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平成27年10月22日判決言渡
平成27年(行ケ)第10024号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成27年10月8日
判決
原告X
訴訟代理人弁護士佐久間篤夫
弁理士中野圭二
被告有限会社公郷生命工学研究所
訴訟代理人弁護士大嶋芳樹
大嶋勇樹
主文
1特許庁が無効2014-400005号事件について平成26年12
月16日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた裁判
主文同旨。
第2事案の概要
本件は,実用新案登録無効審判請求を不成立とした審決に対する取消訴訟である。
争点は,進歩性判断(相違点についての判断)の是非である。
1特許庁における手続の経緯
(1)本件考案
被告は,名称を「電子式低温加水分解装置」とする考案についての本件登録実用
新案(実用新案登録第3150628号)の実用新案権者である。
本件実用新案登録は,平成21年2月24日に出願した実願2009-1629
号に係るものであり,同年4月30日に設定登録(請求項の数1)がされた。(甲2
3)
(2)無効審判請求
原告が平成26年4月28日付けで本件登録実用新案の請求項1に係る考案(本
件考案)について無効審判請求をしたところ(無効2014-400005号),特
許庁は,同年12月26日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,
その謄本は,平成27年1月6日,原告に送達された。(甲24)
2本件考案の要旨
本件考案(本件実用新案登録出願の願書に添付した明細書及び図面を併せて「本
件明細書」という。)に係る実用新案登録請求の範囲の記載は,次のとおりである。
(甲23)
「鉄板などで作られた密閉容器のなかに攪拌装置と,密閉容器の底に多孔管と,
密閉容器中の空気を送風機で吸引して密閉容器の底に取付けた多孔管から送り込
める空気の循環装置と,その循環装置を介して電子化された空気を密閉容器に吹
き込む電子化装置と,密閉容器の上部から資材を投入するための投入蓋と,密閉
容器の底部から処理物を取り出すための取出蓋と,密閉容器から空気を排気する
ための排気管とを備えることを特徴とする電子式低温加水分解装置。」
3審決の理由の要点
(1)無効理由及び証拠方法
ア無効理由1
甲1記載の反応器のオゾン供給手段に,周知・慣用技術である放電利用のオゾン
供給手段と甲2記載の発酵槽を適用して本件考案とすることは,当業者にとって,
きわめて容易である。
甲1:特開2004-359530号公報
甲2:特開2002-356391号公報
イ無効理由2
甲2記載の空気循環装置に,甲3記載の電子化装置を設けて本件考案とすること
は,当業者にとって,きわめて容易である。
甲3:登録実用新案第3133388号公報
(2)無効理由1についての判断
ア甲1考案
甲1には,次の考案(甲1考案)が記載されている(分説は,審決によるもので
あるが,項番号は,本判決で付した。なお,括弧書きで字句を補充した。)。
【A】両端で閉じられた横方向で長手の円筒状である反応器本体を有するバッチ式
反応器において,
【B】反応器本体には,
【B1】一方の端部の上方部分には原料の装入口と,
【B2】他端の下方部分には,撹拌の間,蓋によって閉じられる,分解生成物
の取出口と(が設けられ),
【C】反応器本体の内部には,
【C1】脱臭装置や,集塵装置等を設置してもよい通気口とが設けられ,
(反応器本体の内部には,)
【C2】その中心軸方向に伸びる回転軸が設置されており,この回転軸には,
複数枚の撹拌羽根が取り付けてあり,
【D】反応器本体に装入された原料の攪拌は,回転軸の一端に取り付けられた駆動
装置によって回転軸が回転することで行われ,
【E】さらに,反応器本体には,
【E1】分解反応に必要な空気又は酸素の供給手段と,
【E2】活性酸素の発生源であるオゾン供給手段とが備えられ,
【E3】水分が調節された有機性廃棄物と無機性廃棄物の混合物を,装入口
の上方から,ホッパ等の投入手段を介して,所定の量で反応器本体
内に装入し,
【F】反応器本体内では,装入された混合物は,回転軸に取り付けられた撹拌羽根
によって攪拌されると共に,加熱ジャケットを介して所定の温度に加熱され,
撹拌の間,装入口及び通気口は,常時開放されていて,通気可能な状態にな
っており,
【G】無機性廃棄物が触媒となって,水に溶解した酸素分子とオゾン供給手段から
のオゾンから生成される活性酸素と有機性廃棄物を反応させてラジカル分解
する【H】バッチ式反応器。
イ本件考案と甲1考案との一致点
「容器の中に攪拌装置と,容器の上部から資材を投入するための投入部と,容器
の底部から処理物を取り出すための取出蓋と,容器から空気を排気するための排
気管と,容器内部に活性酸素を供給する手段とを備えた分解装置。」
ウ本件考案と甲1考案との相違点
(ア)相違点1
有機性廃棄物の分解について,本件考案は,「低温加水分解」であるのに対し,甲
1考案は,所定の温度に加熱されている,ラジカル分解である点。
(イ)相違点2
活性酸素を供給する手段について,本件考案は,空気の電子化装置であるのに対
し,甲1考案は,無機性廃棄物とオゾン供給手段であって,オゾン供給手段によっ
て供給されるオゾンは活性酸素ではなく,活性酸素の発生源である点。
(ウ)相違点3
容器について,本件考案では,「鉄板などで作られた密閉容器」であり,該「密閉
容器」に「投入蓋」を有しているのに対し,甲1考案の反応器は,原料の装入口に
は,蓋は備えておらず,装入口が常時開放されていて密閉されていない点。
(エ)相違点4
本件考案は,「密閉容器中の空気を送風機で吸引して密閉容器の底に取付けた多孔
管から送り込める空気の循環装置」を備えていて,電子化された空気の密閉容器へ
の吹き込みは,「その循環装置を介して」行われるのに対し,甲1考案は,そのよう
な空気の循環装置は備えておらず,オゾンの供給がどのように行われるのか不明な
点。
エ相違点の判断
(相違点4について)
①甲1考案に用いられる活性酸素は,有機性廃棄物中の水に溶解した酸素とオ
ゾン供給手段からのオゾンから生成されるものである。そして,甲1考案では,外
部から通気口を介して,十分な量の酸素を含んだ空気と,オゾンを供給するように
なっていると解することができる。技術常識に照らせば,反応器の内部の空気を循
環させることによっては,反応器内の水に溶ける酸素の量やオゾンの量を増やすも
のではないことは明らかであるから,甲1考案において,反応器内の空気を循環す
る空気の循環装置を採用する動機付けは見当たらない。
②甲1考案は,微生物を利用したものではないことから,甲2考案における反
応容器内を微生物の発酵処理に適した好気雰囲気に保持するような課題は存在しな
い。
③甲1考案では,装入された混合物は,回転軸に取り付けられた撹拌羽根によ
って撹拌されていて,反応容器の上部と下部とで,水分分布が極端に不均一になる
ことは想定しにくいことから,甲2考案における保湿成分(水分分布)を均一にす
るというような課題も存在しない。
オ小活
相違点4に係る構成は,当業者がきわめて容易に想到し得たものではなく,相違
点1~3について検討するまでもなく,本件考案は,当業者がきわめて容易に考案
し得たものとはいえない。
(3)無効理由2についての判断
ア甲2考案
甲2には,次の考案(甲2考案)が記載されている。
「上下部に吸気管及び送気管を配置して,空気循環機構5によって発酵槽1の内
部の空気を循環して好気雰囲気に保持させて,アンモニア臭の発生等を防止して,
有機廃棄物を好気性微生物により発酵処理してコンポストを得る有機廃棄物の発
酵処理装置において,
被処理物及び処理物を給排するための開閉口と,
外気取り入れ口56と,
外気導入により余剰となった余剰空気8bを発酵槽1及び循環路53で形成さ
れる空気循環系外に排出して,発酵槽1への送気量を適正に保持する余剰空気排
出路59とを備え,
発酵槽1は,密閉状であり,水平軸線回りで回転操作自在であって,第1回転
位置及びこれから180度回転した第2回転位置に選択的に固定保持され,
発酵槽1には,複数の攪拌翼18が固着され,
発酵槽1が第1回転位置又は第2回転位置に保持されたときにおいて作動され
る,発酵槽1内を好気雰囲気に保持させるべく空気8を循環させる送風機54を
備え,
発酵槽1が第1回転位置に保持された状態では,発酵槽1内の空気8を,送吸
気パイプ35に複数設けられた第1送吸気口38から第1送吸気管3及び吸気孔
51を経て吸気路53bに吸気し,さらに送気路53a,送気孔52及び第2送
吸気管4を経て,送吸気パイプ35に複数設けられた第2送吸気口48から発酵
槽1内に送気させるようになっていて,
発酵槽1が第2回転位置に保持された状態では,発酵槽1内の空気8を第2送
吸気口48から第2送吸気管4及び吸気孔51を経て吸気路53bに吸気し,更
に送気路53a,送気孔52及び第1送吸気管3を経て第1送吸気口38から発
酵槽1内に送気させるようになっている発酵処理装置。」
イ本件考案と甲2考案との一致点
「鉄板などで作られた密閉容器のなかに攪拌装置と,密閉容器の底に多孔管と,
密閉容器中の空気を送風機で吸引して密閉容器の底に取付けた多孔管から送り込
める空気の循環装置と,密閉容器から空気を排出するための排気管を備える装
置。」
ウ本件考案と甲2考案との相違点
(ア)相違点1の2
本件考案は,「電子式低温加水分解装置」であって,「循環装置を介して電子化さ
れた空気を密閉容器に吹き込む電子化装置」を備えているのに対し,甲2考案は,
有機廃棄物の発酵処理装置であって,本件考案のような電子化装置は備えていない
点。
(イ)相違点2の2
本件考案は,「密閉容器の上部から資材を投入するための投入蓋と,密閉容器の底
部から処理物を取り出すための取出蓋」を備えているのに対し,甲2考案は,被処
理物及び処理物を給排するための共通の開閉口しか備えていない点。
エ相違点の判断
(相違点1の2について)
①本件考案の「電子式低温加水分解」と,甲2考案の「発酵処理」とは,有機
物を分解する機序が明らかに相違する。
②甲3記載の「空気の電子化装置」によって発生する活性化酸素によって,甲
2の「好気性微生物」が有機物の発酵処理を行うことができるような「好気雰囲気」
が保持されるかどうかは明らかではない。
③①②から,甲2考案に甲3記載の「空気の電子化装置」を用いることについ
ての動機付けが存在するとはいえない。
④甲3記載の「空気の電子化装置」は,開放された環境下での発酵促進に使用
されることが意図されており,反応槽のような限定的な空間内での発酵に用いるこ
との記載や示唆があるとは認められない。
⑤最適な好気雰囲気を確保し,発酵・醸成条件を変化させないようにした甲2
考案の発酵槽1内に,発酵処理を促進させ,発酵・醸成条件を変化させることの明
らかな甲3記載の「空気の電子化装置」を採用することには,阻害要因がある。
オ小括
相違点1の2は,当業者がきわめて容易に想到し得たものではないから,相違点
2の2について検討するまでもなく,本件考案は,当業者がきわめて容易に想到し
得たということはできない。
(4)結論
原告の主張及び証拠方法によっては,本件考案に係る実用新案登録を無効とする
ことはできない。
第3原告主張の審決取消事由
1取消事由1(相違点4の判断の誤り)
(1)相違点4の認定について
審決が,本件考案と甲1考案との相違点4を「本件考案は,『密閉容器中の空気を
送風機で吸引して密閉容器の底に取付けた多孔管から送り込める空気の循環装置』
を備えていて,電子化された空気の密閉容器への吹き込みは,『その循環装置を介し
て』行われるのに対し,甲1考案は,そのような空気の循環装置は備えておらず,
オゾンの供給がどのように行われるのか不明な点。」と認定したことは,争わない。
(2)動機付けについて
審決は,反応器の内部の空気を循環させることによっては,反応器内の水に溶け
る酸素の量やオゾンの量を増やすものではないとの技術常識があると認定の上,甲
1考案において,反応器内の空気を循環する空気の循環装置を採用する動機付けは
ないと判断する。
しかしながら,水に砂糖や塩を溶解させる際に撹拌すると溶解が促進することが
できることから明らかなとおり,空気を水中で循環させて水との接触を増やした方
が酸素の溶解量が増すことは,技術常識である。
甲1考案は,反応混合物の温度を下げたり,乾燥させすぎたりして分解反応を阻
害することがないような範囲で,水に溶解される酸素の量をできる限り大きくする
ことが好ましいとされている(【0025】)。そうすると,甲1考案は,反応混合物
の温度を下げたり,乾燥させすぎたりしないように,空気の供給量が一定の範囲に
制限されるものではあるが,水に溶解させる酸素量を増やすためには水と接触する
酸素量を増やせばよいとの技術常識に従い,空気をより多くの水と接触させたいと
の課題を有する。
したがって,甲1考案において,反応器内の空気を循環する空気の循環装置を採
用する動機付けが存在する。
(3)課題(好気雰囲気)について
審決は,甲1考案は微生物を利用したものではないことから,反応容器内を微生
物の発酵処理に適した好気雰囲気に保持するような課題は存在しないと判断する。
甲2考案における微生物の発酵処理に適した好気雰囲気とは,異臭を周辺に撒き
散らすことがないような閉空間において,この閉空間を好気性微生物が活動可能な
好気雰囲気に維持するために,発酵槽内を空気循環させた上で外気(新鮮空気)を
導入することであるから,甲2考案の課題は,空気汚染を回避して適正な好気雰囲
気に保持すること,すなわち,酸素濃度を低下させないことである(【0001】【0
002】【0023】)。
一方,甲1考案にも,異臭を周辺に撒き散らさないようにするという課題(【00
33】)及び分解反応で消費された酸素を補って酸素濃度を低下させないようにする
という課題(【0015】【0023】)が存在する。
そうすると,甲1考案は,水に溶解した酸素及びオゾン供給手段からのオゾンか
ら活性酸素を生成するものであって,微生物を利用したものではないとしても,容
器内の酸素濃度が低下しないように酸素濃度を維持するという同一の課題が存在す
る。
(4)課題(保湿分布)について
審決は,甲1考案では反応容器の上部と下部とで水分分布が極端に不均一になる
ことは想定しにくいことから,保湿分布(水分分布)を均一にするというような課
題が存在しないと判断する。
しかしながら,甲1考案の反応器では,装入口及び通気口がいずれも反応器本体
の上部に設けられているため,反応器本体内の上層部分には外気の新鮮な空気が導
入されるものの,この上層部分は乾燥しやすくなる。甲1考案の反応器において,
水に溶解させる酸素量を増やすには,供給される酸素量を増やすと共に酸素と接触
する水分量も増やす必要がある。したがって,甲1考案においては,水分分布が極
端に不均一でないとしても,反応器本体内を好気雰囲気に保持した上で,保湿分布
(水分分布)を均一にするという課題が存在することは明らかである。
(5)小括
以上からすれば,甲2考案の循環装置を採用することにより相違点4に係る構成
とすることは,当業者がきわめて容易に想到し得た。
したがって,審決の相違点4の判断には,誤りがある。
2取消事由2(相違点1の2の判断の誤り)
(1)相違点1の2の認定について
審決が,本件考案と甲2考案との相違点1の2を「本件考案は,『電子式低温加水
分解装置』であって,『循環装置を介して電子化された空気を密閉容器に吹き込む電
子化装置』を備えているのに対し,甲2考案は,有機廃棄物の発酵処理装置であっ
て,本件考案のような電子化装置は備えていない点。」と認定したことは,争わない。
(2)有機物の分解機序について
審決は,本件考案の「電子式低温加水分解」と甲2考案の「発酵処理」とは,有
機物を分解する機序が明らかに相違すると判断する。
しかしながら,甲2考案の有機物の発酵処理は,好気性微生物が有機物を酸化し
て分解することを包含するものであるところ(【0001】),本件考案の「電子式低
温加水分解」も,ヒドロキシルラジカルのラジカル反応を利用した有機物の酸化分
解である。
したがって,本件考案の「電子式低温加水分解」と,甲2考案の「発酵処理」と
は,有機物を分解する機序が明らかに相違するものではない。
(3)好気雰囲気の保持について
審決は,甲3記載の「空気の電子化装置」によって発生する活性化酸素によって,
好気性微生物が有機物の発酵処理を行うことができるような好気雰囲気が保持され
るかどうかは明らかではないと判断する。
甲3記載の「空気の電子化装置」は,ヒドロキシルラジカルを活用して有機物を
酸化分解するものであるが(【0028】),このヒドロキシルラジカルの酸化分解作
用を,好気性微生物を利用した分解処理槽に適用することは,特開2005-11
8743号公報(甲36,【0001】【0027】~【0029】【0034】参照)
及び特開2003-47938号公報(甲37,【0001】【0059】【0060】
【0065】参照)に記載されているように,本件考案出願当時,広く知られてい
たことである。
酸素が存在しない嫌気下でしか活動できない絶対嫌気性細菌は,処理槽内部に満
たされた活性酸素によって殺菌されて繁殖が抑制されるが,酸素が存在する好気下
で活動できる好気性細菌や通性嫌気性細菌は,酸素のみならず活性酸素に対しても
耐性をもっているものが多い。したがって,これら細菌は,酸化分解反応によって
多少は分解されることがあるにしても,殺菌されたり死滅したりすることはないか
ら,むしろ優勢種となり,さらに,酸化分解反応によって難分解性の有機物が分解
されることにより,微生物の増殖作用も働くことになる(特開2005-1443
04号公報〔甲15〕の【0012】【0016】【0019】)。
以上のとおり,甲3記載の「空気の電子化装置」を用い,発酵槽内にヒドロキシ
ルラジカルを導くことにより,雑菌(嫌気性微生物が多い),ホルムアルデヒドやア
ンモニアなどの化学物質などを分解して,好気性微生物が有機物の発酵処理を行う
のに適した好気雰囲気を保持することができる。
(4)限定された空間内での発酵について
審決は,甲3記載の「空気の電子化装置」は,開放された環境下での発酵促進に
使用されていることが意図されていると判断する。
しかしながら,甲3が,甲3記載の「空気の電子化装置」を活用すべき開放され
た環境下として,「大気中や水中,土中」を例示しているのは(【0017】),開放
された環境下での活用において,甲3記載の「空気の電子化装置」が従来のオゾン
処理よりも優位性を有していることを説明しているにすぎない(【0025】)。甲3
記載の「空気の電子化装置」が,開放された環境下において従来のオゾン処理に対
して優位性が存在するからといって,同装置が,反応槽などの密閉空間での処理を
排除し,開放された環境下での発酵促進に使用されることが意図されていることに
はならない。
(5)発酵・醸成条件の変化について
審決は,発酵・醸成条件を変化させないようにした甲2考案の発酵槽1内に,発
酵処理を促進させ,発酵・醸成条件を変化させることの明らかな甲3記載の「空気
の電子化装置」を採用することには,阻害要因があると判断する。
しかしながら,甲3記載の「空気の電子化装置」は,発酵を促進させるものにす
ぎないところ(【0028】),甲2考案は,発酵槽の水分分布の均一化と反転前後に
おける吸気,送気による空気循環形態を同一となるようにしているにすぎない(【0
029】)。この空気循環に甲3記載の「空気の電子化装置」を取り付けたとしても,
発酵槽1の吸気,送気による空気循環形態は異ならないから,甲2考案の発酵槽1
の発酵,醸成条件に影響を与えるものではない。
(6)小括
したがって,審決の相違点1の2の判断には,誤りがある。
第4被告の反論
1取消事由1(相違点4の判断の誤り)に対して
甲1には,反応混合物の温度を下げたり,乾燥させすぎたりして分解反応を阻害
することがないような範囲で,水に溶解される酸素の量をできる限り大きくするこ
とが好ましいとする記載はない。そして,本件考案における空気の循環も,①槽内
空気の流速(線速度)を速めること,②過酸化水素の生成をもたらせるためのもの
であり,空気の溶解量を増やすことが目的ではない。
また,甲2考案の空気の循環装置は,好気性微生物が活動可能な好気雰囲気を維
持するためのものであるところ,単に空気を循環させるだけならば,甲2考案の空
気の循環装置が利用されなければならない理由もない。
したがって,審決の相違点4の判断には,誤りはない。
2取消事由2(相違点1の2の判断の誤り)について
①甲2考案の発酵処理は,微生物を用いて発酵処理により有機物を堆肥化する
技術であるが,本件考案の「電子式低温加水分解」は,ヒドロキシルラジカルのラ
ジカル反応により有機物を「加水分解」するものであるところ,ヒドロキシルラジ
カルは,微生物も分解してしまうので,本件考案に微生物の生化学的な分解作用を
併用することはできない。甲3における発酵促進の説明は,「空気の電子化装置」に
よって「加水分解」されたものに,微生物や酵素を入れて発酵処理すると発酵が促
進されるという意味での有益性を説明したものであり,ヒドロキシルラジカルによ
って堆肥化が促進されるというものではない。
本件明細書における微生物による処理についての説明も,上記同様に,本件考案
の装置によって「加水分解」された処理物(低分子化された有機物)に,微生物や
酵素を入れて二次処理するとの意味にすぎず,この際には,「空気の電子化装置」を
作動させていない。
②甲36及び甲37は,審判手続で審理判断されなかった無効原因に関するも
のであるから,その提出は,実用新案法47条2項(特許法178条6項)に反し,
許されない。
また,甲36の生ごみ処理機に取り付けられているイオン発生装置は,空気中に
含まれる浮遊細菌を殺菌し,ホルムアルデヒドやアンモニアを無害化するための殺
菌及び分解装置であり,本件考案の装置に取り付けられている「空気の電子化装置」
とは全く作用,効果等が異なる。イオン発生装置は,イオンによって空気中の浮遊
菌が殺菌されるため,浮遊菌により死滅させられるおそれがある好気性細菌の健康
度を高める効果があるというにすぎない。甲37のゴミ処理機における換気装置5
の消臭装置により発生したヒドロキシルラジカルは,その装置近傍の有機物を分解
することはできるが,送気時間が数秒間かかることから,生ゴミ撹拌処理槽3で撹
拌処理されている発酵物にヒドロキシルラジカルをその有効時間内に到達させ,供
給することは不可能である。さらに,甲15については,酸化チタンを含む多孔質
のセラミック粒体に微生物を含浸させても,酸化チタンに光を当てることができな
いから,光触媒として機能する酸化チタンをもってスーパーオキシドラジカルや水
酸基ラジカルを発生させることはできず,実用性が疑われる技術である。
③したがって,審決の相違点1の2の判断には,誤りはない。
第5当裁判所の判断
1認定事実
(1)本件考案について
本件明細書(甲23)の記載によれば,本件考案は,次のとおりのものと認めら
れる。
本件考案は,空気中の酸素分子を電磁的に励起させることにより,スーパーオキ
シドなどの活性酸素を発生させる「空気の電子化装置」によって,生ゴミなどの有
機廃棄物,野菜くずなどの農産廃棄物,木材や紙,パルプなどのバイオマス資材を
低温で「加水分解」する装置に関する(【0001】)。
従来,木材などを加水分解する装置は,高温高圧下で熱分解させ,濃硫酸で煮沸
して加水分解するなどの装置であったため(【0002】),100℃を超える高温と,
20気圧を超える高圧と,PH1以下の強酸性下で加水分解する反応器が必要であ
った(【0003】)。
そこで,本件考案は,有機物の加水分解を濃硫酸などの濃酸を使わないで常温常
圧下で行うことができて,その結果として操作がやさしく,鉄板やアルミ板などで
製作できる簡易な装置を提供することを課題とする(【0003】)。
本件考案の装置は,鉄板などで作られた(【0020】【0028】【0034】)
密閉容器(【0025】)の中に,攪拌装置と,密閉容器の底に多孔管(【0029】)
と,密閉容器中の空気を送風機で吸引して密閉容器の底に取付けた多孔管から送り
込める空気の循環装置と,その循環装置を介して「電子化された空気」を密閉容器
に吹き込む電子化装置と,密閉容器の上部から資材を投入するための投入蓋と(【0
030】),密閉容器の底部から処理物を取り出すための取出蓋(【0030】)と,
密閉容器から空気を排気するための排気管とを備える。(以上【0020】)
本件考案に用いられる電子化装置は,実用新案登録第3133388号の「空気
の電子化装置」を用いる(【0027】)。この装置は,空気中の酸素分子を電磁気的
に励起させて一重項酸素などの活性酸素種を含んだ「電子化空気」を発生させるも
のであり(【0023】),スーパーオキシド(・O2

)やヒドロキシルラジカル(H
O・)などのラジカルな自由電子を持った活性酸素種を発生させ,その強い酸化力に
よって,植物体や動物体などの有機化合物を「加水分解」する(【0007】【00
18】【0033】【0035】【0037】)。
本件考案の「電子式低温加水分解装置」によれば,100℃以下の低温度で有機
化合物を「加水分解」できるので,鉄板などの加工しやすい材質をもって装置を製
作することができ,従来の高温・高圧構造,耐薬品材質の装置に比べて製作コスト
が安くできる効果がある(【0034】)。
【符号の説明】
1本体2攪拌軸3攪拌腕4攪拌羽根5駆動輪6軸受け
7駆動ベルト8伝力駆動輪9駆動機10投入蓋11取出蓋
12空気導入配管13送風機14電子化装置15多孔管
16排風機17接続管18排気管19架支イ資材
ロ処理資材ハ処理物a空気b電子化空気c槽内空気
d排気
(2)甲1考案について
甲1の記載によれば,甲1考案は,次のとおりのものと認められる。
甲1考案は,有機性廃棄物を高速で堆肥化して,肥料,土壌改良剤等として利用
される高品質の農業資材を製造するバッチ式反応器に関する(【0001】【002
9】)。
従来,微生物による発酵分解以外の手段による生ゴミ等の有機性廃棄物の処理方
法の1つとして,粘土・Fe錯体を使用する化学反応を利用する方法が提案されて
いる(【0013】)。この方法は,活性型粘土-Fe錯体が,酸素分子から活性酸素
を生成し,この活性酸素の高い反応性によって有機物をラジカル化して分解するも
のである(【0015】)。
甲1考案は,大部分が再利用されることなく廃棄されていたペーパースラッジ焼
却灰又は石炭燃焼灰が,活性型粘土-Fe錯体の機能と同様の機能を有するとの知
見に基づき,有機性廃棄物を,高速で,かつ,悪臭を生ずることなく堆肥化して,
肥料,土壌改良剤等として利用される高品質の農業資材を製造するバッチ式反応器
を提供することを目的とする(【0016】【0017】【0029】)。
甲1考案は,両端で閉じられた横方向で長手の円筒状である反応器本体を有する
バッチ式反応器において(【0030】),反応器本体には,一方の端部の上方部分に
は原料の装入口と,他端の下方部分には,撹拌の間,蓋によって閉じられる,分解
生成物の取出口と(【0030】【0033】),反応器本体の内部には,脱臭装置や,
集塵装置等を設置してもよい通気口とが設けられ(【0033】),その中心軸方向に
伸びる回転軸が設置されており,この回転軸には,複数枚の撹拌羽根が取り付けて
あり,反応器本体に装入された原料の攪拌は,回転軸の一端に取り付けられた駆動
装置によって回転軸が回転することで行われ(【0030】),さらに,反応器本体に
は,分解反応に必要な空気又は酸素の供給手段(【0022】【0023】)と,活性
酸素の発生源であるオゾン供給手段(【0018】【0024】)とが備えられ,水分
が調節された有機性廃棄物と無機性廃棄物の混合物を,装入口の上方から,ホッパ
等の投入手段を介して,所定の量で反応器本体内に装入し,反応器本体内では,装
入された混合物は,回転軸に取り付けられた撹拌羽根によって攪拌されるとともに,
加熱ジャケットを介して所定の温度に加熱され(【0031】【0033】),撹拌の
間,装入口及び通気口は,常時開放されていて,通気可能な状態になっており(【0
033】),無機性廃棄物が触媒となって,水に溶解した酸素分子とオゾン供給手段
からのオゾンから生成される活性酸素と有機性廃棄物を反応させてラジカル分解す
るバッチ式反応器である(【0029】【0034】)。
甲1考案によれば,活性型粘土・Fe錯体を使用して行われている有機性廃棄物
の堆肥化に関し,この粘土・Fe錯体の代用物として,従来は再使用されることな
く産業廃棄物として処分されていた,ペーパースラッジ焼却灰及び石炭燃焼灰を使
用することができる(【0050】)。
【符号の説明】
(1)反応器(2)反応器本体(3)装入口(4)取出口(5)回転軸
(6)撹拌羽根(7)駆動装置(8)加熱ジャケット(9)加熱熱源
(3)甲2考案について
甲2の記載によれば,甲2考案は,次のとおりのものと認められる。
甲2考案は,有機廃棄物(例えば,下水,屎尿,産業排水,ディスポーザ等から
発生する脱水汚泥,畜産,屠場廃棄物,一般家庭から排出される厨芥,残飯,農産
廃棄物,コーヒ滓,ゼラチン滓等の工業廃棄物)を好気性微生物により発酵処理(発
酵,醸成)してコンポストを得る場合に好適な,有機廃棄物の発酵処理装置に関す
るものである(【0001】)。
この種の発酵処理装置にあっては,一般に,開放型の発酵槽が使用されているが,
発酵処理に伴う異臭(アンモニア臭)の発生による周辺環境の悪化を招くおそれが
あり,これを防止するために格別の消臭設備,脱臭設備が必要となり,ランニンコ
スト,イニシャルコストが高騰する不都合があった。そこで,密閉型の発酵槽を使
用した発酵処理装置を開発し,かかる発酵処理装置にあっては,発酵槽内の上下部
に吸気管及び送気管を配置して,発酵槽内を空気循環による好気雰囲気に保持させ
ることにより,アンモニア臭の発生等を防止しつつ良好な発酵処理を行い得るもの
である。(【0002】【0003】)
しかしながら,このような密閉型の発酵槽を使用して,発酵槽の上部から吸気す
るとともに下部から送気するようにした場合,送吸気による空気循環が継続される
に伴って,発酵槽内における被処理物の下層部分と上層部分との保湿分布(水分分
布)が極端に不均一となり,発酵,醸成を効果的に行い得ないといった問題があっ
た。甲2考案は,このような点にかんがみて,密閉型の発酵槽を使用することによ
る利点を担保しつつ,その欠点を排除することにより,有機廃棄物の発酵処理を効
率よく効果的に行うことができる発酵処理装置を提供することを目的とする。(【0
004】【0005】)
甲2考案の発酵処理装置は,①被処理物及び処理物を給排するための開閉口と
(【0011】),②外気取り入れ口56と(【0017】【0023】),③外気導入に
より余剰となった余剰空気8bを発酵槽1及び循環路53で形成される空気循環系
外に排出して,発酵槽1への送気量を適正に保持する余剰空気排出路59とを備え
(【0017】【0025】),④発酵槽1は,密閉状であり,水平軸線回りで回転操
作自在であって,第1回転位置及びこれから180度回転した第2回転位置に選択
的に固定保持され(【0011】【0012】),⑤発酵槽1には,複数の攪拌翼18
が固着され(【0011】),⑥発酵槽1が第1回転位置又は第2回転位置に保持され
たときにおいて作動される,発酵槽1内を好気雰囲気に保持させるべく空気8を循
環させる送風機54を備え(【0016】【0017】【0021】),⑦発酵槽1が第
1回転位置に保持された状態では,発酵槽1内の空気8を,送吸気パイプ35に複
数設けられた第1送吸気口38から第1送吸気管3及び吸気孔51を経て吸気路5
3bに吸気し,更に送気路53a,送気孔52及び第2送吸気管4を経て,送吸気
パイプ35に複数設けられた第2送吸気口48から発酵槽1内に送気させるもので
あり(【0021】),⑧発酵槽1が第2回転位置に保持された状態では,発酵槽1内
の空気8を第2送吸気口48から第2送吸気管4及び吸気孔51を経て吸気路53
bに吸気し,更に送気路53a,送気孔52及び第1送吸気管3を経て第1送吸気
口38から発酵槽1内に送気させるものである(【0033】)。
このような構成を有する甲2考案の発酵処理装置は,有機廃棄物の発酵処理(発
酵,醸成)を効率良く効果的に行うことができ,良質のコンポストを得ることがで
きる(【0047】。」
2取消事由1(相違点4の判断の誤り)について
(1)相違点4について
相違点4は,「本件考案は,『密閉容器中の空気を送風機で吸引して密閉容器の底
に取付けた多孔管から送り込める空気の循環装置』を備えていて,電子化された空
気の密閉容器への吹き込みは,『その循環装置を介して』行われるのに対し,甲1考
案は,そのような空気の循環装置は備えておらず,オゾンの供給がどのように行わ
れるのか不明な点。」というものであるところ,活性酸素を供給する手段の点や容器
が密閉されている点は,それぞれ,相違点2及び相違点3として考慮されている。
また,本件考案は,電子化された空気,すなわち,活性酸素に関して,「循環装置を
介して」としか限定していないから,活性酸素が循環装置で循環される空気に含ま
れる態様の構成も含むものであり,そうであれば,相違点4に係る本件考案の構成
とは,要するに,容器中の空気を容器の底に取り付けた多孔管から送り込むという
空気の循環に係る構成をいうものである。
原告は,甲1考案の反応器に甲2考案の循環装置を採用することにより,相違点
4に係る本件考案の構成とすることは,当業者がきわめて容易に想到し得た旨を主
張するので,以下,検討する。
(2)検討
甲1には,次の記載がある。
「有機性廃棄物と無機性廃棄物とを混合した後,得られた混合物について,水分の調節を行
う。混合物の水分含量は,一般に,40~80質量%,好ましくは,55~65質量%であ
る。有機性廃棄物の分解反応では,水に溶解している酸素が活性化されるという理由から水
分の存在は必須であが,水分含量が40質量%未満では,反応系が乾燥しすぎて,分解が進
行せず,また,80質量%より大では,水分が多すぎて,反応器から排出される製品が湿潤
しすぎており,次行程での乾燥処理において高温及び長時間の処理が必要となる。」(【002
2】)
「このようにしてペーパースラッジ焼却灰,石炭燃焼灰又はこれらの混合物を添加した有機
性廃棄物を,攪拌機を備えた反応器に装入する。反応器は,さらに,反応器内部において有
機性廃棄物の混合物を外部から加熱し,その温度を保持するための加熱保温装置を備えてい
る。また,分解反応には,酸素の存在が必須であり,空気又は酸素の供給手段が設置してあ
る。」(【0023】)
「酸素又は空気以外に,オゾンの存在は,活性酸素の発生源であるため,有機性廃棄物の分
解には有効であり,反応器にオゾン供給手段を設けてもよい。」【0024】)
「空気の供給量は,有機性廃棄物の混合物1Kg当たり,一般に,10~500L/分好まし
くは50~100L/分である。10L/分未満では,水に溶解する酸素量が少なく,500
L/分より大では,反応混合物の温度を下げ,乾燥させすぎて分解反応を阻害することとな
る。」(【0025】)
上記記載によれば,甲1考案で分解反応に用いる酸素は,有機性廃棄物と無機性
廃棄物との混合物中の水分に溶解した形で供給されるものであるから,有機性廃棄
物の効率的な分解のために,上記混合物中の水分に溶解した酸素の量が多い方が望
ましいことは,当業者にとって明らかである。
一方,前記1(3)のとおり,甲2考案は,密閉型の発酵槽を使用した発酵処理装置
において,発酵槽の上下部に複数の開口を有する吸気管及び送気管を配置し,循環
路に送風機及び外気取り入れ口を設け,発酵槽内を空気循環による好気雰囲気に保
持する空気循環機構である。甲2考案の空気循環機構を用いた場合には,発酵槽の
下部に配置された送気管から送出された空気が有機性廃棄物を通過するから,有機
性廃棄物中の水分に空気中の酸素を溶解させる上で好都合であることは,当業者で
あれば容易に理解できることである。
そうすると,甲1考案において,分解反応を促進するために,有機性廃棄物と無
機性廃棄物との混合物中の水分に溶解する酸素量を多くして,甲2考案の空気循環
機構を採用して相違点4に係る本件考案の構成とすることは,きわめて容易である
といえる。
甲1には,上記のとおり,「空気の供給量は,有機性廃棄物の混合物1Kg当たり,
一般に,10~500L/分好ましくは50~100L/分である。10L/分未満で
は,水に溶解する酸素量が少なく,500L/分より大では,反応混合物の温度を下
げ,乾燥させすぎて分解反応を阻害することとなる。」(【0025】)との記載があ
るが,この記載は,空気の供給量の許容範囲を定めたものにすぎず,当業者が,こ
の記載に基づき,甲1考案において,空気の供給方法は通気口からのものに限定さ
れているとか,通気口からの空気のみでその供給量が十分なものとされていると理
解するとはいえない。
(3)被告の主張について
被告は,甲1には水に溶解される酸素の量をできる限り大きくすることが好まし
いとの記載はない旨を主張するが,上記(2)(3)のとおり,その主張は失当である。
また,被告は,本件考案における空気の循環は,槽内空気の流速(線速度)を速
めたり,過酸化水素の生成をもたらせることが目的であり,空気の溶解量を増やす
ためのものではない旨を主張するが,本件明細書にはそのような目的から空気を循
環させる旨の記載はない。被告の上記主張は,明細書に基づかないものであるから,
失当である。
さらに,被告は,甲1考案は微生物を利用したものではなく,微生物の発酵処理
に適した好気雰囲気を保持する課題は存しないから,甲2考案を組み合わせる動機
付けはない旨を主張する。しかしながら,空気循環による好気雰囲気を保持するこ
とによって有機性廃棄物中の水分に溶解する酸素量を多くするとの技術事項を適用
するに当たり,有機性廃棄物の分解機序が相違することは,その適用の妨げとなる
ものではない。被告の上記主張は,採用することができない。
なお,甲2考案は,被処理物の保湿分布を均一にして処理反応を均一かつ効率的
に起こさせるという技術課題を直接の対象とするものであり(【0004】),この課
題の解決のため,甲2考案は,前記1(3)のとおり,発酵槽内の上下部に吸気管及び
送気管を配置して,発酵槽内を空気循環による好気雰囲気に保持させていた従来技
術に加えて,上記保湿分布の均一との技術課題の観点から,発酵槽内の上下部にあ
るパイプに送吸気を兼ねさせて,発酵槽を上下に反転操作できるようにしたもので
ある。そうすると,空気循環による好気雰囲気を保持するための空気循環機構を適
用するに当たり,保湿分布の均一化のための機構を必ずしも要するものでないこと
は,当業者であれば,甲2から容易に読み取ることができる。したがって,甲1考
案に保湿分布を均一にするという技術課題がないからといって,甲1考案に甲2考
案の上記にいう空気循環機構を適用することが妨げられるものではない。
(4)小括
以上のとおり,本件考案の相違点4に係る構成を当業者がきわめて容易に考案し
得たとはいえないとした審決の判断には,誤りがある。
したがって,取消事由1は,理由がある。
3取消事由2(相違点1の2の判断の誤り)
(1)検討
甲3記載の「空気の電子化装置」(甲3装置)における有機廃棄物の分解機序は,
スーパーオキシド(・O2

)やヒドロキシルラジカル(HO・)などのラジカルな自
由電子を持った活性酸素種を発生させ,その強い酸化力によって,植物体や動物体
などの有機化合物を分解するもの(【0011】【0016】【0028】)と認めら
れる。これに対して,甲2考案の有機性廃棄物の分解機序は,好気性微生物による
発酵処理である。しかるところ,甲3装置により生成された活性酸素による分解作
用は,有機物で構成されている微生物に対しても及ぶことが自明であるから,好気
性微生物を利用する甲2考案の分解機序に対して有益な効果をもたらすか否かは明
らかではなく,甲2考案の分解機序に甲3記載の「空気の電子化装置」による分解
機序を加えることは,阻害要因があるといえる。
(2)原告の主張について
①原告は,本件考案に用いられる甲3装置と甲2考案の発酵処理とは,有機物
を酸化分解する点において共通する旨を主張する。
しかしながら,甲3装置の分解機序は,ヒドロキシルラジカルを利用するもので
あり,甲2考案の分解機序は,微生物を利用するものであるから,上記(1)のとおり,
甲3装置により生成された活性酸素は,一方では,好気性微生物に対して有害な作
用をもたらすものであり,両考案を組み合わせたことにより,単純に甲2考案の分
解作用の効果が増すとは予想できないから,単に「酸化分解」という点において両
考案が共通するからといって,当業者が両者を組み合わせようと動機付けられるも
のではない(なお,甲1考案に適用した甲2の空気循環機構には,甲1考案に対す
るこのような相反作用はない。)。
原告の上記主張は,採用することができない。
②原告は,甲3装置により生成されたヒドロキシルラジカルによって,好気性
微生物の発酵処理を行うのに適した好気雰囲気を保持することは,甲36,甲37
及び甲15に記載されるように,広く知られていたことであると主張する。
しかしながら,ラジカル分解を用いた目的は,甲36記載の考案では,空気浮遊
中の浮遊菌などを殺菌することにより,処理槽への雑菌の入り込みの防止や脱臭を
図るためであり(【0009】【0011】【0014】【0025】【0034】),甲
37記載の考案では,消臭のためであって(【0006】【0043】【0047】【0
052】【0060】【0068】),両考案とも,有機物の分解について,発酵処理
とヒドロキシルラジカルによるラジカル分解とを併用しているのではない。また,
甲15記載の考案は,ラジカル分解と微生物の酸化分解作用とを併用するものでは
あるが,酸化セラミックを含むセラミック多孔質粒体に微生物を含浸させたもので
あり,これを湖沼などの汚泥に撒布することによって汚泥の分解や水質の改善を図
ろうとしたものであって(【0012】【0016】【0019】【0020】),有機
廃棄物の発酵処理装置である甲2考案とは,技術分野や課題・課題解決手段を大き
く異にし,そもそも,甲2考案と甲3装置との組合せの動機付けの根拠となるもの
ではない。
原告の指摘する各文献の記載事項は,発酵槽中において,発酵処理とラジカル分
解を併用して有機物を分解する例として適切なものではないから,原告の上記主張
は,採用することができない。
③原告は,甲3装置は,開放された環境下での発酵促進に使用されることを意
図するものではない旨を主張するが,上記(1)のとおり,甲2考案の分解機序に甲3
装置による分解機序を適用することが妨げられるのは,発酵促進の環境が開放され
ているか否かに関係することではないから,原告が主張する点の是非は,上記認定
判断を左右するものではなく,その主張は,失当である。
④原告は,甲2考案に,発酵を促進させる甲3装置を取り付けても,空気循環
形態は異ならないから,甲2考案の発酵槽の発酵,醸成条件に影響を与えない旨を
主張する。
しかしながら,上記(1)のとおり,甲3装置により生成された活性酸素による分解
作用が甲2考案の分解機序に影響をもたらしていることは明らかであるから,単に
空気循環形態が異ならないだけで,発酵,醸成条件が異ならないとはいえない。
原告の上記主張は,失当である。
(3)小括
以上からすれば,本件考案の相違点1の2に係る構成を当業者がきわめて容易に
考案し得たとはいえないとした審決の判断には,誤りがない。
したがって,取消事由2は,理由がない。
第6結論
よって,取消事由2は理由がないが,取消事由1は理由があるから,審決を取り
消すこととして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
清水節
裁判官
中村恭
裁判官
中武由紀

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