弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
       事   実
第一 当事者の申立
 控訴代理人は「原判決中控訴人敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
 被控訴代理人は、主文と同旨の判決を求めた。
第二 当事者の主張
当事者双方の主張は、左記のとおり附加するほか原判決事実摘示のとおりであるか
ら、これを引用する。
一 控訴人
1 旧法人税法第二五条第九項後段の趣旨は、取消の基因となつた事実が同条第八
項の何号に該当するかの記載を要求しているにとどまり、具体的事実までも記載し
なければならないものと解すべきではない。
 すなわち、青色申告の制度は、法律の要求する誠実かつ信頼性のある記張をする
ことを約束した納税義務者が、これに基づき所得を正しく算出して申告納税するこ
とを期待すると共に、かゝる納税義務者に対し一定の特典を付与するものであり、
青色申告書提出承認(以下単に青色申告承認という)の取消は、この期待を裏切つ
た納税義務者に対し、一旦付与した特典を剥奪すべきものとすることによつて、青
色申告制度の適正な運用を図ろうとすることにある。そして、旧法人税法第二五条
第八項各号に定められた青色申告承認の取消原因をみても、納税義務者の備付帳簿
の記載それ自体およびそれに基づく申告に関する事柄であるところから、従来の経
験に徴し、一般に予測され得る形式としての記帳自体の誠実性、信頼性を疑わしめ
正確な所得算出を不可能とする事由を概括的に類型化したものであることが明らか
である。
 されば、青色申告承認の取消は記帳自体の誠実性、信頼性の欠如に基づく処分と
いうべきであるから、その理由附記も、更正処分が実体的な数額もしくは所得の種
類等の変更を伴う計算もしくは判断をなし、次の事業年度の所得計算にも当然に影
響を及ぼすのと異なり、法律がその誠実性、信頼性の欠如を予測し得るものとして
定めた事由を概括的、類型的に示せば足り、かつこれによつて取消の公正を担保す
るのに欠くるところはないものといわざるを得ず、このことは、青色申告の更正処
分の理由附記に関する旧法人税法第三二条と青色申告承認取消の理由附記に関する
右同条項の表現が異つていることからも明らかである。
 したがつて、旧法人税法第二五条第九項後段の解釈としては、控訴人において把
握した青色申告承認取消の法律要件事実が、少なくとも旧法人税法第二五条第八項
各号のいずれに該当するかの表示さえなされておれば足りる趣旨と解さざるを得
ず、本件取消通知書の附記理由の記載は旧法人税法の解釈としても適法である。
2 仮に、右主張が理由なく、本件承認取消処分通知書に理由附記不備の違法があ
るとしても、被控訴人は調査の過程において青色申告承認取消の原因を了解してい
たから、該当条項だけを附記した本件通知書自体によりその理由を十分了知してい
たものというべく、被控訴人の利益保全に欠けるところはない。
 すなわち、被控訴人は本件に関する税務者の調査にあたり、本件更正処分の根拠
となつたたな卸についての書類を新たに提出し、また調査担当官の質問に対し、会
社の資金繰りの関係で税金を一度に納めるのはえらいからたな卸を少なくした旨申
し述べ、その調査の結果、担当官から、たな卸に関する被控訴人の申告は事実の一
部を隠ぺいして記載したものとして更正処分がなされること、また当然に同様の理
由で重加算税が賦課されることが説明されているのである。
 これらの事実からすれば、被控訴人は、自己の申告が更正される理由、その範
囲、控訴人が更正処分の根拠となつた事実につき、その事実を隠ぺいしていたもの
とみて重加算税を賦課する予定であるということを熟知していたものといわざるを
得ず、このような事情のもとに更正処分がなされ、同時に本件青色申告承認の取消
処分が行われたのであるから、被控訴人はその理由についても本件取消通知書自体
において十分に了解していたものというべきであり、何等被控訴人の利益に欠ける
ところはない。
 さればこそ、被控訴人はこれら処分に対する不服の申立においても、当初よりた
な卸の金額についてはやむを得ないものと自認し、ただ重加算税を過少申告加算税
に変更すべきであるとの事情のみを申し立てているにすぎないのである。
3 仮に、右主張も理由がなく、本件青色申告承認取消処分に瑕疵があるとして
も、右処分に対する審査請求についてなされた裁決において理由を附記されたこと
により、原処分理由附記不備の違法は治癒されたと解すべきである。
 すなわち、審査決定通知書(乙第一六号証)によると、右裁決では「………貴社
は多くの数量を除外されておりますから、評価減とは認められません」と明示され
ており、審査請求書(乙第一五号証)と併せ読むとき、その理由は明らかにされて
いるのである。
 およそ、このような同一系統の直近上級庁の審査、判断(裁決)の手続は、これ
によることが簡易迅速な手続による国民の利益救済に寄与するものであり、かつ、
原処分と併せて行政機関の内部における租税確定に至るまでの一連の手続と考える
ことができるのであるから、原処分の瑕疵はこれにより治癒されるものというべき
であり、課税処分の実体上の瑕疵については、審査裁決の機会において上級庁が処
分全体を通じてこれを手直しできるのはすでに自明のこととされているのに、ひと
り理由附記の如き形式上の手続の瑕疵のみが上級庁において手直しすることができ
ないと解することは著しく均衡を失するものであつて、原処分庁に対する監督権限
があり、原処分を裁決において変更する権限をもつ上級庁がすでに十分な理由を附
した判断を示しているのに、訴訟においてさらに原処分にかける形式的瑕疵を捉え
て原処分を取消し、再度同様の理由を附した処分を行わせるのは、却つて必要以上
に行政上の法的不安定を招来し、行政経済に反するばかりでなく、多くの場合被処
分者の希望にも反することになる。
 なお、このように考えたとしても、行政処分は独立自足的でなければならないこ
とに反するものではなく、原処分庁が裁決による瑕疵の補足を期待して慎重さを欠
き安易な処分を行う傾向を生ずることはない。
4 以上の次第であるから、原判決中青色申告承認の取消処分の取消を認めた部分
は失当であつて、取消されるべきである。
二 被控訴人
1 控訴人は、被控訴人の昭和三二年四月一日から翌三三年三月末日までの事業年
度(以下単に三二年度という)以降の事業年度について青色申告承認取消処分をし
たものであるが、右三二年度についてなされた更正決定通知書には何等の理由も附
記されていないし、青色申告承認取消の事由についてあらかじめ説明されたことも
ない。
 一般的に、更正の理由附記または調査担当官の説明によつて推知し得るからとい
つて、青色申告承認取消決定通知書の理由附記が該当法条の記載だけで足りるとは
いえないのであつて、更正処分と青色申告承認取消処分とは、その目的、手続、効
果を異にする別個の処分であるのみならず、理由の内容についても、前者は申告に
かゝる課税標準または法人税額が税務署長において調査したところと異なるという
事由であり、後者は旧法人税法第二五条第八項各号に該当する事由であつて、両者
の間に共通性を当然の前提としているものではない。法が青色申告承認取消決定通
知書に理由附記を命じているのは、取消事由を特定明記させることによつて理由の
すり替えを防止し、攻撃の対象を明確にする趣旨と解せられるから、他の処分の理
由または口頭による説明によつて推知し得るであろうとの漫然たる税務署長の一方
的見解によつて、理由附記の程度が左右されるべきではない。
2 審査決定通知書記載の理由は極めて抽象的であつて、理由附記としては不備で
あるが、仮に裁決において法が要求する理由附記がなされたとしても、それによつ
て原処分の理由不備の違法が治癒されるものではない。もしそのような考え方が許
されるとすれば、本件のように理由附記として単に該当法条のみを記載したにとど
まる場合に、原処分庁と裁決庁とが具体的理由について異なる見解をとつたとして
も、納税者には知る由もなく、裁決をまつて始めて知ることゝなり、このような考
え方を推し進めると、該当法条さえも示さない場合のみならず、取消事由として法
が掲げるすべてを網羅的に列記しておけば違法性を争う余地を一切奪うこととなる
のであつて、納税者の権利を著しく侵害する結果となる。
第三 証拠(省略)
       理   由
一 被控訴人が肩書場所に本店を置き靴材皮革の販売を目的とするものであるこ
と、被控訴人が三二年度分について昭和三三年五月三一日控訴人に対し所得金額五
四万六二五七円の青色申告による確定申告をなし、昭和三三年四月一日から翌三四
年三月末日までの事業年度分(以下単に三三年度分という)について昭和三四年五
月三〇日控訴人に対し所得金額八六万八五二九円の青色申告による確定申告をした
ところ、控訴人が被控訴人に対し同年一〇月二八日付で三二年度分以降の事業年度
分につき青色申告の承認を取消す旨決定し、その通知書に「法第二五条第八項三号
に該当」と附記したこと、ついで控訴人は翌二九日付で被控訴人に対し、(イ)三
二年度分について所得金額四四二万四二六二円、留保取得金額一六一万五二〇〇円
などとする更正処分および重加算税八〇万八〇〇〇円の賦課処分をし、(ロ)三三
年度分について所得金額一九九万八四三四円、留保所得金額九五万〇一〇〇円など
とする更正処分および重加算税二〇万六五〇〇円の賦課処分をしたこと、そこで被
控訴人は昭和三四年一一月二八日右青色申告承認取消処分および各重加算税賦課処
分について再調査請求をしたところ、控訴人は昭和三五年二月二三日付でこれを棄
却したこと、被控訴人はさらに同年三月一八日大阪国税局長に対し審査請求をした
ところ、同局長は昭和三六年一月九日付でこれを棄却したことは、いずれも当事者
間に争がない。
二 そこでまず、法人税青色申告承認取消処分の通知書の附記は、承認取消処分の
基因となつた事実をも記載することを要するか、あるいは該当条項を記載するのみ
で足りるかの点について判断する。旧法人税法(昭和三四年法第八〇号による改正
後の旧法人税法を指す。以下同じ)第二五条第九項は、「政府は・・・前項の規定
による承認の取消の通知をするときは、当該通知の書面にその取消の基因となつた
事実が同項各号のいずれに該当するかを附記しなければならない。」旨規定してい
るのであるが、この規定の解釈として、控訴人は「附記しなければならない」のは
「同項各号のいずれに該当するか」であつて、事実を附記しなければならないとは
規定されていないから、法は取消の基因となつた事実そのものを具体的に記載する
ことを要求していないと主張する。
 しかしながら、右規定をそのように限定的に解釈しなければならないとするのは
疑問であつて、右条項は読み方によつては「同項各号のいずれに該当するか」はも
とより、当然にその前提となるべき「取消の基因となつた事実」をも附記すること
を要するとする趣旨であるとも解され、結局右条項の形式的な文理解釈だけからで
は両者いずれとも判断することができないから、規定の文言あるいは表現形式に捉
われることなく、制度の目的、処分の性質、理由附記を命じた趣旨などに着目し
て、合理的に解釈しなければならない。
 そこで、さらに右の点について考えるのに、青色申告の制度は、自己の所得金額
および税額を自ら正確に計算し、自主的に申告して納税することを目的とし、所定
の帳簿を備え付けてこれに取引を適正に記帳することが義務づけられる反面、所得
の計算、推計課税の禁止、更正の手続、方法の制限など納税上有利な種々の特典が
与えられているのであるが、旧法人税法によれば、青色申告の承認を受けた者が定
められた帳簿書類の備え付けを怠るとか、取引の全部または一部を隠ぺいしまたは
仮装して記載する等当該帳簿書類の記載事項の全体についてその真実性を疑うに足
りる不実の記載があることなどの事由があるときは、その承認が取消され、一旦与
えられた特典が将来にわたつて全部剥奪され得るのであつて、いわば一時的な不利
益を与えるにすぎない更正処分に比較すると、その利益侵害は甚だ大きいといわな
ければならない。
 ところで、一般に法が行政処分に理由を附記すべきものとしているのは、処分庁
の判断の慎重、合理性を担保してその恣意を抑制すると共に、処分の理由を相手方
に知らせて不服の申立に便宜を与える趣旨であると解されるから、その理由は処分
を相当とする具体的根拠を明示しなければならないのであつて(最高裁判所第二小
法廷昭和三八年五月三一日判決、民集一七巻四号六一七頁)、この趣旨は本件のよ
うな青色申告承認の取消処分通知書の理由附記においてもそのまゝあてはまるもの
というべく、承認の取消が公正かつ妥当に行われることを担保し、この理由を相手
方に知らせて不服申立の便宜を与えるため、具体的根拠を明示する必要があり、こ
のためには、いかなる事実がどの取消事由に該当するのかを共に具体的に明らかに
すべきであると解するのが相当である。
 この点について、控訴人は、青色申告の更正処分通知書に関する旧法人税法第三
二条が「その理由を附記しなければならない」と規定しているのと表現を異にして
おり、青色申告承認取消処分の通知書にあつては単に該当条項を記載すれば足りる
とも主張するが、法が青色申告承認取消処分の通知書について特に該当条項を明示
するよう求めているのは、右承認取消が青色申告の特典剥奪という一種の制裁的機
能をもつものであることにかんがみ、どの取消要件に該当するかを特に明らかにす
るためであつて、その故に前提となる事実の記載を省略してよいとは到底解されな
いし、また実質的にみても、青色申告の更正処分よりはるかに利益侵害の程度が大
きい青色申告承認取消処分の通知書の理由記載が青色申告更正処分の理由附記より
簡略でよいとは考えられない。
 以上のような前提に立つて本件事案をみるのに、控訴人の被控訴人に対する青色
申告承認取消通知書には、その理由として「法第二五条第八項三号に該当」と記載
されているのであるから、右法条をみれば、被控訴人の備え付ける帳簿書類に取引
の全部または一部を隠ぺいしまたは仮装して記載するなど当該帳簿の記載事項の全
体についてその真実性を疑うに足りる不実の記載があつたことは一応推知し得るけ
れども、その具体的な事実、すなわち被控訴人のどの帳簿書類に、どの取引に関し
てどのような不実の記載があつたのかについては一切不明であつて、納税者として
は処分の具体的根拠を知ることができないから、承認取消通知書の理由記載として
は不備であり、法の要求する附記の要件を満たしているものと解することはできな
い。
三 控訴人は、右の点に関し、被控訴人は青色申告承認取消の原因を了解していた
から、本件通知書において該当条項が示されたことによりその理由を事実上十分了
知していたものというべく、被控訴人の利益保全に欠けるところはないと主張す
る。しかし、前記のような青色申告承認取消決定の性質、通知書に理由を附記する
趣旨などにかんがみると、右取消の理由は取消通知書の記載自体において明らかに
されていなければならないのであつて、このことは承認を取消された者が取消され
た理由を了知できる場合であると否とにかゝわりないと解するのが相当であるか
ら、右所論も理由がない。
四 控訴人はさらに、処分に対する審査請求についてなされた裁決において理由が
附記されたことにより、原処分理由附記不備の違法は治癒されたと主張するので、
この点について判断する。
 控訴人が被控訴人のなした再調査請求を棄却し、その通知の書面に「両年度分の
たな卸除外五二二万六六七二円はたな卸商品の一定数量を除外したものであり、貴
社申立のたなざらし評価損とは認められないから、重加算税適用の対象となり、か
つ青色申告承認取消事由に該当する。」旨附記したことは当事者間に争なく、成立
に争のない乙第一六号証によると、国税局長の審査決定通知書には「商品のたな卸
除外により所得を隠ぺいしたものと認めた原処分は不当であるとの貴社のお申立に
ついては、貴社は多くの数量を除外されておりますから、評価減とは認められませ
ん。」と記載してあることが認められ、控訴人は右のうち後者の審査決定に右のよ
うな理由が附記されていることをもつて原処分の理由は明確にされたと主張するの
であるが、右審査決定の附記理由によつては具体的な事由は不明であり、再調査請
求棄却の理由を総合しても、たな卸商品のうち五二二万六六七二円相当の数量、評
価に関する記帳を不当に隠ぺいまたは仮装したことが推知されるのみであつて、被
控訴人のいかなる帳簿、計算諸表などに、いかなるたな卸商品の数量、評価にどの
ような不実の記載があつたのかについて具体的な記載がないから、仮に、控訴人主
張のように、原処分に対する審査請求についてなされた裁決において理由を附記さ
れたことにより原処分理由附記不備の違法が治癒されると解するとしても、控訴人
のこの点に関する所論はその理由がないことに記する。
五 以上のとおりであるから、被控訴人の本訴請求のうち、青色申告承認の取消処
分の取消を求める部分は理由があり、これを認容した原判決は正当である。
 よつて、控訴人の本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民事訴訟
法第三八四条、第八九条により主文のとおり判決する。
(裁判官 岡垣久晃 上田次郎 藤野岩雄)

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