弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決及び第二審判決を破毀する。
     本件を甲府地方裁判所に差戻す。
         理    由
 弁護人渡辺綱雄、同尾山万次郎の上告趣意について。
 本件事案の内容は、被害者Aが、昭和二十二年一月七日午後五時五十分頃、山梨
県北巨摩郡a村bc番地B食肉店の軒先に、自転車を置いて、店内で主人のC等と
雑談していた間に、その自転車のハンドルに吊しておいた白木綿製肩掛鞄一個(現
金千五百円、D銀行E支店預金通帳一冊、黒皮二ツ折札入レ一個、木綿黒足袋一足
及びニユーム製飯盒一個在中)を何者かに窃取せられた。一方、被告人は、それか
らわづか十分位たつた同日午後六時頃、そこから、五町と離れていない同所d番地
ラジオ商F方で、そこの家人と対談中、盗難に気が付いて、すぐに犯人捜索に出か
けて被告人の跡を、途中から追跡して来たCの密告によつて、そこえ出かけて来た
警察官に調べられたところ、被告人の所持品の中から、右金品そつくり在中のまゝ
の肩掛鞄が発見せられたという事案である。そこで、被告人はその時以来警察署に
同行せられ、同月十六日検事の強制処分の請求に基いて翌日勾留せられ、同月二十
五日被告人に対する右の窃盗被告事件として甲府区裁判所に公判請求、同公判は二
月二十七日、三月二十日と二回開かれたが、被告人は当初以来、本件犯行の否認を
つゞけ、自分はその日午後六時頃、同村bG商店前通りで二十歳から二十五歳まで
位の一人の陸軍払下ようの外套を着た一面識もない通りがゝりの青年から、汽車賃
に困つているから買つてくれといわれて、そのいい値のまゝに金三十円で問題の鞄
を買取つたものであると弁解しているのである。そこで甲府区裁判所は第二回公判
期日に証人として前記Cを訊問した後、三月二十五日被告人に対し有罪の判決を宣
告し、被告人は之に対して控訴の申立をなし、第二審甲府地方裁判所では、同年五
月五日第一回公判を開いて被告人を訊問したところ、被告人は初めて逐一本件の公
訴事実を自白した。これより先き、被告人の弁護人から、保釈の申請が出ていたが、
同裁判所は同日結審すると共に、保釈の決定をした。被告人は実に前後、百九日に
わたる拘禁の後に釈放せられ、次で同裁判所は同月十二日右被告人の自白を証拠に
とつて、被告人に対して有罪の判決をした。以上が記録の上で認められる大略本件
事案の内容と経過である。
 この内容と経過から考えて、本件被告人に対する拘禁は、弁護人の主張するよう
に、果して不当に長いものというべきであるか、どうかを考察する。
 本件犯罪の内容は前述べた通りで、事実は単純であり、数は一回、被害者も被疑
者も各々一人で、被害金品は全部被害後直ちに回復せられて、現に証拠品として押
収せられている。ほとんど、現行犯事件といつてもよいほどの事件で、被告人の弁
解も終始一貫している。被告人が果して、本件窃盗の真犯人であるか、どうかはし
ばらくおいて、事件の筋としては、極めて簡単である。被告人が勾留を釈かれたか
らといつて、特に罪証湮滅のおそれのある事件とも考えられない。又、被告人は肩
書のように、一定の住居と生業とを有し、その住居には、母及び妻子の六人の家族
があり、尚、相当の資産をもつていることは、記録の上で十分にうかがわれる。年
齢も既に四十六歳である。かような情況から考えて、被告人が逃亡する危険もまづ
ないと考えなければならぬ。
 とすれば、ほかに、特段の事情のうかがわれない事件においては、被告人に対し
て、あれ程長く拘禁しておかなければならぬ必要は、どこにもないのではないか。
たゞ、被告人が犯行を否認しているばかりに、――言葉をかえていえば、被告人に
自白を強要せんがために、勾留をつゞけたものと批難せられても、弁解の辞に苦し
むのではなからうか。以上、各般の事情を綜合して、本件の拘禁は、不当に長い拘
禁であると、断ぜざるを得ない。しかして、第二審裁判所が、この拘禁の後に、は
じめてした被告人の自白を証拠として、被告人に対し、有罪の判決をしたことは、
前に述べたとおりであるが、不当に長い拘禁の後の自白を証拠にとることは、憲法
第三十八条第二項の厳に禁ずるところである。
 従つて、かゝる不当に長い拘禁後の自白を有罪の証拠とした第二審の判決及びこ
れを是認した原判決は、共に憲法第三十八条第二項に違反した違法がある。従つて
論旨は理由がある。本件再上告は、憲法違反を理由とするものであるから、再上告
として適法であることは当裁判所の示すところである。(当裁判所昭和二二年(れ)
第一八八号事件、昭和二三年七月七日判決参照)
 よつて、裁判所法第十条第一号刑事訴訟法第四百四十七条、第四百四十八条ノ二
第一項にしたがい、主文のとおり判決する。
 右は、齋藤裁判官を除く裁判官全員の一致した意見である。
 裁判官齋藤悠輔の本件に対する意見は次のとおりである。
 憲法第八一条並びに刑訴応急措置法第十七条にいわゆる「処分」は行政処分就中
法律、命令又は規則に準ずべき一般処分を指し、裁判その他司法裁判所の行為就中
個々の訴訟行為たる司法処分をいうものでないと解すべきである。(なお昭和二二
年(れ)第一八八号事件に対する判決反対理由参照)従つて本件の原上告判決にお
ける判断は法定事項の合憲性に関するものと言い得ないから本件再上告は不適法た
るを免れない。
 検察官 下秀雄関与
  昭和二十三年七月十九日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    三   淵   忠   彦
            裁判官    塚   崎   直   義
            裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    沢   田   竹 治 郎
            裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    井   上       登
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    齋   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介
 裁判官庄野理一は退官につき署名捺印することが出来ない。
         裁判長裁判官    三   淵   忠   彦

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