弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成28年12月14日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成27年(ワ)第1816号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日平成28年9月21日
判決
当事者の表示(省略)
主文
1被告らは,原告Aに対し,連帯して2601万7731円及び
これに対する平成26年6月2日から支払済みまで年5分の割合
による金員を支払え。
2被告らは,原告Bに対し,連帯して2601万7731円及び
これに対する平成26年6月2日から支払済みまで年5分の割合
による金員を支払え。
3訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
主文1項及び2項と同旨
第2事案の概要等
1事案の概要
平成26年6月2日,原告A及び原告B(以下,原告Aと原告Bとを併せて「原
告ら」という。)の子であるCが,被告Dが理事長,被告Eが副理事長を務める特
定非営利活動法人子育て支援ひろばキッズスタディオン(以下「本件法人」とい
う。)の事業として行っていた被告Dによる「身体機能回復指導」と称する施術を
受けていたところ,救急搬送され,同月8日に低酸素脳症に基づく多臓器不全によ
り死亡する事故(以下「本件事故」という。)が生じた。
本件は,原告各自が,被告らに対し,本件事故は,被告Dの上記施術に起因して
発生したものであるとして,被告Dに対しては民法709条に基づき,被告Eに対
しては民法719条2項に基づき,相続により取得したCの逸失利益,慰謝料の損
害賠償請求権及び原告ら固有の慰謝料等の損害賠償請求権に係る合計各2601万
7731円及び不法行為の日である平成26年6月2日から支払済みまで民法所定
の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案である。
被告Dは,本件事故の責任について争わず,また,被告らは,原告らの損害につ
いて争っていない。
2前提事実(当事者間に争いがないか,掲記した証拠及び弁論の全趣旨により
容易に認められる事実)
(1)当事者等
アCは,平成26年1月22日生まれの男性であり,本件事故当時生後4か月
であった者である。
イ原告AはCの父であり,原告BはCの母である。
ウ本件法人は,平成15年2月17日,子育て実践活動と情報提供に関する事
業を行い,地域市民に寄与することを目的として設立された特定非営利活動法人で
あり,平成27年2月17日に解散した。
エ被告Dは,本件法人の設立当初から理事長として本件法人を代表してその業
務を統一して管理していた者である(甲38)。
オ被告Eは,平成17年5月に本件法人の理事に就任して以降,実質的に副理
事長として理事長の業務を補佐する役割を務め,平成25年5月には正式に副理事
長に就任した(甲5,38)。
(2)本件法人の事業内容
本件法人は,子育てひろば事業と称する事業として,「背すじ矯正」あるいは
「身体機能回復指導」と称する施術(以下「身体機能回復指導」という。)や保育
に関する講演等を行っていた。本件で,Cに対してされた施術は,身体機能回復指
導として行われたものである。
(3)本件事故に至る経緯等
被告Dは,平成26年6月2日午前11時頃,大阪市a区bc丁目d番e号所在
の家屋に開設したサロン(以下「関西サロン」という。)において,Cに対し,身
体機能回復指導を施術し,床に座った被告Dの大腿部にCをうつ伏せの姿勢にして
乗せ,Cの頸動脈部分を手指で繰り返しもむなどしていた(以下,Cに対する同施
術を「本件施術」という。)。
被告Dが本件施術を継続していたところ,同日午前11時45分頃,それまで泣
いていたCの泣き声がやみ,手足が脱力状態となり,呼吸もせず,顔や体が青白く
なり容態が急変したため,Cは病院に救急搬送されて救命措置を受けたものの,同
月8日,低酸素脳症に基づく多臓器不全により死亡した(甲3,21)。
(4)損害
本件事故により,Cないし原告らにつき,以下の損害が生じた。
ア入院付添費用9万1000円
イ入院雑費1万0500円
ウ入院慰謝料12万円
エ葬儀費用150万円
オCの死亡逸失利益1978万3465円
カ死亡慰謝料
C本人分2400万円
原告ら固有分各300万円(合計600万円)
キ小計
5150万4965円
ク損害の填補
被告Dは,平成27年7月7日,原告らに対し,本件に係る損害の一部の補填と
して420万円を支払ったので,これを上記小計から控除する。
ケ弁護士費用473万0497円
コ合計5203万5462円
上記ア~コのとおり,本件事故による損害は合計5203万5462円となると
ころ,原告らは,Cの被告らに対する損害賠償請求権を2分の1ずつ相続し,葬儀
費,弁護士費用は,原告らがそれぞれ等分して負担したから,原告らの損害は,そ
れぞれ2601万7731円である。
3争点
前記第2の1のとおり,被告Dは本件事故について不法行為責任を負うことにつ
いては争わず,被告らは,原告らの損害について争っていないため,本件の争点は,
被告Eが本件事故に関して被告Dを「幇助した者」(民法719条2項)に当たる
か否かであり,具体的には,被告Eにおいて被告Dによる本件施術の危険性を認識
し得たにもかかわらず,何らこれを回避することをせず,被告Dによる本件施術を
容易ならしめたということができるか否かである。
4争点に対する当事者の主張
【原告らの主張】
(1)被告Dの身体機能回復指導と称する施術内容は,おおむね,30分~1時
間程度,乳児を床に座った被告Dの大腿部の上にうつ伏せの状態に寝かせ,その首
の周囲を片方の手で揉んだり,さすったり,首を左右にねじり,もう片方の手で乳
児の腕,足,背中,腰等をさすったりするものであり,首をもむ強さは,なでると
いう程度のものではなく,もんでいた部分が赤くなったり,あざになったり,時に
は爪が食い込み,乳児の皮膚から血がにじむこともある程度のものである。成人の
頸部とは比較にならないほど細い生後数か月の乳児の頸部であれば,女性の手でも
容易に頸動脈洞に指先が届き,十分に刺激されるため,身体機能回復指導は,乳児
にとって,迷走神経反射を引き起こして徐脈となり,血圧が下がって心停止になる
危険性が高い行為である。そして,厚生労働省も,生後数か月の乳児をうつ伏せに
すること自体,窒息等の危険が高いとして従前から注意を促しているし,まして,
首が座り始める時期の生後3,4か月の乳児の頸部を継続的にもむ行為が非常に危
険であることは,一般人であれば誰でも理解できることである。また,平成17年
9月27日に新潟市f区内の家屋に開設したサロン(以下「新潟サロン」とい
う。)において,身体機能回復指導を施術していたところ,施術を受けていた男児
が,一時的に窒息状態となり救急搬送される事件(以下「新潟第1事件」とい
う。)及び平成25年2月17日に同サロンにおいて身体機能回復指導を受けてい
た児童(当時1歳10月)が死亡する事件(以下「新潟第2事件」という。)が発
生し,被告Dは,被疑者として取調べを受け,その際,身体機能回復指導について
は,医師等の専門家にお墨付きを得るようにとその安全性を確認するよう促され,
その危険性を指摘されていたのである。
(2)他方で,被告Eは,平成13年頃から被告Dに対して被告Eの実家建物を
貸して本件法人の立上げを援助し,平成17年には理事に就任し,本件法人の経理,
官公庁への事業報告などの事務全般,物品販売業務,身体機能回復指導等の広報活
動を行い,同広報活動により,本件法人の収益が平成25年度には1500万円程
度にも上り,同収益から被告Dと共に報酬を受け取るなど,本件法人の運営に深く
関与し,被告Dと共に本件法人の運営方針を決定していたのであるから,同施術の
危険性は当然に認識し得たのであって,条理上,本件事故を回避するため,被告D
に対して身体機能回復指導の危険性に対する注意を喚起し,少なくとも医師等の専
門家から安全性について問題がない旨の意見が出されるまでは,これを中止するよ
う注意・進言すべきであった。
ところが,被告らは,新潟第2事件後,医師等に対して身体機能回復指導の安全
性の検証を依頼することなく,同事件の男児の死亡の事実を監督官庁に報告するこ
ともしなかっただけでなく,それまでと同様,ブログ等において,身体機能回復指
導は,特別な知識を有する者にしかできない施術であると吹聴し,予約が殺到して
いるかのような印象を与えただけでなく,被告らは,ダウン症の障害を抱える乳児
に対する効果を声高にうたい,障害や発達に不安を抱える子供をもち,何かにすが
りたくなる母親の心理に訴えかけて,身体機能回復指導を広めていたのである。
(3)以上からすれば,被告Eは,少なくともその過失により,被告Dによる身
体機能回復指導を助長・援助し,本件施術を容易ならしめたのであるから,民法7
19条2項に基づき,被告Dと連帯してC及び原告らに生じた損害を賠償すべき責
任を負う。
【被告Eの主張】
(1)身体機能回復指導そのものに乳児が死亡する一般的危険性があるものでは
ない。すなわち,被告Dは,身体機能回復指導の施術をする際,乳児の頸動脈部分
等を手指で繰り返しもむなどすることもあったが,それが全てではなく,背筋矯正
のために子供を布団の上に仰向けに寝かせ,胸,腹,鼠径部等をなでて指で押して
刺激を与えたり,腕や脚を回すなどして関節をほぐし,うつ伏せにして背中や仙骨
を撫でたり,子供を膝の上に座らせ,頭を押さえながら身体を左右に揺さぶるなど
して身体の左右のバランスを整えようとするもので,施術の相手によって,具体的
な施術方法は異なるものである。また,被告Dは,施術中に幼児の口と鼻をふさぐ
ことのないよう,あるいは頸部を絞めて窒息しないよう注意を尽くして施術をして
いたのであるから,身体機能回復指導が乳児に対して一般的に危険を及ぼす施術と
いうことはできない。その上,現に,身体機能回復指導の施術回数は,平成24年
度で延べ約1200回,平成25年度で延べ約1500回で,被告Dが本件事故ま
でに行った身体機能回復指導は合計6000回以上を超えており,施術中に死亡事
故が起きたのは,新潟第2事件の平成25年2月が初めてであるし,そもそも,新
潟第2事件は,被告Dによる施術と死亡との因果関係が不明であるとして,一旦不
起訴となっており,身体機能回復指導が危険であるとはいえないし,被告らにおい
て,身体機能回復指導の危険性の認識があったともいえない。
(2)加えて,被告Dは,一般人が乳児の首を触ることは危険であっても,被告
Dには多くの乳児に身体機能回復指導を行ってきた経験があるため,被告Dが身体
機能回復指導を行うことは危険性がないと周囲に話していたし,上記のとおり,現
に,数千回にも及び身体機能回復指導を施術してきたことからすれば,被告Eにお
いて,本件施術の危険性を認識できたということはできない。被告Eは,本件事故
後,本件事故の捜査の過程で医師の意見書の説明を受けるなどして,身体機能回復
指導の危険性を認識したものであるから,本件事故前に,被告Dによる身体機能回
復指導を制止すべき注意義務があったとか,被告Dによる身体機能回復指導を助長,
援助したということもない。
(3)したがって,被告Eは,本件事故に関し,被告Dを「幇助した者」に当た
らない。
第3当裁判所の判断
1認定事実
証拠(掲記したもの。なお,枝番のあるものは,特に断らない限り,それらを含
む。また,被告E本人に付した括弧書の記載は同人の反訳書の頁数を示す。)及び
弁論の全趣旨によれば,前記前提となる事実に加え,以下の事実が認められる。
(1)本件法人設立の経緯,業務内容等
ア被告Dは,平成4年頃から,民間の幼児教育の資格を取得して幼児教育を開
くなどして子供の心身の発達を促す保育に従事する活動を始め,平成15年2月1
7日,子育てひろば事業,障害児保育事業等を目的とする本件法人の設立の認可を
受け,同法人の理事長に就任した。被告Dは,当時,知人を通じて,新潟県上越市
内にある空き家となっていた被告Eの実家建物を賃借して本件法人の活動を始めた
が,同年9月,同建物が火災により焼失したため,平成16年以降は,同市内の被
告Dの自宅(以下「本部」という。)において本件法人の活動を行っていた(甲5,
32,38)。
イ本件法人の活動拠点は,本部以外に,平成21年9月に大阪市a区内に開設
した関西サロン,平成23年10月頃に東京都豊島区内の家屋に開設したサロン
(以下「関東サロン」という。)及び新潟サロンにおいても行われていた(甲32,
34,38)。
ウ本件法人が子育てひろば事業として行っていた業務は,身体機能回復指導を
行うほか,身体の歪みを補正するなどの効果が期待できるとうたった乳児の抱き方
に関する「対面抱っこ」の提唱・普及活動,仰向けにした乳児に振動を与えること
により乳児のリラックス効果が期待できるとうたった「ズンズン運動」の提唱・普
及活動を内容とするサロン事業を主とし,それ以外には,育児に関するアドバイス
等を行う講演活動,抱っこひも,DVD,被告Dの著書等の物品販売等を行ってい
た(甲2,5,29,33,38)。
エ本件法人は,サロン事業,講演活動,物品販売等で収益を得ていたものであ
り,主たる事業内容である身体機能回復指導については,施術時間30分で500
0円,60分で1万円として同施術を受ける乳児の保護者等から施術料を徴収して
いた。同施術料による収益は,平成24年度における事業収益約2200万円のう
ち約1200万円,平成25年度における事業収益約2800万円のうち約150
0万円と,上記各年度の総収入の約半分が身体機能回復指導の施術料収入によるも
のであった(甲2,6)。
(2)本件法人における被告らの業務内容
ア被告Dは,本件法人設立以降,理事長として本件法人を代表してその業務を
総理し,自ら,本部,関東サロン,関西サロン及び新潟サロンにおける身体機能回
復指導の施術,保育に関する講演を行うアドバイザーの養成等を行っていた(甲3
8)。
イ被告Eは,本件法人の設立当初の事務所として使用されていた実家建物の火
災後,被告Dの活動を支援するなどして被告Dと懇意となり,被告Dと内縁関係と
なった後,平成17年5月に本件法人の理事に就任して以降,副理事長として,本
件法人の収支等の事務経理全般,官庁への報告,本件法人のホームページやブログ
の更新作業等を行っていた(甲5,38)。
ウ被告らは,平成20年4月から平成26年3月31日までの間,本件法人か
ら役員報酬を受けるようになり,平成24年度以降は,被告Dにおいて月額25万
円,被告Eにおいて月額15万円の報酬を受けていた。なお,被告ら以外に報酬を
受けたことのある役員はなかった(甲5,29,38)。
(3)本件法人の広報活動等
本件法人は,事業活動の内容,各サロンの近況等をインターネット上のホームペ
ージないしブログに掲載して広報しており,被告Dにおいてブログに掲載する文章
を草稿し,被告Eにおいて同文章を身体機能回復指導の施術の様子を撮った写真と
共に上記ブログに掲載・更新していた。被告Eは,本件事故が発生した平成26年
6月の前月である同年5月中には,ブログを20回更新するなど,頻繁にブログを
作成・更新していた(甲8~11,37,40~42,被告E本人)。
同ブログ(平成25年8月20日付け)には,「現代の赤ちゃんは,気をつけて
も気をつけても,首や背すじがゆがんでしまいやすい傾向にあるのです。写真の赤
ちゃんは4ヶ月くらいから,ゆりっこの背すじ矯正に毎月かよっていました。」
「長く背すじ矯正に通いつつも,ようやくこの日はじめて深い深い部分の歪みを解
消できた」「体内にこのようなねじれをかかえたまま過ごすので,病気がちになっ
たり,アトピーになったり,発育が遅れたり,いろんな症状がおこってくるのだと
思います」「この首のねじれを解消してから…這い這いの動きが活発になってきま
した。」などと身体機能回復指導の効用を説明した文章が,身体機能回復指導の施
術を受けている際の乳児の写真と共に掲載されていた(甲40の8)。
(4)身体機能回復指導の内容
被告Dは,乳児の身体の中にある姿勢のくせやねじれは乳児の身体が左右対称に
発達するのを妨げる要因になる,また,体の中のねじれや歪みは首のところに集中
しているとして,乳児の身体のねじれや歪みを解消し,交感神経や副交感神経とい
った自律神経を整え,リンパや血流の流れを促し,子どもの健全な発育や発達を促
す効果があるものとうたって,生後数か月の乳児を対象に,背筋矯正あるいは身体
機能回復指導と称して,概要,以下の内容の施術を行っていた(甲14,15,1
7~19,29,34,51,52)
ア床の上に正座した被告Dの大腿部に,乳児の胸腹部が当たるような姿勢で乳
児をうつ伏せにして寝かせる。
イ被告Dが,乳児を上記アの状態(うつ伏せ)にしたまま,乳児の首を左右に
約45度ねじる。
ウ被告Dが,うつ伏せになった乳児の頸部辺りに被告Dの親指と人差し指で挟
むようにして当てて動かし,乳児の頸部辺りをもむ。その間,被告Dは,もう一方
の手を乳児の額に当てて,乳児の頭部を支えることもあった。
エ被告Dが乳児を縦にして対面で抱き,乳児の腰から背筋をさすり上げる。
オ乳児を仰向けで床に寝かせ,乳児の鼠径部に親指を当てて乳児の全身を前後
に揺らす。
カ被告Dの右腕に,うつ伏せの乳児を引っかけるようにして抱え,その状態の
まま,被告Dの左手で乳児の手首をつかみ,その手首を捻って揺さぶったり,被告
Dの左手を乳児の腰に当てて上下に擦り,乳児に振動を与えて軽く揺さぶる。
キ上記ア~カの動作を約30分~1時間の間,数回繰り返す。
また,被告Dは,被告E,本件法人のスタッフ及び同施術を受けさせに来る保護
者に対して「首いじる人いないからね。怖いから。」とか「首いじれる人いな
い。」などとして,身体機能回復指導は乳児の頸部を触るものであるため,素人が
やってはならず,被告Dにしかできない施術であることを説明し,実際,身体機能
回復指導を被告D以外の者が行うことはなかった(甲14,17,29,被告E本
人(30頁))。
(5)新潟第1事件の経緯
本件法人の当時の副理事長であったFが平成17年9月27日にベビーマッサー
ジと称する施術を乳児に行っていたところ,うつ伏せになっていた同乳児の顔色が
悪くなり唇が茶色になる異変が生じるという事件が発生した。
その際,Fが施術を中止し,同乳児を抱いて揺らすなどしたところ,乳児の顔色
が戻り,泣き声をあげ,大事に至ることはなかった。
被告Eは,当時話題になっていた乳幼児突然死症候群に関する記事をインターネ
ットで検索し,そのうちの一部の記事を印刷して被告Dに対して交付するなどした
(甲27,30,乙7,被告E(20頁))。
(6)新潟第2事件の経緯
ア被告Dが平成25年2月に新潟サロンにおいて,ダウン症の症状を有するG
(当時時1歳10月)に対して身体機能回復指導として施術を行っていたところ,
Gの体調が急変し,当日中に亡くなるという事件が起きた(甲28,29)。
イ同事件は,業務上過失致死事件として捜査が行われ,被告Dは,警察官及び
検察官の取調べを受け,警察官からは,身体機能回復指導の施術の際,Gが窒息状
態となっていた可能性があること,検察官からは,施術方法に関して医師等の専門
家に相談して乳児の窒息の危険がないか確かめるよう促された(甲31,32,被
告E本人(21頁))。
被告Eは,新潟第2事件の後,被告Dに対し,Gの死亡の原因が不明であること
から,本件施術の方法の変更の必要性,救急講座の受講を受けるよう進言したもの
の,同事件の発生及び経緯等に関し,監督官庁に報告することはなく,また,ホー
ムページやブログに掲載して公表することはしなかった。また,被告らは,新潟第
2事件後,医師に対して身体機能回復指導の施術の危険性等について尋ねることも
せず,乳児に対する身体機能回復指導の施術を継続して行っていた(甲31,38,
乙7,被告E本人(22~23頁))。
(7)本件事故の経緯(甲14~17,19~21,29)
ア被告Dは,平成26年6月2日午前11時頃,関西サロンにおいて,Cに対
する身体機能回復指導を開始した。
被告Dは,床に正座し,バスタオルを敷いた床にCを仰向けに寝かせた後,四つ
ん這いになったCを抱き上げ,Cの胸腹部が被告Dの大腿部に当たるような状態で
うつ伏せに寝かせ,片方の親指と人差し指でCの頸部を繰り返し揉みほぐすように
して触っていた。その間,被告Dは,もう片方の手をCの額に当ててその頭部を支
えることもあった。また,被告Dは,バスタオルを敷いた床の上にCをうつ伏せに
し,Cの頸部に指を当てて揉んだりさすったりすることを繰り返していた。
イ被告Dが上記アの施術を行っていたところ,それまで激しく泣いていたCが,
「うっ,うっ」「ぐっ,ぐっ」というような声を出し,おならをして脱力状態とな
り,顔や体の色が血の気が引いて白くなった。
被告Dは,Cの異変を感じ,Cを縦向きに抱いた姿勢のまま,Cの背中を擦り上
げたり,被告Dの膝を揺らしてCの全身をずんずんと揺らしたりした後,一旦,C
を床に仰向けに寝かせ,指でCの胸部付近を押すなどした後,再びCを縦向きに抱
き,背中を手で擦り上げたり,Cを抱いたままの状態でCの口に被告Dの口を当て
て息を吹き込むなどして人工呼吸のようなことをし,体を揺するなどしたものの,
Cの容態は回復せず,Cは,救急要請を受けた救急隊員により,病院に搬送された。
ウCは,同日午後0時15分頃,大阪市都島区都島本通2丁目13番22号所
在の大阪市立総合医療センターに救急搬送され,同病院において救命措置を受けた
が,同月8日,低酸素脳症による多臓器不全により死亡した。
2被告Eが本件事故に関して被告Dを「幇助した者」に当たるか否かについて
(1)被告Eの本件施術の危険性の認識可能性について
アCの死因は,低酸素脳症による多臓器不全と認められる(前記認定事実(7)
ウ)ところ,証拠(甲21~23)によれば,Cが低酸素脳症に至った原因は,C
の頸動脈洞に刺激が与えられたことにより,迷走神経反射による徐脈(心臓の拍動
が1分間のうち60回以下に抑えられる状態)が生じ,脳への血流が低下したこと
に加え,うつ伏せの状態により胸腹部が圧迫されて窒息状態となったことという複
合的な要因によって心停止となったことによることが認められる。そして,迷走神
経反射は,頸動脈洞に重点的に刺激を与えることにより引き起こされ,また,5秒
程の刺激でも十分に起こり得るものであり,また,生後4か月の乳児は,横隔膜を
身体の下方に下げて行う腹式呼吸をするが,胸腹部が圧迫されることにより,横隔
膜が動かし難くなるため,相当な負担がかかること,乳児は,肺を外力から守るた
めの胸郭が柔らかく,肺が外力から圧迫されやすいものであると認められ(甲2
2),被告Dは,本件施術中,Cを自身の大腿部にうつ伏せにして乗せ,Cの頸動
脈付近を繰り返し手指でもんでいたのであるから,Cは,その施術中に胸腹部が圧
迫され,また,頸動脈洞に刺激が与えられたことにより心停止に至り,その死因と
なった低酸素脳症による多臓器不全が生じたものと認められる。
イ被告Dによる身体機能回復指導は,前記認定事実(4)のとおり,生後数か月
の乳児を被告Dの大腿部にうつ伏せの状態にして乗せ,その状態のままで,乳児の
首をねじったり,頸部に手指を押し当てて揉んだりすることを30分から1時間か
けて行うものである。頸部付近には,生命維持にとって重要な神経が走っており,
同部分に刺激を与えることによって,いわゆる失神状態と呼ばれる徐脈の状態とな
ると,また,うつ伏せの体勢により胸腹部が圧迫され,肺に酸素が送り込まれず,
脳に十分な酸素が送られない状態となって窒息状態となり,生命に危険を及ぼすお
それがあることは,一般に知られていることである。さらに,生後数か月の乳児は,
成人に比較して頸部が細く,筋力も弱く,刺激に対する耐力が乏しいことも明らか
である。これらの事情からすれば,乳児を大腿部の上にうつ伏せに乗せた状態でそ
の頸部を手指で繰り返しもむことにより,乳児に徐脈や窒息の危険が生じ,生命に
危険を及ぼすことは認識し得たというべきである。加えて,被告Dは,新潟第2事
件の取調べを受ける中で,警察官や検察官から,身体機能回復指導の危険性を指摘
され,専門家の意見を聴いて施術の危険性について確認するよう促されていたこと,
被告Dは,身体機能回復指導について,本件法人のスタッフや乳児の母親等に対し,
身体機能回復指導の施術は,被告Dにしか行えないものであると吹聴し,現に,被
告Dのみが身体機能回復指導を行い,身体機能回復指導を行うスタッフの養成も行
っていなかったこと等からすれば,被告D自身,本件施術当時,単に危険性を認識
し得たというにとどまらず,身体機能回復指導が乳児に危険をもたらすものである
ことを認識していたものと認められる。
そして,前記認定事実(2)イ及び(3)のとおり,被告Eは,実家建物の提供及び同
建物の焼失をきっかけに被告Dと懇意となり,平成17年5月には本件法人の役員
に就任し,副理事長として本件法人の経理,広報活動等,被告Dと共に本件法人の
事業活動を担ってきた者であり,上記広報活動として,被告Dが草稿した身体機能
回復指導の内容・効用をつづった文章と身体機能回復指導の施術中の様子を撮影し
た写真をブログ上に掲載して紹介し,頻繁にブログを更新していただけでなく,被
告E本人(16頁)によれば,被告E自身,被告Dが関東サロンにおいて身体機能
回復指導を施術する様子を間近で見ていたというのである。そうすると,被告Eは,
被告Dが身体機能回復指導の施術内容の概要にとどまらず,その詳細を認識してい
たものと認められ,被告Dと同様,身体機能回復指導の危険性を予見することがで
きたものと認めることができる。
(2)被告Eによる本件施術の幇助について
被告Eは,本件事故当時,本件法人の副理事長として被告Dと共に本件法人の事
業運営の方針等に関わっていたものであるから,本件法人の事業活動が適正に行わ
れるよう被告Dの活動を監督すべき立場にあったと認められ,被告Dに対して乳児
の生命に危険を及ぼすおそれのある身体機能回復指導の中止を真摯に検討すべく,
自らあるいは被告Dと共に同施術の危険性について医師等の専門家の意見を聴取し
て施術内容を変更するなどして,上記危険が現実化することのないようすべきであ
り,また,そうすることは容易であったというべきである。それにもかかわらず,
被告Dと共に,身体機能回復指導や対面抱っこの普及を優先させる余り,上記のよ
うな措置をとらず,新潟第2事件後も,それ以前と変わらずにブログ等に身体機能
回復指導の効用をうたって広報し,被告Dと共に身体機能回復指導の施術を依頼し
た親権者から施術料を徴収して収入を得るなどしていたものであって,被告Dが身
体機能回復指導を行うことを心理的かつ物理的に容易にしたものといえ,被告Eは
少なくともその過失により,本件施術を幇助したものと認められる。
(3)被告Eの主張について
被告Eは,身体機能回復指導には,乳児を床に仰向けにして施術することもあり,
同施術の対象乳児ごとに施術内容は異なる上,本件施術中,被告Dは自身の大腿部
にうつ伏せとなったCの額に手を当てて頭部を支えて窒息しないようにしていたし,
Cの頸部をもむ手指に強い力が入らないようにしていたなどと主張して,身体機能
回復指導及び本件施術の危険性を争う。しかしながら,前記認定事実(4)及び証拠
(甲17)によれば,被告Dは,首のすわらない時期の添い寝等により,乳児の身
体に歪みが生じ,その大元となるのが頸部や腰部のねじれであり,これを解消して
乳児の健全な発育を促すためには,首筋の緊張を緩める必要があるなどとして,身
体機能回復指導中,乳児の頸部に手指をしっかりと当ててもみほぐすことを重点的
に行っていたことが認められ,頸部には神経や血管が多数走っており,徐脈を引き
起こす迷走神経反射は頸動脈洞を5秒程刺激することによっても生じ得るものであ
ること,乳児の首は細く,また,筋力も未発達で外からの刺激に容易にさらされる
ことをも併せると,身体機能回復指導が,施術対象乳児によって多少の内容の変更
があったり,常時,乳児をうつ伏せにしてその頸部をもむものではなかったとして
も,そのことは身体機能回復指導として行われた本件施術の危険性を否定する事情
にはならない。また,被告Dが本件施術中にCの額に手を当ててその頭部を支えて
いたとしても,それにより,Cの胸腹部が圧迫される状態が完全に解消されるもの
ではない上,成人とは異なり胸郭や胸筋が未発達な乳児は,肺に外力が加わりやす
いことをも考慮すると,上記事情もまた,身体機能回復指導として行われた本件施
術の危険性を否定する事情にはならないことは明らかであって,被告Eの上記主張
は採用できない。
また,被告Eは,本件事故が起こるまで,身体機能回復指導が乳児の発達に有用
であることが広く乳児の保護者に認識され,被告Dは,延べ数千回もの施術を行っ
てきたこと,新潟第2事件は死因が明らかではないとして被告Dの刑事責任は問わ
れていないことを理由に,被告らにおいて,身体機能回復指導の危険性を予見する
ことはできなかったと主張する。
しかしながら,上記説示したとおり本件施術を含むうつ伏せにさせた状態で頸部
をもんで刺激を与えるといった身体機能回復指導自体が有する乳児の窒息の危険性
に鑑みれば,身体機能回復指導が本件事故までに数千回行われている実績があると
しても,その危険が現実化しなかったに過ぎず,数千回に及んで身体機能回復指導
が行われたことをもって,被告らにおいて同施術の危険性の予見ができなかったと
はいえない。また,新潟第2事件後については,捜査の結果,Gの死亡の原因が身
体機能回復指導以外にあるものと判断されたわけではないのであるから,被告らに
おいて,身体機能回復指導の施術に危険がないか点検・確認する機会があったとい
うべきであり,むしろ,そうするよう検察官等から指導を受けていたにもかかわら
ず,何ら具体的な措置を講じなかったというのであり,Gの死因が明らかとならな
かったことが,身体機能回復指導の危険性の予見可能性を否定する事情になるもの
ではないし,証拠(甲30)によれば,被告Eは,新潟第2事件後,被告Dに対し,
心臓マッサージや人工呼吸などの救急救命措置のやり方を学ぶよう示唆していたの
であり,遅くとも,その頃までには,身体機能回復指導が乳児を心停止に至らせる
危険性を有するものであることを認識し得たものと認められる。
さらに,被告Eは,被告Dが,一般的に乳児の頸部を揉んだりすることが危険だ
としても,被告Dであれば,多くの乳児に身体機能回復指導を行ってきた経験があ
るためその危険はない旨話し,本件法人の他のスタッフが行うことを禁じていたた
め,被告Eにおいて,本件施術の危険性を認識することはできなかったと主張する。
しかしながら,被告Dが身体機能回復指導は経験の豊富な被告Dにしかできない
施術であるとして他の本件法人のスタッフが同施術を禁じていたというのは,むし
ろ,身体機能回復指導の危険性を認識していたことの表れというべきであるし,被
告Dは,これまで,医師等の専門家に本件法人の顧問を依頼したり,身体機能回復
指導について医師等の監修を受けてその指導・助言を得たりしたこともなく(甲2
9,31,被告E本人(23頁,26頁,31頁)),被告D自身,マッサージの
資格を取得したとか,医学的知識を有していたとも認められないのであるから,被
告Dによる身体機能回復指導の施術であれば,乳児の窒息等の危険がないという被
告Eの主張は,何ら具体的根拠のない独自の見解にすぎない。
以上より,被告Eの上記主張はいずれも採用できない。
(4)小括
したがって,被告Eは,被告Dによる本件施術を「幇助した者」として,本件事
故につき,被告Dと共同して責任を負う(民法719条2項)というべきである。
第4結論
よって,原告らの請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとお
り判決する。
神戸地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官山口浩司
裁判官吉田祈代
裁判官鈴木美智子

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛