弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を罰金六千円に処する。
     右罰金を完納することが出来ないときは金二百五十円を一日に換算した
期間被告人を労役場に留置する。
     この裁判確定の日より二年間右刑の執行を猶予する。
     訴訟費用中原審及び当審に於ける証人A同B同Cに夫々支給した分の内
各三分の一を除き其の余の原審及び当審に於ける訴訟費用は被告人の負担とする。
     昭和三十一年十二月二十六日附起訴状記載の公訴事実第一の器物毀棄の
事実については被告人は無罪。
         理    由
 本件控訴の趣意は弁護人木村賢三作成名義の控訴趣意書及控訴趣意補充申立書各
記載のとおりであるから、ここに之を引用し之に対し次のとおり判断する。
 第二点第一点の一及第四点の一について
 原判決が其理由に於て第一事実として所論摘録のような事実を認定判示している
ことは所論のとおりである。
 所論は
 一、 Bの昭和三十年八月二十日附告訴調書には畑地の土壌の窃盗のみを述べて
居り、昭和三十年十月十五日附告訴状も同様で、昭和三十一年二月十八日附告訴補
充調書に於て始めて玉蜀黍毀棄の事実を述べて居るが、時既に法定の六ケ月を経過
し時効完成後であるから玉蜀黍に付告訴があつたとは見られない。
 二、 右畑地の所有者はCでBではない、従つてBは土壌並びに玉蜀黍につき告
訴権がない。
 故に原判決は親告罪である器物毀棄罪につき告訴なくして処罰した違法があると
主張するにより案ずるに原審証人B(第一、二、三回)同C(第一、二、三回)の
供述によれば右畑地の所有者はCであつてもBは其の父で農業の経営者であり右畑
地の耕作権者であると共に右畑地の玉蜀黍の所有者であることを認めることが出来
るからBは本件の被害者として告訴権を有するものというべく、而して記録によれ
ば同人は昭和三十年八月二十日前橋警察署司法警察員に対し右畑地の北側の玉蜀黍
を五作蒔いてあつたところの土を被告人に掘取られた旨告訴し、昭和三十一年十二
月十八日検察官に対し被告人により右玉蜀黍約二百本を抜かれた旨申述し居ること
が認められる。従つてBは被害を被つた日より六箇月以内に右畑地の土壌につき告
訴すると共に併せて玉蜀黍に付いても一応被害ある旨告訴し後日被害の詳細を申述
した<要旨>ものと見られないこともないばかりでなく、告訴不可分の原則により右
司法警察員に対する土壌窃盗の告訴の効力は之と一罪の関係にある玉蜀黍の
損壊にも及ぶものと認むべきであるから、原判決認定の第一事実については総て適
法な告訴があつたものと謂うべく、所論のように親告罪につき告訴なくして審理判
決した違法はなく、論旨は理由がない。
 次で所論は、
 一、 被告人は右溝穴を埋めたことはあるが原判示のように土壌や玉蜀黍を損壊
したことはない。
 二、 原判決が証拠として挙示している原審検証調書は事件後約二ケ年を経過し
た後の検証に係り、原審の検証現場に於ける原審証人Aの供述は事件後四ケ月を経
過してからの見分であり、昭和三十年十月十五日附告訴状添付の写真も何時何人が
撮影したか明らかでない。原審証人B(第一、二、三回)は告訴人であり同C
(一、二、三回)は右Bの伜で孰れも信用出来ない。
 三、 原判決が挙示している被告人の警察、検察庁、原審公判廷に於ける供述に
よれば被告人はB掘穿の右溝穴を埋めるに当り其の底に藁を敷込んだこと明らか
で、原判決認定によれば右溝穴は計数上七二、五立方尺であり、被告人が之を埋め
るに要した土壌は右を超過する百八立方尺と認定している。
 四、 一立方尺の土壌の目方は普通十一貫余で百八立方尺の目方は千百貫以上と
なつて到底被告人一人がスコップで短時間に溝埋めできる量でない。
 五、 Bは原判示溝穴を堀る際、其の堀つた土壌を低い被告人耕作の田地へ投入
れる筈なく自己の畑地へ投入れたこと明らかで、被告人が埋立てに用いた土壌はそ
れ等の土壌であつてBの耕作地を損壊したものでない。
 六、 被告人は右溝穴を埋めるに当り作間の土壌を使用したのみで作物たる玉蜀
黍約百本を損壊したことはない。
 故に原判決には重大な事実の誤認がある。
 と云うに在る。
 更に
 一、 被告人としては田植の時期が遅れて居る為め、一日半日を争つて植付しな
ければならないので自己の田地の保水及施肥の流失を防ぐと共に田地の崩壊を防ぐ
為め溝穴を埋めて復旧する必要があつたので、右Bの不法行為に誘因され之に対し
自己の権利を防衛する為め已むを得ず溝穴を埋めたのであつて、自己の財産に対す
る現在の危難を避くるため已むを得ざるに出でたる行為で正当行為乃至緊急避難と
して罰せられないものであると主張する。と云うに在る。
 案ずるに、原判決挙示の第一事実対応証拠によれば判示境界については被告人と
Bとの間に予てから争が続けられ判示境界附近の畦畔にBが判示溝穴を掘穿したの
に対し、被告人が判示の日頃右横穴を埋めたことは認められるが其際被告人が原判
示の如く土壌及玉蜀黍を損壊したとの点については、此点に関するB、同Cの証言
は信用を措き難く、他にそれによつて被告人の右損壊の所為を確認するに足る証拠
は見られないから、起訴状記載の公訴事実第一についてはこれを確認すべき証明が
不十分であつて結局犯罪の証明がないことに帰するものというべく、刑事訴訟法第
三三六条により無罪の言渡をすべき場合にあたるものといわなければならない。さ
すればこれと趣を異にして前示公訴事実につき有罪の認定をした原判決は証拠の取
捨判断を誤り事実を誤認したものであつて、その誤認が判決に影響を及ぼすこと明
らかであるから原判決はこの点に於て破棄を免れないものというべく、この点の論
旨は理由がある。
 (その他の判決理由は省略する。)
 (裁判長判事 中西要一 判事 山田要治 判事 鈴木良一)

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