,何ら開示も示唆もするところもないので,これ
らの文献の記載から本願発明の水性接着剤は得られず,またそれを想起す
ることもできません」。
,,,()上記意見書の記載のとおり原告は本件特許出願の審査過程において5
可塑剤を含まない水性接着剤につき,押し出し性及び耐垂れ性というような
相矛盾するとも思われる性質を貯蔵弾性率G′及びずり応力τを構成要件E
及びF所定の特定の範囲に調整することによって両立し得ることを初めて見
いだしたのが本件発明であること,そして,特に,重合開始剤(触媒)を重
合初期に多量に(例えば全使用量の60重量%以上)使用することによって
貯蔵弾性率G′a及びずり応力τaを所定の範囲に調整することができると
主張していたことが認められる。
()ところが,本件発明の特許請求の範囲の記載は,触媒の添加方法につい6
ては何らの限定もしていない本件明細書の段落0024においても重。【】「
合開始剤は,重合の初期(例えば,使用する酢酸ビニルモノマーの半量を系
内に添加するまでの期間)に,全使用量の60重量%以上,特に65重量%
以上を系内に添加するのが好ましい」と記載されてはいるものの,それ以。
外の製造方法を排除する旨の記載はなされていない。
他方において本件明細書の詳細な説明の欄には段落0024と0,,【】【
046】に,貯蔵弾性率G′aとずり応力τaの2つの数値を調整する主要
な要素を示す記述があるが,実施例として具体的な発明の実施の形態が記載
されている以外には,貯蔵弾性率G′aとずり応力τaの2つの数値を調整
する具体的手段を示す記載はない。
そして,製造方法が開示されている実施例は3件にすぎず,その内容は,
,(),前記()のとおり重合開始剤触媒に35重量%過酸化水素水を用いて3
これを重合初期に多量(全量又は2分の1)に一括添加した後,過酸化水素
水を水に溶解させた水溶液からなる触媒と酢酸ビニルモノマーを連続滴下し
て重合させ,あるいはこの時点で残りの触媒を添加して重合する場合のみで
あって,当業者が触媒を重合の初期に多量に用いないで本件発明を実施しよ
うとした場合に,本件明細書の段落【0046】に記載されている多くの要
素をどのように調整すればよいのかについては,本件明細書の発明の詳細な
。,,説明の記載中にはこれを示唆するものもないなお比較例についてみれば
比較例2は貯蔵弾性率G′a,比較例3はずり応力τaにおいて,本件発明
の所定の数値の範囲内に入ってはいる。しかし,一般に比較例とは,当該発
明の実施例に比較して効果の劣る従来技術に基づく発明を記載し,当該発明
の従来技術との差異を明確にするために記載するものであるから,比較例間
の細かな差異をもって,発明の実施形態を開示していると認めることは困難
であるというべきであるしたがって当業者において重合初期に触媒過。,,(
酸化水素水)を多量に使用しない場合に,貯蔵弾性率G′a及びずり応力τ
aを調整する手段が本件明細書に開示されているものと理解することは困難
であるというべきである。現に,本件においても貯蔵弾性率G′a及びずり
応力τaという2つの数値を所定の範囲に調整するために,製造条件をどの
ように変更すればよいのかは,本件明細書上全く触れられていない。
また,本件明細書に記載がなくても,当業者が触媒(過酸化水素水)を重
合の初期に多量に使用しない場合において,本件特許出願当時の技術常識に
基づいて貯蔵弾性率G′a及びずり応力τaの値を所定の範囲内に調整する
ことができると認めるに足りる特段の事情もない。
以上によれば,本件明細書の記載によっては,触媒(過酸化水素水)を重
合の初期に多量に使用しないという製造方法を用いる場合において,当業者
において,特別な知識を付加することなく,また,当業者に過度の試行錯誤
を強いることなく,貯蔵弾性率G′a及びずり応力τaの値を構成要件E及
びF所定の範囲内に調整する具体的手段について,当業者がその実施をする
ことができる程度に明確かつ十分に記載されているとはいえず,改正前特許
法36条4項所定のいわゆる実施可能要件を充足するとは認められないとい
うべきである。
原告は,本件明細書では原告が最良と思う実施例が3つ挙げられており,
この記載により当業者が本件発明を容易に実施し得ると主張する。しかし,
本件発明の本質的特徴は,貯蔵弾性率G′a及びずり応力τaの各数値を従
来の水性接着剤とは異なる数値に調整する点にのみあるというべきであると
ころ,そのように調整された数値による水性接着剤が具体的にどのような構
造,組成を有するものであるかは本件明細書によっても明確でない。将来に
おいて,当業者が上記実施例とは異なって重合初期に触媒(過酸化水素水)
を多量に使用しないような製造方法を用いて,貯蔵弾性率G′a及びずり応
力τaを本件発明所定の数値に調整した水性接着剤が製造されたとしても,
そのように製造された物の構造,組成が本件明細書に具体的に記載された物
の構造,組成と同じであるとはにわかに認められない。このように,本件明
細書に実施例として開示されたもの,すなわち,重合当初に触媒(過酸化水
素水)を多量に使用する方法で製造する場合に,貯蔵弾性率G′a及びずり
応力τaを本件発明の構成要件E及びFの所定の範囲内に調整することが当
業者にとって実施が可能であったとしても,そのような製造方法に限定され
ない広範な種々の水性接着剤を包含する本件発明が実施可能要件を充足して
いるということはできない。したがって,原告の上記主張は採用できない。
()また,原告は,被告が製造したトレース品は乙2の5公報及び乙2の67
公報に記載された実施例の追試というよりは,本件明細書の記載を参考にし
たものであると主張して,本件明細書の記載と,当業者の技術常識によれば
当業者が本件発明を実施することは可能であると主張する。しかし,トレー
ス品C-6Y及びC-22Yの変更点は,保護コロイドの種類及び量,シー
,,ドとなるエチレン-酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの種類水の配合割合と
トレース品K-14Y,K-16Y,K-19Yの変更点は,保護コロイド
の種類及び量,シードとなるエチレン-酢酸ビニル樹脂系エマルジョンの種
類及び量,触媒の量等と,いずれも多岐にわたっており,かつ,本件発明の
実施例とも違う原料を用いていることによれば,被告がいかなる技術常識に
基づいてこれらのトレース品を製造できたのかは明らかではなく(原告にお
いて,そのことを示唆するような立証もなされていない,製造方法に関。)
して被告独自のノウハウが使用された可能性は高いというべきである。よっ
て,これらのトレース品の貯蔵弾性率G′a及びずり応力τaが本件発明の
構成要件E及びF所定の範囲内にあるとしても,その一事をもって,本件発
明が実施可能要件を充足すると認めることはできない。したがって,原告の
この点に関する主張も採用できない。
,,()()以上によれば本件明細書は重合の初期に重合開始剤過酸化水素水8
を多量に添加する場合はともかく,それ以外の方法によって製造された水性
接着剤も本件発明に包含される以上,当業者がその実施をすることができる
程度に明確かつ十分に記載されているということはできない。
したがって,本件特許は,改正前特許法36条4項に規定する実施可能要
件を満たしていないから,同法123条1項4号に該当し,特許無効審判に
,,より無効とすべきものと認められるから特許法104条の3第1項により
原告は,被告に対し,本件特許権に基づく権利行使をすることはできないと
いうべきである。
()なお,原告は本件訂正審判請求をしているところ,前提事実記載のとお9
り,本件訂正明細書記載の特許請求の範囲においては,重合開始剤(触媒)
の種類を過酸化水素水に限定したものの,なお,重合開始剤(触媒)の添加
方法について何ら限定していないから,本件発明の構成要件Eの貯蔵弾性率
G′a及び構成要件Fのずり応力τaを同構成要件所定の数値の範囲内に調
整する手段の記載がなされていない場合が広範に含まれていることには変わ
りがない。したがって,仮に本件訂正審判請求が認められたとしても,やは
り改正前特許法36条4項に規定する実施可能要件を満たしていないことに
変わりはないから,同法123条1項4号に該当し,無効とすべきものであ
ると解するのが相当であり,やはり被告に対し本件特許権に基づく権利行使
をすることができないことになる。
2したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の本件請求は理
由がないから,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官田中俊次
裁判官西理香
裁判官西森みゆき
(別紙)
物件目録
酢酸ビニル樹脂系エマルジョン形水性接着剤
商品名「アイカエコエコボンドA-1400」
(a)以下のような水性接着剤。
(a-1)重合開始剤として過酸化水素を用いシード重合により得られること。
(a-2)酢酸ビニル樹脂系エマルジョンからなること。
(a-3)可塑剤を実質的に含まないこと。
(b)前記水性接着剤の特性は以下のとおり。
(b-1)貯蔵弾性率G′aの値が230~280Paであること。
(b-2)ずり応力τaの値が1200~1450Paであること。
(c)前記貯蔵弾性率G′aの値及び前記すり応力τaの値の測定方法は,以下の
とおり。
(c-1)測定面がチタン製円錐-ステンレス製円盤型のレオメーターを用い,
温度23℃,周波数0.1Hzの条件でずり応力を走査して貯蔵弾性率G′
を測定したとき,その値がほぼ一定となる線形領域における貯蔵弾性率G′
の値を,前記(b-1)でいう貯蔵弾性率G′aの値とすること。
(c-2)測定面がチタン製円錐-ステンレス製円盤型のレオメーターを用い,
温度7℃の条件でずり速度を0から200(1/s)まで60秒間かけて一
,()定の割合で上昇させてずり応力τを測定したときずり速度2001/s
におけるずり応力τの値を,前記(b-2)でいうずり応力τaの値とする
こと。
以上

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