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平成18年(行ケ)第10118号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成18年7月10日
判決
原告X
被告特許庁長官
中嶋誠
指定代理人柴沼雅樹
同鈴木久雄
同平瀬知明
同岡田孝博
同小林和男
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2003-2521号事件について平成18年2月13日にし
た審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が後記特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたので,これを
不服として審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたことから,そ
の取消しを求めた事案である。
第3当事者の主張
1請求の原因
(1)特許庁における手続の経緯
原告は,平成10年3月6日,名称を「車両移動伸縮車庫装置」とする
発明について特許出願(特願平10-111312号。以下「本願」とい
う。)をし,平成11年2月8日付け手続補正書によって明細書及び図面
の記載を補正した(以下「本件補正」という。)が,特許庁は,平成1
4年6月12日付けで拒絶理由通知(以下「本件拒絶理由通知」とい
う。)を行い,平成15年1月7日拒絶査定をした。
これに対し,原告は,平成15年1月9日付け書面で,不服の審判請
求(以下「本件審判請求」という。)をし,特許庁は,これを不服200
3-2521号事件として審理した上,平成18年2月13日,「本件審判
の請求は,成り立たない。」との審決をし,その審決謄本は平成18年3月
4日原告に送達された。
(2)発明の内容
ア出願時のもの
平成10年3月6日の本件出願時の特許請求の範囲は,次のとおり
である(以下「当初発明」という。)。
「【請求項1】車両の屋根上に車巾ならびに車長状レールを水平に設置し
伸縮自在な構造として溝状で一方向に開放されている車巾レールと,溝状
で二方向に開放されている車長状レールを用け,溝状内部に回転体を納
め,回転体の支持部に屋根付きシートと側面囲いシートを接続しレールに
沿って屋根付きシートは水平横部に側面囲いシートは横部へと瞬時にて伸
縮し,収納庫に納めて運転走行し,駐車時には収納庫に縮まっているシー
トを屋根は水平横部に側面は横の方向えとレールに沿って瞬時にて拡大し
て,車両全体を完全に覆って,雨風ならびに夜露から完全に車両を防護す
ることを特徴とした,車両移動伸縮車庫装置.」
イ本件補正後のもの
平成11年2月8日の本件補正後の特許請求の範囲は,次のとおり
である(以下「補正発明」という。)。
「【請求項1】車の屋根上に伸縮構造の屋根を設置し,伸縮構造屋根の下
部で外周の全周囲に伸縮構造屋根と連同して伸縮する伸縮レールを取り付
ける。次に車本体で車輪の走行に支障をきたさない位置に上部の伸縮構造
レールと平行に下部レールを取り付け上部及び下部のレールの内側あるい
は外装には,容易に移動する構造の支持部のついている回転体等を装備
し,その支持部に側面シートを取り付け車の側面全周囲をシートで伸縮す
るように,駐車場で駐車する時は,上部屋根部の伸縮屋根を伸ばし,側面
シートをレールに沿って拡大し車全体を完全に包んで覆い車を雨,雪,露
等から防護し,走行時には伸縮屋根と伸縮レールを格納屋根へ収納し,側
面シートもレールに沿って後部座席側へと圧縮して,スリムな型で車を走
行することを特徴とした車両移動伸縮車庫装置。」
(3)審決の内容
審決の内容は,別紙審決写しのとおりである。その理由の要点は,本
件補正後の明細書及び図面(以下「補正明細書等」という。)には,本
願の願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「当初明細書等」とい
う。)に記載も示唆もされていなかった事項が含まれているから,本件
補正は,当初明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものでは
なく,特許法17条の2第3項の要件を満たしていない,というものであ
る。
(4)審決の取消事由
しかしながら,審決は,次の理由により取り消されるべきである。
ア当初発明と補正発明は同じ原理の発明である。原告は,本願の出願後,
試作品の製作に着手したが,すぐに不備に気づき,補正書を提出できる期
間内に本件補正をしたものであって,本件補正は,適法な補正と認められ
るべきである。
全く同じ原理の発明であっても,最初の明細書や図面が不完全で劣って
いるものはそのまま認めるが,補正期間内でも補正され完全になったもの
は絶対に認めない等という査定をしているようでは,我が国の産業は停滞
して取り返しがつかないことになる。
イまた,原告は,本訴(平成18年4月24日付け準備書面)において本
件補正に係る手続補正書を取り下げたから,当初発明のみが審査の対象と
なる。
なお,原告は,本件拒絶理由通知を受けた後に補正できる期間(特許
法50条により指定された期間)及び本件審判請求をしてから補正で
きる期間(平成14年法律24号による改正前の特許法17条の2第
1項3号が定める期間)内であれば,再度の補正をすることができた
というようなことは聞いていない。原告は,平成14年7月11日
に,特許庁の巡回審査会場で,特許庁のA審査官から,①本件補正
は,特許法17条の2第3項により認められない,②本件補正後の発明
は,公開済みであるので特許が認められることはない,③60日以内
に本件補正を削除した手続補正書を出すようにと言われた。この対応
は,この世にない発明が出願されたのであれば,なるべく早く特許を
世の中に出すように指導すべき特許庁の対応としては,あまりにも無
責任なものといわざるを得ない。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,(4)は争う。
3被告の反論
(1)補正明細書等には,当初明細書等には記載も示唆もされていなかった事
項が含まれているから,本件補正は,当初明細書等に記載した事項の範囲
内においてされたものではなく,特許法17条の2第3項の要件を満たし
ていない。したがって,その旨の審決の判断に誤りはない。
(2)原告は本件手続補正書を取り下げることはできない。本件拒絶理由通
知を受けた後に補正できる期間(特許法50条により指定された期間)
及び本件審判請求をしてから補正できる期間(平成14年法律24号に
よる改正前の特許法17条の2第1項第3号が定める期間)内であれ
ば,再度の補正をすることによって,明細書及び図面の記載を補正前の
ものに戻すことができたが,すでにこれらの期間は経過しているから,
再度の補正をすることはできない。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)
(審決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2取消事由について
(1)本願について適用される特許法(平成14年法律24号による改正前の
もの)17条の2第3項によれば,「第1項の規定により明細書又は図面に
ついて補正をするときは,…願書に最初に添付した明細書又は図面…に記載
した事項の範囲内においてしなければならない。」とされている。この規定
は,当初明細書に記載された当初発明と補正明細書に記載された補正発明と
が,仮に同じ原理の発明であっても,補正発明が当初発明の範囲を超える部
分があるときは,補正は許されないことを明らかにしたものである。これ
は,先願主義の立場をとる我が国の特許法の下では,補正の効果は出願時に
遡ることから,補正は出願時の当初発明の範囲内であるときに限って許され
ると解されるからである。
そこで,以上の立場に立って,原告のなした本件補正の適否について検討
する。
(2)ア審決は,補正明細書等に記載されている次の(ア)~(キ)の各事項は,
当初明細書等に記載も示唆もされていなかった事項であると認定してい
る。
(ア)「(図一)から図六図までは伸縮屋根部を金属,あるいは合成樹脂
等の堅牢なもので構成し」(本件公開公報[特開平11-245667
号公報。乙1]5頁左欄11行~13行)
(イ)「車本体で車輪の走行に支障をきたさない位置に上部の伸縮構造レ
ールと平行に下部レールを取り付け上部及び下部のレールの内側あるい
は外装には,容易に移動する構造の支持部のついている回転体等を装備
し,その支持部に側面シートを取り付け」(本件公開公報[乙1]4頁
左欄13行~右欄1行)」,「(4)伸縮レール,(3)格納レール,
(5)下部レールに沿って(6)の側面シートを伸ばし」(本件公開公
報[乙1]5頁左欄15行~16行)及び当該「(5)下部レール」を
示す図二~八,十の記載
(ウ)「走行時には伸縮屋根と伸縮レールを格納屋根へ収納し」(本件公
開公報[乙1]4頁右欄4行~5行),「(2)伸縮屋根,と(4)伸
縮レールを,(3)格納レール(1)の格納屋根より伸ばして屋根部を
作り」(本件公開公報[乙1]5頁左欄13行~15行)及び当該
「(3)格納レール」を備えた「(1)格納屋根」を示す図一~八の記

(エ)「(7)の伸縮屋根補強棒で(2)の伸縮屋根をロックすれば,風
雨に対して耐久力も増し,又冬になって50~60cm位の積雪があっ
てもなんら支障をきたさない。」(本件公開公報[乙1]5頁左欄23
行~26行)及び当該「(7)伸縮屋根補強棒」を示す図一,三,五,
九の記載
(オ)「(図二),は(4)伸縮レール,(3)格納レール,(5)下部
レールに沿って(6)側面シートを後部座席へ圧縮し」(本件公開公報
[乙1]5頁左欄26行~28行),「(図十)は(6)の側面シート
と(2)の伸縮レール(8)の屋根伸縮シートを後部へ圧縮して,運転
状態を示す側面図」(本件公開公報[乙1]5頁右欄11行~13行)
及び当該「(6)側面シート」を後部座席にレールに沿って圧縮した状
態を示す図二,八,十の記載
(カ)「(6)の側面シートが安定しない場合もあるので,鎖等で綱状す
るか,あるいは上,下のレール間を伸縮構造の右記のような柵として側
面シートに取り付けるようにしてもよい」(本件公開公報[乙1]5頁
左欄35行~38行)
(キ)「(2)伸縮屋根を伸ばした一部から折れる機構にすれば操作も簡
単であり,コストも安い。」(本件公開公報[乙1]5頁左欄40行~
右欄1行)及び当該「(2)伸縮屋根を伸ばした一部から折れる機構」
を示す図四,六の記載
イそして,本件公開公報(乙1)に記載されている当初明細書等及び補正
明細書等を対比すると,補正明細書等に記載されている上記ア(ア)~(キ)
の事項は,当初明細書等に記載も示唆もされていなかったことが認められ
る。
したがって,平成11年2月8日付けで原告がなした本件補正は,当初
明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものではなく,特許
法17条の2第3項の要件を満たしていないものというほかない。
(3)次に,原告は,本訴において,本件補正に係る手続補正書を取り下げる
と述べる。
アしかしながら,本件拒絶理由通知を受けた後に補正できる期間(特許
法50条により指定された期間)及び本件審判請求をしてから補正で
きる期間(平成14年法律24号による改正前の特許法17条の2第1
項3号が定める期間)内であれば,再度の補正をすることによって,
明細書及び図面の記載を補正前のものに戻すことができたが,平成1
8年3月17日になされた本訴の提起後においては,これらの補正がで
きる期間は経過しており,補正ができないことは明らかである。
イなお,原告は,上記期間内であれば,再度の補正をすることができた
というようなことは聞いていない,平成14年7月11日に特許庁の
巡回審査会場で特許庁のA審査官から,①本件補正は,特許法17条の
2第3項により認められない,②本件補正後の発明は,公開済みである
ので特許が認められることはない,③60日以内に本件補正を削除し
た手続補正書を出すようにと言われたが,この対応は,あまりにも無
責任なものといわざるを得ないと主張する。しかし,①上記(2)イのと
おり,本件補正は,特許法17条の2第3項により認められないこと,
②本件補正後の発明は,本件公開公報(乙1)によって平成11年9
月14日に公開されている(乙1の「公開日」参照)から,原告が上
記平成14年7月11日の後に出願しても,特許が認められることは
ないと解されること,③本件拒絶理由通知書(乙2)によると,本件
拒絶理由を受けた後に補正できる期間(特許法50条により指定され
た期間)は,60日であるから,60日以内に本件補正を削除した手
続補正書を提出すれば,明細書及び図面の記載を補正前のものに戻す
ことができたことからすると,特許庁の審査官の上記説明に誤りはな
かったということができる。そして,①特許庁の審査官は,上記のと
おり,本件拒絶理由通知を受けた後に補正できる期間(特許法50条
により指定された期間)内に再度の補正をすることによって明細書及
び図面の記載を補正前のものに戻すことができることを説明している
こと,②本件審判請求をしてから補正できる期間(平成14年法律24
号による改正前の特許法17条の2第1項3号が定める期間)内であれ
ば,再度の補正をすることができることは,特許法上明らかであるこ
とからすると,特許庁の審査官が,本件審判請求をしてから補正でき
る期間(平成14年法律24号による改正前の特許法17条の2第1項
3号が定める期間)内に再度の補正をすることができることを説明し
なかったとしても,その説明が適切でなかったとまでいうことはでき
ない。したがって,原告の上記主張は理由がない。
(4)よって,原告が主張する取消事由は理由がない。
3以上の次第で,原告主張の取消事由は認められないから,原告の請求を棄却
することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官森義之
裁判官田中孝一

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