弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人野崎研二の上告趣意は,単なる法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であ
って,刑訴法405条の上告理由に当たらない。弁護人内山成樹,同大熊裕起の上
告趣意のうち,憲法31条,36条違反をいう点は,死刑制度がこれらの規定に違
反しないことは当裁判所の判例(最高裁昭和22年(れ)第119号同23年3月
12日大法廷判決・刑集2巻3号191頁,最高裁昭和26年(れ)第2518号
同30年4月6日大法廷判決・刑集9巻4号663頁,最高裁昭和32年(あ)第
2247号同36年7月19日大法廷判決・刑集15巻7号1106頁)とすると
ころであるから,理由がなく,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は単なる
法令違反,事実誤認,量刑不当の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当た
らない。
なお,所論に鑑み記録を調査しても,刑訴法411条を適用すべきものとは認め
られない。
付言すると,本件は,オウム真理教(教団)幹部の被告人が,(1)他の教団幹
部らにおいて,平成6年6月,化学兵器である神経剤のサリンの殺傷能力を知るた
め,教団に敵対するとみなした裁判官らを標的として,長野県松本市内にある裁判
所宿舎周辺においてサリンをひそかに噴霧し,サリン中毒により,住民7名を殺害
するとともに,4名に重篤な傷害を負わせた際,被告人らが生成し保管していたサ
リンを他の教団幹部に引き渡すなどして,上記犯行を幇助したという殺人,殺人未
遂の幇助(いわゆる松本サリン事件),(2)他の教団幹部らと共謀の上,平成6
年12月から平成7年1月にかけて,教団の活動の妨げになるとみなした被害者3
名に対し,化学兵器である神経剤のVXをかけ,1名を殺害し,2名を殺害しよう
として遂げなかったという殺人,殺人未遂,(3)他の教団幹部らと共謀の上,平
成7年3月,警察による教団に対する強制捜査を阻止,かく乱するため,不特定多
数の乗客を無差別に殺害することを企て,朝の通勤時間帯に東京都内の地下鉄車内
等でサリンを発散させ,サリン中毒等により乗客や地下鉄職員計12名を殺害する
とともに,計14名にサリン中毒の傷害を負わせたという殺人,殺人未遂(いわゆ
る地下鉄サリン事件)などの事案である。
(1)ないし(3)の各事件は,教団の組織防衛等を目的として,極めて殺傷能力の高
いサリンやVXを用いて行われた計画的な犯行であり,誠に反社会的で悪質であ
る。特に(1)の松本サリン事件及び(3)の地下鉄サリン事件においては,サリンを広
く散布して不特定かつ多数の市民を攻撃し,合計19名もの尊い生命を奪っている
のであり,残虐で非人道的な犯行態様と結果の重大性は,他に比べるべき例がな
い。(2)のVXを用いた各事件も,教団の独善的な論理による理不尽な犯行であ
り,1名の尊い生命を奪っている。(1)ないし(3)の各事件において殺害された被害
者の遺族及び今なお深刻な健康被害に苦しんでいる負傷者らの被害感情は,極めて
厳しい。これら多数の死傷者を出した各犯行は,一般市民を不安と恐怖に陥れ,我
が国の治安に対する信頼を大きく揺るがしたものである。
被告人は,これらの各犯行において使用されたサリンやVXを開発,生成する作
業の中心となっていた者であり,被告人の豊富な化学知識や経験を駆使することな
くしては,これらの各犯行はなし得なかったといっても過言ではない。被告人は,
教祖であるAことBらの指示を受けてサリンを開発,生成した上,これを他の教団
幹部に引き渡すなどして松本サリン事件の犯行を幇助し,これによって前記のとお
りの悲惨な結果が発生したことを認識しながら,その後も,Bらの指示を受けるま
まに,サリンやVXの開発,生成を続け,その後のVXを用いた各事件や地下鉄サ
リン事件を引き起こし,これらの事件においてもまた前記のとおりの悲惨な結果を
発生させている。このような事情に照らすと,被告人は,これら教団の一連の凶悪
な犯行の実現において極めて重要な役割を果たしたというべきである。しかるに,
被告人は,公判において飽くまでもBに帰依する姿勢を貫くとともに,責任回避の
供述をするなどしており,被告人に真摯な反省の情を認めることはできない。
以上によれば,被告人の刑事責任は,極めて重大であるというほかなく,被告人
の本件各犯行が,Bらの指示に従って行われたものであること,被告人は,サリン
やVXを使用する殺人等の実行行為に直接関わっておらず,また,これらを用いた
個々の犯行の具体的計画を知る立場にもなかったこと,被告人には前科もなく,犯
罪的性向を有していたわけではないことなど,所論指摘の諸事情を十分考慮して
も,原判決が維持した第1審判決の死刑の科刑は,当裁判所もこれを是認せざるを
得ない。
よって,刑訴法414条,396条,181条1項ただし書により,裁判官全員
一致の意見で,主文のとおり判決する。
検察官門野坂修一公判出席
(裁判長裁判官那須弘平裁判官田原睦夫裁判官岡部喜代子裁判官
大谷剛彦)

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