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裁判例


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       主   文
原告Aの本件各訴はいずれもこれを却下する。
原告Dの請求の趣旨第二項の訴のうち記念品代の部分についての訴を却下する。
被告Bは和木村に対し一、二八〇万八、三五四円およびこれに対する昭和三九年一
〇月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
被告Cは和木村に対し三六万三、二八八円およびこれに対する昭和三九年一〇月一
五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告Dの被告Cに対する請求のうち、請求の趣旨第一項の請求と同第二項中記念品
代の部分および前項認容の部分を除いた部分の請求とは、いずれもこれを棄却す
る。
訴訟費用は原告Aと被告らとの間に生じたものは全部同原告の負担とし、原告Dと
被告Bとの間に生じたものは全部同被告の負担とし、同原告と被告Cとの間に生じ
たものはこれを一〇分しその九を同原告の負担としてその余を同被告の負担とす
る。
       事   実
 原告ら訴訟代理人は、「(一)、被告らは連帯して和木村に対し一、二八〇万
八、三五四円およびこれに対する昭和三九年一〇月一五日から支払ずみまで年五分
の割合による金員を支払え。(二)、被告Cは和木村に対し一〇六万四、〇〇〇円
およびこれに対する昭和三九年一〇月一五日から支払ずみまで年五分の割合による
金員を支払え。(三)、訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、その
請求の原因として、
一、被告Cは昭和二六年二月から昭和四〇年辞任に至るまで山口県玖珂郡和木村の
村長の職にあつたものであり、被告Bは昭和二六年二月から昭和三八年七月ころま
で同村の収入役の職にあつたものである。
二、(一)、被告Bは昭和三八年七月退任後行方不明となり、事務引継もなされな
いので同年九月同村監査委員会が監査したところ、同村の公金二、五四九万五、八
五四円の不足が発見された。
 これは同被告が収入役在任中に費消横領するなどしてその使途を不明ならしめた
もので、結局同被告は故意または過失により右不足公金を亡失したものである。
(二)、被告らは同村の執行機関として「公共団体の事務を自らの判断と責任にお
いて誠実に管理しおよび執行する義務を負い」(地方自治法一三八条の二)、被告
Cは村長として同法一五四条によりその補助機関である収入役被告Bを指揮監督
し、同村の会計を監督し(同法一四九条五号)財産を管理する職務があり(同条六
号)、収入役は村長の命令がなければ支出することができないものであり(同法二
三二条の四)、他方同村役場の職員は総数三〇名で収入役室の職員数は僅か二名で
あり、しかも収入役は村長に直続する職員であつて事実上も村長と極めて密接な間
柄にあつたものである。
 従つて被告Cは村長として一挙手の労を惜まず職員に対する指揮監督義務(同法
一五四条)、会計監督義務(同法一四九条五号)をつくせば前記公金の不足は発生
しなかつたはずである。
 しかるに被告Cは村長在任中被告Bと共謀して故意に右公金の亡失を生ぜしめた
か、または右監督義務をつくさなかつた過失により右公金の亡失を生ぜしめたもの
である。
 このことは次の如き事情によつても明らかである。即ち、被告Cは被告Bと共謀
し、または不注意で右監督義務を怠つた結果、例えば(1)昭和三〇年ころ興和石
油株式会社敷地を村有地とするための工作費として、また昭和三四年ころ和木村の
岩国市への合併反対運動のための工作費として、莫大な同村公金を費消し、(2)
昭和三七年度決算期においてすでに同村公金が二、三〇〇万円以上不足しているこ
とを知りながら、後記のような違法な一時借入金によつてその不足を補●し、これ
を隠蔽し、(3)昭和三七・三八年度において地方自治法二三三条に定める決算に
ついての手続をなさず、その不足金発生の防止をなしえなかつたのである。
(三)、被告らの右不法行為の結果、和木村は右不足金額相当の損害をうけた。
三、(一)、被告Cは同村々長として昭和三四年六月二四日任期満了の同村々議会
議員一六名に対し、各一万五、〇〇〇円宛合計二四万円、昭和三八年八月二一日任
期満了の同村々議会議員一六名に対し各二万円宛合計三二万円を記念品代として支
出しているが、これは地方自治法二〇四条の二に違反する違法な支出であつて、被
告Cの右違法行為によつて同村は右合計五六万円の損害をうけた。
(二)、地方公共団体の一時借入金の最高額は予算でこれを定めなければならない
ところ(地方自治法二三五条の三)、被告Cは同村々長として昭和三七年一〇月三
一日から昭和三八年六月八日まで(但し、同年三月二日三日、同年四月五日から同
月九日まで、同年五月二八日から同月三〇日までを除く)に亘り同村々議会の借入
限度決定額を一、〇〇〇万円超過して借入れた。そのため同村は右違法な借入金の
利息合計五〇万四、〇〇〇円(利率日歩二銭四厘、期間二一〇日)を支出しなけれ
ばならなかつたのであるから、被告Cの右違法行為により同村は右利息額の損害を
うけた。
四、原告らはいずれも<地名略>の住民であるところ(但し、原告Aは本訴提起後
同村外に転居)、原告Aは昭和三九年六月二七日、原告Dは同年九月五日それぞれ
同法二四二条による住民監査請求(以下単に「監査請求」と称する。)の申立をな
した。同村監査委員は原告Aの申立については同年八月二四日付で、原告Dの申立
については同年一一月六日付でそれぞれ同村々長に対し、「被告Bが和木村収入役
在任中に生ぜしめた同村公金の不足額二、五四九万五、八五四円については、おそ
くとも山口地方裁判所岩国支部に係属中の同人に対する業務上横領事件の刑事裁判
確定後三ケ月以内に、すでに補●された弁償額を除きその余の一切の損害額につい
て損害賠償命令を発するか、または損害賠償請求の民事訴訟を提起するかのいずれ
かの方法によりその補●の手続を実施すべきこと」を勧告した。
五、しかし右公金の不足については被告Bのみならず被告Cにもその責任があるか
ら、原告らは地方自治法二四二条の二により、被告らに対し、右亡失金の損害金
二、五四九万五、八五四円から被告Bがすでに弁償した一、一六二万三、五〇〇円
を控除した一、三八七万二、三五四円の内金一、二八〇万八、三五四円およびこれ
に対する右不法行為の日より後である昭和三九年一〇月一五日から支払ずみまで年
五分の割合による遅延損害金を和木村に支払うこと被告Cに対し、記念品代として
なした違法支出による損害金五六万円および違法な一時借入金による利息相当の損
害金五〇万四、〇〇〇円の合計一〇六万四、〇〇〇円およびこれらに対する右各不
法行為の日より後である昭和三九年一〇月一五日から支払ずみまで年五分の割合に
よる遅延損害金を和木村に支払うこと、を求める。
と述べ、 被告Cの本案前の主張につき
 その第一項を争う。和木村監査委員は本件監査請求を適法なものとして受理して
いるし、また監査請求はある程度の具体的事実の記載でたりるもので本件監査請求
書に記載された程度で十分である。そして濫訴でない限り監査請求と訴訟との関連
性は緩やかに解すべきである。本件においては和木村は地方自治法二四三条の三に
定める財政状況の公表などを一切住民に行つていないのであるから、住民がその正
確な資料を基礎として監査請求をなすべきものとすることは難きを求めることとな
る。
 その第二項を争う。本訴は行政機関内部の行為を問題としているのであつて事柄
の性質上第三者である原告ら住民に不明な事項が多く監査請求の時より訴提起の時
の方がより事実が明確になるから、監査請求の対象と訴の対象とが必しも一致する
必要がない。なお、記念品代の違法支出および一時借入金の借入限度額を超えた違
法借入についての監査請求は、本件亡失金についての監査請求に混然一体として含
まれているものである。
 その第三項を争う。本訴請求と和木村監査委員のなした勧告内容とは同一ではな
い。また被告Cが主張するような監査委員を相手とする訴訟は現行上許されない。
 その第四項を争う。原告Aが本訴提起後和木村の住民でなくなつたことは認める
が、本訴は私人の権利救済を目的とするものでなく、行政における適法性を保障す
るために認められた客観的訴訟であつて、同原告が和木村の住民でなくなつたこと
は本訴に何等の影響もない。なお同原告は本訴を提起したため、その勤務する会社
により和木村の社宅から同村外に転居させられたものである。
 と述べ、
 被告Bの本案前の主張につき
 その主張する事実は知らない。損害賠償命令は私法上の請求と同一であり相手方
がこれに応じて履行すれば格別、履行しなければ改めて民事手続を経て執行力ある
債務名義を得なければならず、その執行力はないのであるから、本訴請求とその性
質を異にする。
 また本訴は地方自治法二四二条の二によるもので、同法二四四条の二(昭和三八
年改正前のもの)によるものとは訴訟物が異なり、且つ本訴は損害賠償命令が発せ
られる以前に提起されているから二重起訴にはあたらない。
 と述べた。
被告C訴訟代理人は、本案前の主張として、「本件訴を却下する。」との判決を求
め、その理由として、一、原告らの和木村監査委員に対する監査請求の各監査請求
書によれば、原告Aは「和木村では収入役が公金二、五〇〇余万円を費消横領して
いるらしい。これは収入役被告Bの責任であるとともに村長被告Cの監督責任を怠
つたことに基因するものであるから監査請求をする。」と述べ、原告Dは「村長被
告Cは村議会の議決限度を超えて借入金をしているが、その状況と収入役Bの公金
二、五〇〇余万円費消との関係ことに収入役以外の者の責任の所在を明瞭にすべき
こと。」を求めている。しかし監査請求は具体的な違法・不当行為の是正を目的と
するものであるから、その請求には具体性を欠くことができない。ところが右各監
査請求書には被告Bの公金費消については一応金額が記載されているけれども何日
のことなのか不明で、被告Cが監督不十分だといわれても、それだけでは被告Bの
どの行為に対して監督不十分であるのかわからない。
二、(一)、本件監査請求のうち被告Cに関する部分については同村監査委員は何
等の勧告をしておらず、このように監査の対象から除外したものを訴訟の対象とす
ることはできない。
(二)、被告Cに対する本訴請求のうち、被告Bに対する監督不十分に基くもの以
外は本件監査請求の対象となつておらず、従つて監査前置の規定に反して訴を提起
したものであるから、その訴は却下されるべきである。
三、和木村監査委員は、「被告Bが収入役在任中に生ぜしめた同村公金の不足額
二、五四九万五、八五四円については、おそくとも山口地方裁判所岩国支部に係属
中の同被告に対する業務上横領事件の刑事裁判の確定後三ケ月以内に、既に補●さ
れた弁償額を除きその余の一切の損害額について損害賠償命令を発するか、または
損害賠償請求の民事訴訟を提起するかのいずれかの方法によりその補●の手続を実
施すべきこと。」を勧告しており、右勧告内容と原告らの本訴請求とは亡失金の分
については同一のもので重複しており、原告らは右勧告に不服があるとはいえず訴
の必要性もない。かりに、右勧告に不服があるとすれば和木村監査委員を被告とし
て行政訴訟を提起すべきである。
四、監査請求およびこれに続く行政訴訟の請求人または原告は当該地方公共団体の
住民でなければならない。原告Aは本訴提起時は<地名略>の住民であつたが、そ
の後同村の住民でなくなつたので、原告適格を有しない。
と述べ、
本案につき
 「本訴請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、
 請求の原因第一項は被告Bの収入役就任の日時を除き他は認める。同被告が収入
役に選任されたのは昭和二六年七月一四日ころである。
 同第二項の(一)につき、被告Bが収入役退任後行方不明となり事務引継が行わ
れなかつたこと、および同被告が収入役在任中保管していた同村の公金の一部が使
途不明で不足していることは認める。
 同第二項の(二)につき、これを争う。被告Cは同村々長として法令に従い村政
を行つたもので何等違法な行為をしていない。地方自治法一三八条の二は地方公共
団体の長や職員の心構えを示したものにすぎず、同法一四九条五、六号、一五四条
は地方公共団体の長の権限を定めたもので義務規定ではなく、その権限行使が不十
分であつたとしても直ちに違法ではなく、その監督下にある収入役の不正行為につ
いて連帯して損害賠償責任を生ずる理由はない。もつとも被告Cが被告Bと共謀し
て違法行為をしたとか、これを幇助したとするならば問題は別であるが、そのよう
な事実はない。
 なお被告Bの横領行為は、その職務上得た知識を悪用し、極秘に行なわれたもの
で、職務上このような事件を発見すべき責務と機会を有する同村監査委員すら発見
できなかつたほど巧妙なものであり、被告Cがこれを発見しえなかつたことについ
て過失がなく、また右監査委員こそその監督責任を被告Cに先んじて負うべきであ
る。
 同第二項の(三)につき、これを争う。
 同第三項の(一)につき、同村が原告ら主張の如き記念品代を支出したことは認
めるが、その余は争う。本件支出は同村の慣例によるものであり、議会の全員協議
会の同意または要請に基ずくもので、その支出方法も議長交際費中より議長名で議
長の請求によつて支出されているものである。そして議長の右請求があつた場合、
村長としてはその内容を調査しその適否を決定することはできない。また議員一人
宛一万五、〇〇〇円ないし二万円の支出が金額的に不当か否かについては、同村が
富裕な村であつてその財政規模に照し不当とは考えられず、これをもつて地方自治
法違反とは認められない。
 同第三項の(二)につき、これを争う。利息は借入が合法であると非合法である
とを問わず借入金に当然付加されるもので、利息相当の損害を同村に生ぜしめたと
いうことはできない。
 同第四項につき、これを認める。
 同第五項につきこれを争う。
 と述べた。
 被告B訴訟代理人は、本案前の主張として、「本件訴を却下する。」との判決を
求め、その理由として、
一、和木村長は昭和四〇年八月四日付で被告Bに対し、本件亡失金につき一、三一
四万一、九五四円の損害賠償命令を発し、翌五日右命令が同被告に到達した。同被
告は同月一六日右命令に対する異議申立を同村長に対してなしたが、同月二一日こ
れが却下され、翌二二日右却下命令書が同被告に到達したが、同被告はこれに対し
何等の不服申立をせず右命令は確定した。
 ところで同被告の損害賠償責任は地方自治法二四四条の二(昭和三八年改正前の
もの)によつて律せられるべきものである(昭和三八年四月一日改正附則一二条)
ところ、本件においては原告らの監査請求に対し和木村長は同被告に対し右損害賠
償命令を発したもので、その内容は原告らが本訴において請求しているものと一致
する。すると原告らとしては不服はない訳である。従つて本訴は右損害賠償命令が
確定した時において、同法二四二条の二の起訴要件を欠くに至り不適法として却下
されるべきである。
二、同法二四四条の二(昭和三八年改正前のもの)は同法二四二条の二に対し特別
法の関係にあるから、当該特別法による措置が確定した以上最早一般法による訴求
は許されない。
三、右損害賠償命令による損害賠償責任は公法上の且つ特別法による責任であるか
ら、民法の損害賠償に関する規定に優先する。従つて右命令が確定した以上、被告
Bは亡失金の損害賠償責任について他の法条により二重の訴追をうくべきものでは
なく、その訴は不適法として却下すべきものであり、仮に然らずとするも二重起訴
禁止の条項に該当し、更に原告らに訴の利益がない。
と述べ、
 本案につき
 「原告らの請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、
 請求の原因第一項につき、被告Bの収入役就任の日時を除き認める。同被告が収
入役に就任したのは昭和二六年八月である。
 同第二項の(一)のうち被告Bが収入役在任中保管していた同村の公金の一部が
使途不明で不足していることは認める。但しその不足金額は二、四七三万一、九五
四円である。
 同第二項の(三)につき、これを争う。
 同第四項につき、これを争う。
 と述べた。
(証拠省略)
       理   由
(原告Aの当事者適格について)
 原告Aが元<地名略>の住民であつたところ、本訴提起後<地名略>外に転居し
その住民でなくなつたことについては当事者間に争いがない。
 ところで、地方自治法二四二条の二に規定する住民訴訟は、住民の帰属する地方
公共団体の役職員に違法な財務会計上の行為がある場合に、住民の訴提起によつて
これを是正し、もつて住民全体の利益の擁護を期するものと解せられる。しかしな
がら右の如き違法行為がある場合、当該住民に本訴提起の義務を課しておらず、住
民各自が任意に訴を提起することができ、その取下についても訴外住民の同意を必
要としていないのであり、訴訟の中断、承継等につき特段の規定もないのである。
従つて特段の規定がない限り、民事訴訟の原則に従い、その当事者適格たる住民の
資格も訴訟係属中つねに存続する必要があり、訴訟中にこれを喪失すればその訴は
当事者適格を失なつた不適法なものとして却下をまぬがれないものと解すべきであ
る。
 右訴訟が公益の擁護を目的とする客観的訴訟であるという理由で、ただちにこれ
を否定することは困難といわなければならない。
 なお、原告Aは本訴を提起したためその勤務する会社より<地名略>内の社宅か
ら<地名略>外に転居させられたものである旨主張するが、これを認むるに足りる
証拠はなく、また仮に右事実が認められたとしても、これをもつて当事者適格を補
完すべき事由と解することはできない。
 すると、その余の点につき判断するまでもなく、原告Aの本件各訴は当事者適格
を欠く不適法な訴として、いずれも却下をまぬがれない。
(被告Cの本案前の主張について)
一、成立に争いのない甲第四号証の一、二および原告Dの本人尋問の結果による
と、同原告は昭和三九年九月五日付和木村職員措置請求書をもつて和木村監査委員
に対し、地方自治法二四二条に基づき一時借入金の借入状況およびその使用状況並
びに前記公金亡失の経緯につき監査請求をなし、一時借入金の違法借入につき被告
Cに対し必要な措置をとることおよび亡失金一、三〇〇余万円について被告Cに補
●さすべき措置をとるよう要求していること、並びに和木村監査委員は同原告の右
請求により同年一一月六日付勧告書により被告Cに対し「和木村前収入役被告Bが
在任中に生ぜしめた和木村公金の不足額金二、五四九万五、八五四円につき、同人
の刑事裁判確定後三ケ月以内に、同人が弁償した分を除きその余の一切の損害額に
ついて損害賠償命令を発するか、または損害賠償請求の民事訴訟を提起するかによ
りこれを補●すべきこと」を勧告したことの各事実が認められる。
 ところで、被告Cは、住民監査請求は具体的な違法不当行為の是正を目的とする
ものであるから、その請求は具体的でなければならないのに本件にあつては日時の
点など不明で不特定である旨主張する。
 なるほど本件監査請求は、一時借入金の額、時期および亡失金の亡失時期等の明
示がなされていないのであるが、監査請求の対象は、他の事項から区別されて特定
認識しうる程度に個別的具体的に識別されておれば足るのであつて、これをあまり
に厳格に律するならば部外者たる住民に難きを求めることとなり制度の趣旨に反す
るものというべきである。本件についてみるに一時借入金の違法借入部分および亡
失金並びにこれに対する村長被告Cの責任を監査対象としているもので、その事項
の内容・性質に照し、その監査対象を他の事項から識別しえないものとはいえない
から、その請求は一応、特定されているものというべきである。
 するとこの点についての被告Cの主張は理由がない。
二、被告Cは、和木村監査委員は同被告に関する部分につき何等の勧告もしておら
ず、監査の対象から除外したものを訴訟の対象とすることはできない旨主張する。
しかし前記のとおり原告Dは村長被告Cの責任の有無に関する事項につき監査請求
しているのであるから、監査委員の被告Cに対する勧告の有無に不服があるときは
当然本訴を提起しうるもので、これは地方自治法二四二条の二、一項の規定に照し
明らかである。すると被告Cの右主張は何等理由がない。
 次に被告Cは、本訴請求のうち一時借入金の違法借入および記念品代の違法支出
については監査請求がなされていない旨主張する。監査請求前置の主義は地方自治
の本旨に則り、地方公共団体において行政的措置による自主的解決を図る機会を与
えるものであるから、監査請求の対象となつた事項の範囲と訴訟の対象の範囲とが
完全に一致する必要はなくとも、その事項の同一性を要するものといわなければな
らない。ところで亡失金、一時借入金の違法借入および記念品代の違法支出は、そ
れぞれ独立別個の事項であつて同一性を有するものではないから、それぞれにつき
監査請求を経ない以上その事項についての訴は不適法な訴となるものである。前記
認定事実によれば、原告Dは亡失金および一時借入金の違法借入については監査請
求を経ているものであるが、記念品代の違法支出について同原告が監査請求をなし
たことを認むるに足りる証拠はない。そうすると本訴のうち被告Cに対する記念品
代の違法借入についての訴は、監査請求前置の規定に反した不適法なものとして却
下をまぬがれない。
三、被告Cは、和木村監査委員が同被告に対し被告Bに前記のとおり亡失金の弁償
をさせるように勧告しているから、本訴提起の理由はなく且つ本訴はその分につき
重複した訴で必要性もなく、原告らに何等不服のないものであると主張する。
 しかしながら同村監査委員が被告Cに対してなした右勧告は被告Bの責任につき
なされた勧告であつて被告C自身の責任につきなされた勧告ではなくまた被告Bが
その責任の追及を受けたからといつて当然に被告Cの責任を消滅せしめるものでな
いことは明らかであるから、右主張はそれ自体失当といわなければならない。
 なお、同被告は監査委員の勧告に不服があるならばこれを被告として訴を提起す
べきことを主張するが、そのような訴は制度の趣旨に照らし許されないばかりか、
仮にこれが許容されるとしても被告Cに対する本訴提起の障害事由とはなりえな
い。
(被告Bの本案前の主張について)
一、被告Bは、和木村長が同被告に対し本件亡失金の損害賠償命令を発しこれが確
定したものであるところ、本訴請求は右命令と同一内容のものであるから原告らと
しては不服がないはずである。従つて本訴は住民訴訟提起の要件を欠くものであ
り、不適法として却下されるべきものであると主張する。
 成立に争いのない丙第一号証の一、二、同第三号証、証人E、同Fの各証言およ
び被告Bの本人尋問の結果によると、本件亡失金につき同被告は地方自治法二四四
条の二、一項(昭和三八年改正前のもの)に基づき、和木村長から一、三一四万
一、九五四円(亡失金額を二、四七六万五、四五四円と認定し横領事件として起訴
された一、一六二万三、五〇〇円をこれより控除したもの。)の損害賠償命令を受
けたこと、同被告はこれにつき同村長に対し異議申立をなしたが昭和四〇年八月二
一日付書面をもつてこれが却下されたことおよび同被告がこれに対し何等の不服申
立をせず右命令が確定したことの各事実が認められる。
 しかしながら、地方自治法二四四条の二(昭和三八年改正前のもの)による損害
賠償命令に民事上の損害賠償請求以上の効力を認めることは困難であり、従つてこ
れを債務名義として強制執行をなすことも、同法二三一条の三による強制徴収をな
すこともできないものといわなければならない。
 すると被告Bが右命令に応じない以上、和木村は本訴を提起すべき必要と利益が
あり、損害賠償命令をなしたにとどまる和木村長の措置を不服として本訴を提起す
ることは許容されるべきであるから、損害賠償命令の確定と同時に同法二四二条の
二の起訴要件を欠くとの右主張は理由がないものである。
二、被告Bは、地方自治法二四四条の二(昭和三八年改正前のもの)は同法二四二
条の二に対し特別法の関係にあり、特別法による措置が確定した以上、一般法によ
る訴求は許されないと主張する。
 しかし、損害賠償命令によつて措置しうる場合はすべて住民訴訟の規定が排除さ
れるものと解することはできないから、右両法条が特別法・一般法の関係にあると
の主張は独自の見解にすぎず、これを認めえないばかりか、その損害が実際に弁償
されない限りはたとえ損害賠償命令が確定したとしてもなお前記のとおり本訴を提
起すべき必要と利益があるものである。そうすると同被告の右主張は理由がないも
のである。
三、被告Bは、損害賠償命令による責任は公法上の且つ特別法による責任であるか
ら民法の損害賠償の規定に優先し、従つて損害賠償命令が確定した以上これについ
て二重の訴追をうけるべきものではなく、訴の提起は二重起訴となる。また原告ら
に訴の利益がないと主張する。
 しかしながら被告Bに対する本件損害賠償命令は前記のとおりの性質を有するに
とどまり、前記説示のとおり損害賠償命令が確定したからといつてその訴が許され
ないものではなく、また損害賠償命令は訴訟手続とは何等関係のない別個の手続で
あつて、同被告が主張するような二重起訴の観念を入れる余地はないものといわな
ければならない。
 そして前述のとおり和木村に本訴の利益のあることは明らかといわなければなら
ない。尤も成立に争いのない丙第四号証および被告Bの本人尋問の結果によれば、
昭和四一年九月六日和木村と被告B間で、同被告が収入役在任中公金二、四七六万
五、四五四円を不当に費消したことを認め、そのうち既に弁償した一、〇八九万
八、九一七円を控除した一、三八六万六、五三七円の損害賠償債務を同村に対し負
担していることを確認し、右債務のうち一二万円については昭和四一年一〇月三一
日を初回とし昭和四六年九月三〇日まで毎月末日限り二、〇〇〇円宛弁償すること
とし、その余の残額については昭和六一年九月末までに弁償することとし、その弁
済方法は昭和四六年九月末日までに両者間で協議決定するなどの約定をなし、右一
二万円の部分について債務不履行があつた場合この部分についての強制執行を受け
ても異議のない旨の認諾をなし、その公正証書を作成したことが認められる。しか
し右は割賦弁償の方法によるもので完済までに相当長期の期限の利益を被告Bに与
え、しかも強制執行は右一二万円の部分についてしかなしえないものであるから、
全額一時弁済とその強制執行を認諾した公正証書の場合とはその効力が著しく相違
し、従つて本件の場合には右のような公正証書が存在するけれどもなお本訴によつ
て債務名義となるべき判決を得べき利益があるものといわなければならない。する
と被告Bの右主張はいずれも理由がないこととなる。
(本案についての判断)
一、被告Cが昭和二六年二月から昭和四〇年辞任に至るまで和木村々長の職にあつ
たことについては当事者間に争いがなく、証人G、同Hの各証言および被告Bの本
人尋問の結果によれば、同被告は昭和二六年七月一五日から昭和三八年七月一四日
までの一二年間同村の収入役の職にあつたことが認められる。
二、次に被告Bが右収入役に在任中その保管する同村の公金(才計現金)の一部を
使途不明ならしめこれを亡失したことについては当事者間に争いがなく、証人Iの
証言によつて真正に成立したものと認められる甲第五号証、証人H、同Gの各証言
および被告Bの本人尋問の結果を総合すれば、右亡失金額は二、四七六万五、四五
四円であることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
 そして前記丙一号証の二、証人Jの証言および被告Bの本人尋問の結果を総合す
ると、同被告は昭和三三年一二月一〇日から昭和三八年三月二二日までの間だけで
一、一六二万三、五〇〇円ないし一、四〇七万三、五〇〇円の公金を費消横領した
ほか、予算外の違法支出をなすなどして右二、四七六万五、四五四円の公金を亡失
したことが認められるから、結局同被告は故意または一部過失により右亡失金を生
ぜしめ、同村に対しこれと同額の損害を与えたものというべきである。
三、そこで右亡失金に対する被告Cの責任につき検討する。
 前記甲第五号証成立に争いのない甲第六号証の一〇、同第七号証、同乙第一号
証、証人I、同E、同K、同Lの各証言および被告Bの本人尋問の結果を総合する
と、次の事実が認められる。
 被告Bが前記のとおり和木村収入役を任期満了となつたにも拘らず後任者にその
事務引継もなさず行方をくらまし、同村公金の相当多額の金員が不足していること
が疑われたので、同村監査委員並びに同村議会によつて設置された特別調査委員会
などがその実情を監査ないし調査したところ、同村会計の組織・管理・運営に相当
の欠陥と放漫が認められ、例えば会計組織の原則である内部牽制制度が採られてお
らず、歳入歳出の記帳が正確になされず、はなはだしきは実際よりも六ケ月も遅れ
て記帳され、その記帳方法も事項ごとに個別的に記載するのではなく幾何かの事項
をまとめ一括記帳するありさまであり、当年度の支払が翌年度の予算執行として措
置されているものが見当り、また昭和三二年村有地を売却し五・六〇〇万円の代金
歳入があつたのにこれが予算に計上されず、昭和三〇年ころ同村所在の興和石油株
式会社敷地内に介在する未登記の土地を村有地となすことを図りその運動資金とし
て相当金額が予算外支出され、同村と岩国市との合併問題についても村全体をあげ
てその反対運動をなしその運動資金として相当金額が予算外支出されており、被告
Bは村長の意を忖度し村執行部の便宜をはかり歳入の記帳を一部操作したことなど
の諸事情が認められる。被告Cの本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は措信
し難い。
 右事実によれば、本件亡失金が発生した一半の理由は、歳入歳出に関する会計処
理が極めてずさんに行われていたことにあるものと推認されるところ、被告Cは村
長としての補助機関である収入役被告Bを指導監督する権限を有し、その義務をも
有したものであるから、適正な会計処理をなすよう被告Bを監督すべきであるの
に、右監督義務を怠つたものと認めるほかはない。
 しかしながら一方、収入役は地方自治法上独立中立的地位を認められ、現金・物
品の出納並びに保管の責任と権限を有し、予算外支出に対する拒否権を有するもの
であつて、他の職員に比し独自の地位と責任を有するものであること、証人Iの証
言によつて認められる昭和三三年以降同村において監査委員会が設置され同村会計
に対する定時監査が行われていたことなどの事情を考え合わせると、被告Cの監督
義務解怠と被告Bの費消横領との間に相当因果関係を肯定することは困難であるの
みならず、右監督義務懈怠と被告Bの亡失(費消横領分を除く)との間の相当因果
関係を肯認することもちゆうちよせざるを得ない。けだし、被告Bは独自の地位と
権限を有する収入役であつたから、その独自の地位にもとづく意思、行動が右の因
果関係を中断する要因となつたと解するのが相当であるからである。(民法七一二
条、七一四条反対解釈)ただ、亡失金のうち前記の予算外支出を通じて発生したも
のと思われる部分については、事柄の性質上、被告Cは村長として事情を知りなが
らこれを認容していたのではないかとの疑がもたれるが、いまだこれを肯認すべき
証拠が不充分であるのみならず、右の亡失部分がいくらであるか、その金額を確定
するに足る証拠もない。すなわち、前記甲第六号証の一〇、被告B本人尋問の結果
に表われた金額は曖昧であつてその全部をもつて直ちに右予算外支出額であると断
定することは困難であるし、また、証人Jの証言によれば、被告Bの費消横領金額
は昭和三三年一二月一〇日以降昭和三八年三月二二日までの一、四〇七万三、五〇
〇円のほか、右日時以前になお存在することが窺われ、したがつて費消横領額も必
ずしも明らかとはいえないから、その反面当然、その余の亡失部分の額もまた明ら
かでないといわなければならない。
 以上の次第であるから、結局、被告Cに対し監督義務懈怠を理由に損害賠償を命
ずることは困難であるといわなければならない。
 なお民法七一五条の使用者責任は被用者がその事業の執行につき第三者に加えた
損害について生ずるものであるところ、右第三者には使用者は含まれないから、使
用者たる和木村が被用者たる収入役被告Bの前記不法行為につきその監督者たる村
長被告Cの監督者責任を追及すべき余地はなく、同条の適用ないし準用は認められ
ないものというべきである。
 すると本件亡失金につき被告Cに対しなされた本件訴は理由がなくこれを棄却す
べきである。
四、次に一時借入金の違法借入に対する被告Cの責任について検討する。
 前記甲第五号証によれば和木村は昭和三七年一〇月三一日から昭和三八年六月八
日までの間(但し昭和三八年三月二日・三日、同年四月五日から同月九日までおよ
び同年五月二八日から同月三〇日までの合計一〇日間を除く。)、同村の借入限度
議決額を超過して違法に一、〇〇〇万円の一時借入を山口銀行並びに山口相互銀行
からなしたことが認められ、証人I、同E、同H、同Fの各証言を総合すれば右借
入は被告Cの決裁を経てなされたものと認められ、これに反する被告Cの本人尋問
の結果の一部は措信できない。
 ところで右違法借入に伴う利息の支払はその借入をなさなければ要しない支払と
して、その違法借入金の使途並びに利息の性質を問うまでもなく、同村に与えた損
害と解すべきである。そして本件全証拠によるも右違法借入に伴う利息の割合が原
告Dの主張するごとき日歩二銭四厘であつたことは認めるに足りないが、少くとも
右違法借入期間の商事法定利率年六分の計算による三六万三、二八八円の利息相当
の損害を同村に与えたものといわなければならない。
(結論)
 以上の次第で原告Aの本件各訴および原告Dの請求の趣旨第二項の訴のうち記念
品代の部分についての訴は訴訟要件を欠く不適法な訴としていずれもこれを却下す
べく、原告Dの被告Bに対する請求、すなわち同被告が和木村に対し前記亡失金
二、四七六万五、四五四円から一、一六二万三、五〇〇円を控除した一、三一四万
一、九五四円の内金一、二八〇万八、三五四円およびこれに対する前記不法行為の
日より後である昭和三九年一〇月一五日から支払ずみまで年五分の割合による遅延
損害金を支払うことを求める請求は理由があるから全部これを認容し、同原告の被
告Cに対する請求(記念品代の違法支出の分を除く。)のうち同被告が一時借入金
を違法に借入れて同村に与えた損害金中三六万三、二八八円およびこれに対する前
記不法行為の日より後である昭和三九年一〇月一五日から支払ずみまで年五分の割
合による遅延損害金を同村に支払うことを求める請求部分は理由があるからこれを
認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担
について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して主文のと
おり判決する。
(裁判官 荻田健治郎 小林哲夫 遠藤賢治)

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