弁護士法人ITJ法律事務所

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       主   文
1 債務者は、債権者Aに対し、金八万二六一二円及び昭和五七年六月から同五八
年四月まで毎月二五日限り一か月金一二万四二八〇円を仮に支払え。
2 債務者は、債権者Bに対し、金九万八八六〇円及び昭和五七年六月から同五八
年四月まで毎月二五日限り一か月金一五万〇〇一一円を仮に支払え。
3 債務者は、債権者Cに対し、金七万五五九七円及び昭和五七年八月から同五八
年六月まで毎月二五日限り一か月金八万二一七〇円を仮に支払え。
4 債権者のその余の申請を却下する。
5 申請費用は債務者の負担とする。
       事   実
第一 申請の趣旨及び理由
一 申請の趣旨
1 債権者らが債務者に対し、雇用契約上の権利義務を有する地位を仮に定める。
2 債務者は、いずれも本案判決確定に至るまで、債権者Aに対し昭和五七年五月
から毎月二五日限り一か月金一二万四二八〇円(但し、同年同月については金八万
二六一二円)、同Bに対し 同年同月から毎月二五日限り一か月金一五万〇〇一一
円(但し、同年同月については金九万八八六〇円)、同Cに対し同年七月から毎月
二五日限り一か月金八万二一七〇円(但し、同年七月については金七万五五九七
円)を仮に支払え。
3 申請費用は債務者の負担とする。
二 申請の理由
(被保全権利)
1 債務者は、鳥取県西伯郡<以下略>において小谷医院を経営する医師である。
債権者らは、いずれも債務者に雇用され、右小谷医院に勤務している労働者であ
る。
2(一) 債務者は、昭和五七年三月三一日、債権者A、同Bに対し、従業員就業
規則三二条五号「事業の縮小、その他やむを得ない事業上の都合による場合」に該
当するとの理由により「同年四月三〇日付をもつて解雇する旨の意思表示をした。
(二) 債務者は、昭和五七年五月二二日、債権者Cに対し、右同様の理由によ
り、同年六月二二日付をもつて解雇する旨の意思表示をした。
 しかしながら、債務者のなした債権者らに対する右解雇の意思表示は、いずれも
理由なくしてなされたものであるから、解雇権の濫用として無効である。すなわ
ち、まず、第一に、右解雇を行なわなければ小谷医院の維持存続が危殆に瀕する程
度のさし迫つた必要性はない。第二に、解雇以外の方策による余剰労働力の吸収、
経営合理化、希望退職者を募る等解雇回避の努力がなされておらず、労働組合ない
し労働者(代表)に対し、事態を説明し、了解を求め、人員整理の時期、規模、方
法等について労働者側の納得が得られるような努力も全くなされていない。第三
に、整理基準の合理性、適用の妥当性も全く認められないからである。
3 小谷医院の右就業規則二八条、給与規程によると、賃金は基本給、諸手当、割
増給からなり、基本給は日給月給制であり、前月二一日起算、当月二〇日締切、当
月二五日支払である。また、日給月給制は基本給を月額で定め、遅刻、早退、欠勤
したときはその不就業日数に応じ、一日につき月額の二五分の一を控除することと
なつている。
 債権者らの本件各解雇に至るまでの過去三か月間(但し、債権者Cについては正
常な勤務ができた昭和五六年九月ないし一一月までの間の三か月間とする)の平均
賃金額は別紙賃金明細表の平均賃金月額欄記載のとおりであり、債務者は同表の未
払賃金始期欄記載の各日から賃金を債権者らにそれぞれ支払つていない。
 なお、未払賃金始期の日を含む賃金期間(前述のおり前月二一日より当月二〇日
まで)の該月の未払賃金額は同表の未払賃金始期月額欄記載のとおりである。
(保全の必要性)
 債権者Aは債務者から支払われる賃金のほとんどを大阪府茨木市に別居している
妻子に送金してその生活を支えており、債権者Bはその賃金で自らの生活と建物ロ
ーンの支払をしており、債権者Cはその賃金と息子夫婦の賃金とで一家家族七人の
生活を支えているものであり、債権者らはいずれも本件解雇によつてその収入の道
を奪われ、債権者ら及びその家族の生活は窮迫状態に陥つており、本案判決の確定
を待つていては回復できない損害を被るおそれがある。
第二 債務者の主張
一 申請の趣旨に対する答弁
 本件申請をいずれも却下する。
二 申請の理由に対する認否
1 申請の理由1の事実は認める。
2(一) 同2の(一)の事実は認める。但し、債権者A、同Bに対してなした解
雇の意思表示の年月日の点は否認する。
(二) 同2の(二)の事実は認める。
3 同3の本件解雇が解雇権の濫用として無効であることは争う。その余の主張事
実は否認する。
三 債権者の主張
1 債務者は以前より自ら診療する他に、次のとおり医師の来援を求めて医療を行
なつてきた。
 月曜 内科 鳥取大学医学部第三内科より一名
 火曜 内科 同大医学部第二、第三内科より各一名
 水曜 泌尿器科 同大医学部泌尿器科より一名
 内科 同大医学部第三内科より一名
 木曜 内科 同大医学部第三内科より一名
 土曜 内科 同大医学部第三内科より一名
 整形外科 境港済生会病院より一名
ところが、昭和五七年に入ると県保険課より、来援医師による診療を止めて債務者
のみの診療にしてはどうかとの指導があり、ついで医師会からも同様の指導があつ
たので、債務者は来援医師による診療を中止することとした。
2 右の事業縮小により小谷医院の従業員の整理の必要性が生じた。
 小谷医院は、右縮小以前において、薬剤師一名、看護婦、事務員合計一一名であ
つたが、右薬剤師は求めに応じて辞職した。
 そこで、債務者はなるべく解雇者数を小数に止めたいと考え、三名とした。
 債権者Cは従前も無断欠席して始末書を取られていた者であり、今回は母が病気
だから休むと欠勤したまま六〇日以上何等の連絡もしてこなかつたので、これは退
職したものとして、右三名中に充てることとした。
 そして、残り二名は古い者からやめてもらうという基準をたて(1)債権者B
(2)債権者Aの二名に辞職してもらうこととした。
 債務者は、債権者B、同Aに辞職の交渉をしたが、これを拒否されたので、その
旨を他の従業員に告げたが、他の従業員中から退職を申し出る者もなかつたので退
職希望者はないものとみて、債権者B、同Aを整理解雇したものである。
       理   由
一 被保全権利について
1 申請の理由1、2の(一)(但し、解雇の意思表示のなした年月日の点を除
く。)、2の(二)の各事実についてはいずれも当事者間に争いがない。
 債権者Aの昭和五七年五月一六日付陳述書及び同Bの同月九日付陳述書によれば
債務者が右債権者両名に対し、本件解雇の意思表示をなした年月日は右債権者らの
主張するとおりであることを一応認めることができる。
2 そこで、債務者の債権者らに対してなした本件解雇が正当であるか否かについ
て検討する。
(一) およそ、事業を縮小するか否かは企業の専権に属する企業運営方針の策定
であつて、当該企業がこれを自由に行ない得るものというべきである。しかし、こ
のことは企業が右決定の実施に伴い使用者として事業縮小による余剰労働者を自由
に解雇することを当然に意味するものでははない。右解雇は、終身継続的な雇用関
係を期待する労働者を特段の責に帰すべき理由なく一方的に企業外に排除するもの
で、労働者の生活に深刻な影響を及ぼすものであることに鑑み、企業運営上の必要
性を理由とする使用者の解雇の自由も一定の制約を受けることを免れないものとい
うべきであり、債務者の債権者らに対してなした本件解雇の根拠となつた従業員就
業規則三二条五号に「事業の縮小、その他やむを得ない事業上の都合による場合」
と規定されていることも債務者は右事由に該当する場合に解雇権を行使しうること
を定めたものと解されるのであつて、右に述べた事理を明文化したものということ
ができる。そして、解雇が右就業規則にいう「事業の縮小、その他やむを得ない事
業上の都合による場合」に該当するか否かは、債務者及び労働者側の具本的実情を
総合して解雇権の行使にやむを得ない客観的、合理的理由が存するか否かに帰する
ものであり、この見地に立つて考察すると、債務者が事業の縮小に伴いその従業員
を解雇するについて、「やむを得ない事業の都合」によるものと言い得るために
は、第一に、右事業の縮小が債務者の病院経営の合理的運営上やむを得ない必要に
基づくものであること、第二に、解雇に先立ち、退職者の募集、出向、配置転換そ
の他余剰労働力吸収のための解雇回避努力がなされたこと、第三に、具体的な解雇
対象者の選定が客観的、合理的基準に基づくものであることの三要件を充足するこ
とを要すると解するのが相当である。
(二) そこで、まず、第一の要件について検討する。
(1) 本件疎明資料によれば、債務者は、前記認定のとおり、小谷医院を経営す
る医師であるが、一九の病床を持ち自ら診療をする外に鳥取大学医学部等から一週
につき延べ人員八名の医師の来援を求めて医療活動を行なつてきたこと、債務者
は、昭和五七年三月二五日、鳥取県保険課から事業縮小の勧告があつたことを理由
に右医師の来援による医療を中止することとし、同年四月からは右医師の来援が全
くなくなつたこと、そこで、債務者は、債務者本人の医療活動のため必要とする事
務員、看護婦等の補助者の数を検討し、本件解雇前の事務員、看護婦合計一一名の
うちから三名に退職してもらうこととしたこと、もつとも、事業縮小の右勧告と
は、単に「派遣医師を中止しては」との口頭によるアドバイスにとどまり、行政指
導ないし勧告として法的拘束力を有するものではないこと(疎甲第二〇号証によれ
ば、右勧告の内容は「院長(債務者)は耳が悪いので、他の医師とのコミユニケー
シヨンがうまく行つていないので医療の一貫性に欠ける。責任ある医療体制にする
ように」というもののようである。)、債務者はこの点について医師会に相談した
ところ、派遣医師の中止は望ましい旨の回答をえ、これにより債権者らに対し、同
県保険課および医師会から事業縮小を勧告されたとの説明をしていたこと、以上の
事実が一応認められる。
(2) 右記認定したところによれば、同保険課からの勧告に法的拘束力はなく、
その内容も来援医師中止により事業縮小をしなければならないものでもない。右勧
告に従うにしても、債務者のみによる医師診療にしなければならないものではな
く、他に小谷医院において一貫性ある医療を確保する手段(例えば、専任医師の雇
用など)をとることも可能である。
 してみると、来援医師による診療を中止して事業の縮小をすることが、小谷医院
経営の上合理的運営上やむを得ない必要に基づくものということはできず、他に本
件全疎明資料によるもこれを推認させる疎明はない。
 また、来援医師による診療を中止したとしても、他に代替措置をとることにより
事業を縮小させないこともできると考えられるところ、右代替措置をとることがで
きない事情を疎明する資料はない。
 もつとも、債務者は五五年度、五六年度の小谷医院の経営不振が本件解雇に至つ
た副次的理由である旨陳述しているが、これも本件解雇をしなければならない程の
さし迫つた経理不振とまでは至らないものであり、本件整理解雇を根拠づける具体
的経理事情等を疎明する資料はない。
 してみると、本件解雇はいずれもその余の点についての判断を加えるまでもなく
既にこの点において理由がないものということができる。
二 保全の必要性について
1 本件疎明によれば、債権者Aは住所地において両親とともに生活し、大阪府茨
木市に住む妻、長男(高校二年)、長女(小学六年)に生活費として賃金から一か
月一〇万五〇〇〇円を送金してその生活を維持してきたもので、賃金の支払がなけ
れば右家族及び本人の生活に困窮をきたし、著しい損害を被るおそれがあること、
債権者Bは息子夫婦及び孫とともに生活しているが、一か月一〇万円の住宅建築の
ローンの支払をしなければならず、賃金の支払がなければ、本人及び家族の生活に
困窮をきたし、著しい損害を被るおそれがあること、債権者Cは母、夫、息子夫
婦、孫二人とともに生活をしているが、老母と夫は病気療養中であり、治療費等の
支出が多く、息子夫婦はともに働いて一か月合計二〇万円弱の収入があるも、同債
権者の賃金と合わせて、右七人家族の生活を維持してきたものであり、同債権者C
に賃金の支払がなければ、本人及び右家族の生活に困窮をきたし、著しい損害を被
るおそれがあること、以上の事実が一応認められる。
 右認定事実によると、債権者らについてはいずれも賃金仮払についての保全の必
要性が認められる。もつとも、その期間についてはさらに検討を要するところであ
る。すなわち、債権者らに暫定的な権利救済、しかも将来請求分についてまでも権
利救済を与えるという本件仮処分の性格、さらに、被保全権利の存在が疎明の程度
にとどまりこれについて十分な審理がなされないという審理上の制約、従つて、爾
後債務者が本案訴訟で勝訴した場合の債務者の権利救済との権衡などを考慮に入れ
ることが必要であり、以上の諸点にかんがみると、右賃金仮払については、現時に
おいて一応本件解雇後一年間に限つて認容するのが相当であり、爾後分については
その時点において再度被保全権利の存在とともにその必要性とを吟味するべきであ
る。
 従つて、本件にあつては、債権者らに対し、右の期間に限り賃金仮払の保全命令
を発することとし、その余についてはその必要性がないものとして却下することと
する。
2 次に債権者らは、他に地位保全の仮処分をも求めているが、この種仮処分はそ
の執行につき実効性を期し難く、雇用契約上の労働者の中核をなす賃金債権につい
て仮払の保全をすれば、残余の権利があつたとしても特別の事情のない限り、これ
を保全する必要性はないというべきである。
 本件において右特別の事情の主張及び疎明はないから、債権者らの右申請は却下
することとする。
三 結論
 よつて、債権者らの本件申請は、別紙賃金明細表の未払賃金始期月額欄記載の金
員及び債権者A、同Bについては昭和五七年六月から同五八年四月まで、債権者C
については同五七年八月から同五八年六月まで同表の平均賃金月額欄記載の金員を
それぞれ仮に支払うことを求める限度において理由があるから、保証を立てさせな
いでこれを認容することとし、その余の申請は理由がないから却下することとし、
申請費用の負担につき民訴法九二条但書、八九条を適用して、主文のとおり決定す
る。
(裁判官 林豊 兒嶋雅昭 駒谷孝雄)
別紙賃金明細表(省略)

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