弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     被告人A、同Bの本件各上告を棄却する。
     原判決中被告人C、同D(無罪部分を除く)に関する部分を破棄する。
     被告人Cは無罪。
     被告人Dを原判決の判示第一の一、二、四、第二、第三の一(イ)(ロ)
の所為につき懲役二年に処する。
     被告人Dに対する第一審における未決勾留日数中八〇日を右本刑に算入
する。
     原判決の判示第一の六の事実につき被告人Dは無罪。
     原判決の判示第四の事実につき被告人Dを免訴する。
     被告人Dから金二万円を、同被告人および原審相被告人福本規から金五
万円を追徴する。
     訴訟費用中第一審並びに原審の証人E、原審証人F、G、H、Iに支給
した分は被告人Dの負担とする。
         理    由
 被告人Aの弁護人小西喜雄の上告趣意第一点について。
 刑訴施行法二条は、すべて同類型の事件に同様の取扱をなすものであつて、憲法
一四条の平等の原則に違反するものでないことは、当裁判所大法廷の判例(判例集
四巻八号一四二九頁以下参照)であるばかりでなく、所論は原判決に対する具体的
な不服理由を全然示していないから、上告適法の理由となし難い。
 同第二点について。
 賄賂収受の意思その他原判決の判示第三の二の(イ)(ロ)の事実認定は、挙示
の証拠によりこれを肯認することができる。所論は、結局原審の裁量に属する証拠
の取捨、判断を非難して原判決の事実誤認を主張するに帰するから、採用できない。
 同被告人の弁護人山脇正夫の上告趣意について。
 収賄の日時、意思その他原判決の判示第三の二(イ)(ロ)の事実認定は、挙示
の証拠によりこれを肯認することができる。されば、所論前段は、原審の裁量に属
する証拠の取捨、判断を非難してその事実誤認を主張するに帰し、採るを得ない。
 また、原判決が収受した賄賂を費消しないで贈賄者に返還した旨判示したことは
所論のとおりであるが、かかる判示をしたからといつて、被告人が収賄の意思がな
かつたことを有力に推定し得る事実を判文中に表現したものということはできない。
されば、原判決がかかる表現を判示したものとして理由齟齬を主張する所論後段も
また採用できない。
 同被告人の弁護人磯田亮一郎の上告趣意について。
 原判決の判示第三の二の(イ)(ロ)の事実認定は、挙示の証拠で肯認すること
ができ、原判決には判決理由に所論のような齟齬が認められない。所論は、結局原
判決の採用しない証拠に基つき原判決が適法になした事実の認定を争うに帰し、採
ることができない。
 以上の理由により被告人Aの本件上告は、理由がないから刑訴施行法二条旧刑訴
四四六条により同被告人の上告はこれを棄却すべきものとする。
 被告人Bの弁護人奥田忠策の上告趣意について。
 所論は、結局原審の裁量に属する量刑の不当を主張するものであるから、上告適
法の理由ではない。
 同被告人の弁護人金沢次郎の上告趣意について。
 所論第一は、原審の裁量に属する量刑を不当であるとするものであり、同第二は、
原審が適法になした事実認定の誤認を主張するものであつて、いずれも適法な上告
理由ではない。
 されば、被告人Bの上告は、その理由がないから、刑訴施行法二条、旧刑訴四四
六条により、これを棄却すべきものとする。
 被告人Cの弁護人河上丈太郎、同美村貞夫の上告趣意第一点について。
 原判決が、判示第一の冒頭において、所論摘示のごとく、要するに、被告人Cは、
昭和二三年三月一〇日より同年一〇月一八日まで農林大臣として農林行政一般に関
する事務を統轄掌理していたほか判示のごときいわゆる復金(復興金融金庫)融資
の斡旋事務の処理についても農林大臣所管の事務としてその責任に任じていたもの
である旨判示したこと、竝びに、判示第一の六および七において、所論摘示のごと
く、要するに、被告人Dは、同年三月一八日被告人Cから農林省所轄下J事務所長
宛に「D君を紹介申上候よろしく願上候」と記載しKNサインした農林大臣C名義
の紹介名刺一枚を貰い受け、また、被告人Dは、同年三月末頃農林大臣官邸で被告
人Cから復金融資部長Kに紹介され、種々奔走尽力した結果農林省の斡旋により復
金から融資を受けることができたので、その謝礼並びに将来も同様な便宜を受けた
い趣旨を含めて同年七月三〇日被告人Cに対し現金三〇万円を同人の前記職務に関
し賄賂を供与し、被告人Cはその情を知りながらこれが交付を受けた旨判示したこ
とは所論のとおりである。そして、原判決の確定した被告人の前記復金融資の斡旋
に関する職務権限の内容は、「毎年各四半期毎に産業の資金計画案を樹立しこれを
基礎とし農林省内各局に於て受理した業者から申請の復興金融金庫(以下復金と略
称す)から融資希望事業並その希望者を検討した上同省総務局総務部農林金融課に
連絡し同謀において更らに全部を取纒め整理し省議を経た上経済安定本部と折衝し
農林全体に対する所謂融資枠が確定された後これを閣議に付議して融資枠の最後的
決定がなされ、次で右決定に基つき農林省内に於て融資企業体の緊急度等を勘案し
て各局別各業態別にこれを適宜配合し各業者に対し復金融資の斡旋事務の処理につ
いて農林大臣としてその責に任ずる」というのであるから、結局その職務権限の内
容は、毎年各四半期毎に産業の資金計画案を樹立すること、復金融資に関する省議
を主宰すること、農林省全体としての融資枠を得るについて安本と折衝すること、
それが閣議に付されたとき意見を述べることのほか以上大綱に亘る事項の前後にお
ける各局部課の細目の事務的処理に対し一般的な統轄、監督をなし、必要なときは
部下に指揮、命令をすることであるといわなければならない。従つて、被告人Cが
前記のごときJ事務所長宛の紹介名刺一枚を交付したこと(これが部下に対する指
揮、命令でないことは所論のとおりである。)、竝びに、復金融資部長を紹介した
ことは、農林大臣の復金融資に関する本来の職務執行行為に属しないものであるこ
とは論を俟たない。しかし、刑法一九七条の公務員の収賄罪の規定にいわゆる「其
職務ニ関シ」とは、当該公務員の職務執行行為ばかりでなく、これと密接な関係の
ある行為に関する場合をも含むものと解するを相当とするから、前記被告人Cの行
為が職務執行行為と密接な関係のある行為であるか否かを判定することとする。
 まず、判示紹介名刺を交付したことについて審究して見ると、原判決の確定した
ところによれば、右名刺交付の日時は、被告人Cが農林大臣に就任した昭和二三年
三月一〇日から一週間余を経た同月一八日であるというのであるから、同被告人が
果して判示復金融資の職務行為につき深い理解を有していたかについては、多大の
疑問を存するのであるが、一方において原判決は、「被告人Dは、被告人Lから同
人が製粉工場の設立並その設立資金融資に関する手続等を農林省係官に就て調査し
た結果の報告を受け前記M株式会社の工場設立に要する資金を復金から融資を受け
たいと考え昭和二三年三月一〇日頃農林省に対し右M株式会社に対する復金融資の
斡旋方の申請書を提出し、その頃被告人Cが止宿していた旅館N荘で被告人Lと共
に当時農林大臣に就任していた被告人Cに面会して右製粉事業計画の内容を説明し
て援助方を依頼し同人の賛成を得て激励されたのであるが、農林担当係官から右申
請書につき地元食糧事務所の副申書の添附がないと受理できない旨注意されたので
同月一八日右N荘に於て被告人Lの口添により被告人Cから右名刺を貰い受けた」
と認定しているのであるから、被告人Cは、被告人Dが自己の職務に属する復金融
資の斡旋方の申請書を受理されるのに必要な副申書を書いて貰いに行くのに利用す
ることを知りながら該名刺を交付したものと認めざるを得ない。その上該名刺は農
林大臣の肩書を附したものであり、宛名は農林省所轄下のJ事務所長であり、しか
もその結果目的とした副申書を得ることができたのであるから、該名刺の交付は、
結局被告人Cの職務に関係ある行為であるとなさざるを得ない。しかし前記のごと
く、副申書は、復金金融斡旋方の申請書を受理されるために必要な書類ではあるが、
これをもらつて右申請書類を整備する等のことは、復金融資を受けるための準備的
段階の行為たるに過ぎない。果して然らば、本件名刺の交付は、被告人Cの職務に
関係ある行為ではあるが、未だその職務執行行為に密接な関係のある行為というこ
とはできない。
 次に被告人Cが被告人Dに対し判示復金融資部長を紹介した点について審究して
見ると、原判決の認定したところによれば、右紹介はその紹介の場所その他から見
て被告人Cが個人としてではなく、農林大臣としてしたものであつて、その目的は
被告人Dをして復金から融資を受けるについて復金融資部長に対しこれが依頼をな
す機会を与えるためであつたと解することができる。しかし、復興金融金庫法二八
条によれば、「復興金融金庫及び復興金融審議会は、主務大臣が、これを監督する」
のであり、同法施行令三四条によれば、「復興金融金庫法中主務大臣とあるのは、
大蔵大臣及び通商産業大臣とする」とされているのである。それ故、農林大臣は復
金を監督する主務大臣ではない。また右復金融資部長は重要なる地位にある者では
あるが、農林大臣の部下でないこと明らかであるから、原判決の確定した前記復金
融資に関する農林大臣の職務権限によれば、かかる紹介はその本来の職務権限に属
しないことはさきに一言したとおりであり、またこれに密接な関係のある行為とも
いい難いことは多言を要しないところである。然らば、如上説明したとおり右の紹
介行為は二つとも同被告人本来の職務行為ではなくまた、その職務に密接な関係の
ある行為とも認められない以上、被告人Cの本件収賄罪は成立しないものといわな
ければならない。されば、本論旨は、結局その理由があつて、爾余の論旨および同
被告人のその余の弁護人の論旨に対し判断を与えるまでもなく、同被告人に関する
原判決は、刑訴施行法二条、旧刑訴四四七条により破棄を免れない。よつて、旧刑
訴四四八条、四五五条、三六二条により同被告人に対しては、無罪を言渡さなけれ
ばならない。
 被告人Dの弁護人吉岡幸三の上告趣意第一点について。
 原判決が判示第二の(一)(二)として所論摘示のごとく業務上横領の事実を認
定したこと、並びに、本件公判請求書に援用されている犯罪報告書記載の犯罪事実
が所論のような内容の詐欺の事実であることは、所論のとおりである。しかし、原
判決挙示の被告人Dの原審公判廷における詐欺の公訴事実に対する弁解としての供
述その他の証拠によつて認められるとおり、両者の被害者は、いずれも船舶運営会
神戸支部であり、被害金の性質はいずれも大連汽船関係の船員の給料支払等に充て
る金員であり、犯行の場所も同一であり、その内容も前者の日時頃判示のごとく横
領した後、後者の日時頃犯罪報告書記載のごとく伝票を経理課に提出して支払の決
済をつけたというのであるから、判示日時頃本件船舶運営会の大連汽船関係の船員
の給料支払等に充てる金員を同神戸支部において不正領得したという基礎的事実関
係は両者を通じて同一であることが認められる。されば、原判決には、所論の違法
があるとはいえない。
 同第二点について。
 原判決の判示第二の事実の判示は、所論摘示のごとく被告人Dは、判示会計主任
として毎日予め経理課係員から判示当日の見積概算金の交付を受け判示のごとく支
払をした上残金を判示のごとく経理課員に返済して決済する業務に従事中判示(一)
(二)のごとく業務上占有中の見積概算金の内約三万円と約四万円を判示のごとき
支払に充てるため擅に着服、横領したというのである。従つて、その着服横領とい
うのは、本来判示経理課係員に返還すべき見積概算金の残金を係員に返還せずに判
示支払に充てるために自己の手中に保留して領得意思の発現行為たる横領行為をし
たという意味であることが明らかである。されば、原判決は判示のごとき支払に充
てたことを横領としたものではなく、また、かかる支払に充てるため金員の交付を
受けたと判示したものでもないことは、いうまでもなく、さらに、被告人がかかる
支払をなす権限のなかつたことも判示に照らし自ら明白なところであるといわなけ
ればならない。そして、原判決挙示の証拠によれば、右のごとき原判示業務横領の
事実認定を肯認することができるのである。それ故、原判決には、所論のごとき理
由の不備又は齟齬を認めることはできない。
 被告人Dの弁護人多田克の上告趣意一について。
 弁護人吉岡幸三の上告趣意第一点について述べたとおり原判決の判ホ第二の(一)
(二)の業務横領の事実は、所論詐欺の公訴事実とその基礎たる事実関係を異にす
るものとは解せられないから、原判決には所論(イ)の違法は認められない。
 次に、原判決挙示の被告人の原審公判廷における自白のほか原審証人G、同Eの
各供述並びに始末書の記載等を綜合すれば、被告人が判示頃判示金員を業務上保管
していた事実、その他原判示第二の(一)(二)の事実認定を肯認することができ
そして、右証言竝びに記載は、被告人の自白を補強するに充分であると認められる
から、原判決には所論(ロ)(ハ)の違法は認められないし、また、所論(二)の
主張はその前提を欠き採るを得ないものといわなければならない。
 同二について。
 被告人Cの弁護人河上丈太郎、同美村貞夫の上告趣意第一点について述べたとお
り同被告人の被告人Dに対しなした紹介名刺の交付竝びに復金融資部長を紹介した
行為は、被告人Cの農林大臣としての職務行為又はこれと密接な関係のある行為と
認められないから、かかる行為に対する謝礼の趣旨をもつてなされた原判示第一の
六の被告人Dの金員交付行為は、罪とならないものといわなければならない。それ
故、本論旨は、結局理由あるに帰し、被告人に関する原判決は刑訴施行法二条、旧
刑訴四四七条により破棄を免れない。
 よつて、旧刑訴四四八条、四五五条、三六二条により右の点につき同被告人を無
罪とすべきものとする。
 同三について。
 原判示第三の一の(イ)(ロ)の判示は、贈賄罪の罪となるべき事実の判示とし
て欠くるところはない。また、本件は刑訴施行法二条の規定により旧刑訴及び刑訴
応急措置法の適用される事件であるから、同措置法一三条二項の規定により所論事
実誤認の主張は、上告適法の理由として採ることができない。
 次に記録によれば、所論(A)の聴取書は勾留後九日目になされた自白にすぎな
いことが認められるから、右の点についての所論は採用し難く、また、同(B)の
聴取書は勾留後約三ケ月目になされた自白ではあるが、本件の関係人の多数である
こと、事案の複雑であること等に鑑みるときは、当裁判所大法廷が屡々示した判例
の趣旨に徴し、不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白とは認め難い。
 同四ないし六について。
 所論四の(イ)の(A)(B)及び五(イ)は、結局原判示に副わない事実関係
を前提とする法令違反の主張に帰し、原判決に対する適法な上告理由とは認め難く、
また、判示商法違反と公正証書原本不実記載とは通常手段結果の関係あるとはいえ
ないから、四の(イ)の(C)並びに五の(ロ)の主張も採用し難い。次に、四の
(ロ)の(A)の聴取書は勾留後二三日目(B)の聴取書は勾留後七日若しくは八
日目になされた自白であること記録上明らかであるが、前論旨後段で述べた理由に
より後者は勿論前者についても不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白とは認
め難い。また、四の(ハ)は、事実誤認の主張であり、六は、量刑不当の主張であ
るから、刑訴施行法二条、刑訴応急措置法一三条二項の規定により上告適法の理由
となし難い。
 職権をもつて調査すると、原判決の判示第四の事実については、原判決のあつた
後昭和二七年四月二八日政令一一七号大赦令一条八七号により大赦があつたので、
刑訴施行法二条、旧刑訴四三四条二項、四四八条、四五五条、三六三条三号により、
この点においても原判決は破棄を免れないものであり、右事実につき被告人Dを免
訴すべきものとする。
 よつて、前記無罪、免訴を言渡すべき事実以外の点につき法令の適用をすると、
原判決の確定した被告人Dの原判示第一の一の点は、改正前の商法四九一条前段に
該当するところ、その後同法条は、刑の変更があつたから、刑法六条、一〇条によ
り軽い改正前の同法条前段の刑に従い所定刑中懲役刑を選択し、判示第一の二の公
正証書原本不実記載の点は、刑法一五七条一項、六〇条に、同行使の点は、同法一
五八条一項、一五七条一項、六〇条に各該当するところ、前者と後者は手段、結果
の関係があるから、同法一〇条により犯情重き後者の刑に従い、所定刑中懲役刑を
選択し、判示第一の四、第三の一の(イ)(ロ)の贈賄の点は、各同法一九八条(
(イ)の点につき更に同法六〇条)に該当するからそれぞれ所定刑中懲役刑を選択
し、同第二の(一)(二)の業務上横領の点は、各同法二五三条に該当するところ
犯意継続に係るから昭和二二年法律一二四号附則四項により改正前の刑法五五条を
適用し、以上は、同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条に
より重い業務上横領の刑に法定の加重をした刑期範囲内において被告人Dを懲役二
年に処し、同法二一条により同人の第一審における未決勾留日数中八〇日を右本刑
に算入すべきものとし、原判示第三の一、二の各(イ)の賄賂五万円、各(ロ)の
賄賂二万円は、収賄者であるAから前者は贈賄者である被告人D原審相被告人福本
規に対し、後者は被告人Dにそれぞれ返還され且つその返還された金は、贈賄者に
おいて費消しこれを没収することができないから刑法一九七条の四に則り贈賄者か
らその価額をそれぞれ主文八項のとおり追徴すべく、主文九項記載の訴訟費用につ
いては、刑訴施行法二条、旧刑訴二三七条一項によりこれを被告人Dの負担とすべ
きものとする。
 よつて、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 検察官 大場十郎関与。
  昭和三二年三月二八日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    入   江   俊   郎
 裁判官 岩松三郎は退職につき署名押印することができない。
         裁判長裁判官    斎   藤   悠   輔

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