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平成14年(行ケ)第279号 審決取消請求事件
平成14年11月14日口頭弁論終結
判          決
原          告     何ミック有限会社
訴訟代理人弁理士    牛木 護
同                清   水   栄   松
同                外   山   邦   昭
同                大   岡   啓   造
被          告     有限会社柚こしょう本舗
訴訟代理人弁理士     小   谷   悦   司
同                川   瀬   幹   夫
主          文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
特許庁が平成11年審判第35344号事件について平成14年4月24日
にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
原告は,別紙審決書の写し末尾の別掲(1)に示すとおり,毛筆書体で縦書
き二列に右側より「ゆず/七味」と記載された構成から成り,平成3年政令299
号による改正前の商標法施行令1条関係別表第31類の「ゆず入りの七味唐辛子」
を指定商品とする,登録第2689971号商標(平成元年12月12日登録出
願,平成6年7月29日設定登録(弁論の全趣旨によれば,登録査定日は平成6年
3月22日であることが認められる。)。以下「本件商標」という。出願したの
は,素井興有限会社である。出願人の地位は,同社から原告へと譲渡され,登録時
には原告が有していた(甲第37号証)。)の商標権者である。
被告は,本件商標の登録を無効とすることについて審判を請求した。
特許庁は,これを平成11年審判第35344号事件として審理し,その結
果,平成14年4月24日に,「登録第2689971号の登録を無効とする。」
との審決をし,同年5月8日にその謄本を原告に送達した。
2 審決の理由
別紙審決書の写しのとおりである。要するに,「ゆず七味」の文字より成る
本件商標は,商品の品質,原材料を普通に用いられる方法の域を出ない程度の態様
で表示するにすぎないものであるから,商標法3条1項3号に該当し,かつ,本件
商標を付した商品である「ゆず入りの七味唐辛子」に接した取引者・需要者が,そ
の商品と原告とを結び付けて認識するほど広く知られていたとは認め難いから,商
標法3条2項を適用することはできないので,本件商標の登録を無効とする,とい
うものである。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決は,本件商標が使用により自他商品の識別力を取得するに至っているに
もかかわらず,これを認めず,商標法3条2項の適用を否定したものであって,こ
の誤りが結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法として取り消されるべ
きである。
1 水工商事株式会社は,我が国で最初に,従来の「七味唐辛子」の成分のう
ち,陳皮(みかんの皮を干したもの)に代えて「柚子の果皮を乾燥した粉末」を添
加した商品である「ゆず入りの七味唐辛子」を開発し,昭和59年に,本件商標を
付して,同商品の販売を開始し,雑誌などでその宣伝広告をした。水工商事株式会
社は,上記商品の販売,宣伝をする際,素井興(「すいこー」と読む。)の表示を
用いていた。同社は,「ゆず入りの七味唐辛子」の販売が好調なことから,昭和6
2年に同社の香辛料の製造販売部門を分離独立した素井興有限会社を設立し,同社
において,「ゆず入りの七味唐辛子」を,本件商標を使用して販売し,宣伝広告を
して,現在に至っている(甲第5号証の1ないし5,第7ないし第23号証,第3
8ないし第100号証)。
素井興有限会社は,平成元年12月12日に本件商標について商標登録出願
を行い,平成5年に,原告(水工商事株式会社及び素井興有限会社の有する知的財
産権を管理することを目的として設立された有限会社である。)に対し,上記商標
登録を受ける権利を譲渡し,平成6年7月29日に本件商標の設定登録がなされる
と同時に,原告から,本件商標の通常使用権の設定を受けた。
このように,本件商標は,水工商事株式会社及び同社から分離独立した素井
興有限会社によって,既に17年間以上にわたって永く使用され,宣伝広告が行わ
れてきた結果,登録査定時においては,既に,自他商品の識別力を取得するに至っ
ていたものであるから,商標法3条2項の適用を受けて登録され得る商標である。
2 審決は,審判甲第5ないし第180号証(本訴甲第24ないし第35号証,
乙第3ないし第166号証)や職権により取り調べた資料別添1ないし4(本訴甲
第36号証)によれば,本件商標の登録査定前において,「ゆず七味」あるいは
「柚子七味」の名称は,商品である「ゆずの入った七味唐辛子」を指称する語とし
て,同業他社により少なからず使用されていることが認められるとして,これを根
拠に,本件商標につき商標法3条2項の適用を否定した(審決書22頁11行~2
3頁26行)。しかし,審決の上記判断は,誤りである。
(1) 本件商標は,その審査の過程において,「ゆず」の平仮名と「七味」の漢
字とを右から縦書き2行に筆文字風に表示して成るその態様について,広く永年に
わたり使用されてきたことが認められることにより,商標法3条2項が適用され
て,商標登録されたものである。審決がその判断の根拠とした審判甲第5ないし第
180号証(本訴甲第24ないし第35号証,乙第3ないし第166号証)は,本
件商標とは全く態様の異なる,9種類もの態様の「ゆず七味」,「柚子七味」,
「柚七味」について説明したものか(審判甲第5ないし第174号証。本訴甲第2
4ないし第33号証,乙第3ないし第162号証),商標の態様が全く示されてい
ないもの(審判甲第175ないし第180号証。本訴甲第34,第35号証,乙第
163ないし第166号証)にすぎないから,上記態様の本件商標への商標法3条
2項の適用の可否の判断とは無関係の証拠である。
(2) 審決は,上記商標法3条2項該当性の判断の中で,「商標権者が商標法3
条2項の適用を受ける目的で提出した,乙第5号証(判決注・本訴甲第5号証の1
ないし5)の雑誌等における広告例は,「香味七味」と称する3タイプの七味を
「七味唐辛子」「のり七味」「ゆず七味」と並べて宣伝,広告しているところ,
「七味唐辛子」は明らかに商品の普通名称であるから,これに並ぶ「のり七味」
「ゆず七味」もこれと同等の名称として使用されていたものと推察される。」(審
決書23頁1行~6行)と述べている。
審決の上記部分は,「ゆず七味」は普通名称として使用されている,と推
察したものである。しかし,普通名称であるということは,商標法3条1項1号に
該当するということであり,同号に該当する場合には,商標法3条2項の適用はな
いから,「ゆず七味」が普通名称であるとしながら,同項の適用があるというの
は,誤りである。
(3) 上記審判甲第5ないし第177号証(本訴甲第24ないし第34号証。乙
第3ないし第164号証)は,いずれも請求人(被告)と取引関係にある利害関係
人が作成した私的な証明書であるから,信用性がない。
上記審判甲第5ないし174号証(本訴甲第24ないし第33号証,乙第
3ないし第162号証)は,その大半が,食品衛生法11条の「表示の基準」の規
定に合致せず,同12条の「虚偽の表示」に該当する違法なものであるから,信用
性がない。
上記職権により取り調べられた資料(本訴甲第36号証)のうち,別添1
のパンフレットは,印刷された日付がなく,その2枚目に添付されたパンフレット
の印刷代金についての台帳と一致しているかどうかも判断できないものであるか
ら,信用性がない。別添2ないし4は,いずれも,新聞社のホームページで「ゆず
七味」を検索して打ち出された資料であり,新商品発売の宣伝文の一部が用いられ
たものであるものの,その使用態様は明らかでなく,いずれもその使用時期は,本
件商標の使用が開始された昭和59年(審判乙第31号証。本訴甲第22号証)よ
りも後であるから,本件商標の商標法3条2項該当性の判断とは関係のない証拠で
ある。
第4 被告の反論の骨子
「ゆず七味」,「柚子七味」,「柚七味」の名称は,本件出願の日である平
成元年12月12日より前から現在に至るまで,継続して,日本全国において,原
告以外の多数の販売業者により,ゆずを成分の一つとする七味唐辛子(ゆず入りの
七味唐辛子)を示すものとして,用いられている(甲第24ないし第35号証,乙
第3ないし第166号証,第168ないし第179号証)。このことに照らせば,
本件商標は,登録査定時において自他商品の識別機能を果たし得るものであったと
はいえないことが明らかである。本件商標は,登録査定時において自他商品の識別
機能を取得するに至っておらず,商標法3条2項の適用を受けることができない商
標である,とした審決の認定判断に誤りはない。
第5 当裁判所の判断
1 本件商標への商標法3条2項の適用について
(1) 証拠(甲第5号証の1ないし5,第7ないし第14号証,第19,第2
0,第22,第23号証,第37ないし第55号証,第58,第59号証,第73
ないし76号証,第88,第91号証)及び弁論の全趣旨によれば,本件商標に関
し,次の事実が認められる。
水工商事株式会社は,昭和59年10月から,「ゆず入りの七味唐辛子」
の販売を開始した。同社は,上記商品の容器に本件商標を印刷したラベルを貼付
し,その商品の写真を掲載したパンフレットを作成,配布したり,同写真を用いた
広告を雑誌に掲載したり,同商品を業界の展示会において展示したりするなどし
て,宣伝広告をした。このほか,本件商標が付された上記商品が,新聞記事で写真
入りで紹介されたこともあった。水工商事株式会社は,上記商品の販売や宣伝広告
の際,自己を示すものとして,「素井興」の表示を用いており,昭和62年には,
同社の香辛料の製造販売部門を分離独立させて,素井興有限会社を設立した。同社
は,その設立時から本件商標の登録査定日である平成6年3月22日までの間,上
記と同様の方法で,本件商標を「素井興」とともに使用して,「ゆず入りの七味唐
辛子」の販売及び宣伝広告をした。
素井興有限会社は,平成元年12月12日に本件商標の商標登録出願を行
い,平成5年に,原告(水工商事株式会社及び素井興有限会社の所有する知的財産
権を管理することを目的として設立された有限会社である。)に対し,上記商標登
録を受ける権利を譲渡し,平成6年7月29日に原告を商標権者として本件商標の
設定登録がなされると同時に,原告から,本件商標の通常使用権の設定を受けた。
(2) 他方,証拠(甲第24ないし第33号証,乙第3ないし78号証,第83
ないし第109号証,第114,第115号証,第148ないし第159号証,第
161ないし第166号証,第168ないし第179号証)によれば,本件商標の
登録査定日である平成6年3月22日より遅くとも5年以上前から,登録査定日ま
での間,日本全国において,原告や素井興有限会社以外の業者が原告商品とは別の
商品である「ゆずの入った七味とうがらし」を,「柚七味」,「ゆず七味」,「柚
七味」の名称で販売していたこと,が認められる。
このように,本件商標と同一の名称といい得る「ゆず七味」,「柚子七
味」,「柚七味」の語が,本件商標の登録査定時において,商標権者である原告及
び使用権者である素井興有限会社とは別の業者によって「ゆずの入った七味唐辛
子」の名称として,我が国で広く用いられていたことに照らすと,上記(1)で認定し
た事実から,本件商標の登録査定時に,本件商標が,これに接した取引者・需要者
が原告又は素井興有限会社の業務に係る商品であることを認識する程度に,自他商
品の識別力を取得するに至っていた,と認めることはできず,他に,これを認める
に足りる証拠はない。
本件商標につき商標法3条2項の適用がないとした審決の判断に誤りはな
い,というべきである。
2 原告の主張について
(1) 原告は,本件商標は,「ゆず」の平仮名と「七味」の漢字とを右から縦書
き2行に筆文字風に表示してなる態様に着目して,商標法3条2項の適用により商
標登録されたものであるのに対し,審決がその判断の根拠とした審判甲第5ないし
第180号証(本訴甲第24ないし第35号証,乙第3ないし第166号証)は,
本件商標と態様を異にする商標を示すもの,又は全く態様を示していないものであ
るから,本件商標への商標法3条2項の適用の可否の判断とは無関係の証拠であ
る,と主張する。
しかしながら,本件商標は,「ゆず七味」を普通に用いられる方法で表示
したものといい得る範囲の態様のものであり(本件商標が,商品の品質,原材料を
普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標として,商標法3条1項3
号に該当することは,当事者間に争いがない),これを,その態様自体によって格
別強く注意を引くものと認めることはできない。そうだとすると,上記各証拠に示
された各商標は,商品の品質,原材料を普通に用いられる方法といい得る範囲内で
表示しているものである点において,本件商標と区別することはできず,その態様
の差異は,ほとんど,問題とならないものであるということができる。上記各証拠
は,本件商標の商標法3条2項の適用の可否の判断に当たって,当然に,比較・検
討の対象とされるべきであることが明らかである。
上記各証拠が本件商標への商標法3条2項の適用の可否の判断とは無関係
の証拠である,との原告の主張は,採用することができない。
当初,ほとんど,あるいは,それほど問題とならなかった商標の態様であ
っても,その後の使用の過程で,これが重視され,その態様そのものに着目した宣
伝広告が大量になされるなどの事情により,当該態様そのものが識別力を取得する
に至ることは,一般論としては,あり得る。しかし,本件商標につきそのような事
情があったことは,本件全証拠によっても認めることができない。
(2) 原告は,審決が,商標法3条2項該当性の判断の中で,「ゆず七味」が普
通名称であり,商標法3条1項1号に該当する旨説示しながら,商標法3条2項の
適用を問題としているのは誤りである,と主張する。しかしながら,この点に関す
る審決の説示部分(審決書23頁1行~6行)は,本件商標の出願過程で提出され
た意見書(甲第5号証の1)に添付された原告の商品の宣伝・広告中に示された
「ゆず七味」は,普通名称であることが明らかな「七味唐辛子」と並べて宣伝・広
告されていることから,商品の名称として用いられているにすぎず,自他商品の識
別標識として用いられているのではない,との趣旨を述べているにすぎず,「ゆず
七味」が普通名称である,とまで述べたものではないことは,その記載自体から明
らかである。
(3) 原告は,審判甲第5ないし第177号証(本訴甲第24ないし第34号
証。乙第3ないし第164号証)は,いずれも被告と取引関係にある利害関係人が
作成した私的な証明書であるから信用性がない,と主張する。しかしながら,利害
関係人により私的に作成された証拠であるからといって,常に,当該証拠の信用性
を否定しなければならないことになるわけのものでないことは,当然である。
原告は,審判甲第5ないし第174号証(本訴甲第24ないし第33号
証。乙第3ないし第162号証)は,食品衛生法11条,12条に規定する製造者
の表示に関する基準に適合しない違法なものであるから信用性がない,と主張す
る。しかしながら,食品衛生法に定める製造者の表示に関する基準の違反の有無
と,上記各証拠中に表示された商標の使用の有無との間に,直接の関係がないこと
は,明らかである。上記食品衛生法違反の主張は,上記各証拠の信用性を左右する
に足りるものではないというべきである。
原告は,審決が職権で取り調べた資料(本訴甲第36号証)のうち,別添
1のパンフレットは,その作成日付がなく,これに添付されたパンフレットの印刷
代金を記載した台帳と一致しているかどうかも確認できないものであるから,信用
性がない,と主張する。しかしながら,上記パンフレット及び台帳は,河田柚子園
を製造者とする「柚子七味」の商標が「ゆず入りの七味唐辛子」に用いられていた
ことを示す甲第25号証,乙第19ないし第45号証と総合するならば,その印刷
代金が記載された時期である平成5年において作成されたパンフレットであるもの
と認めることができる。上記証拠の信用性を疑わせるに足りる資料はない。
原告は,上記資料のうち,甲第36号証の別添2ないし4は,いずれも新
聞社のホームページで「ゆず七味」を検索した結果,打ち出された資料であり,そ
こに記載された商標の使用態様が明らかでないこと,その使用時期は,本件商標の
使用が開始された昭和59年よりも後であることから,本件商標の商標法3条2項
該当性の判断とは関係のない証拠である,と主張する。
しかしながら,商標の使用態様の差異は,本件商標との比較・検討に当た
ってほとんど問題とならないことは,上記説示のとおりであるから,商標の使用態
様が明らかでないことは,上記証拠を本件商標の商標法3条2項該当性の判断にお
いて用いることの妨げとならないというべきである。また,本件商標の商標法3条
2項該当性の判断の基準時は登録査定時であるから,本件商標の使用開始時期より
も後に使用されたものであっても,登録査定時までに使用されたものである以上,
商標法3条2項該当性の判断に用いることができることは明らかである(甲第36
号証の別添2,3に掲げられた新聞記事のうち,1994年(平成6年)10月1
4日の新聞記事は,本件商標の登録査定時である平成6年3月22日より後の記事
であるから,登録査定時の事実を認定する直接の証拠となるものではない。しかし
ながら,登録査定後の使用の事実であっても登録査定時に近接した時期におけるも
のは,登録査定時の使用の事実を認定する間接事実となるということができるか
ら,審決がこの証拠を挙げたことを誤りとすることはできない。仮に,この証拠を
挙げたことが誤りであるとしても,本件においては,その余の証拠によって審決と
同一の結論に至ることができたというべきであるから,その誤りは審決の結論に影
響を及ぼさない,というべきである。)。
(4) 上に述べたとおり,原告の上記主張はいずれも採用することができず,他
に前記1の判断を覆すに足りる主張,立証はない。
第6 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は理由がなく,その他審決に
はこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟
法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
   東京高等裁判所第6民事部
       裁判長裁判官  山   下   和   明
        
裁判官    設   樂   隆   一
         裁判官    阿   部   正   幸

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