弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1被告は,原告に対し,金144万8376円並びに内金44万8376円に対
する平成20年5月29日から支払済みまで年6分の割合による金員及び内金1
00万円に対する同日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告は,原告に対し,金20万円及びこれに対する本判決確定の日の翌日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3原告のその余の請求をいずれも棄却する。
4訴訟費用はこれを10分し,その7を原告の負担とし,その余は被告の負担と
する。
5この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1被告は,原告に対し,金149万7846円並びに内金74万8923円に
対する平成20年5月29日から支払済みまで年6分の割合による金員及び内
金74万8923円に対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで年5分の
割合による金員を支払え。
2被告は,原告に対し,金300万円及びこれに対する平成20年5月29日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,「a」と称してコンビニ型店舗をチェーン展開して経営する株式会
社である被告の店舗で勤務していた原告が,①店長としての扱いを受けた平成
19年5月16日以降の労働契約に基づく未払の割増賃金及び休日割増賃金の
合計74万8923円並びにこれらに対する訴状送達の日の翌日(平成20年
5月29日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の
支払,②同未払割増賃金に係る労働基準法114条に基づく同額の付加金の支
払及びこれに対する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分
の割合による遅延損害金の支払,③被告から長時間・過重労働を強いられたこ
とによりうつ病を発症したとして,債務不履行(安全配慮義務違反)又は不法
行為に基づく慰謝料300万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(平成2
0年5月29日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
の支払をそれぞれ求めたところ,被告は,原告の主張する労働時間を否認する
とともに,被告店舗の店長であった原告は労働基準法41条2号に規定する
「監督若しくは管理の地位にある者」(以下「管理監督者」という。)に該当
するとして,割増賃金等の支払を争い,また被告には原告に対する安全配慮義
務違反はないなどと主張して,原告の請求を争う事案である。
1前提事実(争いのない事実,各項掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に
認定できる事実)
(1)当事者等
ア被告は,「a」と称し,食料品,日用雑貨のほか,生鮮食品も取り扱う
24時間営業のコンビニ型店舗をチェーン展開して経営する株式会社であ
る。
イ原告は,平成10年に高校を卒業し,アルバイト経験等を経て,平成1
8年9月4日,被告との間で期限の定めのない雇用契約を締結し(以下
「本件雇用契約」という。),社員として雇用された者で,被告に雇用さ
れるまで正社員としての経験はなかった。なお,原告は,平成19年6月
1日,店長となったが,その後,同年10月1日から一般の社員となり,
同月9日から公休及び有給休暇を取得し,同月23日から現在まで休職し
ている(甲26,35)。
(2)本件雇用契約
ア本件雇用契約の内容は,おおむね下記のとおりである(甲1)。
就業場所関東営業部管轄店舗
従事すべき業務店舗運営業務全般
就業時間店舗の現状に合わせた始業・終業時間を事前にシフト表
で定め,勤務時間は実労1日8時間とする。
休憩時間シフト表で定められた1時間
賃金年俸300万0004円(自己管理給・調整手当を含
む。)
手当自己管理給,通勤手当,調整手当
なお,自己管理給は,1日2時間の時間外手当(年間5
20時間)のみなし時間外勤務手当相当額として支給。
つまり,1日2時間の時間外手当を毎月固定給として設
定し支給する手当のこと(年棒に含まれる。)。
休日週1日の他,月の合計が9日となる日数,年始休暇4日,
夏期休暇7日(年間休日119日・年間とは当年4月1
6日から翌年4月15日までとする。)
休暇6か月継続勤務した場合10日間,その他の休暇の詳細
は就業規則による。
賃金支払方法毎月15日締め25日払い(毎月及び夏期・冬期に年俸
の1/14を支給する。)
その他年俸には,役割給・技能者手当・自己管理給・調整手当
を含む。
その他の定めは就業規則による。
イ被告は,平成19年7月分以降の時間外賃金の支払を,原告が店長であ
って労働基準法41条2号に定める管理監督者であることを理由に拒否し
た。
(3)就業規則(甲2)
ア社員の定義(2条)
この規則における社員とは,パート・アルバイト(以下「PA」とい
う。)を除き,就業規則に定める採用手続を経て採用された者を言う。
イ出退勤の規律(12条)
社員は出勤・退勤の時,次の事項を守らなければならない。
①始業時刻と同時に業務にかかれるよう準備すること
②社員は出退勤時,自分で勤怠管理システムにより勤怠登録すること。
また直行・直帰など業務上の事情により勤怠登録できない場合には,翌
日に勤怠登録修正を行うこと
③退勤時,各職場の整理整頓を行い,戸締まり,火の元,消灯及び
機器電源を確実に点検すること
ウ勤務時間(18条)
社員の勤務時間は,1日8時間,1週平均40時間とする。
エ始業時刻・終業時刻・休憩時刻(19条)
①店舗勤務者のうち早番の者が8時始業,17時終業と,遅番の者が1
3時始業,22時終業とする。ただし,24時間営業店舗及び開店時間
が10時以前か閉店時間が22時以降の店舗については,店舗の状況に
合わせて始業・終業時間を事前にシフト表で定めておく。
②休憩は1時間とし,12時より与える。ただし,店舗については交替
で与える。
オ休日・休暇(22条)
社員の休日は次のとおりとする。
①年間の休日・休暇は109日とする。
②所定休日は,シフト表により月9日,年始休暇として1月1日から2
月末日までの間に4日,夏期休暇として7月16日から9月末日までの
間に7日及びそのほか被告が必要と認める休日とする。
カ適用の除外(23条)
労働基準法41条の定める管理監督者に当たる社員については,18条
及び20条の規定から除外される。
(4)職務権限規定等(甲7の1・2)
被告においては,各職位の責任と権限等を明確にすることなどを目的とし
て職務権限規定が定められており,その内容は下記のとおりである。
ア役職及び呼称(14条)
被告には,部長,室長,課長,主事,主任,バイヤー,DB,ゾーンS
V,エリアSV,リクルーター,ゾーンマネージャー,エリアマネージャ
ー,トレーナー及び店長と呼称される役職が設けられている。
イゾーンマネージャー等(20条)
ゾーンマネージャー等は,部長の指揮下にあって,委任された一定範囲
の店舗を管理及び指導する職務を執行する権限と責任,その他委譲された
一定範囲の職務を執行する権限と責任を有する。
ウエリアマネージャー等(21条)
エリアマネージャー等は,ゾーンマネージャー等の指揮下にあって,委
任された一定範囲のエリアを管理及び指導する職務を執行する権限と責任,
その他委譲された一定範囲の職務を執行する権限と責任を有する。
エ店長(22条)
店長は,エリアマネージャーの指揮下にあって,委任された店舗を運営
及び管理する職務,その他委譲された一定範囲の職務を執行する権限と責
任を有する。
オバイヤー(23条)
バイヤーは,部長の指揮下にあって,委任された商品カテゴリーの商品
仕入れに関する職務を執行する権限と責任,その他委譲された一定範囲の
職務を執行する権限と責任を有する。
(5)被告の組織(枝番を含む甲8,15)
ア本社に属する営業部統括本部の下,関東第1営業部が置かれ,その下に
ゾーンマネージャーが存在し,8つのエリアを統括する。8つのエリアに
おいては,各エリアにエリアマネージャーが置かれ,エリア内の各店舗に
専任又は兼任の店長が置かれる。エクセレント店長とは,重要な店舗を任
され,あるいは他店舗のサポートを行う職責を負う。なお,平成18年9
月から平成19年9月までの間,被告は約700店舗の直営店を有してい
た。
イ被告において,社員の採用,解雇等の人事権は本社に属する部長,室長
以上に帰属し,各店舗の店長には採用,解雇等の人事権はなかった。
社員の移動は,ゾーンマネージャーやエリアマネージャー等による所定
の申請の後,本社に属する部長,室長以上が決定権限を有しており,各店
舗の店長に権限は認められていなかった。
(6)給与規定(甲3)
ア給与制度の基本(4条)
(ア)給与制度の基本は年俸制給与とする。
(イ)年俸制とは,人事考課の結果並びに業務目標,基本職務目標等の水
準を勘案して,年単位で給与を決定することをいう。
イ給与の構成と体系(6条)
給与の構成は,下記のとおりとする。
(ア)基準年俸
基本給,役割給,自己管理給及び調整給
(イ)基準外年俸
単身赴任手当,通勤手当,開発手当及びインセンティブ
ウ給与の対象期間と支払日(7条)
(ア)年俸制給与の計算対象期間は,当年4月16日から翌年4月15日
までの1年間とする。
(イ)基準年俸に関しては,年俸額の14分の1を毎月25日に支給し,
7月10日と12月10日には他の14分の1を支給する(なお,7月
10日及び12月10日に支給されるものを特別給という。)。
エ日割計算(9条)
月の途中で入・退職したときの当該月の支給額は,次の計算式により算
出した額とする。
当月支給額=年俸額÷14-欠勤日額×欠勤日数
欠勤日額=年俸額÷14÷当月暦日数
オ職能年俸,基本給(14条)
職能年俸及び基本給は社員の職能等級に応じて決定する。
カ役割給(15条)
店長・主任以上の管理職者及び専門職者に対し,その役職・専門職の役
割の難易度並びに会社への業績貢献度に応じて,あらかじめ定められた役
割給を支給する。
なお,店長とされる者の役割給は,4級の者が4万円,5級の者が5万
円である。
また,その余の管理職とされる者の役割給については,「エクセレント
店長」が7万円,主事が8万円,課長及びエリアマネージャーが12万円
又は8万円などとされている。
キ自己管理給(16条)
管理職者及び専門職者以外の社員に対し,職能等級に応じて自己管理給
を支給する。
なお,自己管理給の額は,3級の者が6万円,2級の者が5万円,1級
の者が4万円とされている。
また,自己管理給は,年間520時間(月平均43.33時間)のみな
し時間外勤務手当相当額として固定額で支給する。
ク調整給(17条)
職能等級への格付け又は職務の変更等に伴い,給与について調整の必要
が生じた場合には,必要な額を必要な期間,調整給として支給することが
ある。
ケ不就業の場合の給与(24条)
社員が下記(ア)ないし(ウ)のいずれかに該当し,就業しなかったときは,
9条に定める基準日額に基づいて計算した不就業の日数相当額を基準年俸
月額から控除する。
(ア)欠勤により就業しなかったときその日数
(イ)就業規則に定める無給休暇を取得したときその日数
(ウ)業務上の傷病により公傷休暇を取得した場合で労働者災害保険法の
定める法定給付を受けたときその日数
(7)原告の給与額及びその内訳(枝番を含む甲4)
原告に対し基本的に支給された給与(税等控除前)は,店長となる平成1
9年5月度(平成18年から平成19年5月15日。同月25日支給)以前
は,月例賃金のうち,15万3500円を基本給,786円を調整給,6万
円を自己管理給として合計21万4286円,店長となった同年6月1日を
含む同6月度以降同年9月度(同年5月16日以降同年9月15日)までに
支給された給与は,月例賃金のうち,基本給21万4800円に役割給4万
円を加えた合計25万4800円(税等控除前),原告が店長から一般社員
となった同年10月1日を含む同年10月度(同年9月16日から同年10
月15日)に支給された給与は,基本給15万8900円,資格手当1万円,
自己管理給6万円の合計22万8900円であったが,その他,超過勤務手
当等を考慮して具体的に支給された金額及び内訳(税等控除前)は以下のと
おりであった。
①平成18年9月分8万2949円
基本給15万3500円
調整給786円
自己管理給6万円
勤怠控除-13万1337円
②平成18年11月分から平成19年2月分まで各21万4286円
基本給15万3500円
調整給786円
自己管理給6万円
③平成19年5月分33万2504円
基本給15万3500円
調整給786円
自己管理給6万円
超過勤務手当6万0113円
深夜勤務手当4万4515円
通勤費1万3590円
④平成19年6月分31万2534円
基本給21万4800円
役割給4万円
超過勤務手当3万0260円
深夜勤務手当1万3884円
通勤費1万3590円
⑤平成19年7月分26万8390円
基本給21万4800円
役割給4万円
通勤費1万3590円
⑥平成19年8月及び同年9月分各25万4800円
基本給21万4800円
役割給4万円
⑦平成19年10月分22万8900円
基本給15万8900円
資格手当1万円
自己管理給6万円
⑧なお,原告は,上記のほか,平成18年12月及び平成19年7月に特
別給として,それぞれ21万4826円,25万4800円(税等控除
前)の支給を受けた。
3争点
(1)原告の実労働時間
(2)原告が管理監督者に当たるか
(3)原告に支払われるべき時間外割増賃金及び休日割増賃金の額
(4)時間外割増賃金及び休日割増賃金についての付加金の要否
(5)原告は被告店舗における業務の肉体的心理的負担によりうつ病に罹患し
たか
(6)被告は原告の労働時間等が適切になるように管理すべき義務を怠ったか
(7)慰謝料額
4争点に対する当事者の主張
(1)争点(1)(原告の実労働時間)について
(原告の主張)
原告は,被告の業務命令に従い,別紙勤務時間一覧表(原告主張)1
ないし14のとおりの時間,業務に従事した。
(被告の主張)
否認する。
被告店舗の店長は,管理監督者の地位にあり,自らの時間管理に関し
て厳格なルールがないため,健康管理として必要な限度において出勤時
刻,退社時刻及び休憩時間を勤怠管理システムのデータ上に記録するに
すぎず,特に,休憩時間については,出勤後退社するまでの間,常に業
務に従事しなければならないという勤務実態ではないにもかかわらず,
勤怠管理システムのデータ上に労働から解放された休憩時間全てが反映
されているわけではない。
したがって,勤怠ウェブシステムのデータ上の記録を前提に,出勤時
刻から退社時刻までの間で休憩時間を除いた全ての時間を労働時間とし
て主張する原告の主張は事実に反する。
とりわけ,原告がα店に勤務中の平成19年3月31日の前後におい
て勤務環境に変化がないにもかかわらず,同年4月以降同年8月中旬ま
での間,勤怠管理システムに休憩時間の記録がないのは,実際には休憩
時間があったのにこれを記録しなかった結果にすぎない。
また,同年8月7日から同月10日までの間,勤怠管理システム上は,
連続84時間勤務となっているが,これは不自然である。
さらに,原告は出勤の必要性がないのに出勤していたことも多く,そ
の時間については実労働時間から除外されるべきである。
(2)争点(2)(原告が管理監督者に当たるか)について
(被告の主張)
ア労働基準法違反に対して刑事罰が予定されていることを考慮すれば,そ
の刑事罰の免責事由ともなる「管理若しくは監督の地位にある者」(労働
基準法41条2号)との規定を殊更限定的に解釈することは許されず,管
理監督者とは,監督の地位にある者又は管理の地位にある者を言うと解す
べきである。
イそして,監督の地位にある者とは,使用者のために労働者の労働状況を
観察し,指揮監督により労働者の労務提供を確保する地位にある者を言い,
管理の地位にある者とは,使用者のために労働者の採用,解雇,昇級,転
勤等の人事管理を行う者を言うと解すべきであり,ある労働者が管理監督
者に当たるか否かは,当該労働者の職務内容,責任及び権限を考慮して決
すべきである。
ウなお,通達(昭和22年9月13日付け発基第17号)における「経営
者と一体的な立場にある者」とは,当該労働者が,ある事業所において経
営者のために監督あるいは管理をする地位にあることを言い,企業全体に
ついて経営者と一体的な地位にあることまで要求されていないと解すべき
である
また,上記通達における「出社退社等について厳格な制限を受けていな
い者」に該当するか否かは,その者の職務,責任ゆえに労働時間等の制限
になじまないものであるか否かを考慮すれば足り,それをこえて自己の判
断で出社・退社を含めた労働時間等の自由裁量まで認められていることを
要求すべきではない。
さらに,賃金等の待遇面については,昭和63年の通達(同年3月14
日付け基発第150号)によって新たに付け加えられたものにすぎないの
であるから,これを「経営者と一体的な立場にある者」であるか否かを判
断する際に考慮すべきではない。
エ以上を前提として考慮すると,店長は,担当店舗の運営につき,商品の
発注・値引き・破棄等につき権限を有しており,また,店舗運営のために
PAに対する指揮監督権限を有し,その労務提供を確保する権限を有して
いる。また,店長は,PAにつき募集・採用・解雇のほか,勤務日・労働
時間を決定する権限をも有していたのであるから,店長は担当店舗のPA
に対して直接指揮監督権を行使して,適切な労務提供を確保すべき責任を
負う地位にあり監督の地位にある者に当たり,また,管理権についても広
範な権限が与えられているから管理の地位にある者に当たるというべきで
ある。
以上のとおり,店長は,被告の全社的あるいはエリアごとの経営方針・
経営戦略を正確に把握し,担当店舗において,かかる方針・戦略を反映す
べく与えられた監督権限,管理権限を行使すべき職務を負っていたのであ
り,店舗単位で見た場合,まさに「経営者と一体的な立場にある者」に当
たるというべきである。
なお,管理監督者に当たるか否かを判断するに当たって,賃金等の待遇
面を考慮すべきでないことは上記のとおりであるが,仮に,この点を考慮
するとしても,一般の社員の基本給は15万4286円であり,時間外割
増賃金として支払われる自己管理給は6万円であるところ,4級店長に昇
格した後は,基本給21万4800円のほか,役割給として4万円が支給
されるのであり,4級店長に昇格することによって基本給が6万円以上増
額されるほか,役割給として4万円も支給されるのであるから,管理監督
者として相応の待遇がされている。
(原告の主張)
ア管理監督者(労働基準法41条2号)とは,労働条件の決定,その他労
務管理について経営者と一体的な立場において,同法所定の労働時間等の
枠を越えて事業活動をすることを要請されてもやむを得ないと言えるよう
な重要な職務と権限を付与され,また,賃金等の待遇やその勤務態様にお
いて,他の一般労働者に比べて優遇措置が取られているため,労働時間等
に関する規定の適用を除外されても,上記の基本原則に反するような事態
が避けられ,当該労働者の保護にかけることがない者をいうが,①店長の
職務・権限は,被告の指示,命令に従って店舗内の運営を行い得るにすぎ
ないこと,②店長に労働時間の裁量はなく,③店長の手取り収入が一般の
社員の手取り収入より少額であり,管理監督者にふさわしい処遇を受けて
いないこと,④社員がわずかな研修期間を経たのみで昇格できる店長が,
経営者と一体的な立場にあって重要な業務を行うものとはいえないこと,
⑤被告全従業員の7割が店長であることなどに照らせば,原告が管理監督
者でないことは明らかである。
イ店長は,担当店舗におけるPAの募集・採用・解雇の権限を有していた
が,PAの時給は被告の定めた基準に沿って決定し得るにすぎないし,P
Aの解雇事由についても,不正行為等に限定されていた。なお,店長は,
社員の採用や異動等に関し,何ら権限を有していない。
また,店長は,個店の発注や作業割り当て等の権限を有するとされてい
るが,現実には,商品の発注・陳列方法,店舗運営に関する事項は全て被
告本社営業統括部門によって決定されており,店長の裁量の余地はほとん
どなかった。
ウ被告チェーン店では,24時間営業を行うため,店長,社員及びPAに
よりシフトが組まれ,常時2ないし3名が業務に従事していたが,店長が
シフトを組む際には,先ずPAや社員の予定を優先し,その後,業務に従
事している人数が2ないし3名に満たない時間帯を自らの勤務時間帯と決
定することが通例となっており,事実上長時間勤務を余儀なくされる状況
にあったほか,PAが欠勤した場合にもその穴埋めのため,店長が出勤せ
ざるを得ない状況にあった。
その結果,原告は,平成19年6月に303.25時間,同年7月に2
56.5時間,同年8月に343.25時間,同年9月に231.75時
間という法定労働時間を超える長時間労働を行い,特に,平成19年8月
7日から同月10日までの4日間で,80時間を超える長時間労働を行っ
た。
エ原告は店長に昇格したことにより,月例賃金が4万0514円増額した
にすぎず,また,現実の賃金額は減額されている。
(3)争点(3)(原告に支払われるべき時間外割増賃金及び休日割増賃金の額)
について
(原告の主張)
ア1か月当たりの通常の賃金について
1か月当たりの通常の賃金は,店長としての給与待遇を受ける以前(平
成19年5月15日以前)は原告が基本的に支給される給与(基本給+調
整給+自己管理給)から自己管理給を控除した金額,すなわち15万42
86円であり,店長としての給与待遇を受けた以降(平成19年5月16
日以降)は原告が基本的に支給される給与(基本給+調整給+自己管理給
+役割給)から役割給を控除した金額となる。
イ所定労働時間について
1か月当たりの所定労働時間は,当該月の日数から月9日の休日を控除
し,同日数に1日の労働時間8時間を乗じた時間である。
ウ休日就労(休日の特定方法)について
(ア)被告は,事前に休日を指定し,その休日に出勤を求めるという態様
を取っていなかった。そこで,月9日の休日,年始休暇4日,夏期休暇
7日を取ることができるように,休日は以下のとおり特定されるべきで
ある。
①契約書には週1日の休日とあるので,7日に一度は休日がある。
②一般社会においては,土日を休日とするように,休日は連続2
日取ることが望ましい。そこで,公休の翌日を休日とする。
③年始休暇は,名称や休暇の趣旨からして,1月の初旬にまとめ
て与えられる休暇である。
④夏期休暇は,名称や休暇の趣旨からして,8月の中旬の時期の
前後にまとめて与えられる休暇である。
(イ)休日
以上の観点から,タイムカード表上,「未入」あるいは「公休」
として書かれている日を休日とし,そのほか,次の日を休日とする。
平成18年9月17日,同年11月4日,同月18日,同年12
月11日,同月20日,同月25日,平成19年1月1日,同月5
日ないし同月8日(年始休暇),同月15日,同月20日,同月2
5日,同年2月1日,同月2日,同月9日,同月11日,同年4月
4日,同月7日,同月14日,同月23日,同月30日,同年5月
1日,同月16日,同月23日,同月31日,同年6月1日,同月
8日,同月9日,同月15日,同月16日,同月23日,同月24
日,同年7月2日,同月16日,同月17日,同月25日,同年8
月1日,同月2日,同月9日,同月10日,同月15日,同月16
日ないし同月22日(夏期休暇),同月24日,同年9月6日,同
月14日,同月18日,同月25日,同月29日,同年10月6日
(被告の主張)
否認ないし争う。
(4)争点(4)(時間外割増賃金及び休日割増賃金についての付加金の要否)に
ついて
(原告の主張)
被告は,原告に対し,労働基準法114条に基づき,付加金を支払う
べきである。
(被告の主張)
争う。
(5)争点(5)(原告は被告店舗における業務の肉体的心理的負担によりうつ病
に罹患したか)について
(原告の主張)
原告は,被告による後記(6)の安全配慮義務違反により,恒常的な不規則,
超過勤務,度重なる不意打ち的な店舗移動を余儀なくされ,その結果,うつ
病に罹患した。
(被告の主張)
否認する。
(6)争点(6)(被告は原告の労働時間等が適切になるよう管理すべき義務を怠
ったか)について
(原告の主張)
被告は,使用者として,その雇用する労働者である原告に従事させる業務
を定めてこれを管理するに際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過
度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう労働時間,勤務状
況を把握し,原告が長時間労働,過重労働を行っている場合には適切な労働
時間管理を行う義務を負っている。
そして,被告は,原告が勤務した労働時間を給与計算の関係上把握するこ
とが可能であり,また,エリアマネージャー及びゾーンマネージャー等はこ
れを現実に把握していたにもかかわらず,適切な指導をせず,かえってさら
なる長時間労働を強要したほか,短期間で不意打的な店舗異動をするなどし
て上記義務を怠った。
(被告の主張)
被告は,ゾーンマネージャー及びエリアマネージャーを通じて,原告の心
身の健康を害することのないように労働時間,業務内容その他の事項につい
て,適切に管理,注意を行っているのであるから,原告の健康管理に関する
安全配慮義務を怠っていない。
(7)争点(7)(慰謝料額)について
(原告の主張)
被告の安全配慮義務違反により原告が被った精神的損害は300万円を下
らない。
(被告の主張)
否認ないし争う。
第3争点に対する判断
1前記前提事実,証拠(枝番を含む甲5,7ないし14,16ないし19,2
6,28,36,乙1ないし3,6,7,9ないし11,13,証人b,証人
c,証人d,原告)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)被告は,コンビニエンスストアをチェーン展開して経営している株式会
社であり,各チェーン店は24時間営業し,食料品や日用雑貨等を販売して
いる。通常のコンビニエンスストアと比較した場合,被告が経営するチェー
ン店舗は野菜等の生鮮食料品が入手できること,商品の基本的な価格が99
円,199円又は299円といった安値に設定されていることに特徴がある。
被告は,そのチェーン店舗を維持するために,店舗ごとに,商品の仕入れ
・陳列・販売・在庫管理,金銭管理,PAの労務管理等を行う必要があり,被
告従業員をして上記店舗運営業務に従事させている。なお,被告では,各店
舗に配属された店長,社員及びPAにより24時間体制のシフトを組んで,
商品の発注・陳列,店舗の清掃,接客,レジ打ち等の日常的な業務を行って
いた。
(2)各チェーン店において販売する商品については,被告によって商品・発
注先・販売価格,店舗内の棚ごとの合計商品数及び合計金額等が「棚割り」
として定められており,商品の大多数が必須商品として販売することが義務
づけられていたほか,月ごとの販売スケジュールも定められていた。また,
被告は,毎月,各チェーン店に対し,「売り込み商品」と称する商品を指定
して,販売を推進するよう指示し,その売行きをチェックしていたほか,
「送り込み」と称して,特定の商品を各チェーン店に送付し,その販売を指
示するなどもしていた。なお,各チェーン店において独自の商品を販売する
ことはほとんどない。
また,各チェーン店においては,24時間の商品販売業務を維持するため,
各店に店長1名又は社員1名のほか,十数名から二十数名程度のPAが所属
しているが,そのうち現実に店舗において業務に従事しているのは,おおむ
ね2ないし3名程度である。
店舗において人手不足が発生した場合は,近隣の他店舗に応援を依頼し,
又はエリアマネージャーに応援できる店舗がないか依頼することが可能であ
った。
(3)被告における勤務時間管理
被告における出退勤記録は,正社員の出勤時刻及び退勤時刻並びに休
憩開始時刻及び休憩終了時刻が記載された被告のイントラネット上の電
磁的記録(勤怠管理システム)であり,各時刻については,その都度,
各従業員が自己の社員コード(バーコード形態)をスキャンし,被告の
勤怠管理システム上に記録することで行われ,この記録は被告本部でも
把握可能である。
(4)店長の担当業務について
上記チェーン店を運営するため,店長は,日常的な業務として,午前8時
から午前11時までの間の①レジ内の現金とレジに記録された現金有り高を
照合するレジ精算,②レジ内に保管されている紙幣を金庫に移し替える途中
集金及び③洋日配(パン,乳飲料,冷凍食品),和日配(卵,うどん・そば
等の麺類,漬け物)等の商品の発注,午前11時から午後1時までの間の④
野菜や果物等の農産物の発注及び⑤農産物の鮮度管理,午後1時から午後8
時までの間の⑥レジ内の現金とレジに記録された現金有り高を照合するレジ
精算及び⑦上記③及び④以外の食品や雑貨等の商品の発注等を担当している
ほか,⑧PAが担当するレジ打ち,商品の加工・陳列等といった店舗運営上
の通常業務についても,担当することがある。⑨午後8時から午後10時ま
での間,店長が勤務する場合,途中集金業務を行う。
そのほか,店長は,⑩シフト表の作成,⑪消費期限のチェック,⑫店頭や
窓ガラス等の清掃業務,⑬レジ袋など資材の注文,消耗品の注文,⑭商品チ
ラシの配布,POPという陳列カードの作成や貼付け,⑮銀行における手
続,⑯クレーム対応,⑰PAの求人,面接,採用,指導,⑱売上対策報告書
(月次で作成する先月の結果及び今月の目標を報告する報告書)作成等を担
当している。
その具体的な業務の内容は,おおむね下記のとおりである。
ア商品の発注(③④⑦)
(ア)商品の発注は,読取機を使用して,店舗内の棚に印刷されたバーコ
ードを商品ごとに読み取った上,発注数を入力する方法により行われる。
発注の際には,販売データ,発注データの履歴や陳列状況を参考に商
品の売行きを確認分析して自分の判断で発注数を決め,併せて棚の奥に
ある商品の前出しも行う。
(イ)被告チェーン店での取扱商品は,少なくとも4500種類にのぼっ
ており,上記のとおり,午前11時,午後1時及び午後8時までに注文
すべき商品が定められているほか,午後8時までに発注すべき商品
(⑦)については,注文すべき曜日が隔日ごとに定められている。
イレジ精算(①⑥)
(ア)レジ精算は,レジ内の保管されている現金とレジに記録された現金
有り高を照合し,午後8時の段階(⑥)でこれが一致していればその旨
被告本部に報告して終了する。
(イ)レジ精算の結果,現金と現金有り高が一致しない場合には,返品処
理の誤り,前回のレジ精算の誤り及びPAの不正の可能性が疑われるこ
とから,コンピュータ上の売買記録を印字した上,これをチェックし,
特にPAによる不正の有無を店内備付けのカメラ画像をチェックするな
どして確認する。
ウその他
(ア)農産物の鮮度管理(⑤)は,入商品を前出ししながら,1日3回行
う。農産物が傷んでいないか,陳列している農産物のうち傷んでいるも
のの有無を確認し,傷んでいるものがあればその部分を取り除いて,値
下げした上で再度陳列したり,廃棄したりする。
(イ)商品の陳列(⑧)については,被告によって週ごとの「棚割り」及
び月ごとの販売スケジュールが定められており,これに沿って商品を陳
列し,さらに,「棚割り」が変更されるごとに商品の並替えをするとい
うものである。
(ウ)シフト表の作成(⑩)については,PAごとに勤務可能な曜日及び
時間帯を考慮した上で作成する必要があり,必要人数のPAを確保でき
ない時間帯は,店長自らが勤務することとしたり,派遣社員を要請した
りするなどして,シフト表を作成する。
PAが急に休んだ場合は,他のPAや他店舗に人員の応援を要請し,
可能であればシフトに入ってもらうといった方法がある。
なお,被告チェーン店のシフトは,午前8時から午後1時までの「午
前」,午後1時から午後5時までの「昼」,午後5時から午後10時ま
での「夕方」及び午後10時から午前8時までの「深夜」という4つに
分類されており,PAはシフト表に従って,いずれかの時間帯に勤務す
ることとされていた。
(エ)クレーム対応(⑯)
クレーム対応については,店長が初期対応を行い,難しいクレームが
発生した場合には,本部のお客様相談室に相談し,また,上司であるエ
リアマネージャーにも報告をし,指示を仰ぐが,最終的に対応をするの
は店長であった。原告も,実際のクレーム対応をしたことがあった。
(オ)PAの採用等(⑰)
店長は,担当店舗においてPAが不足した場合には,PAを採用する
ことができたが,その時給額については,エリアマネージャーから指示
があり,その金額を裁量で変更する権限はなかった。
なお,被告から,店長に対し,PAの解雇権限があるとの明確な説明
はなかった。
エ店長とPAの役割分担
(ア)店長は,上記店長の業務のうち,商品の発注,レジ精算,途中集金
等については,PAを指導・教育した上で,PAに担当させることも可
能である。
(イ)他方,店長は,商品の発注やレジ精算等と並行して,レジ打ちや商
品の陳列等の原則としてPAが担当する業務を担当することがある
(⑧)。
オ上記のほか,被告では,「OJTテスト」と呼称される,ゾーンマネー
ジャーやエリアマネージャー等が各チェーン店を訪問し,社員のあいさつ
や身だしなみ,店舗の清掃,売場状況及び陳列状況等の複数項目にそれぞ
れ点数を付けて評価した上,その評価に基づき,店長に対して,店舗運営
の改善を指示することが行われている。
(5)店長の決裁権限
ア店長は,店舗PAの新規採用の決裁権限を有するが,店舗担当社員の新
規採用の決裁権限はない。
イ店長は,店舗運営に関しても,通常範囲内の個店の運営経費・発注・作
業割当て・商品の値引き・商品廃棄の決裁権限を有するのみで,通常範囲
内の個店の商品返品をする場合には,立案,起案した上でバイヤーの決裁
を,エリア内における通常範囲内の店舗間一時的人員調整及び店舗間商品
振替えについても,立案,起案した上で,エリアマネージャーの決裁を受
けなければならず,その他,通常範囲内の店舗修繕,不定期経費の出費
(最低価格は5万円未満)については立案,起案権限すらない。
(6)店長は,上記(4)の業務を行う傍ら,月1回開催される店長会議やエリア
会議に出席し,被告の経営方針や経営戦略等を伝達されていた。また,店長
は,同じく月1回開催される金銭研修や生鮮研修等に出席することが義務づ
けられていた。
店長会議等の機会において,店長意見が聴取されたり経営方針について討
論したりする機会はほとんどなかった。
なお,平成19年8月当時,被告における正社員の人数は300名弱であ
ったところ,店長会議に出席していたのは200名弱であった。
(7)販促活動
店長には,担当店舗の売上げを伸ばすための発案をする権限や,店舗に置
かない商品や販売促進のためのチラシを新聞に折り込むことなどを決定する
権限はなく,また,販売促進に関して,店舗独自の企画を行うために店長に
委ねられた予算はなく,こうした販促活動は,エリアマネージャー等を通し
て上部の判断を仰いだ上で行うことが可能であるにすぎなかった。
(8)人件費の管理
被告は,店長に対し,売上げに対する人件費率(店長も含めた人件費
の売上げに対して占める割合)が9.8パーセントを超えないよう指示
していた。人件費率が高い店は,月1回開催される店長会議等で公表さ
れ,注意を受けた。
また,被告は,エリアマネージャーの監督する各エリア単位で店舗の
規模,売上げ等に応じて定められる人件費の上限を定めて,エリアマネ
ージャーの裁量により各エリアに割り振り,これを「M/H」と呼称し
て,店長に対し,M/Hを守るよう指示していた。そして,M/Hは,
「当該店舗については,PAの労働時間について,1日のべ44時間ま
で」といったように,各店舗においてPAを働かせる際の1日当たりの
指針として機能していた。
前記のとおり,人手が足りない際には,PAに頼む,他の店舗に頼む,
派遣アルバイトの応援を頼むなどの方法があったが,派遣アルバイトは時
給約2000円で,PAの約2倍かかるため,人件費率等の観点から,店
長が派遣の応援を頼むことに対する心理的圧迫となった。
(9)健康管理
原告の休職前,被告では,年に1回健康診断を行っていた。
(10)店長研修
ア被告
被告では,採用後約4か月で社員が4日間の店長養成研修を受講し,そ
の後,2日間の4級店長資格取得研修及び2日間の店長任命研修を受講す
れば,店長に任命されている。
店長研修では,クレーム対応については簡単な説明を受ける程度で,シ
フト作成については特に説明がなかった。
イ他のチェーン店での研修
大規模ファーストフードチェーン店であるマクドナルドでは,クレーム
対応について,詳細なマニュアルがあり,研修も店長になるまで何回も受
け,ロールプレイングやケーススタディを行っていた。
(11)異動
被告では,店長になる前は,様々な店舗を経験させるという方針の下,1
年未満で店舗を異動することが多く,店長になってからも半年から1年で異
動することも少なくなかった。
店長は,異動先店舗で,商品の品切れがないか,商品の発注に無駄がない
か,清掃がきちんとされているか,人件費率が高くないかなどに留意する。
発注に関しては,店舗ごとに,売れる商品が時間,曜日,客層等により異な
るため,過不足のない発注のため,店長はデータや実践で店舗の特徴を把握
する必要がある。
原告が異動した際には,シフト作成に関する引継ぎがない場合が多かった。
そのため,PA各人の勤務状況,勤務時間についての希望の把握,スキル等
を理解する必要があると考え,前任の店長が作成していたシフトを基に,総
てのPAから個別に話を聞いたり,場合によっては一緒に働いてスキル能力
等を確かめたりした。
(12)原告の勤務店舗等
原告は,採用日である平成18年9月4日から同月6日まで本社において
入社時基礎研修を受けた後,同月8日から下記のとおり,β店等において店
長又は店舗担当の社員として勤務したが,その勤務形態等は以下のとおりで
あった。
なお,原告が勤務した下記各店舗は,いずれも被告関東第1営業部第3ゾ
ーン内第2エリア又は第3エリア等に所属する店舗である。そして,原告は,
平成19年3月16日当時,第2エリアに所属するγ店及びα店の担当を兼
務する社員の地位にあった。また,その当時の店舗担当は,δ店が店長1名,
γ店,α店及びε店がいずれも店長1名及び社員1ないし2名というもので
あり,これら店長や社員は複数店舗の担当を兼務するなどしていた。
ア平成18年9月8日及び同月9日の勤務(β店)
原告は,平成19年9月8日からδ店に配属されたが,同店の店長が夏
休みで不在であったため,同日及び翌9日はβ店で勤務した。
イ平成18年9月10日から平成19年1月6日までの勤務(δ店・約1
50坪の大型店舗。専属の店長がいる。)
原告は,平成18年9月10日から,配属先のδ店の店長の下で,発
注業務,精算業務,棚卸し,月刊や週刊の商品情報の把握の仕方等の仕事
を教わったが,シフトの作成については教わらなかった。
ウ平成19年1月7日から同年2月17日までの勤務(ζ店・30坪の小
規模店舗)
原告は,同年1月7日から,ζ店において勤務したが,同店舗のe店長
が他店舗の店長を兼務しており同店舗へほとんど来ることがなく,また,
他に社員がいなかったため,事実上の責任者として勤務した。原告は,シ
フト作成業務も行ったが,シフト作成について前任の社員から特に引継ぎ
がなかったため,残っていたシフトを参考に,PA一人一人に希望等を聞
いて手探りでシフト作成を行った。
そして,同店舗は同年2月17日で閉店することが決まっていたため,
原告は,PAの出勤等に合わせて自らも出勤するなどしてPA一人一人に
面会し,閉店することを告げた上で,他の店舗へ異動したいか,辞めたい
かなどの希望の聴取,売場面積の削減,在庫の整理,バックヤードの荷物
の処分等,閉店に伴う業務を行った。
エ平成19年2月18日から同年3月20日までの勤務(α店・約80坪
の大型店舗)
原告は,同年2月18日から,α店において勤務したが,同店舗のe店
長が他店舗の店長を兼任しており,ほとんど同店舗へ来ることがなかった
ため,事実上の責任者として勤務した。
原告は,将来,店長となるためには,深夜業務,夜勤の経験が必要との
指摘を受け,同店舗で1か月間,深夜業務に就いた。
オ平成19年3月21日から同月30日までの勤務(η店・45坪のコン
ビニ店)
原告は同年3月21日から,η店において,事実上の責任者として勤務
した。
原告は,η店で勤務した際,多くの段ボールが積んであるため火気厳禁
となっているバックヤードで喫煙するPAに対し,喫煙しないよう注意し
ても,「昔からこうなっている。」「cエリアマネージャーからも了解を
得ている。」などと反論を受けるなどしたため,PAらを説得し,禁煙を
要請するなどの努力をした。
カ平成19年3月31日から同年8月3日までの勤務(α店)
(ア)原告は,同年3月31日から,α店において,事実上の責任者とし
て勤務し,その際,シフト作成等も行った。同年6月1日から,原告は,
店長として勤務したが,この際,ゾーンマネージャーから,同店舗では
赤字が続いているから,黒字にするよう指示を受けた。
同店舗で勤務した際,女性の社員1名が退社し,男性社員が異動にな
ったため,社員が原告1名となったが,さらに夕方に勤務可能なPAの
高校生男女各1名が辞めてししまったため,原告は,PAのシフトの穴
埋めやPAの指導等を行った。
(イ)原告は,同店舗で勤務している間の平成19年6月ころから,不眠,
食欲低下による体重減少,抑うつ気分,意欲低下,不安焦燥,希死念慮
等の症状を自覚するようになった。
(ウ)原告は,同店舗で勤務している間の平成19年7月13日に行われ
た被告における健康診断を受診し,同診断に際し,不眠傾向がある旨訴
えた。もっとも,同健康診断における医師の総合所見では,特に異常な
しとされた。
キ平成19年8月4日から同年10月4日までの勤務(ε店)
(ア)原告は,同年8月4日から,ε店において,店長として勤務したが,
同店舗はエリア間の異動を含んだため,近隣店舗の状況が把握できない
と感じた。同店舗では,エリアマネージャーのc(以下「c」とい
う。)が復帰する同年8月16日まで,エリアマネージャーが不在であ
った。
(イ)同店舗では,前任のdが店長をしていた平成19年6月中旬ころ,
深夜のPAが不正な会計処理や店の在庫の窃取といった不正行為を1年
以上前から行っていたことが発覚したため,不正行為に関わっていた深
夜のPA5ないし6名が解雇されるか又は退職した。その後,dは,同
年7月20日ころ,深夜のPAを2名採用し,昼間の時間帯にレジの基
本的な操作や品出しについて指導したが,発注作業は教えなかった。
(ウ)原告は,以上のような状態で店舗を引き継いだため,バックヤード
は汚れ,在庫も抱えていた。
深夜PAも勤務経験も1か月未満のPAが3名しかおらず,精算業務
のできるPAもいない状態であったため,原告は店舗業務に関する教
育を行う必要があった。
また,同店舗では,dが店長の際,不正行為の対応に追われ,人件費
率の高い派遣社員を利用していたことなどから,人件費率がワースト
16位と店舗の営業成績が悪かった。
(エ)cは,平成19年8月ころ,原告に対し,人件費率(17.7パー
セント)やM/H(約58時間)が高いことについて注意し,パート
の労働時間を削り,M/Hを抑えるよう指導した。M/Hについては,
平成19年8月当時,ε店において51ないし52時間を指標として
いたが,48時間くらいに抑えるよう注意した。
また,cは,同月12日ころ,原告から労働時間が長いこと,休み
が取れないことなどの話を聞いたが,夏休みを取ること等について指
示はしなかった。
(オ)原告は,平成19年7月及び同年8月ころ,店長養成講座,研修を
受け,すでに店長となった約3か月後の同年8月27日ころ,店長養
成研修の修了証を受領し,4級店長の資格を取得した。
(カ)原告は,平成19年9月4日,fクリニックを受診し,6月ころか
ら不眠,食欲低下による体重減少,抑うつ気分,意欲低下,不安焦燥の
症状を訴え,同クリニックのg医師は,原告をうつ状態(うつ病)と診
断し,治療を開始した。
cは,平成19年9月14日ころ,原告から,うつ病で通院している
旨及び店長を辞めたい旨の要望も聞いた。そこで,cは,原告に対し,
店長を辞めて,通常の社員になったとしても,それだけで業務がすぐ
減るわけではないことなどを説明した。
(ク)原告は,平成19年9月22日,fクリニックのg医師により,う
つ状態により,約1か月の自宅療養及び通院加療が必要である旨の診
断を受けた。
(ケ)原告は,平成19年10月1日,店長から一般社員となった。
ク平成19年10月5日から同月8日までの勤務(Θ店)
(ア)平成19年10月5日から,Θ店において,兼任の店長しかおらず,
事実上の責任者として勤務した。
(イ)原告は,平成19年10月6日,fクリニックのg医師により,う
つ状態により,約3か月の自宅療養及び通院加療が必要である旨の診断
を受けた。
そこで,原告は,hマネージャーに,医者から働かないよう言われ
た旨伝え,同月9日から休職した。
ケ原告は平成20年1月19日,fクリニックのg医師により,うつ状態
により約3か月の自宅療養及び通院加療が必要である旨の診断を受けた。
なお,原告には,精神疾患の既往歴はない。
コcは,原告について,普通の店長としてすべき業務は行っていたと評価
していた。
(13)他の店長の勤務状況等
アd
dは,平成18年4月,新卒で被告に入社し,その約1年後の平成19
年4月に店長となった。同年1月ころからは,店長が他店舗と兼務してい
るため不在の際には店舗の運営を任されていたが,店長が夕方等に様子を
よく見に来るなどしていたため,特に業務上困ることはなかった。
dは,クレーム処理やε店における不正処理等の負担,経験不足,研修
不足等を感じ,自らの希望でε店での勤務終了後店長職を降り,店舗の担
当社員となった。
イb
bは,大規模ファーストフードチェーン店で約15年の店長経験があっ
たが,被告で約4年間店長として勤務した後,長時間労働や賃金待遇を理
由に被告を退社した。
(14)原告は,被告に入社した当初の月例賃金は毎月21万4286円であっ
たが,平成19年6月1日に店長に昇格した後は,毎月25万4800円の
支給となり,4万0514円増額された。
しかしながら,原告が現実に支給された賃金額(自己管理給や役割給,超
過勤務手当を含む。)は,超過勤務手当等が支払われていた平成19年5月
分が31万8914円,同年6月分が29万8944円であったのに対し,
超過勤務手当等が支払われなくなった同年7月分ないし同年9月分がいずれ
も25万4800円であった。
2争点(1)(原告の実労働時間)について
(1)本件において,原告の実労働時間を直接証明し得る証拠は,勤怠管理シ
ステムの記載(枝番を含む甲5)のみであり,これを覆すに足りる証拠はな
い。
(2)被告は,特に,平成19年8月7日から同月11日までの間の勤怠管理
システム上の長時間勤務につき,原告が退勤打刻を怠ったためである旨の主
張をし,これに沿う内容のiの陳述書(乙4)を提出し,同人は同内容の証
言をしている。
しかしながら,同人の陳述書は裏付けを欠いており,また,同人の証言は,
原告が帰宅した時間等について,明確な記憶を欠くなどあいまいな点がある
ことなどにかんがみると,直ちに採用することは困難であり,また上記期間
中に原告以外のPAが2名以上勤務していたこと(乙13の3)から直ちに
原告が勤務していなかったと認めることもできない。そして,原告が平成1
9年8月7日及び同月8日の前後の期間のみ退勤打刻を怠る格別な事情がな
いことに照らしても,原告が上記期間のみ退勤打刻を怠り,その後修正もし
なかったと認めることはできない。加えて,上記以外の勤怠管理システム上
の労働時間の記録に正確でない部分があったとしても,このことから直ちに
全ての記録が不正確であると認めることはできず,他にその正確性を強く疑
わせるに足りる特段の事情がうかがわない以上,本件では,上記のとおり,
勤怠管理システムに記録されたとおりの労働時間を認定するほかはない。
(3)ただし,平成19年3月31日から同年8月15日までの休憩時間につ
いては,原告がα店を担当するようになった同年3月31日から,原告の担当店
舗がε店に変更された後である同年8月15日までの間,休憩時間の打刻がほと
んど行われていないこと,同月16日以降原告の勤務内容が特段変化したともう
かがわれないにもかかわらず,同日を境にほぼ毎日休憩時間の打刻が行われるよ
うになったことから,上記期間(同年3月31日から同年8月15日までの間)
は,原告が休憩時間の打刻を失念していたものと推認される。
そして,上記期間(同年3月31日から同年8月15日までの間)以外で
も休憩時間の打刻がされていない勤務日が存すること,記録された休憩時間
が約30分から約1時間程度であることなどに照らすと,同期間中,休憩時
間が打刻されていない労働日については,1労働日当たり40分の休憩を取
得していたものと認めるのが相当である。
原告は,同月16日以降,無理にでも休憩を取得するようにした旨主張す
るが,上記のとおりであり,採用できない。
(4)また,平成19年8月7日ないし同月10日の勤務について,勤怠管理
システム上,原告の勤務は,ほぼ連続勤務となっているが,一切帰宅してい
ないというのは不自然であること,原告も,このうち1日については午前2
時から8時までの間は帰宅していたことを認めていること,同月7日から同
月10日までの勤務の中では,原告が帰宅したとしてもPAが店舗に1名に
ならず,かつ,勤怠管理システム上,午前8時に最も近い時間で勤務を開始
しているのが同月9日であることに照らすと,原告は,同日午前2時に退勤
し,同日午前8時15分に出勤したものと推認できる。そして,同日午前2
時から同日午前8時15分までの間,原告について労働からの解放が保障さ
れていないことを認めるに足りる的確な証拠もない。
(5)以上のとおりであるから,別紙勤務時間一覧表(原告主張)のうち,平
成19年3月31日から同年8月15日までの期間,休憩時間が記録されて
いない日について,1労働日当たり40分を控除する。
なお,各労働日の出退勤時間のいずれから休憩を取得していたのか特定で
きない以上,割増賃金を請求する原告に最も不利に認定せざるを得ない。
そこで,上記期間の休憩時間が記録されていない日は別紙勤務時間一覧表
(原告主張)記載の勤務時間から,休日以外については「労働時間」及び
「法外残業」から40分を控除するほか,「深夜」から40分を控除するも
のとし,休日については,「労働時間」及び「休日労働」から40分を控除
するほか,「休日深夜」から40分を控除するのが相当であるから(控除し
た結果,マイナスであれば0分とする。),別紙勤務時間一覧表(原告主
張)をそのように修正し,同修正の結果に基づき,別紙未払賃金計算書(原
告主張)も修正する。
(6)この点,被告は,原告が勤務していた店舗に所属するPAの人数が他店
舗と比較した場合に多く,原告が超過勤務等をする必要はなく,現にしてい
なかった旨の主張をするが,下記のとおり,PAは週5日又はそれ以下の頻
度で,特定の時間帯に勤務するにすぎず,単に,原告が担当していた店舗に
所属するPAの人数が他店舗より多いことをもって,原告が超過勤務してい
なかったと認めることはできない。
また,原告の就労が必要性のなかったことを基礎づける証拠はなく,かえ
って,被告は,勤怠管理システムで原告の就労状況を把握しながら,これに
対して不要であることを特に指摘していなかった事情に照らすと,被告の同
主張は採用できない。
3争点(2)(原告が管理監督者に当たるか)について
(1)労働基準法に規定する労働時間,休憩,休日等の労働条件(労働基準法
32条,34条1項,35条1項)は,最低基準を定めたものであるから
(同法1条2項),この規制の枠を超えて労働させる場合には,同法所定の
割増賃金を支払うべきことが原則である。
同法上,「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)には,労働
時間,休憩及び休日に関する規定が適用されない(法41条2号)とされた
のは,管理監督者が労働条件の決定,その他労務管理について経営者と一体
的な立場にあり,その職務内容,責任及び権限等の重要性に照らして,法所
定の労働時間の枠を超えて事業活動をすることが要請され,その勤務態様も
労働時間等の規制になじまない立場にある一方,一般の労働者と比し,相応
の賃金を受け取り,また,自らの労働時間について厳格な規制を受けず,比
較的自由な裁量が認められているなどの待遇面及び勤務実態を考慮すれば,
例外的に,労働時間等に関する規定を適用しなくても,過重な長時間労働を
防止しようとした法の趣旨が没却されるおそれが乏しいことによるものと解
される。
そこで,原告が管理監督者に該当するか否かの判断に当たっては,上記趣
旨にかんがみ,当該労働者が職務内容,責任及び権限に照らし,労働条件の
決定,その他の労務管理等の企業経営上の重要事項にどのように関与してい
るか,勤務態様が労働時間等の規制になじまず,また,自己の出退勤につき
一般の労働者と比較して自由な裁量が認められているか,賃金等の待遇が管
理監督者というにふさわしいか否かなどの点について,諸般の事情を考慮し
て検討すべきものと解する。
この点,被告は,労働者が,特定の事業所において,使用者のために,他
の労働者の労務提供を確保し,又は採用・解雇等の人事管理を行う者で,そ
の職務の内容等が労働時間等の制限になじまないものであれば,管理監督者
に該当する旨主張するが,これは,事業所の規模の大小を問うことなく事業
所単位で管理監督者の該当性を判断する点,当該労働者の権限の広狭等を問
うことなく使用者のために労務提供の確保等を行う者であれば足りるとする
点,使用者が労働者に対し労働時間等の制限になじまない内容の職務等を課
せば管理監督者に該当し得るとする点,賃金等の待遇面を考慮しない点等に
おいて,上記法の趣旨に合致するものとはいえず,採用できない。
以上を前提として,店長として業務に従事していた原告が管理監督者に当
たるか否かについて検討する。
(2)店長の職務内容,責任及び権限
ア店長の権限範囲等について
前記前提事実及び前記認定事実によれば,被告はコンビニ型店舗をチェ
ーン展開して経営する株式会社であり,原告勤務当時,約700店舗の直
営店を有しており,店長は,エリアマネージャーの指揮の下,そのうちの
1つ(兼務している場合は複数)の店舗内の運営を任されているにすぎず,
平成18年9月当時かかる立場にある店長は,少なくとも被告の正社員の
3分の2を占めていた。
そして,被告では,店長は採用後約4か月で社員が4日間の店長養成研
修を受講し,その後,2日間の4級店長資格研修及び2日間の店長任命研
修を受講すれば店長に任命されるといった短期間かつ簡易なシステムを採
用しており,原告の場合,研修終了の約3か月も前に店長として勤務する
など,研修自体も重視されていない実態があった。
イ人事に関する事項
前記前提事実及び前記認定事実によれば,店長は,PAを採用する権限
があったものの,一般社員の採用や昇格等については,何ら権限を有して
いなかった。PAの採用等についても,店長の完全な自由裁量ではなく,
時給等については,被告によって定められた一定の制限があり,また,解
雇についても,職務権限表(枝番を含む甲7)には規定がなく,被告にお
いて,店長にPAの解雇の権限の有無や範囲について明確な説明をしてい
なかった。
また,店長は,シフト作成を行っていたものの,PAの勤務可能な曜日
及び時間帯があらかじめ定められているため,これに沿ったシフトを作成
せざるを得ず,原告の裁量にも制約があった。
ウ店舗運営に関する事項
前記認定事実によれば,店長は,店舗運営に関しても,通常範囲内の個
店の運営経費・発注・作業割当て・商品の値引き・商品廃棄の決裁権限を
有するのみで,通常範囲内の個店の商品返品をする場合には,立案,起案
した上でバイヤーの決裁を,エリア内における通常範囲内の店舗間一時的
人員調整及び店舗間商品振替えについても,立案,起案した上で,エリア
マネージャーの決裁を受けなければならず,その他,通常範囲内の店舗修
繕,不定期経費の出費(最低価格は5万円未満)については立案,起案権
限すらなかった。
また,各店舗で販売する商品は,被告によって商品,発注先,販売価格,
店舗内の棚ごとの合計商品数及び合計金額,月ごとの販売スケジュール,
販売促進商品等が定められ,また,商品の大多数が必須商品として販売を
義務づけられ,各店舗において独自商品を販売することはなかった。
さらに,店長には,担当店舗の売上げを伸ばすための発案をする権限や,
店舗に置かない商品や販売促進のためのチラシを新聞に折り込むことなど
を決定する権限はなく,また,販売促進に関して,店舗独自の企画を行う
ために店長に委ねられた予算はなく,こうした販促活動は,エリアマネー
ジャー等を通して上部の判断を仰いだ上で行うことが可能であるにすぎな
かった。
エ事業方針への関与の程度
前記認定事実によれば,店長は,月1回開催される店長会議やエリア会
議等に出席し,その場で各店長に本社の経営方針,経営戦略等が伝達され
るのみで,店長からの意見聴取や経営方針について討論する機会はほとん
どなかった。
オ他の従業員の業務内容との比較
前記認定事実によれば,店長独自の業務として,シフトの作成,PAの
採用,店長会議等への出席等はあったが,店長は,商品の発注,レジ精算,
途中集金業務等をPAに担当させることが可能であり,一方,レジ打ちや
商品の陳列等のPAが行う業務を担当することもあり,実際の日常業務の
中では,店長とPAとの間で,作業内容が大きく違うということはなかっ
た。
カ前記認定事実によれば,被告では,「OJTテスト」と呼称される,ゾ
ーンマネージャーやエリアマネージャー等が各店舗を訪問し,社員のあい
さつや身だしなみ,店舗の清掃,売場状況及び陳列状況等の複数項目にそ
れぞれ点数を付けて評価した上,その評価に基づき,店長に対して,店舗
運営の改善を指示することが行われている。
キ以上のとおりであり,被告における店長は,一定の制約のもと,担当店
舗のPAの採用や,シフト作成を行い,また,商品の発注等の権限があっ
た。
しかし他方,店長には,PAの時給決定権がなく,その解雇権限の有無
は判然としていないなど,店舗内の人事権は狭く,また,商品返品につい
てはバイヤーの決済が必要で,販促活動,店舗に取扱商品の決定,店舗修
繕に関する権限がないなど,店舗内においてすら十分な権限があったとは
言い難い。しかも,店長が日常従事する業務はPAのそれとの境界があい
まいで,OJTテストでエリアマネージャー等から指示を受けるなどして
いた。
このように,店長は,700店舗もある被告の直営店の内,1店舗の運
営を任されているにすぎないにもかかわらず,その店舗内ですら,日常業
務内容もPAとの境界があいまいで,店舗内での人事権や運営に関し,終
始エリアマネージャー等の判断が必要であるなど,店舗運営において重要
な職責を負っているとはいえず,店長会議等においても被告の経営戦略等
を伝達されるだけで,店長からの意見を経営方針に反映させる機会はほと
んどなく,さらに,簡易かつOJT期間を含めても短期間の研修で店長に
なり,その数も少なくとも正社員の3分の2の多数に上るなど,必ずしも
店長が重要な地位として位置づけられていなかったことがうかがわれ,以
上のような事情に照らせば,被告の店長が労働条件の決定,その他労務管
理について経営者と一体的な立場にあり,その職務内容,責任及び権限等
の重要性に照らして,法所定の労働時間の枠を超えて事業活動をすること
が要請され,その勤務態様も労働時間等の規制になじまないような立場に
あったとは未だ認められない。
(3)原告の勤務態様
ア前記前提事実及び前記認定事実によれば,被告では商品の発注時間が定
められていること,PAが「午前」,「昼」,「夕方」及び「深夜」の各
時間帯に勤務することから,原告は,「午前」から「夕方」までに相当す
る午前8時ころから午後10時ころまでの間に勤務することが多かった。
また,シフトはPAが勤務可能な曜日,時間帯及びPAの休暇予定等の個
別事情を考慮して作成するのであり,店舗運営に必要な2名のPAを確保
できない場合には,派遣社員を要請したり,店長自らが商品の販売業務に
従事したりして,人員を確保せざるを得ない状態であり,また,2名のP
Aを確保できた場合でも,当該PAの経験等によっては,店長が出勤して
PAを指導等しなければならなかった。また,被告では,人件費率やM/
Hといった指標で店舗における人件費やPAを働かせる際の目標を定め,
これを達成するよう指導するなどしていたため,シフトに穴が空いた場合
にはなるべく店長が勤務するといった勤務態様をとっていた店長が少なく
なかったことがうかがわれる。これらの点に照らすと,店長の出勤日や出
勤時刻等に関する裁量は,自由裁量というものではなかったといえ,現に,
原告の労働時間は,相当長時間に及んでいる。
なお,被告は,店長が商品の発注やレジ精算をPAに担当させることが
可能であり,店長の出退勤時刻に関する裁量は商品の発注時刻等によって
左右されない旨の主張もするが,商品の発注等を担当することが可能なP
Aの存在を前提としているところ,現実には,PAの経験や能力等の問題
もあって上記業務を任せられるPAはそう多くないこと及び店長自らが同
業務を含む店舗内日常業務を行うことが常態化していたことが認められの
であり(証人b,原告),単に商品の発注等をPAに担当させることが可
能であることをもって,原告が出退勤につき自由な裁量を認められていた
とまで認めることはできない。
イまた,前記前提事実及び前記認定事実によれば,PAの出退勤の管理は,
PAがウェブ上の勤怠管理システムに出勤時刻及び退勤時刻を記録する方
法により行われていたところ,店長及び社員の出退勤の管理についても,
同じ方法により行われており,上記出勤時刻及び退勤時刻についてはエリ
アマネージャー等もこれを閲覧することが可能な状態にあった。
ウ以上のとおり,店長は,その出退勤につき,自由な裁量が認められてい
るとは言い難い上,PAと同じ方法により出退勤時刻等が管理されていた
のであるから,自己の出退勤につき一般の労働者と比較して自由な裁量が
認められているとは認められない。
この点,被告は,店長が担当店舗のシフトを作成する権限を有しており,
その際,自らの勤務時間帯を比較的自由に調整し得るとして,店長には出
退勤についての裁量が認められていた旨主張するが,店長のシフト作成権
限に制約があることは前記のとおりであり,原告自身の出退勤時刻につい
ての裁量にも一定の制約があるのであるから,原告の出退勤につき裁量が
あったことから直ちに,一般の労働者と比較して自由な裁量が認められて
いるとは認められず,かかる主張は採用できない。
また,被告は,原告の勤務時間が長時間に及んだのは,原告がシフトを
作成するに当たって,空欄のシフト表を店舗に掲示し,PAがこれに自由
に勤務時間帯を記入する方法によっていたことが原因である旨主張し,こ
れに沿うcの陳述書(乙1,8,10)を提出するが,これを裏付ける証
拠はなく,上記陳述書を直ちに採用できず,他に被告の上記主張を認める
に足りる証拠はない。そうしてみれば,原告の勤務時間が長時間に及んだ
原因が原告自身の執務遂行の不手際にあるとは認められない上,むしろ上
記認定のとおり,被告の勤務態勢上の事情から半ば不可避的に発生してい
たと認められるのであり,仮に原告にも何らかの原因があったとしても,
そのことをもって店長がその出退勤につき自由な裁量が認められていると
は言い難いとの上記判断を何ら左右するものではない。
(4)賃金等の待遇
前記前提事実によれば,被告においては年俸制が採用されており,年俸額
の14分の1が月例賃金として支払われていたところ,原告が店長に昇格し
た後,年俸は約56万円,月例賃金は約4万円それぞれ増額されたが,店長
昇格後に原告が受け取った賃金額は,店長昇格前の額を超えることはなかっ
た。
なお,被告は,店長に昇格する前の原告の基本給は約15万円であるとこ
ろ,店長に昇格することによって基本給が約6万円増額されたほか,役割給
として4万円が支給されるようになったのであり,店長は一般の社員と比較
して約10万円多く賃金を受け取っていた旨主張するが,被告はあらかじめ
定めた年俸額の14分の1を月例賃金として支給しており,基本給や自己管
理給等は,年俸額の14分の1に合致するようにその額が割り振られている
にすぎず,また,自己管理給は,時間外勤務の有無にかかわらず支払われる
ものであり,現実の時間外勤務時間が520時間に満たない場合でも精算さ
れないのであるから,一般の社員と店長の待遇を比較するに当たっても自己
管理給を除外して考慮すべきではなく,採用できない。
(5)以上のような職務内容,責任,権限,勤務態様及び賃金等の待遇に照ら
して考えると,被告の店長として業務に従事していた原告が管理監督者に当
たるとは認められない。
したがって,原告に対しては,時間外労働や休日労働に対する割増賃金が
支払われるべきである。
4争点(3)(原告に支払われるべき時間外割増賃金及び休日割増賃金の額)に
ついて
(1)1か月当たりの通常の賃金
ア平成19年5月16日以降同年9月15日まで
前記前提事実によれば,原告は,上記期間,店長の扱いを受けて,21
万4800円を基本給,4万円を役割給として月例25万4800円が支
給されていた。
一方,役割給が割増賃金算定の基礎とされるかは明らかではないが,原
告自身が,割増賃金算定の基礎から除外し,割増賃金の既払額としている
点を考慮すると,当事者間で役割給は時間外手当として支給することに関
する合意があったものと推認されることから,割増賃金時の算定の基礎と
しない。
なお,役割給は毎月定額が給付されていることから,各月の割増賃金が
4万円に満たない場合でも,翌月以降の割増賃金の支払に補充されるもの
ではないと認められる。
以上により,上記期間に割増賃金の基礎とされるのは,基本給21万4
800円であると認める。
イ平成19年9月16日以降
前記前提事実によれば,原告は,同年10月分(平成19年9月16日
から同年10月15日までの間)として,基本給15万8900円,資格
手当1万円,自己管理給6万円の支給を受けた。
資格手当について,労働者の個人的事情で変わっているとの事情はうか
がわれないから,割増賃金の算定の基礎とされる。
自己管理給も,年棒に含まれ,労働者の個人的事情で変わるとの事情は
うかがわれないが,給与規定上(甲3)年間520時間のみなし時間外勤
務手当として支給することが明記されていることから,割増賃金の算定の
基礎とされない。
自己管理給は,給与規定上(甲3),固定額が支給されることが明記さ
れていることから,各月の割増賃金が6万円に満たない場合でも,翌月以
降の割増賃金の支払に補充されるものではないと認められる。
以上により,上記期間に割増賃金の基礎とされるのは,基本給(15万
8900円)と資格手当(1万円)の合計16万8900円であると認め
る。
なお,原告は同年9月30日まで店長であったにもかかわらず,同月1
6日分から減額された金員の支給を受けているが,原告が一般社員となる
以前の賃金は,店長として扱われるべきであり,減額される理由はない。
そこで,同月16日から同月30日までは店長として,同年10月1日
以降は一般社員として賃金が支給されるべきことを前提とし,それぞれの
期間に割増賃金の基礎とされるのは,1か月の割増賃金の基礎とされる金
額を日割で計算した額と認める。
(2)所定労働時間
本件では月により所定労働時間数が異なることから,1年間における1か
月平均の所定労働時間数を求める必要がある(労働基準法施行規則19条5
号,同条4号)。
前記前提事実のとおり,本件雇用契約によれば,原告の年間の休日は11
9日,所定労働時間数は1日8時間である。
そして,本件雇用契約では,年間休日の「年間」とは当年4月16日から
翌年4月15日までとされているから,平成19年(平成19年4月16日
から平成20年4月15日まで。なお,平成20年は閏年である。)の年間
所定労働日数は247日である。
よって,以下のとおり,1年間における1か月平均の所定労働時間数は,
164時間である。
平成19年8時間×247日÷12≒164時間(小数点以下切捨て)
なお,平成18年(平成18年4月16日から平成19年4月15日ま
で)の年間所定労働日数は246日であるから,1年間における1か月平均
の所定労働時間数は平成19年と同様164時間である。
平成18年8時間×246日÷12=164時間
(3)休日について
就業規則上(甲2)及び本件雇用契約上(甲1),店長の休日を特定する
規定はないが,使用者は,労働者に対し,毎週少なくとも1回の休日を与え
なければならないから(労働基準法35条1項),日曜日から土曜日までの
暦週において,タイムカード上「公休」又は「未入」と書かれている日を休
日労働として認め,それを前提としても1回も休日が与えられていない場合
には,日曜日の勤務を休日労働として認めるのが相当である。
なお,休日労働とは,法定休日を言い,休日割増賃金の請求は,上記法定
休日においてのみ請求し得るものであるから,それ以上の日も休日労働であ
るとする原告の主張は採用できない。
(4)以上のとおりであるから,前記2で修正を加えた別紙未払割増賃金計算
書(原告主張)及び別紙勤務時間一覧表(原告主張)に,上記アないしウの
修正を加えるものとする(以下,それぞれ「別紙未払割増賃金計算書(認
定)」「別紙勤務時間一覧表(認定)」という。)。
よって,原告の時間外割増賃金及び休日割増賃金の額は,別紙未払割増賃
金計算書(認定)の平成19年6月分以降の未払賃金合計欄に記載されたと
おりであり,44万8376円である。
5争点(4)(付加金の要否)について
上記3で判示したとおり,被告は,原告に対して労働基準法37条に定
める時間外割増賃金及び休日割増賃金の支払義務を負っていながら,その
支払義務を怠っていたものであり,原告の勤務には裁量の余地が少なかっ
たこと,原告が任された店舗の状況は原告の経験等に照らせば負担の少な
くない店舗であったこと,結果として,原告の労働時間が長時間になった
ことなどにかんがみれば,被告が原告を店長として扱うようになって以降,
本来支払うべき割増賃金を支払っていなかった期間が約4か月と必ずしも
長期間に及ぶものではないこと,被告において,殊更時間外手当の支給を
免れるために労働者を店長職に就任させるなどの運用がされていたわけで
はないこと,店長に対しては,一般社員には給付されない手当(役割給)
が支給されていたこと,そのようなこともあり店長に時間外手当を支給し
ないことについて被告が労働基準法に違反すると認識していたとは未だ認
め難いことなどの事情を考慮したとしても,上記4で認定した時間外手当
(44万8376円)の約5割に相当する20万円の付加金の支払を命ず
るのが相当である。
6争点(5)(原告の業務とうつ病罹患との因果関係)について
(1)原告のうつ病発症の有無
前記認定事実のとおり,原告は,平成19年6月ころから,不眠,食欲低
下による体重減少,抑うつ気分,意欲低下,不安焦燥,希死念慮等の症状を
自覚するようになり,同年9月4日のfクリニック初診時には,g医師に対
し,同症状を訴え,同医師は,原告をうつ状態(うつ病)と診断した。
そして,当時,原告に前記各症状の原因となるような他の疾患があったこ
とを認めるに足りる証拠はない。
以上によれば,原告は,遅くとも,fクリニック初診時である同日までに,
うつ状態(うつ病)を発症(以下「本件発症」という。)したものと認めら
れる。
(2)業務との因果関係
ア業務による心理的負担
(ア)前記前提事実及び前記認定事実のとおり,原告は,被告入社後約4
か月間は通常の社員として,店舗専属の店長の下で業務を行っていたが,
その後は事実上の責任者として店舗を任され,入社後約9か月で店長と
なった。なお,原告が店長養成研修を終了したのは,店長となった約3
か月後であった。
(イ)前記認定事実のとおり,原告は,事実上の責任者となって以降,決
められた時間の枠内で,レジ精算,途中集金,商品発注業務を行うほか,
農産物の鮮度管理等を行い,PAが担当するレジ打ち,商品の加工・陳
列等といった店舗運営上の通常業務のほか,シフト表の作成,清掃,P
Aの求人,面接,採用,指導,銀行の手続,クレーム対応等に従事した。
(ウ)前記認定事実のとおり,原告は,事実上の責任者として,店舗を任
される前約1か月間,深夜業務を行い,事実上の責任者として店舗を任
されるようになった後,労働時間が増加した。
そして,原告は,入社後,うつ病で休職となる約1年1か月の間,勤
務先が8個所も変わった(①β店2日,②δ店約4か月,③ζ店約1か
月,④α店約1か月,⑤η店10日,⑥α店約4か月,⑦ε店約2か月,
⑧Θ店4日)。
勤務先の変更は,通常,人間関係や勤務形態等が変わることもあり,
負担が大きいことに加え,被告店舗において,事実上の責任者ないし店
長の地位にある状態で勤務先の変更があると,PAのシフト作成等の参
考のため(シフト作成に関する情報が引き継がれていなかったことは前
記認定事実のとおりである。),現在の勤務状態,本人の勤務に関する
希望,各人のスキル等を把握し,また,店舗ごとの過不足のない商品発
注のために過去のデータや店舗の特徴を把握することが必要となるなど,
業務を軌道に乗せるまでに一定程度の時間や努力が必要とされる。
加えて,原告は,事実上の責任者になって初めての店舗(③ζ店)で,
PAの人員整理,売場面積の減少,在庫整理,バックヤードの荷物処分
等の閉店業務を行い,3個所目の店舗(⑤η店)ではPAのバックヤー
ドにおける喫煙問題への対応をし,4個所目の店舗(⑥α店)では,原
告勤務直前に2名のPAがいなくなり,また,2名の社員がいなくなっ
て社員が原告1名となってしまったことで,シフトの穴埋めやPAへの
指導業務を行った。さらに,5個所目の店舗(⑦ε店)では,1年以上
前から同店舗で行われていた不正行為のため,店舗運営が荒れ,バック
ヤードが汚れ,在庫を抱え,人件費率も高く,また,不正行為を行った
PAが数名いなくなっていたため,シフトの穴埋めやPAの指導,教育
を行う必要があるなど,被告入社以前に正社員としての勤務経験がなく,
原告の店舗運営の経験の浅さに比して負担の軽くない店舗の運営を担わ
されたといえる。
(エ)前記認定事実のとおり,店長は,店舗運営に関し,本部から,人件
費率やM/H等で人件費を抑えるよう指導され,実際に,原告も店舗の
赤字を減らしたり,人件費を削減したりするよう指示を受けたことがあ
るなど,シフトに穴が空いた場合に容易にPAや派遣社員を利用できる
環境ではなかったこと,そのことも一因となって,シフトで人数が不足
する場合や,突然PAが休む場合に,原告が就業することは少なくなく,
そのことが原告の労働時間を長時間かつ不規則にした。
また,原告が事実上の責任者となった後クレーム対応をしたことがあ
ったが,クレーム対応は,柔軟性が必要で,かつ,緊張を強いる業務で
あるにもかかわらず,被告では簡単な研修しか行っておらず,これも原
告の心理的負担の一因となったと考えられる。
(オ)前記4で認定したとおり,原告は,本件発症約7か月前は,100
時間を超える深夜労働に従事し,6か月前から1か月前までは,1か月
当たり80時間を超える時間外労働(休日労働を含む。)に従事し,原
告が午前中の遅い時間や午後に出勤し,深夜まで勤務した日が散見され,
本件発症の約1か月前は,勤務先変更直後の長時間連続勤務に従事した。
また,本件発症前1か月間は,時間外労働時間は約58時間(休日労働
を含む。)と短くなってはいるものの,原告が午前中の遅い時間や午後
に出勤し,深夜まで勤務した日が散見されることには変わりはない。
(カ)前記認定事実によれば,原告は,他の店長が行うような仕事はこな
していたが,大規模ファーストフードチェーン店で15年もの店長経験
を有する経験豊富なbも,被告店舗における約4年の店長勤務の後,長
時間労働や賃金待遇を理由に被告を退社した。また,原告と同様,被告
入社以前に正社員の勤務経験のないdは,原告がε店に異動になる直前
の同店舗の店長であったが,店舗の事実上の責任者となったのも被告入
社後11か月と,原告に比しOJTの期間が長かったにもかかわらず,
クレーム対応やPAの不正行為への対応に関する負担,研修不足を理由
にε店の勤務を終えると,店長職を降りた。
以上によれば,原告が,上記労働時間内に一貫して密度の高い労働を
継続してきたとまでは認められないものの,原告の勤務形態は午前中の
遅い時間や午後に出勤し,深夜まで勤務した日が散見され,また,不規
則な労働に従事していたといった勤務形態は,正常な生活リズムに支障
を生じさせて,疲労を増幅させることになると考えられるから,疲労の
蓄積の程度が増加し,労働者の心身の健康に何らかの悪影響を与える危
険を内在していたといえる。
また,短期間での頻繁な勤務先の変更は,人的関係や新たな店舗運
営の構築の必要な,心理的負荷がかかる出来事であることに加え,原告
の変更先の店舗は必ずしも店舗経営が安定した店舗ばかりではなかった
こと,原告は,入社後短期間で,十分な研修を経ないまま店舗責任者と
して店舗運営を任され,クレーム対応やシフト管理といった責任を負わ
された。
上記のような原告の勤務形態は,原告よりも経験豊富なbが長時間
労働等を理由に被告を退社し,また,原告と同様被告入社以前に社員と
しての経験のないdが,原告よりも約4か月早く入社し,店舗責任者と
してとなるまで原告よりも5か月も長く社員としてOJTを受ける機会
があったにもかかわらず,クレーム対応や不正行為に対する対応や研修
不足を理由に店長職を辞退したことからもうかがわれるように,経験の
浅い原告への心身にかかる負荷は相当なものであったと想像される。
イ他方,前記認定事実のとおり,原告に精神疾患の既往歴はなく,他に業
務以外の本件発症の要因は認められない。
ウ以上によれば,原告の業務と本件発症との間には相当因果関係が認めら
れる。
7争点(6)(被告の安全配慮義務違反の有無)について
使用者は,その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに
際し,業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の
健康を損なうことがないよう注意する義務を負うと解するのが相当であり,使
用者に代わって労働者に対し業務上の指揮監督を行う権限を有する者は,使用
者の同注意義務の内容に従って,その権限を行使すべきである(最高裁平成1
2年3月24日第二小法廷判決・民集54巻3号1155頁)。
前記認定事実のとおり,原告が長時間かつ不規則な労働をしていることは,
勤怠管理システムを通じて原告の上司であるエリアマネージャーも把握してい
たこと,頻繁な勤務先の変更について,被告は当然把握しており,変更になっ
た勤務先の店舗の状況(閉店前か,社員やPAの退職等,PAの不正行為等)
や,原告の経験の程度等は,異動を指示する前提として上司であるエリアマネ
ージャーないし本部で把握しており,又は把握可能であったといえる。とりわ
け,原告の直属の上司であるエリアマネージャーのc,原告から,平成19年
8月には労働時間が長いことや休みが取れないことなどを聞き,また同年9月
にはg医師からうつ状態(うつ病)の診断を受けた旨及び店長職を辞したい旨
を聞かされたのであるから,原告において業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷
等が相当程度に蓄積しているのではないかとの疑いを抱いてしかるべきであっ
た。
ところが,被告は,原告が勤務していた当時,健康診断を年に1度実施する
ほかは,特別な健康配慮を行っていたとの事情はうかがわれないばかりか,c
が原告から上記の話を聞いた際にも,その状況把握に努めて対策を検討した上,
例えば休暇の取得を強く勧奨するなどの指導や持続的に原告の負担を軽減させ
るための措置をとるでもなく,かえって人件費率やM/H等で人件費を抑える
よう注意したり,また店長を辞めて通常の社員になったとしても,それだけで
業務が直ちに減るわけではないことを説明したりするなど,逆により一層の長
時間労働をせざるを得ないとの心理的強制を原告に与え,原告の申出に真摯に
対応したとは思われない姿勢に終始したことは先に認定したとおりである。
長時間かつ不規則な労働は,頻繁な勤務先の変更,それ自体労働者の心身の
健康を害する危険が内在しているというべきであり,被告は,このような原告
の就労状況を認識し,又は少なくとも認識可能であったのであるから,これを
是正すべき義務を負っていたというべきである。それにもかかわらず,被告は,
特別な健康配慮を行わないなど,上記義務を怠り,原告の長時間労働を是正す
るために有効な措置を講じなかったものであり,その結果,原告は,被告にお
ける業務を原因として,本件発症に至ったものと認められる。
したがって,被告は,原告に対する安全配慮義務に違反したものであるから,
民法415条により,本件発症によって原告に生じた損害を賠償すべき責任を
負うと認めるのが相当である。
8争点(7)(慰謝料額)について
前記7で認定した安全配慮義務違反行為により原告が受けた精神的苦痛に対
する慰謝料としては,被告の安全配慮義務違反の内容,程度に加え,原告の勤
務実態及び時間外労働の程度,原告がうつ状態(うつ病)の症状を自覚するよ
うになってから4年弱が経過し,本件口頭弁論終結時点においても原告のうつ
状態(うつ病)が治癒していることをうかがわせる証拠はないことなど,本件
に現れた一切の事情を総合考慮し,100万円と認めるのが相当である。
9以上の次第であり,原告の請求は,本件雇用契約に基づき平成19年6月分
(平成19年5月16日)以降の時間外労働等の割増賃金を請求する部分につ
いては,割増賃金合計44万8376円及びこれに対する訴状送達の日の翌日
である平成20年5月29日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合によ
る遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,労働基準法114条に基づき
未払割増賃金と同額の付加金を請求する部分については20万円及びこれに対
する本判決確定の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅
延損害金の支払を求める限度で理由があり,債務不履行ないし不法行為に基づ
き損害賠償を請求する部分は,100万円及びこれに対する訴状送達の日の翌
日である平成20年5月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合によ
る遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,その限度で認容し,その
余の部分については理由がないから,いずれも棄却することとし,主文のとお
り判決する。
東京地方裁判所立川支部民事第1部
裁判官若松光晴
裁判長裁判官飯塚宏は転補につき,裁判官井口礼華は差し支え
につき,署名押印することができない。
裁判官若松光晴

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