弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決をとり消す。
     被控訴人の請求を棄却する。
     訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴代理人は主文と同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求め
た。
 当時者双方の事実上、法律上の主張、証拠の提出、援用および認否はつぎのとお
り附加するほか原判決の事実らんに記載するところと同じであるからこれを引用す
る。
 (被控訴人の主張と立証)
 一、 被控訴人は昭和二十七年八月二十日訴外Aと砂糖の取引をしたが、そのさ
い訴外Bがその代金の支払に代えて被控訴人にたいし本件小切手を振出したもので
あつて、被控訴人は即日この小切手を自己の取引銀行たる訴外香港上海銀行に取立
を委任し、同銀行は控訴銀行と直接取引がなかつたので訴外株式会社千代田銀行
(三菱銀行)本店を通じて右小切手を同年八月二十二日控訴銀行C支店に送付しそ
の翌二十三日控訴銀行D支店に支払のため呈示した。
 小切手は控訴銀行D支店に引きつづきおかれていたが、同年九月四日たまたま業
務調査のため同支店におもむいた控訴銀行C支店兼D支店長Cによつて発見され、
その翌五日同支店長により支払拒絶宣言が記載せられ、千代田銀行、香港上海銀行
をへて被控訴人へ返されたものである。 二、 控訴人の後記二ないし四の主張を
否認する。小切手不渡りの場合に所持人に与えられている遡求権はそれ自体一の債
権で客観的価値ある財産であるから、控訴人の不法行為によつて被控訴人が本件小
切手の遡求権を失つたとすれば、それだけで小切手金額に相当する損害が発生した
ものとすべきで、ただ被控訴人が原因関係にもとずく請求権を行使し現実に債権を
回収しえた場合にはその限度において控訴人の損害賠償義務が軽減せられるにすぎ
ない。
 証拠として当審証人Fの証言、当審鑑定人G、同Hの各鑑定の結果をそれぞれ援
用し、て第三号証の成立を認めた。
 (控訴人の主張と立証)
 一、 被控訴人の前記一の主張事実中訴外香港上海銀行が昭和二十七年八月二十
二日訴外千代田銀行本店を通じて本件小切手を控訴銀行C支店に送付し翌二十三日
控訴銀行D支店に支払のため呈示したことは認めるがその余の点は争う。
 二、 本件小切手は昭和二十七年八月五日訴外Aが録々産業株式会社取締役社長
と称して被控訴人から保税砂糖七千五百三十四袋三百五十トンを代金二千九百万円
余で買受けることを約し、この代金の内金払を確保するために訴外Bが振出し被控
訴人に交付したものである。かりにそうでなかつたとしても昭和二十七年八月二十
日Aが被控訴人から砂糖三百袋を代金百八十三万六千円で買受けることを約し、こ
の代金支払確保のため右Bが振出したものである。
 控訴銀行D支店は本件小切手の呈示を受けてからこれに支払拒絶宣言を記入して
呈示者訴外千代田銀行へ返したが、その間だれからも返還のさいそくをうけたこと
はない。D支店次長であつたIはなんとかして小切手の振出人Bをして呈示者のた
めに小切手金を支払わせようと思い、前にもBは支払呈示期間をすぎて数日たつて
支払つた例があるのでそれを待つていたのである。もしその間に小切手の呈示者か
らさいそくされればすぐにも返したのである。呈示者の意に反して故意に小切手を
とめおいたのではない。まつたく前記Iの好意によるものである。もし拒絶宣言の
日附が小切手の呈示期間経過前日附で記載されたならば、Iの右小切手をとめ置い
たことは好意としてある程度の感謝こそされるが非難される筋合のものではない。
すなわちIが呈示の日から昭和二十七年九月五日まで小切手をとめおいたことが控
訴人の責任に帰せらるべきではない。しかして呈示を受けた支払人が拒絶宣言を記
載することはその義務ではないのであるから、支払人が呈示期間経過後にいかよう
に拒絶宣言を記載してもこれを責めることはできない。被控訴人が遡求権を失つた
のは、呈示者が呈示期間経過前に拒絶証書を作らしめるなり、または控訴銀行D支
店に要求して拒絶宣言を記載せしめるなり、みずから適当な処置をしなかつたこと
によるのである。
 三、 かりに百歩をゆずり、前記遡求権の譲渡が控訴銀行D支店の故意あるいは
過失によるとしても、これによつて損害をうけたものは、株式会社千代田銀行であ
つて被控訴人ではない。なんとなれば当初小切手の振出をうけた被控訴人は、これ
を香港上海銀行に、同銀行は千代田銀行に順次交付して小切手の権利を譲渡し、最
後の所持人千代田銀行がこれを控訴銀行C支店に取立委任したのであるから、損害
発生当時の小切手の所持人すなわち小切手上の権利者は千代田銀行であつて被控訴
人ではない。したがつて被控訴人が控訴人にたいして本件損害賠償の請求をする権
利はない。
 四、 かりに被控訴人が小切手の所持人として遡求権を失つた当人であるとして
も、被控訴人は遅滞なく小切手振出の原因関係の主たる債務者Aにたいして砂糖代
金を請求したけれども、なお代金の回収ができなかつたか、または当時すでに右代
金の回収の見透がなかつたという場合に、はじめて控訴人にたいして不渡行為によ
る責を問うべきである。それをしないでおいて、ただちに控訴人に本件請求をする
のは不当である。
 証拠として乙第三号証を提出し原審証人J、当審証人K、B、Iの各証言を援用
した。
         理    由
 原審証人J、C、当審証人Iの各証言、これらによつて真正に成立したと認めら
れる甲第一号証をあわせると、被控訴人は昭和二十七年八月二十日訴外Bから、振
出人右B、振出日同日、金額百八十三万三千六百円、支払人神奈川県三浦郡a町控
訴銀行D支店、振出地同町なる持参人払式小切手一通の交付を受けその所持人とな
つたこと、右小切手が同年八月二十三日控訴銀行D支店に呈示されたところ、D支
店にはたまたまC支店長が不在であつたので支店次長Iがとりあつかい、振出人B
に連絡し、同人の要求によつて同年九月四日まで小切手を銀行に留めおいたこと、
C支店長(C支店長と兼務)がD支店の業務を調査した際この事実が発見され、同
人の命令によつて同支店長名義で振出人の預金不足を理由として小切手に呈示の日
を昭和二十七年八月二十三日と表示し、かつ昭和二十七年九月五日の日付を附した
支払拒絶宣言の記載がなされた事実を認めることができる。
 右の支払拒絶宣言の記載は小切手法第四〇条所定の期間経過後になされたもので
あるから遡求権保全に必要な支払拒絶証明としての要件を欠くのみならず、他に適
法有効なる支払拒絶証明の存しないことは本件における弁論の全趣旨によつて明ら
かであるから、当時の本件小切手所持人は振出人Bにたいする遡求権を行い得なく
なつたこと明らかである。
 控訴人は本件小切手を呈示した所持人は被控訴人ではなく訴外千代田銀行である
と主張するけれども、右甲第一号証、原審証人J、当審証人Fの各証言をあわせる
と、被控訴人はBから右小切手の振出交付を受け、その翌二十一日これを取引銀行
たる訴外香港上海銀行に取立委任のため交付したが、同銀行は控訴銀行D支店とは
直接取引がないので、訴外千代田銀行本店にその取立を委任し、千代田銀行は郵便
により右小切手を控訴銀行C支店を通じて同年八月二十三日同銀行D支店に呈示し
た次第であると認められるので、呈示当時の小切手所持人は被控訴人であつたので
あり、前記のごとく遡求権を失つたのは被控訴人であること明らかである。
 被控訴人は、小切手の支払人となつている銀行が支払請求のため呈示期間内に小
切手の呈示をうけて小切手金の支払を拒んだ場合、その支払人銀行は法定の期間内
に支払拒絶宣言の記載をする義務を負うものであると主張する。ところが小切手法
第三九条は適法の時期に小切手を呈示して支払を求めたのに支払がなかつた場合
に、所持人が裏書人、振出人その他の債務者にたいして遡求権を行うためには、所
持人は同条所定の方法のどれかによつて支払拒絶の事実を証明することが必要であ
ると定めており、これをうら返しにいえば、右の場合の所持人は右所定の支払拒絶
証明をするならば遡求権を行うことができる趣旨と解せられるのである。すなわち
同条は支払を拒まれた所持人が遡求権を行うかどうかは所持人の自由な意思によつ
て決すべきことであり、したがつて同条所定の支払拒絶証明の方法のどれなりとも
これを実行に移すかどうかは、これまた所持人の自<要旨第一>由な意思によつて決
すべきことである、ということを前提とする規定だと解されるので、同条からみる
かぎり、適法の時期に小切手の呈示をうけ支払を拒む支払人は所持人の
要求がなくとも同条所定の支払拒絶の宣言を記載する法律上当然の義務を負うとは
解せられず、小切手法全体をみわたしてもかかる義務があると解すべき根拠を見出
すことはできない。
 また右の場合に支払人銀行は所持人の要求がなくても支払拒絶宣言の記載をする
べきものであるとの商慣習法ないし商慣習の存することを認めるべき資料は提出さ
れない。
 したがつて控訴人銀行の被用者が小切手法第四〇条所定の期間内に支払拒絶宣言
の記載をしなかつたことをもつて右被用者の過失であるとする被控訴人の主張は採
用することができない。
 では支払人銀行が小切手所持人から、あるいは取立委任をうけた銀行から、郵送
による小切手の呈示をうけ小切手金支払をしない場合に、あらかじめ依頼されなく
てもその旨を所持人あるいは取立受任銀行へ通知をする義務があるかどうか。支払
拒絶の事実は、所持人がその遡求権保全の手続をするかしないかの意思を決する前
提となる事実で、所持人にとつてはきわめて重大な意義を有することがらであり、
少しでも早くこれを知ることを欲するのが通例であつて、どうでもよいというのは
よくよく例外の場合であるといわなければならない。ところで小切手を郵便送付に
よつて呈示する場合は、所持人は支払人銀行を信頼し支払人銀行が取引関係者に不
測の損害を生ぜしめないよう、損害を少なからしめるよう臨機応変、適宜の処置を
講ずべきことを期待するものと解するのが相当である。郵送による呈示の場合に支
払拒絶の事実を即時に的確に知り得るのは支払人銀行のみであつて他の者にこれを
期待し得ないのであるから、かような重要な事実を知つている唯一のものである支
払人銀行が、遅滞なくこの事実を所持人に知らしめる措置を講ずることは、信義誠
実の原則上支払人
<要旨第二>銀行が商人として取引関係者にたいする義務であると解するのが相当で
ある。したがつて郵送呈示の小切手の支払を拒んだ支払人銀行は、所持
人の請求の有無にかかわらず、ただちに支払拒絶宣言の記載をした場合を除き、所
持人に向けて遅滞なく拒絶の通知を少くとも発することだけはしなくては、商人と
して善良な管理者の注意を欠いたものといわなければならない。当審鑑定人Gの鑑
定によつても支払人銀行はとくに依頼がなくとも支払拒絶宣言の記載をすることも
あるといい、当審証人Iは控訴銀行D支店の次長をしていた者であるが、銀行の一
般のとりあつかいとして振出人の預金がなくて支払をしない場合には所持人から請
求されなくても支払拒絶宣言を記載して送り返すことにしていると証言しており、
また原審証人Cの証言によると、本件小切手事故当時控訴銀行C支店兼D支店長で
あつたCはD支店において何か事故があるというのでD支店へ出向いて調査をした
際、昭和二十七年九月四日本件小切手がD支店に留めてあることも発見して、ただ
ちに、支払拒絶宣言を記載して返還するように命じ、その結果本件の支払拒絶宣言
の記載がなされたことが認められる。これらによると、支払人銀行はとくに依頼が
なくても支払拒絶宣言記載をすることは相当にひろく行われていることを認めるこ
とができ、かような行為は前段に説示したような小切手所持人の支払人銀行にたい
する信頼にこたえる義務あることを前提とするものと認められ、少くとも遅滞なく
所持人に向けて支払拒絶の通知を発することは支払人銀行の義務なることの結論を
支持するものといわなければならない。
 成立に争ない乙第三号証と当審鑑定人Gの鑑定の結果によると、手形、小切手等
の取立を依頼する商人と、その取立を依頼された銀行(すなわち取立銀行)との
間、および取立銀行とそれからさらに取立を依頼された銀行(すなわち被取立銀
行、これには支払銀行をふくむ)の間に右取立業務につき「取立手形不渡の場合
は、特に、依頼なき限り被取立銀行は単にその旨を取立銀行に通知するに止め拒絶
証書作成その他手形上の権利保全の手続をなす義務なきものとす」とか「特に御依
頼のある場合の外拒絶証書の作成その他手形上の権利保全をしないことにより生ず
る事故の責任を負わない」などの項目ある取引契約書をとりかわしていることを認
めることができる。しかし銀行業者は一般に自己に有利な条項を書きつらねた契約
用紙を整備し、取引にさいし右契約条項の承諾を相手方に要求する傾向あることは
よく見られることであり、右の取立業務に関する約款もこの類に属するもので、当
事者を拘束する効力があると認めるべきか、または例文にすぎずというべきか疑問
の存するところであるが、それはとにかく、本件においてかかる方法によつて、所
持人とその取立受任銀行、ないし支払人たる控訴銀行との間に遡求権保全の義務な
いし前記認定の不渡り通知義務を免れしめるような約束をしていたことを認めるに
たる立証はない。当審鑑定人Hの鑑定の結果によると支払人銀行が一般に右のよう
な義務を負わない商慣習が存する旨の鑑定があるが、当裁判所は右鑑定の結果を採
用しない。
 ところで、原審証人C、当審証人Iの証言によれば、控訴銀行D支店次長Iが呈
示期間満了前八日に本件小切手の呈示をうけ、支払をしないにかかわらず、振出人
Bの依頼をうけて呈示期間満了後まで取立銀行たる三菱銀行所持人たる被控訴人に
向けて支払拒絶の通知を発することをしなかつたことが認められるのであつて、こ
のことはまさに、控訴人銀行の被用者たる同人が控訴人の業務執行にあたり守るべ
き注意義務を欠いたもの、すなわち過失をおかしたものといわなければならない。
(控訴銀行D支店が、昭和二十七年九月五日という日附を付した支払拒絶宣言を記
載したのは被控訴人の要求によるものであるとの控訴人主張の事実は、これを認め
るべき証拠がないのみならず、かかる事実があつたとしても控訴人の責任の存否に
必ずしもひびいてくるものでないことは前段説示からおのずから明らかであろ
う。)
 控訴人がその被用者Iの選任監督について相当の注意をしたとの控訴人の主張を
認めるべき証拠はない。
 以上の次第で、被控訴人が本件小切手の遡及権を失つたことによつて被控訴人が
損害をうけたならば、控訴人はこれを賠償する義務あること明かであるところ、小
切手所持人の振出人にたいする遡求権はただちにその額面金額の価値を有するもの
とは認めがたく、償還義務者が資力を有し遡求権を行い得たならば償還をうけ得た
はずであるという状況でなければ額面金額の価値を有したものとは認めがたい。
 しかるに成立に争いない乙第二号証の一ないし四、原審証人J、L、当審証人K
の各証言、当審証人B、Iの各証言の一部をあわせると、本件小切手は被控訴人が
昭和二十七年八月二十日訴外Aにたいし砂糖百ポンド入三百袋を代金百八十三万六
千円で売り渡し、その代金の支払をうけるかわりに、訴外Bから振出交付をうけた
ものであるが、その当時Bは控訴人銀行D支店には金二、三万円程度の預金があつ
たにすぎず、そのうえ、定つた職もなく、右預金のほかには全く資産がないので他
からの借財を支払うことができない状況であつたことが認められる。したがつて被
控訴人が遡求権を失つた当時その権利は財産的価値のなかつたものと認められ、結
局被控訴人は控訴人の被用者の行為によつて損害をこうむらなかつたと認めるのほ
かはない。
 被控訴人は当時振出人Bが無資産であつてもその後および将来において資力を有
するに至る可能性があるから被控訴人は額面全額の損害をうけたというべきだと主
張する。その主張はそれ自体理由がないのみならず、前記各証拠によればBは現在
および将来においても、遡求権を行使し得たならば右小切手金償還をすることがで
きる可能性があることを認めるに十分な証拠はない。B、Iの証言中右認定に反す
る部分は採用できない。
 かような次第で、被控訴人の本件請求は結局認容することができないのでこれを
棄却するのほかない。
 よつて右と反対の原判決をとり消し、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九
条を適用して主文のとおり判決する。
 (裁判長判事 藤江忠二郎 判事 谷口茂栄 判事 満田文彦)

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