弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

主文
被告人を懲役2年6月に処する。
未決勾留日数中260日をその刑に算入する。
本件公訴事実中,被告人が平成24年3月20日神奈川県綾瀬市ab丁目c
番d号前路上においてBの身体を傷害したとの点については,被告人は無罪。
理由
【罪となるべき事実】
被告人は,
第1平成24年3月20日午前2時10分頃から同日午前2時20分頃までの間,
神奈川県綾瀬市ab丁目e番先駐車場において,A(当時51歳)に対し,同人
の顔面を両手のげんこつで多数回殴り,さらに,同人の身体をつかんでその場に
引き倒した上,同人の顔面,胸部,腹部等を多数回蹴るなどの暴行を加え,よっ
て,同人に全治約4週間を要する眼窩骨折,肋骨骨折等の傷害を負わせ
第2前記暴行により前記Aが畏怖状態となっているのに乗じ,同人から金品を強取
しようと企て,その頃,同所において,同人に対し,「財布と携帯を出せ」と怒
鳴って脅迫し,その反抗を抑圧して,同人所有の現金約7万円及びキャッシュカ
ード等8点在中の財布1個(時価合計約500円相当)を強取し
たが,被告人は,判示第1及び第2の当時,罹患していた躁鬱病による躁状態に飲酒
の複雑酩酊による脱抑制が付け加わった精神症状により,心神耗弱の状態にあったも
のである。
【証拠の標目】
(省略)
【弁護人の主張に対する判断及び一部無罪の理由】
1本件公訴事実
本件公訴事実は,判示第1,第2のほか,「被告人は,平成24年3月20日午
後3時15分頃,神奈川県綾瀬市ab丁目c番d号メゾンC前路上において,しゃ
がみ込んでいたB(当時43歳)に対し,同人の左肩を手で突き飛ばし,同人の顔
面を蹴るなどの暴行を加え,よって,同人に加療約1週間を要する顔面打撲等の傷
害を負わせた」(以下「公訴事実第3」という。)というものである。
2検察官及び弁護人の主張
検察官は,判示第1,第2のほか,公訴事実第3(これら3つを総称して,以下
「本件各行為」という。)の当時においても,被告人が,複雑酩酊により心神耗弱
の状態であった旨主張する。
弁護人は,本件各行為の当時において,被告人が,躁鬱病による躁状態に飲酒に
よる酩酊が加わった結果,弁識能力及び制御能力を欠き,心神喪失の状態にあった
から,責任能力は認められず,被告人は本件各行為につき無罪である旨主張し,被
告人もこれに沿う供述をする。
3判示第1,第2を有罪と認定し,公訴事実第3を無罪とした理由の要旨
そこで検討すると,要するに,
(1)被告人の当時の生物学的要素とこれが心理学的要素に与えた影響について,捜
査段階で検察官により鑑定を嘱託されたD医師の見解は,検察官の上記主張を肯
定しているが,同見解は,
①被告人が判示第2によって得た現金でその後13時間飲酒を続けた可能性が
あり,判示第1,第2の時点と,公訴事実第3の時点で,酩酊下での運動能力
も明らかに異っているにもかかわらず,被告人の精神症状について,判示第1,
第2の時点と,公訴事実第3の時点とを,何ら区別することなく一括して考察
している点,
②鑑定人E医師が当裁判所に提供した専門的な知見によれば,「被告人に躁鬱
病の症状が仮にあったとしても,同症状が被告人の複雑酩酊の状態に直接に影
響を与えたとは考えられない」とするD医師の見解は,妥当とはいえない点,
以上の2点からすれば,不合理であって,D医師の見解を直ちに採用することは
できない。
(2)続いて,公訴事実第3の直後,被告人の診察を実際に担当したF医師の見解,
及び鑑定人E医師の見解等を踏まえた上,諸事情を総合考慮し,心理学的要素(弁
識能力と制御能力)について法律上の判断を下す。
被告人には,平成14年頃,妻の死亡をきっかけに,躁鬱病に罹患した可能性
がある。また,前科件数の増減をみると,平成14年の前後において,被告人の
平素の人格が変容していることがうかがわれる。判示第1,第2の動機自体は不
合理であるが,ある程度の筋道については,分からないではない。そして,判示
第1,第2の態様は,いわゆる躁暴状態のようでもある。しかし,被告人は,判
示第1,第2の直前,居酒屋で入店を断られた際,警察官が現れた状況に応じて
おとなしくなっており,その後,再び居酒屋に現れて経営者から邪険に扱われて
も,声を荒げることもなく一旦その場からいなくなっている。
公訴事実第3の時点では,被告人の飲酒酩酊の程度は,更にひどくなっている。
公訴事実第3の直前,被告人が標識等を工具でたたいたり,地面に工具を刺した
りなど,被告人の異常な行動が目撃されている。公訴事実第3の直後,被告人は,
自分で立つことができず,逮捕した警察官に対して「え,なんのことだ」と申し
立てており,被告人は,自分の置かれた状況を判断する能力を失っていた疑いが
ある。公訴事実第3の動機は,被告人が通り掛かった車をいきなり止めて,いき
なり被害者を突き飛ばしており,動機の了解不可能性が非常に強い。被告人は,
公訴事実第3の後,しばらく警察署で睡眠をとった後,その日の真夜中まで,警
察官に対し,自分のトラック運転の自慢をしたり,女性器をなめるのが得意であ
るなどという発言を,休むことなく繰り返し続けた。そのため,精神保健福祉法
の措置入院のための通報がなされた。被告人は,翌日,措置入院となり,病院に
おいて躁状態の活発な精神症状を呈し,F医師によって躁状態を鎮めるリーマス
(炭酸リチウム)を投与され,徐々に正常な精神状態を回復していった。翻って
みれば,被告人は,上記の警察署での睡眠を経て,飲酒酩酊による影響が薄れた
後,その基底に有していた躁状態を活発に露呈し始めたものとみることができる。
以上によれば,公訴事実第3の時点において,被告人は,一見して行為の意味
や性質を理解しているように見えても,罹患していた躁鬱病による躁状態に複雑
酩酊による脱抑制が付け加わった精神症状を増悪させており,動機の了解不可能
性を非常に強く示していることから,制御能力を喪失していたという合理的な疑
いが残る。そして,判示第1,第2の時点では,上記のように増悪させておらず,
警察官が現れた状況に対応できていたりしたが,躁暴状態のようでもあり,制御
能力を著しく減退させていたという合理的な疑いが残る。
よって,判示第1,第2を有罪(心神耗弱)と認定し,公訴事実第3を無罪(心
神喪失)とする結論に達した。
4前記3の理由に係る補足的な説明
(1)本件の前提事実
関係証拠によれば,本件の前提事実としては,別紙のとおり認められる。すな
わち,本件各行為のうち,責任能力以外の点は,明らかに認定できる(弁護人は,
別紙前提事実1のうち,「作業先等でのトラブルはなかった」との部分を争い,
被告人もこれに沿う供述をするが,作業先等のトラブルを把握する立場にあった
証人Gは,トラブルの存在を否定しており,同人の信用性には疑問の余地がない
ことから,被告人の上記供述は信用することができない。)。
(2)生物学的要素とこれが心理学的要素に与えた影響
次に,責任能力のうち,被告人の当時の生物学的要素とこれが心理学的要素に
与えた影響についてみる。
アD医師の見解
この点について,D医師の見解は,(ア)被告人が,以前よりアルコール依存症
に罹患し,本件各行為当時は,大量飲酒による複雑酩酊の状態にあったもので
あって,この精神作用物質の摂取による精神の障害が,被告人に甚だしい精神
運動興奮,短絡的な行動,重大な暴力行為を引き起こし,本件各行為に至らし
めた,(イ)被告人が躁鬱病に罹患している可能性はあるが,確定するだけの情報
がなく,罹患していたとしても,躁状態が本件各行為に直接に影響を与えたと
は考えられない,というものである。
そして,上記見解の根拠としては,(a)被告人には若年のころから飲酒の渇望
や乱用等があった,(b)被告人は本件各行為当時にもうろう状態,せん妄状態等
ではなかった(病的酩酊ではない),(c)公訴事実第3による現行犯逮捕の約6
時間後の呼気中アルコール濃度が0.55mg/lと高く,同逮捕の約10時間
後でも被告人は大声を上げて意味不明な言動を繰り返すのみであった,(d)被告
人は本件各行為について健忘を残している(単純酩酊ではない),(e)複雑酩酊
と病的酩酊は,飲酒に至る前の精神状態とは基本的に無関係である(躁鬱病の
症状があったとしても,酩酊中の状態に直接に影響を与えたとは考えられな
い),などと指摘する。
イ当裁判所の判断
しかし,D医師の見解は,以下の2点において,不合理である。
(ア)判示第2による現金が使われて約13時間飲酒が続いた可能性
被告人は,判示第2によって,一万円札約7枚と少しの物品等の入った財
布を入手し,うち2万円程度については,公訴事実第3までの約13時間の
うちに,タクシーを使用したり,飲酒したりなどする代金の一部に費消した
ことが推認できる(別紙前提事実2(3)。なお,弁護人は,被告人には従前の
手持ち現金があったから,上記のような推認は不合理である旨主張するが,
被告人が会社の寮で日々受け取っていた内金や前の勤務地における差引き支
給金は,酒代や作業中の出費等に日々使われていたと考えるのが合理的であ
り,上記主張は採用できない。)。そうすると,上記約13時間のうちにお
いて,被告人が,更に飲酒を続けた可能性を否定することができない本件で
は,前記ア(c)で「呼気中アルコール濃度が0.55mg/l」という数値が
得られている点を踏まえても,被告人における精神症状を考察するにあたっ
ては,判示第1,第2の時点と,公訴事実第3の時点(この2つの時点を,
以下「両時点」という。)とを,合理的に区別する必要性がある(このよう
なことは,関係証拠上認められる両時点における酩酊下での被告人の運動能
力の差異からしても,明白である。なお,この間,被告人が不眠を続けたと
考えられることについては,後記ウ参照)。
そうであるのに,D医師は,前記ア(ア)で,両時点を区別することなく,被
告人の精神症状を一括して考察している点で,不合理である(なお,上記約
13時間における被告人の行動を記載した報告書〔弁7号証〕は,当初,D
医師による考察の資料中に含まれていなかったのであるから,同医師が上記
のように合理的に区別する必要性に気が付かなかったとしても,おかしいと
はいえない。)。
(イ)躁鬱病による躁状態と飲酒の複雑酩酊による脱抑制との関係
D医師は,前記ア(c)の「意味不明な言動」が,第1にアルコール離脱によ
る精神症状の可能性,第2に環境反応的な動揺の可能性,第3に躁鬱,躁状
態も含めた本来の意味での精神症状の可能性がある旨,それぞれ指摘するも
のの,第3の可能性を否定しており(前記ア(ア),(イ)),また,仮に躁鬱病
の症状があったとしても,複雑酩酊の状態に直接に影響を与えたとは考えら
れない旨述べている(前記ア(イ),(e))。その根拠として,(i)被告人は3回
目の入院(平成25年8月)で躁鬱病と診断されているが,厳密な診断には
もう1回躁状態等が確認されるべきで,確かに1回目の入院(平成16年5
月)では幻覚妄想という「精神病症状をともなう躁病」であった可能性があ
るが,当時の社会的逸脱状況や飲酒の持続,2回目の入院(本件直後の平成
24年3月)まで8年近く治療なしに本来の心身状態を維持していたこと,
少なくとも3回目の入院までに被告人が酩酊なしに治療を要する状態に陥っ
ていないことから,躁鬱病は否定される,(ii)被告人は,アルコールの関与
がなくても,3回目の入院において躁状態になったが,その直前において,
本件のような攻撃的な行動に出ていない上,3回目の入院直前におけるテン
ションの高さと比較して,同年3月17~19日早朝の出来事が,どこまで
飲酒の影響なのか,躁状態の影響なのかは判別できない,(iii)精神医学者の
ビンダーの論文によれば,心因性の酩酊は否定されているから,複雑酩酊等
は,その飲酒に至る前の精神状態とは基本的に無関係である,などと指摘し
ている。
しかしながら,まず,(i)の根拠は,2回目の入院直後,被告人がF医師に
よって躁状態を鎮静させる薬物治療を受け,平成24年4月に「♯1躁う
つ病」と診断された点(別紙前提事実5(3)),すなわち,3回目の入院以前
に躁状態等が少なくとも1回確認されている点を,全く考慮に入れずこれを
無視するものである。その上,被告人が「8年近く治療なしに本来の心身状
態を維持した」という点も,確実な事実とはいえない(平成17年5月頃〔弁
41号証〕に栃木県内のコンビニ駐車場で意味不明な言動を発して警察に保
護されたり,平成19年4月に児童施設で壁を壊したりしたことなど)。以
上によれば,(i)の根拠は,不確かなものというべきである(なお,検察官は,
D医師が3か月以上もの期間をかけて多くの検査を行った上で鑑定した旨主
張する。しかし,診察に従事した期間の点では,F医師の方が,より長期間
〔平成24年3月22日~同年7月26日〕,被告人の精神症状を実際に検
討したものである。)。加えて,アルコールという身近に存在する精神作用
物質の影響を完全に除外する形で「治療を要する状態に陥った」のかどうか
を判別しなければならないという点も,現実的なものとはいえない。なお,(i)
の見方は,責任能力における精神障害を,幻覚妄想状態のみに,すなわち,
D医師のいうところの「精神病症状」のみに限定する点に由来する理解とも
考えられる。しかし,責任能力における精神障害は,弁識能力のみならず制
御能力にも関連しているのであるから,行為を制御しにくい躁状態のような
精神症状をも含むものと法律上は考えられる。
次に,(ii)の根拠をみてみると,まず,この根拠は,被告人が3回目の入
院直前に,認知症の迷い老人を怒鳴り付けたり,その翌日に更生施設の他の
入居者に怒鳴り付け,胸倉をつかんだりする暴行を加えたという,攻撃的な
行動に出ていた事実を看過している。その上,仮に,どこまで飲酒の影響な
のか,躁状態の影響なのかが判別できないのであれば,被告人に有利に考え
て,両方の影響,すなわち躁状態の影響をも併せて考慮するほかにはあり得
ないのであるから,法律的にみれば,明らかに誤った根拠というべきである
(両方の影響を考慮できるかどうかについては,(iii)の根拠も関係してい
る。)。
さらに,(iii)の根拠をみてみると,E医師は,(iii)の根拠の妥当性に疑
問があるとし,その理由として,次の3点を指摘している。(あ)ビンダーの
論文は,「ビルンバウムの言う心因的酩酊」なるものを否定するところ,同
論文では,その内容の説明がなされておらず,パラグラフの文意が明瞭では
ない。他方で,同論文は,「複雑酩酊に対する個体的要因は何らかの一般的
素因の中に認められることが多い」などと述べ,酩酊前の精神状態が複雑酩
酊の発生に関与していることを示唆しているのみならず,強い恨みを抱く男
性が恨みを抱いた相手の物品を複雑酩酊下でたたき壊した症例を紹介してい
たり,「複雑酩酊でも覚醒時の精神生活(の)連関がいまだどうにか保持さ
れている」と述べていたりするなど,むしろ,同論文は,酩酊前の精神状態
が複雑酩酊の状態に何らかの影響を及ぼすことを否定していないと理解する
べきである(なお,E医師による(あ)の指摘は,検察官の主張するような,
酩酊時における見当識ではなく,酩酊時と覚醒時という2つの時点における
「連関」に係る内容である。)。(い)E医師が種々の資料に当たり,調査し
たところ,「飲酒前の精神状態が複雑酩酊後の状態とは基本的に無関係であ
る」という学説や,それに基づいた鑑定例を見出すことはできず,逆に,複
雑酩酊の状態は「その時の精神状態によっても強く左右され」「当時反応性
鬱病の状態にあったため,相乗作用をなし,一層異常なる酩酊状態になった
と推測される」とする鑑定例が,公刊物上に存在することを確認することが
できた。(う)躁鬱病の及ぼす影響とアルコールによる脱抑制の及ぼす影響と
が,取り分け,制御能力に対して,こもごも相乗的に作用する旨の理解(ア
ルコールが中枢神経系に作用する機序ないし効果は,飲酒に至る前の精神状
態の影響による効果から中立的,独立的であるとの考え)は,肯定すること
ができる。
E医師による(あ)の指摘は,D医師と同じビンダーの論文に依拠しつつ,
ビンダーの論述内容を引用して反論するというもので,説得的であり,また,
(い)の指摘は,文献上の議論を示すもので,同様に説得的である(なお,検
察官は,(い)の鑑定例を1つの症例判断に過ぎない旨主張するが,(い)の鑑
定例が文献上の根拠として,専門的な経験則を示すものである点に疑念の余
地はない。)。(う)の指摘は,E医師の精神医学一般の専門的知見に基づく
ものであり,(あ),(い)の指摘に沿った内容でもあって,十分に尊重するこ
とができる(なお,E医師は,検察官の主張するとおり,アルコール関連の
精神障害に特化した専門医ではないし,被告人と面接を行ってはいない。し
かしながら,E医師が,臨床精神医学の専門家として,各種の精神障害につ
き十分な知識を有することは,その供述する内容からして明らかである上,
E医師は,被告人と面接を行ったD医師及び被告人を診察したF医師の各見
解について,その是非を当裁判所が判断するに際し,専門的な経験則等を当
裁判所に提供して当裁判所の有する知識を補充するという立場にあったので
あるから,E医師が被告人と面接を行う必要性は,認められない。)。
以上によれば,D医師のいう(i)ないし(iii)の根拠は,いずれも採用でき
ず,同医師の見解は,被告人が躁鬱病に罹患している可能性を否定する点,
及び仮に躁鬱病の症状があったとしても,複雑酩酊の状態に直接に影響を与
えたとは考えられない旨述べる点で,不合理である。
ウ小括
そうすると,被告人の当時の生物学的要素とこれが心理学的要素に与えた影
響については,D医師が指摘する,精神作用物質としてのアルコールの過剰摂
取と,上記イ(イ)のとおり,可能性を排除することのできない躁鬱病による精神
症状とが,取り分け,制御能力に対して,こもごも相乗的に作用し,本件各行
為に影響を与えたものとみるべきである。
より詳細にみると,次のとおりである。F医師によれば,被告人は,平成1
4年に妻を亡くしたことで気分障害(躁鬱病)を発症した(なお,被告人は,
「一生独身」という携帯電話のストラップを持つなど,妻を亡くしたことにつ
いて,とても気に悩んでいたと認められる。)。被告人は平成16年に措置入
院となり,幻覚妄想という「精神病症状をともなう躁病」の症状を呈し,その
後,子供らと一緒に暮らせないなどのストレスを契機として,社会的に不適応
な状況を惹起するなど,時折,ストレスに苦しんでいた。被告人は,本件直前
に解雇処分を受け,子供らと一緒に生活する状況が遠ざかってしまい,「自分
はこんなことやってちゃいけないんだ」と涙ながらに話していた。E医師は,
被告人の病歴をみれば,病状が急激に悪化する特徴を有している旨指摘する。
被告人は,判示第1,第2の前々日夜から前日未明にかけて不眠を続け,その
後も公訴事実第3の時点まで睡眠をとった様子はうかがわれない。被告人は,
判示第1,第2の時点の前,警察官に対して氏名を述べることを拒否したが,
一旦はおとなしくなった。判示第1,第2の時点までの継続的な飲酒は,前日
夕方以降の数時間に過ぎず,その時点で被告人は,身体を敏捷に動かすことが
できた。E医師は,被告人が,解体傾向ではあったものの,まがりなりにも被
害者側と会話になっていた旨指摘する。他方で,被告人は,判示第2によって
得た2万円程度の現金を費消して,公訴事実第3までの約13時間のうちに,
更に飲酒するなどしたものと推認され,その間,身体で代謝できる以上のアル
コールを摂取し,酩酊の度合いを悪化させていたものと考えられる。被告人は,
公訴事実第3の時点では,被害者が直感的に危険を察知するような様相を呈し
ており,また,警察官に支えられないと立っていられず,敏捷に身体を動かす
ことができない状態であった。E医師は,公訴事実第3については,被告人が
通り掛かった車をいきなり止めて,いきなりの犯行に出ており,動機の了解不
能性が非常に強いものであって,その時点での被告人の精神状態が,了解不能
な動機を形成する主要な役割を果たした旨指摘している。
以上によれば,判示第1,第2の時点では,アルコールの摂取と,可能性を
排除することのできない躁鬱病による精神症状とが相乗的に作用し,被告人の
精神症状は悪化していたというべきであるが,この症状との比較において,公
訴事実第3の時点では,E医師の指摘するとおり,被告人の精神症状は増悪し,
その症状はかなり重篤であって,同症状が被告人の行動に深刻な影響を与えて
いたものと考えられる。
なお,弁護人は,公訴事実第3の時点で,被告人の精神症状は確かに増悪し
たものと考えられるが,判示第1,第2の時点でも既に相当重篤な状態に達し
ていた旨主張する。そして,その根拠として,両時点がわずか半日ほどしか離
れておらず,精神症状に変化があったと考えるのは不自然であること,判示第
1は抑制の効いていない態様であったこと,判示第1の直前である平成24年
3月20日午前零時頃,あるいは同日午前2時頃に,被告人の精神症状が急激
に増悪した可能性がある旨主張する。
しかしながら,両時点においては,継続的な飲酒時間や,身体の敏捷性,更
には会話能力等の点で,明確な差異が存在しており,被告人の精神症状を別異
に理解すべき合理性が明らかに認められる。他方で,同日午前零時頃から午前
2時頃にかけて,上記の点において,明確な変化が存在するとみることは到底
できない。なお,判示第1の態様については,確かに,後述(3)イ(イ)のとおり,
抑制の効いていない内容とはいえるが,そのような態様の点のみを捉えて,両
時点における精神症状の増悪というE医師の指摘を変更すべきものとみること
はできない。弁護人の上記主張には理由がない。
(3)諸事情の総合考慮による心理学的要素の法律判断
さらに,前記(2)の検討を踏まえた上,諸事情を総合考慮し,心理学的要素(弁
識能力と制御能力)について法律上の判断を下す。
ア犯行前の生活状態について
被告人は,高校中退後,長距離トラックの運転手やとび職等を転々とし,平
成23年頃からは土木関係の会社で稼働していた。被告人の同会社での稼働状
況は,仕事内容を良く把握し,積極的な姿勢であった。被告人は,平成2年頃
に婚姻して2人の子供をもうけたが,平成14年に妻を亡くして以来,子供ら
を藤沢市内の施設に預け,単身で生活していた(上記婚姻時期について,D医
師は,「平成9年(34歳時)に再婚した」と認識している。しかし,被告人
の警察官調書〔乙1号証〕によれば,被告人は,28歳〔平成元年~平成2年〕
のときに妻と結婚し,2人の子供をもうけ,その後妻が死亡したものと認めら
れる。)。
被告人は,前記(2)ウのとおり,平成14年以降,気分障害(躁鬱病)を発症
した(少なくとも,発症した旨の合理的な疑いが存在する。)。被告人は,平
成16年に「急性一過性精神病性障害」ないし「精神病症状をともなう躁病」
により措置入院となり,約1か月半入院した。しかし,退院後は,被告人は服
薬せず,通院していなかった。
被告人は,平成2年頃の婚姻後(平成3年2月の刑執行終了後),平成14
年の妻の死亡までの,およそ12年間においては,粗暴事犯で1度の罰金に,
その他の事犯で1度の執行猶予付き懲役刑と1度の罰金に処せられただけであ
った。しかし,被告人は,平成14年以降,本件に至るおよそ10年間におい
て,粗暴事犯で2度の懲役刑(執行猶予付き〔後に猶予取消〕1件,実刑1件)
と2度の罰金に,その他の事犯で3度の懲役刑(いずれも実刑)と1度の罰金
に処せられている。
以上のように,平成14年の妻死亡の前後を比較すると,被告人は,一応,
通常人と同じ生活能力を維持し続けてはいたが,平素の人格は,気分障害の発
症前と比べて粗暴な傾向を強めており,被告人の人格の変容がうかがわれる。
イ犯行の動機・態様等
(ア)判示第1に至るまで
被告人は,平成24年3月18日夜,外出した後,不眠を続け,翌朝未明
に通り掛かりのトラックに同乗し,更にトラックの積み込み作業を手伝うな
ど,明らかな活動性の増大や,社交性の増大を示しており,また,上記作業
で受傷して病院で診察を受けた際,興奮している様子であった。
証人Gは,同月19日昼における被告人の様子を当公判廷で述べている。
同供述を子細に検討しても,この時点では,被告人と他人との間の意思疎通
について,問題は生じていない。また,本件各行為の当時,被告人には,幻
覚,幻視がなかった。そして,被告人は,同月20日午前零時過ぎころ,酔
っぱらった状態で居酒屋Hに現れ,入店を断られて暴れたが,警察官が現れ
た状況に応じて,被告人はおとなしくなり,警察官と会話したりしている。
そうすると,被告人は,同時刻頃において,周囲の状況に対する見当識を相
応に有しており,行為の意味・性質を理解する能力について,それ程大きな
問題を生じさせていなかったとみることができる。
(イ)判示第1,第2について
その後,被告人は,判示第1,第2の時点直前,再び居酒屋Hに現れて,
大事な物品を保管していた「筒」がなかったかどうか,Hの経営者に尋ねて
いる。このような言動は,「筒」を隠されてしまったという,被害関係妄想
の可能性があり(E医師の見解),この時点において,周囲の状況に対する
見当識,ひいては行為の意味・性質を理解する能力がかなりの程度障害され
ていた疑いを否定することはできない。しかしながら,被告人は,Hの経営
者から「筒」の在りかを知らないと告げられて,声を荒げることなく,その
場から立ち去っている。そのような行動をみる限り,被告人の上記能力に係
る障害の程度は,重篤なものであったとまでは評価できない。
また,被告人は,本件各行為について健忘を残しており,本件各行為を通
じて,その意識は清明であったとはいえない。
判示第1,第2の動機については,被告人が,直前に「Iの知り合い」で
あるということをHの経営者らに述べたり,経営者と一緒に車に乗っていた
Hの客を殴る蹴るした後,客から金品を持ち去ったりしたことなど,前後の
経緯から,その動機自体が合理的とはいえないものの,ある程度の筋道につ
いては,分からないではない(E医師も同様に評価する。)。
検察官は,被告人が,居酒屋Hで酒を飲もうと思ったのに,経営者から店
を追い出され,警察に通報された上,再びHを訪れた際にも入店を拒まれた
ことで,経営者に怒りを覚え,駐車場で車に立ち塞がった際に経営者をかば
ったHの客に怒りを向け,判示第1に及び,さらには,解雇されて所持金が
なく,金欲しさから判示第2に及んだのであるから,動機については了解可
能である旨主張する。しかしながら,被告人は健忘を残しているから,その
動機は,必ずしも明らかではない。加えて,被告人が,怒りを覚えて判示第
1に及んだというならば,判示第1の直前,大事な物品を入れた「筒」を捜
して邪険に扱われたHの経営者に対し,声を荒げることもなく,一旦その場
からいなくなったこと(別紙前提事実2(3))を合理的に説明することが全く
できず,また,このように怒りを覚えた経営者ではなく,居酒屋Hの客(被
害者)に対して危害を加えたのかという点についても,十分合理的に説明す
ることができない。なお,検察官は,上記主張に際しては,被告人が,再び
Hを訪れて「筒」を探した際,地元の暴力団関係者であるIの名前を出した
ことを,その前提事実としている。しかし,Hの客(A)は,上記事実につ
き,「被告人が,ぼそぼそと話していたので,すべて聞き取れたわけではな
い」旨述べている上,Hの経営者(J)は,別紙前提事実2(3)のとおりに述
べているに過ぎず(Jは「そんなの知らない,どこかに置いてきたんじゃな
いの?,と答えると,その男は,このときは,特に声を荒げたりすることな
く,店の前からいなくなりました」旨述べている。),結局,検察官の上記
前提事実は,他の供述による裏付けがなく,不確実なものというほかない。
そして,判示第1の動機が合理的に説明できないならば,直後に敢行された
判示第2の動機も同様というべきである。検察官の上記主張は採用できない。
判示第1,第2の態様は,被告人が,大声で怒号し,車から降りた被害者
にボクシングのフックのような軌道で殴ったり,しつこく距離を詰めて繰り
返し殴り,被害者が,記憶をなくすほど殴られ,その場に倒れ,財布等を被
告人から要求されたりしたというのであって,このような被告人の激しい暴
行の点をみると,いわゆる躁暴状態のような,異常行動のようにもうかがわ
れる(なお,検察官は,上記暴行を合理的,合目的的な行動である旨主張す
るが,行為を制御しにくい躁状態のような精神症状では,怒りの強さと暴行
の悪質さが釣り合わない状態が出現するのであって,上記暴行を,脈絡のと
れた合目的的な行動とみることは到底困難である。)。加えて,上記のよう
な態様は,前記アの気分障害の発症後における粗暴な傾向と軌を一にしてい
るといえるのであるが,発症前の傾向からは乖離している上,平成24年3
月19日昼における被告人の状態(証人Gの当公判廷における供述)と比較
しても,短期間における人格の断絶,異質性が見受けられ,抑制力があまり
効いていないというべきである。
なお,判示第1,第2に十分な計画性があるとは,評価することできない。
(ウ)公訴事実第3について
被告人は,平成24年3月20日昼,神奈川県大和市内の路上やタクシー
乗車中に他人と口論に及んだ際,トラブルを避けるため警察官によってパト
カーで搬送されており,被告人は,周囲の状況を的確に判断し,行動する能
力を更に低下させつつあったものと考えられる(この事実は,当初,D医師
による考察の資料に含まれていなかった。)。
被告人は,公訴事実第3の直前,その場所付近の道路上において,標識等
を工具でたたいたり,地面に工具を刺したりする異常な行動をとっている様
子を目撃され,その異常な様子については,そのこと自体で,110番通報
までされる程度に達する内容であった。
公訴事実第3の動機については,前記(2)ウのとおり,被告人が通り掛かっ
た車をいきなり止めて,いきなりの犯行に出ており,了解不能性が非常に強
いものと評価できる(E医師も同様に評価する。)。また,被告人は,公訴
事実第3の約11分後に現行犯逮捕された際,自分で立つことができず,ろ
れつの回らない状態で「え,なんのことだ」と申し立てるなどしており,被
告人が,公訴事実第3の時点において,自分の置かれた状況を判断する能力
(すなわち見当識)を失っていた疑いがある。
検察官は,被告人が,公訴事実第3の直後,110番通報をしようとする
被害者に対し,「どこに電話してんだ」などと言って携帯電話を奪い取ろう
としてきた点を捉えて,被告人が犯行後に自己防御,危険回避的な行動をし
ている旨主張する。しかしながら,別紙前提事実3(3)によれば,被告人は,
目の前の相手がどこかに電話している旨認識していたとまではいえるが,目
の前の相手が警察に電話しようとしている旨認識していたとまでいえる明確
な根拠は何ら存在しないのであって(乱暴な社交性の増大傾向とみることも
可能である。),上記のような現行犯逮捕された際の言動等をみても,被告
人が自己防御的な行動をしているとは到底評価することができない。検察官
の上記主張は採用できない。
(エ)被告人の措置入院
被告人は,平成26年3月20日午後3時26分頃過ぎに現行犯逮捕され
てからアルコールを摂取しておらず,同日午後7時頃には睡眠から目覚める
など,飲酒酩酊の状態から快方へと向かっていた。そうであるのに,(甲)被
告人は,そのころから翌日未明にかけて,「大型トラックの運転はこうやる
んだ」とか「おまんこ舐めるの得意なんだ」などと,異常な言動を休むこと
なく繰り返し続け,被告人について,精神保健福祉法の措置入院のための通
報がなされるに至った。
被告人は,同月21日昼に措置入院することとなったが,(乙)病室内にお
いて,上半身裸で臥床して「ごちそうさんです」と発言したり,全裸になっ
たり,しゃべり続けながら荷物の確認をしたり,「まだまだ食べられるなぁ」
と発言したり,ファイティングポーズをとったり,上半身裸で床に寝るなど
し,また,その翌日には,ベッドを解体したり,配膳を手で払いのけたり,
下半身裸,あるいは全裸で寝るなどした。これらの症状は,躁鬱病における
躁状態の鎮静の効用を有するリーマス(炭酸リチウム)の投与によって,同
年4月初旬頃に解消された((甲),(乙)の事実も,当初,D医師による考察
の資料に含まれていなかった。)。
(オ)小括
以上のとおり,前記(2)の検討を踏まえた上,犯行前の生活状態,犯行の動
機・態様等を総合考慮すると,判示第1,第2の時点では,アルコールの摂
取と躁鬱病による精神症状とが相乗的に作用し,被告人の精神症状が悪化し
ていたが,被告人は,動機自体においてある程度筋道の了解可能性を維持し
ていた上,直前において,居酒屋で入店を断られた際,警察官が現れた状況
に応じておとなしくなっていること,その後,再び居酒屋に現れて経営者か
ら邪険に扱われても,声を荒げることもなく一旦その場からいなくなったこ
となどからすれば,被告人が,判示第1,第2の時点で,弁識能力と制御能
力を若干残していたことが優に認められる。
そして,公訴事実第3の時点では,被告人の上記精神症状は増悪し,その
症状はかなり重篤であって,同症状が被告人の行動に深刻な影響を与えてお
り,動機の了解不能性が非常に強く,短期間における人格の断絶,異質性が
見受けられ,逮捕時において「え,なんのことだ」と申し立てるなど,自分
の置かれた状況を判断する能力を失っていた可能性を排斥することはでき
ず,その後数時間の睡眠を経て,飲酒酩酊による影響が薄れた後,その基底
に有していた躁状態を活発に露呈し始めたものというべきであるから,被告
人は,公訴事実第3の時点では,そのような躁鬱病による躁状態に複雑酩酊
による脱抑制が付け加わり,制御能力を喪失していたという合理的な疑いが
残る。
4まとめ
以上によれば,弁護人の主張は,公訴事実第3の関係では理由があり,公訴
事実第3については,責任能力の点で犯罪の証明がないことになるから,刑事
訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
そして,弁護人の主張は,判示第1,第2の関係では,被告人が心神耗弱の
状態にあった限度で理由があるので,判示のとおり認定した。
【累犯前科】
(省略)
【法令の適用】
(省略)
【量刑の理由】
判示第1の暴行は,顔面を執拗に狙う悪質な態様であって,被害者が被った傷害は,
入院を伴う重い内容である。被害者は,判示第2により当時の所持金をすべて奪われ
た上,判示第1の傷害によって仕事ができず,失職し,しばらくの間,生活保護を受
給する程に困窮したというのであり,本件から波及的に生じた出来事は,悲惨な内容
である。以上によれば,被告人の刑事責任は軽視することができない。
しかしながら,他方,被告人が被告人なりに反省の態度を示し,今後,躁状態を抑
える薬の服用を続け,飲酒をやめるつもりであること,判示各犯行が心神耗弱者の行
為であったことなどの酌むべき事情も認められるので,これらを総合考慮して,主文
のとおり量刑した。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑懲役4年)
平成26年7月3日
横浜地方裁判所第1刑事部
裁判官上慎二
別紙前提事実
1被告人は,平成24年3月13日(火)から同月16日(金)まで,伊勢原市にある会社の
寮で寝泊まりし,昼間の土木作業に従事していた。仕事内容を良く把握し,積極的な姿勢であ
って,作業先等でのトラブルはなかった。土日は会社の寮で休んだ。その際,酒も多少飲んだ。
被告人は,同月18日(日)の夜,夕食を取るために,自分の知る中で寮から一番近いコン
ビニに約1時間歩いていった。被告人は,コンビニで夕食を取り,帰る途中,トラックの運転
手からトラックに乗せてもらった。被告人は,乗せてもらったお礼として,1時間ほど運転手
の作業を手伝った。その他の作業も併せて手伝っていた最中,被告人はフォークリフトに轢か
れて足に怪我をしてしまい,翌19日の明け方5時20分頃,病院で診察を受けた。その際,
被告人は興奮している様子であった。
(被告人の飲酒量は,いまだ多量ではない。また,躁鬱病の躁状態については,確認できない。
仮に躁状態があったとしても,その程度は,日常の仕事や社会的活動性が「多かれ少なかれ,
完全に妨げられる」(甲44号証・19頁。以下,単に「十分に妨げられる」という。)もの
ではない。)
2(1)被告人は,同月19日(月)に足のけがで仕事ができず,職場の上司から会社の寮からの
退寮,解雇処分を受けた。その際の被告人は,自分はこんなことやってちゃいけないんだと
いう話を涙ながらに一生懸命に話していた。解雇時に支給された現金は9300円で,それ
以外にいくらか所持金を有していた可能性がある。被告人は,上司に足のけがの件で病院に
送ってもらい,病院で足のけがの件で電話をしたが,その際の被告人は,普通の態度であっ
た。その後,被告人は,知人のIから仕事を紹介してもらうため,綾瀬市aに住むI方に向
かった。伊勢原駅から電車で向かったが,伊勢原駅で日本酒ワンカップ3本を買って飲み始
めた。被告人は,ワンカップ以外にも,ウィスキーのボトル3本を持っていた。飲み始めた
時点は,同日夕方頃であった。被告人は,大和駅を経由して,I方に到着したが,Iには会
えず,その後,I方の倉庫のソファに座って酒を飲んだ。
(被告人は,I方で酒を飲んでいた途中から,記憶がなくなった旨述べる。この時点におい
て,被告人は酩酊していた。また,被告人に躁鬱病の躁状態が仮にあったとしても,その程
度は,日常の仕事や社会的活動性が十分に妨げられるものではなかった。)
(2)被告人は,同月20日(火・祝日)午前零時過ぎ頃,酔っぱらった状態で居酒屋H(綾瀬
市aのバス通りから少し入った路地に所在。I方近隣)に現れた。被告人は,入店を断られ,
暴れたために警察が呼ばれた。警察官が来たとき,被告人はおとなしくなった。被告人は,
警察官に対して氏名を述べることは拒否した。Iの知り合いなのでIのところに行くという
ふうに言い,歩いて行った。被告人は,I方の前で寝転がった。警察官はその場を立ち去っ
た。
(上記のとおり,被告人がおとなしくなったのであるから,被告人に躁鬱病の躁状態が仮に
あったとしても,その程度は,日常の仕事や社会的活動性が十分に妨げられるものとまでは
いえないが,相応に妨げられていた。)。
(3)被告人は,同日午前2時頃,居酒屋Hに再び現れて,「筒がなかったか。俺の大事なもの
が入ってんだよ」などと言って店内を探そうとした。Hの経営者から「そんなの知らない。
どこかに置いてきたんじゃないの」などと言われて,被告人は,声を荒げることなく,一旦
その場からいなくなった。そして,店の片付けが終わり,経営者と居酒屋のHの客(判示第
1,第2の被害者)が車に乗って発進しようとする際,突然,車の前に被告人が現れ,車を
たたき,「車を開けろ」「俺はIの知り合いだ。Iに電話しろ」などと大声で叫んだ。被告
人が,降車した被害者に対し,ボクシングでいうフックのような軌道で殴ったり,繰り返し
殴り続け,しつこく距離を詰めるような殴り方をしたりした。被害者は記憶をなくすほど殴
られ,倒れた。被害者は,判示第2のとおり,1万円札約7枚と少しの物品等の入った財布
を被告人に奪われた。
(後述4(2)の所持金との差額2万程度のうちの相当分については,その後,公訴事実第3発
生時までに,被告人がタクシーを使用したり,飲酒したりするなどした代金の一部に費消さ
れたものと推認される。)。
3(1)被告人は,同日午前11時13分,綾瀬市に隣接する大和市fの店舗先路上で,落ちてい
たゆずを道路上に向かって投げていたため,その場にいた人から注意され,口論となって互
いにもみ合いとなり,110番通報された。けが人は発生しなかった。被告人は同日午後零
時まで同所に留まった。被告人は,同日午後1時6分,大和市fでタクシーに乗車中,目的
地までの行き方を巡って運転手と口論となり,タクシーの左後部ドアを蹴って,110番通
報された。運転手にけがはなく,車両にもキズがなかった。被告人は酒に酔っており,意識
ははっきりしていて警察官に対する受け答えもできる状態であったが,トラブルを避けるた
め,警察官は,申立てのあった綾瀬市a(I方の近傍)までパトカーで被告人を搬送した。
(この時点において,被告人は酩酊していた。また,被告人には,躁鬱病の躁状態がうかが
われ,その程度は,酩酊していること,上記のとおり2度も110番通報されていることな
どから,日常の仕事や社会的活動性が十分に妨げられる程度に至っていた可能性がある。)
(2)被告人は,綾瀬市aのバス通りを工具で標識や看板をたたいている様子を目撃された後,
同日午後3時10分,バス通りから入った道路上をふらつきながら歩き,マンホールの上に
座り込んで,地面に持っていた工具を刺しているところを目撃され,110番通報された。
被告人が座り込んだ場所は,公訴事実第3の場所(居酒屋Hの前の路地から一本北にある通
りをバス通りから少し入った近傍)であった。その後5分くらいして,公訴事実第3の被害
者が運転する車両がその場所を通り掛かった。
被告人は,道路に出てきて,よろけながら上記運転車両の前方に立ち塞がった。被害者は,
被告人の目が据わっていて,正気の顔ではないと直感した。被害者が「危ないですよ」と運
転席から声をかけると,被告人は「何だこの野郎」とものすごい勢いで怒鳴った。被告人は
工具(腰道具のレンチ)を持っていた。被告人がレンチを車に向かって投げ付けてきた。被
害者は,「何でそんなことするんだ」などと降車して,車の底をのぞき込んだ。被告人は,
訳の分からないことをブツブツ言いながら,公訴事実第3のとおり,被害者を突き飛ばした
り,顔を足蹴りしたりした。
(3)被告人は,更に被害者につっかかろうとしたが,被害者は,距離を置いてこれを避けた。
目撃者が被害者の近くに走り寄った。被告人は,被害者に対し,「何だお前は」と言い掛か
りをつけた。目撃者が110番通報した旨を被害者に伝えたが,被害者は心配になり,何度
か自分も110番通報をしようとした。すると,被告人は「どこに電話してんだ」などと言
って携帯電話を奪い取ろうとしてきた。そのうち,被告人は,被害者の運転していた車両の
横に座り込んだ。
4(1)警察官は,同日午後3時12分頃に指令を受け,公訴事実第3の現場に到着した。被告人
からは強い酒臭がし,被告人は,警察官に支えられないと立っていられず,「あの人があな
たに殴られたと言っているが,間違いないか」と質問されても,ろれつが回らず,何を言っ
ているか分からない状態であった。被告人は,同日午後3時26分,公訴事実第3の場所付
近で同事実により現行犯逮捕された。被告人は,逮捕する旨告げられても,ろれつの回らな
い状態で「え,なんのことだ」と申し立てた。
被告人は,同日午後3時52分,大和警察署に引致された。被告人は,引致後,取調室内
でうつ伏せの状態で寝転がり,入眠している様子を写真で撮影された。被告人は,同日午後
4時14分頃,警察官から弁解録取手続をされ,起きるよう繰り返し声をかけられたが,一
切起き上がらず,再三の呼びかけに応じなかった。
(2)被告人は,同日午後7時頃,取調室内で起き上がり,受け答えに応じるようになった(被
告人は,捜査段階で,ここから記憶があり,なぜ警察にいるのか分からなかった旨述べる。)
被告人は,取調室内で左腕を枕にして机にもたれかかっている様子を写真で撮影された。被
告人は,同日午後7時3分頃,再び警察官から弁解録取手続をされ,人定事項を自ら申し立
てることができた。その際,公訴事実第3について全く覚えていない,逮捕されたことに納
得できないから署名なんかしないと申し立て,録取書に署名指印をしなかった。被告人は,
引致後,取調室内で,警察官に対し,「大型トラックの運転はこうやるんだ」とか「おまん
こ舐めるの得意なんだ」などと,異常な言動を長時間にわたり休むことなく繰り返し行った。
被告人に対し,同日午後9時19分から48分まで飲酒検知が実施され,呼気1l当たり0.
55mgのアルコール成分が検出された。その際,被告人は,名前生年月日,現在時刻などと
正しく答えたが,大声でくどく,舌がもつれる状態であった。また,被告人は,質問事項に
はなかった,かつての職場であった,「Kグループから来たL商事です」と発言した。
被告人の同日午後11時30分当時の所持現金は,1万円札4枚,1000円札4枚,そ
の他硬貨類であった。被告人は,同日午後11時15分から同月21日午前1時まで取調べ
を受けた。しかし,被告人は,大声を上げて意味不明な言動を繰り返すのみであって,その
態度に変化はなく,取調べは打ち切られた。被告人については,同日午前3時46分,大和
警察署から措置入院のための通報がなされた。通報内容としては,公訴事実第3の発生時か
ら,上記通報の時点まで,被告人が10数時間,同じことを繰り返し話し続けている(「俺
はけんかに負けたことがない」「車のエンジンどうなっているか知ってるか」「俺は何度も
捕まっている」)という内容であった。
5(1)被告人は,同日昼にM病院に連れて行かれ,同日午後1時30分に医師の診断を受け,同
日午後2時5分に措置入院の決定を受けた。被告人は,多弁で怒りっぽく,常にイライラし
ているような状態であり,「ウィスキーを飲んだ分量は,1本だったか2本だったか,それ
以上だったかは覚えていない」旨述べた。その言動は,まとまりがなく,支離滅裂で理解で
きない状態であった。被告人の症状は,躁状態の患者に見られる症状であったが,幻覚,幻
聴の症状はなかった。被告人は,急性一過性精神病性障害又はアルコール性幻覚症と診断さ
れた。
(2)同日午後2時以降,同日夜にかけての様子について,被告人は,警察職員,スタッフに付
き添われて入院し,食事したが,上半身裸で臥床し,ごちそうさんですと発言した。全裸に
なったり,パンツ1枚になったりした。入浴終了後,部屋が施錠された。被告人のドアたた
きがあり,不眠時に与薬すると指示された。被告人が荷物を確認したい旨希望を出し,その
態度は多弁,多訴であって,被告人は,約30分しゃべり続けながら荷物を確認した。その
後,まだまだ食べれるなあと発言し,ネックレスの預かりは拒否した。被告人は,床で入眠
しているため,覚醒を促されると,ファイティングポーズを取るなどした。
(3)被告人は,同月22日,病室内でベッドを解体しているためにベッドを回収されるなどし
た(更なる被告人の様子の詳細については,弁36号証参照)。
被告人は,同月21日夕方以降,サイレース,リスペリドンのほか,躁状態の鎮静の効用
を有するリーマス(炭酸リチウム)を投与された。同月24日までは症状に著名な変化を示
さず,同月26日に一旦落ち着き,その後再び症状を悪化させた。被告人は,同月29日に
至っても症状に著名な変化を示さなかったが,同年4月2日に「大分ほがらかに,怒りっぽ
くなくなったと思う」と述べた。被告人は,同月4日頃に他の内科の診察を受け,その際,
F医師から「急性一過性精神病性障害」との診断名を付されていたが,同月6日の前頃,F
医師から「♯1躁うつ病」「リーマスが効いている」旨の診断を受けた。
以上

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛