弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     昭和五五年一月二〇日執行のa町議会議員一般選挙の効力に関し被告が
同年一〇月三一日付でなした裁決を取り消す。
     右選挙における当選人Aの当選を無効とする。
     訴訟費用は被告の負担とする。
         事    実
 第一 当事者のした申立
 (原告ら)
 主文と同旨の判決を求める。
 (被告)
 「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判
決を求める。
 第二 当事者の陳述した主張
 (請求の原因)
 一 原告は、昭和五五年一月二〇日執行されたa町議会議員一般選挙に立候補し
た者である。
 本件選挙は、即日開票のうえ、同日開催された選挙会において、訴外Aが得票五
一三票で当選人(最下位)と決定され、原告Bが得票五一二票で次点となり、落選
と決定され、翌二一日その旨告示された。
 本件選挙における立候補者は、別紙一記載のとおりの二六名であつた。投票総数
は一万五七二二票、うち無効票八九票、当選人の総数は二二名、落選者は原告Bの
ほか、D(四七六票)、E(四四一票)、F(二三一票)、訴外Aの直近上位当選
人はG(五二一票)である。
 二 原告Bを除くその余の原告ら三名は、右選挙会の決定した当選の効力に不服
があり、昭和五五年一月二一日a町選挙管理委員会(以下「町委員会」という)に
対し、異議の申出をしたが、町委員会は、同年三月五日右異議申出を棄却する旨の
決定をし、同決定書は、同日右原告ら三名に送達された。
 前記原告ら三名は、右町委員会の決定を不服として、同年三月二五日被告に対
し、本件選挙における当選の効力に関する審査の申立てをなしたところ、被告は原
告Bを参加させて審査したうえ、町委員会がなした異議申出に対する前記決定を適
法であるとして、同年一〇月三一日右審査申立てを棄却する旨の裁決(以下「本件
裁決」という)をし、同裁決書は、同年一一月七日審査申立をした原告ら三名の代
理人に送達された。
 三 被告は、右審査にあたり、全投票を開披調査し、そのうち、審査申立てをし
た原告ら三名及び町委員会から効力を検討すべき票として指摘された二五票(別紙
二掲記の「別記1ないし25」の原本である裁決書添付「別記1ないし25」の各
原票。別紙二掲記の別記1ないし25は、被告の作成した裁決書に添付された「別
記」を複写機により等倍に複写したものであり、そのうち別記1、2の候補者氏名
欄上の丸印は複写後記入されたものである。裁決書添付の「別記」は、原票を複写
機により複写したもので、その記載内容は大きさを含めて原票に符合するものであ
る。以下、裁判所添付「別記1ないし25の各原票」を順次「別記1ないし25の
各票」という。)について検討したうえ、訴外Aの得票数は選挙会の決定のとおり
五一三票とし、原告Bの得票数は、選挙会の決定に別記6の一票を加えるととも
に、別記8の一票を減じ、結局選挙会の決定と同数の五一二票とした。
 四 しかし、被告のなした右裁決において、無効票とされた別記1、3、8、2
4、25の各票は、いずれも原告Bに対する有効票とすべきものであり、訴外Aに
対する有効票とされた別記2の票は無効票とすべきものである。その理由は、次の
とおりである。
 1 別記1の票について
 現行の公職選挙法は、候補者制度を基本としているため、選挙人は当該選挙にお
ける候補者中の何人かに投票する意思で投票したものと推測するのが相当であつ
て、当該票に記載された氏名と同一の氏名を有する者が候補者以外の選挙人中に実
在し、かつその記載が候補者の氏名としては不完全、不十分であつても、それが候
補者の氏名に類似し、その候補者を記載したものと認められる以上、その候補者に
対する投票と解すべきであり、これを候補者以外の者の氏名を記載したものと認め
るのは、候補者以外の者に投票されたと解すべき特別の事情が存在する場合に限る
と解するのが相当である。
 かかる理解に立つて考えると、別記1の票の記載「H」と原告Bとは、「B」と
いう氏を同じくしているだけでなく、名の部分も「みのる」の旧漢字である「實」
を媒介として、原告Bの名「寛」と類似していることが明らかである。しかも
「寛」を「ひろし」と読むことが全選挙人にとつて、当然の知的能力の範囲内であ
るとは到底考えられない。
 したがつて、ポスター、選挙公報等活字印刷物によつて立候補者の氏名を知悉し
た選挙人にとつて「寛」を「みのる」と誤読し、または「實」「みのる」と誤記憶
し、その結果投票にあたつて「H」と誤記することは日常茶飯事的に生ずる事象に
ほかならず、これを「B」に対する有効投票と解することが、その投票をした選挙
人の意思に合致するものである。
 要するに、本件のように単に「ひろし」と「みのる」の類似性のみを比較検討す
ることは正当ではなく、「寛」と「みのる」、ひいては氏を含めた「B」と「H」
との間の類似性を検討することが重要であり、そうとすれば右両者の間の類似性は
明らかであつて、候補者以外の者に投票されたと解すべき特別な事情が存在しない
本件では、右票は明らかに原告Bに対する有効票とすべきである。
 2 別記3の票について
 本票には、「大山のぼる」と記載されていて、特定の人名を記載したものである
ことは一見して明らかである。
 そして、本件選挙における候補者中に「B」姓の者は原告Bの他にはなく、右投
票は、単に名を誤記したものとして、原告Bに対する有効票とすべきである。
 3 別記8の票について
 本票は、選挙会においては、原告Bに対する有効票とされていたところ本件裁決
においては、「大」と記載された文字の左上部に存する「<記載内容は末尾1-
(1)添付>」の記載を、有意な他事記載として無効票とした。
 しかし、いわゆる他事記載とは、投票に、意識的に符号ないし暗号となるような
何らかの記載をして、何人がその投票をしたかを他人に知らせようとするようなも
のを指すと解すべきであるから、それは有意的記載であることの明白な場合に限ら
れるべきである。したがつて、投票用紙に候補者の氏名以外の余分の記載があると
しても、氏名の誤記によるもの、書き損じを抹消するためになされたもの、無意識
ないしは不用意に付された汚点、氏名の記載に際して筆が自然に走つたものと認め
られるもの等はいずれも有意のものとは認められず、これらが記載されているから
といつて、その票が無効となるものではないと解すべきである。
 このように解するならば、本票中の、「大」と記載された文字の左上方に記載さ
れた前記記載は、「水」の字の左半分と解すべきであり、このことと、その記載さ
れた位置、形状とを併せて検討すると、右記載は、投票者が原告Bの氏名の第一字
「大」の字を記載するに際し、誤つて「水」の字を書き出し、第一画を書いたとこ
ろでその誤りに気付いて筆の運びを中止し、その下方に「大山様」と書き直した
が、「<記載内容は末尾1-(1)添付>」の記載を抹消することを忘れたに過ぎ
ないもので、「大」の字の左上方に存する記載は、他事記載には当らず、本票は明
らかに、原告Bに対する有効票とすべきものである。
 4 別記24の票について
 本票は、その記載を一見しても、文字を書くことが不得手な者が記載したことが
明らかであり、筆運びは拙劣というべきであるが、第一字目は片仮名の「ヲ」と読
むことができ、第二字目は漢字の「山」であり、第三字目は名を記載しようとして
途中で止めたもので、全体として「ヲ山」、すなわち原告Bに対する投票の意思を
確認することができる記載である。本件選挙の候補者中に、第二字目に山の字がつ
く者は原告Bのほかにはなく、第一字目の「ヲ」は発音において「B」の「オオ」
を指すことは明らかである。
 よつて、本票は、原告Bに対する有効票とすべきである。
 5 別記25の票について
 本票は、一見して読み書きの能力に乏しい者が記載したこと、か明らかであると
みられるが、その第一字目は「山」と記載されており、第二字目は「寛」の字を書
き始めたものの、その難しさのために途中でこれを放棄したものと考えられる。そ
うであるとすると、本件選挙の候補者中、右の二文字に対応する氏名を有する者
は、原告Bのほかにはなく、本票は同原告に対する有効投票として取り扱うべきも
のである。
 6 別記2の票について
 被告は、本件裁決において、裁決書の記載によると、本票は、候補者の氏名を記
載しようとした選挙人がこれを失念し、意味不明の文字、又は符号を記載したのち
これを抹消し、「一郎」と記載したものであり、抹消部分を有意の他事記載とすべ
き特段の理由は存在しないとの理由で、本票を訴外Aに対する有効な投票と判定し
ている。
 しかしながら、本票は以下の理由により、訴外Aに対する有効票とすべきもので
はない。
 本票の記載中、明確に判読できる部分は「一郎」の文字だけではなく、「一」の
文字の上の記載も、「喜」の略字である「<記載内容は末尾1-(2)添付>」又
は「<記載内容は末尾1-(3)添付>」と明らかに判読が可能である。そして、
更にその上部の記載も、画数がやや多いものの、「武井」と判読することが可能で
あり、少なくとも「鮭川」と読むことは不可能である。そのうえ、「一郎」の
「一」の文字も、「<記載内容は末尾1-(4)添付>」と記載されているところ
から、その上の記載である前文「<記載内容は末尾1-(2)添付>」又は「<記
載内容は末尾1-(3)添付>」の記載に連続し、一回の運筆により記載されたも
のであつて、被告の裁決書中の前記理由のように、意味不明の文字などを記載した
のち、これを抹消して「一郎」と記載した場合に生ずべき中断ないし不連続がな
い。
 さすれば、本票は、立候補者Iに対する投票とすべきであつて、訴外Aに対する
投票とすべきではない。
 五 以上のとおりであつて、原告Bに対する有効票は、選挙会及び被告の裁決に
おいて判定された五一二票に五票を加えた五一七票とし、訴外Aに対する有効票
は、選挙会及び被告の裁決で判定された五一三票から逆に一票を減じた五一二票と
すべきであり、その結果、訴外Aは次点となり落選、原告Bが当選人(最下位)に
なるべきである。
 六 よつて、これに反する本件裁決を取り消したうえ、訴外Aの当選を無効とす
る旨の判決を求める。
 (請求の原因に対する被告の認否及び主張)
 一 請求の原因一ないし三の各事実はすべて認める。
 二 同四中、訴外Aの当選が無効であるとの主張は、争う。各票の効力に関する
主張事実に対する認否及び被告の主張は、次のとおりである。
 1 別記1の票について
 本票をもつて、原告Bに対する有効票であるとする原告らの主張は争う。
 本件選挙は、投票総数、立候補者数、当選人の数は原告ら主張のとおりであるほ
か選挙当日の有権者数一万六八五五名、最上位当選人の得票数八八〇票、最下位当
選人の得票数五一三票、最少得票者の得票数二三一票であつて、投票数、得票数の
点においてさほど多くない選挙である。原告Bの立候補届出は、同原告と同一の大
字である沼田に居住する原告J、訴外Cらの推せん届によつてなされており、訴外
Cは、原告Bの肩書住所と僅かの距離しかへだたつていない場所で商業を営み、原
告Bとは従兄弟の関係にある。町議会議員の選挙においては、一般に部落推せんな
どのように、地域の推せんによる立候補、及び部落主体の選挙運動が行われてい
る。以上の事情からすると、投票者が同一部落の住民であれば、原告Bと、訴外B
の名を混同し、又は誤記憶もしくは誤記することはないと考えられるし、選挙用ポ
スターその他の文書の記載を見て、初めて投票の意思を決定する浮動票的な選挙人
はありえないのであつて、知人・親戚を通ずる熱心な投票の依頼により、何がしか
の縁故のある者が投票するのが通例である。したがつて、目から「B」という漢字
によつてではなく、耳から「B」として候補者を認識しているのである。「B」を
「大山實」と誤り、その氏名を「H」と認識し投票することは、町村の選挙におい
てはないと考えるべきである。
 2 別記3の票について
 本票は、その記載は稚拙ではあるが、「大山のぼろ」もしくは「大山のぼる」と
記載されていると認められる。
 本件選挙における立候補者中には、原告Bすなわち「B(おおやまひろし)」の
ほかに、「F(おおさとのぼる)」がある。「ひろし」と「のぼろ」もしくは「の
ぼる」とは、全く音及び字形を異にする。他方、「大山のぼる」の記載は、「大里
のぼる」に対しては、「里」と「山」の一字を異にするのみであつて、氏名全体の
音感及び字形においては、むしろ候補者「大里のぼる」に対する投票の意思を窺わ
せるものがある。しかし、候補者「B」の存在する本件選挙においては、訴外Fに
対する有効投票とも断定しえない。結局、右両候補の氏と名の混記された場合に当
たり、いずれの候補者に対する投票か確認し難いものとして無効とすべきである。
 3 別記8の票について
 主張の経過により、本件裁決において、本票を無効票とした事実は認める。本票
のうち第一字「大」の左上方の「<記載内容は末尾1-(1)添付>」の記載は、
これを抹消した形跡もないので、他事記載あるものとして無効とすべきであり、こ
れを原告Bに対する有効な投票とすべき旨の原告らの主張は争う。
 4 別記24の票について
 本票は、その記載が、判読の困難なものであつて、他事記載とするか、候補者の
何人を記載したかを確認し難いもの、あるいは単に雑事を記載したものとして無効
とされるべきものである。
 なお、本票の第一字目の記載は「い」、第二字目の記載は「シ」、第三字目の記
載は「山」、第四字目の記載は判読不能として「いシ山」、と記載されているもの
とすれば、本件選挙の候補者中に、L、Mと、いずれも氏の第一字として、「い
し」の文字を有する者が二名存在するので、この関係からも、候補者の何人を記載
したかを確認し難いもので、無効とすべきである。
 5 別記25の票について
 本票の記載は明らかに「山四」である。第二字が「寛」の一部の記載であるとは
全く解することができない。候補者の何人を記載したかを確認し難いもので無効票
とすべきである。
 6 別記2の票について
 原告らの主張は争う。「一郎」の上部の記載のうち第二字目に当る部分の記載に
は明らかに筆跡に濃淡が見られ、一個の文字を記載したものとは認められない。訴
外Aに対する有効投票とすることに問題とすべき点はない。
 (被告の主張に対する原告らの認否及び主張)
 一 別記1の票について
 主張の事実のうち、有権者数、最上位当選人・最下位当選人、最少得票者の各得
票数、原告J及び訴外Cが、原告Bの立候補届出の推せん人であつた事実、訴外C
が原告Bの従兄弟であり、原告Bの近隣で商業を営んでいる事実はいずれも認め
る。その余の主張はいずれも争う。
 原告Bの立候補届出における推せん人には、右両名のほかに、いずれも北条部落
在住の訴外M、原告Nも加わつており、原告Bの推せん母体は、原告Bの居住する
沼田部落に限られていたものではない。更に、原告Bは茨城県内外で手広く商業を
営み、また数部落を学区内に持つ小学校のPTA会長をも務めていて、地縁、血縁
に深い関係を有する農家ではないし、a町自体も純農村ではなく、本件選挙におけ
る立候補者中、農業を営んでいる者は半数に過ぎない。また、沼田部落居住者で本
件選挙に立候補した者は、原告Bのほかに、訴外Dがあり、同訴外人の得票数四七
六票に原告Bの得票数(仮に本件裁決のとおり五一二票として)を加えると、九八
八票となり、沼田部落の投票数七三七票を二五〇票余超えることになる。以上の事
実からしても、本件選挙のような町議会議員選挙が、一般に、部落など地域推せん
による立候補と、部落主体の選挙運動に基いて行われるとの被告の主張は、独断と
偏見に基くものというべきである。
 二 別記2の票について
 主張は争う。筆跡に濃淡があることは、一個の文字であるか否かの判定には、直
接には関わりがないことである。
 第三証拠の提出・援用・認否
 (原告ら)
 検証の結果(検証の目的物てある別記1、2、3、8、24及び25各票の記載
状況は、これを検証当時接写レンズを使用して撮影した写真「4」ないし「9」と
して順次検証調書に編綴収録されている)を援用。
 乙号各証につき、原本の存在、成立とも認める。
 (被告)
 乙第一ないし第三号証(いずれも写を原本に代えて)を提出。
         理    由
 一 請求原因一ないし三の各事実については、いずれも当事者間に争いがない。
 また、弁論の全趣旨に照らすと、別記1ないし3、8、24、25の各票(合計
六票)を除いては、選挙会における決定及び本件裁決における判定(但し別記6の
票については選挙会の決定が本件裁決において改められた)について原告らはこれ
を争わず、かつ裁決にいたるまでの審査手続(当事者間に争いがない請求原因三の
事実)ことに裁決書別記の記載内容に照らし、右争いのある六票を除くその余の票
(別記6の票を含む)について特にその効力につき検討する必要はないと認める。
 二 よつて、右争いのある六票につき、順次その効力について検討する。
 1 別記1の票について
 検証の結果(検証調書写真番号―以下検証写真という―「5」参照)によると、
本票には、候補者の氏名として、氏を「B」と漢字で、名を「みのる」と平仮名で
明瞭に記載されていることが認められる。
 ところで、本件選挙における全候補者の氏名が別紙一記載のとおりであることは
当事者間に争いがないところ、右候補者中に「B」姓の者は原告Bのほかにはな
く、「みのる」と三音節を順次同じくする名すなわち音節文字たとえば平仮名で表
記した場合「みのる」と表記される名を有する者は存在しない。
 原告の名「寛」をみのると読むことはできないし、慣用的にも「みのる」と読む
ことは通常考えられないところであり、原告が、その名と関わりなく「みのる」と
呼称されていたというような特段の事情も認められない。他方、本件選挙の選挙人
中に、原告Bの従兄弟であつて、同原告と同一地域に居住し、現に商業活動をして
いる「大山實」が実在し、同人が原告Bの立候補の届出にあたり推せん人の一人で
あつたことは当事者間に争いがない。
 以上の事実に、本件選挙が、比較的選挙に関する区域の限られた町議会議員選挙
であつて、有権者の総数も一万六八五五名であり(この数については当事者間に争
いがない)、さほど規模の大きい選挙ではないことを考えあわせると、本票は、実
在する前叙Cの氏名を記載したものと考える余地が十分あるというべきであり、原
告Bに対する投票と認めることはできない。
 原告らは、原告Bの名である「寛」と、訴外Bの名「實」は、漢字で表記された
場合に類似していとして、「寛」を「みのる」と誤読し、誤記憶する余地がある旨
主張するが、「寛」の文字と「實」又は「実」の文字とは「<記載内容は末尾1-
(5)添付>」(うかんむり)を共通にしているものの、全体の字形の与える印象
を比較するならば特に類似しているものとは認め難く、また、「寛」が読み難い文
字であるとしても、これを「みのる」と読むことに直ちに結びつくわけではないか
ら、主張のような誤説、誤記憶が生ずる可能性があるとしても極めて例外的なこと
というべきであり、本票の効力の判断に当つて考慮に入れるに足りないというべき
である。
 かような次第であるから、本票をもつて、原告Bに対する有効票と認めることは
できない。
 2 別記3の票について
 検証の結果(検証写真「7」を参照)によると本票には、第一字目大の第一画の
中央よりやや左でたてに第一画と交わる短かい線が引かれているが、第一字目全体
の記載からみると明らかな誤記を抹消し忘れたものと認められ第二字と併せ、氏と
して「B」と記載されていることが明らかである。
 第三字目から第五字目までは、第一字と第二字との間隔とほぼ同じ間隔を置いて
第三字と第四字、第四字と第五字とが記載され、第二字と第三字とにはより大きい
間隔が置かれているので、字くばりから第三ないし第五字は、第一、二字目の氏に
対応して名を記載したものと理解し得るが、第五字目の文宇の終筆部分が僅かにや
や左斜め上方に向けられていて第五字が「ろ」であるか「る」であるか明瞭でな
く、これを「ろ」とも「る」とも読み取ることができる。記された文字の形が与え
る印象自体からすると「ろ」に近いとみられるが、「のぼろ」という名が通常みら
れないこと、候補者中に「昇(のぼる)」の名を有する者があることをも考えあわ
せると「のぼる」と読み取ることも十分可能であると判断される。
 本票の記載を「大山のぼろ」と判読するとすれば、氏の記載において原告Bの氏
と一致するが、名の記載において全く類似性がなく、「のぼろ」の表示と原告Bと
の間に何らの関連性も認められない以上、単に、氏の表示において一致しているか
らといつて、原告Bを表示したものということはできない。
 また、本票の記載を「大山のぼる」と判読するとすれば、本件選挙立候補者中に
「昇(のぼる)」の名を有する「F」が存在するので、右記載は、二名の候補者の
氏名を混記したもので、いずれの候補者に対する投票かを確認し難いものとして本
票を無効票と解するほかはない。
 以上のとおりであるから、記載が「大山のぼろ」、「大山のぼる」いずれである
にせよ、本票を原告Bに対する有効な投票であるとすることはできない。
 3 別記8の票について
 <要旨>本票について、被告は本件裁決において、第一字目「大」の左上方に存す
る記載をもつて他事記載として無効と判定しているところ、原告らは単なる
書損じであつて他事記載には当らない旨主張するので判断する。
 検証の結果(検証写真「6」を参照)によると、本票には、候補者氏名欄中左
右、上下ともほぼ中央の位置に「大山様」と漢字をもつて比較的明瞭に記載されて
いるが、第一字目「大」の左上方やや離れた位置に、第一ないし第三字と同様鉛筆
とみられる筆記用具を用いて、左側から起筆して右側に運筆したのちほぼ直角に下
方に折れて運筆し引き続き、斜め左方に運筆したうえ左下方に流れるように力を抜
いて運筆を終わつており、全体が一回の運筆によつて記されていること、起筆部分
は、候補者氏名欄め上部に位置する第一字のみがやや左上方に偏つているとはい
え、氏名を記載する場合の第一字目の起筆の場所と「つ」の記載を避けたとすれば
不自然な場所てあるとも見られず、上方には余白を存し、前記「大山様」の三文字
の左端と上下同一線上から起筆されていること、全体の形状としては、片仮名の
「フ」又は「コ」にやや近似していると見られないでもないが、その筆勢、形状に
照らしこれらの文字を記載したものとは認められず、独立して何らかの文宇、記号
等の形状をなしているものとも認め難いこと、氏名を記載した部分に比して濃淡、
線の太さ等の点において顕著に異なる点はないが、終筆部分において急速に筆勢を
失い、不整形の短かい曲線を描きながら終つていることが認められる。
 このようにみると、右記載部分は、単に筆記具が無意識のうちに用紙に触れるな
どして記されたものではなく、少なくともその起筆部分においては意識的に記載さ
れたものと看取することができる。しかし、前叙記載部分は、その記載された位
置、形状、筆勢に照らすと、文字としては勿論、記号等、何らか独立して意味を有
する記載としても完成されたものではなく、記載の途中で運筆を誤つて書き損じた
か、或は起筆後記載の誤りに気付いて運筆を中止し、改めて「大」の字を書いたも
のと認めるのが相当である。前者であるとすれば、有意の他事記載に該らないこと
が明らかであり、後者であるとしても、ほぼ直角をなす記載の形状から、本件全立
候補者(別紙一参照)Oの第一字「水」の第二画(策一・掠ノ)よりむしろ、Pの
第一字「加」の偏を「<記載内容は末尾1-(6)添付>」から起筆しようとした
ものであるとみるのが自然であろうし、いずれにしても第一画を約三分の二程度書
いただけて運筆又は記載の誤りに気付いて運筆を中止し、中止した第一画の記載を
抹消しないで改めてB様と書いたものである上認められ、第一画も書きおわつてい
ないことが認められる。
 他事記載のある投票を無効とする趣旨は、つまるところ、投票の秘密を保持する
ためにあると解すべきである。そうであるとすれば、本票における右記載が有意で
あつても、全体として単なる書き損いと認められ、それ自体独立しては一画にもな
らず何らの意味を表象し得ない程度の記載である以上、これをもつて、投票の効力
を失わせる有意の他事記載であるとみるべきではない。そして、書損じの部分が未
だ完成されておらず独立して何ら意味のある形状を具えないため、途中で運筆を止
めたことが明らかな以上、特に抹消することは必要でないと解すべきである。
 以上のとおりであるから、本票は、原告Bに対する有効な投票として、原告Bの
得票に加えるのが相当である。
 4 別記24の票について
 本票は、検証の結果(検証写真「8」参照)に基づき、仔細にその記載を検討し
ても、これを判読することは困難である。強いて判読すれば、記載のなかほどに
「山」の第一画が第二画の下まで抜けたかのようにみられる部分がないではない
が、そうとすれば第一画がその上の字画に接して起筆され、第三画が第二画の下方
に長くのびさらに左下方に別の画のようなものが書かれ、全体として観察した場
合、いつたい文字を記載したものであるか否か、そうであるとしても、どの部分を
とつて一個の文字と判別すべきであるか認め難く到底本件選挙候補者の何人かの氏
名を記載したものと認めることもできない。したがつて、どの本件選挙候補者の得
票とも認めることができない。
 5 別記25の票について
 検証の結果(検証写真「9」参照。)によると、本票の記載は、「山四」と読み
取ることができる。原告の名「寛」が、比較的画数が多く、文字に習熟しないもの
にとつて正確に記載することが困難であることを考慮に入れたとしても、「四」の
記載と「寛」との間には特段に近似性が認められず、三音節中第三音節「シ」が
「四」の音に通ずるとはいえ名の「寛」を記載しようとして「四」を記載したもの
とは認め難いし、候補者の中には、「氏」の第一字目に「山」の文字を有し、
「名」の第一字目に「好」を有する「Q」があることを勘案するならば、本票をも
つて、原告Bの氏名「B」を「山寛」、「山ひろし」または「山し」と略記しよう
としたものとは、「山」が氏の第二字目であるから、認め難く「H」の名の第一字
を「よし」と訓ずるとはいえ、「四」を「シ」と読んで、三音節の名の第二音節に
通ずる「Q」の略称と見るのも無理であり、本票は、その記載からは公職の候補者
の何人を表示したものか不明なものとして、無効票とするほかはない。
 6 別記2の票について
 検証の結果(検証写真「4」参照)によると、本票は、候補者氏名欄の中央より
やや下の位置に「一郎」と記載され、「一」の文字は起筆部分が、右斜め上方から
左斜め下方にやや長めに書き降されさらに続けて右方に大きく横一文字が引かれて
おり、起筆部分においては、原告らが主張するように、その上方にある記載との連
続を窺わせる記載が認められないではない。しかし、「一郎」の上方の記載につい
ては、これを仔細に検討し、原告の主張に基づいて観察しても、原告が主張するよ
うに、「武」「井」「喜」あるいは「<記載内容は末尾1-(3)添付>」の記載
があるものとは到底みることができず、その他如何なる記載がされているかを識別
することは全く不可能である。また、その記載中には、左右に連続的にかつ繰り返
して、引かれた濃淡のある不規則な線、及びたてに長く、かつ強く引かれた顕著な
直線が認められ、これらの記載からすると、何らかの記載をしようとした者が、途
中でその意思を放棄し、これを抹消したものであると認めることができる。そし
て、上記の記載部分には、抹消のために引いたと認められる前記たてに引かれた直
線が一本強く目立つだけで、下方の「一」の起筆部分に連続すると認められる終筆
部分は認められない。
 さすれば、本票は、原告が主張するように、「<記載内容は末尾1-(7)添付
>」と連続して一回の筆の運びで記載したうえ、「<記載内容は末尾1-(8)添
付>」の部分を抹消したものとは認め難く、「一郎」の上方の記載は、それ自体で
は全く意味の不明な記載がなされたうえで抹消され、改めて「一郎」と記載された
ものと認められるところ、立候補者中に、「一郎」の名を有する者は訴外Aのほか
には見当らないから、本票は訴外Aに対する有効な投票となすべきであり、原告の
主張は理由がない。
 三 以上のとおりであつて、本件裁決において無効票とされた票のうち、別記8
の票一票は原告Bに対する有効な投票として、本件裁決において原告の得票とされ
た五一二票に加算すべきであるが、別記2の票は、本件裁決でも有効とされていた
から、訴外Aの得票は、本件裁決において判定された五一三票に異動を生じないと
いうべきである。
 してみると、選挙会において最下位当選人とされた訴外Aの得票数と、次点とな
り落選者とされた原告Bの得票数は同数に帰し、そのいずれを当選人とすべきか
は、公職選挙法九五条二項の定める手続を経て決すべきことになり、この手続によ
ることなく、訴外Aを当選人と定めた選挙会の決定は無効というべく、この決定を
適法として、原告Bを除くその余の原告ら三名の審査申立てを棄却した本件裁決は
取り消されるべきであるといわなければならない。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判
決する。
 (裁判長裁判官 園部秀信 裁判官 村岡二郎 裁判官 川上正俊)
<記載内容は末尾2添付><記載内容は末尾3添付>

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