弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

判 決
主 文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実および理由
第1 請求
 ア 原告と被告Oとの間で別紙物件目録記載の建物が原告の所有であることを確
認する。
 イ 被告Oは前項の建物について甲府地方法務局平成16年8月3日受付第XX
号所有権保存登記の抹消登記手続をせよ。
 ウ 被告P銀行は前項の登記手続を承諾せよ。
第2 事案の概要
 本件は,建物建築請負契約に基づき建築され注文者名義で所有権保存登記がされ
た建物について,実際に工事をした下請負人がその建物の所有権を取得したと主張
し,注文者に対してその所有権の確認を求めるとともに所有権保存登記の抹消登記
を求め,この建物に抵当権設定登記を得た第三者に対してその抹消登記の承諾を求
める事案である。
 1 基本的事実関係(当事者間に争いがないか【】内の証拠により認める)
 (1) 元請負契約
 被告OとT社は平成14年7月30日,T社が被告Oの所有地に共同住宅2棟を
建築し被告Oが報酬として2億1630万円(消費税込み)を支払うとの内容の請
負契約を締結した(以下「本件元請契約」という)。
 (2) 下請負契約
 ア T社と原告は平成15年1月21日,原告が上記土地につき造成工事を行い
T社が報酬として1417万5000円(消費税込み)を支払うとの内容の請負契
約を締結した。原告はこれに基づき同年3月までに造成工事をした。
 イ T社と原告は同年6月2日,原告が上記土地上に共同住宅2棟(本件元請契
約の目的物と同じもの)を建築しT社が報酬として1億3125万円(消費税込
み)を支払うとの内容の請負契約を締結した。
 原告はただちに着工し,同年8月には,1棟(以下「A棟」という)の躯体部分
の工事を完了し,もう1棟(以下「B棟」という)の工事にも着手した。ところが
同年9月,A棟の地盤が沈下して傾きが生じていることが発覚したため,A棟はい
ったん解体して地盤の改良工事を行った後に再度躯体を構築すること,B棟は再度
床付検査を行い,杭打ち工事を行った後に躯体の構築にとりかかることが決まっ
た。これにともない,代金についても見直し,A棟とB棟とで別々に契約をしなお
すことになった。
 ウ 同年11月17日,原告はT社からA棟の解体工事を代金4315万500
0円(消費税込み)で請け負い,平成16年1月に工事を終了した。平成16年2
月13日には,原告はT社から地盤改良工事を代金1018万5000円(消費税
込み)で請け負うとともに,新しいA棟の建築工事を代金4462万5000(消
費税込み)円で請け負った(このA棟の建築工事請負契約を以下「本件下請契約」
という)。
 原告はその後本件下請契約に基づきA棟の躯体工事を完了し,T社から別途電気
設備工事等の設備工事を請け負った下請業者による工事も始まった。平成16年7
月28日の時点では工事完了間近の状態であったが,まだ原告からT社への引渡手
続は行われていなかった。
 エ なお,原告は,B棟については平成16年1月20日までに工事を完了し,
同日T社に引き渡している。
 (3) T社の倒産
 T社は平成16年7月28日までに事実上倒産して営業を停止し,同年10月2
0日名古屋地方裁判所で破産宣告を受けた。
 (4) 登記
 A棟については,平成16年7月26日付けで,同月15日新築を原因とし所有
者を被告Oとする表示の登記がされ,同年8月3日付けで所有者を被告Oとする所
有権保存登記がされた【甲10,丁18】。その表示の登記の内容は別紙物件目録
記載のとおりである。
 また,この建物について,平成16年8月3日付けで,いずれも被告Oを債務者
とし被告P銀行を抵当権者とする順位1番,2番の抵当権の設定登記がされた。
 2 争点ーA棟の所有権の帰属
 (1) 原告の主張
 ア A棟は9割方完成しているものの未完成であり,原告はこれをT社に引き渡
していないし,T社から原告に対して報酬も支払われていない。報酬については,
平成16年4月9日頃にT社から担保として手形を受領しているが,決済はされて
いない。
 本件元請契約にも本件下請契約にも建物所有権移転時期の特約はない。原告はみ
ずから材料を提供してA棟を建築し,これをT社に引き渡していないのだから,A
棟の所有権は着工時から現在にいたるまで一貫して原告に帰属する。
 イ 被告Oは,T社と原告との間の下請契約の事情をすべて知っていながら,A
棟が完成していないにもかかわらず,かつT社の倒産のおそれが高いことを承知の
うえで,T社に代金全額を支払い,家賃保障として毎月百数十万円を受け取ってい
る。被告OはT社と一体として評価されるべきであり,T社と同様,A棟の所有権
が原告に帰属することを否定することができない。
 (2) 被告らの主張
 ア T社は平成16年6月17日,原告に対し本件下請契約の代金4462万5
000円全額を手形で支払った。
 イ A棟は平成16年7月15日までに完成し,すでに本件元請契約に基づく代
金全額をT社に支払っていた被告Oは同日T社からA棟の引渡しを受けた。所有権
保存登記もすんでいる。したがってA棟の所有権は被告Oに帰属する。
 ウ 本件元請契約の契約書には完成建物の所有権の帰属につき明示の条項はない
が,工事請負契約約款の下記の条項から次のことがいえる。まず,第1条から,契
約目的物が完成し注文者が代金の支払いを完了していれば請負人に代金確保のため
に契約目的物の引渡し留保をさせる必要もないから,契約目的物は注文者に帰属す
るといえる。第13条は,契約解除のとき契約目的物の所有権は注文者に帰属する
ものとしている。
第1条  総則
(2) 建築工事請負契約書とこの工事請負契約約款および添付の設計図・
仕様書にもとづいて,乙(請負者)は,工事を完成して契約の目的物を甲(注文
者)に引き渡すものとし,甲は,その請負代金の支払を完了する。
第13条 解除に伴う措置
(1) この契約を解除したときは,甲が工事の施工済部分と検査済の工事
材料(有償支給材料を含む。)を引きうけるものとして,甲・乙が協議して精算す
る。
 他方,本件下請契約は,発注書・請書の発行という形式によってされ,その内容
も,完成建物や施工ずみ部分の帰属についての約定はなくきわめて簡略である。
 このような場合,完成建物や出来形部分の所有権取得に対する注文者の期待は法
的に保護されてしかるべきであり,一方,元請負人の履行補助者的立場に立つ下請
負人は,元請負人と異なる権利関係を主張しうる立場にない。原告は被告Oが承知
しないままほとんど一括の下請けをして建築工事をしたのであり,T社の履行代行
者(補助者)的立場にあったのだから,注文者である被告Oに対してT社と異なる
権利関係を主張することはできない。
 なお,被告Oは本件下請契約の事情を知らず,原告が工事に関与しているという
認識すらなかった。被告Oが本件下請工事のことを知ったのは,平成16年7月2
8日に原告の社長らが被告O宅を訪れて話をしたときが初めてである。
第3 争点に対する判断
 1 認定事実
 争いのない事実,証拠(甲12,乙1,証人Q,証人Rと各項目において掲げる
もの)と弁論の全趣旨により以下の事実を認める。
 (1) 被告OとT社は,被告Oがその所有地にアパート2棟を新築し,これをT社
が一括して借り上げて第三者に転貸することを合意し,その結果,平成14年7月
に本件元請契約を締結した(乙2)。被告Oは,その工事の規模からして,T社の
みが工事をするのではなく下請業者が関与するのであろうと漠然と考えてはいた
が,具体的にどの工事をどのような下請業者が行うのかを事前にT社からきいたこ
とはなかった。したがって,原告がA棟の工事を行うことを事前に被告Oが承知し
ていたわけではなかった。
 (2) 本件元請契約の契約書には,完成した建物の所有権の帰属について明示的に
定めた条項は存在しない。
 (3) 被告Oは,本件元請契約の代金につき,被告P銀行から借入れをして,A棟
もB棟もまだ完成していない平成15年10月30日までに全額をT社に支払った
(丁25ないし32)。これには次のような事情があった。
 すなわち,本件元請契約に基づく工事の完成時期は着手の日から210日以内と
されていたが(甲1),当初建築されたA棟に地盤沈下が生じたことなどから,工
事の進捗は予定より大幅に遅れた。一方,被告Oは,本件元請契約の代金支払いの
ために被告P銀行から融資を受けることにしており,平成15年2月6日から順次
融資の実行を受け,その返済は同年11月30日から始まることになっていた(丁
19ないし23)。被告P銀行への返済資金はT社から受け取る家賃しかなかった
ため,被告Oはこの問題についてT社と話しあった。その結果,T社は平成15年
11月から家賃の支払いを始める,その代わり被告Oは事前に請負代金全額を支払
う,という話がまとまったのであった。実際にT社は同年11月から被告Oに対し
て家賃の支払いを始
めた。
 (4) 新しいA棟の建築工事が始まったのは平成16年2月以降である(基本的事
実関係(2)参照)。このA棟の建築工事は本件元請契約と本件下請契約に基づき行わ
れたものであり,原告はみずから材料を提供して工事をした。T社の下請負人は原
告以外にもいたが,A棟建築工事のほとんど(電気工事,設備工事以外の本体工
事)を行ったのは原告である。
 (5) T社は平成16年4月頃には支払いが滞るようになり(甲13),原告は,
本件下請契約の代金の支払いをT社から受けることができなかった。T社から原告
に対して約束手形が送られてきたことはあったが,その決済はされなかった(丙1
1)。
 
(6) T社は,A棟について,平成16年7月15日付けの工事完了引渡証明書を
被告Oに交付した(甲11,丁12)。被告Oは,これらの書類を添付して,平成
16年7月21日,A棟について表示の登記を申請し(丁10ないし14),同月
26日付けでその登記がされた。被告Oは,さらに,同年8月3日,A棟につき所
有権保存登記の申請をし(丁15),同日付けでその登記がされた。(基本的事実
関係(4)参照)
 
 (7) 原告のS代表取締役とQ専務取締役は,平成16年7月28日,T社が倒産
したとの知らせを受けて,A棟の代金の支払いを確保することを考え,被告O宅に
電話をしたうえ訪問した。応対に出たのは被告Oの息子で本件元請契約のすべてを
まかされていたRであった。原告関係者と被告OないしRが顔をあわせたのはこの
ときが初めてであり,被告OないしRが本件下請契約のことを知ったのもこのとき
が初めてだった。
 2 検討
 T社はA棟につき平成16年7月15日付けの工事完了引渡証明書を被告Oに交
付しており,A棟の表示の登記はその後同月26日までの間に滞りなく行われてい
る。このことからすると,A棟は遅くとも同年7月15日までに完成し,本件元請
契約に基づきT社から被告Oに引き渡されたということができる。
 本件元請契約において完成建物の所有権の帰属がどうなるか明示的に定められて
はいないが,被告OはA棟の完成前にその請負代金全額をT社に支払っているのだ
から,被告OとT社の間では,A棟の所有権はその完成と同時に被告Oに帰属する
との合意が成立していたと認めることができる(最二小判昭和46年3月5日裁判
集民102号219頁〔判時628号48頁〕など)。
 一方,本件下請契約はその性質上本件元請契約の存在および内容を前提とし,元
請負人である栄大建託の債務を履行することを目的とするものであるから,下請負
人である原告は,注文者である被告Oとの関係では,T社のいわば履行補助者的立
場に立つものにすぎず,被告OのためにするA棟建築工事に関して,T社と異なる
権利関係を主張しうる立場にない(最三小判平成5年10月19日民集47巻8号
5061頁)。したがって,原告と被告Oの間に格別の合意があるなど特段の事情
のないかぎり,A棟の所有権は,被告OとT社との間の合意にしたがい,完成と同
時に被告Oが取得すると解するほかない。
 原告と被告Oの間に格別の合意がないことは明らかである。上記に認定した経緯
に照らすと,この「格別の合意」に相当するような特段の事情が存在するというこ
ともできない。A棟の所有権は,その完成と同時に被告Oが取得したということが
できる。
 3 結論
 A棟は被告Oの所有であり,原告がこれを所有したことはない。原告の請求はそ
の根拠を欠き,全部理由がない。
 
   甲府地方裁判所民事部
 裁判官  倉 地 康 弘
(別紙)物件目録(省略)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛